決戦(中編)
今回で完結の予定でしたが、済みませんもう一話続きます。
決戦(中編)
「撃ち方はじめ。」
「目標、巨大海竜甲!
打ち方はじめ!」
「比叡」艦長の西田正雄大佐はその命令に即座に答えた。
帝国海軍では二体の巨大海竜の内、手前を甲、後方を乙と便宜的に呼称していた、故に先の艦長の命令は前方を進む巨大海竜への砲撃の開始を意味していた。
「比叡」は既に主砲である四五口径毘式三五.六センチ連装砲四基八門全てを右舷に指向して、巨大海竜の甲目標に向けており、命令と同時に各砲塔の一番砲が轟音と共に巨弾を放った。
初手は教本通りの観測射撃である交互撃ち方から始まった。
各砲塔の内、一門の砲を撃ちその弾着結果から射撃諸元を修正して挟叉まで行い、以降は一斉撃ち方を行う方法だった。
そして、旗艦の砲撃を合図に、支援砲撃艦隊も砲撃を開始した、勿論各艦とも交互撃ち方だ。
彼我の距離は約一六〇〇〇メートル、各艦の有効射程が最短でも三〇〇〇〇メートルであることを考えれば距離の点では余裕の射撃と言えた。
発砲から程なくして初弾が落着して巨大海竜の周囲に水柱を吹き上げる。
距離一六〇〇〇メートルとは言え、初弾から命中弾は望むべきも無かったが、交互撃ち方に於いては、目標を外して噴き上がった水柱もそれはそれで大切な情報であった。
各艦よりカタパルトで打ち出されて目標上空に待機していた観測機は、砲撃目標とする巨大海竜の上空に位置すると所属艦の砲撃がどの位置に着弾したのかを観測して報告、それを元に各艦の砲術士官は砲撃諸元を修正してより正確な砲撃として行くのだ。
巨大海竜の上空には、米海軍のOS2Uキングフィッシャー、帝国海軍の零式観測機が滞空し、さらにそれらの護衛としてF4Fと零式艦戦もそれに加わっていた。
砲撃諸元が修正されると今度は各砲塔の二番砲が発砲した。
弾道軌道を描いて約一六〇〇〇メートルの距離を飛翔した三五.六センチ砲弾は再び巨大海竜の周辺に四本の水柱を上げた。
その直後、後方の乙目標に青色に染められた水柱が四本上がったがこちらは後続の「霧島」のものであった。
この後、「比叡」「霧島」の砲撃に加えて、後続の重巡洋艦「利根」「筑摩」の二〇.三センチ砲弾も加わり、支援砲撃隊の砲撃は一射ごとに精度を上げて行くが、対する二体の巨大海竜も巧みに速度や進路を変えて砲撃を躱して距離を詰めて行く。
本来であれば、この様な直撃弾を中々得られない状況は思わしくないと言えた、しかも敵は徐々に支援砲撃隊へと歩を進めていた、だが今回は敵の注意を引き付けるのが目的だと割り切れば、此方を意識して接近して来ると言う状況も決して悪くは無いと言えた。
問題は敵の反撃だが、三川中将は「命中弾が危惧される場合は砲撃を止めて回避運動をせよ。」と麾下の艦に命じていた。
それでも砲術科は手を抜くことなく確実に照尺と苗頭を修正して砲撃精度を上げていった、そして、ついに持ち望んでいた挟叉弾を得ることが出来た。
先に巨大海竜を挟叉したのは「霧島」だった。
第六射目と成る交互撃ちの砲弾は、巨大海竜乙の手前に一本、後方に三本の青色に染められた水柱を噴き上げた。
「『霧島』に先を越されたか・・!
砲術!何をやっとる旧式の『霧島』に撃ち負けとるではないか!」
艦長の西田大佐の叱咤の声が艦橋に響いた。
これは無理もない話と言えた。
戦艦「比叡」は「金剛」型戦艦の二番艦ではあったが、ロンドン軍縮条約に伴い一時期、武装と装甲を取り外した練習艦と成った時代が有った、こうした経緯から条約が失効すると戦闘艦へと戻すための大改造が行われ、姉妹艦に為されたのと同様の近代化改修が行われたが、それと同時に同時期に建造計画が進行中の新鋭戦艦へ導入予定の新技術や装備の実証実験を行うために、「比叡」に対してそれらの新技術や装備が多数盛り込まれる事となった。
この大改装により、「比叡」には他の姉妹にはとは違った加えて新型の塔型艦橋や注排水装置、弾火薬庫冷却装置、砲塔駆動水圧装置など補機類が新鋭戦艦と同じ型の物が先行して搭載されていた。
当然であるが、主砲の射撃指揮関連の装置も新鋭戦艦用の九八式射撃盤と九四式方位照準装置が搭載されていた、しかも、艦橋最上部に測距儀と測的所が射撃指揮所と一体化した構造の射撃塔は、新鋭戦艦に先駆けて比叡が日本戦艦で初めて採用したものであった。
西田艦長は最新鋭艦と同じ射撃指揮装置と射撃塔を持ちながら旧式化した姉妹艦の「霧島」に先に挟叉をされたのが許せなかったのだ。
ただしこれは砲術科には、やや酷な話でも合った。
確かに「比叡」の射撃指揮装置は最新鋭のものであった、しかし、その導入は直ちに高い命中率を出せると言うことを意味していなかった。
門外漢には解り辛いが、主砲の射撃には自艦の動きや的の動きなどの入力すべき多くの諸元が有り、それに加えて艦ごと砲ごとに癖があってそれを担当科員はそれを知り尽くす必要が有った、更に装薬の経年劣化などは旧式艦などの方が豊富なデータを蓄積させていたと言う点からも旧式艦の方が有利と言う側面は有ったのだ。
しかしながらその直後、艦長の叱咤に応える様に次の第七射となる砲撃では「比叡」も無事、甲目標を挟叉弾に捉える事に成功した。
「敵甲目標挟叉!」
「次より一斉撃ち方に移行!」
艦橋内に状況を報告する声と、次の行動を指示する声が飛び交った。
一時主砲の止まり急に周囲が静かになるが、この間に各砲塔では急ぎ発砲後の一番砲へ装填作業が行われていた。
そしてその作業が完了すると、艦上に聞き慣れたブザーが鳴り響いた。
単音が二つ鳴った後、少し間を開けた長音が鳴らされその音が切れると、四基の連装砲塔の計八門の四五口径毘式三五.六センチ砲が火を噴いた。
「『霧島』乙目標に、直撃弾二!」
見張り員からの方向に続き。
「だんちゃーく、今!」
艦橋でストップウォッチ片手に計測していた砲術員がそう叫んだ。
その一斉撃ち方による砲撃では直撃弾は出なかった、しかし、その次の砲撃では八発の砲弾の内、三発が直撃と成って巨大な海竜の身体を抉った。
直撃による効果はどれ程のものであろうか?
それは、その直後に巨大海竜がとった行動が如実に示していた。
巨大海竜は一度大きく咆哮を上げると、その巨体を海中へ沈めた、これは決して効果が小さくない証拠であろう。
しかし、次の瞬間躍り上がる様に浮かび上がると身体の周囲にいくつもの光る様な輪を浮かび上がらせた。
浮かび上がった輪は青色の光を放つと、次第に中央に向けて収束して行った。その数は二〇余り身体の水面に近いところに浮かんでいた。
「いかん!
各艦砲撃中止、回避しろ!」
三川中将はその意味を理解ですることは出来なかったが、その危険性は察知できた。
しかしながら、艦長と砲術長は折角直撃を得た現状での変針には抵抗があった、しかし・・。
「敵、発砲!」
「転舵!
取り舵一杯!」
見張り員の声に、艦長はすかさず反応した。
舵が左に大きく切られた為に、舵が効き始めると最上部の艦橋は右舷側に大きく傾いた。
「敵、水球弾発射!
来ます!」
青い光を放つ輪が収束するとそこから水と思われる球体が高速で飛来した。
始めその報告を聞いた艦長と砲術長は、水ごときで進路を変えた判断を誤りだと考えたがその直後、「比叡」の三万トンを超える艦体が着弾した水球弾の衝撃に激しく震えた。
それは、この水で構成された砲弾が相乗以上の破壊力を持っていることを示していたが、それはすぐさま実証された。
「『霧島』被弾!」
艦橋後部の見張りを担当する見張り員が声を張り上げた。
急ぎ後方を振り返ると、先程まで多数の直撃弾を放ち意気軒昂な様を誇示していた戦艦「霧島」の中央、欧米の海軍関係者が❝パゴダマスト(仏塔)❞と呼ぶ独特の形式を持つ上部構造物がその中程から消え去っていた。
見張り員の報告によれば、砲撃の為に進路を変えなかった「霧島」の前檣楼を巨大海竜が放った水球弾が直撃した、とのことだった。
「霧島」の山口次平大佐は、「比叡」と比較して早くから直撃弾を得て砲撃戦を有利に進めてきた故に途中で進路を変える事を良しとしなかったのかも知れなかった。
単純に判断の誤りとは言えないが、最悪な結果を招いたと言えた。
しかしながら、上部の戦闘用艦橋は失ったものの操艦関連の下部艦橋(羅針艦橋)は健在であった、従って操艦は可能であるように見られたので、三川中将は「霧島」の現指揮官へ戦場より離脱するように命じたが、「霧島」から返されたのは『霧島ハ健在ナリ』との発光信号であった。
そして、その直後に霧島の四基の主砲八門が一斉に火を噴いた。
これは本来予備であった後部射撃指揮所からの射撃指揮であった。
変針後の砲撃であるから当然命中弾は無かったが、「霧島」乗員の心意気は十分伝わった。
「どうします?」
「いいだろう、牽制の射撃としては充分だ。
それよりも、水雷戦隊はどうしている?」
困惑顔の参謀に、苦笑しつつそう答えた三川中将は真打の動静を問うた。
「煙幕の展開を終わりましたので、間も無く頃合いかと思います。」
「そうか、後は大森少将次第か・・・。」
戦艦「霧島」の被弾は、巨大海竜を挟んで反対側に位置していた第一水雷戦隊からも確認できた。
従って、見張り員より「『霧島』被弾!」の声が上がると軽巡「阿武隈」の艦橋には動揺が広がった。
しかし、騒めく艦橋の中で戦隊司令の大森仙太郎少将は独り窓際に立ち無言のまま前方を凝視して動かなかった。
後に「阿武隈」艦長の村山清六大佐が語った話によれば、この時の大森少将のきつく結んだ唇と双眼鏡を持つその指は無念の心情を現すようにが血の色を失ってたと言う。
戦隊旗艦の「阿武隈」は今、第一水雷戦隊の先頭を攻撃目標である巨大海竜の甲目標に向かった戦隊速度三〇ノットで突き進でいた。
一寸先も見通せない白い闇の中をである。
これは、戦隊各艦の艦尾から放出されていた白煙であった、勿論、機関の故障や火災によるものでは無い。
駆逐艦を主力とする水雷戦隊が雷撃戦を仕掛ける条件は、目標と成る相手から自身の存在を隠せることがその前提に成ると言っても良い。
それはその主力たる駆逐艦の防御力が著しく低い事が理由として挙げることが出来る、戦艦は疎か、巡洋艦クラスの主砲ですら一撃で駆逐艦を葬る事が可能なのであるのだから。
故に雷撃戦を行うにあたり、夜間や霧、島影などで身を隠せる状況が必要と成る訳である。
しかしながら、戦闘に於いて必要な条件が揃う事は稀である、今回の様に昼間に洋上で敵に肉薄する必要が生じた場合はどうするべきか?
その答えの一つが現在使われている煙幕とその発生機であった。
概要は艦尾に設置さえれたタンクと噴霧ノズルからなり、タンクの中で液体アンモニアと四塩化珪素を反応させて発生する白煙を噴霧することで使用した。
この白煙は空気よりも比重が重く、また拡散しにくい性格を持っていたので一定時間海面付近に滞留させることが出来、身を隠すのに最適であった。
今回第一水雷戦隊はこの煙幕を巨大海竜に反航する形で展開し、その後に反転して同航しながら雷撃を行う算段であった。
「長良」型軽巡洋艦の六番艦の後に続くのは、第一八駆逐隊の「陽炎」型駆逐艦の「陽炎」「不知火」「霞」「霰」の四隻であった。
五隻の水雷戦隊は三〇ノットの速度を維持したままその白雲の中を駆け抜けて、巨大海竜の目前へ躍り出た。
中々完結出来なくて申し訳ないですが、本編はあと一話、更にもう一つエピソードを予定しています。
さて、いつも通りですが、誤字脱字が有りましたら一報ください。感想や意見も有難いのでお願いします。




