もう・・・帰ろう
環菜と茜。
この話の中心的な存在である二人です。
いい意味で対照的な二人です。
「環菜?大丈夫?具合とか悪いの?」
そうだった。今は茜とご飯食べてたんだっけ。どのくらい考えてたんだろう。
頼んだチャーハンが冷たくなってる。茜が私の顔を見つめている。
あ、茜のご飯も減ってない。もしかして、ずっと私のこと心配して待っててくれたの?
「ゴメン、茜。私・・・考え事してた。」
「そうみたいだね。そんなにじっくり考えちゃうようなことだったの?」
「うん。今までずっと考えていたことなの。」
「そっか。私もね、考えることあるよ。昔のこと。今の私になる前の私のこと。」
意外だった。茜にもそんなことを考えるんだ。それに今の私になる前の私って?
「そうなんだ・・・」
「そう。みんなそんなもんだよ。」
「そういうものかな。」
「ホントにどうしちゃったの?いつもの環菜ちゃんじゃないみたい。」
『いつもの環菜ちゃんじゃないみたい。』って。また言われた。そう言われても・・・いつもの私・・・本当の私。一体どんなのが皆の知っている私なの?
「本当の私って、どんな私だろう。」
茜に聞いても分かるわけがないのに。でも、聞いてみたい。
「え?そうだなぁ。本当のって聞かれてもわからないけど。・・・そうだなぁ。私の想像だから違ってたらごめんね。」
「ううん、いいよ。お願い。」
聞いてみたい。もしかしたら茜の言葉がヒントになるかもしれないから。
「えっとね。」
そう言って軽く咳払いをする。
「うん。」
「怒らないでね?私の印象はね、強気に見えるけど本当はとっても繊細。本音が言えない女の子。そんな感じかな。」
笑顔で見つめてくる。そっか。茜はそう思うんだ。
なら、きっと私はそういう子なんだろう。もう、本当の自分なんてよくわからないけど。
それなら、せめて演技するのはやめよう。
今までの私を演じるのはもうやめよう。
本音が言えない?その通りだと思う。
本音を言って嫌われるのは嫌だ。
いじめられるのも嫌だ。
そうなるくらいなら友達なんかいないほうがいい。
「あれ?怖い顔してどうしたの?もしかして、怒っちゃった?」
そんな顔してたの?
「怒ってないよ。ただ、そうなんだって思ったの。」
「うん、なんとなくだけどね。」
そう言って舌を出して笑う。やっぱり茜ってすごく可愛い。私なんかがかなう子じゃない。
「そっか。わかった。」
それなら、いっそ今までの関係を全部断ち切ってしまえば・・・やっぱりイヤだ。あんなに楽しかったものを全部無かったことにするなんて。そんなのイヤだ。
「本当に大丈夫?やっぱり私の言ったことが原因かなぁ?」
心配そうな表情で見つめてくる。
「うん。」
本当は大丈夫じゃない。そっか。全部を断ち切らなくてもいいんだ。少しずつ距離を取っていくように離れて行けばいいんだ。昔みたいに・・・
「やっぱり大丈夫そうには見えないよっ。」
どうしたんだろう。
すべての感情が消えていくみたい。
周りから色が消えていく。
そうだ。思い出した。
私は昔からこうやって自分を守ってきた。
だったらこれからもそうしていけばいい。
簡単なことだ。
「大丈夫。私は。」
「え・・・環菜・・ちゃん?」
驚いたような表情で私を見ている。どうしてそんなに驚く必要があるの。これが私なのに。
「ご飯、冷めちゃったね。」
そう言って、冷めたチャーハンを一口食べてみる。
美味しくない。味なんて感じない。
でも、もう私は傷つかないで済む。ただ黙々とチャーハンを口に運ぶ。
「・・・ねぇ、環菜ちゃん・・・だよね?」
「そうよ。もちろん。」
「違うよ。そんなのは環菜ちゃんじゃない。どうしちゃったのっ。」
「どうしてそんなに慌てているの?」
慌てることなんてないのに。これが本当の私なの。
「だって・・・だってっ。」
「・・・大きな声を出すと、周りの人たちが驚くわよ。」
「・・・・環菜ちゃん・・・壊れちゃったの?」
壊れた。どうしてそう思うのだろう。私は私なのに。演じるのをやめただけ。
「そんなことないけど。食べないのかしら。」
「あ・・・、うん。食べよっか・・・」
そう言って茜も食べ始める。今になって気が付いたけど、親子丼を食べようとしていたんだ。
「冷めちゃったね・・・本当に。」
「そうね・・・でも、食べちゃえば一緒だよ。」
茜が一口か二口食べたところで箸をおいた。
「こんなの・・・環菜ちゃんじゃないっ。」
そう言って席を立つ茜。もしかして帰るのだろうか。
「帰るの?」
「うん。今日の環菜ちゃんは絶対に変。」
「そう。わかった。ごめんなさいね。呼び出したのは私なのにね。」
「・・・環菜ちゃん。ちゃんと戻ってきてね。」
そう言って、茜は帰っていった。
「戻る?どこに。」
私はちゃんと戻ってきた。本当の私に。
なのにどうして?どうして・・・目の前の景色がボヤけていくの?
もう・・・帰ろう。
茜がいないならここで食べても仕方がない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
環菜が壊れました。
壊れたというよりは心を閉ざした。
そう言った方が正しいのかもしれません。
茜はどう思ったのでしょう。




