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二人の間で



あの日から数日が経ったが、特に折原さんの態度は変わることは無かった。

相変わらず無愛想は変わらないし、ベタベタするような人にも見えない。


それでも私の中ではあの日から、折原さんが少しだけ近づいたように思えた。

それと同時に嫉妬という違う感覚も・・・


毎日昼前後になると気持ちがザワザワしていた。

またアノ人が家に来ているのではないだろうか?

今頃・・・一緒にいるのだろうか?


考えてはいなけないことなのに、どうしても意識がそっちに行ってしまう。

夕方に折原さんの家に行くと、無意識に誰か来ていたのだろうかとチェックしてしまう自分が嫌だった。


けれど不思議なことにあの日から折原さんの家に誰かが立ち入ったような感じは無かった。上手く隠してくれているのかなと思ったが、この人がそこまで気を回すとは思えない。


いつも彼女が使っていたカップはあの日から一度も動いていないように感じた。

不思議な気持ちと安心した気持ちのまま、数日が過ぎていった。


「風間・・」

「はい?」

「今日、、その、、、空いてるか?」

「今日?」


意味が分からず黙っていると、折原さんもなんだか変な顔をしていた。


「今日って何かあるんですか?」

「何も無いけど、、その、、」

「無いんですか・・・」



「夜・・・一緒に飯食おうかなと思って」

「あ。はい!分かりました」

「で・・その後、泊まれるか?」


途端に顔を赤くしてやっと言っている意味が分かった。


「あ・・・・。えーと、、はい。分かりました」

「お前ニブいって言われるだろう」

「そんなこと無いですよ。ただ、、こんなのしたこと無いから意味が分からなかっただけです!じゃ、、じゃぁ!後から来ます。失礼します」


バタバタと家を飛び出し、会社に戻った。

普通の恋人ならもっと自然に一緒にいるのだろうけれど、なんだかどんなタイミングでそうなればいいのか、まだ分からなかった。


(もっとアノ人みたいに、平気な顔して毎日行けばいいのかなぁ・・・。でもそれじゃ仕事の迷惑になりそうだしぃ。契約の上に仕事上の付き合いもあるしなぁ・・・)


ブツブツ考えながら会社に戻りエレベーターの前でそんなことを考えていた。


「ま、そのうち慣れるでしょ」


簡単に考え到着したエレベーターに乗り込みボタンを押そうとした時、閉まりかけたドアにガツンッ!と誰かの手が入ってきた。


「キャァ!大丈夫ですか?」


慌てて「開」のボタンを押すと手の主は柚木先生だった。


「柚木先生・・・どうしたんですか?」

「ちょうど今日対談の打ち合わせがあってね。ほら、俺一週間ほどいなかったから」

「あ〜そうですよね」


タイミングが良いのか折原さんとあんな風になった翌日から、柚木先生は次回作の取材と名目して海外に仕事で行っていた。


久しぶりに見る柚木先生に、なんだかちょっと照れくさかった。


「ん?なんか真羽ちゃん変わったねぇ・・・」

「え?どこがですか?」

「なんかオ・ン・ナって感じがする。何かあった?」


ドキッとしたまま首を横に振った。


「な〜んて嘘だよ。そうだ、お土産があるんだ。今日時間ないかな?」

「え、、今日ですか?」

「先約あり?」


一瞬、折原さんの顔が浮かんだ。けど、私が折原さんだけに集中するのをきっと彼は望まないだろう。

彼の負担にはなりたくない。


「あ、、はい。それほど遅くならないなら大丈夫です」

「そう?じゃあ、このまま打ち合わせして一緒に出ようか。みんなには原稿を取りに来てもらって直帰っていっておくから」


(相変わらず気が利きますね・・・)


ニコッと微笑んで柚木先生とエレベーターの前で別れた。

一応、折原さんに時間の変更を告げるメールを送っておいた。


<出張から戻った柚木先生と打ち合わせが入ったので、10時には行きます。何か買っていきますか?>


すぐに電話が鳴り、着信は折原さんだった。


「もしもし。すいません、柚木先生が・・・」

「ダメだ」

「は?」

「正也は明日にしてもらえ」

「ちょ、、それは無理ですよ。それにそんなに遅くなりませんから」

「俺に会う前に他の男に会うな」


「なんですかそれ!第一、私の行動に・・・」

ちょっと声が大きくなり周囲の人が振り返ったのを見て、慌てて声のトーンを下げた。


「じゃあ9時には行きます。これは仕事ですから。じゃ」


折原さんの反撃を聞く前に電話を切った。またかかってくると思っていた電話はそれ以降はかかってこなかった。


(これでいいんだ・・・。私も割り切ってますって態度をしなきゃ・・・)


定時になりロビーでは柚木先生が私を待っていてくれた。


「すいません。遅くなりました」

「ぜ〜んぜん。さ、行こうか」


柚木先生の車に乗り込んでも、今日は誰も噂をしない。

ちょうどロビーで雅チーフに大袈裟なくらい大きな声で柚木先生が原稿のことを言ってくれたので、嫌な噂はされなかった。


「すいません。気を使わせちゃって」

「え?なんのこと」

「原稿のこと。わざと大きな声で言ってくれたんじゃないですか?」

「あ〜。まぁね。変な噂が立つと真羽ちゃん困るでしょ?」

「いえいえ・・・」


(やっぱりこの人は大人だな〜)


ニコニコする顔にちょっとだけ尊敬した。

後ろのシートにある大きな荷物を指差して、

「あれがお土産」と私に見てという仕草をした。


「え・・・こんなに大きいんですか!何が入ってるの?」

「色々悩んだんだけど、これが一番いいかなって思って」


中を見ると沢山の箱が入っていた。


「えーと・・・これのドレですか?」

「全部真羽ちゃんの」

「えっ!だって凄い量ですよ?」

「うん。全部良いって思ったからね。これで上から下まで揃うよ。中を見てよ」


大きな車の後ろ座席に移り中を見た。

高そうなドレスから靴、アクセサリーまで揃っていた。


「こんなに貰えませんよ!どれか一つでいいです」

「どれか一つと言われてもなぁ・・・。他に行く宛が無いから貰ってよ」


ちょっとドキッとしたのは一番下の箱の中にド派手な下着が入っていた。


(わ・・・こんな趣味ですか・・・そうですか)


振れるとコメントに困るので何も言わなかった。


そのまま近くのレストランに行き、軽く食事をすることにした。


小さめの箱の物だけ持ち込み、柚木先生の前でお土産を見ていた。


「これ高そうですね。実際高いでしょ?」

「値段を聞くのはレディーじゃないね。内緒」

「だって〜。そんなに高いモノなんか貰えませんよ〜」

「どうして?」

「だってどう返していいのか分からないもの。困ります」


「それは真羽ちゃん次第でいいよ。気持ちでも体でも」

「いやいやいや・・・」


手を前に振って笑い、柚木先生独特のブラックジョークだと思い返した。

が、、、思った以上に先生は笑わず黙っていた。


「やっとこっちに戻ってきたことだし、今日からまたビシビシと誘わないとね」

「えっ、、いや、、、その」

「ねぇ。正直俺のこと嫌いかな?」

「いや、そんなこと無いですけど・・・」


今日はなんだかいつもよりも柚木先生は積極的な感じだった。


「この一週間、日本を離れてずっと真羽ちゃんのこと考えていたんだ」

「はぁ・・・・」

「俺の一方通行かな?」

「えーと・・・」


あの柚木正也が本気で私を口説いている・・・・

その現実にちょっとドキドキしながら、目線をテーブルのアチコチに動かした。


「本気になってもいい?」


ドキッとしたまま柚木先生を見つめた。


この人は真剣にそう言ってくれているのに、私は裏で何をしているのだろう。

叶わない人のことを思って自分の体を犠牲にしてまで、また辛い恋をしようとしている。今日の折原さんの約束だって一時の幸せな瞬間だけで、後から残るのは虚しい気持ちだけなのに。


「ありがとうございます・・・」

「少しずつでいいんだ。俺のこと考えてくれないかな?」

「はい・・・分かりました」


折原さんのことは好きだけど、所詮私はアノ人には愛してもらえないのだろう。

そんなことを繰り返してきっといつかまたボロボロになるのは目に見えている。

なら、、、この人のことを真面目に考えるのは懸命では無いのだろうか。


8時すぎにレストランを出て、柚木先生は私を家まで送ってくれた。

これから折原さんの家に行く予定だけど、そんなことは言えない。


「じゃ、来週の月曜は本当に原稿のことで」

「はい。午前中に行きます」

「あぁ。待ってるね。あっちで買った紅茶用意しておくから」

「はい。今日はご馳走さまでした」


完璧な笑顔で柚木先生を見送り、私は急いで家に戻り外泊の用意をして折原さんの家に向かった。


どこかで(こんなことしてちゃいけない・・・)って気持ちで胸が苦しくなった。

折原さんの家に着き、ふとキッチンを見た時心臓がドキッとした。

久しぶりに彼女のカップが置いてあった。


体の中で静かに嫉妬の炎が燃え上がるのを感じながらも顔に出さないように目をそらした。


「正也との仕事は終わったのか?」

「はい・・・」

「今日は急だったし、仕方無いがこれからは俺に会う前は・・・」

「いいじゃないですか!」


つい口調が強くなった。

自分だってさっきまでアノ人と会っていたくせに・・・

もしかして考えたくないような事実もあったのかもしれない。私は何も言えないままその手で触れられるのに。


「そうだな・・・」


話を遮った私に折原さんはそれだけ言って黙った。

変な沈黙の中、どうしていいのか分からず

「じゃあシャワーに入ってきます」とその場から逃げるように立ち去った。


浴室に入り、自然と浴室は使われたのだろうか・・・とチェックしてしまう。

私はどこまで嫉妬深いのだろう。


心配をよそに床は乾き、タオルも乾いていた。

ただ浴室を使わなかっただけかもしれないのに、そんなことを心配する私はちょっと異常なのかもしれない。


浴室を出て、リビングにいる折原さんの横をすり抜けて寝室に入った。


(私はただの寝るだけの相手なんだから、感情なんか持っちゃダメだ)


スッと布団の中に入りスッポリと体を中に入れた。スタンドの電気だけ点け黙って天井を見つめ、頭の中を空っぽにした。

考えると余計なことまで出てきそうだったから。


「風間」


声に顔を動かすと寝室のドアに折原さんが立っていた。

何も答えずに黙って顔を見ていると、あの寂しそうな顔をしていた。


「今日は・・・話をしないか?」

「話・・・?」

「あぁ。別にプライベートで会う度にそうしなければならないって訳じゃない。最近仕事ばかりでユックリとお前と話もできなかったし、今日はそうしようかと思って」

「あ・・・はい」


(それは・・・さっき彼女とそうしたから私のことは抱けないってことなのかな)


また悪いほうに頭が回り、ベットを出てリビングに歩いていった。


「そういえば、お前にキチンと話をしておかなければならないことがあったな」

「え?」

「本契約になったら教えてやると言っただろう。お前をどうして選らんだか」

「あ〜。そんなこと言ってましたね」


スッカリ忘れていたけれど、そこはちょっと気になった。


「どうしてお前を選んだかというとだな・・・」

「はい・・・」


「なんとなくだ」

「・・・・・・」


「以上」

「ちょっ!なにそれ!なんとなくって何よ!」


慌てる私を見て折原さんはプッ・・と吹き出し、思った通りの反応をする私を見て大笑いをしていた。


「初めてお前に会った時、面白い奴だなって思った。あんまり金に興味も無いし、人を外見で見るようにも思えなかった。だから気に入ったと言ったんだ」

「それだけですか?」


「お前といるとなんだか楽しかったしな。俺は普段、あまり人と話すのは好きじゃない。けど、お前とはもっと話をしてみたいと思った」

「そうですか・・・」


たったそれだけの理由で選ばれてしまった私って・・・・

それも人には言えないような関係で、これって普通じゃないよね?


「他に聞きたいことはあるか?」


一番聞きたいことが頭に浮かんだ。折原さんと彼女の関係・・・

聞いたら答えてくれるのかな。でも聞いて私はショックを受けないかな・・・


「じゃあ、、、聞いていいですか?」

「あぁ。お互い嘘はつかないって約束だからな」

「アノ人・・・のこと、、本当は好きですよね?」


一瞬だけ顔色が変わったように思えた。なんだかちょっと無理をしたように少しだけ笑い、煙草に火をつけた。


「鈍感だと思ったが、案外そうでも無いんだな」


(やっぱり・・・)


「けど。もう終わったことだ」

「え?」

「悪かったな。この前の旅行のこと。あれを最後にキチンと清算することにしたんだ」


(本当に終わったのかな?)


チラッと見ると折原さんはいつも以上に寂しそうな顔をしているように思えた。


「やっぱり兄貴には勝てなかったって訳だ。お前と一緒。振られたってことだな」

「でも、、それってお兄さんは知ってる、、、訳無いか・・」


「どっちみち俺のことは好きじゃなかったってことだ」

「じゃあどうしてそんな関係に?」


「もう何年になるかなぁ・・・。俺の家庭教師としてこの家に来た彼女をずっと淡い気持ちで思っていたが、彼女は兄貴に惚れちゃってな。そんなこと相談されたら俺の気持ちなんか言える訳も無かったな〜。で、応援する心優しい少年を演じたって訳だ」


ずっと彼はこの数年間、彼女だけを見ていたんだろうなって思った。

きっとその寂しさを埋める為に私のような存在は他にもいたのだろう・・・


「けど不思議と彼女には幸せになって欲しかった。けど考えてみたら俺は一生彼女の近くにいられる訳だし、それもいいかなって」

「本当に好きだったんですね・・・」


私の言葉に彼は苦笑いをして煙を吐いた。


「けど、兄貴が浮気して彼女に別れ話を切り出したことがあってな。それ以来、俺と兄貴は疎遠になった。大喧嘩して殴り飛ばしてから顔も見ていない。それでも彼女は兄貴が好きでな。なんとか力になりたくて、こんな風になってしまったって訳だ」


「こんな風って・・・」

「彼女が不安になる度に俺はその彼女の不安を取るために側にいた。俺は今も昔も彼女の応援役ってことだな」


それって本当は辛かっただろうな・・・

今のこの状況に自分が立ってみて初めて分かる。


「でも、、どうして最後なんですか?お兄さんにバレちゃったとか?」

「いや・・・。俺がもう限界だった。というか・・・彼女妊娠したんだ」

「えっ!それって・・・」

「ばーか。俺の子供な訳無いだろう。言っておくがな、俺はあの人に指一本触れていない。ただの真面目な弟として接しているだけだ」


「うっそ!だって温泉行ったじゃないですか!」

「それだって弟として行ったまでだ。彼女もきっと俺のことは男としては見ていないだろう。見舞いに託けて、一度くらい旅行もいいだろう」


ニコッと笑う顔が本当は泣いてしまいそうなくらい悲しく見えた。

側に行き、黙って彼の顔を胸に埋めた。


何も言わず私の背中に手を回し抱きつく折原さんに心の中で呟いた。


(不器用な人なんだな・・・)


私じゃダメかもしれないけれど、少しでも心の傷を埋められるのならば、

また辛くても悲しくても・・・それでもこの人の為に側にいたいと思った。


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