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気まずい空間


「誰だ?」

「風間です。大丈夫ですか?」

「お前、、来てくれたのか?」


いつもの不機嫌な声が少しだけ明るくなったと同時に私の後ろからニコニコと柚木先生が口を挟んだ。


「どうも。熱でたんだって?それにしては元気な声だな」

「お前も来たのか・・・」


またムスッとした声に戻りウィ〜ンとドアが開いた。


部屋に入るとテーブルの上にはビールの空き缶が数本並び、どう見てもおとなしく寝ていたようには見えない状態だった。


「熱は、、、どうですか?ちゃんと薬は飲んだんですか?」


ソファーに座り煙草を吸う折原さんに声をかけるとこっちの言葉を無視してTVを見るフリをした。


「あぁー!やっぱり薬飲んでないじゃないですか!昼に見たのと同じ数だ!どうして言われたことを守らないんですか!」


目の前に薬の袋を出すと「忘れていた」と無表情のまま答えた。


「子供か!忘れる訳無いじゃないですか!ってか、、ご飯も食べてない!」

「あ〜うるさいなぁ・・・。もう薬なんか飲まなくても大丈夫だ」

「だって熱があるんでしょ?もう・・・」


額に手をやり熱を測ろうとすると一瞬だけビクッとした表情をしてから、慌てて私の手を振り払った。


「もう下がった。なんでも無い」

「そんなにすぐ下がる訳無いじゃないですか!てゆうか寝てないとダメじゃないですか」


ワーワーと言い合う二人をカウンターテーブルの椅子に座りながら柚木先生は笑いながら見ていた。


「まぁまぁ。どーせ熱なんか最初から無かったんだよな?和馬」


柚木先生の言葉にチラッと顔を見た後に、折原さんは「もう寝る」とだけ言って寝室に入ろうとした。


「ダメ!ちゃんと薬を飲んでからじゃないと寝かせません!今、ご飯温めますから食べてからにしてください」

「いらない。食欲が無いからもう寝る」

「一口でもいいから食べないとダメです!」

「お前はうるさいなぁ・・・。いいからもう正也と帰れ」


プリプリしながら食事を温める私の側に来て柚木先生がクスクスと笑っていた。


「俺が来たのか気に入らないみたいだね」

「え?なにがですか」

「真羽ちゃんだけに来て欲しかったみたいってこと。俺は邪魔だったみたい」

「そんなこと無いですよ。あの先生はいつもあんな態度ですから」


「アイツね、昨日言ってたんだ。「俺に向かってバカと言った女は初めてだ」って。それからもずっと真羽ちゃんのことばかり話してた。子供だねぇ・・・アイツは」

「まぁ・・・言うこともやることも子供みたいですけどね」


「子供の頃って好きな子ができるとちょっかいばかりかける男の子っていなかった?憎まれ口ばかり言って意地悪して。小学生からいきなり大人になったのかな・・」

「好きなって、、、違いますよ!なんだか知らないけど最初から私に対してはあんな態度なだけです」


「じゃあ最初から好きなんじゃないの?」

「まさか〜!違いますよ」

「そうかな。ならいいんだけど」


柚木先生は折原さんの食事が終わるまで近くの本棚にあった本を数冊出してソファーにユッタリと座り読書を始めた。


ドアをノックして食事を運ぶとクルッと背中を向けたまま寝たフリをしている折原さんに声をかけた。


「先生。一口だけでも食べてください。薬を飲んでくれたら帰りますから」

「いらないと言ってるだろう。正也が待っているんだろ。もう帰れ」

「柚木先生は食事が終わるまで待ってくれるそうです。ほら、、、早く〜」

「そこに置いておけ。後から食べる」

「嘘ばっかり!絶対食べないからダメ!ほら早く起きてください」


かけていた布団を腰までめくりこっちを向かせるとジロッ・・・といつもの目つきの悪い顔で睨まれた。


「睨んでも怖くないですよ。さ、食べましょう」

「わざわざ正也を連れてくることは無かっただろう・・・」

「だって食事中にあんなこと言うから、、、それに嘘をついて帰るのも悪いし」

「それにしてもだ。別に、、一人で来ようと思えば来れただろう」


「それは、、、だって送ってくれるって言うから・・・」

「本当は一緒に来て〜とか言ったんじゃないのかぁ?」

「言いませんよ!そんなこと!」

「は〜ん?俺には結局正也と食事って言わなかったしな〜。もしさっき電話しなかったら、今頃正也の家にお持ち帰りされていたかもな」

「しませんよ!そんなこと!」


喧嘩口調で騒いでいると寝室のドアから顔を覗かせ、柚木先生が二人を見て笑っていた。


「下手な若手芸人より面白いなぁ・・・。で、俺がお持ち帰りしても問題無かった?」

「別に俺には関係無いことだから〜」

「そうなんだ。じゃあ・・・そうしようかな」


ニコヤカな柚木先生とは対照的にムスッとした折原さんの間に挟まれなんだか気まずい雰囲気のまま二人を交互に見ていた。


「別に好きにすればいいだろう。俺とコイツはなんの関係も無いんだから」


柚木先生に強気な態度で言った言葉に私はちょっとだけ傷ついていた。

なんの関係も無い・・・んだ。

やっぱりこの人にとってキスなんて挨拶みたいなもんなんだろうな。


「じゃあ・・・食事ここに置いておきます。人がいると眠れないと思うので、私達帰りますから。明日また様子を見に来ますね」


スッと立ち上がると折原さんは急に黙って私の顔を見た。

なんだかちょっとだけ淋しそうに見えた。


たぶん・・・私も同じような顔をしていたのかもしれない。


「あ〜、、、あれだ。今日中に次の作品の打ち合わせをしたかったんだが、、、お前が急に帰るからできなかった。後からでいいから、、、家に着いたら電話をくれ」

「でも、、もう遅いですが」

「一日中寝ていたんだ。大丈夫だ」


それだけ言ってバサッと布団をかぶり背中を向ける折原さんに「分かりました」とだけ返事をして寝室を出た。



「柚木先生。色々すいませんでした。大丈夫みたいなので失礼しましょう」

「そうだね。真羽ちゃんの顔を見れたから満足みたいだしね」

「別にそんなんじゃ無いと思いますけどね・・・」


帰りの車の中でさっきの折原さんの言葉を考えていた。

(なんの関係も無いんだから)

こんなに胸がズキッとなるとは思わなかった。ショックを受けている自分がバカみたいだ。最初からそんな関係だって言われたのに・・・


「どうしたの?」

「えっ・・?」

「なんだか深刻な顔して。いつもの真羽ちゃんらしくないね」

「あ、、いえ。なんでも無いです」

「恋の悩みかな〜?」

「そんなんじゃないですよ。えーと、、、そう!次の立花先生の原稿の件で、、、また遅れるのかな〜って。どうやってチーフのカミナリから逃げようかって考えていたんです」


エヘヘ・・・と笑って誤魔化し小さくため息をついて前を向いた。

(はぁ・・・。なんだか、、早く一人になりたいかも・・・)


進む車の中、あまり会話をしないまま家路を急いだ。


「真〜羽ちゃん!」

「えっ?」


柚木先生のほうを振り向くと人差し指で頬を突かれた。


「な、、、なんですか?」

「昔しなかった?こんなの」


ニコニコと笑い悪戯が成功したことに柚木先生はご機嫌だった。


「真羽ちゃん。これからも俺とたまにこうして付き合ってくれるかな」

「食事・・・ですか?」

「うん。食事とかドライブとか映画とか、、、いろんなことに付き合ってくれない?」

「えーと、、、それって、、、」

「和馬に先手を打たれる前に押さえておこうと思って」


ニコッと微笑み前を向く顔にどう返事をしていいのか分からず無言で顔を見ていた。


「そんなに急にかしこまらないでよ。、まずは友達くらいの関係って思ってくれたらいいよ。好きになるのはそれからでいいから」

「はぁ・・・」

「あれ?素っ気無い返事だなぁ・・・」

「いえっ、、、その、、、えーと」


アパートの前に到着し、爽やかな笑顔のままで

「着いたよ」と言われ、慌てて車を降りた。


「今日はありがとうございました」

ペコッと頭を下げる顔をあげると目の前に小さい袋がぶら下がっていた。


「えと、、、」

「誕生日プレゼント。どんなのが好きか分からなかったから誕生石のピアスにしたんだ。いつもピアスつけてるから」

「いいんですか?」

「どーぞ。どーぞ」


紙袋を受け取るとすぐに窓を閉め手を振りながら車は発進した。


折原さんとは対照的なくらい気を使ってくれる柚木先生にもう一度頭を下げながら、

部屋の中に入った。


紙袋の中には私の誕生石がついた小さいピアスがカードと一緒に入っていた。


<誕生日おめでとう。気に入ってくれるといいけど。いつもありがとう 柚木正也>


女の人が喜ぶ術を知っているな・・・と感心した。

そんなに高くは無いけれど、ちゃんと自分のことを考えて選んでくれたプレゼントってただ高い物よりも100倍嬉しい。


それに妙に高い物ってなんだか重く感じてしまうけど、このくらいの物って一番気楽かもしれない。お返しもしやすいし・・・


軽く耳に合わせているとバックの中の携帯が鳴り出した。

慌てて取り出すと折原さんからの着信だった。


「もしもし」

「いまどこだ?」

「今、家に着きました」

「一人か?」

「そうですけど・・・。あ、、、打ち合わせの件ですね。えーと・・・」


「今日はもう遅いから明日でいい。帰ったならもう寝ろ」


プツッ・・・と切れた電話を見つめながら無言で目が細くなっていた。


「なんなのよぉ!まったくもぅ!」


携帯をテーブルに置こうとするとまた着信があり、ブスッとしたまま電話にでた。


「はいっ!」

「言い忘れた」

「なんですか!」

「今日、誕生日だったんだってな・・・」


「あ、、はい」

「三十路か・・・・フッ・・・・」


プツッ・・・・・


「この野郎・・・・」

切れた電話を近くのクッションに投げつけ眉間にシワが入ったまま鏡を見た。


「ヤバい・・・シワになる」

シワを撫でつけながら、どうしてこうも態度が違うんだろうとイライラしながら化粧を落としベットに倒れこんだ。


なんだか一日の出来事にしては沢山のことがありすぎた日だった。

「ふぅ・・・」


大きく息を吐き出し天井を見ながらボケ~とした。

去年の誕生日は真紀と和江が気を使って一緒に食事をしてくれたけれど、今年はきっと内田さん達と遊んでいるのかもなぁ・・・


段々とこうして友達も落ち着き自分から離れていってしまうのだろう。


「きっと柚木先生みたいな人と一緒にいるのが一番幸せなのかもな・・・・」


自分でそう思っているのに、その時私の頭の中を占めていたのはあの憎まれ口を叩いていた折原さんだった。


自分の男を見る目の悪さにほとほと嫌気がさしてきた。


半分眠ろうとしていた頃、今度はメールを受信した音が部屋に響いた。

ダルイ体を持ち上げて携帯を見ると、<カードが届いています>というタイトルのメールだった。


「誰だろ・・・真紀かな?」


ネットに接続すると可愛い絵のカードが画面に広がった。



<誕生日おめでとう。今日はありがとな。また明日 K・O>


「K・Oって折原さん?てか、、KOって、、、」


イラついていた気持ちが少しだけ薄れ、カードの文字と無愛想な声が頭の中でシンクロした。

あの先生が素直に「おめでとう」と言えるような人じゃないもんなぁ・・・


どんな顔をしてこのカードを送ってくれたのか想像するだけで、気持ちは軽くなり思わず顔は笑っていた。


今年の誕生日はいつに無く嬉しいなって思えた日だった。




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