嬉しい言葉
喜んでくれた折原さんに素直な気持ちになれないまま海人の家に行く時間になった。
どこかで本当はあんな安いモノと思われているんじゃないかと気持ちは沈む一方でなんだかシュンとした顔をしていた。
「そんなに行くのが嫌か?」
「え?」
「また緊張して具合が悪くなりそうか?」
「いいえ。そうじゃないです」
すっかり忘れていたが今から行く所にはまた違う緊張感があり、変にムカムカしてしまうかも・・・
海人にもレイさんにも。
「やっぱりやめようか?」
また折原さんに気を使わせてしまいそうで無理に「全然平気です」と笑顔を作った。
「もう変な心配はしなくていいからな」
「あ、、、はい」
「すぐには無理かもしれないが、俺は俺なりに考えている。お前が嫌な思いをするようなことはしないつもりだ」
もっと私が大人で何事にも動じない器があったのなら、彼にこんな気を使わせる言葉を言わせることも無かったのだろう。無駄な嫉妬や小さいヤキモチで彼を心配させることはやめよう。
「分かってますよ!もう~!私だってそんなに子供じゃないですよ~嫌だな~」
妙に無理をして明るく振舞ってみたものの・・・
つい先日まで子供以上に子供な態度を取ってしまった今、まったく説得力なんて無い訳で。
「信用を得ることはなによりも難しいことだと思うが、少しずつでもお前が変な心配をしないようにしようと俺なりに考えている。なんせ、、、こんな風になるなんて俺自体考えてもいなかったしな。すべて知っているお前に100%信用してもらおうなんてどれだけの時間が必要なのかも分からんなぁ・・・」
(まったく考えていなかったのかよ・・・)
本当にこの人は最初から遊びだけのつもりだったんだと知って、違う意味で(え~~)と思う部分もあったが、前と今じゃ状況が違う。
彼は彼なりに一応は私のことを考えてくれているのならば、その誠意に答えなければ。
もう子供みたいにレイさんと一緒の折原さんを見てウジウジとするのはやめよう。
私が少しでも大人にならないといつまでたっても彼に気を使わせてしまう。
「着いたぞ」
ブツブツと考え事をしているうちに車は海人の家に着いたようだった。
顔をあげるとそこには何度も想像していた海人の家があった。
一軒家で見た感じは普通な家だった。
(こんな家だったんだ・・・)
もう海人のことは終わりだと気持ちの整理をしたけれど、こんな風に目の当たりで彼の生活を見てしまうことはまだ動揺してしまう。
ガレージに車を入れると同時に玄関のドアが開いた。
ニッコリと微笑むレイさんとその後ろに海人が見えた。やっぱりいろんな意味で複雑だった。軽く片手をあげ挨拶をする折原さんの後ろで小さく頭を下げた。
「こんばんは」
微笑む海人に「お邪魔します・・・」と小声で挨拶をして折原さんの後ろに隠れるように立っていた。
家の中に通されリビングに行くとレイさんらしいな・・・って感じるくらい綺麗な部屋だった。ツリーは大きいけれど飾りはゴテゴテした感じじゃなくシンプルなセンスの良い感じだった。
ここに海人はいつも帰っていたんだ・・・
彼の帰る場所はここだったんだ・・・
部屋をグルリと見渡していると折原さんとレイさんはワインを選ぶとキッチンに歩いていってしまった。
一人取り残されてしまった私は何をしていいのか分からず部屋の片隅で小さくなって立っていた。すると海人が小さく手招きをしてソファーに座るように声をかけてきた。
「ボーと立ってないで座りなよ」
「あ、、はい」
「俺はワインとかサッパリ興味が無くてね。和馬もレイもそんなの好きだからな~」
呆れたようにキッチンでどのワインが良いと話をする折原さん達のほうを見て笑っていた。
なんだか居心地が最高に悪い中、挙動不審な感じでソファーに座り無言で俯いているしか無かった。
(折原さん・・・早く戻らないかなぁ)
「せっかく二人きりのクリスマスを邪魔して悪かったかな」
「いいえ。そんなこと無いです」
こんな風に海人と会話すること自体、物凄く違和感がある。
「まぁ、、、ちょっとは意地悪も入ってるんだけどね」
チラッと見ると少しだけ意地悪そうな顔をしてタバコに火をつけていた。
昔のタバコと銘柄は変わっていなかった。私と同じタバコ・・・
「真羽はタバコ止めたのか?」
なんの違和感も無い顔をして私を真羽と呼ぶ海人に聞かれたんじゃないかと慌ててキッチンを振り返った。ちょうどレイさんと折原さんがワインを決めてリビングに入ってくるのと同時だった。
さっきの言葉を聞かれてしまったんじゃないかとビクビクしながら二人を見たが、まったく聞こえていなかったのか相変わらずまだワインのことで話は盛り上がっているようだった。
ホッとしながら海人を見て小さい声で「いいえ・・」とだけ答えた。
私のオドオドした態度を見てその原因を察知したかのように海人はそれ以上その話はしなく、興味が無いくせにワインの話に入っていった。
「もう食事の用意はできているの。こっちよ」
なんの疑いも無く私に微笑みかけるレイさんを見ていると、なんだか自分がしていたことが恥ずかしくなる。私なら・・・旦那さんが他の人に余所見をしたら許せないかもしれない。
でもそれを許せるほど心から好きになれる人と出会えていないのかもしれない。
結局・・・今となってはあれほど好きだと思っていた海人のことも冷静に見られる。
レイさんと幸せに暮らせて良かったね・・・って。
ちょっとだけ違和感はあったにせよ、この前ほどの気持ちの動揺は無く今日は落ち着いた気分で食事ができた。
話題は小さい頃の折原さん兄弟の事になり、今からは想像できないくらい純粋な和馬少年の話でみんな大笑いをしていた。
「和馬は昔から優しい子だったもんね」
ニコニコと微笑むレイさんとそう言われて興味の無い顔をする折原さん・・・
そんな二人を見て私が知らない折原さんをこの人は沢山知っているんだなって思うとちょっと寂しい気分になった。
顔にだしていないつもりだったのに、折原さんが小さく声をかけてきた。
「もう少ししたら失礼するか」
「あ、、、はい」
(気を使ってくれたのかな・・・)
ほんの小さなこんな気遣いが嬉しいなって思える。できるだけ考えてくれているんだって態度に幸せだなって感じる。
ニコッと微笑み空いたグラスにワインを注ぐと「で。運転はお前な」と無表情でグラスを傾けた。
「は、、、はい」
頬をヒクッとさせ話をする私達を見てレイさんが笑っていた。
「真羽さん和馬といて楽しい?」
「え?」
「この人って本当に自分の気持ちを隠す人だから誰と付き合っても長続きしないの。でも真羽さんならなんとなく上手くいくんじゃないかなって最初に見た時から思ってたんだ」
「そ、、そうですか?」
「うん!和馬に対してあそこまで強引に締め切りを詰め寄る担当さんなんか見たこと無かったし、それに和馬もそんなタイプの人のほうが上手くいくような気がするもの」
ニコニコと祝福してくれるレイさんの言葉を聞いて、折原さんはどう思っているのだろう。
レイさんを諦める為に私を選んだのだろうか。
人って難しい。
何か一つを得るまで必死なのに、それを得るともっと上が欲しくなる。
30分ほどして折原さんが立ち上がり「そろそろ失礼する」と帰る準備を始めた。
それを見て慌てて立ち上がり食器をキッチンに運んだ。
「え~!もう帰っちゃうの~」
リビングで文句を言うレイさんの声を聞きながら汚れた食器を洗い場に置いていると後ろに海人が歩いてきた。
「これからどこか行く約束をしているのかい?」
「あ、、いいえ。別に」
それ以上なにも言わない海人と並び軽くグラスだけを洗った。昔もそうだった。
私が食器を洗うと隣でそれを受け取り手伝ってくれた。
軽く手を出し洗い終わったグラスを受け取ろうとする海人を見ていた。
「あー!私にはそんなことしてくれたこと無いのにぃ~」
ちょっと酔っ払ったレイさんがそんな二人を見てキッチンに乱入してきた。
「そうか?」
「そうよ!本当にアナタは私のことなんか関心無いんだから」
小さく笑い(ヤレヤレ)という顔をした海人に複雑な想いだった。
本当にこの人はあの時、私を選んでくれようとしていたのだろうか。
彼に捨てられたと思っていたのは私の誤解だったのだろうか。
けど、、、彼女を捨てられなかったのも事実。
私と連絡を絶ったのも事実。
今になってこんな再会、なんとも言えないくらい微妙。
酔ったレイさんを海人に押し付け私と折原さんは早々に家を引き上げた。
「兄貴。お前のこと気に入ったみたいだな」
「そ、、そう?」
「あぁ。あまり女に優しくしない人だからな」
「そんな風には見えないけれど」
「なんだかお前を見ていると兄貴とかぶるよ。人を心底信用していないというか、、誰にも自分を見せないっていうか」
(似てるって私も思ってた・・・)
言葉にしなくても彼の雰囲気で何を考えているのか、どうしたいのか、なんとなく分かるような感じがした。
無理をしているとか、疲れているとか、彼を見るだけで理解できたような気がした。
そんなことをボンヤリと考えていると隣から折原さんが声をかけてきて。
「ちょっと寄り道していこうか」
「どこにですか?」
「ドライブもたまには良いだろう。この時期だライトアップもあるんじゃないか?」
街のアチラコチラに綺麗な装飾が光っていた。この2年、あえてそんなモノに心を奪われないように前だけを見ていたような気がする。
独りぼっちだって噛み締めないように・・・
隣に誰かがいてくれるって温かい。
あんなに冷え切っていた気持ちが少しずつ溶けていくような気がする。
どんなカップルを見ても、所詮いつか別れが来るのに・・・って冷めた顔をして見ていた。
自分が幸せだと人の幸せも祝福できるんだなって思った。
海人の時はただ自分のことだけで頭がいっぱいだったのに。
嬉しそうに手を繋ぐカップルを見ても、楽しそうに歩く家族を見ても優しい気持ちになれた。
「折原さん・・・」
「なんだ?」
「ありがとう」
「は?」
不思議そうな顔をして私を見る彼に笑いかけた。
「なんでも無いの。ただ言いたかっただけ」
「運転させてくれてありがとうか?」
「んな訳無いじゃないですか!せっかくのイヴだっていうのに、女が運転するなんて!」
「助手席にもブレーキが欲しいくらいだけどな」
憎まれ口を言う折原さんを横目に見ながらも、ライトアップされた街を眺めていた。
(来年もこうしてこの人とこの景色が見られるのかな・・・)
そうであって欲しい。そしてその時はもっと私のことを好きになって欲しい。
どうすればいいのだろう。何をしたら彼は彼女よりも私のことを好きになってくれるのだろう。
「私・・・頑張りますから」
「あ?」
「嫌われないように、、、折原さんが甘えていいなって思えるように、、、頑張りますから、、」
横でちょっとだけ笑いタバコを咥える折原さんを視界に入れながら、今この瞬間一緒にいられることを記憶しようと景色を見つめた。
「頑張るな」
「え?」
「頑張る必要は無い。自然でいいんだ。お前はお前らしくしていればいい。誰かの真似をしたり、背伸びをする必要なんか無い」
「でも、、、」
「すぐに泣いて、変に気を回しすぎて、ちょっとのことでカッとなって、気に入らないとすぐに顔に出るお前のことを好きになってみようと思ったんだ。隠さなくていいし、頑張る必要なんか無い」
「また馬鹿にして・・・」
唇を尖らせる私を見て折原さんは笑っていた。
優しい言葉に本当は嬉しいって言いたいのに、そんな拗ねたフリをしてしまう。
素直じゃない自分は嫌いなのに・・・
「真羽・・」
「ん?」
「ずっと笑っていられたらいいな。俺達」
私と一緒にいる間はもうあんな悲しい顔をして欲しくない。
馬鹿にしてもいいから。愛しているなんて言葉なんかいらないから。
いつも今みたいに笑っていて欲しい。
この人の笑顔を始めて見た時から、きっと好きになっていたのかもしれないから。
「俺・・・初めてかもしれないな~」
「なにがですか?」
「こうして普通にクリスマスだって感じるモノを誰かと見るってことが」
「嘘っ!だっていままでだって女の人は、、、っていうか、、、その、、、ねぇ」
「そりゃいたさ。いまさら女と二人でいたことがありませんなんて言うつもりは無いが、こうした浮かれた時期に誰かと会うということは相手に期待をさせてしまうことだからな。あえてしたことは無かった」
そこは嘘でも「いなかったかもな」って言うべきじゃないだろうか・・・
いや、、、30歳過ぎてそれは気持ち悪いかもしれないけれど。
「でも・・・」
彼の次の言葉を黙って聞いていた。
「別に面白いもんじゃないな。人が多くて渋滞して疲れる」
ガクッとしながらエンジンをかけ、「じゃ帰りましょ」と車を発進した。
「今日はお前と二人でいたい。ただTVを見るだけでもいい。お前が視界に入る程度の部屋で静かに過ごしたい」
「甘いことも言えるんですね」
クスッと笑い前を向く私の頭を鷲摑みして「うるさい!」と文句を言う折原さんを笑っていた。
でも、それが一番私もしたいことかもしれない。人前でベタベタするのが苦手な私には誰も見ていない所で二人きりになれることのほうが何倍も嬉しい。
浮かれた気分で折原さんのマンションに着きマンションまでの道のりをいつもはしないのにスッと手を握った。
誰もいないことを確認してからだけれど、ちょっとだけ甘えてみたくなった。
けど、このことが後から大きな問題になるなんてその時は何も考えず、ただ嬉しくて繋がった手の暖かさに微笑みあっていた。
久しぶりに心から楽しいって思えるクリスマスイヴの夜だった。