Two of us -茜と環菜-
前回の続きですね。
でも、サブタイトル通りに茜と環菜の話になります。
銭湯でのお話は次回以降に持ち越しです。
期待していた方、申し訳ありません。
さて、お留守番をすることになった二人はどうなっているんだろう?
どんな話をしているのか、こっそり都合のよい神の目で覗いてみようかと思う。
時間は夕人たちが銭湯に出かけてから10分くらいたった後。
茜と環菜は台所でカレー作りの準備を始めていた。
「ねぇ、環菜。お風呂とかってどうしよっか。」
野菜を洗いながら話しかける。
「そうねぇ。きっと帰ってくるまで二時間はかかると思うけど、先にカレーを作っちゃったほうが良くないかな?」
環菜はご飯を炊く準備をしている。
「そうだね。先に作っちゃおうか。そのほうが安心だもんね。」
「ねぇ、茜。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな。」
「何?どうしたの?別にいいけど?」
茜は環菜がいつもより元気がない感じなのが気になっていた。
「うん。別に大したことじゃないんだけどね。」
炊飯器のタイマーをセットしながら茜に話しかける。
「うん。」
ニンジンを切りながら環菜の声に耳を傾ける。
「あ、私もジャガイモの皮剥くわね。」
手際よくニンジンの処理を進めていく茜を横目に見ながら、ジャガイモを水を張ったボールに入れていく。
「うん。よろしく。それで、聞きたいことって?」
「やっぱり、いい。なんでもない。」
「何でもないって。そうなの?」
「うん。何でもない。」
二人はその後しばらく無言で野菜の下ごしらえを続けた。けど先に沈黙に耐え切れなくなったのは茜のようだった。
「ダメ。やっぱり気になる。話してよ。」
茜は包丁まな板に置いて手を放した。
「え?なに?」
環菜はジャガイモの皮をむき続けている。
「だからぁ、さっきの話よ。気になるじゃない。」
茜は環菜のほうに向きなおって改めて言った。
「そうよね。ごめん。」
そういって環菜もジャガイモの皮剥きの手を止める。
「今日の夕人くんと小町ちゃんのこと?」
「やっぱり、茜には全部お見通しかな。」
そういって環菜は少し笑った。
「そりゃ、わかるわよ。いつもと様子が違ってたしね。」
「え?そんなに違ってた?」
「うん、ちょっとね。」
二人とも手近にあった椅子に腰をかける。
「はぁ、そうならないようにしてたつもりなのに。」
「そうならないようにって?」
「夕人くんと小町ちゃんがここに来た時にちょっとドキッとしたの。あまりに二人が仲よさそうに見えたから。だけど、それを知られたくなくって。」
環菜が目を伏せながら言った。
「そういうことね。まぁ、そんなことだとは思ったけど。」
茜はフゥっと息を吐きながら言った。
「こんなに気になるって思ってなかったの。」
「夕人くんのことが?って違うよね。」
「うん。そうじゃなくて小町ちゃんと仲が良いこと。」
環菜は両手をギュッと握りながら続ける。
「今までも、小町ちゃんと仲良くしてたとこは見てたけど、今回はいつもよりもなんだか・・・」
「確かに。今までよりも仲よさそうに見えたよね。」
茜は椅子の背もたれに寄りかかり、両手を頭の後ろに組む。
「それで?環菜はどう思ってるの?」
茜は本心を聞き出そうと環菜に迫る。
「どうって。それだけだけど・・・」
「それだけ?そんなことないわよね。」
茜は身を乗り出してさらに環菜に迫る。
「・・・茜にはかなわないなぁ。そう、それだけじゃないよ。」
環菜も降参したのか、椅子の背もたれに体を預けて茜をじっと見る。
「だよねぇ。私、勉強は環菜にはかなわないけど、こういうのは負けない自信あるもんね。」
「勉強は関係ないと思う。私はこういうのは苦手だもん。」
「こういうのって?恋愛のこと?」
「うん。そう。でも、茜だって誰かとそういうの経験ないじゃない。」
環菜がここぞとばかりに反撃に出るが、茜はいとも簡単にこれを躱してしまう。
「ま、確かに経験はないわねぇ。でも、もうちょっと冷静に見ることならできるわよ?だって、第三者だしね。」
「はぁ、確かにそうかも。でも、私もちゃんと考えてるよ?」
「そりゃそうでしょ。環菜だもんね。考えてないわけがない。でも。」
「でも?」
「考えすぎて、おかしなことになってる気がするなぁ。私は。」
茜が言わんとしていることを環菜は理解できているみたいだ。
「そうね。私もそう思う。」
「で、環菜に聞いておきたいことが一つあるんだけどね。」
急に真面目な顔になって環菜の顔を見つめる。驚いた環菜はちょっとだけ目を大きく開いて答えた。
「え?なに?」
「夕人くんのこと好きなんでしょ?前から。なんでフッちゃったの?」
「今更それ聞くの?」
「うん、今さら聞くの。だって、ちゃんと整理しないとわかんなくなるでしょ?」
ちょっとだけ意地悪な感じの目付きで環菜を見る。
「それって、昼間の宿題やってた時に、私が言ったことじゃない。」
「そうだね。で?なんで?」
「それは・・・あの時は・・・まだ、その・・・時期じゃないかなって思ったから。」
「時期じゃないって?」
「うん、うまく言えるかわかんないけどね。」
「いいよ。時間はあるからじっくり聞かせて。」
足を組みながら話を聞こうとする茜のその仕草はまるで年上の女性みたいな雰囲気をかもしだしていた。
「あの時は、私もいろいろあって、ほら、友達もいなかったし。」
「そうなの?それは知らなかったけど。」
「そうなの。でも、夕人くんは優しかったから、私もちょっと好きになってきてたの。でも、自分の中でははっきり確信できなかったの。だって、夕人くん、二人でいても全然いつもと変わらないの。冷静で、私のことをどう思ってるのかわからなくて。」
環菜が今まで内に秘めていたことのすべてを話そうとしているのは茜にもわかったようだ。環菜の目は茜の目をしっかりと見つめていたからだ。
「そうね。彼って、いつも冷静だもんね。」
「そうなの。だから、あぁ、私のことは好きなんじゃなくて、やっぱり守ってくれただけなんだなって思ってたの。優しい人なんだなって。でも。」
そこまで話して環菜は目をそらした。
「告白された、と。」
「うん。でも、好きとは言ってくれなかったの。彼女になってくれないかって。」
「ふ~ん。そうなんだね。でも、それって好きって言ってるのと同じなんじゃないの?と思うんだけど。」
茜は少しだけ不思議に思うって言いたげな表情だ。
「うん。でも、きっとあの時の夕人くんは違ってたと思うの。」
そういって再び環菜は茜の目を見る。
「なんでそう思うの?」
そう問われて、環菜はまた目をそらしてうつむいた。
「あの時、私、自分勝手な理由で断ったの。私は夕人くんが好きだった。でも、もっと、本当に好きになって欲しかったの。」
「どういうこと?」
「だから、私、嘘をついた。」
全然わからないという表情で環菜を見る。
「ごめん。私、全然わからない。」
「だよね、ごめん。嬉しかったの。夕人くんの言葉が。でも、その気持ちが本心とは思えなくて。それで、自分が今はそんな付き合うっていう気持ちになれないって。そう言ったの。」
「あぁ、そういうことね。なんとなくわかった。」
茜もちょっとだけ納得したという顔になった。
「でも、そのあと、やっぱりうまく話せなくなっちゃって、そして東山さんのことがあって。やっと、二年生になって。それで、また、一年生の時の最初の時にみたいにやり直せたらって思ってたんだけど、やっぱりダメで。二人で話せたこともあったんだよ?でも、いっつも『もういいから』って言って私の話を最後まで聞いてくれないの。それなのに、小町ちゃんとは仲良くなってて、私、どうしたらいいのかわからなくて。」
一気に話すその姿はいつもの冷静な環菜じゃなかった。それは茜にも当然わかっただろう。
「よしよし。環菜は頑張ってたんだね。」
そう言って、いつの間にか涙を流していた環菜を優しく抱きしめた。
「でも、北田さんの時も私は何もできなくて。」
「うん、でも、いいことだと思うよ。環菜は今はっきりわかったでしょ?夕人くんのことが好きだって。そして、どうして好きなのかってことも。」
そういってまた椅子に座りなおす茜。
「・・・うん。みんなに優しい夕人くんが好きなの。」
そう言って両手で顔を覆ってまた泣き始める。
「困ったものよねぇ。夕人くんも。でも、こればっかりは当人たちの気持ちが大事だから、私には・・・できないこともいっぱいあるのよね。」
茜が口を尖らせながらため息をつく。
「・・・うん。ありがとう聞いてくれて。話せたから少し楽になった。・・・その、私は一度失敗しちゃったから、もうチャンスはないかもしれないけど。それでも、好きなの。」
環菜は泣き顔から少しだけ笑顔になって言った。
「でも・・・」
「うん、大丈夫。私だってわかってるよ。小町ちゃんでしょ?」
「・・・・私からは言えないけど。」
茜は『ごめんね。』と言って複雑な表情を浮かべる。
「ううん、いいの。茜がわかってないわけがないもんね。」
「いやぁ、そう言われると困っちゃうんだけどねぇ。」
そう言いながら足を投げ出して天を仰ぐような仕草をした。
「小町ちゃんが夕人くんのことを好きなのはわかってるけど、でも、いいの。夕人くんが小町ちゃんのことを好きになったら。それは仕方ないことだもん。」
「はぁ。そうよねぇ。夕人くんのこと、わかってる人なんてきっといないと思うしね。」
「そうなのよ。彼って、よくわからない。」
「でも、そこもいいんでしょ?」
「・・・うん。けど、私はこう思うんだ。」
環菜が笑顔で続けた。
「茜がライバルじゃなくてよかったって。私じゃ絶対勝てないもん。」
「あら?わからないわよ?夕人くんは私のことが好きかもしれないじゃない?それに、私も好きになっちゃうかもしれないのよ?」
ニヤニヤしながら環菜を抱きしめる。
「えぇ~、そんなこと言うの?でも、そうなったら、ちゃんと教えてね。」
「もちろんよっ。あ、でも、ないと思うけどね。」
二人は笑いながら手をつなぐ。
「ありがと。茜が友達でホントに良かった。」
「私もよ。・・・さて、だいぶ時間も経っちゃったし。」
「そうね、そろそろお料理を再開しないとね。」
すっきりした表情で環菜はまたジャガイモに向かって戦いを挑み始め、茜はタマネギに立ち向かっていった。
環菜が自分の心の内をここまで話したの初めてなのかもしれません。
心の内を話すなんて言うことはあまりないと思います。
でも、本当の本心を話せているのでしょうか。
それは本人にしかわからないことだと思います。




