打ち上げパーティ
今回も長くなってしまいました。
パーティ会場ってとこに行ったことがない俺は、どんな服を着ていったらいいものなのか全然わからなかった。けれども、そもそもスーツなんてオシャレなものをもっていないわけだから適当な服を着るしかなかったわけだ。うん、中学生にとっての冠婚葬祭時の服装は制服だよな。幸いにして既に冬服の時期になっていたから大した準備をすることもなく会場に向かうことができた。
しかしてそこは、俺達が見たこともないような大人たちがたくさん集まっている不思議な空間だった。
「おっ、夕人ー。遅かったなぁ。もう始まってたぞ?」
翔はパーティ慣れでもしてるのか?服装こそ学生服だけれど俺みたいにビビった感じが全くない。片手にオレンジジュースを持っていつもの笑顔を浮かべている。
「そうよ。あたしたちしか来ないのかと思ってドキドキしてたんだから。」
隣に立っている制服姿の実花ちゃんは、まるで翔に付き添ってきた奥さんみたいな感じだ。緊張したとか言っているけれどいつも通りに見えるのは気のせいなのか?
「家に帰ってから来たからさ。それに、渋ってたローザを連れてくるのに手間取った。」
「う、うるさいっ。だって、私、完全に部外者じゃん?何で来ていいのって感じじゃん?」
翔と実花ちゃんの二人はちょっと驚いたように俺達を見ている。もしかして私服姿のローザを見たのが初めてだったからか?それとも他の何かが?
「いやぁ。こうやって改めて見ると、美人さんですねぇ、椎名先輩。」
「全くだねぇ。しかも、腕なんか組んじゃってラブラブってやつですか?」
な、なんだ?この面倒くさい感じの近所のおじさんとおばさんみたいな同級生は。
「い、いいじゃないかっ。緊張すんだよ、こういうとこってのはっ。」
服装とは全然合っていない口調で右足を踏み出して二人を威嚇するローザ。こんなとこで気合い入れたって仕方がないだろうに。
「ま、そんなことは置いといてさ。」
「置いといちゃうの?」
「そうさ。別にいいだろう?何言われたって。ローザはグレーシアさんに招待されたんだからさ。自信持っていればいいんだよ。」
「そうだけれどさ・・・」
急にシュンとする彼女を見て苦笑いを浮かべた。
「なんか・・・」
「ほんと、息ぴったりだね。」
翔夫婦こそ息がぴったりじゃねぇかよ。俺達はいつもこんな感じだって。いや、違うかな。ここに来るまでのローザはいつもと違って全然話さなかったしな。あれか?帰りが遅くなるからか?でも、お母さんにはきちんと許可を貰ったんだから気にすることなんかないのに。
あー、でも、ローザのお母さんに事態を説明するのは大変だったな。何を言っても信じてもらえなくてさ。ただ、良くよく考えたら当たり前なんだよな。『芸能人に呼ばれたからパーティに言ってくるわ。』って言って、どこの親が信じるって話だよ。結局、グレーシアさんのマネージャーでグレーシアさんと茜のお母さんに連絡を取って・・・ま、いいや。こんなやり取りの話はつまんないしな。
「そ、そっか?」
ローザが満更でもない笑みを浮かべて照れている。こういうところは、昔から素直っていうか、わかりやすいっていうか。そんなところも可愛いところだと思う。
「ところでさ、二人しか来てないのか?」
「ところでって、夕人・・・冷たい。」
ローザが何か言っているがとりあえずは置いておく。構い続けると会話が進まないからな。
「あ、茜は来てるぞ?ほら、あっちの方で誰かと話してる。」
翔が会場内で俺たちの対角線上に当たる方を指差した。そこにはきちんとワンピースを着てパーティ用の衣装に身を包んだ茜がいて、俺の知らない大人と談笑していた。目立ちすぎる色ではなく、比較的暗い感じの青色のワンピース。所々に花のような何かが見えるけれど本物か?あれは。
「なんか、住む世界が違うっていう感じもするな。」
「そりゃ仕方がない。世界が違うのは事実だからな。」
俺の独り言のような言葉に翔が頷いた。
そう、その通り。俺達と茜は住む世界が違う。俺達は一般人で彼女は芸能人だ。きっと、中学校を卒業したら彼女に合う機会なんてほとんど無くなるんだろう。
「はぁ・・・」
そんなことを考えたからなんだろう。思わずため息が出た。
「なんだぁ?そのため息は。ん?もしかして、もったいなかったとか思ってるのか?」
誰にも聞こえないように耳元で囁いてきた翔の言葉に驚く。
「いや、それはないかな。友達ってだけで十分だよ。」
「なになに?何の話?」
男たちのひそひそ話に平気で入ってこようとするのは実花ちゃん以外の何物でもない。いつものことだ。
「「なんでもないさ。」」
俺達は声を揃えて実花ちゃんに笑顔を向ける。もちろんローザにも。
「なーんか、騙されているような気もするけれど。」
不服そうな実花ちゃんのことも放っておこう。今日ここに招待されているのは俺達以外には、環菜に小町、それからなっちゃん。砂川さんにも声をかけたけれど丁重にお断りをされた。
「えーっと、小町たちは来てないのか?」
あたりを見回しながら翔に問いかけた。
「ん?見てないな。」
手に持っていたオレンジジュースを一気飲みしながら翔はそう答えた。
「そっか。」
来るって言ってたよな。小町は結構時間とかにうるさい奴なのにまだ来てないだなんて。何かあったのかな。
「まだ来てない友だちがいるの?」
ローザが俺の左腕にグッとくっついて来るようにして聞いてきた。
「あぁ。今日のライブに出てたメンバー。あと、裏方で本当に一生懸命動いてくれた友達がね。まだ来てないらしんだ。」
間近に迫ってくるようなローザの色白の顔を見ると、未だに気恥ずかしくなってくる。
「ふーん・・・玉置さんって子と、青葉ちゃん?」
笑顔でそう問いかけてきたけれど、ローザのその笑顔には何かが引っかかるような、そんな不思議な何かを感じた。
「そう。あとは北田さん。俺はなっちゃんって呼んでるけれど、今回の舞台では照明や音声、音響なんかを担当してくれてたんだ。」
「へぇ・・・なーんかさ。」
「ん?」
「夕人の周りって女子ばっかだよね。」
ローザが少し頬を膨らませながら俺から目を逸らした。
「ははは、確かになっ。夕人の周りは女子ばっかりだな。じゃなきゃ俺か足草だもんな。」
翔が腹を抱えて笑い出す。賑わっている会場だったから良かったものの、学校でやったら信じられないくらいに目立っただろうな。
「ちょっと翔。あんた笑いすぎ。」
実花ちゃんがたしなめているけれど、翔は何がそこまで面白いのかまだ笑い続けている。
「馬鹿は死ななきゃ治らないってやつ?苦労するねぇ、実花。」
攻撃的かつ挑戦的な物言い。さらに低い位置から発せられた声。
「小町か?」
そう言って振り返ったところに確かに小町がいた。居たんだけれど、さ。
「あー、小町ってば可愛い格好してきたんだねぇ。お姉さんはびっくりだよ。」
そう。俺は小町がこんな格好をしてくるとは思わなかったから驚いた。なんとなくいつもスポーティな格好をしているイメージがあったんだけれど、今日は大人っぽく紺色のワンピースにあまり高くないヒール。体にピッタリとあったそのデザインはまるで彼女のために仕立てられたかのようだった。ちょっぴりだけれど化粧をしているようにも見える。
「環菜がね?パーティに行くならそれなりの格好しなきゃダメだって。」
「そう。私が言ったの。」
その声と一緒にワンピース姿の環菜がやってきた。彼女のワンピースは地味目の黒がベース。白で縁取られたデザインが更に大人らしさを醸し出している。彼女も小町と同様に軽く化粧をしているようだ。こちらは小町とは違って黒の少し高めのヒールだった。
「環菜・・・なんか、見違えちゃった。」
実花ちゃんがそう言ったのも理解できる。環菜達が化粧をしていたのを見たのは初めてだっったけれどいつもの子供っぽいあどけなさが消えて、より一層キレイに見えた。
「どうよ、夕人。私もなかなかのもんでしょうよ。」
小町が薄っぺらい胸を張りながら俺にアピールしてくる。環菜は笑顔を浮かべて俺達の方を見つめていた。
「あぁ、驚いた。可愛いな、小町。」
「いやぁ・・・可愛いっていうか、綺麗って言って欲しかったけれど。まぁ良しとしますか。」
満足気に笑みを浮かべて頷く小町とは対象的に、どんどん表情が曇っていくローザ。
「ごめん、私、ちょっと出てくるね。」
そう言ってローザは俺のそばを離れて会場から出ていった。
「どうしたんだ?トイレか?」
翔が首を傾げながらそういったところに、実花ちゃんが激しいツッコミを頭に入れる。
「トイレとか言うなっ。女子が席を外す理由は詮索しないのがルールだっつうの。」
「いてて、そういうものか?」
「そういうものよ。」
相変わらずの夫婦漫才は無視するとして、ローザは急にどうしたんだろう。
「夕人、いいの?追わなくて。」
小町が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。化粧のせいでいつもと違う顔に見えるような気もするけれど、やっぱり小町は小町だ。子供っぽい愛くるしさを失ってはいない。
「うーん、わからないけれど。そのうち戻ってくるとは思うから。」
なんとなく不安はあった。だから、ローザが出ていった出入り口の方から目が離せなかった。
「ね、私さ、お腹すいてるんだ。みんなで食べ物を取りに行かない?」
小町が取ってつけたような言葉を投げかけてくれたおかげで、俺達はこの場からようやく動き始めたのだった。
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みんな可愛い格好してる。化粧とかもしてたし。私よりも年下の子達があんなにしっかりしてるのに、私ったらこんな普段着姿で。いくらグレーシアさんに招待されたからって私なんかがここに来ちゃいけなかったんじゃないの?だって、私、何にもしてない。今回の舞台ではただの観客だった。なんにも手伝っていないし。
「はぁ・・・」
ホテルの廊下に設置されている長椅子に腰を下ろして途方にくれていた。
「こんな服着てたって・・・」
夕人が好きそうな服。たしかこんな感じだった。
マネキンが来ていたのは少しだけタイトなブラウスとミニスカート。ウエストに薄手のセータを巻いていて。そんなマネキンを一緒に見ながら『ローザが着たらもっと可愛くなりそう。』なんて言ってた。だから、似たような服を買って、そしてお気に入りの底の厚いブーツを履いたの。いつかデートの時に着ていきたいって思っていた服だけれど、買った時期と着た時期がこうもずれちゃうとタイミングを逃した感が否めないよね。それに、パーティ向きの服でもない。寒いからってお母さんが持たせてくれたジャケットを着ていても普段着感は否めない。
「やっぱり来るんじゃなかったよぉ・・・」
「あれれ?ローザちゃんじゃないの?こんなところでな~にをしてるのかなぁ?」
この声に、この呼び方。ハッとして顔をあげるとトイレから出てきたのかハンカチで手を拭きながら声をかけてきたグレーシアさんが立っていた。
「やっぱりそうだぁ。来てくれたんだね、ありがとう。」
そう言って満面の笑みを浮かべる。グレーシアさんだからなのか、芸能人だからなのかはわからない。ただ、すごく綺麗でなんとなく輝いているように見えた。そんな彼女も薄手のシルクでできているような光沢のあるドレスのようなワンピース。体にフィットしていてラインがしっかりと出ている。赤い色が普通の私たちには絶対に着れない色だってアピールしているようにも見えた。
「はぁ・・・夕人に連れてこられました。」
そんな私の言葉を無視するように自分の胸元の布を軽くつまんで話し続けた。
「すっごい色でしょう?まるで何かの授賞式か?みたいな服装じゃない?」
笑みを浮かべながら片手に持っていたポーチにハンカチをしまい込む。
「え、えぇ・・・私じゃ着られないですね。」
素直な感想を口にした。だって、本当にそう思ったから。
「だよねぇ。私だって普段着でいたいんだけれど、今日はちょっと偉い人たちも来るって言うから、仕方がなくこんな格好をしてるってわけ。それで・・・どしたの?何かあった?」
私の隣に腰を下ろしながら問いかけてきたグレーシアさんからは少しだけきつい香水の香りがした。昼間に話したときと同じような口調で話しかけてきたグレーシアさんだけれど、今はちょっとだけ雰囲気が違う。そう、まさに大人っていう感じしかしない。
「・・・ちょっとだけ。」
「ふーむ、もしかして服のことで悩んでる?それとも何か他のこと?」
どうしてここまで的確に私の考えていることがわかるのかって驚いたけれど、ずっと自分の服とグレーシアさんの服を見比べていたら誰でも気が付くのかもしれない。
「私、こんな服しかなくって・・・持ってもいないし。」
「ふむふむ。別にいいと思うけれどなぁ。若いんだし、可愛らしくていいと思うよ?」
グレーシアさんは本気でそう思っているみたいで、しきりにウンウンと頷いている。
「でも、パーティっていう場所には相応しくないっていうか。受付でもジロジロと見られたし。」
夕人と受付をしていた時、担当した女性の目線が痛いほど突き刺さったのを感じたんだもん。
「そっかぁ・・・よっし。じゃ、着替えたらいいよ。あっちに私の控室があるから一緒に行こうっか。たぶん、何か服があるんじゃないかな?といっても衣装だけれど。あんまり派手じゃないのもあったと思うよ。ついでにお化粧もしちゃおうか。ね?」
私の答えを聞くのを待たずに腕を取ってズンズンと歩いていく。私ってこんなに腕を引っ張られたこと無いかも。しかも一日に二回も。
「あ・・・ちょっと・・・別にそんなのいいですって・・・」
「いいからいいからっ。」
楽しそうな表情を浮かべているグレーシアさんにとって私って一体何なの?
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「皆様、畔上グレーシア主催のパーティにお越しくださいましてありがとうございます。本日は本人からも重大発表がございますので今しばらくご歓談をお楽しみください。」
綺麗なアナウンスの声が会場の雰囲気を壊さずに耳に入ってくる。さすが本職。スゴいな。思わずそう思ったのもなっちゃんのアナウンスを二日間聞き続けていたからだった。確かになっちゃんのしゃべりも素晴らしかった。あれを聞いていたらもしかして本職なのかって思うほどだったけれど、やっぱり本物のアナウンサー?かどうかはわからないけれどスゴいな。落ち着いた声とよく通る声。どれもスゴい。
「うーん、私はまだまだだね。」
小町と環菜に遅れること五分後くらいにやってきたなっちゃんは俺や翔たちと同じように制服姿だった。そして今は一緒に立食パーティに興じている。
「いやいや、なっちゃんも中々のものだったと思うよ?だって、俺達はまだ中学生だぜ?あんな感じにできちゃったら大人たちの出る幕が無くなっちゃうだろうよ。」
「まぁ、それもそうなんだけれどねぇ。」
軽く肩を落としながらも笑みを浮かべているなっちゃんはいつも通りの余裕のある表情を浮かべていた。
「おーい、夕人。こっちにローストビーフがあるぞいっ。」
確かにいつも通りなんだけれど・・・なんというか恥ずかしやつ。俺は『わかった。』という合図に軽く右手を上げて答えた。翔の隣では実花ちゃんと小町がまるで勝負でもしているかのように山盛りの皿を手にしていた。思わず苦笑いが溢れる。
「それにしても。夕人くんと知り合いになれてよかったよ。中学校最後の学校祭であんな大役をやらせてもらえたし。私は自分の進む道が見えたかなって思えた。」
「進む道?進路のこと?」
なっちゃんはフゥッと息を吐きながら会場の壁際に移動していった。俺のその後に続いていく。
「そう。進路。とは言っても高校のことじゃなくって、将来の夢っていうのかな。」
壁に寄りかかりながら軽く目を瞑った。
「夢、かぁ。」
「うん。私、昔は歌手になりたかったっていうのは話したよね?でも、それは難しいからそういうのに関わる仕事がしたいって。」
たしかにそんな話を聞いた気がする。いつのことかは覚えていないけれど。
「そう・・・だったね。」
「あ?ちょっと忘れてた?」
「そんなこと無いさ。」
「いや、いいんだよ。忘れてたって。そういうものだから。」
そう言ってフフフッと声を出して笑う。
「なんだよ。一応覚えてたぞ?正確には思い出した、だけれどさ。」
「うん、それでいいの。それでね、私はアナウンサーを目指す。今回のことで放送関係のことにもっとしっかり関わりたいって思ったし、それにみんなの前で話すのってちょっと素敵じゃない。」
そうか。なっちゃんはそんなことを考えながら今回の仕事をこなしていたのか。同級生なのに少し大人っぽく見えるのはなぜなんだろう。俺とは違って自分の将来の夢がキチンと見えているかららなのか?
「そっか。うん、いいかもしれないね。なっちゃんの声はキレイだし、今回もスゴかったし。」
「そっかな?でも、ありがとう。本当に感謝してる。夕人くんに出会ってなかったらこんな経験もできなかったかもしれないからね。」
俺と出会ってなかったら?それはあんまり関係ないような気がするけれどな。
「俺と出会ってなくたって、なっちゃんなら自分の夢を見つけられたって俺は思うけれどね。」
「さぁ?それは夕人くんと出会っていない私に聞いてみないとわからないけれどね。でも、楽しい中学生活だったなって思う。」
何でこんな言い方をするんだろう。まだ半年近くも時間があるのに。
「ん・・・楽しかったけれどさ、まだ終わりじゃないだろう?」
俺の言葉を聞いてなっちゃんはどこかさみしげな笑みを浮かべる。
「やりたいことをやっていられるのはもう終わり。私は夕人くんと違って勉強を頑張らなきゃなのです。だって、アナウンサーになるにはちょっといい学校行かないと。」
「そういうものなの?」
「さぁ?でも、読んでいる原稿の意味がわからないとマズイでしょう?そのためには色々と勉強しないと。」
たしかにそうかも。ニュースの原稿の内容の意味もわからずに読んでいたら絶対にとちっちまうもんな。
「俺は、なっちゃんならできると思うな。」
根拠のない自信だったけれどなんとなくそう思ったんだ。いや、願望だったのかもしれないけれどさ。
「夕人くんは先生になったらいいと思う。きっと生徒たちのいいところを伸ばしてあげられる先生になると思うよ。」
「そっかなぁ・・・」
これを言われるのは本当に何度目だ?色んな人にこう言われたような気がする。
「さぁ?それは夕人くん次第でしょう。さっ、てと。私はそろそろ実花のところに行ってくるね。ちょっと食べ過ぎだと思うし。最近太ったとか言ってたのにさ。」
笑みを浮かべながら俺の顔を見てくる。
「そ、そっか。」
俺はなっちゃんに促されるようにして実花ちゃんの姿を探した。確かに三人でガンガンローストビーフを食べているみたいだ。周りの大人たちは微笑ましい何かを見るかのような生暖かい目付きで見守っている。
「いっちばーん。」
最初に食べ終わった翔が右手の人差し指を高々と掲げながらアホな宣言をしている。
「ふっそぉ・・・」
まだ食べている途中の小町は悔しそうに翔の顔を睨みつけていた。
「ふふ・・・楽しそうだね。じゃ、そういうことで。また学校でね。」
なっちゃんは軽く右手を上げて俺の元を去っていった。そして、そこに入れ替わるかのように環菜がやってきた。
「にぎやかなのね、パーティって。」
「そうだな。」
別に冷たい返事をしたわけじゃないぞ?ただ、そう思ったからこんな返事をしただけさ。
「ね、夕人。ローザ先輩は?」
環菜に言われるまでもなく、ローザのことは気になっていた。この会場を出ていってから既に三十分近く経っている。まさか帰ったわけじゃないとは思うけれど、なにかあったんだろうか。
「わからない。さっき出ていったきりだ。」
「そう。心配じゃないの?」
「心配じゃないってわけじゃないけれど。ローザだって子供じゃないんだし。勝手に帰ったりはしないと思う。誰かと外で話してるんじゃないのか?」
適当に言ってはみたものの、ここにローザの知り合いなんているんだろうか。
「ふーん、私は別にかまわないんだけれどね。」
そう言ってさっきまでなっちゃんが立っていたところに歩いていき、軽く壁にもたれかかる。そして、俺を手招きして隣に来るように促してきた。
「ここからだと色んな人達が見えるよ。」
俺は軽くため息を漏らしてから、ゆっくりと移動して環菜の横の壁に背を預けた。なるほど、環菜の言う通りにいろいろな人の姿が見える。記者のような人、カメラを持った人、スーツ姿の偉そうなおっさんなどなど。
「みんな、お金の匂いにつられてきているのかしらね。子どもたちは私たちだけみたい。」
おおよそ中学生とは思えないようなセリフをさらっと口にする。
「お金の匂いって・・・なんかエゲツないな。」
「仕方がないんじゃない?だって、グレーシアさんは今売り出し中のタレントさんよ?お近づきになっておきたいって人はたくさんいると思うもん。」
俺にはまだよくわからない。お金が大切だってことはわかるけれど、仕事という感覚が全くわからない。人の縁が大切だってことだけはわかるけれどな。
「まぁ・・・そうかもな。」
「うん、そうだよ。人と人の繋がりって大事だと思う。」
俺はそう言われてちょっとドキッとした。同じことを考えていたんだって思ったからだった。
「・・・そうだな。」
「人ってね、一人じゃ生きていけない生き物なの。」
騒がしい会場内の喧騒のせいで小さな声で話す環菜の言葉が聞き取りにくい。
「ん?」
「私もね、そう。一人じゃ生きてはいけない。だから、家族と一緒に生活しているし、みんなと生きてる。」
環菜は会場内の何処というわけじゃなく、ただ、ボーッと眺めているように見えた。そのなんとなく憂いのある表情はやっぱりキレイだなと思ってしまうわけで、そんなことを考えている自分がちょっとだけ嫌になった。
「いや、まぁ、そういうものじゃないの?中学生なんて一人じゃ生きていけないのは当たり前だしさ。大人になるための準備っていうのか?それが今なんじゃないの?」
どこかで聞いたような偉そうな言葉を格好つけて言ってみた。なんとなく重たい話題になるのは嫌だなって思いながら。
「そうだね。そう思うよ。」
そう言って俺の顔を覗き込んで笑い、話を切り替えてきた。
「今日はごめんね?あの時のセリフ、間違えちゃって。」
間違えた?今まで特に誰も突っ込まなかった環菜のあの時の行動。それにも関わらず、環菜自身がそのことを話してきた。漠然とした違和感。俺は思わず眉をひそめて環菜の顔を見た。
「間違えたんなら仕方がないさ。かなりびっくりしたけれどな。」
びっくりしたのは本当だ。あの時、茜が臨機応変な一言を言ってくれなかったらどうなっていたことかと思う。
「でも、実はちょっとわざと。」
「は?」
「ウソ。私もちょっと緊張したみたい。」
なんだろう。すごく嘘っぽい。だからといって頭っから否定していくわけにもいかない。
「もういいさ。結果的にはうまくやれたわけだし。結果オーライってやつ?」
口ではそう言っているけれど、腑に落ちない何かがあったことは言うまでもない。なんとなくだけれど、環菜は無駄なことはしないっていう感じがあるからか?それとも、何か別の理由でもあるのか?なんだかよくわからなくなってきて頭の中がグルグルしてきた。
そんな時だった。会場の入口から一人の女性が歩いて近づいてきた。派手ではないけれど深い緑色のドレスワンピースに同系色のヒール。胸元には白い花が添えられている。そして、見たことがある色白のきれいな顔。
「え?ローザ?」
「夕人ぉ~。」
ローザはそう言って俺の方に駆け寄ってきた。
「え?うそ?ローザ先輩?」
環菜も驚きの表情を隠さない。それもそうだ。さっきまでの服装とは打って変わって、妙に大人っぽい、いや、パーティ向きの服装になって戻ってきたのだから。
「なんで?っていうか服・・・どうしたの?」
驚きながらも俺の腕にしっかりとしがみついているローザにそう問いかけた。
「グレーシアさんにバッタリ会って、なんかこんなことに・・・」
うむ、さっぱりわからん。けれど、予測は付いた。あの人、またちょっとしたいたずらのつもりなんだろうか。
「え、グレーシアさんに?」
「そうなのよ、えっと、環菜ちゃんよね?なんか控室に連れて行かれて、それで着替えさせられて・・・」
「ご会場の皆々様。大変長らくお待たせいたしました。畔上グレーシアから皆様にご挨拶をさせていただきます。」
俺達の会話を遮るかのようにアナウンスが流れ、グレーシアさんが一段高いところに現れたのだった。茜は一段下がったところに緊張の面持ちで控えていた。
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「いやぁ、それにしても。打ち上げパーティって聞いていたけれど、新曲発表の場だったとは。」
翔が会場の出口付近で腕を組みながらハァッとため息を漏らす。
「だな。てっきり今日の打ち上げだって言うからリラックスしてたのにさ。まさか、今日のあの映像を使われるとは思わなかったよな。」
「本当だよ。みんながあたしの美貌に気がついちゃうじゃない?」
「それは別にいいけれどさ。たぶん、スルーされてるし。」
その言葉と同時に実花ちゃんの右フックが翔のミゾオチに決まる。
「ぐおっ。実花・・・本気で来るとは・・・腕を上げたな・・・」
「スルーされるのは当たり前だからいいの。ただ、その言い方がムカつく。」
「まぁまぁ。仕方がないって。グレーシアさんが新曲発表と同時に、妹の存在を明らかにしちゃったからなぁ。しかも、あの映像が流れている最中にさ。」
俺も首を縦に振りながらそう言った。
「全くよ。私たちは知っていたから別に驚かなかったけれど、会場にいた人たちからはどよめきが起こっていたじゃない。何人かは走って会場から出ていったもんね。あれが特ダネをゲットした記者魂っていうやつ?」
小町も俺と同じように首を傾げている。
「茜、もう学校来れないんじゃない?」
環菜の冷静な言葉に俺たち全員が我に返る。
「そうだよっ、マズイよ。」
実花ちゃんが環菜の言葉を聞いて声を上げた。それにしてもあの映像がテレビに流れるのかもしれないと思うと・・・なんとも言えない恐怖感と高揚感がある。あの映像というのは今日の学校祭でのグレーシアさんの舞台の映像のこと。もちろん俺たちもバッチリ映ってしまっている。
「でも、茜はニッコリ微笑んでたよね。覚悟できてそうな感じだったよ。」
小町の言葉に俺は頷く。
「実はさ、俺、知ってた。今日の学校祭が始まる前に本人から聞いたんだ。」
「なにっ。」
そう言って俺の首に腕を回しながら次々と疑問を浴びせてくる。
「何を聞いた?」
「そうよ、何を聞いたのよ。」
相変わらずのサラウンドステレオで問いかけてくるな・・・
「さっきのことをだよ。今日のパーティでは私のことを話すってお姉ちゃんが言ってたって。そう聞いたんだよ。」
「そうなの?茜めぇ。私にはなんにも言わなかったくせに。」
「それは夕人と茜の信頼関係の違いでしょう?」
小町がムスッとしていたところに、環菜が余計な茶々を入れる。
「ん・・・まぁ、仕方がないかな・・・うん。」
なーぜに納得する?そこは全然納得するところじゃないだろう?むしろいきり立って環菜に食ってかかるくらいの気迫がだなぁ。
「そうよ。ちょっと前は相思相愛だったはずなんだから。」
環菜の言葉に俺たちは凍りつく。これまで無言で俺の横に立っていたローザがポツリといった。
「それはウソ。」
「どうしていい切れます?私はずっと夕人のこと見てきましたから。よくわかってますよ。」
環菜も一歩も引かない。って言うかなんでそんな話の流れになるんだよっ。
「見ているだけじゃわからないってことかな。」
「どういうことですか?」
環菜がやけに噛み付いていくけれどローザは歯牙にもかけていない感じだった。
「言葉通りの意味よ。ごめん、私、この衣装をグレーシアさんに返さなきゃいけないから。じゃ、夕人また後でね。」
ローザは笑みを浮かべることもなく、右手を軽くあげて俺たちのところから去っていった。その姿はローザ対環菜の勝負がローザの完勝であることを印象づけるかのようだった。
「環菜ぁ。今のはどうかと思うよ?あたしもさ。そりゃ、夕人くんと茜がいい感じかなって時もあったけれどさ。もう昔のことじゃない。」
実花ちゃんが溜息混じりに非難したが、環菜は特に何も言わない。
「やれやれ。どうしちゃったのさ、環菜。なんか、らしくないじゃない。」
小町も環菜のいつもと違う雰囲気を感じ取ったみたいだ。
「まぁまぁ。俺達が言い争ったって仕方がない。それに、もっと大事なことがあるだろう?」
「そうだよ。」
「明日のワイドショーに俺たちが映るかもしれないってことだ。」
「そうそう・・・じゃないわっ、ボケーッ。」
再び、実花ちゃんの右フックが炸裂した。
「茜のことだろう?」
明日になれば日本中が茜の存在を知ることになる。畔上グレーシアの妹として。それは単なる芸能界デビューと比べてとんでもなく大きなインパクトになるだろう。少なくとも、今までよりも仕事の依頼も来るだろうし、学校に居づらくなるのは確かだ。下手したらあの時みたいにマスコミも押し寄せてくるかもしれないしな。
「私たちが守ってあげられるかな。」
なっちゃんが遠慮がちに声を出した。
「あたりまえじゃん。私たちがやらなくてどうするの。みんなで、ここにいるみんなで残り少ない茜のここでの中学校生活を楽しいものにしなきゃ。でしょ?夕人。」
小町に笑顔でそう言われて何も言えないほどバカじゃない。俺だってそう思っていたんだから。
「そうさ。できるだけなんとかやってみようよ。何ができるかなんてことは知らないけれど、何もできないわけじゃないんだからさ。」
俺の言葉を聞いて翔も実花ちゃんも大きく頷いた。
「環菜も協力してくれるよね?クラスの副会長さんの協力もないと盛り上がらないよ?」
小町が環菜の脇腹を軽くつついた。
「ちょ・・・わかってるわよ。」
ビクッとして小町から一気に距離を取る。もしかして、脇腹が弱点なのか?小町もそれに気がついたのか、両手をニギニギとしながら環菜に近づいていこうとする。
「わかったからっ、ここは止めて?ね?お願い、ここはダメなの。」
「ふっふっふ。わかればいいのよ。環菜の弱点もわかったしね。」
恐ろしい。小町のストレートな行動が恐ろしくて頼れる。
「ごめーん、パーティの時は全然みんなのところに行けなくってごめんねー。」
茜が走ってやってきた。パーティの時の衣装からは着替えたのか普段着の茜だったが、顔に施された化粧はそのままだった。そして、会場に残っているのはホテルの従業員かグレーシアさんの事務所の関係者の人達だけになっていた。
「お、茜。ついに本格的にデビューって感じだな。」
翔がそう言いながら右手の拳を握って、茜の方に向けた。
「うんうん、そうなの。なんだか急な話で色々と大変なんだよー。」
さっきまでは一抹の寂しさを感じていた俺だったけれど、なんとなく遠い存在のように思っていた茜がやってきたことで嬉しくなってしまった。
「いや、でもよかったな。うまくいったみたいでさ。」
「うん、ありがとうね、夕人くん。」
「何で夕人にだけ事情を話したのかなぁ。私に話してくれても良かったんじゃない?」
笑顔を浮かべている茜に少しだけムスッとした表情で愚痴を言う小町。
「えー、小町ちゃんにも話そうと思ったんだよ?でも、『歌の復習で忙しいからあとで。』って言ったじゃない。」
茜は口を尖らせながら小町の誤解を解こうとしている。
「あれ?そうだったっけ?そう言われたそんなこともあったような気が・・・」
「あったよ、忘れちゃった?まぁ、今回のライブは小町ちゃんに全てがかかっていると言っても過言じゃなかったしね。緊張しちゃうのも無理はないかぁ。」
なんだか久しぶりにこんなに笑いながら話をしたように思う。ここしばらくはいろいろな意味で余裕がなかったからなぁ。
「まぁ。とりあえずはいいわ。許してあげる。」
「うん、ありがと。」
どうして小町が強気に出るのかわからないけれど、茜はそれで納得しているみたいだから問題はないってことか。
「ところで、みんなはこれから帰るのよね?私は今日はここで泊まりなの。明日からまた東京に行く予定だから。」
茜はちょっとだけ申し訳なさそうに俺たちの顔を見てそう言った。
「そっかぁ。今度はいつ戻ってくるの?」
「来週末かなぁ。一週間くらいは向こうにいることになると思うけれど、まだよくわからないってところもあるかな。」
茜は芸能人といっても俺たちの友達で俺達と同い年の中学三年生。仕事をするのはまだまだ早い年齢だと思う。でも、こうやって一歩ずつ自分の道を進もうとしている。
「茜は・・・スゴいな。」
「え?なによ、夕人くん。急に・・・どうしたの?」
可愛らしい笑みを浮かべながら俺の顔をしきりに覗き込むようしている。何年か経ったら、こんな経験はすごく貴重なものだったって実感が湧くんだろうか。
「いや、こっちのことさ。」
「あー、なんだろ?なんだろ?気になるよっ。」
子供みたいに駄々をこねている茜の頭を、小町は背伸びしながら撫でていた。そんな二人の姿は可愛らしく見えた。
「ま、俺達はそろそろ帰ろう。幸いにして俺んちの車が到着するはずだから・・・三人は乗れる。」
「ということは、あたしに環菜と小町、なっちゃん。あれれ?席が足りないよぉ?」
「俺が入ってねぇじゃねぇかっ。」
相変わらずの夫婦漫才だ。もはやお約束と言ってもいいんだろうな。
「男は歩いて帰りな。」
実花ちゃんも段々とハードなツッコミを入れるようになったな。
「なーんてな。今日は大きめの車が来るんだよ。なんと七人乗れるぞ?えっと、俺と実花。環菜に小町になっちゃん。夕人とローザ先輩の全員を乗せられる。素晴らしいな、俺ってっ。」
「はいはい。お父様にお礼を言っておいてね。」
「あー、俺はパス。ローザを送ってくから。」
俺は詳しい事情を話さずに事実だけを伝えたのだけれど、これが良くなかったみたいだ。
「はいはい。邪魔して申し訳ございませんでしたね。どうせ俺は、そういうことに気が回りませんよ。」
翔が拗ねたようにそっぽを向こうとする。
「いや、違うんだ。ちょっと事情があってさ。彼女、自転車で来てるし。」
ウソではないけれど、本当でもない。ローザは今日は電車で帰ることになっているから駅まで送っていくつもりだった。
「そうなんだ?それじゃ仕方がないね。夕人がちゃんと送っていってあげないとね。」
小町がそう言ってくれたことでなんとなくその場の空気が納得するような方向に向かってくれた。
「ありがとう、小町。」
「いやいや、何ていうの?私はいつだって夕人の味方よ。」
なんだ?なんか不思議な事を言われたような気がしたけれど心地よく聞こえたな。
「ちょっと大人な小町ってばいい感じじゃない?」
茜が小町の肩を抱き、二人で顔を見合わせて笑っていた。
「ごめーん、パーティの時に全然みんなのところに行けなくって。」
なんだかついさっきも聞いたようなセリフを口にしてグレーシアさんが小走りでやってきた。その後ろにはローザも一緒だった。二人とも服は着替えたようで、ローザは俺の知っている服に戻っていた。
「やっぱり姉妹ってどこかが似ているのよね。」
腕を組みながら言った実花ちゃんの言葉に俺たちは全員しっかりと頷いたのだった。
「え?なに?何なのこの空気?ちょっと、どういうこと?茜?」
一人困ったような表情を浮かべているグレーシアさんに対して俺達はただニヤニヤと笑みを浮かべて見せていた。
「なーんか、みんな意地悪だねっ。今日はみんなで頑張ったのにっ。」
頬を軽く膨らませている姿はグレーシアさんというよりはあかりさんだったのかもしれない。俺はふとそう思った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
日常とは違う雰囲気だからこそ話せることってありますよね。




