番外編2-4 ある夏の日の強い日差しと伝えられない想い
喫茶店でのお話の続きです。
俺たちはコーヒーを飲みながら話をした。夏休みの宿題の話や、二学期の話、宿泊研修の思い出話なんかだ。でも、昨日までのお泊まり会の話はしていなかった。
「あのね?聞きたいことあるの・・・だけれど・・・」
急に声のトーンが下がる。
「ん?何?急に改まって。」
改めて環菜が聞きたいことってなんだろう?
「あ、あのね?えっと・・・その・・・」
「どした?」
不思議に思いながら環菜の顔を見る。みるみるうちに環菜の顔が赤くなってくる。一体何の話だ?俺の方が身構えてしまうじゃないか。
「あ・・・の・・・」
「ん?」
「ごめん、やっぱり、いい。」
「なんだよ。気になるじゃないかよ。話してくれよ。」
フゥッと息を吐きながら環菜を見る。環菜はうつむいたままで俺の顔を見ようとしない。こんな環菜のしぐさを見たのは初めてだ。
「・・・うん。ごめんね、怒らないで聞いてくれる?」
「へ?何、俺が怒るようなことなの?」
「ううん、わかんない。もしかしたら・・・かも。」
うーん、いまいちわからない。はっきり言ってくれた方がスッキリするんだけどな。
「よくわかんないな。」
その言葉を聞いて環菜がハッとしたかのように顔をあげる。
「ごめんなさい。」
「いや、謝られても困るんだけどさ。」
「一昨日の夜のこと・・・なんだけど・・・」
「一昨日の夜?なんの話だ?」
一昨日の夜のことを思い出して見る。お泊まり会二日目の夜のことだ。あの日はオセロ大会だったな。翔と例の乗り物の構造を考えていて・・・うーん、なんだったっけ?
「覚えて・・・ない?」
「うん、なんだっけ?」
「そっか。うん、いいんだ。」
「いいの?」
「うん・・・。やっぱり、・・・ダメ。」
「なんだそりゃ?なら、はっきり言ってよ。」
なんだろうな。思い当たることもないし、って俺が忘れてるだけなんだろうけど。
「うん。じゃ・・・聞かせて、あの時のこと。」
「いいよ、なんの話?」
俺は普通にそう聞いたんだけど、環菜にとってはとても重要な話だったみたいだ。
「あのね?・・・夕人くん、あの時、私に言ったの。『何を考えているのかさっぱりわからない。今も昔も。理解できない。』って。」
思い出した。確かにそう言った。そっか。そのことだったのか。
「あぁ・・・言ったね、確かにそんなこと。」
「うん、そして、夕人くんはそのまま部屋に行っちゃった。」
「そうだったかな。」
「うん、そうだったの。それでね、その言葉の意味をちゃんと聞きたいなって思ったんです。教えてくれますか・・・」
環菜は思いつめたような表情で俺の顔をじっと見ている。これは、俺もちゃんと答えないといけない。そう思った。
「いいけど・・・」
「お願い・・・します。」
「あぁ、うん。」
環菜は少しだけ目を俺から逸らしてじっと言葉を待っている。なんて言えばいいんだろう。はっきりと素直に行った方がいいんだろうか。それともオブラートに包むかのように柔らかく言うべきなんだろうか。
「あのさ、環菜が聞いてきたから言うよ。本当は俺がこんなこと言う必要はないと思うんだけどさ。」
「ううん、夕人くんの口から直接聞きたいです。」
環菜は逸らしていた目を俺に向けてじっと見つめて来る。
「はぁ。わかったよ。じゃ、逆に聞くけど、あの時俺が言ったこと、他には覚えてる?」
「うん、多分。」
「あの時の俺はさ、いつもの環菜っぽくないって思ったんだ。なんだか元気もないみたいだったし、お昼ご飯を作る手伝いも一人だけしてなかったし。なんか俺の知ってる環菜とは違うなって。そう思ったんだ。」
俺は思っていたことをはっきりと口にすることにした。それがどう言う結果を招くのか。それは俺にはわからないけど、環菜がそれを求めてきたんだから応えなきゃいけない、ただそう思ったんだ。
「うん、そう・・・言ってたね。」
「そう、そうしたら環菜に言われたんだ。『私は立派な人間じゃないし、いろいろある。俺にはわからない。』ってさ。」
あれを言われた時は正直ちょっとショックだった。そりゃ、他人のことを全部わかるなんてそんな大それたことを考えてるわけじゃないさ。でも、環菜とは委員会でも一緒だったし、他の女の子よりもずっと長い時間を過ごしてきてた。だから、わかっているつもりでいた。それが全否定されたみたいで悲しかったんだ。
こんなめんどくさいことを考えてるなんて、言葉にはしたくない。
「うん。」
「そう。だからさ、俺にはわからないって言ったんだよ。今も。昔も。きっとこれからも。」
「今も、昔も、これからも?」
環菜は大きな目を見開いて俺の顔を見て言った。
どうして。どうして全部は言葉にしてくれないんだろう。夕人くんはきっともっといろいろなことを頭の中で考えているはずなのに。
それに、これからも、だなんて。そんなの悲しすぎる。
環菜は夕人の顔を見ながらそんなことを感じていた。
ただ、それはお互い様だろう。夕人も環菜も、本当の意味で気持ちのすべてを言葉にはしていない。いや、できないのだ。それが人間で、中学生で、そして夕人であり、環菜なのだから。
「うん。」
これからもって言うのは今言った言葉だけど、うん、そう言うことだ。
「そ・・・っか。」
環菜はそう言って俯いた。
「そう。わかったつもりになってた。環菜がさ、いい子なんだって言うことはわかってるつもりだよ。勉強もできるし、性格もいいし、運動もできる。男子からも女子からも好かれる素晴らしい女の子だってことはわかってるつもりだ。」
環菜は俯いていて俺の顔を見ていないけど、俺は環菜を見ながら話しかけていた。
「そ、そんなこと・・・ない・・・と思う。」
「どうなんだろうね。環菜はきっと色々考えてるんだと思う。どうしたら上手にやっていけるのか、みんなとうまくやっていけるのかって。」
「どうして?」
環菜が驚いたように顔を上げて俺を見る。
「だって、俺もそうだから。俺も色々考えてる。俺ってあんまり友達多くないし、その、うまく付き合えないところもあるんだ。」
「そんなことないと思うけど・・・」
「そう?俺と同じ小学校出身の友達っていないでしょう?」
少しだけ自嘲気味に夕人が言った。
「え?そう・・・かな?」
「うん、そうなんだよ。今、俺と仲良くしてくれてるのはみんな他の小学校出身の奴らなんだ。」
「でも、どうして?」
環菜は理由が思いつかないと言った感じで夕人を見ている。
「・・・色々あるってことだよ。」
夕人は環菜から目をそらして窓の外を眺めた。
少しだけ沈黙が流れる。カップの中の氷がカランと音を立てた。
「私は、今の夕人くんはいい人だと思う。」
環菜が沈黙を破るように言った。
「ありがとう。素直に嬉しいと思うよ。でも、本当にいい人って言われるような人間なのかはわからない。」
夕人は窓の外を見たまま、何かを考えているかのように答えた。
「でも、私はそう思ってる。」
「そっか。俺も、環菜のことをそう思っていたけど。でも、環菜自身に否定されたんだ。だから、環菜のことがわからないって言ったんだよ。」
そう言って環菜の顔をじっと見る。
「そ、それは・・・」
「な?同じだろ?わからないんだよ、人のことってさ。そりゃ、わかるわけないさ。自分のことだってわからないんだからさ。でも、わかったつもりになってた自分がいたのも事実なんだ。環菜とは・・・結構付き合いも長いから。と言ってもせいぜい一年だけどね。」
そう言って夕人は軽く笑った。
「そうだね。まだ一年くらいだね。」
「そう、たった一年なんだよ。」
「結構、色々あったと思うけどね。」
「・・・そうだね。」
色々ありすぎたと思う。出会いのことも含めて、俺たちは普通の出会い方じゃなかったし。翔や実花ちゃんとと一緒に遊びに行ったこともあった。そして・・・
「ねぇ、夕人くん。」
「なに?」
環菜は夕人の顔をしっかりと見ながら話し始める。
「私はね、夕人くんが思っているような女の子じゃないと思う。」
「ん?」
「あのね、私は・・・ずるいの。」
「ずるい?」
夕人には環菜が言いたいことがわからないようで首を傾げている。
「うん、今だって、夕人くんのことより、自分が傷つかないように言葉を選んで、話してる。と思うの。」
「そうなのか?」
「わからない。わからないけど、私はみんなのことが羨ましいと思う。実花ちゃんのあの明るさや、小町ちゃんの素直なところとか、茜の大人っぽいところ。それから杉田くんのすごく勉強のできるところに、夕人くんの・・・」
そこまで言って環菜は言葉に詰まったかのように急に口ごもった。
「はぁ、まぁさ、人間ってそんなもんじゃないの?みんな誰かの何かに憧れるもんだよ。俺もいつも悩んでる。」
夕人も言葉を選びながら話しているんだろう。いつもよりも少しゆっくりと、一言ずつ話した。
「うん。」
「そういうもんじゃないかな。」
「そうなのかな。」
「わからないけど、多分そうだよ。」
窓の外では相変わらず夏の日の強い日差しが降り注いでいた。
うーん、夕人が頭の中で考えていることを言葉にしなかったところがずるいですね。
それを言葉にしていたら・・・また違う展開になるような気もするんですが。




