楽しい日常
今回も日常系の話です。
十二月十九日。
今日は全国的に土曜日だった。まぁ、そんなことは当たり前なんだけれど。
そんなことよりも例年よりも早めの積雪のお陰で自転車が使えなくなった。やれやれだ。塾に行くのも時間もかかって厄介になる。地下鉄の駅までの移動だけでも面倒なんだよな。それにも関わらずだ。こんな時期になって今さらのように参考書を買いに行きたいだなんて、なんて面倒なことを言い出すんだよ。
「なぁ・・・俺がいなくても良かったんじゃないのか?」
「何を言うか。こうでも言わなければお前を誘って街で買い物なんてできないだろう?」
そう、今日はどうしてか翔と街に買い物に来ているのだった。
「俺と来たってしょうがないだろう?実花ちゃんといけよ。」
雪が本格的に振り始める前に帰りたいものだ。せっかくの休みをどうして翔と二人っきりで過ごさなけりゃいけないんだか。
「実花は推薦だ。面接だけだから試験は無いんだよ。それに、俺とは勉強の仕方が違うっていうか、さ。」
少し難しそうな表情を浮かべて俺の目を見てきた。
翔の言いたいことは分からないでもないけれども、俺だってお前とは違うぞ?っていうかさ、お前と同じようなレベルの人間っていうのは滅多にいないんじゃないのか?
「だとしても、だ。彼女とデートしたってバチは当たらないだろうが。」
そうさ。そういうことはできる時にきちんとして、そしてちゃんと話をしないとダメなんだよ。それがこの前のことで俺が得た教訓だ。
「そうだな。やっぱりお前はそう言うと思っていたんだよなぁ。」
「はぁ?どういうことだ?」
「参考書を買い終わったあとに、みんなで合流する手はずになっているのだ。」
両腕を空に向けて広げ、大声で宣言した。
いや、ここは街中だからな。そんなアニメのヒーローが土壇場で必殺技を出したときのような事をされてもな。ただのイカれた人間がいるという判断しかされないぞ?その証拠にみんなが俺たちに注目しているじゃないかよ。
「翔・・・いいから落ち着け。そんな大声出すなよ、恥ずかしい・・・」
「・・・おっと、すまなかった。取り乱してしまった。」
そう言って右手で額を抑えながらフフフと笑っている姿は、やはりアニメのキャラのようにしか見えない。吐く息も白くなる時期だというのに元気なことだ。
「いや、お前は取り乱してなんかいない。いつも通りの冷静さでおかしなことをしているだけだ。」
俺も翔に付き合うようにビシっと右手の人差指を突きつける。
いやいや、俺も面倒なキャラに成長したものだ。RPGのキャラだと俺は一体どんな職業になるのだろうなんだろうなどと考えてみるものの答えは見つからない。翔の場合は賢さが異常に高い遊び人と言う考え方もあるのだけれど・・・賢者への転職も近いな。ダーマ神殿さえあれば。
職業といえば、茜はスーパースターへの一歩を踏み出そうとでもしているのかな。小町は武道家?なんか違うな。
まぁいい。くだらなすぎるわ。
「いや、そんなことはどうでもいいんだけれどな。とりあえずはみんなとの合流地点に向かおう。狸小路の地下、ポールタウンで待ち合わせだ。」
ポールタウンというのは地下鉄の大通駅とすすきの駅を繋ぐ地下通路。通路とはいっても商店も軒を連ねる地下アーケード街といった感じだ。ただ、どうにも俺には相性が良くないというか、興味のある店は殆ど無い。それというのも女性用の洋服店やアクセサリーを扱っている店が多いからなのだけれども。
「そうか・・・合流して何をするつもりなんだよ。ご飯にでも行くのか?」
あまり手持ちのない俺にとってはありがたい提案ではないのだけれどな。そう考えながら薄っぺらくて寂しそうにしている財布の中身を確認してみる。一枚、二枚・・・終わり。ふぅ、二千円とちょっとか。なんとかなるといいんだけれどな。一人心の中で呟いて財布をポケットに戻す。
「ご飯か。それは考えていなかったな。」
翔はその言葉が本気であることを示すかのように腕を組み、真剣に何かを考えるような仕草を見せる。
おいおい。何を考えているのだか。いや、考えていなかったのか?だんだん良くわからなくなってきたぞ。
「考えておけよ。ちょうど昼時だぞ?お前に朝から振り回された俺は腹ペコなんだよ。でも金はあんまりないんだよ。わかるか?この庶民的財布の状態が?」
そのくらいは考えておいてくれよ。あれ?昼時を挟むのにもかかわらず、昼ご飯のことを考えていなかった俺のほうが悪いのか?
「いやな、夕人。力説中悪いんだけれどさ。周りからオモクソ注目集めているぞ?その・・・俺が恥ずかしくなるじゃないか。」
な・・・確かに、街を歩く大人たちや子どもたちの目線が痛い。ガン見している子供までいるじゃないか。
「気にするな。人間は失敗してこそ成長するものだ。」
さっきまでとは立場が逆転。翔はしきりに頷きながら俺の右肩に手を載せている。
「なんだよ。お前はどこの偉人だ?」
それにしたって、翔に言ってやりたかった。『この状況を招いたのはお前の言動のすべてが原因だ。』と。しかし、その言葉を俺が口にすることはなかった。いや、出せなかったんだ。近頃はいろいろなことで驚かされてばかりの俺が、久しぶりに本当に驚いた。その時の衝撃をなんて言えばいいんだろう。俺は本来あるはずがない光景を目にしたんだ。
「何を言っているんだ。確かに将来は偉人になる可能性を秘めているとは言え、今はまだただの中学生にすぎないぞ、俺は。」
翔が何かを言っている。
けれども今の俺はそんなことはどうでも良かった。驚きの光景を確かめるかのように、肩に載せられたままになっている翔の手を振り払うようにして人混みを凝視した。
「なんだよ・・・ツレナイことするなよ。泣くぞ?泣いてほしいのか?」
うるさい。今は黙っててくれ。俺が見たあの姿。あの時より、少し大人っぽくなっているように感じたあの姿。あれは間違いなくここにいるはずがないあの子だった。
「ちょっとここで待っててくれるか?すぐに戻るから。」
翔の返事も聞かずに、俺はその場を立ち去った。確かに見たはずのあの子を追いかけるために。
「は?あ、おい。ちょっと待てって。」
すでに翔の声は遠くに聞こえる。俺はあの子が消えていった人混みの中をかき分けるようにして走った。
すぐに走り出したんだ。だから見失うわけがない。なのに、どうしてなのか俺はあの子を再び見つけることができなかった。
「・・・似ていただけなのか?」
そんな独り言を口にしてみても答えられるのは俺しかいないわけで。でも、その答えを俺は知る由もないわけだった。
「あっれ?夕人じゃない。待ち合わせってここだった?」
聞き慣れた声が俺を現実に引き戻していき、俺はその声の主を探した。
「小町・・・か?」
俺のキョトンとした顔を見て驚いたのか、彼女は目を丸くして一、二度、瞬きをした。
「そうだよ?他に誰に見える?」
そして、いつものように可愛らしい笑みを浮かべてみせた。俺が見かけたのは小町だった?いや、そんなことは無いはずだけれど・・・
「あぁ・・・そうだな。髪、少し伸びたんだな。」
そう言って小町の頭を無意識に撫でる。どうしてそんな行動を取ったのか、俺にもわからなかった。ただ、落ち着きを取り戻したかったのかもしれない。
小町の夏前に短く切りそろえた髪の毛は少しずつ伸びてきていて、やっと肩まで届きそうな長さになってきた。
「なに?急にそんなこと言って。それより杉田は?一緒にいたんじゃないの?」
小町は頭を撫でられていること嫌がるわけでもなく、さっきまでと変わらぬ笑みを浮かべている。けれども、俺は未だにあちこちに目線を向けてあの子の残像を追いかけていた。
「ん・・・いや、そのあたりにいるんじゃないかな。俺、ちょっと急用があって走ってきたからさ。」
ウソじゃない。でも、本当のことでもない。小町に正直なことを言えない自分自身が嫌だった。
『隠すようなことじゃない。』
そう自分自身に言い聞かせてみても、その言葉を口にするのはどうしてか憚られた。
「そうなの?用事あるんだったら仕方がないね。このまま帰っちゃうの?」
小町は笑顔を少しだけ曇らせて尋ねてきた。
二人がどんな話をしていてこのあと合流する予定になっていたのか知らないけれど、そんなにあからさまにがっかりしたような表情を浮かべられると申し訳ないような気持ちになってくる。
「いや・・・用事っていうほどのことでもないんだけれど・・・」
「え?だって、急用があるって言ったよ?」
確かにそう言った。そんな記憶がある。
落ち着けよ、俺。ありえないんだ。
あの子がここにいるなんてこと。
そうさ、見間違いだ。
「もう、終わったっていうか、なんて言ったらいいんだろう。」
俺の歯切れの悪い言葉を聞いて、小町は軽く首を傾げている。それはそうだろうな。俺だって同じようなことを言われたらわけがわからないもんな。
「そっか。よくわからないけれど、これからの予定はもうないってことでいいのかな?」
俺の訳の分からない言葉に対して、何事もなかったかのように受け入れてくれた小町の存在をとてもありがたく思った。
「・・・そういうことになる、かな?」
やっと落ち着きを取り戻しつつあった俺は、小町がどうしてここにいるのか少しだけ疑問に思った。
「小町、一人か?」
「うん。」
「このあと、俺たちと合流するはずだったのか?」
「うん。」
小町は『うん。』としか答えてくれない。俺の尋ね方が悪かったというのもあるけれども、これからの展開がどうなっているのかいまいちわからない。
「えーっとさ。俺、翔から全然話を聞いていないんだよな。だから、どこで待ち合わせしていたのかも知らないし、これから何をするつもりなのかも知らないんだ。」
小町は少しだけ驚いたような表情を浮かべながら俺の言葉を聞いていたけれども、途中から呆れたようにため息を漏らし始めた。
「まぁ・・・杉田らしいって言えばそれまでなのかなぁ。サプライズ好きっていうか・・・」
そう口にしていた小町の表情は、怒っているわけでもなく、呆れてはいるけれどもなんとなく納得できるよと言っているように思えたのは気のせいだったのか。
「んー、そういうことだからさ。この後のことを教えてくれないか?」
「わかった。えっとね、この後はみんなでご飯を食べて、それからカラオケに行こうかって。」
待て待て。みんな?みんなっていうのは誰のことだ?
「すまん、みんなって誰だ?」
「夕人に私。それから杉田と実花。あとは環菜と茜。いつものみんなだよ?本当に何も聞いてないんだね。」
聞いていない。聞かされていなかった。と言うかカラオケだと?本当に懐具合が心配になってくる話だな。
「いつものメンバーってことかな。で、お昼はどこに?」
「さぁ?杉田が考えてるんじゃないの?」
あいつは考えていないと言っていた。しかし、小町はご飯を食べると言っている。どちらの言葉が信用できるんだ?
うむ、小町だろうな。翔は何か考えてはいるんだろうけれど俺には何も話していないだけなんだろう。
「・・・で、待ち合わせはどこ?」
翔から待ち合わせ場所だけは聞いている。だから、話の信憑性を確かめるためというか、なんていうか、とりあえず聞いてみようと思った。
「えっとね、ポールタウンの狸小路あたりって聞いてるよ。」
小町は俺の顔をまっすぐに見たままはっきりと口にした。
「なるほど。俺はそれだけを聞かされたんだな。まったく・・・困ったもんだな、アイツには。」
「あはは、そうだねぇ。でも、夕人だったら急にそんな話をしても受け入れてくれるって思ったんじゃないの?」
そうかもしれないけれどな。拒否はしないよ?でもさ、先に言っておいてくれないとお金の準備っていうものがさぁ。
「うーん・・・行くのはやぶさかじゃないんだが。先立つものがさぁ。」
小町の頭から右手を離して、親指と人差指で丸を作ってみせる。そう、お金がね、って言う合図だ。
「あぁ、それはそうだよね。急に言われたってお金、ないよねぇ。」
ウンウンと頷きながら両腕を組むその仕草は、小さな子が背伸びして大人っぽく見せようとしているようにも見えて可愛らしい。
「小町は可愛いなぁ。」
「え、今の流れでどうしてそうなるの?」
驚いたような表情を浮かべて組んでいた腕を少しだけ緩ませる。
「さぁ・・・なんだろうな。ちっちゃいところか?」
「それは嬉しくないかも。」
「そうか?」
「そうだよ。」
そんな会話をして二人で軽く笑いあった。
きっと、あの子の姿は見間違いさ。どうしてそんな見間違いをしたのかわからないけれども、世の中には自分にそっくりなやつが三人はいるらしいからな。
ん?七人?いや、それは敵だったっけ?
まぁ、いいや。そういうのは色々あるんだろうさ。知らないけど。
とにかく、他人の空似ってことだろう。そう思って納得することにした。
「じゃ、待ち合わせ場所まで一緒に行くか。」
「うん。」
俺の言葉に小町は嬉しそうに頷き、そしてごく自然に俺の右手を左手で掴んできた。自然にその手を受け入れていたことにほんの少しだけ驚きながらも、小さな手を軽く握り返した。
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「あれ?誰もいないね。」
小町が待ち合わせ場所を見回してそう口にした。もちろん、待ち合わせ場所に人っ子一人いないっていうわけじゃない。知らない他人ならたくさんいる。もちろん小町が言っているのは目的の人物が誰もいないということだ。
なに?そんなことはわかる?そうだよな。蛇足で申し訳ない。
「いないな。茜とかがいたら目立つからな。」
「そだねー。背も高いし可愛いからね。」
「だなぁ。」
「いや、そこは適当に相槌を打つんじゃなくって。」
なぜだろう。小町の言ったことに頷いただけなのに、不服そうな返答が返ってきた。
「ん?そういうものか?」
「もう、いい。」
わけがわからないな。俺の言葉に何を期待していたんだろう。
「実花ちゃんもいないなぁ。待ち合わせはここでいいんだよな?」
地下のポールタウンと地上の狸小路のクロス地点。しかも地下といえばここしか無い。間違えるなんてことはありえないよな。
「うん、ここでいいんだけれど、時間がまだかも。」
「何時?」
「十二時の予定だったよ。」
「今は十一時五十分。もう誰かが来ていてもおかしくない時間だな。」
いや、時刻なのか?翔がいたら文句を言われそうだな。
「あ、きたきた。おーい、茜ー。」
小町が俺の横でぴょんぴょんと飛び跳ねながらすすきの側から歩いてくる人に手を振っている。
アレが茜?っていうかどれ?たくさん歩いている人ヒトひと。その中から茜だけを発見できる小町の目がすごいなと素直に感心していた。
「やっほー、小町に夕人くん。」
確かに茜みたいだ。紺色のダッフルコートにジーンズ。ダテメガネをかけていて、髪はアップにしている。一見しただけでは茜とはわからない感じだ。
ちなみに小町は紺色のPコートに膝丈くらいのスカート姿だ。
手を振りながら普通に歩いてくるな、茜は。
っていうか、大丈夫なのか?そんなに目立っていて。一応芸能人だろう?
そんな俺の考えをよそに、小町が茜のもとに駆け寄っていって二人で何かじゃれあっているような雰囲気を醸し出している。仲良しの女子同士っていう感じだな。
「さて、翔はどうしたんだか・・・」
フゥッと軽く息を吐き、独り言を口にした俺だった。
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「おっそい。あのバカはどこにいるのさ。」
実花ちゃんのイライラが爆発している。今の時間は十二時十五分。待ち合わせ時間からは十五分位過ぎたところだ。
「迷ってるのかしらね。」
環菜が冷静に質問でも何でもない実花ちゃんの言葉に返事をする。
「自分で時間を指定しておいて遅れるとは・・・シメなきゃいけないね。」
口ではそう言っているが、実際には文句をマシンガンのようにぶちかますだけだろう。なんとなくそんな気がしている。
「もうすぐ来るんじゃない?」
小町は特に気にもしていないようで再び茜とおしゃべりを始めた。
「ね、夕人くんは一緒だったんじゃないの?」
実花ちゃんにそう問われて、ハッと思い出す。まさか、いや、そんなことはないよな?
「・・・実はさ、途中で別れたんだよ。ちょっとここで待っててくれって。もしかして、まだその時の場所にいるのかもしれない・・・」
そんなことはないだろうと思いつつ、翔なら律儀に待っていそうな気もする。アレから三十分以上経っているけれどな。
「えっ、いやぁ、流石にそれはないんじゃない、夕人。」
環菜は俺の言葉を笑いながら受け流しているけれど、実花ちゃんは違った。
「・・・ありえるね。あのバカなら。」
翔、すまない。俺のせいでバカ扱いさせてしまった。
「と、とにかく・・・その場所に行ってみる?翔以外は全員ここにいるわけだしさ。」
気を取り直しつつ、恐る恐る実花ちゃんに提案してみることにした。
「だね。このままここにいてもダメかもしれない。移動してみてその場にいなかったら、あのバカを抜きにしてご飯に行きましょう。」
「お、おう・・・」
環菜はあえて何も言わないのだろうか。少しだけ固まったような笑みを浮かべたままだ。茜と小町は相変わらず何かをくっちゃべっている。
「さ、そこまで案内しなさいな。」
少しだけ怒りが見える実花ちゃんの言葉遣いに恐怖を覚えた。すまん、俺のせいで血を見ることになったら・・・
歩くこと五分もかからない場所。ふわっと雪が振り始めている歩道に翔は立っていた。いや、俺を待っていたんだろう。
「おー、夕人。遅かったなぁ。戻ってこないのかと思ったぞ。それにみんなも集合しちゃって。なに?待ち合わせってここだっけ?」
翔が手を振りながら俺たちに声をかけてきた。
そしてそれと同時に実花ちゃんが走り出し、近づきざまに素晴らしい右フックを翔のボディに叩き込んだ。それは見るものが見たら恐ろしく素晴らしい一撃に見えただろう。
一見すると彼氏を見つけた彼女が、愛おしさいっぱいに駆け寄ったように見えた刹那の出来事。あまりの素早さに俺たちは驚いてみていることしかできなかった。
「ぐはぁっ。」
断末魔の声を上げて、翔はその場から吹っ飛んだ。
いや、大げさな表現はやめておこう。正確に言えば一、二歩後ずさりをしただけだ。
「あんたバカ?何を馬鹿正直にこんなところに突っ立ってんのよっ。」
「夕人が待ってろっていうからさ。」
「はぁ?待ってろって言っても、夕人くんだって待ち合わせ場所を知ってるんだから、時間になったら待ち合わせ場所に来るべきじゃないの?」
「しかし、夕人がここに戻ってきた場合、すれ違いが発生する可能性があるだろう。」
「本当に馬鹿なの?夕人くんだってそのくらいのことわかって言ってんのよ。文字面どおりにうけとってんなっ。」
うっわぁ・・・キツイ言い方だなぁ。なんていうか、俺が言われたら凹むぞ、マジで。
「あ、あのさ・・・今回のことは俺が悪かったわけだし、その辺にしてもいいのでは?」
恐る恐る実花ちゃんに声をかけたのだけれど、そこにいたのは実花ちゃんではなく、鬼のような形相を浮かべた夜叉がいた。
「いいのよ。翔にはこのくらい言わないと伝わらないんだから。」
「ふむ、すまなかった、実花。」
拍子抜けするほどに翔が素直に頭を下げて実花ちゃんに謝ったのだった。
「わかればいいのよ。」
こちらもまた、あっさりと謝罪を受け入れたのには驚きを禁じ得なかった。
「ということで、お昼は翔のおごりでいいのよね?そう聞いているけれど。」
実花ちゃんよ。一体誰から聞いたんだ?翔からか?俺は一切そんなことを聞いていないし、たぶん、俺以外の全員がそう思っていると思うぞ?
「ふーむ、そんな話をしていたっけか?」
翔は首を傾げながら腕を組み、俺たち全員の表情をうかがってくる。
いやいや、そこは自分の記憶に自信を持てって。
「したね。百万回くらいしたね。」
それはありえない回数ではないだろうか。百万回って。2回位の間違いじゃないのか?
「そうか。ならば仕方がないな。では予約したお店に向かおうか。今日はイタリアンだ。」
翔と実花ちゃんの間にどんな約束があったのかはわからないけれど、予約してあるだと?イタリアンだと?しかも翔のおごりだと?
あまりの展開についていけない俺は、小町たちの表情を見たが、皆一様に俺と同じような表情を浮かべている。つまりは、やはりというべきか、急激な展開についていけないということなのだろう。
「さぁ、行きましょう、みんな。」
実花ちゃんだけは納得しているようだけれど、それでいいのか?
「よし。皆、俺に付いて来るが良いぞ。」
翔の号令で、俺たちはなんとなく二人の後をついていくこととなった。俺たちは互いに顔を見合わせつつ、ぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。
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食事は・・・うん、美味しかったぞ。イタリアンっていうからかなりビビっていたけれど、パスタのお店だった。パスタとスパゲッティの違いは未だにわからないのだが。
ただ、結構高そうな店ではあったな。そして、不思議な事に翔が顔パスな上にお会計はスルー的な流れ。これってどういうことだ?もしかして、またもや翔のお父様のお力が働いているのか?兎にも角にも支払いをしないでお店を出るという感覚がどうにも居心地が悪い。お財布には優しいけれど、精神的にはよろしくないという感じだ。
こっそり環菜に声をかけて聞いてみると俺と同じ気持ちだったみたいで少し安心した。茜と小町は楽しそうに食べていたな。慣れてるのか?あいつらは。
とまぁ、緊張のせいで味があまりわからなかった麺類の話はそのあたりにしておいて。今の俺達はカラオケの真っ最中だ。おのおのが気の向くままに選曲している。
俺はあまり歌える曲がないんだよな。だから前回のライブのときだって歌わなかったんだから。翔はB'zとかそんな感じの格好のいい曲をチョイスしていたし、茜は古めの曲から最近の曲の中で元気のいい曲を歌っている。小町は普通だな。ライブでも歌がうまいのを知っていたし、今さら歌声を聞いても驚くことなんてなにもない。実花ちゃんはアニソンか?それもまたありだな。他の女の子たちはわからない曲もあるみたいだけれど・・・これって確実に翔の影響だよな。
問題は・・・環菜なんだよなぁ。歌はうまいんだけれどさ、選曲が暗いんだよ。だからどうしたって全員のテンションが下がってしまうんだよ。もうちょっと空気を読んでくれと言いたいところだけれども、俺も人のことを言えた義理じゃない。一曲くらいは歌わないといけないよなぁ・・・まいったなぁ。
「浪漫飛行とか歌える?」
隣りに座っている小町が俺の袖を掴んで聞いてきた。
「ん?あぁ・・・聞いたことはあるけれど、歌えるかと言われると疑問?っていうか歌ったことはないや。」
「じゃ、一緒に歌お?ね?」
そういうが早いか、勝手にリモコンで番号を入力していく。
「あ、おい・・・全然歌えないかもしれないぞ?」
「いいっていいって。私は歌えるから大丈夫だって。」
小町にも強引なところがあるんだな。そう思いながら軽くため息をもらした。
いや、実はさ。カラオケっていうのは初めてだったんだよ。そういうわけでどうしていいのかもわからなかったし、なんていうかさ。そう、一言で言えば緊張したんだ。
ん?何か事件は起こらなかったのかって?
そう毎度毎度の様に事件が起こってたまるかっていう話ではあるけれども、あったことはあった。実は小町が秋にあった体操の大会でいい成績を収めていたんだ。前回の大会は全道大会的なものだったらしいんだけれど、で、順位が二位だったものだから全国大会に行くことになったらしい。
全国大会は正月が明けてすぐの一月六日。場所は東京。残念だけれど遠すぎて応援にはいけないけれども頑張ってきて欲しいなって思う。
秋の大会を見に行ったんだけれど、何ていうかスゴいんだよな。どうしてあんなに飛んだり跳ねたりできるのか不思議でたまらなかったよ。
もっと早くに言うべきだったのかもしれないけれど、今回の集まりは翔と実花ちゃんが企画した『小町、全国大会出場おめでとう会』だったらしい。
そういうことなら予め教えてほしかったもんだ。
おれにだって、気持ちの準備があるじゃないか。
まぁ、もうプレゼントは渡してあったからいいんだけれどさ。
は?いつ渡したんだって?
そんなの、大会があった直後に決まってるじゃないか。結果はその日のうちに出たんだからさ。わかるだろ?そのくらいはさ。
今回はそんな感じだよ。
うん、小町は喜んでいたよ。わざわざありがとうねって。そう言っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
夕人が見かけた人物は誰なんでしょうね。




