狐と狸の話
主人公クリスの視点から描かれる、「キノの旅」風の短編です。初の短編ですので、突っ込みどころも満載でしょうが、そうぞ気軽にお読みください。
この作者にしては珍しく、戦闘要素はありません。ファンタジーというよりは、文芸作品に近いかもしれませんが、所詮この作者の作品ですので、さほど深い意味は……作者的には入ってるのか入ってないのか……。
短編は気ままに投稿します。シリーズ化、するのかなぁ? なんか、それをしたら、益々「キノの旅」になっちゃいそうで……(笑)
静かな町だ。それがクリスの第一印象だった。
黒いジャケットに黒いズボン、黒い靴に黒いロングコート。黒いベルトには、やはり黒い刀が下がっている。
全身真っ黒な衣装と装備で身を包んだその人は、クリスと名乗っている。風の吹くまま気の向くまま、何の目的もなく、ただただ流浪の旅を続けている。
その手にも黒い手袋がはめられており、茶色いたずなが握られている。黒いリボンで結ばれた綺麗な金髪が揺れる横では、漆黒の瞳を持つ栗毛の馬が、主人の歩みに合わせて、ゆったりと歩いていた。その馬に、大きな荷物は乗っていない。
堂々と町の門をくぐり、そのまままっすぐ道を進む。
「やけに静かですね」
これでは、宿の場所を訊ねる事もできませんーークリスは誰に言うでもなく、そう呟いた。
しばらく黙々と歩き続け、役所らしき木造建築の平屋を見つけたクリスは、やはり恐れる事なくその中に足を踏み入れた。
「やけに騒がしいですね」
これでは、宿の場所を訊ねる事もできませんーークリスは誰に言うでもなく、そう呟いた。
「さて、どうしましょう」
「我々にどうにかできる玉でもありますまい」
「そもそも、見つける事などできるのですか」
「見つけるのは簡単だ。あの詐欺師は、この町の、ほぼ全員を騙している」
「では、無理やり押しかければ……」
「馬鹿者。罪状が無いから困ってるんだ」
「無いんですか?」
「あの女のやる事は、ぎりぎり法には引っかかっていない。ただ、全員が騙された、と、そう言うだけだ」
「では、我々が出る必要も無いのでは……」
「馬鹿者。ここで活躍できれば儲け物だぞ。証拠なんぞ、作ってしまえば……」
話の雲行きが怪しくなってきた頃の事。一人の男が役所の門を叩いた。
「おや、これはこれは。旅人さんかな?」
「えぇ」
入ってきた男は、とても人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「あぁ、宿か。今、人が少ないからなぁ……」
「何故なのか、伺っても?」
「あぁ、実はねぇーー」
どうやら、最近、一人の女詐欺師がこの町のほぼ全ての人を騙して、一気に活気がなくなったのだとか。活気をここまで下げる詐欺師とは、一体どんな人物なのだろうとクリスは首を傾げるが、大人しく男の話を聞いていた。
男もかつて女に騙された口で、その女を憎んでいるらしい。女は詐欺の証拠をそれぞれの記憶にしか残さず、見事な手腕で町の人々の財産をかっさらっていくのだとか。
罪状が出ない事にお役人達が困っているのなら、自分がその証拠を持って来ようと、男はそう申し出るためにここへやってきたらしい。
「あなたは不思議な人ですね」
「ん? そうかい? まぁ、詐欺師を騙そうなんて、考える人は少ないだろうけどね。あぁ、そうだ。お前さんは宿を探してるんだったかな」
「はい」
「宿なら、すぐそこの曲がり角を左に曲がって、次の三十路を過ぎたあたりに一つあるよ」
「えぇ、探してみます。厩はありますか」
「あぁ、もちろんだ」
「交渉、頑張ってくださいね。恐らく、上手くいくでしょうが」
「ん? なんでそう思うんだい?」
「勘です。でも、油断はしないようにした方がいいですよ」
クリスが無表情にそう言い放つと、男は、
「油断? あぁ確かに。騙されたら大変だからね」
と、人のいい笑みで言うのだった。
クリスは紹介された通り、曲がり角を左に曲がり、次の三十路を過ぎ、例の宿屋を見つけると、そっとその脇道に入った。そして、小窓から中を覗き込む。
どうやら普通の宿屋のようだ、と考えた彼女は、次に再び正面に戻り、ようやくそのドアを開けたのだった。
馬や荷物を預けたクリスは、刀を持ったまま、再び歩いて役所へ戻った。何故戻ったのかといえば、詐欺師の女の特徴を聞き忘れたからである。
役所の中に入ると、やはり話し声が聞こえた。クリスの事には、誰一人として気付いていない。
「我々はあの狐目の女に、ことごとく騙されたのです。どうか、あの女を騙すために、協力してくださいませんか」
男が言い、役人たちはそっと顔を見合わせる。その表情は、あまり良いものとは言えなかった。だが、そんな役人たちの事は気にも止めず、男は相変わらず、笑顔を浮かべている。
やがて、一人の役人が口を開いた。
「あなたにそれが出来るとは思えない。その勇気は認めるが、どうか、我々に任せては貰えないか」
思っていたよりまともな返答だな、というのがクリスの感想だった。
「いいえ、いいえ。それはなりません。あの女は、私にしか、仕留める事はできないでしょう。どうか協力してください。私に金があるように見せかけるだけで良いのです。あなた方の衣服を少々貸していただくだけでいいのです。これしきの復習も許されないのですか」
役人達は困ったような顔である。だが、やはり許可を出すようには見えない。
そんな中、やはり一人の役人が、
「その心は」
と、怪訝そうに尋ねたのだった。
「えぇ、えぇ。類は友を呼ぶとはよく言ったものですな。私とあの女狐は旧友でして、あれの事はよく存じております。あやつを陥れる事ができる日を、今か今かと待ち望んでいたのであります」
役人らは絵再び顔を突き合わせ、何やらコソコソと話し合っている。
その話し声は、クリスの耳には届かなかった。
「まぁ、そこまで言うのならばいいだろう。今から衣装を取りに行こう。少し待っていなさい」
「ありがたく存じます」
男がそう言い、先ほどとは別の役人が男を引き連れて、帰り支度を始めた。
「おや、これはこれは。先ほどの旅人さんではありませんか。何か困り事かな?」
「えぇ。詐欺師の女の特徴を聞き忘れてしまったもので」
話しかけてきたのは、やはりあの男である。待っている間、手持ち無沙汰なのかもしれない。
「あぁ、なるほど。それは大変だ。あれはとてつもない美人で、暗殺の名人だ。刀を持ってる人は狙われるかもしれないから、気をつけた方がいい」
「そんなところだろうと思って警戒してはいたのですが、気配は今の所感じてはいませんし、大丈夫です」
クリスがいつも通り、無表情にそう答えると、男は少し驚いたような顔をして、その後、再びその顔に笑みを乗せた。
「それはそれは。良かった良かった。余程腕のいい剣士には、手を出さないのかもしれないね、あの女狐は」
「えぇ。そうだといいですね。ですが、私はそこまで気配を探るのは得意ではないので、敵意を持っている人であれば、全て反射的に攻撃してしまうかもしれません」
クリスがいつも通り、無表情にそう答えると、男は少し頬を引きつらせて、その後、再びその顔に笑みを乗せた。
「それはそれは。た、大変だね」
「襲ってくる輩が悪いんです。私は正当防衛ですから、問題ありません」
「そ、そうかい」
男はそのまま、役所を出て行った。
「やぁやぁ、旅人さん。もしかして、旅人さんも気付いていたのかい? あの男の言うことの矛盾には、気付かない人の方が珍しいのかもしれないが」
「はい。余計な真似をしてしまったかもしれません。すみません」
「ん? 何故そんな事を言うんだい?」
「え?」
ここで初めて、クリスの表情が動いた。
「あの男も、詐欺師なんだろうね。それで、同業者が邪魔になって、追い払うために我々を頼ったんだ。今回の件のおかげで、二人の詐欺師を捕まえられる。いやぁ、一石二鳥、漁夫の利とは、まさによく言ったものだな」
「……狐と狸の化かし合い、ですか」
「おぉ、うまいね、それは。確かに、女は狐みたいな目をしているし、男は狸みたいな面をしている」
「……」
見た目の話しではなく、性格について言ったのですが。
そんな言葉は呑み込んで、クリスは役人の話の続きを聞いていた。
「さーて、これで我々も業績を上げられて万々歳だ。どれ、これから飲みに行くのだが、旅人さんもどうかな?」
「いえ、私は結構です」
「おやおや、それは残念だ。ではどうぞ、この町を楽しんで行ってくれ」
役人はそのまま、役所を出て行った。
「……取らぬ狸の皮算用」
クリスの声が、静かな町の静かな役所の中で、やけに大きく響いたのだった。
♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎
翌日。
クリスはいつも通り起床し、刀の手入れと柔軟を済ませる。その次に、刀は鞘に入れたまま、片手で素振りを繰り返した。
いつもと同じ回数をこなす。
昨日の夜に用意しておいた朝食を食べると、時刻はもはや9時半程だった。
さぁ町を出ようかと、クリスは愛馬に話しかける。
「今日は何事もなかったらいいね。……まぁ、大抵の事はなんとかする自信があるけど」
それに賛同するように、小さく馬の嘶きが響いた。
門へと続く大通りに出ると、飲みすぎだろうか、頭痛がしているかのように頭を押さえている役人に、町人たちが、感謝の言葉を投げかけていた。とても興奮した様子で、クリスは若干眉をひそめる。
が、好奇心が勝ったのか、必要性を感じたのか。クリスは、役人を中心に広がっていた町人の輪の、一番外側にいた女性に話しかけた。
「どうなさいましたか」
「いやあ、旅人さんかい。いつから居たんだい? 気付かなかったよ。何しろ最近、だーれも外に出たがりゃしなかったもんでね。なんてったってーー」
クリスは大人しく、その女性の話を聞いていた。
「と、いうことなのさ。……って、あんた聞いてないね。駄目だよー、人の話はちゃんと聞かなきゃ。まぁ、あたしゃ器がでかいからいいけどね」
どうやら、クリスの演技は通じなかったようである。
「仕方がないから、もう一回話してあげようか」
「いえ、結構です」
クリスが断れば、女性は豪快に笑い声をあげた。
これは機嫌がいいときの人間の反応だと踏んだクリスは、ここぞとばかりに、この騒ぎの原因について聞き出そうと、再び話しかけた。
「その詐欺師は、どうなったんですか」
「あぁ、あの女狐の事かい? 豪華な服を纏ったお役人様に追いかけられて、門から出てったよ。いやぁ、さすが、うちのお役人様は他所とは違うねぇ。あっぱれだよ。これであの女狐はいなくなったのさ。だから、あたしら総出で、お役人様たちにお礼を言おうと思ってね」
「逃げたんですか。その役人というのは、男?」
「あぁ、そうだよ。不思議な事にそのお役人様は帰って来てないから、何かあったんじゃないかって、この話を聞いたお役人様は顔を青くしてるんだけどね。全く、仲間思いの良いお役人様だよ。ついさっき、その二人を追いかけるために、何人かでこの町で強い人の家を回ってったらしいよ。それで、そいつらがお役人様たちに感謝を申し立てたら、何故か謙遜しちゃってねぇ。お役人様ったら、協力しよう、って言ってきた人たちを、結局は、危険だからっていう理由で断ったらしいよ」
本当に良いお役人様だよ、と繰り返す女性に、周りにいた数人の町人も力強く頷いている。
「仕事もサボってばっかりだったから、てっきり嫌な奴だと思ってたんだけど。なぁ?」
「まさか、裏でこんな事をしていたとは」
「そうそう、今朝一番にお礼を言いに行った連中もいるらしいぞ」
「あぁ、昨日の夜の事だったから、知らないお役人様がほとんどだったんだっけ」
「そうそう。怪しまれないように、居酒屋で過ごしたらしいし」
「今日は見回りもやってくれてるし、やっぱり、サボってたんじゃなくって、今までは忙しかっただけなんじゃねーの?」
「うん。わたしも、そーおもう。おやくにんさま、ありがとう」
「お、よく言えたなぁ。よしよし。今日は仕事も休みだし、特別に父さんと遊ぶか?」
「わぁい! これも、おやくにんさま、の、おかげ?」
「あっはっは! それもそうかもしれないな」
「おやくにんさま、ありがとう!」
クリスはその輪をそっと離れ、円の中心で顔を青くしたままオロオロしている役人を一瞥し、慣れた様子で愛馬に跨った。
「御愁傷様。自業自得とも言いますが」
クリスはやはり無表情で、気付けなかったあなたたちの責任ですよ、と、心の中で付け足す。唐突に、クリスを急かすように馬の嘶き声が、彼女の耳に届いた。だが、町人たちも役人たちも、それに気付いた者はいない。
「これで、この町がもっと良くなると良いですね」
その街の門をクリスが出たことに気付いた町人は、恐らく誰一人としていなかっただろう。
ーー賑やかな良い街だ。それが旅人たちの印象だったーー
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