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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第15章 でも、それが正しいですわ
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やってみるとできるもんだね。

ついに本番です。

うまくいくといいのですが。

 茜と台本を見ながら最終確認をしているところに翔と小町がやってきた。


「夕人、茜~。準備は順調か?」


 ニヤニヤしながら翔が聞いてくる。


「私は完璧かな~。」


 そう言ってポーズを決める茜。そのポーズもなんだかかわいいな。


「バカ夕人はどうなの?」


 小町よ。何もしてないのにバカっていうことはないだろう?


「あー、まぁまぁかな。なんか緊張してきた。」


「適度な緊張感は人生に張りを与えるのだよ。」


 翔がどこかで聞いたことをあるような名言を吐く。


「あーそーかもしれんなー。」

「なんだよ。緊張をほぐしてやろうと思ったのに。」

「まぁ、始まるまでは緊張するよね。そういうもんだよ。」


 小町が助け舟を出してくる。


「そうだよね。私もちょっと緊張するし。」


 茜は全く緊張しているようには見えないけどな。それにさっきのあんなに泣いてたのにそれを悟らせないなんてまるで女優だな。


「とにかく、今までの練習の成果を見せてくれよ。俺たちは席で見てるからさ。」


 そう言って親指を立てる翔。なんだかなぁ。でも、変な緊張はなくなったような気がする。


「じゃ、頑張ってね。」


 そう言って小町と翔は戻っていった。開演まであと5分。もうできることなんてない。あとはやるだけだな。



 チョンチョンチョンチョン・・・拍子木が鳴り幕が開いていく。


 体育館のステージに作られた舞台はボロ屋に見立てた一段高いスペースと一本松。もちろん本物の松なんて準備できるわけもないから大道具の男子たちが作ってくれた舞台セットだ。


『松の嵐に潮の香のしみわたりける白砂子。ここは遠州三保の浜。陽も傾きて人けなく、ただ寄せて返す波ばかり。』


 ナレーションと主に波の音が流される。そこに薄衣を身にまとった茜が演じるおときが現れる。原作ではここで衣を脱いで松にかけ、海に向かうのだけれど、さすがにそれは難しい。

 そこで苦肉の策。原作にはない演出だ。

 ボロ屋の障子に隠れて服を脱ぎ、おときが腕を伸ばして松にかけるという演出に変更した。その際、舞台を暗転させて、影絵の要領で障子をスクリーンに見立てて着物を脱ぐシーンを写す。障子はボロ屋の一部に設置しておけばいい。俺の案がそのまま採用されたわけだ。

 当然、この演出には会場全体が大盛り上がり。何といってもヌードに見えないこともない。もちろん実際は体にフィットした服を衣装の下に着ているのは言うまでもないよな。

 薄衣っていうのは正直言って苦労したんだろうと思う。生地が薄すぎると透けちゃうし、だからと言って普通の着物じゃ薄衣っていうには問題がある。だから、ここは色が薄いってっていうことじゃなくて厚さが薄い布=薄衣っていうことで決着をつけた。

 そして、平安時代には絶対に存在しないポリエステル素材の布ということにした。まぁ、見ている方としてはそんなことは関係ないんだけど、監督の翔としてはこだわりがあったみたいだ。


 しばらくしてから、もう一人の主役、ズクこと俺の登場だ。


「おおっ、松の根っこに陽炎が立っていると見えたのに・・・何とこれは薄衣じゃねぇか・・・」


 うん、とりあえず出だしで噛まずに済んだ。それにしても、なんで笑い声が起こってるんだ?


「その恰好、超ウケるっ。」


 そうか服装がウケているのか。それは良い。なにせ、カツラまで被っているからな。そりゃ面白いだろうさ。そう思いながら衣装を作ってくれた女子たちに感謝する。


 そんなこんなで舞台は順調に進んでいく。今のところ俺と茜にミスはない・・・と思う。

 ズクは薄衣を売りに行こうとするが、おときに返してくれと頼まれる。裸のままじゃ忍びないとズクはおときに自分の服を貸すが、おときは隙を見てズクの家から薄衣を取り返そうとするも失敗。そして、ズクはおときに素性を尋ねる。


「私は遠い遠い国・・・いえ・・・空の上の国から長い旅をしてまいりました。」


 これを聞いてズクは美しいおときを天女と思い込む。そして願い事をかなえて欲しいと頼むのだ。その願いとは、戦ばかりで貧しい生活を送っている自分の家に住んでほしいということだった。そう、天女がいてくれたら幸せになれると信じての頼みだ。


「もし、あなたの家で暮らせば?」

「おら働くとも。なんとか食わせてみせる。」


 そして、三年たったらあの薄衣も返すという提案を持ち掛けた。


「いいわ・・・三年だけあなたの妻になってもっ。」


 ここで原作では暗転してあっという間に三年が過ぎることになっている。ズクとおときの間には子供が一人生まれており、貧しいながらも幸せに暮らしているということになるのだが、この部分が翔としてはどうしても気に入らなかったらしい。

 もう少しお色気シーンを入れたいということなんだが、さすがに完全な濡れ場シーンはアウト。けれど、せめてキスシーンくらいは入れたい。しかし、こんな内容が学校祭の演劇で許可が出るわけがない。そこで、教師たちに見せるリハーサルではこの部分をオールカットし、ぶっつけ本番で挿入するという大胆な作戦に出た。この作戦は演劇に関わっている生徒しか知らないという徹底したものだ。そして、キスシーンは影絵のように写すという、さっきの二番煎じ。


 舞台が暗転するのと同時にあらかじめ準備してあった影絵用のライトに俺自身がスイッチを入れる。そうすると舞台にいるのは俺と茜だけで済む。この部分には俺たちのセリフはない。ナレーションもない。ただ、キスシーンを演じるだけ、だ。

 俺と茜が開演直前まで相談していたのはここだ。どうやったらうまくキスしているように見えるのか。結論としては、ほんの少しだけお互いの顔をずらし、影だけキスしているように見せようということになった。まぁ、当然の結論だよ、うん。でもなぁ。茜とは前にキスしたからなぁ。どうしてもその時のことが思い出されてしまう。

 そんなことを考えているうちにその場面がやってきた。舞台が暗転するのと同時に、障子の後ろ側に二人で移動する。暗いから転んだら大変だ。茜の手を掴んですばやく移動して、足下にあるライトのスイッチを踏む。パッとライトが付いて向かい合う男女の姿が映し出される。


「じゃ、行くよ。」


 茜にだけ聞こえるような小さな声でいう。


「うん。」


 茜も俺にだけ聞こえる小さな声で言う。ざわつく会場の生徒たち。何が起こるのか興味津々と言ったところだろう。何といってもさっきの着物を脱ぐシーンがあったわけだから、何かが起こると期待している奴らもいることだろう。


「ホントにしちゃおうか。その方がきっとリアリティあるって。」

「何言ってるんだよ。打ち合わせ通りに行くよ。」

「ダメ。それじゃ失敗しちゃう。ここが見せ場の一つなんだから。」

「でも・・・」

「いいから・・・早くしないと変に思われちゃうよ。」


 何度も練習をしたけど、どうしても影がうまく映らなかったんだ。茜の言葉に乗せられたというわけじゃない。本番で失敗は・・・したくないから・・・。


「わかった。じゃ・・・目をつぶってくれるか?」

「うん・・・」


 茜の肩に手をかけ、そしてゆっくりと顔を近づけていく。茜のほんのり汗ばんだ綺麗な顔が目の前にある。こんなにドキドキしたことがあっただろうか。よく考えると、全校生徒の前でキスすることになるわけだ。もちろん、直接見える奴は誰もいない。そして、茜の柔らかい唇を感じた。

 その瞬間、会場からは割れんばかりの歓声、ヤジ、拍手の嵐。よく考えると自分からキスしたのは初めてだ。結構長い間キスをしていた気がするけど、時間にすると二秒もあったんだろうか。思い出したかのようにスイッチを踏みライトを消す。


「また・・・しちゃったね。」


 暗がりの中で茜の声だけが聞こえる。さっきまで聞こえていた歓声は俺の耳には入ってこない。


「うん。」


 舞台が明るくなるまでにはもう少し時間がある。あらかじめ決めておいた時間では30秒程度。まだ、20秒くらいは時間があるが、その間に茜は小屋の方に移動し赤ちゃんの人形を準備、俺は舞台の袖まで戻って次の出番の準備をしなくちゃいけない。


「もう一回。」


 そう言って茜が顔を近づけてくる。


「時間無いって、ダメだよ。」


 そう言って立ち上がって袖のほうに移動しようとする。


「むぅ・・・わかった・・・じゃ、あとで。あ、後半も頑張ろうね。」


 あとで?どういうことだ?


「あぁ、頑張ろうな。」


 そう言ってお互いに反対の方向に向かって歩いていく。俺が舞台の袖に入ったところで舞台が再び明るくなった。

 

 その後はなんだか思った以上に緊張もせず、実にちゃんと演技ができたと思う。

 徴兵のためにやってきた地侍との小競り合いのシーンでは三人組にいいように投げられ、叩かれ、蹴られるという無様さも演じることができた。その演技中に悲鳴と怒号が聞こえてきた。


「てめぇら、なんでそこまでやるんだよっ、コノヤロウッ。」


 なんだ?聞き覚えがある声が聞こえる。声の方に目をやると舞台にかじりつくように見ている観客が何人もいる。クラスのメンバーはもちろんだけど、他のクラスの生徒もたくさんいることに初めて気が付いて驚いた。ざっと見たところ5、60人はいるんじゃないだろうか。その中には椎名先輩と村雨先輩の姿も見える。さっきの声の主は椎名先輩か。あの人らしいな。心の中でそう思っていた。けれど、今にも舞台に上がって三人組につかみかかろうとしているのを村雨先輩が抑えている姿はどこか滑稽で笑いが込み上げてきそうだった。

 そして舞台はついにクライマックス。

 おときの正体が明かされ、子供と一緒に未来に帰ってしまう。その後、ズクが三人組に持ち去られた薄衣を取り返して戻ってくるが、重傷を負ってしまう。背中には何本もの矢が刺さり、全身は血まみれだ。

 これを実際にやらなきゃいけない俺はどんな気持ちだったと思う?面白半分に赤い絵の具を全身に塗りたくられた上にボロボロの衣装を身にまとって褌風の下着が丸見え。この後シャワーとか浴びれるんだろうなぁ。おいおい、髪まで真っ赤だぞ?また、悲鳴が聞こえる。椎名先輩・・・これは演技だからね?実際にはケガなんかしてないから大丈夫だって。

 おときを探して瀕死の状態で歩き回る。そして、薄衣を松の根元に埋めて息絶える。ここで演技は終了。ナレーションが流れて再び拍子木が鳴らされて閉幕した。大丈夫。上手くできた。やってみるとできるもんだね。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


茜の行動は舞台の成功を思ってのことなのか。それとも・・・

だんだん、大胆になってきているように思います。


それにしても、元気な椎名先輩、可愛らしいですね。

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