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スキャンダル





クリスマスが終わり、もうすぐ今年も終わろうとしていた。社内はもうすぐ止まる印刷所の関係でバタバタし、アチコチで「急げ~!」とチーフの罵声が飛び交っていた。


隣のデスクにはドロ~とした死体のように寝不足の社員が目の下にクマを作って校正をしている姿が見えた。


(生きてるよね・・・)


重い空気の中チラチラと横を見ながら仕事を進めた。


「まいった・・・原稿があがらない」


独り言なのか、私に問いかけているのか・・・

担当の先生の原稿があがらないと正直私達がどれだけ頑張っても何も進まないのも事実な訳で。


(私も同じ目に会っていたのかもなぁ~)


確か去年の折原さんの担当は毎日がこんな状態で見ていて気の毒でもあり、でもどこか自分には関係の無い事だったのに。


「真羽ちゃんは良かったよね。立花先生が最近は調子が良い、、から、、」


(あ!やっぱ私に話しかけてた?)


「あ、、はい。とっても助かってます」

「俺の先生も変わってくれたらいいのになぁ~。毎回こうじゃ体がもたないよ」


(頑張れ!)と無言で肩を叩きまた書類に目を戻そうとすると誰かが私のデスクの前に来たのを感じた。

ふっと顔をあげるとゾクッ・・とするほど怖い顔をしたチーフが立っていた。


「あの、、、なにか?」


あまりの迫力に顔がヒクッとしながらチーフに声をかけた。


クイッと顎で自分の部屋に来るようにという仕草をしたチーフは何も言わないまま去っていった。


(この態度・・・間違い無く私が何か失敗したんだ!)


頭の中でアレコレと何をしたのか考えながらチーフの部屋に入ったが、サッパリ意味が分からない。


(えっと、、、原稿は問題無いし、これといってトラブルも無いはずだし)


ビクビクしながらドアを閉めるとデスクの上にポンッと何かの書類を投げこっちを見た。


「えっと、、、」

「これを見ろ」

「はい。って、、、なんですか?」


何かの写真だということは分かるけれど、暗くてあまりハッキリは分からない。

でも、どこか見たことがある風景と見たことがある格好の人。


(このコート、、、折原さん?)


「俺。言ったよな」


ドキッとするほど低い威圧するような声に一瞬で体に汗をかいた。


「どんな手を使っても仕事に生かすのは構わない。が!先生の評判を落とすようなことは絶対するなと言ったはずだ!」


大きな声に閉めていたブラインドが震えたような気がするくらいだった。


突然の大声に窓の隙間から他の社員が数人こっちを見ているのが分かる。それを見てチーフはシャッ・・とブライドを更に閉めた。


「この写真は年明けに発売予定のゴシップ雑誌の写真だ」

「えっ!」

「隣に写っているのはお前だろう。それも調べはついている」

「あ、、でも、、」

「ただ担当が一緒に歩いているという写真なら問題は無い。けど、この写真はどう説明する」


後ろにあった写真は二人が手を繋ぎ微笑みあっている様子が写っていた。そしてその次は翌日、二人で買い物に行きまたマンションに入る姿。


「ただの担当が泊まりで原稿を取り立てるには雰囲気が良すぎると思わないか」

「・・・・・」


さすがに何も言えず黙り込むしか無かった。


「お前は年内で立花先生の担当を降りてもらう」

「ちょっ!どうしてですか!」

「どうしてだぁ?この件をもみ消す為に決まっているだろうが!」


また後ろのブラインドがビシッ・・と音をたてて震えていた。


「お前は自分の立場というものを分かっていない。お前程度の女が立花先生と噂になれば先生の評判はガタ落ちだ!それくらい分からないのか!」


(お前程度の女・・・)


そう言われてしまえば、反論をできるほど私は何一つ胸を張れるような人間では無い。

それでも、あの人を好きになるってそんなに悪いことなんだろうか。

悔しいけれど、何をどう言っていいのか分からず唇を噛み締めて下を向くしかできなかった。


「私は彼の恋人です」って大きな声で言い返すほど自分に自信が無い。


「記事が出た後、何かコメントを求めるような記者が来たら一切ノーコメントだ。浮かれた恋人ゴッコはここまでだ。分かったら仕事に戻れ」


冷たい言い方にソッと部屋を出ようとすると小さくチーフに声をかけられた。


「風間。残念だよ・・。お前はもっと頭の良い女だと思っていた」


カチャリとドアが閉まった瞬間、悔しくて悲しくて、目がジワッとしてきた。側にいる社員達は一歩引いたように私を見て慌てて目をそらし仕事を続けるフリをした。

きっとあの大きな声は外にいるみんなに聞こえたのだろう。


コソコソと噂話をする事務員達は私と目が合うとサッと離れコピーに忙しそうに動き出した。


担当を外されるということ・・・

きっと私はもう今の仕事から離されてしまうのかもしれない。

彼女達と同じようにコピーやお茶くみばかりをしていた下積みに戻されてしまうのかもしれない。これからどうなるんだろうと思うと不安で何もかも投げ出してしまいたくなる。


デスクに戻り取り合えず椅子に腰を下ろしたが、何をしていいのか分からない状態だった。


さっきまでザワついていた社内がちょっとだけシーンとしているような気がする。

みんなが私のことを好奇の目で見ているのが分かる。

油断したら今にも泣き崩れてしまいそうなのを必死で押さえながら頑張っていた。


突然ドアが勢い良く開き誰かが飛び込んできた音にみんなの目が一斉に集中した。


「立花先生、、、お疲れ様です」


誰かの声に下を向いていた私もその音のほうに顔を向けた。

まさに鬼の形相とはこのこと・・・ってくらいいつもの無愛想に輪をかけ怖い顔をした立花悠馬がそこに立っていた。


「雅はどこだっ!」

「え?」

「雅はどこかと聞いたんだぁー!」


ニコヤカに対応をしようとした人が突然の怒鳴り声に驚きながらチーフの部屋を指差すと折原さんはズカズカと部屋に向かって一直線に歩き出した。

さすがにこの只ならぬ雰囲気を察したのか、それと同時に部屋から出てきたチーフは折原さんを見て笑顔で挨拶をしようとしていた。


「立花先生。この度は、、」

「どういう意味だ」

「は?」

「さっきの電話はどういう意味かと聞いているんだ!」


折原さんの怒鳴り声にチーフは事の説明をしようとしたが、みんなの目を気にして部屋に入るようにドアを開け中に誘導しようとしていた。

そんな態度の折原さんを見て、きっとあの写真が掲載されることに怒っているんだと思った。


「説明しろ!」

「だから、、先生。とりあえず中に、、、」

「真羽っ!」


いつもの怒りが100倍くらいに感じるドスの利いた声に体がビクッとした。


「どこにいる!」

「はいっ!」


慌てて立ち上がり折原さんを見ると怖い顔をしたまま、こっちに突進してきた。


(怒られる・・・)


目の前に来た折原さんを感じながら怖くて目をギュッと瞑り「ごめんなさいっ!」と頭を下げた。

こんな時に「ごめんなさい」って言葉がすぐ出てしまうのは自分に自信が無い証拠。

私なんかでごめんなさい・・・って。


フワッと頭に手が乗り「謝るな」という優しい声が聞こえた。


「え・・・」


顔をあげると怒っていたはずの顔は優しい笑顔になり「アホか」と笑っていた。

こんな時に折原さんの笑顔を見て少しだけホッとした。我慢していた涙がジワッとでてきて今にも大泣きしてしまいそうだった。


「先生。本当に申し訳ありませんでした。風間はすぐに担当を降ろすので先生にご迷惑は、、、」


「なにが迷惑でなにが申し訳無いんだ」


後ろから走ってきたチーフを睨み殺すかの勢いで静かに言葉を発する折原さんをドキドキしてみていた。


「いや、、風間が自分の立場も弁えないで、、」

「俺は何も迷惑などかけられていない。担当を降ろすなんて話は聞いていない」

「だから、、、」


半笑いのチーフに対して真顔で接する折原さんに慌てて声をかけた。


「違うんです!私が担当を降りればこれ以上ご迷惑をかけないで、なんとか穏便に、、」


私の話を途中で止め、人の顔を覗き込んだ。


「何を言われた」

「何も、、言われて無いです」


チーフが言ったことは正しすぎて、、、あまりに自分が小さすぎて言えなかった。


「嘘を言うな。目が真っ赤だ」

「本当です!」


突然いつものように頭に手を乗せボン!ボン!と大きく叩きニヤッと笑った。


「問題無い!」

「え、、?」

「何も問題無いと言ったんだ」


チーフのほうにクルッと体を回し低い声で呟いた。


「俺の担当を泣かせたのはお前か・・」

「えっ、、いや、、、」


「こいつが担当を降りるなら、俺はもう一切の原稿を書くことは無い。俺はコイツと立場が違うなんて思ったことも無い。迷惑なんかかけられた事も無い!」

「でも、、それじゃ、、、」

「この俺に締め切りを守らせる担当はコイツだけだ!」


シーンとした社内に誰も動けず折原さんとチーフを見つめるしか無い状態だった。


「今日の分の原稿を取りに来てもらわないといけない。コイツを借りていく」


突然手を引かれ「あのっ!」と声を出したがチーフは「分かりました。風間。今日は直帰するように」とだけ答え背を向けて部屋に入っていってしまった。


シーンとした事務所を抜けエレベーターの前に立ち気まずい感じで下から上がってくるエレベーターを待っていた。


「あの、、、あんなこと言って大丈夫ですか?」

「なにがだ」

「だって、、私なんかと一緒の写真が、、、」


突然エレベーターのドアをバンッと叩きさっきよりも怖い顔をしてこっちを見る折原さんに顔がヒクッとなった。


「二度と言うな」

「・・・・・・」

「「私なんか」という台詞を二度と言うな」

「は、、い、、、」

「「私なんか」じゃなく「私だから」選んだんだ」


ずっと我慢していたのに・・・

その言葉があまりに温かすぎてポロッと目から涙が零れた。


エレベーターが閉まり二人きりになった瞬間、それまで頑張っていた涙がボロボロと零れ顔を覆って下を向いた。


「もっと自信を持て」

顔を覆ったままで何度も頭を上下に動かした。


「お前は俺が選んだ女だ。もっと胸を張れ!誰に文句を言われる筋合いは無い」


こんな時に言い返せるほどの自信が欲しい。チーフに対して何も言えなかった自分が悔しくて、、、もっとこの人に相応しい人になりたくて、、、

悔しさと悲しさと嬉しさで涙が止まらなかった。



エレベーターが下につく頃。違う意味で覆った手を顔から離すことができないまま、折原さんのスーツの裾を片手で掴み後ろをついていった。


「おぃ。鼻タレ!」

「は、、、ぃ」

「俺は一度言ったことは撤回しない。もしも本当に雅がお前を担当から外すことをするならば、本気で原稿は書かない」

「でも、、それは私情を挟んでいるんじゃ、、、」

「それでもだ!」


(コイツ、、言ってることムチャクチャだ・・・)


「けど、チーフの言い分もあながち間違っていないかもしれません。変な噂が立てば売り上げに響く可能性はあるんじゃないでしょうか」

「どんな風に響くんだ」

「そりゃ、、女性ファンとか、、、立花悠馬に憧れている人とか」

「俺は最初に言っただろう。金や名誉ばかりを見ている奴らに興味は無い。俺の作品を心から好きでいてくれる人だけに認められればいい。売り上げなんか関係無い」


「綺麗事ばかりでは世間は動きませんよ」


後ろから聞こえる声に振り返ると隣のエレベーターの中から雅チーフの姿が見えた。


「ならそれを変えるまでだ。ゴシップが嫌なら俺を放り出すんだな」


怒った顔のチーフとまったく話を聞かない折原さんの間にオロオロしながら二人の顔を見ていた。


「どうしてそこまでコイツに執着するんですか。どこにでもいる普通の女じゃないですか」


あれほど私のことを可愛がってくれていたチーフも本心はこんな所なんだろう。

信じていた分、チーフの冷たい言い方に足元が凍りつくような感じがした。


「お前には普通の女でも俺には特別な女だ。誰も代わりにならないしする気も無い」


折原さんの言葉に少し馬鹿にしたような笑いをしてチーフは頭を振っていた。


「風間は確かに気が利きます。素直だし、頭も良いと思います。けど、だからって貴方みたいな人が特別だと言い切るほど秀でたモノがある女だとは思えませんけどね」


「お前には分からないだけだ。俺が分かっていればそれでいい。行くぞ」


何か言いたげなチーフの顔を見ながら折原さんに肩を抱かれロビーを出た。

こんな風に嫌な感じのまま会社を出てしまって、明日どんな顔をして出社すればいいのだろう。そしてあんなチーフの言葉を聞いてしまって、私は今までと同じように信頼して仕事ができるのだろうか。


不安な気持ちのまま会社を後にした。



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