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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第45章 受験シーズン直前のある一日
205/235

そして日常へ 2

これで学校祭編は終わりになります。

 それからしばらくはお菓子を食べながら雑談をしていたのだったけれど、環菜の一言から思わぬ展開を迎えることになった。


「はーい、それじゃ、そろそろアレの準備をしましょうか。」

「おっ、そうだな。それがいいな。」


 翔はスッと席から立ち上がり、小道具という名のお菓子が詰まっていたロッカーから何かを持ってきた。薄っぺらい紙のようなものに見えるけれど。


「え?なになに?もしかしてプレゼント?」


 今日の主賓である小町が嬉しそうに椅子から腰を上げて声を上げた。いや、俺も主賓という扱いをして貰えてるんだけれど、やっぱり恥ずかしいっていうか、なんというか。


「そうさっ。実は俺たちで少しずつお金を出し合ってだな。」

「翔ー。あんたのそういうところがウザい。」


 ため息を漏らしながら実花ちゃんが首を左右に振った。


「いや、こういうことはキチンと伝えておかないと伝わらないものだぞ?」

「わかるけど、まずは渡してからじゃない?そうしないと小町と夕人くんがどうしたら良いのかわからなくなると思うけれど?」

「そだねー。それが正解かなぁ。」


 実花ちゃんの言葉に茜が頷いている。ふと周りを見るとむっちゃんもなっちゃんも頷いていた。砂川さんはひとり静かに紙コップの飲み物を飲んでいる。これも翔が今日のために持ち込んだオレンジジュース。テーブルには他にも冷えていなくても飲める飲み物がいくつかあった。


「わかったよ・・・どうも俺はこういう時に話しすぎてしまうからな。よし、環菜に任せよう。」


 自分の非をあっさりと認め、手に持っていた封筒を環菜に手渡した。


「いいの?何か色々考えていたんじゃない?」


 環菜が申し訳無さそうな表情を浮かべ、翔るに問いかける。


「いや、特にここにサプライズは準備してなかった。これ自体がサプライズっていう感じだからな。」

「だから、それがしゃべりすぎだっつうの・・・」


 呆れ顔の実花ちゃんがポツリとつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。


「そう?じゃ、私から渡すね。えーっと、まずは小町に。みんなで色々考えたんだけれどね。札幌駅のところで公開されている劇団四季のミュージカルのチケット二枚。本当は他にも良いのがあったかもしれないけれど・・・」

「えーっ、それってキャッツの?すごーい、私ね、行ってみたかったんだぁ。ありがとうっ。」

「ううん、でも、ごめんね?結構高くて・・・いい席のは準備できなかったの。」


 環菜が申し訳無さそうな表情を浮かべたけれど、小町は喜んで環菜の手を握っている。チケットかぁ。いったいいくらくらいするのもなのかね?


「親父のコネでも使えばなんとかなったのかもしれないけれどさ。それじゃ俺たちからって言うありがたみが薄れるからなぁ。」

「だから・・・そういうのがいらないんだって・・・」


 実花ちゃんは本当に呆れたようにそっぽを向きながらポテチを口に運んでいる。茜は苦笑いを浮かべているようだった。


「本当にありがとう。いきたかったんだー。だから嬉しいっ。」


 みんなにお礼を言いながら頭を下げている。本当に嬉しそうだな。でも、キャッツってどんなミュージカルなんだろうな。猫の・・・何かなんだろうけれど。


「そして、ごめんね、夕人くんにはその・・・」


 環菜がバツが悪そうに声を曇らせる。そしてその様子を見かねたのか、なっちゃんが代わりに説明をしてくれた。


「実はね、小町のチケットを買ったらお金がね・・・」

「いや・・・そんなことを期待していたわけじゃないから。みんながいろいろ考えてくれたっていうだけで嬉しいよ。」


 うん、そうだよな。中身じゃないんだよ。気持ちが嬉しいんだよ、こういうのってさ。


「そうっ、これこそ俺の出番っってわけだ。」


 みんなの言葉を遮るように大きな声をあげたのはもちろん翔だった。


「俺は必死に考えたわけだ。夕人には何が良いかなってな。それで思いついたのがこれだっ。」


 そう言って差し出してきたものは謎の紙。本当に普通の紙のように見える。だって、いつも配られるプリントの用紙と同じように見えたのだから。


「あ、あぁ、ありがとう。一体その紙には何が書いてあるんだ?」

「試作一号スギウェイの譲渡書だ。」


 翔の言葉に全員が静まり返る。


「え?あれ?嬉しくないのか?あれで公道を走ったらちょっとしたニュースだぞ?まぁ、実際のところ公道を走ることはできないのだけれどな。なんか道路交通法的なものに引っかかるとか聞いたからな。でもさ、庭とかそういう個人の敷地内でなら大丈夫なんだよっ。」


「ねぇ、翔?あたし、こう思うんだけれどね。」

「ん?何だ実花?」

「そんな広い庭、このあたりじゃあんたの家くらいしかないっつうのっ。」

「ふむ。だからだな、夕人には好きな時にうちに来てもらって好きなだけ乗り回してくれればいいと思うのだが。」


 俺は呆れたように笑みを浮かべていたが、俺以外の反応は中々に辛辣なものだった。


「ほら、天才と何かは紙一重っていうから。」

「まぁ、その紙一重の方ってこと?」

「昔から変人だとは思っていたけれど・・・」

「産廃だから仕方がないわよ。」

「えっと・・・本気じゃないんですよね?他にもなにかあるんですよね?」


 様々な決して小さくない声が俺の耳に入ってくる。これは明らかに聞こえるように話しているとしか思えない。


「ふっふっふ・・・これは・・・その・・・冗談さっ。本物はこっちだっ。」


 面倒くさい翔の一人芝居が始まりそうな雰囲気だった。


「えっと?今度は何かな?」


 翔のポケットから無造作に取り出された茶封筒。それを俺に手渡してくる。


「中を見てみるが良い。」


 翔の指示に従って封筒の中を確認すると、小さめのチケットのようなものが入っている。しかも二枚。


「それはだな。真駒内アイスアリーナのチケットだ。スケートを楽しむことができるというスグレモノだ。」


 自信満々な翔に対して、またも女子たちが聞こえるようにわざと呟き始める。


「散々引っ張っておいてそれ?」

「チケットって・・・前売り券よね。スケートのレンタル代は自腹で的な?」

「初めからこっちを出しておけば外すこともなかったのに。」

「産廃だから仕方ないわよ。」

「あ・・・いいですねー。私はスケートって好きですよ。」


 日高さんの優しい一言を聞いて、翔が彼女の手をしっかりと握りながら大きく頷いた。そして、砂川さんがさっきと同じ言葉で翔をバカにしていたのは聞こえなかったことにしよう。


「そうだよなぁ、スケートは楽しいよなぁ。」


 両手をブンブンと大きく振って、真剣な表情を日高さんに向けている。


「手を放しなさい。ど変態が。」


 そう言って翔の手をピシャリと叩いた。自らの彼女にそこまで言われた上に、叩かれている翔のことがほんの少しだけ不憫に思えた。


「なんだよう。優しくしてくれないといじけるぞ?」

「はいはい。まぁ、夕人くんへのプレゼントはあんたに一任していたから文句も言えないけれど・・・もうちょっと何かなかったの?」


 実花ちゃんは大きなため息をもらし、本当に呆れているようにみえた。ただ、本心はどう思っているのかは俺にはわからないけれどね。


「まぁまぁ、良いじゃないか。ローザ先輩と楽しく遊んできたら良いんだよ。受験勉強のいい息抜きにもなるしな。」


 満面の笑みを湛えながら右手の親指を立ててきた。左手はまだ、日高さんの手を握ったままだ。


「あぁ、俺さ、別れたよ。」


 俺の言葉がここにいたみんなを凍りつかせてしまった。あー、やっちまったな。と思った時には手遅れといった感じだった。


「えーっとさ、夕人?」


 翔が腕を組んだまま眉をひそめた状態でそう声をかけてきた。


「なんだ?」

「いつ?」

「学校祭のあとだ。」


 別に隠すようなことでもないしな。別れたっていうことはさ。会話の内容までは話すつもりはないけれど。


「ふーむ・・・」


 俺と翔の短いやり取りを全員が固唾を呑んで見守っている。そんな感じだったのだと思う。


「別れちゃったの?へぇ・・・ま、仕方がないよね。」


 女子たちの中で最初に口を開いたのはむっちゃんだった。


「そ、そうだよね。そういうこともあるよね。」


 むっちゃんに同意するようになっちゃんがそう言って手を打った。


「はぁ・・・そっかそっか。そんな日が来ちゃったか。ま、あたしとしては思ったよりも早くて驚いたなって感じかなぁ。」


 実花ちゃんはお菓子をつまみながらさして興味もなさそうにしている。


「夕人・・・別れちゃったの?どうして?何かあったの?」


 一人、寂しそうな表情を浮かべていたのは小町だった。どうしてそんな表情を見せられるんだよ。


「いろいろあったんだ。」

「いろいろって・・・ちゃんと話し合ったりとかしたの?」

「小町、そんなの夕人に限ってしていないわけないでしょ。」


 小町の言葉を遮るようにして環菜が口を開く。俺が別れたっていう話をしたときに表情が変わらなかったのは環菜だけだった。


「そうだけれど・・・お似合いな感じもしてたから。ローザ先輩って私が思っていたよりもずっといい人だったし・・・」


 どうして小町がそこまでローザを擁護するようなことを言うのかはわからない。けれども、そうだな。いい人っていうのは間違いない。


「でも、それでいいんじゃない?夕人にはローザ先輩は合ってなかったと思うもの。」


 環菜が言った言葉の意味が俺にはわからなかった。その言葉の意味もわからなかったし、何よりも環菜がどういうつもりでその言葉を口にしたのかもわからない。


「ちょっと環菜、その言い方ってないんじゃない?」


 誰もが何も言えない空気になりそうになっていたところに小町が少し語気を強めて環菜を責めるようにそう言った。


「だって、そうでしょう?二人の出会いから見ていたら私はそう思うもの。」

「出会いが悪かったら、何もかにもうまくいかないとでも言いたいの?」

「そうは言わないわよ。でも、一般的にはそうなるんじゃない?」


 どうして二人がそんなことで喧嘩のような状態になるんだ?


「はいっ、二人ともそこまでだよ。これは夕人くんとローザ先輩の問題なんだよ?私たちは部外者。ね?だから、環菜と小町がいがみ合うなんて意味のないことだよ。そう、言うなればね。はっきり言って無駄な争い。」


 茜が二人の間に割って入るようして、それぞれの顔を交互に見ながら笑顔で言った。


「そうだねー。茜の言うとおりなんじゃない?あたしたちがとやかくいうことじゃないと思うよ。いいんじゃない?夕人くんの口ぶりだと、円満な感じで終わったように思えるし。あ、そうだ。なんだったらいい子紹介しよっか?うちのクラスに可愛い子いるよ?」


「実花っ。なんでそういうこと言うのよっ。」


 小町の矛先は実花ちゃんに向いたようだ。というか、紹介?誰を?何のために?


「え?だって、夕人くんはフリーになったってことでしょう?だったら別にいいんじゃない?夕人くんは気がついていないだろうから言っておこうかなって思うんだよね、この際だし。」

「実花、それは別にいいんじゃないか?今、言わなきゃいけないことじゃないと思うし、言う必要もないだろう?」


 翔が冷静な声で諭すように言ったが、実花ちゃんは軽く肩をすくめるだけでそれ以上は何も言わなかった。


「でも、紹介とか、そういうのはいらないんじゃない?ね?夕人くん。だって、私がいるじゃないの。」


 まるで俺を茶化すかのようになっちゃんが満面の笑みを浮かべている。


「え?いや、その・・・ははは・・・まいったなぁ。」


 どう言葉を返していいのかわからない。確かになっちゃんは俺のことを好きだって言ってくれた人だけれどさ、え?何?今でもそうなの?嘘だろう?俺はなんて答えたらいいんだ?あれ?なんだろうドキドキしてきたぞ?


「及ばぬ鯉の滝登りってやつよ、なっちゃん。」


 むっちゃんの妙に冷静な言葉。環菜も冷ややかな目で俺となっちゃんの顔を見ている。翔はため息混じりに首を左右に振っていたし、実花ちゃんはまるで関係ないわとでも言いたげにしている。日高さんは先輩たちの思いもよらない場面に遭遇してしまって気まずく思ったのかオロオロしていた。小町は・・・どう思っているんだろう。それが一番気がかりだった。


「あー、とにかく、なんかゴメンな。せっかく気を使ってこのチケットを準備してくれたのにさ、こんなことになっちゃってて。もっと早く言えばよかったよな。そうしたら、二枚とかいらなかったよな。」

「ふむ、それは確かにそうだな。でも、だ。こういう考え方もあるんじゃないか?夕人。」


 翔は妙にキラキラした目つきで俺の方をガシッとつかみ、いやらしい笑みを浮かべた。


「考え方?」

「そうさ。夕人が一緒に行きたいと思うやつを誘えばいいだろう。デートには良い口実じゃないか。ほら、『貰った券がちょうど二枚あるんだ。一緒に行かないか?』って感じでさ。な?いい考えじゃないか?おぉ、俺ってすごくないか?」


 そう言って周囲を見回すが、誰もが呆れたような表情を浮かべている。いや、そう見えたような気がした。


「一緒に行ってもいいよ?」


 意外なほどにすぐに切り出してきたのは環菜だった。


「え?」


 それは俺の声ではなかった。俺も同じように声を出しそうになったのだけれど、出かかっていたのだけれど、出なかった。声を上げたのは小町だった。


「ね、いいでしょ?一緒に行きましょ?」


 珍しく環菜が積極的に誘ってきたのには驚いた。いや、今までも雪祭りとか札幌祭りとか、そういったイベントがあるたびに声をかけられてはいたけれども、二人で行こう的な、そういった誘いはなかったように思う。『皆で行こうと思うんだけれど、どうかな?』みたいなことは言われていたけれど。どうしよう。なんて答えたらいいんだ?


 俺は助言を求めて翔の顔を見たが、目を逸らすようにして何も言わない。


 次になっちゃんの顔を見た。彼女は驚いたように目を丸くしている。


 むっちゃんは?口をポカーンと開いているみたいだ。呆れているのかもしれない。


 実花ちゃんは・・・俺と目が合うと軽く目をつむって小さく首を振った。自分で考えろということなのかもしれない。


 砂川さんはあまり興味が無いのか、お菓子を弄んでいる。


 日高さんの表情を伺っても仕方がないとは思ったけれど・・・うん、どうしようもないよな。ただ、なんとなくすごい場面に出くわしてしまったなという感じの表情をしているように見えなくもない。


 そして茜。口を真一文字に結んだまま硬い表情を浮かべている。その表情からは何を思っているのか読み取ることはできない。


 最後に小町。俺は彼女の言葉を一番期待していた。何かを言ってくれるんじゃないかって。いや、違うな。何かを言ってくれると信じていたんだ。小町ならって。


「ねぇ、環菜。その気持ちはわかるけれどね。今ここでそうやって聞いちゃうと、いいよって言うにしてもダメだって言うにしても言いにくいと思うよ。それをわかって意地悪みたいなことを言ってるんだよね?」


 小町が言ってくれた。俺の期待通りに。いや、それ以上のことを。


「バレた?」


 環菜が軽く舌を出しながら笑みを浮かべて笑いだした。そこで固まりかけていた空気が一気に柔らかくなったように感じた。


「もう、環菜ったらすごいこと言うんだから、びっくりしちゃったよぉ。」


 茜が環菜に後ろから抱きつき、腰のあたりに手を回している。


「あー、その、なんだ?俺の悪ノリに環菜がうまく付き合ってくれた感じだったけれど、夕人にはちょっときついネタだったかな。すまん。」


 翔はまるですべての非が自分にあるかのように言って謝った。


「まぁ、翔は空気が読めないっていうか、いきなりすごいこと言い出すのが趣味みたいなもんだからねぇ。夕人くんはなんにも気にせず、妹さんとかと行けばいいんだよ。それはプレゼントなんだから。どうやって使おうと夕人くんの自由よ。ね?みんな?」


 実花ちゃんが綺麗にまとめてくれたように思う。これで、他の誰もがこのことについては何も言えなくなりそうな雰囲気だった。


「そだね。うん、その通りよ。」


 小町が一番大きく頷いているように感じたのは、俺の気のせいではなかったと思う。


**************************************


 サプライズの誕生日会が終わる頃、翔に色々と話があるから少し残ってくれと声をかけられた。『なんの話だ?』と問いかけたら『進路のことだ』と返ってきたからただ頷いた。

 そうして、皆が生徒会室からいなくなったとき、翔が話し始めた。


「なぁ、夕人。お前、どこ受験する?」

「んー、私立は東海大附属かな。公立は・・・実は悩んでる。」


 俺は正直な気持ちを口にした。そして、できることなら同じ高校に行きたいと思っているということも。


「俺も同じさ。だから夕人に聞きたかったんだ。でも、行くなら南高校か旭丘高校だよなぁって考えてるんだ。どっちにする?」


 おそらく、翔は南高に行けと担任に言われているはずだ。ん?どうしてかって?俺もそう言われているからだ。

 南高校は毎年のように東大合格者を多数輩出する道内屈指の進学校。うちの学校としても実績を残したいとか、そういう気持ちもあるのだろう。

 旭丘高校は札幌市立の高校で、別名、北大予備校。その通り名にふさわしく、毎年北大合格者を百人単位で輩出している。

 つまりはどちらも素晴らしい進学校というわけだ。どちらかを選べる立場にいるだなんて贅沢だと言われるかもしれない。


「うーん・・・親には好きにしたらいいって言われてるんだよな。」

「そうか。ならさ、旭丘にしないか?あそこは授業のシステムがしっかりしていて補習とかもあるんだよ。南高はさ、自由な校風っていうか、やりたいやつが勉強をしたらいいっていう雰囲気みたいなんだよな。ほら、俺ってさ。できるだけサボりたいわけじゃないか?ということはどちらが向いているかというのは明らかだと思うんだよ。」


 翔は力説しているけれど、こいつの場合はどちらに言っても大した違いはないだろうな。なんといっても天才だからな。どこに言っても変わらないんじゃないかと思うけれど、それでも俺に声をかけてくれたのは嬉しい。


「そうだな、じゃ、旭丘にするか。」

「うむ、実は毎年うちの中学から旭丘に進学する生徒は少ない。南高は二人くらいだしな。」


 そうなのか?うちの学校ってそういうレベルだったのか。知らなかったな。


「東高に行くやつが多いんだよ。たぶん、環菜も東じゃないかな?実花は手に職をつけたいとかで商業高校に行くって言ってたし。なっちゃんは平岸って言ってたな。むっちゃんは・・・どこだっけ?わかんねーや。」


 そう言って笑っているけれど、いつの間に集めたんだ?そんな情報を。


「えっと・・・」

「ん?小町か?」


 翔にそう聞かれて思わず顔が熱くなるのを感じた。


「お、おう・・・どこ受けるのかなって・・・」

「実はよく知らないんだ。小町は誰にも言ってないみたいだな。もしかしたら体操で有名な学校に行くつもりなのかもしれないな。」


 そうか・・・小町もローザみたいに体育系の推薦を取る可能性があるのか。そうだよな、その道を進んでいきたいって思っているならそれが一番いいのかもしれない。


「ん、そっか・・・」

「自分で聞いてみたらどうだ?」


 翔がとぼけたような表情を浮かべながら顔をグイッと突き出してきた。


「いや・・・小町が自分で決めたところに行けばいいさ。俺がどうこう言うようなことじゃないし。」

「ふーん・・・そういうもんかねぇ。」

「そういうもんだろう?進路ってさ。」

「俺はお前に聞いたけれどな?」

「・・・」


 たしかにそうだ。翔は俺と同じ学校に行きたいと言ってくれた。だったら、俺も聞いてみてもいいのかもしれない。


「あー、本当は環菜も旭丘を受けたかったみたいだぞ?なんかそういうことをチラッと聞いた。」


 俺もその話は聞いている。夏休みの合宿のときに。でも、最近は成績が伸びていないから無理なんじゃないかって言っていたな。実際に塾での模試も厳しい評価が出ていたみたいだし、環菜のことだから無理をしないで東高校にするんだろう。なんとなくそんな気がする。


「ふーん。」

「でも小町はなぁ。最近成績がすっごく伸びてるしな。中間試験の結果、知ってるだろう?」

「あぁ、確か総合で四位だったな。」

「そうそう。北海道はランク制度があるから今の成績だけで受験できるわけじゃないけれど、もしかしたら同じ高校ってこともあるのかもしれないな。」


 ランク制度と言うのは、一年生から三年生までの通知表の評価でランク付けするものだ。

 最上位がAランクで以降B、Cと続いていく。高校受験のときにはこのランクの数値と当日の試験の結果を総合して点数化する。ランクの満点は三一五点で、試験の満点は三〇〇点。つまりは六一五点満点で評価されるということになる。ただし、ランクには多少足切り的な物もあって、例えば極端なはなしだけれど、当日の試験は満点だけれど、ランクが妙に低い受験生などがいた場合、高校が非常に厳しい選択を迫られることにあるというわけだ。

 俺はあまりランク制度が良い制度とは思えない。だって、茜のように途中からグイグイと伸びてきた人には選択肢が狭くなってしまうという良くない点もあるからだ。

 一方で、中学で真面目に勉強していたものが救われるというメリットもあるから、完全に駄目な制度とも言えないところもある。


「ふーむ・・・」

「ランクは足りてるだろう?夕人。」

「あぁ、それは問題ないよ。」

「なら、そうしようぜ。明日にでも担任に話してみよう。」


 翔はなんだかすごく楽しそうに見えた。


「これで、来年からも一緒に楽しくやれそうだなっ。」

「ん、いや、俺かお前が落ちるかもしれないぞ?」


 俺はあえてニヤニヤしながら意地の悪いことを言ってみた。


「お前・・・それを言うか?たしかにそうかもしれないけれど、ここはもっとこう、違う言葉を言うべきじゃないか?」


 翔も笑いながら話しているから、俺の冗談をしっかりと受け止めてくれているんだろう。


「いやいや、ないとは言い切れないからなぁ。きちんと勉強しておかないと、な。」

「だな。それに関してはお前の言うことが正しい。」


 うんうんと大きく頷きながら腕を組んでいた。


「時に夕人。電影少女ビデオガールっていう漫画を知っているか?」

「ビデオガール?何だそれ?エロそうな名前だな・・・」

「うむ、俺もそう思っていたのだけれど、ジャンプに連載されているからそれはない。恋愛モノの漫画だよ。ちょっとSFっぽいところもあるけれどな。」


 ほう、そういう漫画があるのか。んで、それが一体何だと言うんだ?


「そうなのか。で、それがどうしたんだ?」

「一度読んでみたらいいと思うぞ。お前にはぴったりだと思うから。」

「ん?そうなのか?」

「そうなのだ。」

「わかった・・・」


 翔が何を言いたいのかわからないけれど、オススメの漫画ってことなんだろうな。


「あ、ちなみに俺んちにあるから、読みたくなったらうちに来いよ。ついでに勉強しようぜ。」

「それを言うなら勉強しに来いだろ?んでもって、ついでに漫画も読めるぞっていうのが普通だ。」

「いやいや、お前、何言ってんだかわかんねぇぞ?」

「いや、分かれよ。」


 そう言って俺達は同時に笑いだした。

 来年以降、今の俺達のグループがどうなるのか。そんなことはわからない。でも、翔とは一緒に過ごしていきたい。そう切実に思った。


「ところで、あのチケットなんだけれどさ。ちゃんと使えよ?」


 このおせっかいなところがなければなお良いのだけれど、なんて思いながらもありがたいなと言う気持ちになる。それも、翔の性格がそう思わせるのだろう。

 俺はどうあがいても翔のようにはなれない。天才的頭脳やひらめき。そういった天性のものは無理だ。けれど、と思う。翔のような性格になれたら・・・そう思っている。


「あぁ、ちゃんと使うさ。」


 俺の言葉を聞いて安心したかのようにニヤッと笑みを浮かべ、翔が俺の肩に腕を回しながらこう尋ねてきた。


「で?誰を誘うんだよ。」


「それは内緒だ。」


 俺のその返事に対して満足そうな笑みを浮かべる翔。

 その笑みにどんな意味があったのかわからないけれども、俺が声をかけようと思っている相手は・・・

ここまで読んでくださってありがとうございます。


最後は学校祭とは全く関係のない話でしたが。

少し駆け足で更新してきた感がありますので、ここらへんで小休止をはさみたいと思います。


一度、番外編をはさみ、更新を再開していきたいと思います。

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