違う。そうじゃない。
開幕直前。
環菜と茜の話です。
こんな時間のない時にでも気になってしまう。
それが茜なんでしょう。
ここは学校の屋上。夕人が椎名先輩と話していたころ。茜と環菜は二人でここに来ていた。
「ねぇ、環菜ちゃん。」
「なに?」
「夏休みに一緒にご飯を食べた時からだよね?そんな風になっちゃったの。」
「・・・」
環菜には目立ったような反応は見られない上に、目線すら茜には向いていない。
「どうして?何があったの?何かあったからそうなっちゃったんでしょう?何でもいいから話してよ。」
必死に環菜に訴えかける茜だったが、相変わらず環菜は茜の顔を見ようとしない。
「話す?何を?」
「何をって・・・そうなっちゃった理由に決まってるでしょ?私と会って話をしているときにそうなっちゃったんだから、私に原因あるんでしょ?はっきり言って?私に悪いところがあったなら言って?ちゃんと謝るし、ダメなところは直すから。」
そう環菜に話しかける茜の目には涙が浮かんでいる。
「・・・特に何も。」
「そんなことあるわけないじゃないっ。何もないのにどうしてそうなるの?」
「何もないからよ。」
「何もない?どういうこと?」
茜は涙を流しながら必死に環菜に話しかける。この機会を逃したら二度と話ができないと思っているかのように。
「言った通りよ。私には何もない。」
相変わらず環菜からは感情が感じられない。
「何言ってるの?環菜ちゃん。環菜ちゃんにはいっぱいあるよ。お勉強もできるし、優しいし。なんで何もないっいうことになるの?」
「優しい?」
「うん、そうだよ。優しくてちょっと寂しがりな女の子でしょ?」
茜はそう言って環菜の両肩をしっかり掴んで自分のほうに体を向けさせる。ここでようやくか茜と環菜の目が合った。
「だとしたら、何だっていうのかしら。」
虚ろな目。何を考えているのか全く読めない目。いや、考えることを拒否しているような目。そんな環菜の目を茜はしっかりと見てしまった。
「どうして・・・自分の殻の中に閉じこもろうとするの?何をそんなに怖がっているの?私じゃ環菜ちゃんの話を聞くには不足?」
茜は環菜の中にある何かに気が付いたみたいだ。
「不足?さぁ。わからない。」
その時、環菜の表情が少しだけ、ほんの少しだけ苦悶の表情を浮かべたことに茜は気が付かなかった。
「ごめん。本当はもっとじっくり話をしたいんだけど・・・今はあまり時間がないの。また後で。絶対にまた後で話そうね。約束だよ?環菜ちゃん。」
「・・・」
環菜からの返事はなかったが、拒否をする言葉も返っては来ない。茜は一方的に約束を取り付けて、屋上から出て行った。
「約束・・・か。」
わからない。茜はどうしてそんなに私のことを考えているの?
他人のことなんてどうでもいいのに。
今は茜のほうがやらなきゃいけないことがあるのに、どうして他人のことを考えることができるの?
私のことなんてどうだっていいのに。
放っておいてくれたならもっと楽な毎日なのに。今の私は学校に来ることだって苦痛だ。
他人と関係を持つことすら面倒だ。できることなら一人になりたい。そうすれば傷つけられないで済むし、考えないで済む。
でも、だったらどうして?
私は茜のことをそんなに考えるの?
茜がしつこくて嫌悪感を持っている?
厄介だと思っている?
たぶん違う。茜が羨ましい。
そう、いつもその気持ちだけはあったような気がする。
二年生になったばかりの時、茜は夕人くんと仲が良さそうに話をしていた。小町とも話していた。私は上手く話せなかったけど。あっという間に夕人くんと仲良くなっていた。
ズルイ。私だって夕人くんと仲良くしたいのに。
違う。そうじゃない。
茜のあの明るさ、綺麗さ、優しさが羨ましい。あんな風になりたい。そう思ったんだ。茜になりたいって思ったんだ。でも、私は茜にはなれない。どうあがいても茜のようにはなれない。
どうやって演じたらいいのかわからない。
今は少しわかる気がする。
茜は私なんかよりもずっと素晴らしい人間だ。
私ごときが彼女を演じられるわけがないんだ。
あぁ、あんな人になれたらいいのに・・・
環菜はその場で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
困ったものです。
茜の気持ちが伝わらないような環菜ではないはずなのに。




