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本契約



土曜と日曜の二日間。柚木先生の「覚悟」という言葉が身にしみるくらい、二日間ミッチリと彼に連れまわされた。


取材と言われれば付き合わない訳にはいかないのが担当の辛い所。


けど、実際は「これデートでしょ?」というような場所に、文句を言うこともできず、

どちらかと言えばモヤモヤする気持ちがスッキリするような所に柚木先生は私を連れていってくれた。


初めて見たバスケの試合。映画館。美術館・・・・

分刻みに近いスケジュールを組み、彼はどんどんと私を連れて歩いた。


試合を見た後、まだ少し興奮している私を見て柚木先生は笑っていた。


「どう?面白かったでしょ」

「はいっ!初めて見ました!あんなに背が高い人があんなに早く走るなんて知らなかった〜」

「それどんな感想なんだよ・・・」


映画も今、話題の映画で少しだけ興味があったけれど、一人で行くのもな〜と諦めていたモノだった。

好きな俳優が出ていたこともあり、映画を見ながらついポロッと口走ってしまった。


「やっぱこの人格好いい・・・・」

「え?なに?」

「あ、私この俳優さん昔から大好きなんです。歳を増してもっと素敵になってるぅ〜」


目をハートにしたように言う私に柚木先生はパンフレットをシゲシゲと見て指でピンッと叩き、「たいしたことないね〜」と子供のような顔をして閉じた。


「あら・・そうですか?」

「そうだよ。俳優って思うからそう見えるだけであって、たぶん隣にいる男のほうが格好いいよ。よ〜く見たほうがいいよ」と格好をつけた顔をした。


「子供みたい・・・」

「そりゃそうでしょう。気になる人が自分より他の男のことを素敵だと言えばヤキモチも妬くでしょ〜。ま、、、所詮芸能人だけどね」


サラッと言われた言葉に、ドキッとした。


夕方になり少しだけ肌寒くなった空気の中、歩道橋の上から下を歩く人達を眺めていた。


「ここってさ、春になると桜が綺麗に見えるって知ってた?」

「そうなんですか〜。そんなの全然知らなかった。いつも通っているのに」

「じゃあ桜が咲いたらここにシート敷いて花見しよう」

「それって迷惑ですよ〜。こんな所でそんなことしたら通報されますよ・・・」


柚木先生はいつもくだらない冗談を言って笑わせてくれる。

ニコニコとした穏やかな顔から飛び出すとは思えないくらいハイセンスなことばかり。


(この人と一緒にいたら・・・本当に毎日が楽しいのかもな・・・)


一緒にいる空間に段々とそう思えそうな気がした。いつも気を使ってくれて、私の顔色を気にしてくれる。


「柚木先生って優しいんですね」

「俺は優しいよぉ〜?今頃気がついたの?」


(折原さんとは正反対だ・・・)


ポツッと思い出した彼のことに、私はまた今の彼の状況を思い浮かべた。

もう帰ってきたのかな・・・

それともまだ一緒なのかな・・・


思い出せばまた少しだけ胃が痛んだ。


「これからうちで遊ぼうか?」

「柚木先生の家で?」

「うん。二人で難しい料理でも本を見ながら挑戦してみる?」


そうすればきっと楽しい時間を過ごせるのだろうと思ったが、私はほんの少しだけ折原さんから連絡が来るかもと変な期待をした。


詰め残した原稿の話もあるし、私から連絡をしてもおかしくはない。


「あ、、でも、、私、昨日も今日も先生のこと引っ張りまわして、原稿かなり遅れちゃったんじゃないですか?」

「大丈夫だよ。もう大体はできているから」

「いや、、その、、、洗濯が、、そう!洗濯が溜まってまして・・・」


バレバレの私の態度を見て、柚木先生はそれ以上無理に誘うことはしなかった。

快く家まで送ってくれ「じゃ、洗濯頑張って」とニッコリと微笑んで帰っていった。


ちょっとだけ罪悪感に苛まれた。

これだけ優しくしてくれているのに、私は他の人のことを考えていた。

家に戻り洗濯物のカゴを見ても洗うまでに満たない量だった。


「嘘をついてまで待つ価値のある人じゃないのに・・・」


他の人と行く為に私の約束をキャンセルするような嫌な男に私はどうして、いつまでも気持ちを振り切れないのだろう。


10時を過ぎた頃、折原さんに連絡をしようかどうしようか悩んでいた。

ここまでバカにされたのに、それでもまだ気持ちがある。

携帯を持ち<折原和馬>のメモリーを黙ってみていた。


パッと光った画面には同じ名前が浮かび、一瞬自分でかけてしまったのかと勘違いした。


「あ、、、その、、、原稿のことで!」

「は?なんだいきなり」

「え、、いや、、、その、、、」

「週末は悪かったな。突然だったもので」

「いえ、、、平気です」


なにが平気なんだ。実際あんなに凹んでおかしくなりそうだったのに、格好をつけて気にしていないフリをした。


「もう約束を破るようなことはしないから」

「いいんです。いつでも破ってください。私、全然平気ですから」

「いつでもって、、、だからもう約束は守ると言っているだろう!」

「守れないのに言わないでください!どうせ私達は割り切った関係なんだから!」


ついカッとしてしまった。そもそも私には誰かと二人でいるなと言ったくせに、自分は堂々と旅行に行っている。

どこまで人を馬鹿にすれば気がすむのだろう。


そして・・どうして私はこんなにイライラするのだろう。


「そうだったな・・・。お前とはそんな関係だものな」


少し冷たく言われた言葉にやっぱり虚しさが残った。


「そうですよ。それと、、、やっぱり契約変更はやめましょう。私、折原さんが誰といても平気なんで、私もそうします。いつまで続くか分かりませんが、そんな時間ロスの間に素敵な人を逃すのは嫌なんで私の行動にアレコレ言わないでください」


少しだけ自分の手が震えていた。

言えば言うほど喉が渇き、体が冷たくなっていた。


「そうだな・・・。それがお前の為には良いかもしれないな」


「それと・・・今夜家にお邪魔していいですか?」

「あ?」

「キチンと契約には応じます。お互い見返りが無いと成立しないと思うので」


しばらく沈黙の後、「分かった」とだけ言って折原さんは電話を切った。


最後の最後で私がそんなことを言ったのは・・・

強がって強がって頑張ったけれど、本当は彼のことが好きだと気がついたから。

釣れるほどの体では無いと分かっているが、このまま彼と契約という絆で繋がっていれば、会いたい時に会える。バカかもしれないけれど、少しでもあの彼女に近づける。


1時間後、私は折原さんのマンションの前に立ち大きく深呼吸をした。

でも、心のどこかでアノ人に負けたくなかった。


インターホンを押す手も少し震え、心臓の鼓動は尋常じゃなかった。


「はい・・・」

「風間です」


無言のまま開く自動ドアに足が緊張してガクガクしていた。


部屋に入りどう話かけたらいいのか分からず、ソファーに座った。


「案外・・・大胆なんだな」


いつもの仕事用の椅子に座りクルリと振り返った折原さんは私を見てクスッと笑った。


「そ、、そうですよ。私のことどう思っているか知らないけど、私これでも結構遊んでいるんです。折原さんが思っているような良い子じゃないですから」

「ふ〜ん・・・・。どう遊んでいるんだ?2年も昔の男を引きずっているくせに」


バカにしたような笑い、(どーせ口だけだろう)という顔に、また強気な顔をした。


「私、不倫してました!」


少しだけ顔色を変え、「そうか・・・」とだけ答えた。


「私、本気で彼の奥さんから彼を取ってやろうって思ってました。彼好みの女になれるなら、なんだってしてやるってくらいの奴なんです。Hだって、、、奥さんとしたこと無いこと沢山したんだから!」


(そうだっけ?)


ちょっと言いすぎな部分もあったが、強がって遊んでいる女を演じた・・つもりだった。


勢い良く椅子から立ち上がり、真っ直ぐに私の前に来て体をスッと下げ目線を合わせた。ジッと見られる視線に負けじと黙って見つめ返した。


「それで、こんなにヤサグレちゃった訳か・・・」

「は?」

「本気で好きになって騙されて。で、男が怖くなったのか」

「怖くなんか無いです!」


「本当に俺のいう関係になれるのか?」

「・・・・・・」

「金と仕事だけの割り切った関係でお前は平気なんだな?」

「へ、、平気です」


平気と言う他、この人と繋がることは無いだろう。

もしも「やっぱり無理です」と言えば、きっとこの人は私を抱かない。

「ならこの契約は無効だな」と言われれば、担当を外されもうこんな風に会うことも無くなってしまうかもしれない。


「なら、お前から誘え」

「えっ?」

「お前が俺をその気にさせろ。遊んでいるんだろ?」


ニヤッと笑い真っ直ぐ見る目に、カッーと顔が赤くなった。


「ん?遊んでいるくせに真っ赤な顔しているぞ」耳元に口を寄せ軽くバカにするようなことを言う折原さんに怒った顔をした。


「分かりました」スッと立ち上がり、しゃがんでいる折原さんの手を引き寝室に連れていった。前を歩きながら心の中では(どうしよう・・・どうしよう・・・)とオロオロしているくせに、そんな素振りを見せないように必死だった。


「お風呂、、入りますか?」

「ん?俺はさっき入った」

「そうですか・・・」


ちょっとは時間を稼げるかと思ったのに、そこは失敗だった。


「お前は入ってきたようだな。いつも使っているボディソープの匂いがする」


スッと後ろから抱きすくめられ、緊張で体が堅くなった。


「準備万端ってとこだな。さ・・・どうする?」


自分から責めたことなんか一度だって無いのに、どうすればいいのだろう。

クルリと折原さんの方を見て、自分に(頑張れ!)と渇を入れた。


首に手を回し、ソッと顔を近づけキスをした。

でも、緊張しすぎてただ唇をつけるだけで、どうしていいのか分からなかった。


数秒で離した唇に目を開けると折原さんは笑いを堪えていた。


「な、、なんですか。その顔は」

「お前が俺を誘うなんて10年早い」

「なんですってぇー!」


叩くフリをした手を笑いながら止め、耳元に口を寄せ小さく囁いた。


「できもしないくせに・・・」

「できるわよ!言いなさいよ!して欲しいことなんだってできるんだから!」


「じゃあ・・・脱げ」


その言葉の裏に彼女はなんでもできて、言われればすぐにでも脱ぐんだぞと言われた気がした。


緊張した顔で上着を脱ぎ、上は下着だけの姿になった。

スカートのホックを外し、パサッと床に落ちた。


下着だけの姿になり、恥ずかしくて俯きそうなのを我慢して折原さんを見た。


「これでいいですか」

「まだだ」

「ぜ、、全部?」

「脱がせて欲しい派?」


悪戯っぽく言う言い方にどう答えようかと思ったが、そうしてくれた方が楽かもしれない。


「どっちかと言うと・・・」


スッと手が腰にかかり、スッポリと抱きしめられた。

マジマジと体を見られない状態に少しだけ安心した。


「どうして欲しい?」

(どうしてって・・・)


無言でいる私に折原さんは「横になろうか」とベットに手を引いていった。

顔が強張っているのが分かったが、それを隠して平気なフリをして横になった。

見えないと思えば恥ずかしいという気持ちも半減した。


布団を首まで引っ張り隣にいる折原さんを見ると、ニヤッと笑いゆっくりと上になった。


「俺は最後の最後まで脱がせない派」


下着の部分以外をゆっくりと彼の舌が這い、こんな小さな布一枚がこんなにも邪魔だと感じたことは無かった。


下着の上から触られる度に(早く取って・・・)と言葉にしたいのを押さえた。


「勝負下着が台無しだな・・・」


濡れた下着を触りながら不敵な顔をする折原さんにもう生意気なことを言う気力は消えていた。


「どうして欲しい?」


そんな言葉にどう答えていいのか分からない。目を堅く瞑り唇をギュッと噛んだ。


「じゃあ触って欲しい所に俺の手を持っていけ」


彼の言葉に手をつかみ、ゆっくりと下着の中に手を入れた。


「それで?」


意地悪なことを言われる度にもう頭がおかしくなりそうだった。


散々意地悪をされ、彼が入ってきた時にはもう私の意識は飛ぶ寸前だった。

どんな言葉を発したのかも覚えていなく、ただ彼の動きに身を任せていたように感じる。


でも、この人とやっと一つになれたという思いだけは溢れていた。


(やっぱりこの人のこと好き・・・)


ギュッと首に回していた手に力が入り、心の中で呟いた。

その時、急になんだか虚しく淋しい気持ちが沸きあがった。


(この人は私のことなんか好きじゃないのに・・・・)


溢れそうになる涙をグッと堪え、彼の動きに身を任せながら余計なことを考えないように体の感覚だけに意識を集中した。


終わってから何も言わずに隣で折原さんが吸う煙草の煙を見ていた。


「忘れられたか?」

「えっ・・?」

「昔の男のこと少しでも軽くなったか?」


(どうだろう・・・。でも一度だって抱かれている時に海人のことは浮かばなかった)


「そうかも・・・」

「そうか。なら良かった」


ニコッと微笑み煙草をもみ消した後、スッと私の体を抱いた。

すぐ目の前にある彼の顔になんだか恥ずかしくて顔を埋めた。


「本契約成立だな」


(契約かぁ・・・)


折原さんの言葉に何も答えずに目を閉じ、今だけは彼は私のモノだと感じながら眠りに落ちていった。



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