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大切なモノ



食事会の帰り。

いつもの週末なら当たり前のように折原さんの家で過ごすのに、私は家に送ってくれるようにお願いをした。

さすがに、今のこの状況で普通の顔をして折原さんと一緒に過ごすことはできないと感じた。


「明日何かあるのか?」

「いいえ・・・」


そんな私の行動を不思議に思ったようだったが、彼はそれ以上は何も聞かなかった。

一人でいたいくせに何も聞いてくれない折原さんに少しだけ寂しい気持ちになる自分勝手な気持ちが更にイラついていた。


「じゃあ・・・おやすみなさい」

「あぁ。じゃあまた来週な」


走り去る車を見つめながらやっぱり今の自分には何一つ確かなモノなど無いんだなって実感した。

きっと海人は今頃レイさんと今日の食事会のことでも話して微笑んでいるのかもしれない。

折原さんだって・・・家に戻って自由に過ごすのだろう。


「誰も私のことなんか気にして無いんだよね」


自分で言った言葉に空しさが広がり気分がどこまでも落ち込んだ。


部屋に戻り着替えをしているとポケットに入っていた海人のメモ用紙が床に落ちた。

前と携帯会社が変わっていた。2~3度彼に連絡をしたが留守番電話になりメールも何通か送ったけれど返信は来なかった。

最後に会った日に私は彼の気に障るようなことをしたのだろうかと何度も悩み、苦しい気持ちのまま時間だけが過ぎていったのに・・・


コーヒーカップにお湯を注ぎ紅茶のパックから染み出る色を無表情で見ていた。

どうして今になってこんな風に再会してしまったのだろう。

ボ~としながらさっきまでの緊張を解し、やっと少しだけ物事を考えられるくらい冷静になってきた。


あまりに突然の再会に動揺したが、私の海人に対する気持ちはもう2年前とは違っていた。

折原さんにこの事実を知られたくない。

私の頭の中の一番大きな所を占めていたのはこのポイントだった。


あの時は二人の関係は何よりも大きなモノだと信じていたが、今となっては人に言えない秘密の出来事だ。

きっと知られてしまえば軽蔑されるだろう。私のことなんかアッサリと捨てられてしまうのかもしれない。


「捨てるも捨てないも・・・って感じなのに」


彼にとって私はただの契約上の女に過ぎないけれどそれでも自分の過ちを彼に知られることが怖かった。

今の私にできることなど無いのかもしれないが、ただ一つ言えることは海人との繋がりは断ち切ることだ。


ソファーに座り海人との日々を思い返してみた。

私はただ誰かに愛されたいだけだったのかもしれない・・・

冷静に思えば決してあの日々は幸せとは程遠いものだったのに。


「でも・・・」


結局、私は彼女にはどう頑張っても勝ち目は無いってことなんだなって分かった。

海人のことも折原さんのことも。同じ女に2連敗なんて泣けてくる。それもコテンパンに・・・・


自分があまりに小さくチッポケな存在な気がしてその場で海人から貰った紙に火をつけ灰皿の中に放り投げた。

チリチリと燃える紙を見つめ(これでいいんだ・・・)と思いながら辛かったこの二年間の想いも自分の中から振り払った。


突然鳴り出した携帯にビクッとして振りかえると電話の相手は折原さんだった。

ちょっとだけホッとしたと同時に何かバレてしまったのでは無いかと緊張した顔で電話にでた。


「もしもし・・・」

「俺だ。具合どうだ」

「はい。大丈夫です。すいませんでした」

「そうか。なんだか悪かったと思ってな。体調が悪かったのに無理させて」

「いいえ。そんなこと無いです。私改まった場って苦手なもんで・・・。もう全然平気です!心配してくれてありがとうございます」


「もう気分は良いのか?」

「はい!もう全然大丈夫です!」

「今から・・・会えないか?」

「へ?」


「なんだか今日は一人でいたくなくてな。あ・・・いや、、、ダメだな。ついお前には甘えてしまう。今日はユックリ休んでくれ」


ちょっとした言葉が気持ちを和らげる。こんな自分に逢いたいって思ってくれることに胸がドキッとしてしまう。


「あの!私なら大丈夫です」

「いや、、いい。ずまんな。また自己中で」

「いいんです!私も・・・逢いたいです」


少しの間の後、「今から迎えに行く」とだけ言って電話は切れた。

つい口から飛び出してしまった言葉に自分でいまさら恥ずかしくなって顔が赤くなっていた。


20分ほどしてインターホンが鳴りドアを開けると少しだけ照れた顔をした折原さんが立っていた。

そんな顔をされるとこっちもどんな顔をしていいのか分からなくなる。


「あの・・・」


私の言葉を遮りドアを後ろ手に閉め優しく体を包み込んだ。


「嬉しいもんだな」

「え?」

「逢いたいって言われるのって」


いつもみたいな生意気な顔じゃなくはにかんだ笑顔でそう呟く折原さんの腕の中で微笑んだ。


「折原さんでもそんなこと言うんですね」


私の言葉に優しい顔はいつもの顔に戻り「最初から黙って俺の家に来れば良かったものの・・時間の無駄だ」

相変わらずの憎まれ口にお互いクスッと笑った。


やっぱり・・・この人にだけは知られたくない。

きっと海人とのことを知れば今みたいに優しい目で私を見てくれることは無いだろう。

腰に腕を回し黙って胸に顔をつけた。


「折原さん・・・」

「なんだ?」


素直に言いたいことを言えたなら・・・

本当に心から私のことを好きでいてくれるなら・・・


きっと素直にこの時の想いを言ってしまっただろう。

(貴方のことが大好きです)


「ううん。なんでも無いです。迎えに来てくれてありがとうございます」

「なんだか飯も喉を通らなかっただろう。もっと気軽な店でなにか食うか!」

「はい!」


折原さんに会って元気が少し戻ってきたようだった。いつもみたいにモグモグと口を動かす私を見て目の前で笑う彼に「なんですか?」と聞いた。

「やっぱりお前はモリモリ食べる姿が似合うな」

「モリモリて!普通の量ですよ」

「さっきみたいな高級レストランで気取っているよりも、そんな姿のほうがよっぽどお前らしいよ」


褒め言葉なのか・・・バカにしているのかという言葉の裏に私の脳裏ではあのレストランの雰囲気にピッタリな優雅なレイさんの姿が甦った。


「そりゃそうですよ。私なんかなんの取り柄も無い女ですからね」

「またそんな風にひねくれる」

「どうせ高級な女じゃないですからね~」

「別に高級な女が良い女って訳じゃないだろう。お前はお前でいいんだよ」


どれだけ着飾っても背伸びをしても・・・

スズメは孔雀にはなれないものね。同じ鳥でもランクが違うもの。


「別にいいんです。私は所詮そんなもんですから」


唇を尖らせて食事を進める私を見ながら折原さんは呆れたように笑っていた。


「お前の所詮ってなんだ」

「え?」

「なにがそんなモンなんだ?」

「えっと、、、別にこれといって秀でたモノも無いし、容姿だって普通だし、、男運だって悪いし・・・」

「真面目に仕事をして上司の信頼もあって、それなりに人目を引ける容姿もあって、何年も忘れられない恋をしたんじゃないのか?」

「・・・・・」

「自分で自分を好きにならないと、いつまでたっても本当に好きになってくれる人なんか現れないぞ。もっと自信を持て。俺はそんなにダメな女を選んだつもりは無いぞ」


どうせ契約上の女のくせに・・・

いつでも捨てることができる気軽な女のくせに・・・


「そんな優しいこと言わないでください」

「別に優しいことを言っている訳じゃない。俺は自分が思っていることを言ったまでだ」


そんなことを言われたらまた期待をしてしまう。もしかして頑張れば自分のことを本当に好きになってくれるんじゃないかって勘違いしてしまう。

心に溜まっている気持ちを全部吐き出してしまいたい所だけれど、そうすればこの関係は終わってしまうかもしれない。


結局、目の前のこの人を失うのが怖くて何も言えなかった。

ただ側にいられたらそれでいい。私なんかが手の届くような人じゃないんだから。


折原さんの家に着き、彼がお風呂に入っている間、いつものように続きのDVDを見ていた。

ベットの側にある折原さんの家の電話が鳴り出した。携帯ならば浴室に運べるがさすがに家電はどうにもならない。私が出る訳にもいかず、気まずい感じで電話が鳴るのを黙って聞いていると留守電に切り替わった。


「別に聞きたくて聞いている訳じゃないですよ~」


TVの字幕を気にしながらも彼のプライベートを聞いてしまうことに、少しだけワクワクしていた。


「和馬・・・俺だ」


電話の相手の声を聞いてそれが誰なのか私にはすぐに分かった。


(海人だ・・・)


「今日は悪かったな。忙しいのに時間を作ってくれてありがとうな」


体を起こし黙って電話を見つめながら彼の伝言を聞いていた。


「話は変わるんだが。今日のお前の彼女に話しをした件なんだが。ちょっとした質問を聞くだけなんで、時間を見て俺から連絡をしてもいいか?もしも差し支えが無いなら彼女の連絡先を教えて欲しいと思ってな。忙しいみたいだから待っていたらいつ連絡が来るのか分からないし、お前に聞くのが一番良いと思ったんだ。じゃあ、これを聞いたら電話をくれ。じゃーな」


プツッと切れた電話を見つめ私は反射的に今、録音された伝言を慌てて再生し痕跡を消した。

海人との繋がりはどうしても消さないとならない。折原さんを通じて私の連絡先なんかを知られたら・・・

折原さんはなんの疑いも無いのだから、きっと気軽に私の連絡先を教えてしまうだろう。


受話器を持ったまま動揺していると後ろから声をかけられた。


「どうしたんだ?」

「えっ!いや、、なんでも無いです。明日の天気予報を聞こうと思って」

「明日は雨じゃないか?ほら・・・今もこんなに降っているし」


窓の外を見るとガラスに叩きつけられた雨粒が上から下へと流れ落ちていた。


「そ、、そうですね。こんなに降っているんだもの、そう簡単には止みませんね」

「明日は部屋で引きこもりだな」

「たまにはそれもいいですね」


「そうだな」と微笑む顔に受話器を置き笑顔で何も無かったような顔をした。


笑顔の下の私の心臓は隠しきれないくらいドキドキし、背中にジンワリと変な汗をかいたまま窓の外を見た。


「今日どう思った?」

「え?」

「あの二人。お前から見てどう思った?」


あの二人・・・海人とレイさんのことだろう。


「えっと、、お似合いの二人じゃないかなと・・・」

「そうだな。俺もそう思った」


こんなこと言っていいのか分からなかったが、あまりに動揺していて折原さんに気を使うことも忘れてしまっていた。


「あの、、すいません」

「なにがだ?」

「えっと・・・パッと見はお似合いかもしれないけど、、案外そうじゃないかも」


慌てて言う私を見て折原さんは苦笑いをしながら「気を使うな」と言ってタバコに火をつけた。


「あ、、いや。えーと、、、その。すいません」

「お前は謝ってばかりだな」

「あ・・・はい」

「俺にそんなに気を使わなくていいんだぞ。普段のお前でいい」


窓の側に立ち外を見たまま話を続ける折原さんの背中を黙ってみていた。


「どんなに想っても伝わらない気持ちもある。でも、それはきっと自分には相応しく無い人なんだと思えば納得もいくと思わないか?」

「あ・・・はぁ」

「彼女のことはな・・・もうかなり前に気持ちの整理ができていたんだ。格好をつけている訳じゃない。振り向いてもらえなかったから言う訳じゃないが、俺は正直兄貴の浮気の件が発覚した時、自分にチャンスが回ってきたと内心ほくそ笑んだ。けど、目の前で大事だと思う人が傷つく姿を見るのは辛いんだなって思った」


ドキッ・・・とした。

きっとその浮気の相手は私のことだろう。


「一瞬でも喜んだ自分がなんて嫌な人間なんだろうって思ったよ」


微笑みながら消したタバコを見つめ黙って折原さんを見ていた。


「彼女にな。あんな男のことなんか忘れてしまえと言ったんだが、彼女は兄貴の前で「行かないで」って泣いて頼む姿を見て俺に勝ち目は無いんだなって分かった。影で自分を裏切っていた男にあんなに素直に泣いてすがれるなんて俺には有り得ない。けど、それほど彼女は兄貴のことが本気で好きだってことだよな」

「そうですね・・・」


「兄貴のことが憎いと思ったと同時に、俺はその相手のことも同じくらい憎いと思った。二人で楽しくしていた時間、彼女がどれだけ傷ついていたのか二人は知らないんだ。俺には分かる。好きな人が他の人を見ているという事実がどれだけ辛いことなのか」


「それは・・・違うと思います」


折原さんの言葉につい口を挟んでしまった。突然そんなことを言い出す私を見て折原さんは眉を潜めて険しい顔をした。


「なにが違うんだ?」

「その、、、お兄さんはどうか分かりませんが、相手の人だってこれ以上無いくらい傷ついていたんだと思います!どれだけ想っても結局自分の立場は人から見れば浮気とか不倫とか、そんな目で見られて・・・」

「それは仕方無いだろう。所詮不倫なんだから」

「そうかもしれないけど!でも、、」

「好きな人に奥さんがいただけ・・・とでも言いたいのか?そんなの最初から分かっていたことだろう。そんなのはバカな女がすることだ」


一言で返されて何も言えずに黙り込む私を見て折原さんはパッと口に手を当てた。


「あ・・・悪い。また俺の悪い癖だ。その、、、お前が不倫をしていたって言うのにバカとか言って」

「いいんです。本当のことだから」

「いや、、お前のことを言ったんじゃなくて、、その、、」


(いや・・・ピンポイントで間違い無く私のことだし)


「でも、冷静になると本当にそうですね。今になるとそう思います」

「悪かった」

「いいんです。私もその時は自分のことしか考えなかったし、相手の奥さんのことなんか考えてもいませんでした。ただ・・・羨ましいなってそればかり思ってました」

「羨ましい?」

「はい。所詮、私は彼にとって遊びだったんです。どれほど上手い言葉を並べても結局は日陰な立場だったし、あのまま続いても辛いだけの日々だったんだろうなって。奥さんという立場の人には敵わないってことが分かりました。だからバカという言葉がピッタリなんだと思います」


弱い笑いをして言う私を見てバツが悪そうな顔をする折原さんにニコッと微笑みかけた。


「もうこの話は終わりにしよう」

「そうですね・・・」

「あっ!お前勝手にこのドラマの続き見ただろう!」

「だって暇だったから・・・」


少し気まずくなった空気を誤魔化し違う話に摩り替えてくれた折原さんに免じて一度見たDVDをもう一度見ることにした。


「この続き言っちゃいそう~」

「絶対言うなよ!」

「どうしようかな~」


ふざけ合って笑うこの時間が消えて無くならないように・・・

過去のことがこの人に知られないように・・・


でも彼が過去に私のことを憎いと思った事実に隠しきれない動揺をしていた。

その相手が私だと知った瞬間、きっとこの人は私のことを嫌いになるだろう。

嘘は嫌いだけれど、これだけは言えない。


ふと目に入った電話機を見て、海人に一度連絡を取らなければいけないんだと感じた。


翌日。私は海人に連絡を入れた。


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