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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第44章 ローザの想い
203/235

すれ違いからの決心

ローザの目線で話が進みます。

 一人、座席に座りながら車窓を流れていく夜景を眺めていた。

 何も感じない。ただスーッと一筋の涙が頬を流れていく。

 ガタンゴトンと規則的な音をひびかせる車両の中で私は一人目を閉じた。

 ついさっきのこと。まだ五分も経っていない。


 隣町へ向かう電車を一緒に待っているほんの少しの時間。私は彼に別れを告げた・・・





 今から三十分くらい前。

 夕人と私は自転車を押しながら札幌駅へと向かっていた。

 いつもとは違う夕人の表情を見てしまった私は・・・彼と何を話したら良いのかわからなかった。


「あのさ?」

「ん?」

「新しい家、どんな感じ?」

「・・・」


 私、小さなボロアパートだなんて言いたくないから見栄を張りたかったんだと思う。

 私の自転車を押してくれてる彼の顔が見えないよ。

 夕人はどんな表情をしてるの?

 何で俯いているの?

 何で私はちゃんと話せないの?

 今朝の私、なんて決心した?

 自分のことをきちんと話して、それでも受け入れてくれたら・・・


 そう。私はそんな淡い思いを抱いていた。そんな可能性なんて万に一つもないとわかっていたのに。


「今日のライブ、かっこよかったよ。」


 噛み合わない会話。ギコチない距離感。わからない表情。全てがいつもとは違う。


「そう?ありがとう。頑張ったんだ、練習とかさ。」

「あの子と?」

「え?」


 自分が何を言ってしまったのか気が付くまで、そう長い時間はかからなかった。


「あー、じゃなくって。みんなでだよね?」


 やっといい感じの会話が弾みそうだったのに、私、何を言おうとしたんだろう。ちゃんと話をして、私の想いをきちんとぶつけて、そして・・・夕人の答えがほしいのに。


「あー、実はさ。けっこう大変だったんだ。曲間のMCとか考えるの。」

「え?あれって、夕人が考えたの?」

「ん?そうだよ。だって、翔には練習場所の確保をお願いして。実花ちゃんには衣装を考えて貰ったし。まぁ、結果として制服が一番じゃないかって話になったんだけれどさ。茜は不服そうだったけれど。」

「そうなんだね。」


 仕事の割り振りはしてたんだね。でも、どう考えても立案、企画、実行の三拍子が揃っていた夕人が一番大変なんじゃないかって思うけれど。

 夕人は少し楽しそうにしてその時のことを思い出しているみたい。なのにどうしてなのかな。夕人の楽しそうな声を聞いてもいつもみたいに楽しい気持ちになれないのは。


『あれ?』


 どうして気が付いてしまったんだろう。いや、でも、時間の問題だったと思う。その子の名前がいまだに出てきていなかったことに気がつくのは。

 今日に限っては笑顔を浮かべられていた自信はないけれど、それでも自分の表情が曇っていくのがわかる。

 一緒に歩いてもうすぐ大通公園に差し掛かろうかというころ。駅までの道のりは残り半分くらい。とにかくそんなところだった。


「・・・」


 夕人が無言で私の顔を一瞥して立ち止まった。私、声とか出ちゃってた?それとも・・・


「えっと・・・」


 何か言わなきゃ。でも、わざわざ話すようなことじゃないよね、あの子のことは。何を言えばいいんだろう。そんなことを考えているうちに夕人が先に口を開いた。


「もうすぐ冬だね。」


 そう言って夕人が私から目を逸らした。話をそらした。どうしてなの?


「え、あの・・・うん・・・そうだね。」


 何で冬?今はそんな話題じゃなかったよね。

 イヤだ。何でこんな感じなの?ちゃんと話をしたいよ。


「なんで?」


 え?なに?何に対しての『なんで?』なの?言っていることが全然わからないよ。


「な・・・なにがかな?」


 私の問いかけに対して答えるわけでもなく、再び無言で歩き始めた夕人。もしかして、これが答えなの?ダメだよ。全然わからないよ。


「ローザさ・・・グレーシアさんと何を話したの?」

「何って言うほど話はしてないかな。」

「大事な話があるって言ってたじゃない。」

「言った、ね。うん。」


 何が言いたいの?たしかに大事な話はあるって言ったけれど、それとグレーシアさんと話したってことと何か関係があるわけ?


「それって何?」


 夕人が少しだけ私の前を歩いている。ちゃんと話をしたいけれどなんとなくその機会を逃してしまっていた私にとっては渡りに船であることは確か。


「うん・・・」


 私の曖昧な返事を聞いて夕人がクルッと振り返った。その表情は私がよく知っている笑顔だった。ちょっとホッとした私がいたのはどうしてかな?


「今日は遅くなっちゃたからさ。その大事な話っていうのはまた今度にしない?」


 また今度。

 今までと同じ状況だったなら『うん。』って頷いたと思う。明日でもいいか、とか、また今度会えた時でもいいかって。そう考えたと思うけれど・・・今度会えるのはいつになるだろう。そう考えたとき、もう、夕人に会えないような、そんな気がした。


 それはイヤ。会えないのはイヤ。


 隣町に引っ越した私にとって、今まで慣れ親しんでいたあの場所は殆ど立ち寄ることのない場所になった。通学の時にも二度と卒業した母校の付近を通ることはないだろう。部活もあって帰りは遅くなることも多いから帰り道に寄り道っていうことも難しい。そもそも、通学にはすごく時間がかかるわけだし。


 でも・・・と私は思う。


 会えないのだったら一緒にいられないんだったら・・・いっそのこと・・・


 ダメ。考えたらダメ。

 私、答えは決まっているんだ。

 夕人と別れたくない。そんなことは今さら考えるまでもなくわかってた。


「ん・・・今度?」


 だから誤魔化すように彼に言葉を返した。


「うん。引っ越したからって二度と会えないっていう距離じゃないだろ?」


 もちろんだよ。二度と会えない距離じゃない。

 でも、どうせなら簡単には会えない距離のほうが良かったのかも。津軽海峡を越えちゃうとか、そのくらいの遠さになったのなら我慢もできるし、諦めも付くよ。私、どうして今まで無理をしてでも彼に会おうとしなかったんだろう。

 そんな後悔が頭をよぎるけれど、What's done is done.ってやつよね。


「でも・・・次にいつ会えるかわかんない。」


 思わず声が小さくなる。夕人の顔を見ることができない。


「そっか・・・」

「うん、ごめん。」

「謝るなよ・・・」


 夕人の言葉の後、沈黙が私たちを包む。

 歩道には他にも人が歩いていて、車道にもたくさんの車が走っている。狸小路から聞こえていたはずのあのやかましい音楽も。何も聞こえないような気がした。

 時間が止まってしまったような、そんな錯覚に陥りながらも私は色々と考えていた。

 これからどうしたら良いのか。どうするべきなのか。これから先のことをどうしたいのかはわかっている。でも、今をどうしたら良いのか。それがわからなくなってくる。


 もう二十二時。いくらお母さんの許可は取っているとは言っても、十分に遅い時間よね。夕人だってこれ以上は無理だってことはよくわかっている。少し急がなければいけないってこともわかってた。

 いろいろ考えながら歩いていたから私たちは無言のまま。


「ねぇ、夕人。その・・・自転車なんだけれど。」

「自転車?」


 夕人が空を見上げるようにして少し顔を上げた。私の顔を見ようとはしなかったけれど。

 私、頭の中で色々考えすぎちゃって不思議なことをいい出したように思われたかも。


「うん・・・その、今度取りに行くから・・・今日はそれに乗って家に帰ってもいいよ・・・なんて。」


 あははと苦笑いを浮かべてつまらないきっかけを作ろうとしてみた。そう、もう一度だけでも夕人に会うためのくだらなくて姑息な。


「札幌駅に置いてあっても使えないか・・・学校からも家からも遠いもんな。」


 私の意図を汲み取ってくれたのかどうかは関係なかった。ただただキッカケが欲しかった。


「うん・・・それに、使わないかも。基本的には公共交通機関で学校まで行けるし。」


 たくさんの言い訳は思いつくよ。夕人に逢うためだったら。


「そうなのか?それなら預かっておくけれどさ。俺んちだってマンションだから外にしか置いておけないけれどいい?」


 私は黙って頷いた。これで、あと一度だけは夕人に会える。


「もうすぐ駅に着くよ。その・・・話ってさ、また今度で・・・良いんだよな?」


 夕人の言葉も少し歯切れが悪い。私が言っていた『大事な話』っていうのがどんな内容なのか察しているのかな?だとしたら、先送りにしようとしたのはどうして?それに、私の顔を見てくれないのはどうして?


「うん、今度会えた時でいいよ。」


 いつになるかはわからないけれど、もう少し笑顔を浮かべられるようになった時にきちんと話をしよう。心を決めていたつもりだったけれど、やっぱり・・・辛すぎる。


 夕人はどうしてか私の顔を見てくれない。

 片方の目からスーッと涙がこぼれた。あまりに自然に溢れてきたことに驚き、夕人に気が付かれないうちに右手で拭い去った。


 夕人、キミはやっぱりズルいよ。

 キミだって本当の気持ちに気がついちゃったんでしょう?だとしたら、キミから話してくれてもいいじゃない。

 キミの後ろ姿から何かを感じ取れっていうの?そんなことできないし、したくないよ。



 私の自転車を一時的に自転車置き場へ預けて、私たちは駅のホームに立っていた。『もう帰っていい。』って夕人には言ったんだけれど、入場券を買ってここまで一緒に来てくれた。そんな優しさが余計に私を惨めな気持ちに変えていく。そんな気がした。

 最後の優しさなんじゃないかって。


「この時間だと思ったより本数がないんだな。一時間に二本しか無いだなんて。」


 ホームの時刻表を見ながら一人ブツブツと文句を言っている姿を私は見ていた。


「そうみたいね。もう、いいよ。遅い時間だし。電車に乗ってしまったら駅からはすぐだから。」


 もう一度会えるとは思っている。思っているけれど、終わりを告げるだけに会いに行く勇気はない。自転車を出しにしてとも考えたけれども、やっぱり無理かもしれない。


「そうは言ってもさ?次は十五分後だ。こんな寒い中にローザ一人をおいては帰れないさ。」


 笑顔を浮かべて時刻表から目を離して私の顔を見てくる。

 久しぶりに見たような気がする私が大好きなキミの笑顔。ずっと見ていたいと思った笑顔。できることならばキミにとって一番の存在で見ていたかった。

 でも、それが無理だってことがわかっちゃった今、私にできることはこのまま自分の気持ちをごまかしながら一緒に居続けるか、それとも諦めるかの二択しか無いんだよね。

 どちらを選んだところで自分が望んでいた結果じゃない。


 でも、私、キミにこう言った。


『私と一緒に歩いていこう。少しずつでいい。一歩ずつ。君の心の傷が癒えるまで。』


 きっともう、キミの心は癒えたんだよね・・・


『君は少しずつ私に恋をしてくれたら。それでいいの。』


 こうも言った。

 少しは私に恋をしてくれた?好きっていう感情を抱いてくれた?

 自問自答してみたけれど答えがわかるわけがない。


「ローザ?」


 心配そうに私の顔をジッと見ているキミ。

 私は今でもキミのことを思うとドキドキできるよ。

 でも・・・キミはどうなの?


「夕人・・・ちょっとそこに座って話をしない?」


 そう。私の望む望まないに関わらず、いずれ終わってしまう関係。それが今の私たちの関係。


「うん、いいよ。ローザも疲れたよね。今日はずっと外に出ずっぱりでしょう?」


 いつもと同じように私に気を使ってくれるんだね。でも、今はそんな気遣いはいらない。キミは優しいけれど、その優しさが時に他人を傷つけるってことを知らなきゃいけないよ。

 そんなことを思いながら私は無言でベンチに向かって歩いていき、一人で腰をおろしてキミが来るのを待つことにした。


「少し寒くなってきたね。」


 そう言いながら私の隣に腰を下ろした。


「そうだね。もうすぐ、冬だもんね。」

「うん。」

「ね、覚えてる?初めてのデート。」

「覚えてるよ。」


 私たちの初めてのデートは今年の雪まつりだった。そう、まだ一年も経っていないの。


「今よりずっと寒かったよね。」


 少しだけ目を閉じてあの時のことを思い出してみると胸が痛い。ある意味で無理矢理に、強引に連れ出したことを思い出した。


「そうだね。冬、だったしね。」

「うん、キミはいつだって優しかったよ。」

「え?」


 夕人が驚いたような声を上げた。

 私にはキミが何に驚いているのかわからない。けれど、私はそのまま話を続けることにした。


「私たちの出会いは、最悪だったよね。」


 そう言ってスッと目を開いて真正面を見つめる。何かを、というわけではなく、ただ、前を見ただけ。


「あぁ、うん。でも、俺はこう思うよ。あの出会いが無かったら、今の俺達はなかったんじゃないかって。」


 そうかもしれないね。あの時はこんなことを考える日が来るだなんて思いもしなかったけれど。

 そんなことを一人考えながら目線を少しだけ空に向ける。あいにく星が見えるような場所じゃない。無機質なホームの屋根と架線が見えるだけ。


「・・・だね。」

「わからないけれどさ。」

「そうだね、何がどんなことを引き起こすかだなんて、誰にも予測できないよね。特に恋愛のことなんて。」

「ローザ・・・」

「聞いてっ。私の話。」


 夕人の言葉を遮るようにして、少しだけ語気を荒げた。

 キミはきっと何も言わない。何かを言おうとしていたけれど、それを私が遮ったから。わかっていてそうしたのだから。


「いっぱいデートしたよね。色んなとこにも行ったし、色んな話もしたし。私、楽しかった。」


 今度は目線を下に落とす。ホームの白線がやけにはっきりと見えるように思う。


「ねぇ、キミの心の傷、少しは癒やすことができたかな?私、今でもわからないよ。キミの心が癒えたのかだなんてこと。そんなことは本人にしかわからないものね。でも、それはいいの。だって、私、そう言ったもんね。キミの心の傷が癒えるまで一緒にいようって。」


 キミはどんな表情をして私の言葉を聞いているのかな。

 きっと真剣な表情かすごく切ない表情を浮かべているんだろうね。けれど、今の私にはそれを確かめている余裕はないの。自分の心を守るだけで精一杯だから。

 ごめんね、最後までわがままで。


「そしてこうも言ったよ。少しずつ好きになって欲しいって。うん、言った。すごくズルい言い方だったよね。キミの性格を知っていてあんな言い方をしたの。優しいキミならそう言ったら断らないんじゃないかって。幻滅しちゃうよね。何が正直に生きるだよって思うもん。でもね、私にだって意地があったから。簡単に白旗はあげない。そう宣言もしたしね。だから、キミが誰かのことを好きだろうって事をわかっていたけれど、それも言わなかったし、言いたくなかった。一緒にいたら好きになってくれるチャンスも多くなるって。そう思ったんだ。」


 一気に話しても良かったんだけれど、目の前にはっきり見えていた白線が見えなくなってきた。頬に温かい物が伝っていくことだけが分かった。


「ねぇ。どうなのかなぁ?私、少しはキミの役に立てたのかな?」


 声が詰まる。

 胸が焼ける。

 心が弾けそう。

 キミの言葉を聞くのが恐い。


「あ・・・」

「まだ。まだ言いたいことは終わってないのっ。もう少し時間を・・・ください・・・」


 もうちょっと・・・一方的だけれど伝えたいの。私の想いを。


「私、椎名ローザはキミのことが大好き。本当に好きだよ。あの時からその気持ちは変わらないよ。ずっと一緒にいられたらどれくらい幸せなんだろうって。本当にそう思っているの。ウソじゃないよ?だから・・・答えて。私のさっきの問いに。私の事、好き?」


 大好きな夕人の顔を見る。

 隣りにいる少年の表情の全てを見ようとして。

 酷な質問だってことはわかっているよ。でも、聞かせて欲しい。お願い。


「・・・」


 硬い表情。なんて答えたら良いのか、そう、きっと私を傷つけないようにするのはどう言ったら良いのか。そんなことを考えているんだろうって思う。


「答え・・・られないよね。わかってる。それが答えだってこと。」

「ローザ。俺・・・」

「キミには答えられない。いや、答えない。でも、答えないことも答えたことと同じことになっちゃうってこともあるんだよ。わかるかな?」


 涙が止まらない。

 悲しくて切なくて。

 辛くて苦しくて。

 痛くて・・・そして虚しくて。


「ごめん・・・俺はローザにそんな思いをさせていたんだね。」


 私の目をしっかり見つめている。その目には私にはわからないたくさんの思いが浮かんでは消えていっているように思えた。


「聞かせてよ、キミの正直な心の声を。」

「・・・ローザと一緒にいられた間、俺はすごく楽しかったよ。本当さ。ローザのお陰で俺はいろいろなことを思い出せてきたんだ。好きという思いとか、そういったものを・・・」


 一言一言を噛みしめるようにして口に出していたその姿は、本当に本当の思いを口にしてくれているということだけはわかる。だからこそ、苦しくても聞かなくちゃいけないよね。


「ローザのこと、嫌いだなんて思ったことはない。いや、好きとか嫌いとかそういった二元論的な考えで言えば好きだよ、ローザのこと。」


 ずっと聞きたかった言葉。

 それにも関わらず嬉しいという感情が湧き上がってこない。それはきっと、その後に続く言葉がなんとなくわかってしまっているから。


「でも・・・ごめん。最近になって俺の心の中にずっと引っかかっている事があるのがわかってしまったんだ。」

「うん・・・そうだよね。キミはずっとその子のことを想っていたんだもんね。」


 そのことはずっとわかっていたけれど、思っていた以上にツライよ・・・


「知っていたの?それなのにずっと俺なんかといてくれたの?」


 夕人が驚いたような表情を浮かべて、少しだけ私から距離を取るようにあとずさった。


「・・・どうして・・・逃げるの?」


 私は悲しくなった。

 ずっと知っていたし、はじめから知っていた。

 自分でハンディキャップ戦だとは言ったけれども、ここまでのことだったと改めて知るとなんとも言えない喪失感があるよ。それに、逃げるように距離を取られるだなんて・・・


「ごめん・・・逃げたんじゃない。驚いちゃって・・・」


 夕人は姿勢を元に戻して再び私の顔を見てきた。でも、涙が止まらない。彼の本心を聞いてしまった今となってはこれまでとは同じ想いではいられない。わかってはいたけれど、思っていた以上にツライ。


「・・・ねぇ・・・私の事を好きになってくれないの?」


 願い。

 祈り。

 望みのない嘆願。

 キミの性格をよく知っている私だからわかる。これが無駄な言葉だっていうことも。

 キミは他人には優しくできて、一度決めたことを曲げたりはしないもんね。


「・・・ローザ。」

「やっぱり、いいっ。聞きたくないっ。わかってるからっ。」


 立ち上がって彼に背を向ける。

 もう・・・何も言うことも聞くこともない。早く・・・電車が来てくれたら良いのに・・・


 大きく息を吸って、涙で滲む空を見上げる。溢れてきたものが暖かいのか冷たいのかもわからない。そうして吸い込んだ空気を思いっきり吐き出してから、両手で涙をしっかりと拭った。


「今まで楽しかった。今日まで本当に・・・ありがとう。私、夕人とのこと忘れないからっ。」

「ローザ・・・」


 私の背後に夕人の気配を感じる。ダメ。やっと決心したのっ。今は優しい声をかけないでっ。せっかく決めた心が揺らいじゃうっ。


「いいからっ。もう・・・優しくしないで・・・お願い・・・だから。」

「どうゆうこと・・・さ?」

「だからっ、そういうことよっ。もう、一緒にはいられないってことっ。」


 夕人からの言葉が聞こえてこない。何をどう考えているの?『もしかして』なんてことは期待していないけれど・・・でも・・・


「・・・それって・・・」

「・・・そう・・・いうことだから・・・わかってよ・・・」

「・・・ごめん・・・ローザ。」


 姿は見えないけれど夕人が何をしているのか手に取るようにわかる。きっと、直立不動の状態で立っていて、そして頭を下げてるんだ。これで・・・おわり?終わっちゃう?


「・・・うん。」


 ホームに広島行きの電車が到着するというアナウンスが流れる。


「・・・電車が来るね・・・」


 夕人の声が終わりの刻を伝えてくる。そう、今日で終わり。これで良かったはず。そうだよね、夕人。私たち、これでよかったんだよね。

 私の顔に風が当たるのと同時にホームに入ってきた電車がブレーキをかける音が響く。もう到着したんだね。


「さよなら、夕人。いつか・・・笑顔でまた・・・会えたら良いね。」


 私はそう強がりを口にして彼の顔を見ること無く、電車のドアに向かった。


「ローザ・・・ありがとう。」


 夕人の声が耳に届いてくるけれど、ただ・・・ツライよ。電車に乗り込み、すぐ近くのポールを掴み、そして振り返る。最後に・・・もう一度だけ彼の顔を見たい。


「・・・そんなつらそうな顔しないでよ・・・ツライのは私なんだから。」

「ローザ。」


 そう言って夕人が駆け寄ってくる。


「ダメだよ。これ以上は近くに来ないで。私、耐えられなくなる。」


 無理やりに笑顔を浮かべてみようとしたけれど、引きつったような笑顔しか作れない。


「・・・ほんとになんて言ったら良いのか、俺・・・」


 夕人が苦悶の表情を浮かべている。私だってツライけれど、彼だってツライのかもしれない。だって、こうなってしまった理由が理由だから。でも、だからこそ思うんだ。


「そんなんだから。私、キミのことが大好きなんだよ。」


 手を伸ばせば届くくらい近い距離にいる彼の頭を撫でた。

 手は届くけれど・・・ただそれだけ。本当にそれだけなんだよね。


「だから・・・」


 ホームにベルがけたたましく鳴り響いて私の言葉をかき消した。


「え?」


 聞こえなかったのかな。でも、いいや。そこまであの子にしてあげることはないんだから。


「元気でね。」


 私の言葉と同時にドアが閉まる。

 キミは今までに私が見たこともないような情けない表情を浮かべている。全く・・・なんて顔してるのよ。


『ほんと、バカなんだから・・・』


 そう思いながらドアのガラスに右手をくっつけ、口の動きだけで私からの最後の言葉を伝えた。キミからの返事は聞こえないけれど、確かにキミは頷いた。


「ふふ・・・最後まで・・・キミは可愛いよ・・・」


 電車が動き始めた。

 私たちのこれからのように別々の方向に。

 でも、私はこの電車のようにきちんとしたレールの上を歩いていけるのかな。

 一人になった私はため息を漏らし、近くの座席に崩れ落ちるように腰を下ろした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


ローザと夕人。

ひとつの恋の形が終わりを告げました。

ローザが考えていたことと夕人が考えていたこと。

実は全てがすれ違いです。


夕人はローザのことを案じていました。

けれどもその無言で考えていた様子を見て、ローザが勝手に判断してしまった。


悲しいすれ違いとでも言うべきなのでしょうけれども、夕人の心の中にずっと引っかかっている事があるのも事実です。


いつだって、少し背伸びをしていた可愛らしいローザ先輩はここで退場ということになりました。

自分から潔く身を引く形で。


ローザが夕人に向けた最後の言葉。

口だけで伝えた想い。

それは二人だけの秘密にしてあげてください。

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