エピローグ後編Ⅲ
お待たせしました。今話で完結です。
エピローグ後編Ⅲ
帝国海軍第三航空艦隊は二八隻の艦艇を前述の通り六キロと一三キロの二つの円周上に配置していた。
その中で外周を受け持つ艦は一八隻、従って駆逐艦「樫」と前後の艦との間隔は約二二〇〇メートルと言うことになる。
故にそこで発生した爆発の轟音と衝撃波は遮る物な無い海面上を「樫」まで辿り着くこととなった。
「何が起きた⁉︎」
黒木少佐は突然響いた爆発音と衝撃波の振動に、艦橋上部の防空指揮所へ繋がる艦内電話の受話器を取った。
「前方海上で爆発を確認!
位置的に見て『梨』が被弾したと見られます。」
防空指揮所で目視監視の指揮をしていた老練な見張り長の兵曹長は、そう受話器越しに簡潔に答えて来た。
それは、前方に位置していた「松」型駆逐艦の二八番艦の「梨」が何等かの攻撃を受けた事を意味していた。
「相手が何か判るか?」
「いえ、 飛竜を含め周囲には何も居ませんでした。」
「判った、周囲に監視を厳にしてくれ。」
その見張り長の報告に、黒木艦長はそう答えると受話器を置いた。
「電測長、周囲に反応は有るか?」
黒木艦長は海図台に置かれた戦況表示板の反対側に立ち自身の指揮部門への艦内電話の受話器を手にしていた電測長へそう声を掛けた。
「現在のところ、空中・海上の何れにも反応はありません。」
「となると、海の中か。
海竜に潜り込まれたのかも知れんな。
水測は?」
「反応は有りません、と言いますか現在の二〇ノットでは水測は機能しませんので。」
「そうだったな、では原速(十二ノット)まで落とすか?」
「しかし、敵に海竜戦力は無いはずです。」
黒木艦長が口にした、海竜の存在の可能性に対して電測長ではなく航海長が否定的な反応をした、彼としては戦場で不用意に速度を落し敵の的になる事を恐れていた。
しかしながら、単に忌避しての意見では無い。
既に敵側に残った異世界への門は内陸部のワルシャワのモノだけであり、捕虜からの聞き取りにより現在のクーラ・ルフ帝国状況では小規模の門を発生させる事も難しいとの情報を得ており、帝国側が海竜や海騎竜を含めた海洋戦力を失ったと欧州解放同盟軍司令部は判断し、公式の見解としていたのだ。
「どんな手を使ったか判らんが可能性はゼロではあるまい。」
黒木艦長自身、半信半疑では有ったがそう答えた。
「兎に角、確認の必要はある。
航海長、原速まで速度を落とせ。
電測長、使用可能になり次第探信儀を使え。」
黒木艦長の指示が、航海長と電測長より指揮部署へ伝達されると艦の機関音が静かに成り急速にその速度が衰えていった。
と同時に、艦の底部に近い水測室では音波探信儀に電源が入れられ、発振待機状態に入っている筈であった。
「艦長。」
これまで黙って皆の話を聞いていた砲術長が急に口を開き、これは私の単なる推測ですが、と断ってから自分の考えを披露した。
「艦隊まで飛竜を使って海騎竜をで運んだ、と言う可能性は無いでしょうか?」
普段無口な砲術長が珍しいな、と思いつつも『流石にそれは無理だろ。』と答えようとした黒木艦長は、電測長の次の言葉に考えを改めた。
「航空雷撃みたいにですか?
飛竜が海騎竜をぶら下げて飛んでいたら、目立ちますし良い的だと思いますが。」
航空魚雷よりも遥かに巨大な海騎竜をぶら下げて飛ぶ飛竜は、容易に撃ち落とせる的と言っても良いだろう。そして何より目立つ、確かに電測長が断じるようにその様な方法で艦隊へ迫っても勝算は無いと言っても良いだろう。
しかし、そうした結論は一つの事実を失念していると言っても良かった。
何故ならば、海騎竜は魚雷では無い、航空魚雷の射程よりもはるかに長い航続距離能力と自身とそれを操る騎手の力で目標を探しそこへ向かう能力を有していた、故に飛竜は海騎竜を抱いたまま艦隊へ迫る必要はないのだ。
飛竜が、航空魚雷より遠方の艦隊の遥か手前で海面へ下ろしても海騎竜は自力で目標の艦隊へ向かい攻撃することが出来き、そして、海騎竜を切り離した飛竜は反転離脱するか、他の飛竜とともに攻撃に加われば良い筈だ。
そう考えるに至ったから黒木艦長は、そのアイデアを肯定した。
「そうだな、その手はあり得るな。」
「艦長?」
黒木艦長の言葉に電測長だけでなくアイデアを出した砲術長も、その顔に疑問を表情を浮かべた。
「考えても見ろ、連中は南シナ海や北海で航空雷撃に散々やられているのだ。
敵の有効な手を真似る可能性は高いと思うぞ。」
敵も必死だからな、と言い添える黒木艦長へ通信長が通信室へ通じる艦内電話の受話器を持ったまま声を上げた。
「艦長、『梨』より入電!
『我、攻撃を受く。
敵は海中に有り。』です。」
「やはり水中か・・。
航海長、現在の速度は?」
「十二ノット、原速です。」
「電測長、水測はどうか?」
「お待ちください、現在探信儀が発振中です。」
水中の潜水艦、或いは海竜や海騎竜を探すのに使われるのは音であった。
それは、機関音や航走音を水中マイクを使って捉える水中聴音機と、超音波を発振させその反射音を捉える水中探信儀の二つに分けることが出来る。
しかしながら、現在戦闘の対象とする海竜や海騎竜は水中では大きな音を出さない為に探知の主力は探信儀と成っていた、但し探信儀は一度に発振できるのは六度幅の音波でしかない、従って発振器が三六〇度回転する間に単純計算で六〇回の発振が必要であり、一周をぐるりと探査するのにはそれなりの時間が必要であった。
前述の水測室では、聴音機と探信儀の操作盤操作員たちが耳の付けた受聴器から現れる音に集中しながら操作ハンドルを回して位置を変えながら探索を続けていたが、探信儀を操作していた一等兵曹はある位置で回転を止め、慎重に小さく角度を変えながら一角を執拗に探査し始めた。
彼は、超音波の発振と反射波を波で表示するブラウン管式の表示装置と、発信音と反射音を伝えるヘッドホン式の受聴器に意識を集中させていたが満足できる探査結果出たらしく「捕まえた。」、と小さく呟くと戦闘指揮所へ通じる艦内電話の受話器を手に取った。
「探信儀に感あり。
反応二、方位進行方向七〇度、距離三五〇。」
水測長を兼任する電測長は、水測室から報告を受けると戦闘指揮所の一角にある表示装置の画面表示される内容を読み上げた、その装置は下層の水測室で捉えた情報が表示されていたが、操作員たちが操作する表示装置とは違い目標を方位と距離で把握するのに容易なPPI方式であった。
そして、戦闘指揮所では読み上げられたその情報が、担当の下士官の手で戦況表示板のアクリル板に水性塗料で書き込まれて行った。
「宜しい、よくやった。
深度と速度、進行方向は判るか?」
その様子と、情報を確認した黒木艦長は敵を捕らえた事に満足気に頷き残りの情報を促した。
しかし、それに対する電測長の答えは妙に歯切れが悪かった。
「それが妙なのです。」
「妙?」
「深度は五~八メートル、速度は十ノットと観測されています。」
「確かに妙だな、遅い上に浅すぎる。」
これまでの経験では、通常海竜や海騎竜が襲撃を行う際には十メート以上の深度を一五~二〇ノットの速度接近して来るのが普通であった。
そう考えると、今回の敵は普通でないと言えた。
「敵の針路は判るか?」
「お待ちください。」
電測長は、探信儀担当の一兵曹が発振器を巧みに動かして探り出した位置情報を時間を置いて読み上げ、その受信情報は担当の下士官が戦況表示板にプロットして敵の推定針路を炙り出してゆく。
「こいつは拙いな。」
その敵の針路を確認した黒木艦長は顔を顰めて、そう呻くように声を上げた。
同じ表示板上に描き出されたプロットされた敵の推定針路と自艦の予定針路、その二つの線の軌跡は、この先で敵が「樫」の下を潜る形で交わっていた。
「速度を落していなければ『樫』も危なかったですね。」
その針路図が描かれた戦況表示板を確認した航海長が安堵の色を滲ませてそう言ったが、事実として、もしも「樫」が対飛竜戦に意識を向けたまま、探信儀を作動させる為に速度を落とすことなくそのままの速度で進んでいたらタイミング的にそこで敵と交差し、「梨」同様に敵に対して格好の攻撃の機会が与える結果と成った可能性が高かった。
探信儀を使用する為に速度を落とすことに批判的だった航海長からすれば、自らの主張を押し通さなくて良かった、と言う意味でも安堵するべき事実であった。
問題はそこでは無い。
敵は二騎いた、恐らく内一騎は「樫」を攻撃或いは自爆しこの場で果て、残る一騎が先の一騎が開けた穴を通て先に進む公算であっただろう。
そしてその行く先に有るのは。
「拙いですね。」
砲術長も、それに気付いた。
「奴は、内周の艦、恐らく旗艦の『白鳳』を狙っている。」
敵の針路を記したプロットは緩やかに左へと曲線を描く針路を輪形陣の中央を目指していた。
そして、そこに居るのは第三航空艦隊の旗艦である空母「白鳳」なのだ。
「通信長、旗艦へ緊急電だ!
敵が旗艦へ向かっている、針路を変えろと!」
そう言い終えると、黒木艦長は全艦へ対潜戦闘準備を命じ、自身は艦橋上部の防空指揮所へ向かった。
黒木艦長は階上へ繋がるラッタルを駆け上がり艦橋へ上がると奥に設けられたラッタルを最上部へと昇った。
量産性を重視した結果、「松」型駆逐艦は直線部分多い艦であった、従って艦橋も例外ではなくまるで積み木を積み上げた様な構造になっていた。
彼が、防空指揮所へ昇り周囲を見渡すと水平線上に三本の黒煙が立ち昇っているのが見えた。
「他にもやられたのか?」
黒木艦長は焦った表情で、見張り長の兵曹長に声を掛けた。
「方向から『梅』と『照月』だ思いますが、
それ以上は何とも・・・。」
見張り長の兵曹長が、叩き上げらしい赤銅色に潮焼けしたその顔に緊張を表情を浮かべながらも端的に答えた。
彼は、水兵として海軍に入隊し最下級から兵曹長にまで昇り上がった熟練の下士官であり、その見張り員として艦長からの信頼も厚い人物だった。
とその時、見張り員の一人が艦内電話の受話器を片手に声を上げた。
「艦長、通信長です!」
「何か?」
黒木艦長はその見張り員てか引っ手繰る様に受話器を受け取ると、それに向かって吠える様にそう言った。
「旗艦『白鳳』からの返信です。
『白鳳』は現在損傷機を収容中の為、針路速度の変更は不可能との事です。」
「なんだと。」
予想外の事態に黒木艦長は思わず毒づいた。
「ただ、代わりに対潜装備の『瑞星』を二機差し向けるそうです。」
『それが希望になるのか?』と続けて心の中で毒づいていた黒木艦長の頭上を一瞬黒い影が通り過ぎた。
防空指揮所に居た面々は、思わず警戒して首を竦めたが続く発動機の轟音がそれが友軍機である事を教えてくれた。
米海軍も採用した、AD-1「スカイレーダー」を中島飛行機がライセンス生産した「瑞星」は、馴染みの海軍標準塗装の濃い緑と灰色に塗り分けられた主翼の下には多数の小型対潜爆弾とロケット弾が装着して現れた。
「艦長!」
そこへ艦後部で爆雷の確認をして居た水雷長が防空指揮所へ上がって来た。
彼は戦闘時の標準装備である、ヘルメットとライフジャケットを身に着け、それに更に艦長用の装備を手にしていた(当然、見張り員も全てこの装備は付けていた。)。
「水雷長、爆雷の準備は良いか?」
黒木艦長は装備を身に付けながらそう水雷長に尋ねた。
「準備は出来ていますが、効果のほどは期待できないと思います。」
何しろ浅すぎるので、と答えた、三式爆雷の最浅起爆深度は十五メートルであり効力を発揮する範囲は十メートとされている、確かに理想的状況が重なれば撃沈可能であるが、戦場でそう事が上手く運ぶ例が稀であることはここ居る全員が理解していた。
「かまわん、上空の連中に場所を知らせる意味と威嚇の意味がある。
やってくれ。」
黒木艦長は最後にヘルメットの顎紐を締めてそう言い切った。
「了解しました、これより対潜戦闘の指揮を執ります。」
彼は、防空指揮所の前面に設けられた遮風壁の内側の従羅針盤の右に設置された水測関連の情報が表示されるPPI方式の表示装置に目を向けながら受話器を取ると航海長へ指示を出した。
彼は「樫」を右舷側を進む敵の針路に並進させ、後方から追い抜く針路をとる様に指示を出した。
彼は、艦が必要な変針を行い想定していた針路をとったことを確認すると、電話を切り替えて後方の爆雷射出指揮所を呼び出した。
「松」型駆逐艦の爆雷は、両舷へ向けて射出できるY型の九四式爆雷投射機二基とそのまま艦尾後方へ落とし込む艦尾の二基の投下軌道から海中へ射出投下される様に成っていた。
その様子を見ながら黒木艦長は、戦闘指揮所の通信士を呼び出し上空の「瑞星」を呼び出すように命じた。
「艦長、『瑞星』と繋がりました、呼び出し符丁は『アオイ』です。」
「了解した。」
通信長の応答に黒木艦長がそう答えると、受話器内に空電と思われる雑音交じりの声が響いた。
「『樫』『樫』、こちらアオイ1、感度良好なりや?」
「こちら、駆逐艦『樫』艦長、黒木少佐だ。
これからの攻撃手順を伝える。」
黒木艦長の言葉に、「瑞星」の操縦士が『了解』と答えると、彼は手順を説明した。
まず第一段階として、敵に対して並進しつつ爆雷攻撃を右舷へ二発づつ三度行う、この攻撃により敵が海面上へ出てきたら第二段階である。
「瑞星」隊が、対潜爆弾とロケット弾で攻撃する。
更に、敵が未だ生存していた場合は「樫」の機銃で止めを刺す、これが第三段階で、これを敵を殲滅するまで繰り返す。
単純だが確実な方法であった。
「以上だ、頼むぞ。」
「了解しました。」
「瑞星」の操縦士、アオイ1はそう言って無線電話の送信を切った。
そして、黒木艦長は電話の受話器をフックに掛けると振り返って、水雷長へ命令を下した。
「いいぞ、始めてくれ。」
「撃てっ!」
水雷長が、受話器に叫ぶと艦の後方で甲高い破裂音がした。
九四式爆雷投射機の発射音だ。
発射箭と共に空高く打ち上げられた二発の三式爆雷二型は、空中でそこまで運んでくれた発射箭と判れて落下を始め、やがて海面へ没入した。
これまでの爆雷と聞くと一般にイメージされたドラム缶型とは違い、三式爆雷は爆弾型をしていた、これは水中速度の高い海竜や海騎竜を捉える為に沈降速度の向上と沈下時の弾道の安定の為の形状変更であった。
着水した二発の爆雷は、丸い側を下に沈降を始めやがて深度十五メートルに達した所で水圧感応式の信管が起動して炸裂し、周囲十メートへ衝撃波を放った。
海面が一瞬少し盛り上がった後、二本の水柱が噴き上がった。
水雷長は、距離一〇〇メートルを維持しながら艦を敵の前後へ移動させて爆雷攻撃を継続させた。
第一射目が炸裂するより前に速度を落とし、相対的に敵の後方へ回った「樫」はその間に第二射目の準備を行っていた。
二基の九四式爆雷投射機にはUの字に足が付いたような発射箭が挿し込まれそのUの字状のバケットにそのすぐ横の装填台から次に発射される三式爆雷が押し込まれてチェーンで固定される(このチェーンは射出後に空中で外れる仕組みになっていた)。
この間にYの字(と言うよりもVの字に近い。)の中央にある薬室の蓋、尾栓が外され発射薬の薬包が装填され尾栓にはその点火の為の起爆剤が挿入されて元に戻される。
九四式はY型と呼ばれる形式で一つの薬室の爆発で左右両舷へ爆雷を投射する構造と成っていた、しかし、今回は右舷だけの使用のなので切り替えレバーによって左側の方への発射ガスの流入は止められていた。
それら一連の作業が終了すると投射長の一等兵曹は、「完了」の報告を防空指揮所の水雷長へ行った。
爆雷投射の準備が完了すると同時に、「樫」は再び速度を上げて後方から一〇〇メートルの間隔を開けて敵を追い抜いて行った。
水雷長は投下予定位置を沈下時間を勘案して敵のやや前方に設定し、そのポイントへ来ると再び爆雷を発射させた。
「こんな事なら、散布爆雷を降ろさなければ良かったな。」
二度目の投射が終わり、三度目の攻撃の準備をする間に黒木艦長はそんな愚痴とも後悔とも録れる言葉を口にした。
散布爆雷、正式名を四式多連装対潜迫撃砲の最大の特徴は装填された小型対潜弾を大量にばら撒くところにあった。
射程も通常の爆雷投射機の倍を超える二〇〇メートル超であり、従来の爆雷と違って前方へ打ち込めるのも特徴であり、弾体内に充填された炸薬は十八キロと少量であったが(通常の爆雷は一〇〇キロ程度)、同時に発射される二十四発の弾体が一発でも水中目標に命中して着発信管が作動すれば、その爆発の衝撃で同時に全弾が炸裂する為に非常に効果が大きかった。
四式多連装対潜迫撃砲の原型は英国が開発したヘッジホッグで、同兵器は北大西洋の門攻略時に海竜や海騎竜を抑え込む働きを見せたことから、南シナ海のリアウ門攻略時に米海軍と帝国海軍に導入されていた。
しかし、帝国艦隊の欧州派遣に合わせて飛竜対策の防空火力強化のために「松」型駆逐艦では艦橋前に装備されていた散布爆雷は撤去され、代わりに四連装の二〇ミリ機銃へと換装されていた。
第三射目の爆雷が投射されると「樫」は大きく舵を左に取り投射海域から距離をとった。
次に続く「瑞星」の攻撃の障害にならないためであった。
爆雷が炸裂し、噴き上がっていた水柱が治ると上空で待機していた二機の「瑞星」は緩降下から対潜爆弾の投下を始めた。
彼らは上空から位置を確認していたのであろ「瑞星」は迷いなく各機二発、計四発の対戦爆弾を投下して上昇していった。
翼下から切り離された対潜爆弾は小さな水柱を上げて水中へ姿を消すと、すぐさまそこへ爆弾が炸裂をした事を示すやや大きな水柱が噴き上がった。
そして、対潜爆弾の炸裂が生んだ水柱が消えた次の瞬間、海面が盛り上がり続いてその海面が割れて巨大な何かがあらわれた。
「何だ!」
その様子を目の当たりにした黒木艦長は、双眼鏡を片手に思わずそう叫んだ。
それはある意味見慣れたものであり、しかし、本来そこに有るものでは無かった。
通常、海竜や海騎竜等の海生怪竜の尾の形状はイルカやシャチに見られるヒレ状の形をした所謂尾ビレであった、しかしながら、目前に現れたそれは、飛竜などに見られる全体が鱗に覆われた先端の尖った形状をしていた尾の姿をしていた。
それは直ぐに海中へ消えたが、黒木艦長ら「樫」の防空指揮所にいた者たちはそれが消えた海面から目が離せないでいた。
「何なんだ?
あれは?」
そう唸る様に呟く老練な見張り長の言葉が、そこに居た者たちの心情を現していたと言っても良かった。
しかし、その疑問は然程の時間を経ずして解決する事と成る。
防空指揮所の面々の困惑などに関係なく、上空で反転して攻撃態勢を整えた「瑞星」二機が尾らしき物が消えた海面へ次の爆弾を投下していった。
再び爆発が起こり、それが生み出した水柱が治まると、今度は先程とは違う物体が姿を現した。
それは、蛇の頭を思わせる三角形の形状に牙を持つ巨大な咢、後ろ向きに生えた角など明らかに見覚えのある飛竜の頭部であった。
それは、立て続けに行われた爆弾の爆発に怒ってか或いは怯えてか海面へ姿を現したらしく、頭部に続いて海面上へ姿を現した胴体上部の鞍上の騎手は慌てる様に再び潜るように命じていたが、それより先に破局が彼らを襲った。
再び反転して舞い降りた「瑞星」の三度目の攻撃はロケット弾によるものだった。
「瑞星」から発射された六発のロケット弾はその尾部から噴射炎と煙を曳きながら海中へ逃れようともがく飛竜に突き刺さっていった。
命中したのは四発のロケット弾であったが、それらは海飛竜とも呼ぶべき怪竜の外皮を突き破りその胴体に深く潜り込んで後、二〇キロの弾頭を爆発させた。
威力はそれで充分であった、ロケット弾の弾頭の炸裂に従い怪飛竜の一騎は四散した。
しかしその直後、着弾の余波で視界が効かない海面から数発の火球弾が上空へ打ち上げられ、ロケット弾を発射後に高度を取る為に上昇中であった二機の「瑞星」へ、その背後から襲い掛かったであった。
幸い、攻撃終了後も気を抜くことなく背後にも注意を向けていたらしく、二機は左右に大きく急旋回を行いその火球弾から逃れることが出来た。
しかし、二機の「瑞星」はその為に戦闘空域から離脱してしまい、一時的に「樫」への上空援護の傘が閉じられる結果となった。
恐らくはそれが目的であったのだろう、やがて爆煙が消えて視界が回復すると、そこには先程の怪飛竜よりも一回り以上身体の大きな怪飛竜がいた。
それは一度咆哮を上げると、海面を滑走し始めた。
彼らは、海で戦う事の不利を悟り、戦場を空中へ持って行こうとしていたのかもしれな。
しかし、それは最も選択すべきでは無い道であった。
元来、離陸或いは離水の瞬間は最も無防備な状態であった。
上空に居た「瑞星」を追い払い、離水の時間を稼いだつもりだったのかもしれないが、彼らは何故か「樫」の存在を忘れていた。
故に、「樫」にとって絶好の攻撃のチャンスであった。
既に艦上の機銃には銃弾が装填され、目標に向かって旋回し仰角がとられていた。
「機銃、各個に打ち方はじめ!」
黒木艦長の命令が艦内各部のスピーカーから響くと、各機銃座の射手は一斉に発射把柄を踏み込んだ。四連装の五式四〇ミリ機銃の太い火箭と九九式二〇ミリ機銃のやや細い火箭が海飛竜の巨体に吸い込まれる様に着弾していった。
中でも艦橋前の四連装九九式二〇ミリ三号機銃四型の射撃は卓越していた。
前述の通り、この機銃は散布爆雷に代わって搭載された装備であった、既にクーラ・ルフ帝国軍の海洋戦力が消失したとの判断から、より脅威とみなされた飛竜への対策として強化された対空火器の一つであり、実際にこれまでも多くの飛竜を葬ってきた兵器で持った。
独逸の2cm Flakvierling 38、直訳すると38式20ミリ四連装対空砲を参考に開発された四連装機銃は、ロの字型に四基の九九式二〇ミリ機銃を組み合わせ通常で対角線の二門を同時発射するが緊急時には四門同時の射撃ができた。
今回、操作をしていた二等兵曹は躊躇なく四門同時射撃を選択、素早く海飛竜に命中弾を大量に与えて右の翼を根元から捥ぎ取る事に成功した。
揚力を失い、海面に叩き付けられた海飛竜には多くの銃弾が打ち込まれ、「打ち方止め!」の号令が下されたころには原型は失われていた。
「終わったか?」
敵の姿が消え、電探や探信儀にも感が無くなったのを確認した黒木艦長は、防空指揮所の遮風壁に身体を預けてヘルメットを脱ぐと今回は本当の安堵の吐息を吐いた。
「艦長。」
和んでいる艦長の元へ、戦闘指揮所に居たはずの通信長が電文の綴りを持って現れた。
「旗艦からです。」
通信長は敢えて無表情を作る様にしながら電文の綴りを渡した。
「ほお・・。」
その電文に目を通した黒木艦長の口からそんな言葉が出た。
「どうしましたか?」
「ワルシャワ門の確保に成功した、こちらに居たクーラ・ルフ帝国軍は降伏するか殲滅され、我々の先遣隊の一部が門の向こうに入って門を制圧したらしい。」
そう言いながら、彼は水雷長にその綴りを渡した。
「終わりそうですね。」
何がと言わなくても、皆が同じ思いだった。
「そうだな、戦争は終わる。」
水雷長の問いにそう答えて黒木艦長は、艦内へ通じるマイクを取った。
遂に完結です。
第一話の投稿が八月末でした。
完結までに5ヶ月かかってしまいましたが、なんとか完結出来て良かったです。
最初の予定では四話ぐらいで完結する予定でしたが、書いている途中に次々と書きたい内容が増えて
十七話に迄伸びてしまいました。
これだったら、最初から長編にすれば良かったと反省しております。
実はこの話は山口さん主催の2017年の架空戦記創作大会の参加作品ですが、春の大会に参加した「モンテレイア」がまだ完結していないので、先ずはそれをしっかりと完結させてから次の作品に取り掛かる予定です。
一応、タイトルだけ予告、次回作は「草薙戦記・改訂版南溟の海魔 (メールシュトロノーム)」です。
第一章だけを書いてそのままに成っていた南溟の海魔をもう一度最初から書き直す予定です。
何時ものように誤字脱字が有りましたら感想の方へ書いていただくとたすかります。
勿論、感想や意見も大歓迎です。
長らくお付き合いいただきましてありがとうございました。次回作をお楽しみにお待ちください。