お前なりの結論を見せろ
ついに全員が揃いました。
最後のピース、茜も合流します。
「みんなー、おっひさーって、あれれ?私の知らない人が増えている?あれ?」
十二月二十四日の朝。いつもより遅めに登校した茜の発言だった。
「あ、はじめまして、東山明菜です。えっと・・・小暮さんよね?短い間だけれどよろしくお願いします。」
明菜はそう言って自分の席から立ち上がって頭を下げた。
「あー、えっ?あなたが東山さん?そっかそっかぁ。なるほどぉ。」
茜が勝手に何かを納得している様子を見て、明菜は首を傾げている。
それも当然だろうな。さっきの明菜の言葉からすると茜とは初対面のはずだ。それにも関わらず、茜の方は明菜のことを知っている様子。だからとは言ってもそれを不思議に思ったところで仕方のないことだ。
「茜、おかえり。あのね、二年前に転校しちゃってた東山さんが戻ってきたんだよ。この前の月曜日にね。なんか、すごいよねー。」
俺の代わりというわけではないのだろうけれど、小町が茜にそう答えていた。
「戻ってきた?え、そうなの?一時復活とか、そういうヒロイン的なアレとかじゃなくって?」
ヒロイン的なアレっていうのはなんだよ。RPGのキャラじゃないんだぞ?まったく、茜は時たま面白いことを言うんだよなぁ。
「ちょっと小町・・・」
急に眉をひそめて茜が小町に何かを話しかける。
傍目からその様子を眺めていた俺は、違和感を覚えた。茜の性格的に、元気に明菜に話しかけてくるとばかり考えていたからだ。
「あ、あの・・・」
明菜も俺と同じように感じ取ったのだろうか。少しモジモジしたような感じも見せながらゆっくり二人のもとに歩み寄っていく。きっと何かの話でもしようと思っているのだろう。
「え?何かな?」
茜がいつもと変わらない笑みを浮かべた。小町も同様だ。
「えっと・・・夕人くんから話は聞いてるんだけれど、その・・・茜ちゃんって呼んでもいいかな?」
明菜は右手の人差し指で軽く頬を掻きながら、はにかんだ笑顔を浮かべながらそう尋ねていた。
「もっちろんでしょっ、クラスメートはみんな私の友達だもん。そう呼んでくれてかまわないよっ。あ、私も明菜って呼んじゃうよ。」
「うん、もちろん。そう呼んでくれたら嬉しいな。」
「うんうん、茜と明菜が仲良しになれそうで私も一安心だー。」
三人が何を話しているのか、俺の耳まではっきりとは届いてこないけれども、仲良く出来ているみたいなら俺からは何も言うことはないなぁ。
それにしても・・・生徒会を引退してもう二ヶ月近くなるのかぁ。学生服の詰め襟部分左側にくっつけていた階級章のようなバッジ。アレがないっていうだけでなんだか寂しいようなきがするなぁ。なにせ、入学して以来ここに何もついていないのって初めてだもんなぁ。
しかし、改めて考えてみると随分とスゴいことだよな。そう言えば、俺以上にバッジを付け続けているのが一人だけいるよな。永遠の学級副会長、俺たちにとってとても頼れる女子、玉置環菜だ。うん、そう考えるとあいつもなかなか・・・
「おはよう、夕人。」
ジャストタイミング、今まさにお前のことを考えていたぞ、環菜。
「おはよう、環菜。」
まるで定型文のような会話だと思ったけれども、朝の挨拶なんてこんなものだよな。
「ねぇ、ちょっと相談があるんだけれど、いいかな?」
「相談?別に構わないけれど、ここでいいのか?」
環菜が俺に相談を持ちかけてくるなんて、そうあることじゃない。もちろん、今までになかったわけじゃないけれどさ。
「うん、ここで全然平気。」
そう言って俺の隣の席に腰を下ろした。
「で、相談っていうのは?俺になんとかできるようなことなんだろう?」
机に左肘を付き、左掌に顎を乗せて話の続きを促した。ここで話せるような内容だってことはそんなに複雑な案件じゃないってことだろうな。明菜もいい感じに茜と小町と話しているみたいだし。安心して環菜の話を聞くことだ出来そうだ。
「うん、本当に大したことじゃないっていうか、相談って言うほどのことでもないんだけれどね。」
「ん?」
なんだかはっきりとしない言い方だなぁ。大したことではないけれどいいにくいようなことなのかね?
「ほら、明日のクリスマス会のことなんだけれど。」
「あぁ、そっか。明日だな。」
「そう。そのことでね、ちょっと相談したかったんだ。」
クリスマス会というのは毎年恒例の行事みたいなものだった。俺たちみんなで翔のうちに遊びに行く。そんな流れ。二十四日か二十五日の夜に。で、一日だけのお泊まり会&クリスマス会っていう感じさ。あ、恒例とか言ったけれど今年で二回目だ。あれ?全然恒例じゃないな・・・
「うん?いいけれど・・・それならみんな呼んだほうがいいんじゃないか?翔にも話を聞かせたほうがいいんじゃない?」
基本的には翔の家にみんなでご飯とかを持ち寄って食べるだけなんだけれどな。泊まらせてもらっている上にワーキャー騒いでいるから本当に翔のご両親には迷惑をかけていると思う。
「うん、そうなんだけれどね。まずは夕人に話してみようかなって。」
「ふーん、別にいいけれど?で、なに?」
「東山さんも呼ばない?」
「いいんじゃない?明菜が来れるんだったら。」
「うん・・・」
なんだ?自分から提案してきたのに案外とノリが悪いな。
「じゃ、明菜には環菜から話してくれるか?翔には俺から話してみる。きっとアイツのことだから『一人くらい増えたってかまわないぞ。なんならクラスの全員でも呼ぼうか』なんていい出すと思うけれどさ。」
「そうかもしれないね。じゃ、私は早速話をしてくるよ。」
「あ、あぁ・・・」
俺の勘違いだったのか?身軽な動作で明菜たちのもとに駆け寄っていく環菜を見てそう思っていた。
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「・・・というわけなんだが。」
昼休みに俺は廊下で翔と話をしていた。
「うーーーん、俺は構わないんだけれどさ。」
あれれ?翔の返事がイマイチだゾ?なにかまずい事でもあったのかね。
「いやいや夕人くん。キミもなかなかにチャレンジャーだよね。」
そうそう、あえて説明をしていなかったけれど翔の隣には実花ちゃんが当たり前のようにセットされている。
「チャレンジャー?なんでだよ。俺が何かをしているわけじゃないんだぞ?」
「まぁ、それが夕人が夕人である証拠ってことか。」
翔まで?一体何をいいたいんだよ。明菜を誘おうって提案してきたのは環菜だし、茜や小町とも仲良くやってるみたいじゃないか。呼ばない理由にはならないんじゃないか?
「意味がわからない。」
「いや、だからさ。お前と東山さんの関係を環菜が知らないわけがないだろうが。」
「は?だからなんだよ。それとこれとは関係ないんじゃないのか?」
「やれやれ・・・夕人くん、勉強はできるけれども、こと恋愛に関しては小学生以下ね。」
「小学生以下って・・・それは言い過ぎなんじゃないか?」
いくら実花ちゃんでもその言い方はひどくないか?流石に小学生以下ってことはないだろう。それだと俺は幼稚園児ってことになるじゃないか。
「いい?東山さんと夕人くんはただならぬ関係っていうか、二年前のあの悲劇を乗り越えちゃった仲なわけ。あの時のことは環菜も良ーーーっく知っているわよね。」
実花ちゃんが俺に念を押すようにして話をしてくる。そこまで念を押してこなくてもわかっているけれどさ・・・
「乗り越えたっていうか・・・まぁ、ちゃんと話すことが出来たからな。」
「そして、今でも二人は想い合っている。」
実花ちゃんが俺の顔に人差し指を突きつけながら断定的にそういった。
「あ?どうしてそうなるんだよ。」
「そんなもの・・・ちょっと見ていたらすぐに分かるわよ。妙に距離感は近いし、とっても近づきがたい雰囲気を醸し出してくれちゃっているからね。」
どこで見ていたんだよ。実花ちゃんは俺たちとは違うクラスだろう?家政婦の市原悦子ばりに見ているのかっ、と聞きたい。
「んなこたぁないだろう。席が隣だし、明菜は教科書もまだ持ってないし、だから、ほら、机もくっつけてあるけれどさ。それだけだろう?」
「本当にそれだけか?」
翔が少しだけ目を細めるようにして聞いてきた。それは今までにはない感じの翔だった。
「それだけだよ。他に何があるっていうんだ?」
「だったら聞くぞ?あの時のような気持ちはもうないのか?」
「・・・」
そう聞かれてすぐに答えられない俺。あの時のような気持ち?そう改めて問われると・・・
「まぁまぁダーリン。一個ずつ話をしていきましょう。あのね?もうこの際だからはっきり言うわね。時期も時期だし。私たちに残された時間は三ヶ月もないの。わかってる?」
実花ちゃんは少し苛立ちを見せつつも、まるで話の外堀から埋めていくかのようにジワジワと話を進める。
「わかってるよ、そんなことは。」
「よろしい。じゃ、次の話ね。夕人くんは今、ローザ先輩と分かれてフリーな状態よね?」
「あぁ、そうだよ。」
なんだってそんなことを改まって聞いてくるんだ。なんだか感じが悪いな。
「じゃ、聞くよ。環菜のことをどう思ってるの?」
「おい、実花。それはいくらなんでも直球すぎやしないか?」
翔がため息を漏らしながら実花ちゃんをたしなめる。
「どうって・・・仲のいい友達だ。」
「恋愛感情はない?」
「ない・・・かな。」
「かなっ?」
「ない・・・と思う。」
実花ちゃんのあまりの剣幕に気圧されるようになりながらも俺はそう答えた。いや、どちらもはっきりとはしない答え方だったかな。
「じゃ、次。小町のことは?どう思ってる?」
「仲のいい友達だ。」
「また?」
「またって言われても困る。」
実花ちゃんは少しずつ苛立ちを隠せなくなってきているみたいだ。
「実花、もういいだろう?夕人だって何も考えていないわけじゃないだろうからさ。」
翔が左手で実花の肩を軽く押さえながら『落ち着けよ。』と言っていた。
「なんだよ、何がいいたいんだよ。」
「わからないか?夕人よ。」
「・・・いや、ごめん。あまりわからない。」
「ごめんじゃないわよ。別にあたしには関係ないって言えば無いからね。とにかく、あたしはね、こう言いたいわけ。『よく考えることね。』って。キツイ言い方かもしれないけれど、夕人くんがどんな選択をしても、誰かが苦しむんだから。絶対ね。それは断言できるの。でも、仕方がないのよ、それは。恋愛っていうのはさ、思った通りにはいかないし、行くはずがないの。だって、相手があってのことなんだから。あたしは、夕人くんがキチンと答えを出してくれると思ってる。それがいつなのかはわからないけれどね。」
ガツンと言われた。俺だって今まではぐらかして来たわけじゃない。きちんと考えてきたさ。
ローザとのことだって、ちゃんと考えたんだ。あの時はローザのことが好きだって思った。だからそういう関係になることを選んだ。
「夕人。俺はさ、実はお前が今の状態を楽しんでいるんじゃないかって思うときもある。」
「楽しんでる?」
どういうつもりだよ。俺のことをよくわかってくれてたんじゃなかったのか?
「違うか?お前は今の関係を壊したくないって思っているのかもしれないけれど、そんなことは不可能だってことだ。おかしな言い方をするかもしれないけれど、誰かを選ぶってことは誰かを選ばないってことだ。言葉遊びじゃないぞ?」
「そうよ。でもね、それが恋愛でしょう?誰もが愛しい誰かに選ばれたくて、そうやって頑張っているの。」
二人の言いたいことはわかる。わかるけれど・・・俺にだってわからない。
「そういうことだ。そして、俺としては東山さんを呼ぶことには文句はない。多分実花もだ。」
翔のその言葉に実花ちゃんは無言で頷いていた。
「でもな?環菜だって、小町だって。それに茜や東山さんだってお前と同じようにいろいろなことを考えて、そして毎日を頑張っているんだ。それをわかってやれよ。」
「そうね。そして、夕人くんなりの答えをきちんと出して欲しい。それが夕人くんを三年間見てきた私たちからのアドバイスよ。本当はこんなタイミングで言うことじゃないとは思うけれども、もう言っちゃったし。」
「まぁ、実花はこう言っているけれどな。ずっとお前のことを気にしてたんだぞ?まぁ、お前のことだけじゃないか。二年生の時に環菜が落ち込んでいた時も、三年生になってすぐに小町が凹んでいた時も。茜が色々と悩んでいた時も。だからさ、わかってやってくれよ。」
「いやん、ダーリン。さり気なくあたしの事を持ち上げてくれるだなんて。」
二人の言葉はよく分かる。いや、最後の会話はどうでもいい・・・ってわけじゃないけれど、はっきり言ってこの二人にそう言われるとすごく堪える。
「はぁ・・・もう一つ言っておくぞ。」
何も言わない、いや、何も言えない俺に対して翔が溜息混じりにさらに言及してきた。
「お前、信じられないくらいに幸せなんだぞ?夕人のことを思っている人がたくさんいるんだからな。あの四人・・・いや、三人だけじゃないんだからな。」
四人?三人?誰だ?誰のことを言っているんだ?
「夕人くんって結構モテるのよ。自覚ないでしょうけれどね。」
実花ちゃんがとどめを刺してくる。
「ま、うちのダーリンほどじゃないけれど。」
そんなことは言われるまでもなくわかっていたが・・・
「そんなことをいきなり言われたってさ、俺だって悩んでるんだ。」
誰のことが好きなのかって、自分がどれほどバカなことを言っているのかなんてことはわかってるつもりでいた。贅沢な悩みだってこともわかってた。わかっていて、ちゃんと考えて、そして答えを出そう。そう考えていた。そう、答えは決まっていた・・・はずだったんだ。
「だろうな。わかるとは言わないけれどな。」
翔が少しだけ突き放すようにそう言い、実花ちゃんが翔のあとに続けた。
「東山さんが帰ってくるだなんて、思わなかったものね。決心が揺れるのも仕方がないと思うよ。」
二人はそれから俺に二言、三言だけ何かを言ってその場を立ち去っていった。
俺の耳には彼らの言葉は届いていたけれど、頭には入ってこなかった。
ただ、自分の不甲斐なさを悔いながら、その場に立ち尽くしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
茜の振る舞いがあまりにも普通ですね。それが逆に意味深な気もします。
それから環菜のちょっとした仕草。さり気なく明菜の席に座るところなんて・・・
いや、それよりも翔と実花ちゃんの言葉ですよね。
幸せ者の夕人はこれからどう行動していくのでしょうか。




