今後1回だけ俺の言うことを聞いてくれないか?
事件翌日の続きになります。
何か新たな事件が起こるのでしょうか。
その日の休み時間。一時間目と二時間目の間の小休止。
待ってましたとばかりに小町が駆け寄ってきた。そして、そのまま俺の手を取り廊下に連れ出す。
「昨日、どうなったの?」
妙にまじめな顔で言ってきた。何もこんなに時間のない時にわざわざ呼び出して聞くこともないのに。とはいえ、隣の席が北村さんだから教室でそのまま話すわけには行かないしな。
「どうって言っても。一緒に帰って、告白された。」
本当はもっとディープな内容がたくさんあるんだけど、それを今話すには時間がなさすぎる。話すなら、放課後にでもいつものメンツで話すほうがいいと思ってた。
「それで、どうしたの?」
「どうしたも何もないだろう。そりゃ、断ったよ。」
「断ったの?なんて言って?」
なんでそんなに気にするんだよ。そんなに慌てなくたっていいのに。
「好きになれそうもないって。」
正直に昨日のまま答えた。けど、言い方が悪かったのか小町が怒りだす。
「そういう言い方は、ちょっと可哀そうだよ。もう少し他に言い方があると思う。」
そうだとしても、昨日のあの出来事を考えれば当然の返答だと思う。
「だったら、なんて言えばよかったんだよ。」
「もう少し、優しく断ればよかったのに。それじゃ、いくら何でもヒドイと思うよ。」
小町の言うことは正しい。おそらくは。
でも、昨日のあの話の流れからだと、そうそう優しい言葉なんて出てくるはずがない。少なくとも俺はそんなに人間ができてない。
「そうかもな。でも、一応、俺の言い分も聞いてくれよ。」
「うん、聞くよ。」
簡単に昨日話した内容の前半を伝える。
「まず、足草がいろいろやらかしたわけだけど、俺の言ったことが正確に北田さんには伝わってなかったみたいだった。俺が北田さんのことをキライだって言ったみたいに伝えたみたいで、いろいろ誤解があったみたいだ。」
小町は真剣に聞いている。
「で、そのあと、まぁ、いろいろあったわけだよ。」
ちょっと話しにくいからごまかしてしまった。
「いろいろ?」
「そう、いろいろだよ。好きか嫌いかって聞かれて、答えに困ってさっきみたいに答えた。」
そうだよな。確かこんな感じだった。細かいところは省略してるけど、大筋はこれでいいはずだ。
「本当にそれだけ?それだけで、あんなに昨日落ち込んでた子があんなに元気になる?」
そこなんだよな。おそらくカラ元気なんだろうけど、なんとなく理由はわかる。それがわかってるから俺は安心できないわけなんだよ。
「手をつないでいいかって聞かれたから断った。」
「はぁ、そりゃ当然だよね。どうしてそんなことになるの。」
小町が驚いたという表情で俺を見る。
「俺に聞くなよ。俺だってわけわからないんだからさ。」
「そっか。それで?」
「・・・す、好きでいていいかって聞かれて、俺は困るって答えた。で・・・」
自分が言った言葉じゃないけど、口にするのは恥ずかしいものがある。
「それで?」
小町は特に何も感じていないのだろうか。真剣な表情のまま聞いてくる。
「それでも、好きだよって。」
一人気恥ずかしい俺は小町から目を逸らして北田さんに言われたことを言葉にする。
「そう言われたの?」
小町の表情が曇る。
「そうだけど、俺は何もしようがないし、する気もないからそのままにしとこうと思ってる。」
今の気持ちはこんな感じだろう。
俺はこれ以上、北田さんのことでいろいろ面倒なことになりたくない。
「そうなんだ・・・そっか。なるほどね。それならわかるかも。」
「何一人で納得してるんだよ。・・・何がわかったのか教えてくれるか?」
こういうところは女の子同士で共感できるところがあるんだろうか。
「つまり、昨日のあのことは忘れてもらって、今日から改めてってことだと思う。」
嘘だろ?これ以上の面倒ごとはごめんだよ。
「それは・・・何というか、すごいな。」
「そう、女の子は強いんだよ。」
そう言った小町の表情は読み取れなかった。
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午前中はもしかしたら何か起こるかもと冷や冷やしていた。
けれど、幸いにして何事も起こらなかった。休み時間のたびに北田さんが何かしてくるんじゃないか、足草が騒いでくるんじゃないか、そればかり気にしていたように思う。それも小町に言われたことが気にかかるからかもしれない。何も起こらないのはありがたいが、あまりにも教室に居にくい。昼休みは外に行こう。そう思って杉田に声をかけた。
「杉田、悪いんだけどさ、昼休みちょっと付き合ってくれない?」
「あぁ、わかった。いいよ。付き合う。」
二人で連れ立って教室から出て行った。
「なぁ、夕人。どこ行くんだ?」
「あぁ、屋上に行こうかと思ってさ。」
階段を上る間、杉田がさりげなく言ってきた。
「あの雰囲気じゃ教室には居にくいよな。」
「そうなんだよ。昨日のアレの後だからな。周りの目線がキツくてさ。針のムシロってこういうことなんだなって思ったよ。」
屋上にでると、北海道にしては強い日差しが降り注いでいる。北海道に少しずつなじんできた杉田が『あったかくなってきたなぁ』なんていうと本当に夏になってきたんだなと実感できる。
昨日も似たような天気だったはずなんだが、そんなことを感じる余裕はなかった。
「なぁ、そろそろ日直も一回りするじゃないか。席変えの時期だと思うんだよ。」
杉田の突然の話に何を言いたいのか理解できなかった。
「席変え?」
「そうしたら、北田さんと席が離れるんじゃないか?」
なるほどなぁ。その手もあったか。
「それは一つの案ではあるよな。問題はどう切り出すかなんだよな。」
そうなのだ。席変えは一大イベント。女子はあの男子の隣になりたくない、男子はあの女子の隣になりたいなんていう欲望渦巻く戦場なのだ。しかも、その席変えの権限はクラス委員と担任にあり、両者の同意が必要というルールがあった。おそらく、うちのクラス限定のルールなんだろうが、こいつが今回の場合は足かせになりそうだ。
「お前がクラス委員だもんなぁ。ちょっと切り出しにくいよな。」
そう、さらに追加ルールがあって、席変えの決議は帰りのホームルームで行わなければならない。正直、今の俺の状態では提案しにくい事この上ない。
「今は無理だなぁ。俺からは言えないわ。」
「だろ?だから、環菜に頼もうよ。アイツから言ってもらえば比較的スムーズに進むんじゃないんかな?」
それはそうなんだけど、すでにそれを伝えるタイミングさえ難しい。
「その役目、頼めるかな?」
「言い出したのは俺だからな、任せとけ。」
「助かるよ。」
これで、多少は変わるだろうか?全員の座席が変わればいろいろなことが変わるかもしれない。事態が好転してくれればいいのだけど。
「あとな、昨日はどうなったんだ?北田さんの様子見てたらよくわからなくなってきてさ。夕人が断ったんだろうってことは分かってるんだけど、あまりにも何事もなかったかのようなあの様子だろ?ちょっと不思議に思ったんだよ。」
それなんだよな。小町には説明したんだけど、結構厄介なんだ。杉田にも小町に説明したような内容を伝える。
「・・・・・・ということになってるんだわ。」
「それは、なかなか厄介なことになってるなぁ。でもさ、やっぱりお前にも問題があると思うわ。」
「俺に問題?」
「そう、この前さ、女子たちにダメ出しされたじゃないか。まさにあれが原因だったりしてるかもな。」
この前言われたことか。なんとなくは覚えているけど。
「お前は優しすぎるかもしれないな。女子に。それってさ、やっぱり勘違いさせることもあるって。」
そう言われると確かにそうかもしれないけど、俺が悪いのか?
それに、優しくした記憶はないんだよな。
「とは言っても、よくわからないんだけど?」
「俺もさ、当たり前だけど全部がわかるわけじゃないけどさ。たぶんだよ?入学式の日のことさ。あれもお前の評価って両極端だったんだよな。いい奴っていう意見とヤバい奴っていう意見のさ。で、前者の場合は、その後のお前の優しさを見て『あぁ、やっぱり』って感じで惹かれることになって、後者の奴はその後のギャップに『あれ?なんで?』って惹かれていってって感じなんじゃないのかね。わからんけどさ。で、今回の場合は前者だと思う。そして、あの傘の件が決定打だったんじゃないかな。」
一気に語られたぞ。こんなに杉田が話すことなんてないから少し驚いたが、言われてみるとそうかもしれない。けど、そんなこと今さら言っても現実は変わらないだろう?
「そうかもしれないけどさ、やっぱり、そんなに考えて行動してるわけじゃないからさ。その時にいいと思ったことしてるわけだし。」
「それがさ、お前のいいとこなんだけどな。残念ながら今回はお前の望むような結果じゃなかったってことだよ。あくまでこの件に関しての結果だぞ?最終的な結果なんて俺にはわからないさ。ただ、きっとこれからいいことがある。お前の性格ならね。でも、その分、大変なこともあるはずだろ?」
「杉田にそう言われると、嬉しいな。」
「そうか?でも、俺はやっぱり気になることがあるよ。」
杉田が気になること?
「なんだよ?言ってくれよ。」
「お前って、あれ以降さ。誰かを好きになったりしてるのか?」
あれっていうのはやっぱり去年のことだろうな。そして、好きな子か。
「そうだな。今は好きっていう感じはないな。いい子だなと思うのはあるけどさ。」
「そっか。そういうもんなのかなぁ。」
「なぁ。何に対して『そういうものか』って言ってんの?」
まったく何について言っているのかわからないのだけど。
「いや、やっぱり引きずってるのかなと思ったんだよ。」
「いやいや、それはないよ。そりゃ、あの頃はショックだったけどな。今はいい思い出だったりするよ。」
確かに、あのことはショックだったし、凹みもしたけれど、あのことは本当に大切な思い出だと思っている。
「さて、もうすぐ昼休みも終わるな。さっきのことは俺のほうから環菜に言っておくよ。」
「よろしく頼むよ。」
杉田に話して正解だったんだろうな。それにしても、小町も杉田にも助けられてるな。俺も二人の助けになれてればいいんだけど。
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放課後。今日は幸いなことに掃除当番ではない日だ。今日みたいな日は即行で家に帰るに限る。そう思っていた時にデコリンこと石井さんが話しかけてきた。あんまり話したくないんだけど邪険にするわけにもいかないよな。
「ねぇ、今日の帰りはどうするつもりよ。」
今日の帰りって。まさか今日も北田さんを送れとかいうつもりなんじゃないだろうな。さすがに今日はそんなことを言われても一歩も引かないからな。
「すぐ帰るに決まってるだろう。」
なんて言ってくるつもりだ?
「そう・・・あの、昨日はちょっと言い過ぎたよ。・・・それだけだから。」
そう言って話を終わらせようとするデコリン。まぁ、言いたいことはいろいろあるけど、とりあえずはもういい。あれでもデコリンにとって精いっぱいの謝罪のつもりなんだろう。おそらくは足草のおかげで、情報がねじ曲がって伝わってたことが原因なんだろうし。
「そっか。わかった。でもさ、ひとつ言わせてくれよ。」
「なによ。」
「これからはデコリンって呼ぶから覚悟しておけ。」
昨日は俺だって大変な思いをしたんだ。このくらいのことさせてもらわなければ割に合わないってもんだ。少しいじわるか?
「ちょっとぉ、それは違うんじゃないっ。」
思いっきり不服の様で頬を紅潮させながら言ってきた。
「とにかく、もう決定な。これで昨日のことはチャラにしとくからさ。」
今後、本当にそう呼ぶかは別として、少しやり返しておきたかっただけのことだ。
「わかったわよ・・・でも、できれば違う条件にしてほしいんだけど・・・」
まだ逃れようとしているデコリンが面白い。これじゃまるで昨日と立場が逆だ。
「そう?そんなにイヤならやめてもいいよ。じゃ、代わりに、今後一回だけ俺の言うことを聞いてくれないか?無茶振りはしないからさ。」
「え・・・それってなんだか身の危険を感じるんだけど。」
身を捩るような仕草で警戒心を露わにする。俺は野獣かなんかかよ。
「ないない。そういうことじゃないよ。大丈夫だって。」
「わかったわよ。」
渋々ではあるがデコリン・・もとい石井さんは納得してくれた。
さて、昨日のことで、小町たちには心配かけたな。まだみんなに話もできてないし、とりあえず、茜にでも声をかけておこうか。しかし、こういう時に限って茜が教室内に見当たらない。
「茜は・・・いないのか。」
いないのなら仕方がない。小町も部活に行ったみたいだし。ということは今日はもういいか。明日にしよう。
なんだか、久しぶりに平和な一日だった気がする。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
竹中夕人の平穏な一日でした。
いや、本当に平穏だったのかは不明です。
他人から見ると平穏ではなかったと思いますが、昨日の出来事に比べれば。
そういうことなんでしょう。
それにしても、北田さんの心の強さには脱帽です。




