ヒッカムの巨竜
チョット長くなったのでまず前半をお届けします。
ヒッカムの巨竜
高橋赫一少佐指揮下の急降下爆撃隊が攻撃を行うのに前後して、九七式艦上攻撃機で編成された攻撃隊も行動を起こしていた。
真珠湾攻撃に際して九七式艦上攻撃機が搭載した装備は、爆装と雷装の二つに分かれていた。
爆装は、八〇番(八〇〇kg)一発を搭載して真珠湾に停泊中の米海軍主力艦艇、特に戦艦に対して水平爆撃を行う計画だった。
対する、雷装は九一式航空魚雷を一発搭載して同じく停泊中の艦隊を攻撃する事に成っていた。
事前に収集された諜報情報に依ればフォード島周辺の泊地、戦艦泊地では戦艦が並列に係留されていることが判っていた。
この為、外側の列の艦は魚雷で攻撃できるが内側の列は雷撃では損害を与えられないことが問題と成った。
そこで、内側の列の艦を水平爆撃によって攻撃する案が出され、詳細計画とそれに基づいた訓練、その為の装備の開発が行われていた。
どちらにしろ、現状においては無意味と成ってしまったのが。
二つの九七艦攻撃隊は、攻撃の間合いを計るために一旦真珠湾の上空の戦場から西の海上へ離脱すると、そこから更に幾つかのグループに分かれて再び真珠湾へ向かって飛行を始めた。
ある部隊は高度を上げ、またある部隊は逆に高度を下げて行く、この他南に大きく舵を切り洋上を迂回して東へ進路を向けた部隊もあった。
高度を上げながら、真珠湾の入り口の西岸にあるバーハースポイント海軍航空隊基地上空からヒッカム飛行場へ進入するコースをとったのは、淵田中佐直卒の水平爆撃部隊だった。
水平爆撃を行う九七式艦上攻撃機は全部で四五機(当初は四九機であったが四機が騎竜により撃墜されていた。)、全機が水平爆撃用の八〇〇㎏爆弾・正式名称九九式八〇番五号爆弾を搭載を搭載していた。
九九式八〇番五号爆弾は、戦艦などの重装甲の艦艇の甲板を貫通させる為に、長門型戦艦用の四〇糎九一式徹甲弾を基に改造したもので、二五〇〇メートルの高度から投下して一五〇ミリの鋼板を貫通することが可能な対戦艦用の徹甲爆弾であり、前述の通り停泊場所の関係で魚雷に依る攻撃が出来ない戦艦への攻撃用に準備された装備だった。
淵田中佐は四五機の九七艦攻を二組に分け、ヒッカム飛行場に居る一体とホノルル市街にまで達しようとしている一体に割り振った。
その内容はヒッカム飛行場に居た一体には「赤城」の第一攻撃隊と「蒼龍」の第三攻撃隊の二二機が、ホノルルに向けて侵攻中の一体には「加賀」の第二攻撃隊と「飛龍」の第四攻撃隊二三機が攻撃に向かう事と成った。
先ほど南に進路を取り海上を迂回してホノルルへ迫る三つ首竜の爆撃に向かったのが「加賀」攻撃隊隊長の橋口喬少佐率いる「加賀」と「蒼龍」の攻撃隊二三機と護衛の零式艦戦隊だった。
淵田中佐は、ヒッカム飛行場への飛行経路を確認すると、苦笑を浮かべた。
何故ならば今飛行しているこの経路は、当初の真珠湾攻撃時に水平爆撃隊が通る飛行経路として策定されてそれで有ったからである。
一方、高度を下げて行く九七式艦上攻撃機は第一次攻撃隊・第一集団特別攻撃隊の雷撃機(雷装の攻撃機)四〇機だった、この雷撃機を束ねているのが❝雷撃の神様❞の異名を持つ村田重治少佐だった。
村田少佐も雷撃隊を「赤城」「蒼龍」と「加賀」「飛龍」の二つの組に分けていた。
目標と成る海に居る敵の戦力は現在のところ三つ首竜の二匹のみ、従ってそれに対するための施策であった。
村田少佐は「赤城」と「蒼龍」の部隊にはフォード島南の南水路(South Channel)に居る一体を、残る「加賀」と「飛龍」の部隊にはフォード島とパールシティー半島の間に居る一体を攻撃するように命じ、自身は「赤城」の率いて敵に肉薄して行った。
水平爆撃隊は高度三〇〇〇で飛行しながら隊形を通常飛行のものから水平爆撃用の隊形へ変更しながら真珠湾へ進入して行った。
淵田中佐が率いてきた第一中隊でも各機が微妙に位置を変えて行く、淵田機の右舷側には二番機の阿曽弥之助一飛曹が指揮する機体が来る、その更に右舷側には三番機の雨宮享勇一飛曹の機体と一列に並んでその後ろに二機並び、五機で変形の逆三角形を描くように攻撃用の編隊を組む。
これ以後、編隊の指揮は一番機の淵田中佐から二番機の阿曽一飛曹と移る、彼が爆撃の照準を行い他の四機は編隊を維持したまま飛行し、阿曽機の爆弾投下に合わせて同時に投下を行う事に成る。
これは公算爆撃と呼ばれる爆撃方法で、水平爆撃時の命中精度の悪さを補う方法として広く採用されていた。
やがて前方にヒッカム飛行場が見えてくる。
ヒッカム飛行場は幅の広い一本の滑走路と二本の細い滑走路が三角形を形成する特徴的な姿をしていた。
そして、その飛行場の広大な滑走路の東の端に目標とする三つ首竜は居た。
その姿は正に小山のようであった、薩摩芋と言うと縮尺が変だが紡錘型の身体に太い足が四本、その名の由来と成った三本の長い首はやや高いとこから纏まって生えていてその先端には牙が生えた巨大な顎を持つ顔が有った、そしてその尾部には二本の細長い尾が伸びていた。
全長は約一〇〇メートル、戦艦並みと言うと大げさだがそれだけのインパクトは充分にあった。
また大きさ、だけではなく攻撃力・防御力とも桁外れであることが見て取れた。
攻撃を行う三本の首は、密集した鱗に覆われていたが意外と柔軟に動けるようで、後方への攻撃も自在に出来、その口から吐かれる火炎流は一撃で戦艦の主装甲を穿つ一方で、高速で移動する航空機へは低出力ながら連射が可能な火球攻撃で対応するなど多彩な攻撃を見せていた。
既にフォード島周辺に停泊していた艦船の多くが火に包まれており、工廠や格納庫などの施設も多くが破壊されていた。
防御力も見た目に違わず強固で、既に何度か戦闘機の機銃掃射や九九艦爆の二五番通常爆弾の直撃を受けていたが、損傷を受けている様子はなく逆に連射され火球の攻撃でその多くが返り討ちに有っていた。
現在、その三つ首竜は既に所期の目的を果たしたとみられ、今は周囲への攻撃は止めていたが、警戒の姿勢は緩めることなく三本の首は注意深く常に周りが視野に入る様に三方へ向けられており、一線を越えて近づけば容赦なく攻撃してくる雰囲気を漂わせていた。
動く要塞である三つ首竜、それが九七式艦上攻撃機の攻撃目標であった。
そこで問題と成るのが、水平爆撃隊が抱えて来た九九式八〇番五号爆弾が果たしてあの未知の生き物である三つ首竜にどの程度通用するのか?もっと言えば殺すことが出来るかと言う事に成る。
当然であるが、生物に対してこの兵器を使用した前例はない、この世界にはこの兵器を使用するに値する生物が居ないからである。
故にこの兵器が三つ首竜に対して有効であるか、否かは淵田中佐にとって最大の不安事項であったが、それに確証を持てないままの攻撃であった。
問題は他にもあった。
前述に有る様に、三つ首竜の持つ対空攻撃能力も問題だった、下手をすれば攻撃隊が手を出す間もなく壊滅させられる可能性も低くはないのだ。
これに対しては零式艦戦隊が三つの首に同時に攻撃を仕掛けて牽制する手筈に成っていたが、それが上手くゆく保証はなかった。
しかしながら、これは戦争であり確かなものだけを選択できる贅沢が出来ないことも事実であり、ましてこの爆弾を投棄して帰投すると言う考えが出来ない以上、愚直であっても最後までやり遂げるすしか無いのだ、既に皆覚悟はできていた。
既に三つ首竜の上空では、飛竜と先行した制空隊の零式艦戦による激しい空中戦が始まっていた。
前例のない存在との戦闘は、歴戦の零式艦戦隊搭乗員たちにとっても実力以前の問題として多くの困難があった、何しろ飛竜の障壁を破る事の出来る二〇ミリ機銃弾の携行弾数は各銃六〇発、両翼の二丁を合わせても一二〇発しかないのだ。
加えて、破壊力は抜群の二〇ミリ機銃弾ではあったが、発射初速が低く山なりの弾道を描く弾道特性の為、必中を期すためには相当に接近する必要が有った。
これに対して、飛竜の火球攻撃は首の向く範囲であれば相当に広い範囲を射界にし攻撃を可能としていた。
確かに、艦攻や艦爆の旋回機銃と同様に命中精度は良くなかったが、二〇ミリ機銃弾を遥かに上回る大きさの火球が迫るのだ、どうしても零式艦戦側は敵を追いきれず肉薄しきれないでいた。
それでも彼はそうした事情を承知の上で攻撃隊の露払いとして、果敢に飛竜に挑んでいった。
いや、零式艦戦隊だけではない。
零式艦戦が飛竜と戦う隙に、離陸が叶った米陸軍のP-40戦闘機や数は少ないが海軍のF2AやF4Fも同じように不利を承知で飛竜との戦いに身を投じてた。
ヒッカム飛行場を含めて真珠湾上空では至る所で空中戦が繰り広げられていた。 それは、これからヒッカム飛行場の上空へ進入する九七艦攻隊にとっては好都合である、と淵田総隊長は判断した。
現在の乱戦状況は、本来三つ首竜を上空援護するべき飛竜を空中戦に引き留め、九七艦攻から引き離すことに事に成功していたのだから、千載一遇のチャンスと言えた。
何しろ九九艦爆同様に九七艦攻も、防御力は決して高くはなかったからだ。
考えて欲しい、零式艦上戦闘機と同じ発動機を積みながら、三名の搭乗員と八〇〇kgの徹甲爆弾や魚雷を乗せて二〇〇〇㎞を飛ぶにはどうしたら良いのか?
勿論、ただ飛べば良いと言うわけでは無い、攻撃時の運動性、特に雷撃時に低空での運動性は重要だった。
中島の設計陣は、それを空力的洗練性と軽量化、新技術の大胆に投入する一方で操縦席周辺や燃料タンクへの防御力を切り捨てることで可能にしていたのだ。
故に、九七式艦上攻撃機はは攻撃面で大きな力を持つ一方、守勢と成った時は酷く脆い機体と言う事ができた。
「阿曽一飛曹、まだか!」
淵田中佐は、それが判っていたから焦りも覚えた、何度も投下を急かす言葉が喉まで出てそして呑み込んでいた。
今は爆撃過程の最中であり、艦隊一と評される阿曽一飛曹の腕を信用する他ないのだ。
「隊長、前方六機来ます!」
操縦員の松本大尉の叫びにも似た報告に淵田中佐は好機を逸した事を悟った。
前方からは六体の飛竜が、空中戦の相手を振り切り此方へ向かってくるのが見えた、すぐさま上空で直掩に付いていた零式艦戦が速度を上げながら立ち向かっていった、その数五機、完全な阻止を期待するには難しい数であった。
今度は九七式艦上攻撃機の出番です。実際には順番に攻撃していった訳ではありませんが同時進行で書くと私の力量では支離滅裂な内容になってしまうので今回はこうした書き方をしています。
話を書きながら真珠湾の事、攻撃隊の事、日本の兵器、米軍の兵器を調べますが、正直よくこれで開戦に踏み切ったなと、ある意味違った意味で感心してしまいました。
おそらく太平洋戦争の架空戦記を書く方は同じように感じているのではないでしょうか?
さて、長くなったので前半をお送りしましたが、できれば今夜に後半を投稿したいと思っています。
では何時ものように誤字脱字が有りましたら感想の方へ書き込みお願いします。