ヤンキー魂
本日二作目の投稿です。
ヤンキー魂
「くそっ、待て!」
零式艦戦の操縦席の中で田原功三飛曹はそう叫んだが、勿論飛竜は止まることなく飛び去って行った。
田原三飛曹は、岡島清熊大尉指揮下の「飛龍」の第四制空隊の一員として攻撃隊に先行してヒッカム飛行場上空で飛竜との制空戦闘となっていたが、戦闘途中で所属する「飛龍」の第一六小隊の面々と離れ離れになっていた。
編隊長の岡島大尉や二番機の村中一夫一飛曹の生死は不明であった。
と言うよりも、次から次へと現れる飛竜との戦闘に手一杯で、本来の小隊を探す余裕が無かったと言うべきだろう。
結局、田原三飛曹は小隊への復帰を諦め、同じ様に原隊から逸れて孤立していた友軍機を纏めて即席の編隊を組むと戦闘を継続した。
中国の戦場での経験から、彼は乱戦の中で孤立して戦う事の危険は十分熟知していた。
それでも、時間の経過とともに一緒に戦っていた友軍機も、損傷や撃墜されることで数を減らしていった。
確かに、敵も同じように数は減らしていたが、未だ九七艦攻が爆撃に専念できる状況でないことは明白だった。
今し方も、これまで共に戦ってきた「加賀」航空隊所属の零式艦戦が火達磨と成って落ちていった。彼はその生涯の最後に相対していた飛竜を道連れにして真珠湾へ消えていった。
辺りを見ると自分と、米陸軍のP-40だけと成っていた。
そして、この戦力の損耗で、飛竜に行動の自由を許す結果と成り、飛竜の一部が接近して来る九七艦攻隊に気が付いて、此方の攻撃を掻い潜って空域から離脱していったのである。
その数は五体、決して多い数では無いが防御力が低く自衛火力も小さな九七艦攻には充分脅威と成る数であった。
「何に!くそ‼」
離脱した飛竜の後を追おうとした田原の目前に、更に一体の飛竜が立ちふさがった。
その目的は明確だった。
「足止めか!上等じゃないか。」
その意図に気付いて、彼は素早くスロットルを押し込むと飛竜に突っ掛ける様に前進して二〇ミリ機銃の発射把柄を引き絞った。
しかし、敵はそれを生物特有の柔軟さで身を翻して避けるとお返しとばかり火球を放ってきた。
立て続けに打ち出される火球を避けながら、彼の一時的に血の昇った頭は次第に冷静になって行く、と同時に敵対する飛竜の動きに見慣れた姿が見てきた。
それは子供の頃見たノスリ(鷹の一種)とカラスの空中戦だった、田舎の田園地帯ではありふれた光景だったが、圧倒的に優勢なノスリの攻撃を空中で躱すカラスの身のこなしに見とれた記憶があった。
「奴らの動き、カラスと同じか。」
しかし、冷静なのもそこまでだった。
操縦席の風防の向こう、OPL照準器越しに二機の九七艦攻が火球が呑み込まれて墜ちて行くのを見て、血が沸き立つのを止められなかった。
無意識のうちに、スロットルレバーを押し込んで無理矢理に仕掛けようとした田原の機体の前に不意に一機のP-40が割り込んできた。
同じく生き残っていたP-40だ。
「何を・・?」
田原の問いにそのP-40の搭乗員は行動で示した。
P-40は両翼の一二.七ミリ機銃を連射しながら正面から飛竜へ迫るとその鼻先でロールを打って急降下に入った。
その直後、今し方までP-40がいた空間を飛竜の火球が突っ切って行く。
オーバーシュートさせられた形の飛竜は、侮辱と捉えて熱くなったのか、その場で飛竜の身を翻させ急降下の体制に入ろうとした。
まるで、ノスリと戦うカラスの様に、翼を大きく広げて制動を掛け身体を捻って一気に降下の体勢に入ろうとした。
しかし、それは敵の前でするべきでは無い機動だった。
一瞬ではあるが飛竜は敵前で動きを止めてしまったのだ。
勿論、その瞬間を見逃す田原では無かった。
OPL照準器のハーフミラーの向こうで飛竜に乗る騎手が恐怖に歪んだ顔で何か叫んでいたが、彼は発射把柄に掛かっていた指に力を入れた。
発射された二〇ミリ機銃弾は僅か六発、しかし、それで充分だった。
一発で騎乗していた騎手を守っていた障壁が吹き飛び、残りの銃弾が騎手と飛竜を切り刻む。
コントロールを失って落ちて行く飛竜と騎手の残骸を一瞥すると田原は攻撃隊へ向かった飛竜を追おうとしたが、既にそこでも決着はついていた。
攻撃隊に向かった五体の飛竜のうち直掩の零式艦戦四機を突破したのは二体だった。
擦れ違いざまに二機の九七艦攻を撃墜した二体の飛竜は、再び攻撃隊へ肉薄しようと攻撃隊へ接近したが各機の後座の七.七ミリの留式機銃(正式には九二式七.七機銃)からの集中砲火を浴び事と成った。
零式艦戦の機首機銃と同じ実包を使用する九二式七.七機銃の銃撃は当然であるが飛竜の障壁に阻まれて飛竜にも騎手にも届かなかったが、雨霰と撃ち込まれる七.七ミリ機銃弾に嫌気がさしたのか飛竜は一度編隊より離れて体勢を立て直そうとした、それが運命の分かれ道だった。
「駄目だ!やられる!」
その言葉を田原三飛曹が口にする瞬間、二条の太い火線が二体の飛竜を捉えた。
それは零式艦戦の九九式二〇ミリ機銃の火線よりも遥かに太く、期待通りにあっさりと飛竜の障壁を破り貫いた。
「・・・。」
予想外の出来事に言葉を失う淵田中佐の目前に二機の見慣れない機体が急降下で過ぎ去っていった。
液冷特有の細い機首を持つその単発機には星の国籍章が書かれていた。
「隊長、あれはP-39です。」
「P-39?
あれがカツオブシか?」
松崎大尉の言葉に淵田中佐は、脳内に収めた敵機(正しくは予定)の情報から該当するものを引き出した。
ベルエアクラフト社製のP-39は、軍用航空機には珍しい操縦席の後ろに発動機を置く今日で言うところのミッドシップレイアウトを採用し旋回性能に優れている事と、プロペラ軸に三七ミリ砲を積むなど重武装を誇り、米軍が画期的な機体であると盛んに喧伝していたので帝国海軍搭乗員も知っていて、中央部が太いその独特の機体形状から「カツオブシ」と呼んでいたのだ。
実際のP-39は、過給機の不調から中低高度戦闘機とされ、さらに複雑な機体構造が災いして米軍が期待したほどの性能を発揮することは出来ず、多くがソビエトへ供与されていた。
しかしながら、色々な経緯から米陸軍にも少数が配備されてその一部がハワイへ回されていたのである。
今回の出撃も戦果を期待したものでは無かったが、プロペラ軸のT9三七ミリ機関砲の威力は予想以上で容易に飛竜の障壁を撃ち抜く性能を見せていた。
P-39に問題が有るとすれば自慢の三七ミリ機関砲の携帯弾数が僅か十五発な点であった。
それでも、攻撃隊にとっては心強い助っ人の登場であった。
やがて、先に二機に加えて十機が加わったP-39は、残弾が心細く成って来ていた零式艦戦に代わって飛竜狩りの先頭に立ち、一時的ではあるが制空権を握る事に貢献する活躍を見せた。
思い掛けないP-39の来援のおかげで、攻撃隊は寸前のところで全滅を免れた、田原三飛曹はそう思い、安堵の吐息を吐くと同じく攻撃隊の救援に来ていたP-40と共に再び飛竜との戦闘に戻るべく機首を巡らせた。
しかし、彼は、いや攻撃隊の搭乗員の多くはここが戦場で未だ注意を怠るべきでは無い事を忘れていた。
それは最初、地表から天空へ、稲妻が逆に走ったように見えた。
しかし、風防越しに感じるその熱量の多さからそれが火炎流であると認識することが出来た。
一瞬の事であったが、効果は明らかだった。
攻撃隊の編隊の中央。
火炎流が通り抜けたそこには、ポッカリと空白が生まれていた。
「なっ、何が起きたんだ?」
淵田中佐は冷静を装いそう言葉を口にするのが精一杯だった。
「三つ首竜です!」
その問いに答えたのは、操縦士の松崎大尉だった。
「三つ首竜の火炎流です。」
「そうか・・・、
水木一飛曹、何機やられた?」
「直撃で六機ですが、余波で三機ほどやられています。」
淵田中佐の問いに、水木一飛曹は冷静に答えた。
「一撃で十機か・・。」
「隊長、次が来ます!」
松崎大尉の悲鳴のような報告に淵田中佐は双眼鏡を三つ首竜へ向けた。
急ぎ焦点を合わせる双眼鏡の視界の中で三つ首竜は、今し方、火炎流を放ったと見られる口から煙を出していた首を下げ、他の首を持ち上げていた。
更に、三つ首竜の腹が赤く光り始めた。
それは溶鉱炉の中で溶けた鉄の様であり、溶岩の様にも見えた。
三つ首竜の腹の中で渦巻いていたそれはやがて上昇を始め、持ち上げている首へ向かい始めた。
「あれが火炎流の素か・・。」
「隊長、回避の指示を!」
同じくその様子を見ていた操縦員の松崎大尉が焦ったようにそう言った。
「無駄だ、今からは間に合わんよ。
それに・・。」
そう言った淵田中佐の視線は三つ首竜へ向かうそれを追っていた。
「戦闘機隊、突出します!」
電信員の水木一飛曹は興奮気味に報告した。
それは当初の予定通りの行動ではあったが、零式艦戦を中心とした戦闘機隊が三つの集団に分かれて三つ首竜へ向かった。
それぞれ十機程度で纏まった集団は交互に三つ首竜の三つの頭を目掛けて攻撃を開始した。
勿論、零式艦戦の二〇ミリ機銃弾は疎かP-39の三七ミリ砲弾も三つ首竜の鱗に僅かに傷をつける程度であったが、それでも相手の気を引き攻撃隊への火炎流を遅らせる事は期待しての攻撃であった。
しかしながら、他の二本は戦闘機隊を追い始めたが攻撃隊に狙いを定めた首は微動だにせず、じっくりと灼熱の火炎瘤が上がって来るのを待っていた。
「・・・。」
その様子を見て淵田中佐は賭けに負けた事を悟った。
次のあの一撃で自分は間違いなく死ぬ、そう悟り、死を覚悟した時である。
猛烈な爆発が起こり、三つ首竜を爆焔が包んだ。
今度は何が起きたんだ?淵田中佐はそう自問しながら爆発によって巻き上げられた土煙が晴れるのを待った。
「アリゾナです!
アリゾナの砲撃です。」
後席の水木一飛曹が双眼鏡片手にそう叫んだ。
その言葉に、淵田中佐はフォード島に双眼鏡を向けた。
それは確かに居た、フォード島の南岸、戦艦泊地で炎上する姉妹たちの中でアリゾナは艦首の第一主砲から発砲後の砲煙を棚引かせていた。
彼女もまた、姉妹たち同様に艦橋などの上部構造物を破壊され壊滅状態での一矢であった。
それ故に砲撃は正確な測的を欠いていたが、窮地に追い込まれていた九七艦攻隊にとってはまたと無い援護であった。
しかし、その砲煙が消える前に一条の火炎流がアリゾナの艦体を貫いた。
その火炎流は、三四〇ミリの舷側装甲を一瞬で穿ち弾薬庫に達した。
この一撃でアリゾナの弾薬庫に火が入り、やがて弾薬の誘爆に依る真っ赤な火柱が上がって艦体が二つに折れ、最後の砲撃を指揮した応急士官のサミュエル・G・フークァ少佐や砲術士官らと共に真珠湾に没していった。
アリゾナを葬った火炎流を放ったのは、ヒッカム飛行場に居た一体であった。
つまり三つ首竜は、攻撃隊に向けて放つ筈の火炎流をアリゾナに使ってしまった事に成る。
しかし、程なくして敵は第三射の準備を整えるだろう、時間は多くは残っていない。
勿論、水平爆撃隊の嚮導照準を行う阿曽一飛曹はそれを十分理解していた。
彼は、三つ首竜の姿をその照準器の中に捉えると、操縦員の渡辺晃一飛曹に指示を送った。
「ひだーり。」
「ひだーり、ヨーソロー!」
渡辺一飛曹は阿曽一飛曹の指示に従い僅かに左にラダーを切る。
「もどーせ。」
「もどーせ、ヨーソロー!」
阿曽一飛曹は照準器の爆弾落下の未来位置へ三つ首竜を持って行く。
「よーい。
テイッ!」
阿曽一飛曹はそう叫びながら爆弾の投下索を引いた。
これを見た編隊の各機の偵察員(爆撃手でもある)は一斉に自機の投下索を引き八〇番を投下していった。
途端、機体は跳ね上がる様に上昇する、何しろ八〇〇kgもある荷物が切り落とされたのだから当然だ。
高度三〇〇〇メートルから落下した九九式八〇番五号爆弾は地球の引力にひかれて次第に落下速度を上げて行く。
弾体と安定翼が奏でる風切り音と共に落下した五発の九九式八〇番五号爆弾は、終末では秒速二〇〇メートルを超える速度で三つ首竜を包み込むように弾着した。
最も良い条件下で投下されただけ有って、直撃弾は二発あった。
一発は尾部に命中し長い尾を二本とも断ち切る戦果を挙げたが、もう一発は三つ首竜の背中に突き刺さった。
実際に三つ首竜がどの様な身体構造をしているのか判明していないが、その爆弾は二五〇〇メートルから投下して一五〇ミリの装甲版を貫通できると言う性能を十分に発揮して分厚い皮膚を貫通し、体内も中半まで進んだところで遅延信管を起動させた。
その一撃の威力がどれ程のものであったか?
実はよく知られていない、しかし、効果はそれが動きを止めたことから明確であろう。
阿曽機とその編隊が投下を済ませると、後続の編隊が順次投下を行っていった。
各編隊は五機づつの変形逆三角形の編隊を組み中央の機体の照準に合わせて投下してゆく。途中の損耗が有って最終的に爆撃を行ったのは二八機であったが、計二八発の九九式八〇番五号爆弾の爆撃を受けた三つ首竜はまるでサンドバッグの様に一方的な標的と成っていた。
途中、飛竜が爆撃を阻止すべく突撃してきたが、体勢を立て直した戦闘機隊がそれの阻止に際どい所で成功していた。
やがて九七艦攻が上空を通り過ぎ、爆撃に依る煙が晴れるとそこには皮が破れ中身の綿がはみ出した縫い包みの様になった三つ首竜だった物体が横たわっていた。
淵田中佐は、再びバーバース岬の方角へ進路を取る様に命じると以後の指揮を阿曽一飛曹に任せると帰投を命じ、自身はフォード島に向かった。
さて、先ずは一体の三つ首竜を仕留める事に成功しました。
後二体はどうやって仕留めしょうか?
って、もう書いてあるのですが・・。
と言う事で、明日朝にもう一話投稿する予定です、お楽しみに。
これで第一次攻撃隊は帰投です。
でも第二次攻撃隊が間も無く真珠湾へ到着するはずです、さてどうなるでしょうか?
今回は、アメリカ陸海軍にも頑張ってもらいました、如何ですか?この展開は。
ご意見が有りましたら、ぜひ感想の方へお願いします。
またいつも通りですが誤字脱字が有りましたら教えて下さい。
ではもう少し続きますのでお付き合い宜しくお願いします。