決意
はい。
察してください。
翔の家を出てから数分。俺たち三人は環菜のマンションに向かって歩いていた。
「やっぱ夜は寒いよなぁ。」
環菜は今日一日ずっと俺の左を定位置としているみたいだった。
「そうだね、ちょっと寒いかも。」
そう言って俺の腕にくっついてくるようにしている環菜の様子に違和感しか覚えられない。環菜ってこんな感じの子だったっけって言う思いばかりが浮かんでくる。
「ほんと、やっぱり北海道は寒いよね。」
対して右側にいるのは明菜。まさしく両手に花。という感じのはずなんだけれど・・・どうにもいろいろと落ち着かない。
「あぁ、やっぱり宇都宮はもっと暖かい?」
俺の左腕をしっかりと掴んだまま、環菜が明菜に話しかける。
「うんうん、暖かいよ。雪もあんまりっていうか殆ど降らないし、それに気温だって二月でも十度を超える日があるもん。」
「十度を超えるだって?そりゃ暖かいな。コートなんかいらないだろう?」
少し驚いた。確かに栃木県だからかなり南にあるってことはわかっていたけれど、そこまでとは思わなかったからな。真冬に十度まで上がるのなんて九州とか沖縄くらいだと思っていたよ。
「あはは、それがそんなことはないんだよね。その地域の寒さに慣れちゃうっていうか、そんな感じなの。もちろん、コッチみたいなモコモコのコートを着ている人は少ないけれどね。」
身振り手振りを交えながら説明する明菜の姿はなんだか少しだけ子供っぽく見えた。
「じゃ、まだこっちには慣れてないでしょう?」
「そうだねぇ、やっぱり、うん。まだ慣れてないかなぁ。」
環菜の言葉に明菜が笑顔で答えている。
「そういうものかぁ。ずっと北海道で育った俺からしたらさ、これが普通じゃないか?冬には雪が降って、ゴールデンウイーク頃に桜が咲いて。夏は三十度位の気温。」
「うん、私もそう思ってたよ。でもね、宇都宮は桜も咲くのが早いんだよ?」
桜前線っていうのが毎年三月ころから話題になる。北海道で桜が咲く時期との違いはイヤでも知っていたつもりだった。
卒業式や入学式シーズンに桜が咲いているというイメージ。これは北海道では絶対に当てはまらないものだ。俺たちの場合、卒業式には若干の雪が残っていたし、入学式の頃ですら下手をしたら雪が降ることだってあるんだから。
「ねぇ、明菜。」
環菜が少しだけ低めの声を出したからドキッとした。嫌な予感がする。
「なに?環菜ちゃん。」
明菜は気がついていないのか?環菜が今の話題とは違う話題をふろうとしていることに。
「今日、予定があったんじゃないの?」
「あ、うん・・・あったんだけれどね。キャンセルしちゃった。」
いやぁ、と言いながら右手で頭を掻いている仕草はなんとなく可愛らしく見えるけれど、何かを誤魔化しているのは明白だった。
「ふーん、キャンセルできるような用事だったんだ。」
環菜の言葉にはいちいち棘があるように思う。
「うーん、結果的にはそうなったって言うことなんだけれど、大切な用事だったのは確かだよ?」
「それって、砂川さんと雪まつりに行くってことじゃないの?」
環菜の言葉に明菜が少し言葉に詰まったようにしている。
「お、おい・・・環菜。別にいいじゃないか。俺が声をかけるのが遅かったから先約があったってことだけだろう?」
「そうね。その通りだと思う。でも、だったらそう言えばいいだけのことじゃない?『みんなが行くなら。』っていうのは変じゃない?」
そうかも知れないけれどさ、何も今それを言うことはないんじゃないか?
「例えば・・・土曜日は先約があるから日曜日ならいいよ、とか。そういう言い方もできたと思うの。」
まぁ、確かに環菜の言うことは一理あるよ。でもさぁ・・・
「そう・・・だね。そう言えば良かったね。」
そして、『ごめんなさい』と謝ってきた。
「謝るようなことじゃないの。ただ、明菜が何を考えてるのかなって思っただけ。」
環菜の言葉はなおも止まらない。何か今日一日いろいろなことを考えていたのをぶちまけるようにしているように思えた。
「この時期はみんなピリピリしてる。受験が近いっていうのもあるから。そんな時に夕人くんがみんなに『息抜きも兼ねて』っていう話を振ってきた。私にだって予定がなかったわけじゃないけれど、でも、そういうのもいいかなって思ったからすぐに答えたわ。」
いや、まったくもって環菜は即答だったよな。俺も驚くくらいにさ。
「そうだね・・・私、ダメだね。」
「ダメとかそういうことじゃないの。はっきりしないっていいたいの。そんな感じでみんなを振り回さないで欲しいって言いたいの。」
「なぁ環菜。その辺りにしとこうよ。明菜にとっての砂川さんっていう存在はさ、俺にとっての翔みたいなもんだと思うんだよ。だから、そっちの約束を大事にしようっていう気持ち。それがわからないほど環菜だって子供じゃないだろう?」
さすがに言いすぎかなとは思ったけれど、今のままじゃ明菜が一方的に責められるだけになる。
明菜はなんていうか、こういう感じに話すのは苦手な感じだし。それに、申し訳ないけれど環菜の言うことにも一利あったから。そして、その事態を引き起こしてしまったのは俺自信なんだから。
「それに、さっきも言ったけれどさ。俺が直前になってからみんなに声をかけたからっていうのも原因なんだよ。翔たちも予定があったみたいだけれど、それをやりくりしてくれたっていうところもあったわけだからさ。だから、明菜だけを攻めるのは間違いだろうって思うんだけれど・・・どうかな?」
そう言って環菜の顔を覗き込む。いつもの環菜と変わらない表情に思えた。
「そうね。じゃ、この話は終わりにする。」
環菜の言葉にホッとしたのは俺だけじゃなかっただろう。明菜も同じようにホッとしていたに違いない。
「・・・じゃ、明日はどうする?夕人くん。真駒内会場に行く?私は前にも言ったように日曜日も空いてるよ。」
さっきまでよりも腕にグイッと力を込めて尋ねてきた。
「あ、明日?えーっと・・・考えてなかったなぁ・・・」
考えていなかったわけじゃない。答えを先送りにしていただけだ。
「じゃ、今考えて。」
そう言って環菜が立ち止まった。俺の腕を掴んだまま立ち止まったわけだから必然的に俺の立ち止まってしまうことになる。そしてその様子を見た明菜も立ち止まった。
「え?今・・・か?」
「そう、今。私と明日も雪まつりに行くのかどうか。」
そう聞かれたって答えは決まってるんだ。素直にそれを言えばいいだけのことなのにどうしてはっきりと言えないんだろう。いや、違うな。きっとどうやって言えば良いのかを考えてるんだ。
「私は・・・」
「明菜はもう行ったじゃない。」
「・・・」
なんだよ。この感じ。すごく嫌な感じだ。
「ね?行かない?一緒に。」
強引な誘いを繰り返す環菜の顔を見る。笑顔だ。いつもの笑顔、いや、それ以上に笑顔を浮かべているように見える。
「・・・明日は・・・」
「明日は?」
「妹を連れて行かなきゃいけないんだ。」
「じゃ、一緒に行こう。」
ダメだ。今の環菜には何を言ってもきちんと伝わらない。
「いとこも来るから。また小さい子たちだから、多分親とかもいると思う。」
嘘じゃない。
嘘じゃないけれど、俺も一緒に行くという話にはまだなっていない。
そのたった一点の嘘が、俺の気持ちを後ろめたくさせる。
「そっか・・・それじゃ、仕方がないのかな。」
環菜の腕から少しだけ力が抜けたように感じた。
「あぁ、ゴメンな。また・・・っていうのもどうかと思うけれどさ。また、何かの機会があったらみんなでどこかに行こうよ。」
これで大丈夫なはず。うまく断れたと思う。
「わかった。じゃ、また今度一緒に行こうね。約束だよ?」
そう言って右手の小指をさし出してくる。
「指切りしろって?」
俺の言葉に環菜は無言でうなずいた。明菜は何も言わずにただ、俺たちの会話が終わるのを待っているようだった。
「・・・わかったよ。」
俺は環菜の右小指に自分の右子指を絡ませ、指切りの約束をした。あたり前のことだけれど、俺には嘘を付くつもりも、約束を破るつもりもない。いつか、きちんと機会を作るつもりでいる。ただ、あくまでみんな一緒にって言うことにはなるだろうけれど。
「約束だからね。」
少しだけ目を細めながら環菜が念を押してくる。
「わかったよ。」
「ならいいの。」
一瞬にして環菜の表情に笑顔が戻った。
「じゃ、早く行こうよ。ほら、もうすぐ九時になるんだぞ?遅くなるのはまずかったんじゃないのか?環菜は。」
軽くため息を漏らしながらそう言って歩き始める。
「あ、ちょっと待って・・・カバンが肩から落ちちゃった。」
そう言いながら雪の地面にドサッと落ちたカバンを拾っている。そこで久しぶりに俺の左腕が自由になった。
「明菜も・・・早く帰らないといけないよな。」
「・・・そだね。」
小さな声で目をそらしながらそう言った明菜の姿を呆然と眺めた。
「おまたせ、さぁ、行きましょうか。」
それに対して明るい声を出している環菜。
とても対象的な二人のように思えた。
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「じゃ、私はここで。また月曜日にね。夕人くん、明菜。」
「あぁ、またな。」
「またね、環菜ちゃん。」
環菜の住むマンションの集合玄関。環菜はそう言うと駆け足でマンションの中に走っていった。そこで俺たちは明菜と二人になった。
「さぁ・・・行こっか。かなり遅くなっちゃった。」
明菜にそう声をかけたけれど明菜はただ頷いただけ。重たい空気だなという感じがした。
「なぁ、明菜。そのさ・・・ゴメンな。無理に誘ったような形になっちゃって。」
俺たちの家は同じ方角にある。俺んちに帰る途中に明菜の家があるというのが正しい。
「ううん、私こそ、ごめんなさい。」
「謝ることないって。さっきも言っただろう?明菜には明菜の用事とか考えがあるんだ。だから、それを優先させようといた事に間違いなんかないさ。」
俺たちは普段どおりの速度で歩きながらも家路を急いでいた。
「でも・・・本当は・・・」
「ん?本当は?」
環菜の住んでいるマンションから俺んちに向かう途中には区民センターがあって、そこには歩くときだけに通れる脇道みたいなのがある。いわゆる近道っていうやつだ。
そんなところを歩いている時に明菜はボソッと小さな声でそう言ったんだ。
どういう意味で言ってのかだなんて俺にはわからない。ただ、さっきも言ったように明菜の考えのもとに行動した。そういうことなんだと思っているから。
「・・・」
だから明菜からの返事がなくても、それはそれで良いんだ。そう思っている。
「ここからだと二十分位かなぁ。」
夏場だともう少し早く帰れる。でも今は冬。地面には雪が積もっているからスタスタと歩いていくという訳にはいかない。
「あのね、私、話さなくちゃいけないことがあるの。」
明菜は相変わらず俺の右側を歩いている。なんとなく二人の間にあるカバンが邪魔だななんて思いながら明菜の言葉を待った。信号もタイミング良く赤に変わった。
「なにかな?」
立ち止まって明菜の顔を見ると、すごく真剣な表情を浮かべていた。道を走っている車のヘッドライトに照らされてはっきりと見える。
「茜ちゃんと小町ちゃんに言われたの。」
「あの二人に?」
何を言われたんだろう?まったくもって見当もつかないな。
「そう、二人に。昨日のお昼休みに。」
明菜は少しだけ下に目線を向けながら立っている。俺はそんな明菜の表情を見たまま信号が青に変わるのを待っていた。
ほんの少しの無言の時。きっとどうやって話をするべきなのか。そんな事を考えているんだろうと思う。
そこに青信号になったという知らせの鳥の鳴き声が聞こえてきた。
俺たちはとりあえず横断報道を渡るために歩き始める。ここは札幌でも比較的広めの交差点。片側三車線の大きな道路が交わっている。かと言ってそんなに長い時間が必要なわけじゃない。一分くらいあれば渡りきれるような横断歩道だ。
渡りきったところで再び明菜の表情を確認してみた時に目が合った。
「あのね、こう言われたの。」
明菜の話はだいたいこんな話だった。
もっと自分の態度を発揮し示しなさいってこと。端的に言えばこれだけだった。
いや、実際にはもっといろいろなことを言っていたんだと思う。何と言っても茜と小町だからな。言うときにはかなりビシッと言ってくる二人だ。どこかしらフワッとした感じのある明菜に対してならなおさらだろうと思う。それに、明菜は俺に対してすべてを話しているわけじゃない。そんなことは当たり前だと思うし、それは別にいいんだ。
でも、その後の言葉に俺は声を失った。いや、もともと声は出していなかった。明菜が『歩きながら話すね』というから無言でその話に耳を傾けていたんだから。
「待ってるだけじゃ、何も変わらないって。もっとちゃんと自分の気持ちを見ろって。そして、その心を偽っちゃダメだって。」
三人での話がどんな流れでこう言われたのか。それは俺にはわからない。でも、なんとなく俺自身に対しても言われているような気がしてならなかった。
「・・・なるほど。」
こんな言葉しか出てこない自分を愚かしく思う。もっと他の言葉があったんじゃないか。口にしてしまってからそう思っても後の祭りだ。
「そうなの。でも、私にはまだ・・・その勇気はないの。」
「どうしてさ。」
俺にだってそういう気持ちはある。いや、偽るとかそういうのはよくわからないけれどさ。きっちりはっきりと物事を言える茜とか小町のことはスゴイと思うし、実花ちゃんみたいに客観的に物事見れるのもスゴイと思っている。
「夕人くんは、そういうのきちんとできる人なの?」
明菜が問いかけてきた言葉の意味。それを必死に考えた。考えて、考えた。本当に真剣に考えたからどれくらいの間無言で歩いてしまったのかわからないくらいだ。
そして口から出た言葉はこれだった。
「俺にだってできないことはたくさんあるんだ。」
それはつまり、俺だって自分から動き出す勇気があるというわけじゃないっていうことだ。
「・・・そっか。夕人くんもいっぱい悩んでるんだね。」
「・・・人並み程度に、だと思うけれどね。」
そう言って俺たちは雪道をしっかりと足で踏みしめながら歩いていた。
「私はね、夕人くんたちみんなの邪魔をしちゃいけないって思う時があるの。」
それはどういうことなのだろうと考えながらチラッと明菜の表情を伺った。
「私はずっとここにいなかった。二年間も。その間に色々なことがあって、その上で生まれた人間関係っていうのか、友人関係っていうのがあるって思うの。」
それは明菜の言う通りだと思う。彼女がいない間に起こった出来事のおかげで今の俺達の関係があるというのは確かだ。否定のしようがない。
「だから、そこに私が急に入っていくのはおこがましいことだって、そう考えてるの。」
おこがましい?
そんなこと、俺は考えたこともない。
それに、明菜を俺達の仲間、いやグループって言うべきなのかな。そこに加えたいって思ったのは俺自身なんだ。つまり、俺の選択が彼女を苦しめているって言うことか?
「明菜、そう考えているなら、それは間違いだし。それに俺のミスだと思う。もう少し時間をかけてみんなと仲良くなっていくべきだったのかもしれない。急にみんなと仲良くやれって言っても・・・そりゃ難しいところもあるよな。ゴメンな。」
「違うの、夕人くんのせいじゃないの。それは違くってね、むしろ嬉しかったの。転校してきてすぐにお友達が増えるっていうことが嬉しかったの。」
だとしたら、どういうことなんだろう。
「でも・・・だったら?」
「恋、の話なの。」
明菜はそう言って目を伏せた。
「・・・」
なんて言ったら良いのかわからない。
何を言ってもおかしな感じにあってしまうような気がして何も言えないっていうのがその時の俺の気持ちだったのかもしれない。
「夕人くんはみんなの憧れの人なんだよ。茜ちゃんや小町ちゃん。ううん、それだけじゃないと思うの。うまく言葉にはできないけれど、夕人くんが私の知っている通りの夕人くんであればあるほどに。だから、そういう話なの。」
どういう話だよ。
あ、恋って言ってたな。俺だって恋くらいはわかる。もちろん、湖や川に住んでいるあいつらじゃないってことも。だからこそ、何を言えば良いのかわからない。
「ローザ先輩っていったっけ。あの人の話も少し聞いたよ。」
そっか、ローザの話も聞いたのかって、そんなに詳しく話した覚えもないけれどな。
「それに茜ちゃんのことも小町ちゃんのことも。この前のことも。」
この前。それって小町のお祝い会のことなんだろうな。そう思いながらも俺は無言だった。
「でもね、どうしたらいいのかなぁ、私。みんなみんな、そう思ってると思う中で、私なんかがって思っちゃう。」
「明菜。」
俺は立ち止まって明菜の顔を見た。はっきりと、そしてしっかりと見た。
「うん。」
「ずっと考えていたんだ。俺自身のことを。」
今、言うべきなんだろうか。入試までもう二週間しかないようなこんな時期に。しかもこんなタイミングで。
「私も、考えているよ。いつもね。」
明菜は寂しそうな笑顔を浮かべている。
いきなり転校して、知り合いの誰もいない地に行き、そして再び戻ってきた明菜。今もみんなとは違う制服を着ていてどうしても目立ってしまう彼女。そういうところからも彼女はいつもいろいろ考えさせられてしまうのかもしれない。
「そういうのはさ、終わりにしようよ。もうこの学校での生活はひと月くらいしかないんだ。何を言っても来月の十五日には卒業しちゃう。私立の入試だって今月中旬から始まるんだ。そういう事を考えているのは・・・ダメだと思う。」
「そうだよね・・・恋とか・・・そんなことばっかり考えてちゃダメ、なんだよね。」
「そうじゃないよ。違うんだ。」
明菜の肩を両手でしっかりと掴み、彼女の目を見る。少し驚いたようにして見開かれている彼女の目には少しだけ怯えのようなものが見えるような気がした。
「違うの?」
「あぁ、違うよ。俺が・・・悪いと思うんだ。だから、はっきり言わせてくれよ。今。」
時間が止まるような気がした。
音も何も聞こえない。いや、聞こえる。はっきりと。これは自分の心臓の音だ。
明菜の目は何かを待っているような、それでいて聞きたくないというような。いや、俺には何もわからない。
言えるのは、俺の気持ちだけだった。
「俺、明菜のことが好きだ。こんな時期だけれど、俺と付き合ってくれたら嬉しい。」
ついに言えた。
二年前は断られたあの時の気持ち。
今でも変わらないっていうのは嘘だ。
あの時とはまた違う意味での好きという気持ち。
今まで経験したいろいろなことを全部踏まえて、それでたどり着いた答えなんだ。
心からそう思う。
「私・・・わたし・・・」
明菜は俺の顔をジッと見たままだ。俺も彼女の顔から目をそらさない。
「ずっと・・・好きでした。今でも大好きだよ。だから・・・今度こそ。」
「うん、ありがとう、明菜。」
明菜を優しく抱きしめたつもりだった。でも、思わず力が入ってしまっていたのかもしれない。だって、嬉しかったから。
こんなに嬉しいっていう気持ちになったのはいつ以来なんだろう。
「夕人くん・・・苦しいよ。」
そう呼ばれて我に返って明菜を抱きしめていた腕を離す。
「ゴメン、つい・・・」
「ううん、嬉しいの。でも、ちょっと痛かった。」
明菜の目には少しだけ光るものが見えたように思う。月明かりのせいなのか。そんなのはどうでもいいんだ。
俺はやっときちんと言えたんだ。
そして、明菜もそれに応えてくれた。
こんなに嬉しいことがあるのだろうか。
「あのさ・・・こんな事を言っておいてなんなんだけれどさ。」
「ん?」
明菜が首を傾げながらこちらを見ている。
「ほら・・・環菜なんだけれど・・・」
俺の言葉に彼女は表情を曇らせた。
「夕人くんの言いたいこと、わかるよ・・・私もどうしたらいいのかなって。」
二人で顔を見合わせるけれど、お互いに妙案は浮かばないようだった。
「俺は今まで通りでいいのかな?」
「わからない。でも、茜ちゃんと小町ちゃんにはちゃんと言ったほうがいいと思う。あ、もちろん翔くんと実花ちゃんにも。」
要するに環菜以外っていうことだよな。まぁ、今の俺の言い方だと問題があるか・・・
「そうだけれど・・・それだってどうやって言うか・・・」
「卒業まで・・・待つ?」
それもひとつなのかもしれない。その時にはっきりとみんなに・・・という手もないわけじゃない。
「うーん・・・」
本当は難しいことじゃないんだ。ただ・・・環菜とは塾が一緒だからイヤでもまだひと月は学校以外で顔を合わせることになる。イヤってことじゃないけれどさ。それに、環菜の気持ちだって知らないわけじゃない。だったら、きちんとしたほうが良いのかもっていう思いもある。
「とりあえず・・・」
「うん、それでいいよ。夕人くんが良いと思ったようにしてくれて。私は夕人くんの気持ちを聞くことができたから。それだけで本当に嬉しいの。だってね、これで終わりじゃないの。明日も、明後日もあるの。素晴らしいことだよね。」
そう言って空を見上げている。俺もつられるように空を見たけれど、生憎の曇り空には星が見えない。
「うん、そうだね。」
「あのね・・・私、ちょっと思うんだけれど。」
「なに?」
「翔くんと実花ちゃんには言おうよ。あの二人ならきっといい考えがあると思うの。」
確かに。特にあの二人は付き合って三年にはなろうかというバカップルだ。その言葉の信頼度は高い。
「そうだね、そうしよう。」
「だから、それまでは・・・」
それもどうかと思うけれども、今の俺には良い考えが浮かんでこない。
浮かれポンチだったからかもしれない。
否定はしないぞ。
ここまで読んでくださってありがとうございます
ヘタレ主人公がやっとたどり着いた答えです。
三年間かけてたどり着きました。
明菜もやっと素直な気持ちになれました。
つまり、この物語も本当の意味で終盤です。
が・・・もう少しだけ物語は続きます。
お付き合いください。




