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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第52章 それぞれの色
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水色と緑と赤。

皆さんは『3月』という季節に何を思い出しますか?

 三月。卒業のシーズンだよな。そんなことを思いながら朝食を食べていた。

 テレビのニュースでは桜前線については全然触れていない。流石にまだ早いみたいだな。梅はもう咲いているんだろうけれど。あぁ、群馬では冬には寒椿っていう植物の花が咲いていた。流石に北海道では見ないよな。真っ白な雪の中に咲く真っ赤な花。キレイなんだけれどなぁ。


「翔?そんなにのんびりしていて良いの?」


 母さんの声が聞こえてくる。


「そうだね、準備は出来てるから夕人たちが来るのを待ってるって感じだよ。」


 少し甘めのコーヒーを口にしながら俺はそう答えた。


「まぁ、翔のことだからなんにも心配はしていないけれどね。」


 そう言ってエプロン姿の母さんが俺の正面に腰を下ろした。


「ん、いつだって心配はあるけれど、頑張ってくるだけさ。」


 そう言って笑顔を向ける。

 この人は血のつながった母親じゃない。そんなことを気にしていた時もあった。でも、今は違う。俺の母さんさ。誰がなんて言おうとな。


「そうね。一生懸命にやったら、きっと結果がついてくるわ。」


 笑顔を向けて俺の顔を眺めている母さんを見て、ふと思った。


「あのさ、母さん。」

「なに?」

「弟か妹が欲しいなぁ。」

「え?」


 母さんが驚いたような表情を浮かべた。ま、そりゃそうか。


「いやいや、なんでもない。ちょっと思っただけだから。」


 俺がそう言って席を立ったのとほとんど同時に玄関のチャイムが鳴った。


「お、きっと夕人たちだな。じゃ、母さん、行ってくるよ。」


 そう言って母さんの肩をぽんと叩き玄関に向かう。カバンは玄関においてあるし、コートも外套掛けにある。

 さぁ、入試に行ってくるか。


「おはよー。」


 扉を開けると二人の姿はない。あぁ、そうか。律儀に門の外にいるのか、アイツラは。そう思うと自然に笑みがこぼれてくる。全くお似合いなんだよなぁ、あいつらはさ。


「いってきまーす。」


 家の中に向かって大きな声をだした。


「気をつけていってくるのよ。」


 母さんの声。安心できる声だ。


「あぁ。じゃ、行ってくるっ。」


 再び大きな声を出して、二人のもとに駆け寄っていく。来年以降もこうやっていられたら楽しいだろうな。



 俺たちが受験する高校は山の中腹という少し辺鄙な場所にある。合格したら・・・いや落ちる気など毛頭ないのだが、バスで通うか自転車で通うか。選択肢はその二つなんだろう。

 とはいえ、今日は自転車で行くことなど出来やしない。だから、三人で地下鉄とバスを乗り継いで行くことになっている。昨日、あいつらは二人で下見に行ってきたみたいだから、俺は何の心配もしていない。


 なに?お前は下見に行ってないのかだって?


 行ってないさ。二人の邪魔はしたくないだろう?

 あいつらは付き合ってるってことは俺にも言わないからな。何かの考えがあってのことだろうから俺も何も言っていない。それに、実花たち女子組も何かを考えているみたいだからなぁ。何を考えているのか、そんなことは正確にはわからんよ。どちらにしても俺に何も言ってこないってことは、俺が何かをしないほうがいいってことさ。


 それにしても・・・わかりやすいよな、夕人と明菜。


「おはよー、二人とも。」

「おぅ、おはよう、翔。」

「おはよう、翔くん。」


 なんだなんだ?朝から機嫌が良さそうだな、おい。


「なんだよ?」


 夕人が怪訝そうな表情を浮かべて俺の顔を見てくる。

 いい加減に気がつけよってな。あぁ、今日は俺たちしかいないからはっきりと言ってやるか。


「仲がいいな、二人とも。もうちょうどひと月くらいになるのか?」


 腕を組みながらニヤニヤとしたイヤラシイ笑みを受けべてそう言ってやった。


「な、何のことだよ。」


 夕人よ、バレバレだ。お前のその返しじゃな。


「もう、翔くん。一ヶ月ってなんの話?」


 ほう、二人ともそんなリアクションをするのか。隠す意味って何かあるのか?自分から宣言していなくても周囲にはバレバレっていうこともあるんだけれどなぁ。


「あー、そのなんだ。二人が付き合うようになってからっていうことなんだが?」


 俺の言葉に二人の顔色が変わっていくのがわかった。


「な、なんでわかった?」

「ほんとだよ。今までと同じようにしてたのに。」


 おいおい。このバカップルは本気で言ってんのか?おめでたすぎて盆と正月が一気にやってきちまうぜ。


「そう思ってるのはお前たちだけだと思うな、たぶん。」

「どうしてさ?」


 説明しなきゃダメなのか?そう思いながら明菜の表情をうかがうと目を丸くしてる。こりゃ、なかなかに阿呆だな。恋は盲目ってやつなのかねぇ。


「ほとんど毎日一緒に登下校してるだろう。教室にいる時は今まで通りにしているみたいだけれどさ。たまに二人で目を合わせてニコッとしてるだろうが・・・わかれよ、そのくらい。」


 俺はそう言って頭を掻いた。


「・・・そっか。」


 夕人と明菜が真剣な表情を浮かべている。全くこの天然さん共が。


「ま、それは別にいいんだ。俺はなんか嬉しいしな。できればどんな顛末でそうなったのかってことを聞きたいところなんだが・・・」


 そう言ってちらっと二人に目線を向ける。何をモジモジしてやがる。別に照れるようなことでもないだろう。


「まぁ・・・今日の試験が終わったら話すよ。」


 夕人が明菜の顔を見ながらそう言って、明菜も顔を赤くしながら縦に首を振った。初々しいなぁ・・・おいっ。


「よっし、約束だかんなっ。帰りに俺んち寄れよっ。んで持ってテレビを見ながら一緒に自己採点して、その話を聞かせてもらうからなっ。」


 そう言って二人の顔を交互に指差す。


「わかったよ、それでいいか?明菜。」

「うん、夕人くんがそれでいいって思うなら。」

「くあぁぁぁああああああっ。何だこの空気はっ。俺んちの前で俺がアウェーとかおかしいぞ、絶対に。」


 って、思いながらも内心はホッとしてるんだよな。夕人がきっちりと答えを見つけて、そして明菜にきちんと自分の思いをぶつけたんだろうからさ。だからこそ、二人ともそんな晴れやかな表情なんだろうよ。

 やれやれ・・・こりゃ、一つだけ心配ことができたなぁ。二人もそれがわかっているからこそのこの行動なんだろうしな。


「翔、いくらなんでもうっせーよ。そして、さっさと行こうぜ?」

「夕人くん、それはちょっと言いすぎじゃない?」


 明菜は夕人のコートの裾をつまみながら口を尖らせている。なんだよ、何をやっても幸せそうにしか見えないなぁ。


「いいんだよ、翔にはこのくらい言っても。」

「うむ、その通りだ。俺と夕人は深い愛で結ばれているからな。」

「あはは、それは羨ましい。」


 明菜の表情は羨んでるとかそういうのが一切ない。本当にそう思っての笑顔にしか見えない。


「愛っていうのは少しだけキモいなぁ・・・」


 よく言ったぞ、夕人。その返しを待っていたっ。


「そうだな・・・もはや愛を超え、運命になったっ。」

「意味わかんねぇし。」


 そう言いながら夕人は笑っている。明菜もそうだ。俺も笑みを浮かべているはずだ。

 いいな、こういう感じは。高校に行ってからもこうやって過ごしたいものだ。


「さぁ、そろそろ行こう?まだ時間はあるけれども、でも余裕持って行きたいじゃない?」


 明菜のその言葉に俺たちは同時に頷いた。


「そうだな。」

「おっしゃる通りで。」


 俺たちは揃って騎士の礼のようなポーズを決めたのだった。


「本当に面白いね、二人って。」


 明菜は楽しそうに笑顔を浮かべていた。

 この子の楽しそうな笑顔を見る度に、あぁ、こういう子だったなっていう思いが蘇ってくる。そう、もう二年以上前の記憶だ。


 よくよく思い出してみると、明菜がこんな笑顔で・・・つまり本当の意味で笑顔を浮かべていたのを俺は見たことがなかったように思う。

 そして、それは夕人にも言えるかもしれない。アイツもいつも周りのことをずっと気にしていた。そして、時折疲れたように暗い表情を浮かべるんだ。小町といたときはそうでもなかったように思うけれどもな。


 まぁ、昔のことなんかどうでもいいよな。とにかく、何度でも言おう。


『敢えて言おう。最高である。』


 と。うーむ、なんか語呂が悪いな・・・


************************************


 入試っていうのも終わってしまえばただのテストだよな。何ていうかいつものとおりに問題を問いて、間違いなく記載していく。それだけのことだ。まぁ、あえて言うことではないよな。

 さて、試験が終わった。これで俺たちが中学生の間にやるべきことは卒業式を無事に迎えるということになったわけだな。元生徒会長の俺としてはスピーチなんぞという仕事が残ってはいるのだが。そこはまぁ、無難に済まそうと思っている。挑戦するのは卒業生を送る会で、だ。もちろん、現生徒会長の日高さんに迷惑をかけない範囲で、だぞ?


 よし。こんな事を話している場合じゃないよな。


 俺んちの居間にみんなで座っての自己採点。いつの間にか実花も合流しての自己採点か。大丈夫なのかよ、実花は。はっきり言えば夕人も明菜も実花とは比べ物にならないくらいの点数を取るからな。発狂しなければ良いのだけれどさ。


「うっわぁ・・・微妙・・・」


 やはりな。実花はそうなると思っていたよ。それにしてもなんなんだその点数は。本当に勉強したのか?


「あれ、どうだったの実花ちゃん。」

「明菜〜、あたし、マズイかも・・・」

「何点だったよ?」


 夕人が尋ねているが、そこは聞いてあげないのが優しさかもしれないぞ?


「ふ・・・ふふふ・・・172点っ。」


 Vサインを浮かべているな。つまり、マズイっていうのは逆の意味でマズイってことか。点数が取れ過ぎてしまったと。あくまでも実花の基準でだけれどな。


「おぉ〜、それなら合格間違いなしだねっ。やったぁ、実花ちゃん。」


 明菜は本当に嬉しそうにしながら笑顔を浮かべて二人でハイタッチをしている。こういうところを素でできる辺りが・・・いかんいかん。人の彼女を褒め過ぎか。


「そっか、良かったな。まぁ、実花にしてはよくやったってところだな。」


 俺は敢えて褒めない。いや、褒めても良いんだけれどな?なんかこう、もうちょっと頑張れる子だって思ってるから。


「その言い方、ぜんぜんうれしくなーい。くやしーい。で・・・翔は?聞きたくはないけれど聞いておくわよ。」

「俺か?俺は296。」

「はっ。それが同じ試験を受けた人間の点数ですか。っていうか何間違ってんの?バカなんじゃない?100点以上差があるとかもうわっけわかんない。」


 実花が何を言っているのか理解に苦しむが・・・確かにくだらないミスをしたな。このミスを減らしたくていろいろと頑張っているつもりなのだけれども、ヒューマンエラーっていうやつさ。


「相変わらず、凄まじいな、お前。」


 夕人は苦笑いを浮かべている。


「まぁな。俺の取り柄はこれくらいしかないからな。」

「取り柄っていうか、変態の粋だよな。それにさ、お前の点数の後には自分の点数を言いにくいんだよなぁ・・・」

「で、お前、何点さ?」


 そう言って夕人の表情をうかがうと、いまいち表情が晴れないようにも感じる。もしかして、やらかしたのか?夕人よ。


「273点だ。」


 ふむ、何の問題もないな。これで落ちるようなら俺たちの高校の定員は百人以下なのだろうよ。ということは、最後に明菜の点数だな。みんな俺と同じ思いを抱いているのか彼女に視線が集まる。


「あ、最後に私だよね。えっとね・・・待ってね?今から合計点を計算するから・・・」

「おー、明菜、259点じゃん。やったねー。」


 実花の計算が思っていたよりも早い。これは意外だな。いや、そうでもないか?二人でご飯を食べたときや買い物をした時の金額計算は俺と同じくらいか、それ以上だったものな。


「あー、実花ちゃん。先に計算しちゃったの?自分で計算したかったのに〜。」


 ブゥブゥ言いながらも笑顔を浮かべて自分で計算しているようだ。


「確かに・・・259点だ。」


 そして、追い打ちをかけるかのように夕人が計算した点数を発表する。


「あー、もう・・・夕人くんまで、いじわるさんだねっ。」


 頬を膨らませて口を尖らせている。やれやれ、楽しそうで何よりだ。


「意地悪じゃない。明菜が遅いんだよ。で・・・これってどうなんだ?」

「さぁ?それをあたしに聞いても無駄でしょ。よくわかってんのは夕人くんのほうじゃないの?塾とかでボーダーとか聞いてんじゃない?」


 実花の発言に明菜が正座をして向き直る。その表情は真剣そのものだ。


「ん・・・明菜のランクと点数から行くと・・・」


 夕人よ、あまり焦らしてやるなよな。


「行くと?」

「・・・大丈夫なんじゃないか?」


 夕人の言葉に明菜はホッとしたのか全身から力が抜けたようになり、その瞬間に夕人に抱きついていった。


「やった・・・やったよぉ・・・」


 夕人は少しだけ戸惑いを見せながらも明菜を優しく抱きしめている。うん、いいんじゃないか?この二人。


「あらあら、みんな、いい結果だったみたいね?」


 母さんが何かのお菓子を持ってやってきたようだ。


「あぁ、全員がいい感じになったみたいだよ。正直なところは発表されてみないとわからないけれどさ。」


 他のみんなも思い思いに何かを口にしている。そして、『お邪魔しちゃってすみません』とか『ごちそうさまです』なんていう行儀の良い言葉も聞こえてくる。そうさ、だからこそ、みんなが好きなんだよ。母さんも笑顔を浮かべて『これからも翔をよろしくね。』なんて言っていた。そうだな、俺もお願いしておくか。


「これからもよろしくな、みんなっ。」


 全員の笑顔と言葉が本当に嬉しかった。


**************************************


 週が明けて月曜日。

 教室では各々の点数披露会が開催されていた。みんながみんな思うところがあるのだろうけれども、これでやれることは終わりだ。人事を尽くして天命を待つっていうのはこういう気分なんだろうな。


「おっはよー、夕人。それにあっきなー。どうだった?」


 小町が元気よく教室に走り込んできて、それとほとんど同時に俺をロックオン。そしてこう尋ねてくるんだからな。すっげえよ、小町は。そんな事を考えながらも二人で『おはよう。』といって笑顔を向けた。


「273点。まぁまぁだった。」


 自己最高点とまでは行かなかったけれど、まぁ悪くはないと思うんだけれどね。


「ほー、やるねぇ。私は249点。なんかちょいギリかなって感じよ。」


 少し顔をしかめながら点数を口にしている。


「まぁ・・・大丈夫そうだけれどな?」

「そうだと良いねぇ。」


 自己採点はあくまで自己採点。記述試験の中間点の付け方とかはよくわからない。


「明菜はどうだったの?」

「259点だったよ。」

「あちゃー、明菜に負けちゃったかぁ。やっぱ東にしといてよかったかな。確実に私よりも点を取るやつが二人いるとこよりもさ。」


 そう言って小町は本気とも嘘ともわからない言葉を口にした。


「いやぁ、みんな流石だね。私も新聞に載ってた問題解いてみたんだけれどねぇ。200点も行かなかったよ。」


 茜もゆっくりとこちらに歩いてきながら『おはよー。』と言っている。


「え、わざわざ解いてみたの?」


 小町は驚いたように茜に尋ねていたけれど、俺も同じ気持ちだ。きっと明菜もそうだったに違いない。『驚いたね。』って声に出さずに言っていたから。


「まぁねー、どのくらいできるかなって思ってさ。」

「実花ちゃんは172点って言ってたぞ?」

「あー夕人、人の点数を勝手に言うのはどうかと思うなぁ。」


 小町に睨まれた。


「そうだよ?夕人くん。それは良くないことなのだよ?」


 茜にも怒られた。


「私もそう思うなぁ。」


 明菜も二人に同意みたいだ。


「だなぁ・・・俺が悪いなぁ・・・」


 俺が頭を軽く掻きながらそう言ったところで笑いが起こった。


「やぁ、みんな。楽しそうじゃないか。さてはなかなかの点数が取れたのだね?」


 このキザな感じの話し方は稚内くんか。


「おぅ、まぁまぁってとこさ。」

「キミのまぁまぁは大概の人間にとってのかなり良いに分類されると思われるが?」

「あー、そういうめんどくさいこというなって。で?どうだったんだ?」


 彼は小町と同じ東高を受けたはずだ。小町と似たような点数かな?


「250だね。それなりと言った感じさ。」

「私より一点高いっ。それなりとかいうなー。」


 稚内くんの言葉に小町が噛みつき、そして軽く肩のあたりを叩いていた。


「いや・・・そういうつもりじゃないんだが・・・」


 なんとなく焦っている稚内くんが面白い。


「頭のいい人たちばかりが集まっちゃって・・・どうなってんの?ここは。」


 なっちゃんの声が聞こえる。彼女は平岸高校を受験したという記憶があるな。


「あー、なっちゃん。どうだった?」


 茜が肩を組むようにしながら尋ねている。


「いやぁ・・・200点くらいかなぁ。」

「お、悪くないじゃん。」


 茜がウリウリとか言いながら腕で首を絞めているよう見える。


「いやー、それぞれの点数はともかくさ。みんななんとかなりそうだよなっ。」


 俺の言葉にみんなが大きく頷いた。

 あと数日でみんなとはバラバラになってしまう。でも、みんな志望校に行けそうな気配だし、なんとなく安心した。それにさ、俺にはこんなに友だちがいるんだなって思うと本当に嬉しいよ。


「おー、楽しんでいるとこにしつれーい。」


 翔がやってきた。


「あんたの点数を聞くといろいろ自信をなくすから聞きたくないんですけど?」


 小町が笑みを浮かべながら腕を組んでそう言った。


「全くだよ。僕がどんなに頑張ったところでキミに届く気すらしない。」


 稚内くんは眼鏡のツルを押さねながら位置を直しているみたいだ。


「ふっふっふ。我が点数はだなぁ・・・296点よっ。」


 翔が自信満々にそう発表したが、みんなのリアクションは殆ど無い。


「ま、そんな感じよね。」

「だと思った。」

「相変わらずの点数だな。」


 まぁ、こんな感じ。翔は寂しそうに肩を落としている。アイツだって頑張ったからこういうすごい点数を撮ってんだけれどな。なんだか、損しているよなぁ。


「あ、良いこと思いついたっ。」


 茜がパンと両手を叩いてみんなの顔を見回す。


「翔くんがどこを間違えたのか推理してみようっ。当たった人は翔くんからジュースの進呈っ。」

「あー、それはいいね。乗ったっ。」


 小町がすぐにのりよく返事をしている。


「ほほう。4点分の減点を探すわけだね?」


 稚内くんまで乗ってきているってことは・・・全員やる気だな。


「あ、俺と明菜は答えを知ってるからパスな。」


 何気なく言った言葉だった。本当に深い意味はなかったんだ。


「・・・まぁ、そうなるか。」


 なっちゃんが『やれやれ』という表情を浮かべた。他にも『了解よ。』なんていう返事が適当に返ってきた。


「あれ?なんだろう・・・なんか?」

「夕人よ。お前、微妙に暴露したってことに気がついてるか?」

「ん?」


 俺の表情を見て翔が鼻で笑うような笑みを漏らした。


「ま、いいんだけれどな。」


 いまいち意味がわからない俺は明菜の顔を見た。

 彼女はただ、笑顔を浮かべていた。


「わかったっ、ここじゃない?杉田っ。」

「なぜゆえにっ。」


 小町が一発で翔のミスしたところを指摘したみたいでみんなから爆笑が起こる。


「いや、漢字を間違うと思ったんだよ。あんた、字が汚いからねぇ・・・」


 小町がひとり頷いている。


「それにしても・・・一教科目の一問目から間違って・・・」


 なっちゃんが呆れたような表情を浮かべる


「その後は全問正解。」


 稚内くんがため息を漏らす。


「バカなのか天才なのかわからねぇなっ。」


 俺の言葉に再度笑いが起こった。


 楽しい。

 本当に楽しい三年間だったんじゃないかな。

 みんなで和気あいあいと話し合える感じ。

 本当に素晴らしいことだよなぁ。


 これがあと数日で終わっちゃうだなんて、信じたくないよ・・・

ここまで読んでくださってありがとうございます


久しぶりの翔目線を見ていただきました。

大人びた彼の心情はなかなかですよね。


そして、夕人の目線。

なかなか成長できているみたいですね。


そして、彼を中心に集まってくる友達。

なかなかいい中学生活を過ごしたみたいですね。


さぁ、受験も終わって卒業まであと一週間。

本当に・・・あと一週間なんです。

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