思わぬ急展開
夜に二人っきり。
この言葉だけ聞くとロマンティックな響きです。
実際は話をしていたり、オールナイトの映画を見たりといったことが多いのでしょうけど。
あぁ、大人ならば朝日がのぼるまで呑むなんてこともあるでしょうね。
でも、夕人はまだ子供ですから。
心配無用です。
どのくらいそうしていたんだろう。
そう長い時間ではなかったと思うけど。茜がふと頭を持ち上げて俺を見ながら言ってきた。
「夕人くんってみんなにこんなことするの?」
「は?なに?どういうこと?」
すごく近くにある茜の顔。すごく綺麗だ。
「だから。女の子みんなにこうやって優しくするの?」
「いや、みんなにっていうわけじゃないと思うけど・・・」
女の子みんなにこんなことしてたらまるで変態なんじゃないか?
「そうかなぁ。自覚してないだけじゃないの?」
「そんなことはない。と思う。」
「だといいけど・・・こんなことばかりしてたら、女の子みんなが夕人くんのこと好きになっちゃうかもよ?」
「へ?みんな?」
それはないだろう。大体、俺はそんなにモテないぞ?
「そう。私だって好きになっちゃうよ?」
そう言ってじっと見つめてくるその笑顔は男子みんなを虜にしそうだ。
「冗談はやめてくれよ。」
「冗談に聞こえたの?」
上目遣いでこちらを見てくる。
「・・・え?本気?」
「・・・だったらどうする・・・?」
ちょっと悪戯っぽい笑顔で聞いてくる。おいおい。なんだか話が変な方向に向かってないか?
「いや・・・そう聞かれても・・・なぁ。俺は茜のこと大切な友達だと思ってるし、それは小町も環菜も一緒で。だから、そう。そういうことだよ。」
「私のこと・・・キライなの?」
なんでそんな潤んだような目で見てくるんだよ。
「いや、ほら、キライとかは全然ないよ。むしろ好きだよ。いや、もう、なんだよ。友達として好きっていうことで、あぁ、なんだよもう。」
俺は何言ってるんだろう。もうわけがわからなくなりそうだ。
「私のこと好き?」
そう言って今までよりももっと距離を詰めてくる。おいおい、近いってっ。
「え・・・」
好きだけど。
でも、さっきも言ったように友達としてだし。
待ってくれって。そんなこと言われても、ほら、心の準備っていうものが必要であって、突然言われてもさ。思わず茜から離れそうになる。
「ふふっ、うふふ・・・あははは。」
突然笑いだす茜。
「・・・え?なんで笑う?」
「ごめんごめん。ちょっと試してみたの。」
なんだよ。ちょっと本気にしたじゃないか。どういうつもりなんだよ。でも、何故だかホッとしたような気がする。
「びっくりさせないでくれよ。」
「びっくりした?」
そう言って笑いながら俺の肩をバシバシとたたく。
「そりゃ、驚いたよ。茜だって同じことされたら驚くだろ?」
「・・・だねぇ。驚くわ。」
何をしみじみと言ってるんだよ。
「っていうか、なんでこんなことしたん?」
冗談にしては茜らしくないし、どういうつもりでこんなことをしたのか聞いておきたい。
「ん~。夕人くんがどんな人か確かめようと思ってね。」
「はぁ。意味がわかんない。」
確かめるってこんな方法で?それに何を確かめたかったんだ?
「まぁまぁ、細かいことは置いといてさ。本題はこれからだよ。」
「まだ続くんか?」
「もちろん。夜は長いからね。」
一晩中続けるつもりかよ。勘弁してくれ。
「夕人くんは、実花ちゃんをどう思ってるの?」
「実花ちゃんのこと?う~ん。どうって聞かれても・・・大切な友達だなぁ。」
考えるまでもなく友達だよ。でも、なんでこんなこと聞くんだ?
「じゃ、小町ちゃんは?」
「もちろん友達だろ?なんでそんなこと聞くんだよ。」
「んじゃ、私は?友達でいいよね?さっきもそう言ってたもんね。」
「あぁ・・・そうだね。」
もう、いいよ。みんな友達だって。
「・・・じゃあさ。環菜ちゃんは?」
やっぱり、そうなるんだよな。この流れになった時に聞かれるとは思っていたけど、あんまり聞かれたくなかったなぁ。
「友達かな。」
「友達ねぇ。そっか。まるで用意してた答えみたいだね。でも、ま、今はいいよ。そう答えるしかないもんね。」
そう答えるしかない、か。そりゃそうだ。
「それを聞いてどうしたかったんだよ。」
「んとね。聞いておきたかっただけだよ。夕人くんの気持ちをね。」
「俺の気持ちを聞いたってどうしようもないだろう?みんな友達だし、特別な感情も無いわけだからさ。」
「まぁねぇ。この前のなっちゃんの時もそうだったもんね。」
なっちゃんって言うのは北田さんのことだろうな。
あのことはもういいよ。悪い子じゃないと思うし、違う出会い方をしていたなら、もっとちゃんと友達でいられたとは思うけど、今となってはそれすら難しいのかもしれない。
「そのことは、もうやめようよ。」
「足草くんが悪いよね。あれは。そうじゃなかったらもっと普通に仲良くなって、私たちと一緒のグループでいられたのかもしれなかったけど・・・でも、無理かなぁ。あの後のなっちゃんの友達の対応がねぇ、マズかったよね。」
「うん、あれは正直厳しかったよ。どうしたらいいのかわからなかったしさ。でも、茜のおかげで助かったよ。」
あの時の助言がなかったら俺はもっとひどい態度をとって、北田さんをもっと傷つけていたかもしれない。
「でもね、わからないことがあるんだよね。」
「わからないこと?」
「そう。なんであの後、突然あんな感じで終わっちゃったの?私が風邪で休んでる間に何かあったの?」
そっか。知らないんだよなぁ。といってもあの時のことは話せないよ。北田さんにとっても誰にも知られたくないことだろうし、俺が話していいことだとも思えない。
「いろいろあったんだよ。」
「いろいろねぇ。実はちょっとは知ってるんだなぁ、私は。」
どうだと言わんばかりに胸を張る。その中学生とは思えない立派な胸に思わず目が行ってしまう。いい加減、俺の隣に座ってる必要もないんじゃないのか?
「と、とにかく、いろいろだよ。」
胸の凶器から目をそらして誤魔化す。そのシャツってサイズ合ってないだろう。少し小さいんじゃないか?
「そうねぇ。やっぱりなっちゃんちに行ったときに何かあったんだねぇ。」
飲みかけの熱血飲料を思わず吹き出しそうになる。
「な・・・」
「だと思った。」
「なんで知ってるのさ。」
「ん~~。なんででしょうね?」
恍けた顔でそう言われても困る。どうして知ってるんだ?本人から聞いた?それともデコリンから?
「どうしてそのことを?」
「カマかけただけだよ。」
「・・・・・・」
まただ。誘導尋問に引っかかるなんて情けない。
「夕人くんってさ。結構かっこつけしーだよね。」
「はぁ?どういう意味?ってか、その話の繋がりってどういうこと?」
「だってさぁ。なんか無理してる気がする。いろいろとね。自分一人で何とかしようとするし、女の子にいいとこ見せようと思ってない?」
それはそうかもしれないけど。それと今の話って関係あるか?
「妹がいるせいだよ。たぶん。」
「ううん、そうじゃないと思うよ。必要以上に大人っぽくしようとしてない?なんていうか背伸びしてる感じ。もっと、思っていることをちゃんと言ったほうがいいと思う。」
「そうかなぁ。」
「そうだよ。でも、そういうところも嫌いじゃないな、私はね。環菜ちゃんもそういうとこあるし。でも、環菜ちゃんよりは夕人くんのほうが自然かなぁ。」
なんで環菜の話が出てくるんだろう。
「俺と環菜は違うと思うけど?あいつは大人っぽいよな。俺は・・・確かに背伸びしてるかもしれないけどさ。」
認めたくない気持ちはあるけど、確かにいろいろと思い当たる節がある。大人っぽく見せたいという気持ちがあることは否定できない。
「そうだね。全くおんなじってわけじゃないね。環菜ちゃんのほうが頑なだと思う。夕人くんのほうが翔くんのおかげかな?少しナチュラルな感じがするかもね。」
翔のおかげか。あいつには色々助けられてるしなぁ。
「環菜ちゃんも、もう少し素直になれたらいいのにね。小町ちゃんみたいに。」
茜が再び体育座りをする。
「小町は素直すぎだよ。そこが可愛いとこだと思うけどね。」
「だよねぇ。小町ちゃんってかわいいよね。私は小町ちゃんのことが好きだよ。あの可愛らしい感じは羨ましいもんね。」
「たぶん、小町も茜のこと、好きだろうなぁ。それで茜のことを羨ましいと思ってると思うよ。」
二人はお互いが持っていない部分を持っているような二人なんだと思う。
「そっかなぁ。そうでもないと思うけどね。」
「いやぁ、そうだろう?例えば・・・」
そう言って思わず茜の胸に視線を落とす。
「えぇっ、そういうとこ?」
そう言って胸を両手で隠しながら立ち上がって俺から距離を取ろうとする。
「な、なんだよ。小町がいつも羨ましそうに見てるじゃないかよ。」
「だとしてもっ、そんなにじっと見られたらイヤだって。」
そう言いながら、後ずさりして初めに座っていたソファに戻る。ちょっとマズったか。
「いやぁ・・・ゴメン。悪気はなかったんだけど・・・」
目線を茜の胸から逸らして右手で軽く頭を掻く。
「でも、夕人くんになら見られても平気かなぁ。」
「今言ったことと、さっきの行動が一致してませんが?」
俺に見られても平気って感じじゃなかったけどなぁ。
「あれ?そうだっけ?」
思いっきり立ち上がって胸を隠してたではないですか。既にお忘れなのですか?
「悪かったって・・・」
「いやぁ、夕人くんならいいよ。他の男子たちからいっつもそんな感じで見られるのはちょっと嫌だったんだよ。すんごいエッチい目で見るんだよ?」
どうして俺ならいいのかはわかりませんが、いつもそんな感じで見られてるんですか。そうですか。
そして、それは小町にとっては自慢以外の何物でもないと思うのは気のせいですか。
「それは・・・大変だなぁ。」
「大変なんだよ?更衣室なんかでは女子からも見られるしさ。」
そうですか。確かに素晴らしそうなお胸様のようででございますからね。いや、実際そうなんだろうけどね。
「そか。」
「でさ、結構なっちゃんもすごいんだよね。似たような感じかも。」
おいおい。男子に対してお胸トークはイカンでしょう。というかそんなこと言われたら記憶が蘇ってしまうではないですか。
「・・・・・・そか。」
「あ・・・ヤバいね。他の女子のこと言ったら。・・・あれ?もしかして、何か思い当たることでもあるの?」
「ありませんです。」
「むむ、あると見た。」
そう言ってソファーテーブルに両手をついて迫ってくる。
「ありませんです。」
「こりゃ、絶対あるね。」
勝手に一人で納得してソファに腰を下ろし手足を組む。
「ありませんです。」
「その否定の仕方は怪しいね。なっちゃんとそういうことあったんだぁ。なるほどねぇ。」
そう言って頷きながら俺の顔をじっと見つめてくる。本当に勘弁してくれよ・・・
「はいはい。そうですね。そうかもしれないですね。」
「ふーん、でも、なんでそうなるのかわかんないなぁ。仮にそんなことになってたら付き合っちゃうもんね。」
なんだ?茜が勝手にいろんなこと想像してるみたいだぞ?これって、きちんと否定しておかなきゃマズいことになるんじゃないか?
「いや、してないよ?」
「んん~?何をかなぁ?」
ニヤニヤしながら問い返してくる。しまったぁ。またもや誘導かっ。一度ならず二度までも。
「はぁ・・・そんなに聞きたいの?」
「うんうん、夜はこういう話もいいよねぇ。」
どんな話がいいんだよ。
「でも、聞いても誰にも話さないって約束してくれる?」
「もちろんっ。」
今までに見たことがないくらいに目を輝かせている。もしかして結構そう言った類の話が好きなのか?女の子って耳年増っていうけどさぁ・・・
「はぁ・・・じゃ、簡単にだけど・・・」
そう言ってかいつまんで話す。茜の表情は明るくなったり、赤くなったりで結構楽しい。話している俺はそこまで楽しくないんだけど。
「なっちゃん、スゴイ。超大人。」
そう言う茜は目を大きく見開き胸の前で両手を握って感激している・・・のか?
「まぁ、そういうことだけど。絶対言うなよ?」
「わ~かってるって。というか、実花ちゃんたちも何してるかわかんないしね。」
言われてみればそうだ。もしかすると、もしかするのかもしれないからなぁ。
「それは考えないようにしよう。」
「えぇ~。あとでさ、こっそり覗きに行ってみようよ。」
おいおい。思っていた以上に茜って積極的というかなんというか。
「それはマズいって。なんていうか人としてっていうか?」
俺の立場ってものもあるじゃないか。まぁ、見てみたいっていう気持ちがないわけじゃないけどさ。けど、親友のそういうのって見ちゃだめだろう?
「でもでも、興味はあるんじゃないの?」
「ダメだって。それに寝てるだけだって、きっと。」
「そうかなぁ。」
「そうだって。」
「私だったら・・・・」
「うぉーい、それ以上はいいからっ。」
思わず立ち上がって茜の頭を右手で軽くチョップする。
「あてっ。・・・ひどぉ~い。叩かなくてもいいじゃないっ。」
両手で大げさに頭を押さえて不服そうにこちらを見る。
「百歩譲って見たいってのは分かるけど、『茜だったら』ってとこは話さんでよろしい。」
「本当は聞きたいんでしょ?女の子っていうのは、いつだって男の子より大人ですからねぇ。」
そう言ってニヤニヤしながらこちらを見る。それは北田さんと俺のことを言ってるのか?
「はいはい。そーですね。俺はどうせ子供ですよ。まさか、そんなことになるなんて思ってなかったですからね。」
「え?そういうことって?」
「はぁ・・・もうイイ。」
そう言って腕を組んでプイと横を向く。
「そんな怒らなくてもいいじゃない。みんな興味はあるんだから。」
そこを否定しているわけじゃない。俺だって、多分人並みには興味はある。
「そうだけどさ。なんか、男女で話すような話じゃないでしょう。」
「・・・かなぁ。でもでも、男の子がどう思ってるのか結構興味あるけどねっ。」
はぁ・・・今夜は長くなりそうだ・・・
ここまで読んでくださってありがとうございます。
茜が上手です。上手すぎます。
夕人なんて軽く操作されちゃってますね。
お姉さんがいるせいなのかもしれませんが、この仲間の中でも一歩抜きん出て大人です。
そんな女子を相手にヘタレの夕人が勝負できるわけがありませんね。
実際、この年頃の女の子は総じて男の子よりも精神年齢が高いものですから。




