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小さい嘘



待ち合わせの時間までには少しだけ時間があった。

時計を見ながら指定されたデパートの入り口にもたれかかり、ボ~とさっきの出来事を考えていた。


(このままあんなに安易にキスを続けていたら、、、その先に進むなんて時間がかからない。体だけの関係なんか惨めできっと後悔するんだろうなぁ・・・)


そして、、きっともっと折原さんのことが気になってしまう。

私はアノ人にそんなことを気軽にできる女だと思われたんだろうか。


どうしてあのバカらしい契約の相手が私だったのだろうと考えていると、突然目の前にササッ・・・と手が広がった。


「わっ!!」


驚いてその手の持ち主の顔を見るといつもよりもキチンとした格好の柚木先生がニッコリと微笑んで立っていた。


「どうしたの?難しい顔して」

「あ、、いえ。ちょっと考え事していたんで・・・。って、、いつからそこにいたんですか?」

「いや、遠くから手を振ったけど全然気がついてくれなかったから」


「すいません!」

「いやいや。じゃあ、、行こうか。もうお腹減ってる?」

「あ、、えーと、、、普通です。いや、、、柚木先生は?お腹減ってるなら・・・」

「今日は仕事外で会ってるんだから「柚木先生」も「風間さん」もやめない?」

「え・・・?やめないとは・・・」


「俺のことは「正也」で。俺も風間さんのことは「真羽ちゃん」で」

「いやいや!私、、もう「ちゃん」とかって歳じゃないし、、それに「正也」て!」


「じゃあ「真羽」で」


優しそうな笑顔で突然呼び捨てなんかされたら、、、ビックリして妙に緊張してしまう。

顔が強張ったまま引きつった笑顔で「はい・・・」と小さく返事をした。


「行こうか。少しその辺をブラ~としてから食事にしよ」


さりげなく肩に手を回し、とても近い距離のまま歩き出した。


(わわゎゎゎ・・・・!ど、、どうしよう。今になって突然緊張してきた!)


すぐ側にあの有名な柚木正也がいるなんて!って、、いつも仕事では近くで見ているけど、なんだか外で会う柚木先生はいつもとは全然違って見えた。

こんな時、ナニを話せばいいのかスッカリ頭の中は白くなりバクバクと心臓の鼓動が自分でも異常なんじゃないかと思うくらいだった。


「もしかして・・・緊張してる?」


ニコッと笑いこっちを見る柚木先生にまた引きつりながら笑顔で返した。


「あ、、いえ。大丈夫です。その、、、仕事外で会ったこと無かったから、、ナニを話していいのか分からなくて。すいません・・・」

「もっと早くに誘いたかったけど、なかなかチャンスが無かったからね〜」

「あ・・・はい・・・」


冗談なのか本当なのか分からないようなことを言われ、やっぱり笑顔と気持ちがバラバラなまま隣を歩いていた。


「そういえば。和馬のほうがどう?」

「え?和馬・・・って」

「折原和馬のこと。どうも俺は立花先生〜っていうのか馴染めなくて。

昔から和馬って呼んでいたから」


急に折原さんの話を振られてドキッとした。


「あ、、いえ、、、思っていたよりも順調に仕上げてくれました」

「そうなんだ。昨日珍しくアイツから電話がきてね。で、最近のことなんか話して今度飲みに行こうかって話になったんだ」


昨日?

やっぱりおとなしく寝ている訳無かったか・・・・


「で、今日風間さんを食事に誘ったんだって言ったら〜」

「えっ!折原さん今日のこと知ってるんですか?」


突然声を大きくした私を見て柚木先生はビックリした顔をした。


「あ、、まずかった?アイツに知られたら」

「いえ、、そんなこと無いんですけど、、、」


なんだかちょっと複雑な気持ちだった。知っているのに、あんな風に聞くなんて、、私が嘘をつくかどうか試していたのだろうか。


そして、あのキスはなんの意味があったのだろう・・・



「もしかして和馬のこと気になってたりする?」

「へ?」


チラッと横目でこっちを見て、クスッと笑う顔に慌てて否定した。


「そんな訳無いです!あんな冷たくていつも何を考えているのか分からなくて、ムスッとしていて、風邪のくせにチョロチョロして、人の言うこと全然聞かない人なんか気になる訳無いです!」

「そうなんだ。なら良かった」


良かった?え・・・なにが?

柚木先生はフラ~と一件のショップに入り私はその後を着いていった。

真っ直ぐにカウンターに行き店員さんに何か話しかけていた。


私といえば・・・さっきの話がまだ少しだけダメージで側に置いてあったガラスの小物を触りながら、なんとなく折原さんのことを考えていた。


(やっぱアイツ・・・何を考えているのか分からないや・・・)


軽く触っていたガラスの小物が突然コロコロと転がり、床に落ちるそうになり慌ててキャッチした。


「お見事!」


後ろを振り返るとそんな格好の悪い姿を見てクスクスと笑う柚木先生がいた。


「あ、、いや!急に転がるから・・・」

「反射神経良いんだね。割れなくて良かったね。これ15万だって〜」


15万の言葉に慌てて手の中におさまった小物を元の場所に戻した。


(これが15万て!!100均に並んでそうなのに)


「じゃ、そろそろ食事に行こうか」

「はい。そうですね」


柚木先生の車はやっぱりな〜というくらいの高級車だった。いつも家の中でしか会っていないから車なんか見たことが無かったけれど、さすが有名作家というくらい、きっと高いんだろうなという感じの車だった。

まったく車に興味が無い私でもこの車が高いのだろうということくらいは乗った感じで分かった。


キョロキョロと車内を見ていると、柚木先生は笑いながら、

「そんなにキョロキョロしてもピアスや長い髪の毛は落ちてないよ」と笑っていた。


「いえ、そんなつもりじゃ・・・。凄い車だなって思って・・・」

「そう?あんまりお金を使うことが無いからね。車くらいはと思って」

「そうなんですかぁ・・・」


黙って助手席に座り前を向いていると、またこの前の折原さんとのことを思い出した。


(あのハンカチ・・・やっぱりアノ人のなんだろうなぁ・・・)


ちょっとした時間の隙に折原さんのことを思い出してしまう。そしてそれと同時にチクッと胸が痛くなる。

彼にとってたかがキスかもしれないけれど、私には大きなことだった。


「着いたよ」

「え、、、あ、、はい!」


車を降り店に着くまでの間のほんのわずかな道のりで柚木先生はサッと私の手を握り、「繋いでいい?」と微笑んだ。


答えるまでも無く・・・すでに繋がっている手に「え、、えぇ」と弱い笑いで返すことしかできずにレストランまでの道を歩いた。

緊張しているせいか、私の手はいつもよりも冷たく繋いだ柚木先生の手はとても温かかった。


「手・・・冷たいね。車の中寒かった?」

「いいえ。いつもなんです。私、普段でも手が冷たいし、体温も低いから」

「手が冷たい人は心が温かいって言うよね〜。あ、、俺は違うよ。手も心も温かいから。体温が低いなら夏場は真羽ちゃん抱いて寝たら気持ち良く寝れるね」


柚木先生の言葉に上手い返しができずに黙っていると、先生は慌てて弁解していた。


「あ、、いや!そんなイヤラシイ意味じゃなくて!ユタンポはあっても逆は無いでしょ?そんな意味!」

「あ・・・ですね」

「まいったなぁ・・・。俺、何言ってんだろ」


慌てている柚木先生なんて見たことが無かったので、妙に新鮮で思わず笑ってしまった。


「ごめんね・・・。これでも俺、すごく緊張してるんだよ」

「そうなんですか?全然そんな風に見えませんけど」

「手なんか繋いだの、、、10年ぶりくらいかも。いつもは恥ずかしくてそんなこと言えないんだけど、、、何事も最初が肝心かと思って」


「最初が・・・ですか?」

「俺ねぇ、、、、本当はもっと手を繋いだり、なんていうんだろ、、イチャイチャじゃないけど見るからに仲が良さそうなカップルって憧れるんだよね。けど、、どうも格好つけちゃってそんなことできなくてさ。だから、次にそんな人ができたら最初からって思ってて、、あ、、その、、、」


モゴモゴとこっちを向いて話す柚木先生とは裏腹にドアの入り口に立っていた案内の人はお構いなしで「いらっしゃいませ」と話を断ち切った。


変な所で話を切られてしまった柚木先生は妙な顔をしたまま席に案内され、私はそんな柚木先生を見て本当ならば爆笑をしたい所なのに必死で我慢をしていた。


テーブルに着きお互い顔を見合わせてプッ・・・と吹き出した。


「ったく・・・どうしてあそこで空気を読んでくれないかなぁ・・・」

「だって、、あんな話をしながら入店する人なんかあまりいないと思いますよ」

「だよなぁ〜。もう俺、本当はかなりテンパっちゃって待ち合わせも本当は1時間前に着いちゃって煙草を何本吸ったか分からないくらいなんだ」

「え?そうなんですか?」

「あぁ。もう〜昨日からドキドキしちゃって」


恥ずかしいのか目も合わせないでペラペラと話す柚木先生がいつもの落ち着いた感じとは全然違ってとても新鮮だった。

そして自分なんかの約束にドキドキしたと言ってくれたことが嬉しかった。


我ながら・・・簡単でお安い女かもしれない・・・・



あの話に気をとられスッカリとレストランのことを忘れていたが、席につくなり目の前には豪華そうなナイフとフォークがズラズラと並び、見るからに高そうなイメージだった。


(私・・・マナーとか分かるかなぁ。どっちかというと、、、もっと庶民的な所のほうが落ち着くんだけど・・・でもそんなこと言えないよなぁ)


いちいちボーイさんが隣に来る度に緊張して頭を小さく下げた。


「こういう所嫌い?さっきから顔が怖いけど」

「あ、、いえ。嫌いっていうか、、慣れていないっていうか。ここって、、凄く高そうだし、私あんまりこんな所来たこと無いんで」

「そんなに高く無いんじゃないかな?二つ星だし」

「星があるだけ凄いですってば!」


やっぱり、、お金持ちって少し感覚が違うかも・・・


折原さんとの食事の時とは違った緊張感の中で時間は進み、話をしてみると思っていたよりも気さくで楽しい人だった。


「どう?ここの料理気に入ってくれた?」

「え、、えぇ。とっても美味しいです。すいません、なんだか気を使わせてしまって。私なんかの誕生日ごときに」

「<私なんか>じゃなくて<私だから>ここに来たんだよ。いつもお世話になっているし、こうしてユックリと二人で食事してみたかったんだ。また、、誘ってもいいかな?」


優しい笑顔で言われると、断ることはとっても失礼なんじゃないかと思うくらいだった。


「あ、、はい。私でよければ、、、」

「良かった〜。昨日さ、和馬の奴いや〜な言い方しやがってさ」

「折原さんが・・・なんて?」


「「あ〜ゆ〜何も知りませんってタイプの女ほど裏で何をやっているか分からないもんだから、あんまり真剣になるなよ〜」だって。ったくアイツは口が悪いからな」


ドキッ・・としながらついさっきのキスを思い出し、自然と口元を隠してしまった。


「あの、、、柚木先生と折原さんって仲が良いんですか?」

「ん?誰と和馬が?」

「え?柚木先生と・・・」

「ん?誰と〜?」


不思議そうな顔をして何度も聞き返す意味が分からず柚木先生を見ていた。


「今日は仕事じゃないって言ったでしょ?俺のこと何て呼ぶんだったっけ?」

「あ、、、ま、、正也、、さん」

「よろしい。そうだなぁ、、、昔は仲が良かったよ。最近はお互い忙しいからあまり連絡は取っていなかったけど、アイツの作品は必ず読んでる。才能は凄いなって思ってるし」

「そうですか・・・」


仲が良いなら、、いつか私と折原さんのあの妙な契約がバレてしまうかもしれない。

あまり、、、柚木先生と親しくなるのは賢明じゃないかも。


突然バックの中の携帯がブルブルと震えたのを感じ、静かに着信を見ると折原さんからの電話だった。


(え・・・。なんだろう?)


「すいません。ちょっと会社からなんで電話してきます」

「あぁ。ごゆっくり〜」


ニコヤカに微笑む柚木先生を後に急いで外に出て電話をかけると、相変わらずムスッとした口調の折原さんと繋がった。


「もしもし。風間です。何かありましたか?」

「今、どこだ」

「え、、、今は、、、ちょっと出先で」

「急に熱が出てな。ちょっと来てもらいたかったんだが、、、ならいい」


「えっ!熱はどれくらいあるんですか?いつからですか?大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。寝ていればなんとかなる。悪かったな・・・じゃあ」


プツッ・・と切れた電話に慌てて柚木先生の所に戻った。


「柚木先生、ごめんなさい。急に帰らないといけなくて」

「どうしたの?」

「えーと、、その、、、仕事でトラブっちゃって。すいません」

「そうかぁ・・じゃあ送るよ。ちょっと早いけど食事も終わったしね」

「い、、いいえ!大丈夫です。そこまでご迷惑かけられませんから」

「俺を一人ここに残して帰るの?それって俺が振られたみたいじゃない。一緒に出よ。で、、、会社まで送ればいいのかな?」


会社と折原さんの家は反対方向だし、、、あっちまで行ってからのロスを考えると、、そんな流暢なことはしていられない。


「あの、、、仕事は仕事なんですけど・・・その、、会社じゃなくて」

「会社じゃないの?」

「その、、、折原さんが、、、」

「和馬が?」


ちょっとだけ眉をひそめながら私の次の言葉を待っている柚木先生に正直にさっきの電話のことを告げた。


「ごめんなさい。折原さん、、、てゆうか立花先生がまた突然熱が出たみたいで、それでちょっと来れないかって。あの先生何もできないし、たぶん食事もしていないから薬も飲んでいないと思うし、だから熱も出たんじゃないかって」


慌てながら説明する私を見て柚木先生は表情ひとつ変えずにスッと席を立った。


「じゃ、和馬の所に送ろうか。行こう」


ニッコリとする顔に小さく頷き車に乗った。


家の前に着き慌てて車を降りお礼を言うと、柚木先生も一緒に車を降りた。


「あの・・・先生も行くんですか?」

「お邪魔?」

「まさか!でも、、いいんですか?もう遅いのに」

「遅いからこそ真羽ちゃんを一人では行かせられないでしょ。アイツはなかなか油断ならない男だからね。さ、いこ?」


なんとなく・・・柚木先生と一緒に部屋に行くことに抵抗を感じたけれど、そんなことも言っていられなくてインターホンを押した。


とっても気まずい空気になることを予想もしないままに・・・・






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