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覚悟というもの






折原さんの家に着きソファーに腰を下ろすとなんだかグッタリしてボ~と前を見ていた。


たぶん、、、思ったよりも自分のしたことの重大さ、そして信頼していたチーフの本当の気持ちを知ってどこか気持ちが抜けてしまった。


「はぁ・・・」


ため息をつく私を見て折原さんは隣でタバコを吸っていた。


「悪かったな」

「え?」

「つい勢いだけで乗り込んでしまった。後々お前が嫌な思いをするかもしれないのにな」

「そんなこと無いですよ。折原さんらしくないな~」


肩をバシバシと叩き笑いかけたが、今となってシュンとしている顔にこっちが申し訳無くなってしまった。


「私なら大丈夫ですよ!全然気にしないでくださいってば~」

「けど、、、」

「本当に大丈夫ですって!な~んにも心配ないですよっ!」


元気なフリをして笑いかけるとちょっと心配そうな顔をしながら小さく頷いた。


本当は・・・

明日からのことを考えるとどうしようって気持ちで不安になる。チーフの態度、みんなの態度、、、そして週刊誌が発売後の折原さんのこと。


「さっ!私に渡す原稿があるんですよね?書いた!書いた!」

「あ、、あぁ」


仕事に取りかかる姿を見てキッチンに行きコーヒーをいれた。

私が落ち込んだ顔をすると折原さんが心配してしまう。気にしないフリをしなきゃっていつもよりも元気な顔をしてしまう。


「はいっ!特製スペシャルコーヒー!」


パソコンの横にコトンと置きニヤッと笑いかけた。


「真羽・・・」

「ん?」

「俺なんかのどこが良くて一緒にいるんだ」

「はぁ?」


冗談かと思いきや物凄く真面目な顔をしている折原さんにこっちも真顔になった。


「突然何を言い出すんですか」

「俺はお前に迷惑をかけっぱなしだ。いつも振り回しているし、わがままを言ってお前を呆れさせてばかりだ。正也みたいに優しくすることもできないし、、、今回みたい名前が知れているというだけで嫌な思いをさせてしまう。お前に良いことなど、、、」


「二度と言うな!」

「あ?」

「「俺なんか」って言葉二度と言うな!」


ニカッと笑いいつもとは逆に頭を掴んでグシャグシャと撫でつけると、ボサボサになった髪のまま同じように笑った。


「ずっと笑っているんでしょ?私達は」

「そうだったな」


この人も不安なんだなって初めて感じた。お金があって名声も地位もあって、無いモノなんか何も無いように見えるこの人でもそんな不安なことがあるんだなって。

私を失いたく無いってそう思っていいのかなって、こんな時なのに嬉しくなる。


「私だって、、、本当はそう思ってます。どうして私なんかって・・・。雅チーフの言葉がきっと普通の意見なんだろうなって正直思ってます。私には何も無いけれど、、それでも貴方が私に何かを感じてくれたのなら、、失望されないように努力しようって。私を選んで良かったってずっと思ってもらえるように、、、」


ソッと手を伸ばし優しく抱き寄せる胸の温かさに(この人がいればなんでもできる)って見えない自信が湧いてくる。

今は何も胸を張れない私だけど、この人に失望されることの無い人になりたいって本気で思う。


この人の恋人です!ってみんなに堂々と言えるような人間になりたい・・・


「やっぱり私頑張る!」

「ん?」

「頑張るなって言われたけど頑張る!何をどう頑張っていいのか分からないけど、でも、、折原さんが恥をかかない程度の女になる!」

「分からないのかよ!」


クスクスと笑いながら、お互い顔を見て微笑みあった。




翌日。会社に行くと明らかにみんなの目が違って見えた。

多少なりとも誤解されていたが、ハッキリと二人の関係を知って軽蔑する顔をする人、ニヤニヤとする人、コソコソと噂話をする人・・・

思っていた通りの反応に挫けそうになったけれど、気にしないフリをしてデスクについた。


「やるねぇ~」


隣の席から声がして「え?」と振り返ると、以前折原さんの担当をしていた柴田さんがニヤッと笑ってこっちを見ていた。


「あの立花悠馬を落としたんだから、もうこんな泥くさい仕事辞めちゃって責任取ってもらえばいいのに。俺ならそうするな~」


嫌味たっぷりな言い方に「ハハハ・・」と愛想笑いをして前を向いた。


「どうりで真羽ちゃんが担当になってから締め切りが遅れないと思ったんだよなぁ~。ねぇねぇ、いつから?やっぱ最初の晩にってこと?」


デスクの下で手をギュッと握り(我慢!我慢!)と自分に言い聞かせた。

こんな嫌味くらい平気だ。こんな風に軽く落としたとか落とされたとか、、そんな風に言われるような関係じゃないんだから。


「やっぱ女は得だよな~。俺の時なんかドアも開けてくれない時もあったし、行っても寝室から出て来ないって時もあったんだよ?やっぱ立花悠馬も男だねぇ~」


無視をして校正に取り掛かろうとしたが、次々と出る言葉に段々と頭がカッーとなってくるのが分かった。それでもここで更に問題を起こすと面倒だと言い聞かせ我慢をした。


「あんな仏頂面でどう口説くの?それとも真羽ちゃんから誘ったとか?いいよな~何の苦労もしないでサクサクと賞を総舐めして俺も立花悠馬になりたいよ~。きっと昔から贅沢三昧なんだろうな~。神様は不公平だよな~」


「立花先生は別に普通の家庭だったみたいです」


(本当は普通以上に寂しい過去があるんだ・・・)


彼の作品にはどこか殺伐とした暗い影がある。たぶんそんな状況を体験した人にしか表現できない何かが。彼の作品の底知れぬ魅力はきっとそこなんだろうなって思う。

普通の生活をして普通に大人になった人には分からない孤独とか寂しさとか。

それを文字にできる才能があったから今の立花悠馬があるんだって私は思う。

なんの苦労もしていないなんて知らない人が言うことだ。


「へぇ~。普通の家庭ねぇ。俺はそうは思わないな~。あんなにわがままで冷たい男は普通の生活じゃ生まれないだろう~。贅沢三昧してなんでも自分の思い通りになってきたから好き勝手言うんじゃないのかなぁ」

「思うほど冷たく無いですよ。人見知りなだけです」


私の反応を面白そうに笑いながら見ている彼の態度に腹が立つ。

自分が担当の時に散々嫌な目にあったから、こうして嫌味の一つも言いたいのだろうと軽く話を流そうとしたが、延々と続く悪口に爆発寸前だった。


「ま。今はいいけれど用心するに越したことは無いよ。色々悪い噂もあるからね」


タバコに火をつけ私がその話に食いつくのを待つように笑いかけた。


(聞くもんか!どうせ良いことなんか言う訳無いもの)


「ご忠告ありがとうございます」


ニコヤカに笑顔でまた書類に目を戻す私を見て「聞きたくないの?」と小声で耳打ちした。

「別に聞きたく無いです」


素っ気無い言い方で手を動かすのを見てまた顔を近づけてきた。


「そんなに怖い顔するなよ。俺は真羽ちゃんが心配だから知っていることを教えてあげようかなって思っただけでさ」

「子供じゃないんだから心配なんかしてくれなくて結構です」


周囲に見えないように軽く私の足に手を振れピッタリと隣についた。


「一度食事に付き合ってくれたら俺の知っている情報全部教えてやるよ」

「教えてくれなくて結構ですって言ったの聞こえませんでしたか?」

「かなりの遊び人で女の出入りの激しい男らしいよ~。たまに素人もって感じで真羽ちゃんに手を出したかもしれないじゃん。あれだけ金があるんだもの、女のほうからウヨウヨ寄ってくるんだよ。いいよな~なんの苦労もしないでモテる男は~」


バンッ!!!とデスクを叩き柴田さんのネクタイを掴んで睨みつけた。


「何も知らないくせに知ったようなこと言わないでよ!!!」

「ちょ、、真羽ちゃん、、、」

「なんの苦労もしないでぇ?アンタに何が分かるのよ!彼がいままでどんな想いをしていたか何を知ってるのよ!いままで辛かったんだから、、、私は遊ばれたっていいのよ!あの人が、、、嫌なこと忘れてくれたらそれでいいのよ!アンタに何が分かるのよっ!」


ギュウギュウと締め上げるネクタイに苦しそうな顔をする柴田さんにお構いなしに首をガクガク動かすと後ろから慌てて私の手を止める人がいた。


「もういい!風間!」


ハァハァ・・・と息があがる私を羽交い絞めにして雅チーフが飛び込んできた。


「アンタに、、何が分かるのよー!」


ゲホゲホと咳をしてネクタイを弛める柴田さんに今にも噛み付きそうな勢いで睨み付けた。


「風間!ハウスッ!」


ビシッと頭にチョップをされ、あまりの痛さにチーフを見た。


「ハウスて!」

「「遊ばれてもいい」なんて言うな。遊びで職場に乗り込んでくる男なんかいないだろう」

「痛ぁ~い!」

「ちょっと部屋に来い!」


ガルー!とした顔をして柴田さんを睨みつけながらチーフの部屋に連れて行かれた。

またどうせチーフも彼と同じようなことを言うのだろう。

昨日のあの態度にもうチーフへの信頼など微塵も無かった。


ソッポを向いてソファーに座りさっきの頭の痛みを思い出し手で擦っていた。


「柴田の意見に俺も賛成だ」

(ほら・・・どーせそんな所でしょ)


相変わらずチーフの顔も見ずに違う方向を見て無視していた。


「お前の為を思って昨日あんなことを言ったんだ」

(何がお前の為よ・・・人のこと馬鹿扱いしたくせに)


「立花先生の悪い噂は昔から耳にしていた。けど不思議と世間には漏れていなかったから、それなりに上手く相手と話が通っているんだろうなと思っていた」

「何が言いたいんですか」

「お前は俺の大事な部下だ。みすみす辛い想いをさせたく無いと思ったから立花悠馬と離そうと思った」


(大事な部下)と言ってくれても、正直まだチーフのことを信用できないでいた。

だって一番最初の時から「体で仕事を取るのは悪いことじゃない」なんて散々言っていたくせに。


「随分最初と今じゃ言うことが違うんですね。初日に彼の家に泊まった時、平気な顔をしていたじゃないですか」

「俺はお前を信用していた。みんなもそう思っていたに決まっているだろう!誰よりも真面目で信頼があるから柚木先生の担当もお前に任せていた。お前の腕ならもっと早い時期に立花先生の担当をさせても大丈夫だと確信はしていたが、あの先生の女癖にもしものことがあったらと心配していたからだ」


「柚木先生がどう関係あるんですか」

「柚木正也と立花悠馬はうちの会社の看板作家だ!それを任せるということは誰よりも信頼しているに決まっているだろう!」

「あ、、、なるほど」

「お前分かっていなかったのかぁ?」

「いや、、、どちらも凄い先生だとは思っていましたが、柚木先生は無害な人だから・・・」

「あの人は紳士だからな。それは良いとして立花先生は悪評名高い人だから男しか担当をつけなかったんだ」


(そこまでかよ!)


そんなに有名なくらい女癖が悪いとは知らなかった・・・

が、、、そんな風には見えないんだけどなぁ。私が知らないだけか。柚木先生も言ってたもんね。


「あの、、、一応はそれなりに彼のことは知っているつもりなんですが」

「まぁ、、、色々と噂が飛び交っていて「すべて金で解決」とか「冷酷男」とか「最低男」とか「史上最悪のわがまま男」とか」


チーフの顔を見てヒクッと頬を吊り上げ弱い笑いをした。


確かに、、、私との最初の契約にすべて当てはまってしまうのが怖い所だ。


「けど、、、昨日の立花先生を見てちょっと考えが変わった」

「は?」

「お前が遊ばれて捨てられるくらいなら、清水の舞台から飛び降りたつもりで彼との契約を切ることも正直考えた」

「チーフ、、、」


そこまで私のことを本気で心配してくれたのかと不覚にも泣きそうになりながらチーフを見つめ誤解していた自分を恥ずかしく思った。


「チーフ、、ごめんなさい。私、、チーフのこと誤解、、」

「その分柚木正也に馬車馬のように働いてもらおうかと」

「最低だアンタ・・・」


「誰が最低だ!まぁ、、、一応は色々手を尽くそうと考えていたんだが、昨日の立花先生の態度を見てもしかしたら、もしかするのかなと思ってな」

「もしかする?」

「遊びの女にわざわざここまで乗り込んで俺を怒鳴るなんてしないだろう。一応は相手が相手だから、こっちも腰を低くお前が悪かったということで話を終わらせるのが無難だと考えたんだが、、、当てが外れた」


チーフの話に首をかしげ意味が分からないという顔をしていた。


「お前のことを大事に想っているのが分かった」

「・・・・」

「そしてお前も同じだと分かった。俺が無粋なことを言う隙間は無いということだ」

「それって、、、チーフは許してくれるんですか?」

「許すも許さないも俺はお前の親でも保護者でも無い。それに、方針を変えることにする」

「方針?」


「ゴシップの波に乗って世間から冷たい謎の男というイメージの立花悠馬を変えることにした。本当は愛に一筋な優しい男路線だ!女性ファンが増えるぞ~!」

「は?」

「これが当たればまた一儲けだ!頑張れよ~風間~!」


目が$マークになっているようなチーフに呆れた顔をしながらも、どこかでそんなチーフが憎めなかった。


部屋を出ようとする私にチーフは微笑みながら言った。


「風間。相手は立花悠馬だ。その覚悟があってのことだよな」

「はいっ!」

「よしっ!なら思う存分好きになれ!ラブラブで街を練り歩いてバシバシ週刊誌に撮られろ!」

「そんなことするかっ!」


バンッ!とドアを閉めると中から「え~!しようよ~」と文句を言っている声が聞こえた。


(本当にあの人はよく分からないなぁ・・金の為なのか、私のこと本当に心配してくれてなのか)


デスクに戻ると柴田さんが私を見てちょっと椅子を離した。

フンッ!という顔をして横を向き仕事に戻ったが、なんだかさっきとは少しだけ気分が違った。

チーフの誤解が解け、そして応援してくれたこと。


なによりそれが嬉しくてくだらない噂話なんかに負けるものかと元気が沸いてきた。


ずっと一人だと思っていたのに大切な部下だと遠くから見ていてくれたこと。

柚木先生という大事な人を信用して担当させてくれていたこと。


人に信頼されるって嬉しい。ご機嫌な気分で午後からの外出に出かけた。

玄関のホールで「え~雨だ~」と嫌がる女の人の声を聞きながら隣をすり抜けた。


空を見上げ曇り空に向かって大きく深呼吸をした。

アスファルトが濡れる匂いも、木々の葉っぱに弾ける雨粒も、何もかもが素敵に見えた。


「よぉーし!調子上がってきたぞ~!」


隣を歩いていた人にビクッとされながら、元気に柚木先生の家に向かって走り出した。




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