絶対に言えないよ
あの日。
あの時。
あの場所。
その時の出来事を茜の目線でご覧ください。
私の秘密。
誰にも言えない私と夕人くんの秘密。
夕人くんは別に秘密なんて思ってないのかもしれないけど。
時間はちょっと遡ってあの日の夜。
「あ、宿題はちゃんと持った?」
宿題って?
「あ・・・」
忘れたー。机の上に出しっぱなしにしてきちゃった。早くとってこないと。
「まったく・・・」
夕人くんが呆れちゃってる。
急がないと。部屋まで走って机の上にある夏休みの宿題を椅子に掛けてあるカバンに入れる。あとは、鉛筆と消しゴムと、えっと、何持てばいいのかな?
あ、さっき見てもらおうかと思ってた小学校の卒業アルバムも持って行こうかな。
「よいしょっと。」
卒業アルバムを手に取ってカバンに入れようとした。
「あれ?入らない?もうっ。このカバンじゃちっちゃいよ・・・」
もう少し大きめのカバンとかなかったかな?
茜はゴソゴソとクローゼットの中から少し大きめのカバンを探し始め、急に手を止めた。
・・・やめよう。
やっぱり持って行かない。重たくなるし。それに・・・私はあまり写ってない。
「これでいいよね。」
夕人くんのお家にお泊り。さっきお母さんとも話してちゃんと許可をもらった。夕人くんがいろいろと段取りしていてくれたおかげだよね。
それにしても、こんなことになるなんて思ってもみなかった。夕人くんってホントに優しい。一人でのお留守番には慣れてるけど、やっぱり夜になると寂しい。特にみんなと楽しく過ごせた日の夜なんか・・・初めの頃はベッドでよく泣いちゃってたもん。
あ、でも、夕人くんのお家に行くんだったら可愛い格好しなきゃ。
服は・・・大丈夫。可愛い・・と思う。
あ、下着っ。こんな子供っぽいのじゃダメかも。たしか、持って行くのは結構かわいいのにしたから、今はどんなの着けてたっけ?
・・・これはダメだよ。ちゃんとしたのにしないと。
「そうそう、コレコレ。お気に入りのひとつ・・・」
って、私は何を考えてるの?
そんなことできるわけないじゃない。
夕人くんのお家にはお母さんがいるのよ?
・・・ってそうじゃなくって。
うん、でも、可愛いほうがいいよね。・・・きっと見られることはないけど、気持ちの問題だよっ。
うん、そう。そうだよね、お姉ちゃん?
茜はパパッと服を脱いで下着を取り換える。
よしっ、準備オッケー。
あ、髪が・・・直さないと。
今度は鏡に向かって髪型を手早く整えていく。女の子の準備は大変だ。
「よしっ、今度こそ大丈夫。」
急がなきゃ。結構待たせちゃってるよね。どこで待っててくれてるかな?玄関にいるかな。もしかして外に出ちゃってるかな?
茜は慌ただしく部屋を出て階段を下りていくが、玄関に夕人の姿は見えない。
あれ?玄関にはいない、居間にいるかな?
「ゴメン。今度こそ大丈夫。」
よかった。こっちにいてくれた。待たせちゃってごめんね。
「忘れ物はない?また戻ってくればいいけど、結構遠いからね。あ、自転車あるっけ?」
夕人くんがソファから立ち上がる。自転車はあるけど・・・話しながら行きたい。
「う~ん、あるんだけど・・・今ちょっと調子悪いんだよね。だから歩きでもいい?」
夕人くんが玄関に向かって歩き出すから私も付いていく。
「いいけどさぁ。歩くと30分くらいかかるよ?」
「うん、いいよ。・・・でも、後ろに乗せてくれたら嬉しいなぁ。」
じゃ、お姉ちゃんがしてたみたいに、自転車の後ろに乗ってみたい。あれってちょっと憧れてたんだよね。
「いいよ。でも、オシリ痛いかもよ?」
「ううん、大丈夫。自転車の後ろって、乗って見たかったんだ。」
「そうなの?思ってるよりいいもんじゃないと思うよ?」
「いいのっ。乗って見たいのっ。」
そういうのじゃないの。夕人くんの後ろに乗りたいの。どうしてわかってくれないのかなぁ。
「わかったって・・・」
やった、やっぱり夕人くんは優しいよね。そう言ってくれると思ってた。もう、私のこの気持ちは止められないよ。実花ちゃんに言った通りになっちゃう。
「ねぇ・・・、どうして、そんなに優しいの?」
「え?いや、それはさ・・・わからん。まぁ、そういうヤツだってことだよ。気にするな。」
靴を履きながら言うから表情が見えないじゃない。もうっ、どんな顔して言ってるの?もっと顔見せてよ。
けど、夕人くんってそういう人だよね。
「ね、夕人くん。」
「なに?」
優しい夕人くん。大好きっ。そう思ったらもう抱き付いちゃってた。私は何も言ってないのに。一言も寂しいなんて言ってないのに。それでも私のことを考えてくれてこんなことまでしてくれる。
こんな人、絶対いないよ。そう思ったら嬉しくて涙が出てきちゃう。
「!!」
驚いた表情の夕人くん。そりゃ驚くよね。
「・・・ゴメンね。・・・でも・・・(環菜ちゃん、小町ちゃん。私も夕人くんが好きなの。)」
ホントに好き。
もう止められない。
夕人くんの顔を見たら我慢できない。
今度こそキスしちゃおう。
さっきはできなかったから。
ホントにしちゃった。
私のファーストキス。こんなとこでしちゃうなんて、私って悪い子かも知れない。
ちょっと悔しいけど、夕人くんは初めてじゃないんだよね?あれはアクシデントかも知れないけど。でも、いいの。私は後悔してない。
夕人くんは・・・どう思ってるかな。
嫌がってる?
怒ってる?
驚いてる?
「あ、え?茜?」
夕人くん、凄く驚いてる。もしかしてイヤだった?
ダメ、離さない。私の気持ち、わかって。
「夕人くん、好きだよ。」
え、私、言っちゃった?
夕人くんにわかって欲しかったけど、今は言うつもりじゃなかったのに。
どうしよう・・・抜け駆けしちゃったかも。
こんなのフェアじゃないっ。
「あかね?」
「な~んてね。冗談だよぉ~。驚いた?」
ホントはウソじゃない。どうしてこんなこと言っちゃうの?
やっぱり、ちゃんと伝えたいっ。でも・・・ごめんね夕人くん。今はまだ、こうやってごまかすしかないの。
ううん、キスしたことは後悔なんてしてない。
でも、このタイミングでの告白は恋のライバルに顔向けできないから。
「え?」
怪訝そうな表情を浮かべる夕人くん。
そりゃそうだよね。私だったらキスしといて冗談なんて言う男の子いたらぶっ飛ばしてやるもん。
「えへへ~、また騙されちゃった?」
渾身の演技、見せてあげる。
将来は名女優になれちゃうんじゃないかっていうくらいの。
でも、こんなウソって辛すぎる。
ダメ。
また涙が出ちゃう。
見られたら演技してるのがバレちゃう。
クルッと夕人に背を向けて天井を見る茜。
大丈夫。これで見られない。きっとごまかせたはず。
「騙した・・・の?」
ううん、そんなことないよ。夕人くんのほう見て上手に言わないと。笑顔を浮かべてちゃんと言ってば・・・
「えへっ。」
ダメじゃん。全然うまくないし。
「えへって・・・でも、茜ってそういう子じゃないよな。」
夕人くんが真顔で言う。そうだよ。そんなことできないよ。でも・・・
「そうかなぁ?」
今できる精一杯で恍けて見せる。
「そうだよ。北田さんの時にアドバイスくれた茜を知ってるから。」
えっ。それってもしかして・・・
「『女の子にとって告白するっていうのは、かなりのエネルギー使うんだよ。』って言われたことだよ。ちゃんと覚えてる。」
覚えててくれたんだ。そんなに昔のことじゃないけど、あんなにイライラしてた最中に私が言ったたった一言を?
「そ、そうだよ。あ~あ、エネルギー使って疲れちゃった。・・・だから、後ろに乗せて?それだけでいいから。」
また・・・そんな優しいところを見せるなんて。反則だよ。
「わかった。・・・じゃ、行こうか。」
そう言って私の大きいカバンを持ってくれる。夕人くんってスゴイ。絶対に私が言ったことウソじゃないってわかってる。でも、今は私の脚本に乗せられてくれてる。
ねぇ、私のこと、本当はどう思ってるの?
「ちゃんと鍵かけろよ?」
「わかってます~。」
もうっ、さっきまでのことを無かったかのようにしちゃうの?それはそれでちょっとヤダ。
「さ、後ろ乗ってよ。ちょっと急がないとうちの親も心配するし、茜のお母さんも心配するよ。」
「え?なんで?うちの親にはもう電話したから・・・」
軽く笑いながら夕人くんが言った。
「茜が家に着いたらうちの親からちゃんと電話することになってるんだよ。『大事な娘さんをお預かりします。』ってね。」
そっか。やっぱり夕人くんってスゴイな。私だったらこんなことできないもんね。
お姉ちゃん、私が好きになった人にはライバルがいっぱいいるけど、こんなに私のこと考えてくれる人なんだよ?
「そうなんだ・・ありがとね。ホントに。」
「気にするなって言っただろう?それに、俺が考えたことじゃないよ。俺の母親の考えだよ。」
ちょっと照れくさそうに鼻の頭を掻いたり、頭を掻いたりしている。この癖って、ちょっと困ってるときにいつも夕人くんがするヤツだ。
「そっか、でも、アリガト。夕人くん。」
自転車の後ろに乗って両腕で夕人くんをしっかり抱きしめる。さっき抱き着いた時も思ったけど、夕人くんの体って結構おっきいんだぁ。
言えないよ・・・
絶対に言えないよ・・・
環菜ちゃんには絶対に言えないよぉ・・・
時間は10時半を過ぎている。
「もう行かないと・・・待ち合わせに間に合わなくなっちゃう。」
茜は重たい足取りで玄関に向かった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
茜の心の声、聞いていただけましたか?
自分に正直になった茜は他の誰よりも積極的です。
一応、環菜と小町よりは対夕人戦を大きくリードしています。




