その仕草は反則です
宿泊研修の話が展開していくのでしょうか。
竹中、杉田、玉置さん、青葉さん、小暮さんに北田さん。
女子過多なメンバーが集まった班になっていますよね。
しかも美人ぞろいの。
他のクラスメートの男子からどう思われているのか。
美女を巡って熱き男たちの戦いが!
美女は誰を選ぶのか!
考えただけでもゾッとします。
そんな話はこの章には登場しません。ごめんなさい。
うちの学校の『宿泊研修のしおり』の作成は、各クラスの学級会長と副会長、それにクラスから二名選出される特別委員によって行われる。ということで、俺と玉置さんは宿泊研修が近づく前から忙しい日々を過ごすことになっていた。ちなみにうちのクラスからの二名は、足草と北田さん。北田さんはともかくとして、足草が足を引っ張らないかが心配だ。
まず、第一の懸念要素は、しおりが手書きであるということ。足草は絶望的に字が汚いのだ。まぁ、まったく読めないことはないが。
第二に、文章力だ。俺もうまいというわけではないが、普通程度には書ける、と思う。しかし、足草はひどい。主語がなかったり、修飾語の掛かり方がおかしかったりするのだ。おかげで、奴の文章を読むとき時は苦労が絶えない。
そんな感じだったから、玉置さんとも相談して六組が担当する部分は、男子二人がメインでネタの作成を行い、女子二人に清書を頼むという分業制になった。この提案は、当初、素晴らしい思い付きだと思ったんだが、結局、足草のフォローを一人でやる羽目になったわけで俺の仕事量が倍増してしまった。
そして、うちのクラスの担当は、小樽市の歴史。当然、図書館で調べたりしなければならない。けど、飽き性の足草がそんな地味な作業ができるわけがなかったのだ。適当に資料をもってきて、『あとはよろしく』といって帰ってしまった。おかげで、もうすぐ閉館時間を迎える図書館にいまだ一人で粘っているわけだ。
図書館の館内アナウンスがまもなく閉館時間であることを告げている。
「はぁ、仕方がない。また、明日やるしかないかぁ。」
時間は夜の七時。正直、腹も減ってきた。もう帰ろうと思い、座っていた椅子で思い切り伸びをした時だった。
「なぜ?ここに?」
思わず声を出してしまったのも無理もないと思いたい。なぜなら、俺の座っていた席の隣に、椎名先輩と村雨先輩がいたからだ。
「あ?どこにいようとあたしらの勝手でしょ?」
声を潜めながら椎名先輩が言ってくる。村雨先輩は相変わらず何を考えてるのかわからない。
「そりゃそうですね。失礼しました。では、お先に。」
俺が帰ろうとして本を棚に返しに行こうとしたとき、
「宿泊研修のしおり作りやってんだろ?」
「そうですけど、それがどうしたんですか?あんたたちには関係ないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね。ちょっと聞きな。あたしらもさ、去年しおり作りにかかわったんだよ。それでさ。当時、調べた小樽市の歴史がこのノートには詰まってるんだよ。どうだ?欲しくないか?このノートが。」
そう言いながら椎名先輩はノートをひらひらと振りながら見せてくる。
「いんや、別に。自分でそれなりに調べてまとめたから大丈夫ですわ。」
ちょっと魅力的な提案ではあるんだが、こいつらの助けは要らない。何とかしてやるさ。
「ま、まぁ、待てって。話はそれだけじゃないんだ。」
その時、図書館の職員と思しき女性が声をかけてくる。
「誠に申し訳ございませんが、本日は閉館の時間ですので。」
「あ、はい。すみません。今出ますので・・・。」
椎名先輩って、こんな話し方もできるのか?俺は驚きを隠せない。
「仕方ない。その本、片付けよう?あたしらも手伝うから。でね、悪いんだけど、そのあとちょっとでいいから付き合ってくれない?」
なんだ、この違和感は。今までの椎名先輩からは全く想像できない言葉遣いだ。
「あ、ありがとう。」
なんとか、俺の体裁だけは守れたようだ。
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外では、涼しいと感じるにはまだ少し厳しい北海道の夜風が吹いている。室内から出たばかりだからなおさらだ。
「ねぇ、竹中くん?」
竹中くん?なんだよ、その呼び方は。
「な、なんだよ?」
「そのしおり作りなんだけど。どうして一人でやってるの?」
今日の椎名先輩はいつもと違って女子らしい口調で話しかけてくる。
「まぁ、いろいろあってさ。」
「ふ~ん、いろいろねぇ。きっと、あんたのことだから、誰かに押し付けられたんじゃないの?」
正確には押し付けられたわけじゃない。尻拭いをしてるんだが、似たようなもんか。
「そんなもんですわ。」
「そっかぁ。やっぱりいい奴なんだねぇ。あんたは。」
なんだ?椎名先輩がこんなことを言ってくるとちょっと不気味だ。
「それでね、さっきの話なんだけど。」
「さっきの話?」
「そう。しおり作りの話。実はね?窓花がこのノートあげようって言ったのよ。あたしは必要ないんじゃない?って言ったんだけど。」
「はぁ、そうなんすか。」
ダメだ。全く展開が読めない。
「だからね。貰ってあげてよ。別に悪いことじゃないでしょう?困ってる後輩を助けたいって言ってる先輩がいるんだゾ?」
そう言って椎名先輩は右手の人差し指で俺のおでこを小突いてくる。
「なんすか。やめてくださいよ。・・・でも、その申し出、ありがたく受けさせていただきますわ。正直、しんどかったんで。」
こんな展開になるなんて思ってもいなかった。しかも、女子にこんなことをされたことない俺には、どう対応していいのかよくわからない。小突かれたおでこを左手で押さえながらこう言った。
「そう?うん、いいね。その素直な感じ。じゃ、ほら、窓花。」
それにしても、村雨先輩は全然話さないな。暗い人だ。
「うん、これだよ。」
渡されたノートを見てみると、北海道が開拓され始めた頃からの年表や、出来事なんかがしっかりとまとめられている。
「すげぇ・・・。」
思わず出てしまう本音。
「でしょ?あたしたち、頑張ったもんね。」
そう言いながら、村雨先輩の手を取って飛び跳ねる椎名先輩。まったく二人の先輩が考えてることがわからない。いつも、攻撃的だった椎名先輩がこんなことをしてくるなんて。栗林さん情報でも、『椎名先輩はちょっぴり(?)ヤンキー』ってことになっていたし。本当に人ってわからないもんだなぁ。ちょっぴりだけど椎名先輩のことを見直した。
「ほらぁ、ちょっとここ見てよ。」
そう言って、椎名先輩は俺の手からノートをひったくり、『この部分はこうやったんだ』とか、『あの部分はこんなに大変たっだんだ』なんて言いながら俺に説明してくる。所々で村雨先輩も説明に入ってくるが、のんびりした説明がもどかしいみたいだった。
「はぁ、そうなんですか。」
でも、素直に感心するしかない。一人でこのレベルに仕上げようと思ったらあと三日は必要だろう。
「そうそう。それでねぇ?」
「ねぇ、ローザ・・・そろそろ・・・。」
自慢話でノリノリになっている椎名先輩を遮るように村雨先輩が声をかけた。
「あ、そっか。忘れるとこだった。」
椎名先輩が思い出したかのように笑顔を引っ込める。
「なんですか?」
そんな二人のやり取りを見ながら、恐る恐る聞いてみた。
「あー、うん。ちょっと聞きにくいんだけどねぇ。」
「今更、俺に言いにくいことなんてあるんですか?あんなにいろいろ攻撃してきたのに。」
いきなりビンタや飛び蹴り、カバンアタックをしてきた人間が言うことじゃないだろう。
「まぁ、そうなのよねぇ。窓花、あんたから聞いてよ。」
「え?私が?」
「そうそう、お願いよ。」
両手を合わせて村雨先輩に頼む姿。これが椎名先輩の本当の姿なのか?
「仕方ないなぁ。ローザはいっつも肝心な時にダメなんだから。」
「ちょっとぉ。そんなこと言わないでよ。」
あれ?いつも見ていた二人の立場が逆転しているように見える。
「ふぅ・・・じゃ、聞くね?竹中くん。」
いつも静かだった村雨先輩が聞いてきた。
「はぁ、なんでしょうか?」
「今でも、川井さんたちのグループとは付き合いがあるの?」
「へ?なんでそんなことを?」
なんでそんなこと聞かれるんだろう?確かに、去年はいろいろな意味でお世話になったわけなんだけど、卒業してからは接点はない。というかグループ?なんだそりゃ?そもそも俺は川井さんと何かをしたという記憶自体がないんだけどな。
「実はね。去年の出来事は私たちの代でも結構有名なのよ。」
椎名先輩が村雨先輩に続けて言う。去年の出来事で川井さんが関係しているとなればあの事しかないな。
「そうなんすか。」
「で、どうなの?」
村雨先輩がこんなに話す人だとは思わなかった。
「特に関わりはないですね。」
俺がそう言った途端、二人はホッとしたような表情を浮かべる。
「よかったぁ。実はね。川井さんの情報が入ってきてね。しかも、かなり悪い情報。」
今度は椎名先輩だ。
「悪い情報?」
なんだか嫌な予感がする。
「そう、あの人さ、札幌でも悪が集まる高校行ったのは知ってるでしょう?」
饒舌な村雨先輩。やっぱりイメージと違うんだよなぁ。
「えぇ、噂で。」
聞いたことはある。中学時代のヤバイ奴らが集まる私立の高校があるっていう話。川井さんがそこに行くことになるのも必然だったのかもしれない。
「どうもそこで、本職の人とつるんでるらしいのよ。あ、私たちのグループもお世辞にもガラがいいとは言えないんだけどね。あの人たちとは別のグループなのよ。」
村雨先輩の言ってることから察するに、去年まではうちの学校に複数の派閥があったってわけね?ヤンキーの。知らなかったなぁ。それで一方は川井さんのグループで、もう一つは椎名先輩や村雨先輩のグループってことなのかな。
「それで、あんたが川井さんに可愛がられてたでしょう?」
「いや、別に表立って何かってことはなかったですけどね。」
「それはあんたが知らないだけなのよ。」
椎名先輩が、マジメな顔をして右手人差し指で俺の顔を指をさし、左手の甲を腰に当て、上半身を突き出しながら俺の眼前までズンズン迫ってくる。なんだよ。その仕草は反則ですって。
「そ、そうなんですか?」
「そうなのよ。ま、信じる信じないは自由だけどね。あの人は、他の中学校にも『竹中は、俺の舎弟の一人だ。手を出したやつは容赦しねぇからな。あいつは俺の後を継ぐ器だ。』っていってたのよ。」
声真似まで織り交ぜて椎名先輩が伝えてくる。そして、その話し方には確かな真実味がある。
「で、つまり、どういうことなんですか?」
「つまり、あんたを狙ってる阿呆が他校に何人かいるかもってこと。あの人はあれでもこのエリアを仕切ってたからね。」
なんと、そんなに恐ろしい人だったとは。無知とは本当に恐ろしい。
「だから、手を切りなさいって言いたかったんだけど・・・」
ここまで話しておいて急に言葉に詰まる椎名先輩。
「ローザは素直に話すのが苦手だからねぇ。それに、竹中くんがどんな奴なのかわからないうちは伝えられないって言ってね?」
「いやいや、ちょっと窓花、それは言わなくてもいいんじゃない?」
ちょっとだけ頬を膨らませながら抗議する椎名先輩。
「だからって・・・あんな感じで接触してこなくても良かったんじゃないですか?」
「うん、そうだね。今思えばそう思うよ。でも、もし、あんたが川井さんみたいな人間だったなら、ほっとこうと思ってね。」
「でも、私は言ったのよ?」
村雨先輩が続ける。
「一年生の一年間、学級会長をやってたんだから、そんな子じゃないと思うよって。」
「はぁ・・・、それはありがたいですね。」
実際、あの事件があったから会長をやっていたという感じになるのだから・・・。卵が先か、鶏が先か、みたいな話だ。
「まぁ、とにかく私たちが伝えたかったことはこういうことなの。」
「今まで、ごめんなさいね。そして、いろいろと気を付けるのよ?」
村雨先輩が謝りながら、注意をくれる。
「あたしも、謝るよ。あたしのやり方が間違ってた。あんたにここまで嫌がられるつもりはなかったんだ。」
俺はこの二人の先輩を完全に誤解していたようだ。意味不明に絡まれてるとばかり思ってた。そうか。だから、登校時や下校時に待ち伏せされたりしてたのか。俺が川井さんと接触するのかどうかを見定めるために・・・。
「今は、先輩たちの気持ちをありがたく受け取ることができますけど・・・。正直、あの時はどうしてくれようかと思ってましたよ?」
この二人相手に初めて笑顔を見せたような気がする。
「だよねぇ・・・。ちょっと最初、やりすぎちゃったから・・・。」
椎名先輩が落ち込んだ表情を見せる。
「でも、いきなりこんな話をしても信じてもらえなかったでしょう?」
村雨先輩の言う通りかも知れない。
「けど、竹中くん。なんで、私たちのこと信じたの?普通は信じないんじゃない?」
まぁ、普通はそうだろうな。
「そうですねぇ。まぁ、毎日のように絡まれてる最中に言われたなら信じなかったと思いますよ。でも、よくよく考えると、先輩たち二人が俺をだますメリットってないと思うんですよね。だからですかねぇ。でも、もしかすると一番の原因は、今日の椎名先輩の話し方だったんじゃないかって気がします。」
「へ?あたし?」
驚いた表情で自分の顔を指さしながら言った。
「だって、今日、しゃべり方がすっげぇ女子なんですよ。今までと違って。」
「いやぁ、いつもはさ。部活仕切ったり、ちょっとヤンチャな集団連れてるからさ。あんな感じなんだけど・・・」
「あたしと二人の時は、いっつもこんな感じで乙女なのよ、ローザって。」
村雨先輩が笑いながら椎名先輩をいじってる。まったく、ひと月前には想像できなかった光景だ。
「ちょっとぉ、それは言っちゃダメだって言ってるじゃないっ。」
「あの、余計なお世話かも知れないですけど・・・」
「ん?」
「椎名先輩、いつも今日みたいにしてるとすっげぇいい感じっすよ。それに村雨先輩も。」
素直な気持ちで二人の先輩に偉そうなことを言う。
「え?なに?どういうこと?」
「いや、言った通りですって。俺の友達に情報通がいるんですけど、そいつがこんなこと言ってたんすよ。椎名先輩はヤンキーだから彼氏なしみたいなこと。村雨先輩に関しては、椎名先輩の腰巾着って。あ、気分を害したなら謝ります。」
「あぁ、いやいや、全然気にしてないよ。ねぇ?ローザ。」
「そうだねぇ。まぁ、あたしたちが学校でしてるのは演技みたいなものだからね。別に構わないよ。それに、その情報通は間違ってるわよ?」
「間違ってましたか。」
この話を実花ちゃんが聞いたら喜ぶだろうなぁ。
「そう、実は窓花が腰巾着なんて言ってるけど、実際はあたしのほうからくっついていってる感じなのよね。」
これは意外だ。
「だって、窓花がキレたら・・・・それはそれは怖いのよ?」
椎名先輩は眉をひそめて耳打ちしてくる。
「あ、ちょっと、ローザ。何言ってるのよっ。」
村雨先輩は俺と椎名先輩を引き離そうと俺たちの間に入り込んできた。あっさり引き離された俺たちだったが、椎名先輩がそれにも挫けずにひらりと身を翻して話し続ける。
「この子はね、こう見えても合気道の達人なのよ?ケンカしたら絶対勝てないんだから。」
椎名先輩は俺の顔を斜め下から眺めてニヤリと笑う。
「合気道はケンカの技じゃありません。身を守るための武道なんです。」
村雨先輩が澄ました表情でキッパリと言った。
「ね?だから、絶対ケンカしちゃだめよ?」
なんだろう。この小一時間でまるで世界が変わってしまったみたいだ。
「あ、ちょっと、ローザ。もうこんな時間よ?」
「え?うわぁ、マズい。もうすぐ九時じゃない。早く帰らないとっ。」
「そうですね。帰りますか?何なら送っていきますよ。一応男子ですし。」
「調子に乗らないの。」
椎名先輩にポカっと頭をたたかれる。今までだったら嫌な感じしかしなかったけど、今日はなんだかすごく楽しい。こういう先輩って、いいなぁ。そして、これも今日、知ったんだが、二人の家は俺の家から割と近かったみたいだ。どうやって知ったかって?それは、結局俺が家まで送っていったから。一応、俺は男子だし。とは言っても、村雨先輩といるときはそんな心配も必要ないんだろうと思うけど・・・。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
前回と比べて長い話になっています。
一気に書きたい内容だったのでこうなってしまいました。
椎名先輩と村雨先輩との確執は解決。ということで良いのではないでしょうか。
思わぬ展開になりましたが、厄介なことに発展しなくてホッとしたというところです。
それにしても、この二人の先輩は面白い関係みたいですね。
人は見た目じゃわからないということなんでしょう。
この件を経て、竹中には心強い先輩が出来たということになるのでしょうね。
それにしても、竹中の周りには美少女が多いですね。