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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
番外編6 ある休日の出来事
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番外編6 ある日の休日 ー久しぶりの声ー

多少恒例化してきている番外編です。

今回は誰の話になるのでしょうか。

「そろそろ起きないと。学校に遅れるわよ?」


 お母さんの声が聞こえる。


「はーい、起きてるよ。」


 私はそう元気よく声を返した。

 この家は、以前に住んでいた家と比べてしまうと色々と不便なところがある。

 例えば、お風呂場が狭いとか、毎日布団を上げ下ろししないといけないとか。隣の住民の声が聞こえてきたりとか。挙げていけばキリがない。

 でも、私はちょっと満足している。お母さんとの距離が近くなったような気がするから。

 

 母娘の二人暮らしには2DKのアパートでも十分の広さだよね。和室に襖なんて古風な部屋だけれど自分の部屋もあるし。うん、贅沢は言わない。


「起きたならご飯の準備を手伝ってもらえる?」

「はーい。」


 お母さんはあんまりご飯を作るのが上手じゃない。はっきり言ったら私のほうが上かも。でも、二人で狭い台所に立って食事の準備をしていると楽しい気持ちになれるから、それはそれでいいのかも、なんてことも考えられるようになった。


 ここに引っ越してきてから一ヶ月。新しい生活にも徐々に慣れてきたところ。そう、お父さんのいない生活に。


「あー、そうそう。今日は休日だよ?勤労感謝の日。休日じゃないの。忘れてた?」


 ご飯をよそいながらお母さんにそう声をかけた。


「あら?そうだったかしら?」


 相変わらずちょっと抜けたところのあるお母さん。

 私の目の前にいる金髪で青い目のお母さんはイギリス生まれ。幼いころからおじいちゃんたちの都合でソ連とか色んな国にいたみたい。あ、ソ連じゃなくて今はロシアだよね。国名が変わるだなんて私達の住んでいる日本では考えられないようなことだけれど、お母さんが言うには『よくあること』なんだって。


 それにしても、私は金髪じゃなくってよかった。事あるごとに先生たちからごちゃごちゃ言われるのは嫌だし。

 そうそう、嫌だって言えば、小学生の頃は皆と違うお母さんの容貌が嫌だったなんて時期もあったかな。なんて子供だったんだろうと思う。今でも自分の事は子供だとは思うけれど。


「そうだよ。月曜日だけれどお休み。学校はないよ?」

「そうなのね。お母さん、すっかり忘れてたわ。」


 無理もない。私を養うためにお母さんは毎日のようにスーパーで働いているんだもの。曜日感覚がなくなってしまっても不思議ではない。


「ねぇ、お母さん。私、バイトとかしようかな。」

「あら?何か欲しいものでもあるの?」

「んー、特にはないけれど・・・部活もお金がかかるし・・・」


 いくら今年度しか今の高校に通わないとはいっても必要最低限のお金はかかる。大会への参加費とか部費とか。以前までだったら全然気にしなかったことまですごく気になっちゃう。


「だったらバイトなんかしなくてもいいわよ。お母さんがなんとかしてあげるから。」


 そうやってにこやかな笑顔を浮かべてくれるけれど、少しずつ痩せてきたお母さんを見ていると胸が痛む。

 私に何かできることはないのかな。そう思って二週間位前に疎遠になっているお母さんのお父さん。つまりはおじいちゃんに手紙を出した。お母さんには内緒だけれど。

 ちなみに父方の方のおじいちゃんとは会ったことがない。幼かった頃は不思議に思ったこともあったけれど、中学生くらいになって初めてその理由がわかった。どうやら、あまり他人に誇れるような仕事をしている人ではないみたいだったし、すでに他界しているらしい。

 らしいというのも、チラッと両親が話しているのを聞いただけだから。

 だから、いくら疎遠だと言っても頼れるのは母方のおじいちゃんだけだと思った。

 そうは言ってもイギリスのおじいちゃんに手紙だなんてどうやって出したら良いのかもわからなかったから大変だったけれどね。英語で書かなくちゃいけないし。


「でも、今の学校は色々とお金もかかるし。来年からは公立に行くから少しはマシになるとは思うけれど、学校だってタダじゃないし。」

「勉強するんだからお金はかかるわよ。大丈夫よ。」


 申し訳ない気持ちで一杯になる。中学生の時は好き放題に遊んできた。部活も好きなだけやってきた。何と言ってもお金に関して不自由したことなんてなかったし、お金持ちだっていうくらいの意識があった。今にして思えば、それだってどうやって手に入れていたお金だったんだろうって思うけれど・・・


「公立の編入試験はなんとかなったから、来年からは少しだけ余裕ができると思うんだけれど、それでも・・・」


 私の言葉を聞いてお母さんが少しだけ大きな声を出した。


「子供はそんなこと心配しなくてもいいの。いい?ローザは一生懸命頑張ればいいの。」

「うん・・・」


 そう返事はしたけれど心が晴れることはない。

 おじいちゃんからの手紙の返事はまだ来ない。


「じゃ、自転車を取りに行ってくるね。」

「いってらっしゃい。お母さん、今日は遅くまで仕事だから、夜は一人で何か食べてくれる?」


 今日は、なんて言っているけれども、基本的には毎日のように深夜まで仕事に出ている。たまに一緒に夜御飯を食べることもあるけれど、と言った感じ。


「うん、大丈夫。」

「あの子には会ってこないの?」


 お母さんにそう言われてドキッとする。

 あの子。きっと夕人のこと。会いたい気持ちはあるよ。でも、私からさようならを言った人に今さら会えるわけがないじゃない。どの面下げて会えばいいの?


『元気だった?私は見ての通りよ、元気元気!』


 なんて言えるわけもないし、それに・・・きっと。ううん、考えるのはやめよう。


「窓花のこと?」


 だからそうやってとぼけてみた。だって、まだ辛いんだもん。


「窓花ちゃんにも会いたいわよね。連絡はしているの?」


 全部お見通しといった感じでお母さんは話を進めてくる。


「ううん。引っ越してからは全然。連絡してみよっかなぁ。」

「そうなさいな。きっと窓花ちゃんも会いたいって思ってるわよ?」

「うん・・・そうだといいな。」


 笑みを浮かべながらそう口にしたけれど、何も言わずに引っ越してきちゃったっていう後ろめたさが連絡ができなかった大きな理由。


「じゃ、電話をしてごらんなさいな。」

「うん。」


 お母さんに背中を押されるようにしてすっかり暗記してしまっている親友の家の番号をダイヤルする。一回、二回・・・何回かコールが鳴ってもうだめかなって思ったとき、懐かしい声が受話器から聞こえてきた。


「はい、村雨です。」

「あ・・・窓花?私・・・」

「ローザ?」

「うん、ごめん。何にも連絡しないで・・・」

「・・・元気なの?」

「うん。」

「そう。それならいいのよ。いつか連絡はもらえるって思っていたから。今、どこにいるの?」


 久しぶりに聞く親友の声。懐かしい気持ちが胸いっぱいに広がっていく。


「広島町。」

「広島?瀬戸内海の?」

「あ、ちがうちがう。札幌の隣町の広島町。」

「なーんだ、びっくりさせないでよ。そんなに遠かったらもう会えないんじゃないかって思っちゃうじゃない。まったく・・・ローザはこれだからダメなのよ。」


 受話器越しに聞こえる窓花の声は昔とぜんぜん変わっていない。


「ごめんごめん。何となく伝わるかなって思ったんだけれど。」

「伝わるわけないじゃないの。なんにも言わないでいなくなったんだもん。どこに行ったかなんて全然わからないし。」


 そうよね。私、何も言わないで引っ越しちゃったから。夕人にもここの住所は教えていないし。


「ね、今日そっちに行く予定なの。ちょっとだけでも会えないかな?」

「今日?あんた、運がいいわね。私は今日は一日中ヒマよ。」


 そんな言い方しているけれど、本当は何か予定があったに違いない。窓花は嘘が上手なんだから。


「本当に大丈夫なの?」

「モチのロンよ。あ、でも夕人くんに会うって言うなら遠慮しますけれど?」


 そっか、そんなことも伝えていなかったんだ。親友である窓花に。それに夕人からも聞いてないんだね。


「あのね・・・私たちはその・・・別れたんだ。」

「あら。それは知らなかったわね。何?フラレたのかしら?」

「ううん。私から。でも、そうだね。ある意味ではフラれたって感じかも。」


 夕人には好きな人がいて、そしてきっとその子も夕人のことが好きで。そして、私はどんなに頑張っても夕人の一番にはなれないってわかって。だから・・・


「ふーーーむ。それはお茶でもやっつけながら話をするしかないわね。」

「あはは、そうだね。窓花には全部話すよ。これまでのこと、これからのこと。」


 受話器の向こうでほんの少しだけ声をつまらせたような、そんな感じの声が聞こえてくる。


「まったくよ。きちんと説明してもらいたいものだわ、本当に・・・バカなんだから、ローザ。」

「ごめんね・・・」

「大丈夫よ、私は。それで、何時ころにこっちに来れそうなの?なんなら私が行こうか?」

「あー、こっちに来ても遊ぶところもないし。それにもう一つ用事もあるんだ。」


 夕人の家にあるはずの自転車を取りに行かないと。


「そうなの?だったらいいけれど。」

「ありがとう。たぶん、二時間くらいでいけると思うから・・・十三時くらいかな?」


 窓花に会う前に自転車を取りに行こう。そして・・・この手紙を夕人の家のポストに。


「いいわ。じゃ、いつもの場所でね。」

「うん。」


 私の返事を聞いて窓花は懐かしく思える笑みを浮かべているんだろうな。そう思った。



 これからのことを考えてみると気が滅入る時もある。

 でも、そんなことばかりを言っているわけにもいかない。

 辛い時も苦しい時も。頑張っていかなきゃいけないんだから。

 そう考えると自然に受話器をグッと握りしめてしまった。


 そして、その日の夜。

 私の人生に大きな転機が訪れることになるのだけれど、それはまた別のお話。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回はローザのその後を描いてみました。

ローザの現在の家庭事情もお分かりいただけたかなぁと思います。

親友の窓花との久しぶりの会話、おじいちゃんたちの話。

彼女にはこのあと、どんな人生が待っているのでしょうか。

私個人としては幸せになって欲しいと思うのですけれど。

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