契約変更
翌日、昼を過ぎた頃にチーフ命令で折原さんの家に顔を出した。
言われなくても来るつもりだったけれど、、、なにげに夕方を過ぎて一番最後に来ようと思っていたのに、こんな早い時間に来ることになるとは誤算だった。
(また・・・彼女がきてるかも・・・)
なかなか押せないインターホンの前でどうしようか考えていると、他の住人がタイミング良く中に入り、そのまま後ろを着いていった。
ドアの前まで来て電話をしようと思っていると、ドアが少し開き話し声が聞こえてきた。
咄嗟に姿が見えないように隠れながら身を潜めた。
「いつもごめんね。迷惑ばかりかけて・・・」
「別にそんなことは無い。気にするな」
「うん・・・・。じゃ、、また」
(おっと!やっぱり来ていたか!)
コソコソと身を隠し彼女に見つからないようにエレベーターが下りていったのを確認しているとまだ開いているドアから声がした。
「お前は何がしたいんだ・・・・。早く入れ」
「えっ!バレてました?」
「いい歳してカクレンボなんかするな」
(歳は余計だっつーの!)
プーと頬を膨らませ玄関の中に入るとクルリと振り返りこっちを見た。
「な、、なんですか?」
「昨日は、、悪かったな」
「あ、、いえ。あ!カードありがとうございました」
「なんのことだ。そんなモン知らん」
スタスタと中に入る姿に黙って背中を見つめながら無言で着いていった。
(KOって折原さんじゃないの?って、、、他にいったけ?柚木先生ならMYだし、
チーフなら・・・M・・・下の名前なんだっけ?)
一瞬、頭の中を海人がチラついた。
(違う・・・海人ならKN 二ノ宮海人だもん・・・)
それよりなにより「今日はありがとう」って折原さん以外の何者でも無いじゃん。
自分で勝手に期待して、勝手に落ち込んだ。
ソファーに座り煙草に火をつけた折原さんはなんだか少し遠い目をして窓の外を見ていた。
(あ・・・。またちょっと落ち込んでいそう・・・)
「あの、、、コーヒー飲みますか?」
「いいや・・・いい」
シーンとした部屋の中がなんとなく気まずかった。テーブルの上にあった二つのカップをキッチンにさげ、リビングに戻り話しかけられない雰囲気の中、隣に腰を降ろした。
「お前、今度の休みっていつだ」
「えっ?あ、、、えーと、、、土曜と日曜ですけど」
「空いているか?」
「あ、、まぁ、、、」
「だろうな」
(カッチ〜ン!)
ヒクッとする頬を我慢して、笑顔を作った。
「そ、、それがどうかしましたか?」
「温泉に行く。用意しておけ」
「はぁ?なんですかそれ・・・」
「人のいない所に行きたい。休養だ。ちゃんと原稿をあげる為の取材だ」
「それに、、私も行かなければいけないんですか?」
「一人で行くのもいいが、どーせ暇なんだろ?金なら俺が出す」
(ムカッ!)
「どうかなぁ〜?もしかしたら柚木先生とまた食事に行くかもしれないし〜」
予定も無いくせについ頭にきて強がりを言うと、チラッとこっちを見てまた視線を戻した。
「そうか・・・ならいい・・・」
思ったよりもアッサリひかれたことに、ちょっとだけ惜しいという気持ちになったが、二人で温泉なんて、、、さすがにちょっと困る。
目の前にパソコンを持ってきて、カタカタとキーボードを打つ姿を横目で見ていると温泉宿を検索しているようだった。
次々と出す温泉のHPを隣から覗き込んでいると、少しだけさっきの話を受けていればよかったな・・・というくらい素敵な宿ばかりを検索していた。
「ここなんて良いと思わないか?」
「ま、、まぁ、、、そうですね」
「それともこっちがいいかな」
段々と振られる話につい一緒になって「こっちのほうが食事が良いかも?」とか
「あ、、やっぱりこっちの露天風呂のほうが素敵」とか話が盛り上がっていった。
「わー!ここって女性はエステがサービスだって。すごーい!」
「エステか・・・。そんなに良いもんなのか?」
「そりゃそうですよ!わ〜その後、オイルマッサージつきだって!折原さん絶対ここ良いですよ!」
「ふん・・・・。ならここにするか?」
「はい!食事も良いし、お風呂も素敵だし、絶対ここが良いですよ!」
「分かった。じゃあここにしておく」
携帯を取り出し、予約の電話をする折原さんを見ていると普通に2人分の予約を
して電話を切った。
「土曜日は何時に迎えに行けばいい?」
「え、、?」
「お前がこの宿が良いと言ったんだろう」
「でも、、一人って・・・」
「俺がエステをする訳無いだろう。変な見栄を張るな」
どーせ予定も無いくせにと笑いながらパソコンを戻し、温泉以外にどこに行きたい?などと週末の予定を立て始めた。
「映画とか行くか?それとも観光のほうがいいか?」
「え、、と、、、」
「暇な週末は過ごさせないと約束しただろう。遠慮しなくていいから行きたい所を言え」
ニコッと微笑む顔に若干の遠慮と不安があったが、次々と提案してくれる行事に自然とワクワクしてきた。
(別に行ったからって変なことにはならないだろうし・・・。久しぶりの旅行だもの楽しみかも♪)
次の原稿の取材もあるし、ここは担当者なんだからお供しないと!
と、、名目は一応仕事という建前を前面に自分を納得させたが、本音は温泉が楽しみで頭の中では週末のことでイッパイになった。
どこに行ってみたい・・・という私の提案を笑いながら聞いてくれる折原さんに、
アレコレと希望を並べ、とても二日で消化できるか分からないくらいの注文をつけた。
「さすがに、、、それ全部は無理だろう」
「ですよね・・・」
「別に慌てることは無い。いつでも行けるんだから、今回はコレと、、ソレと・・・」
紙に書き出した予定を数点ピックアップして予定を組む折原さんの横顔を見て、
なんとなく期待してしまいそうな自分がいた。
いつまで続くか分からないこの契約に少しだけ不安になった。
前の彼とは自由に行きたい所など行けなかった。
たった5分でも彼に会えればそれで満足だと自分に言い聞かせた。
けど・・・本音は違う。当時、和江や真紀も彼氏がいて二人のデートの話を聞きながら本当は羨ましかった。
堂々と映画や買い物に行ける普通の関係が・・・
「お前さ・・・。いつもこんなにアチコチ行動するのか?」
「いや、、そんなこと無いですけど・・・」
「前の彼氏との思い出の場所巡りって訳じゃないよな。それは俺に失礼だぞ」
「そんな訳無いですよ!どこも彼となんか行ったこと無いです」
「へぇ・・・。じゃあいつもどこに行ってたんだ?」
それは、、、、私の家とか、、、ホテルとか、、、
よくよく考えたら、堂々と人に言えるような付き合い方じゃなかったかもしれない。
誰かに見られたらと思うと、夜中のコンビニさえ少し離れていたのに。
「どこって、、、別に無いですけど」
「無い訳無いだろ〜。あ、毎回行く行きつけの店があるとか」
「そんなのも無いです・・・」
「じゃあどこで会ってたんだ?」
「私の、、家とか、、、」
「へぇ・・・。まぁ、それが落ち着くっていう男もいるからな」
そんな理由じゃないんだけどなぁ・・・と思いつつも、それ以上突っ込まれるとバレてしまいそうだったので黙っていた。
早々に仕事の話を終わらせ、会社に戻り一日の仕事を終えた。
家に着くと、私は久しぶりに使う旅行カバンをクローゼットから引っ張り出し、週末に備えて持っていく物をアレコレと考え用意を始めた。
自然と顔は笑顔になり、鼻歌なんか出ちゃったりして。
一番気に入っている服を行く日に着ようとか、翌日はこれとこれ・・・とか、部屋中が服だらけになりながら鏡の前で自分に合わせていた。
ピンポ〜ン♪
「え、、、誰?こんな時間に・・・」
ドアについている覗き穴を見ると真っ暗で何も見えなかった。
(?なぜに・・・真っ暗・・・)
カチャ・・とドアを開けると突然ドアが思い切り開き、ビックリして2歩ほど後ろに跳んだ。
「お前ガード甘すぎ・・・」
ズイッと入ってきた姿は折原さんだった。
「ちょっ!なんですか。いきなりー」
「暇だった」
「はぁ?つーか、、、なんで暇なら私の家なんですか!」
「契約上、お前は俺の女だからな」
言った先からズカズカと家にあがりこみ、散らかった部屋を見て呆れた顔をした。
「どんだけ楽しみなんだよ・・・」
「いや、、、ちがっ!先に準備しておかないと忙しいから・・・」
「ふ〜ん」
ニヤニヤと笑い、服をよけてソファーに座り煙草を出した。
「で・・・何か用事があったんじゃ?」
「いや。何も無い。ただ家でのデートはどんなことをするのか興味があったから来た」
「別に、、これといって何って訳じゃないですけど・・・」
「ただSEXして帰るだけだったのか?前の男は」
そんなストレートに言わなくても!!
「それだけって訳じゃないです!失礼な!」
「だろ?ならその違うことをしようと思ってな」
「別に、、DVD見たりとか、、、一緒にいて話をしたりとか、、、そんなモンですよ」
「ならそれでいい」
この男・・・突拍子も無いことばっかり言うんだから。
「折原さん、ご飯は?」
「俺が家で食ってくる訳無いだろう。どこか外に食いに行くか?」
「いや、、、外寒いし、あるものでいいなら作りますけど」
「あぁ。俺もそのほうがいい」
まるで自分の家のようにリモコンでTVをつけ、くつろいだ格好でTVを見ている姿を横目に夕食を作った。
でも、、、なんだか誰かに食事を作るということが少しだけ楽しく、海人がたまに来ていた時を思い出した。
同じようにゴロンとソファーに横になり、たまに見ると目が合い微笑んでくれる姿を見るだけで嬉しかった。
「正也とまた・・・食事に行く約束をしたのか?」
「え?」
「いや、、別にダメだという気は無いんだが、、したのかなと思って」
「いえ、、特別いつということは決めてません。また行きましょうとは言ってましたが」
「お前はどうなんだ?」
「どうって、、、なにがですか?」
「正也と付き合うとか考えているのか」
「そんなこと、、、一回の食事で飛躍しすぎですよ。それに変に期待してバカを見るのはもう嫌なんで」
思ったよりも冷蔵庫の中にはあまり良い食材は無く、簡単なチャーハン程度の物しか作れなかった。お金持ちの先生に出す食事では無いな・・・と思ったがテーブルの上に並べると何も言わずに折原さんは食事を始めた。
「あの・・すいません」
「なにがだ」
「買い物に行ってなかったんで、こんなモノしか作れなかったんですが・・・」
「そんなに気を使うな。十分美味い」
いつもの無愛想な言い方だったけれど、「美味い」と言ってくれたことについ顔が少しだけ赤くなった。
「あのな・・」
「はい」
「契約を変更しようと思う」
一瞬、ドキッとした。
もうこの関係は終わりにしようと言われるんじゃないかと少しだけ不安な気持ちになった。別に何があった訳じゃないけれど、、、
「どんな変更ですか・・・」
「俺と契約をしている間は男と二人きりで会うということはしない・・・という変更」
「なにそれ・・・・」
「誰かと比べられるのは好きじゃない」
「それって私だけに適応なんですか?」
「どういう意味だ」
「折原さんは、、、良いってこと?」
別にヤキモチなんか妬いていない。
この人のことが気になっているってことは、、、、ない、、、と思う。
ただ、、、ズルイって思っただけ。
だと思うんだけど、咄嗟に出てしまった言葉に黙って折原さんの表情を見ていた。
「ふん・・・・それもそうだな。じゃあ俺もそうしよう」
(でも、そんなことしたらあの人どうするんだろう)
「そんなことできるんですかぁ?」
「なんだその言い方は。俺は嘘は嫌いだ」
「だって、あの人、、、どうするんですか?」
「あの人?」
「いつも来てるあの綺麗な人・・・」
なんだか目を見て言えなくてつい下を向きながら小さい声で彼女のことを告げた。
フワッ・・と広がる煙草の煙が少しだけ視界に入ったけれど、これから彼がどう答えるのだろうかと少しだけ胸が苦しかった。
「アノ人は俺の身内だ」
「へ?」
思っていた答えとは全然違うことに驚いて顔をあげた。
「うちの兄貴の嫁さんだ」
そうなんだ?な〜んだ!そうだったんだ〜!
安心した私とは逆にそう答えた折原さんの顔は少しだけ暗く見えた。
そしてその顔は、やっぱり彼女が好きだって顔をしていた。
胸がギュッと痛くなり、なんて言葉を発すればいいのか分からなくなった。
突然スッと立ち上がり近づいてきた顔に少しだけ体を後ろに下げ小さい抵抗をした。
けれど、そんな小さい抵抗などものともせずに折原さんは唇を重ねてきた。
「ンー!やっ、、、」
抵抗すればやめてくれると思っていたのに、なんだかその日の折原さんはいつもと違い、押しのけた力以上に私を抱き寄せ更に強引にキスをした。
そのままソファーに倒され荒々しく服の中に入ってくる手に少しの恐怖が湧き上がりできるだけの力で彼を押しのけたつもりだったが、男の力には到底勝てる訳も無く気がつくと上着はまくれ上がり下着があらわになっていた。
脅えた顔で折原さんを見ると悲しそうな顔で私を見下ろしていた。
「すまん・・・。どうかしてた」
パッと体を離し頭を抱えてソファーに座る彼の背中を見ながら慌てて衣服の乱れを整え黙ったまま隣に座っていた。
「悪かった。俺、今日はちょっとどうかしているんだ。怖がらせて悪かったな」
かける言葉も見つからずドアを出て行く折原さんの背中を見つめながら、さっきの初めてみる悲しい顔がいつまでも頭から離れずにいた。
まだ半分しか食べていない食事の跡を見つめながら、彼と彼女の関係、私達の関係、そしてさっきの悲しい顔が私の頭の中でグルグルと回っていた。