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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第44章 ローザの想い
201/235

イベントが終わって

イベントが終わってイベントが始まります。


変な言い回しですけれども、そんな感じです。

「終わったな・・・みんな、本当にありがとう。そして、お疲れ様でした。」


 翔がステージの上から夕人たち生徒会役員と各委員会の委員長たち、そして協力してくれた放送委員の数名に感謝の言葉を伝えた。そして、同時に拍手が起こる。


「終わったと言っても、後片付けが残っている。幸いにして明日の半日が後片付けの時間に当てられてはいるけれど、ここ体育館だけは撤収しなくちゃいけない。もう少しだけよろしく頼みます。」


 溜息のような声が所々で漏れるのも仕方がない。予定では五時くらいから始められるはずだった片付けなのだけれど、例のサインイベントが大盛況だったおかげで一時間ほど押している。


「俺たち男子組は大きな物を片付けていくから、女子たちは細かい作業をお願いするよ。基本的には男子は俺か夕人に、女子は砂川さんの支持に従ってくれ。疲れているとは思うけれど、よろしく頼むよ。」


 どんな楽しいイベントも終わってしまえばあっという間の出来事。そして残されたものを片付けるのもイベントの一つ。それがわかっていたところでいまいちやる気がでないというのが本音というところだろう。今ひとつ動きにキレのない生徒たちがユルユルと移動しノロノロと片付けを始めた。



 小一時間程経ち、片付け作業にもゴールが見えた頃。体育館の入口にグレーシアがやってきた。


「みんなー、今日はありがとう。とっても素晴らしい舞台を準備してくれて。またいつか、どこかで会いましょうねっ。」


 そう両手を振ってみんなに声をかけた。既に彼女はどこかに移動してしまったと思っていた生徒たちは驚き、思い思いの声を上げている。


「あ、竹中くーん。最後にちょっと話があるからこっちに来てくれる?」


 グレーシアに声をかけられたことで夕人に一気に注目が集まる。ステージ上でグレーシアが夕人が企画した舞台だと言っていたおかげで余計な疑問を持たれることはなかったが、それでも一部の生徒たちから僻みとも思える視線を浴びていた。


「あ、はい。わかりました。」


 夕人もそう返事をして作業を中断する。そして、その場に残されることになった他の男子たちに一言何かを言ってからその場を離れた。


「なんですか?話って。」

「うん、ほら、事務所的に色々とサインとかもらわないといけないところがあってね。いわゆる契約履行完了的な。ま、平たく言えば荷物の受取証みたいなものよ。」


 グレーシアはそう言いながら夕人に複数枚の紙を差し出してきた。


「これ・・・生徒会としてのサインですか?それとも学校としてですか?」


 夕人は一枚目の書類に目を通しながらグレーシアに尋ねる。サインや印鑑を押す場所を間違える訳にはいかないから、当然の確認だった。


「えーっと・・・今回の契約っていうのは、一応はうちの事務所と学校との契約ってことになってるの。詳しい内容の書面はもちろん校長先生にお渡ししてあるわ。でも、一枚だけ。君との契約があったの。覚えてるかな?」


 グレーシアは片目を閉じて夕人の顔を覗き込んだ。


「そんなの・・・ありましたっけ?」

「あるよ。一番最後。ちゃんと見てみて。」


 夕人は言われるがままに数枚あった書類の束から最後の一枚に目線を落とす。それはグレーシアから夕人に向けたメモ。ローザからの伝言と彼女自身からの言葉だった。


「・・・これ・・・」


 夕人は目を丸くしてグレーシアに声をかけようとしたが、彼女はそれを制するように右手で一通の封筒を差し出してきた。


「そ、だから、ちょっと急いだほうがいいかな。あ、それと今夜の打ち上げパーティの招待状。一応ね、生徒会のみんなの分と他に何枚か入ってるから。都合が付きそうなら来てくれるかな?今回の君は主役級の大仕事をしたからね。是非にっ。」

「え?僕たちが参加していいんですか?」


 驚きに目を丸くする夕人に対して、満面の笑みを浮かべてグレーシアが頷きながら封筒を押し付けるようにしてくる。


「いいに決まってるじゃない。それじゃ、私は先に会場に行ってるね。時間はそこに書いてあるけれど八時からだから。来れる人たちだけでもいいからね。じゃ、まったねー。」


 まだ他にも聞きたいことがあったのに、グレーシアはさっさと行ってしまった。ただ、今の夕人にはパーティのことよりもグレーシアからのメモの内容が気になって仕方がなかった。


『今日の舞台はを企画してくれてありがとうね。ちゃんとローザちゃんを学内に導いておいたよ。彼女も楽しんでいたみたい。良かったね。そして、ここからは彼女さんからの伝言よ。「いつもの場所で待ってる。」だって。そうそう、良かったら彼女もパーティに呼んであげて。それじゃ、またあとでね。』


 メモにはこう書かれていて、最後にはグレーシアではなく、小暮あかりとサインされていたのだった。


「八時からか・・・結構遅い時間だからなぁ。行けるんだろうか・・・」


 右手で軽く頭を掻きながら封筒内の招待状の枚数を確認し、自分とローザの分を確保した。


「早く終わらせてローザのところにいかないと。」


 小さな声でしっかりと決心した夕人だった。


********************************************


「来てくれるのかな・・・」


 区民センターのベンチに腰を下ろしていたローザがポツリを口にした。時間は六時半を少し回ったところ。彼女はずっとここで待っていた。


 彼女の新しい家は札幌市の隣町である広島町。現在では北広島市と呼ばれる町だ。

 自転車での移動ではゆうに一時間は必要で、夜に女子が一人で移動できる距離ではないように思う。この時期の北海道は初雪の便りが聞こえてきてもおかしくはない時期で、夕方以降はグッと冷え込んでくる。


「そろそろ帰らなきゃ・・・」


 諦めて立ち上がろうとしたところに入り口の自動ドアが開き、彼女にとって待望の待ち人がやってきた。


「ごめんっ、急いだんだけれど色々とやることがあって遅くなっちゃった。」


 学校と区民センターはほぼ隣と言ってもおかしくない立地。それにも関わらず夕人は息を切らせていた。本当に全力で走ってきたのだろう。


「ううん、ありがとう。来てくれて。」


 ローザは優しく微笑んで愛しいその人の姿をじっと見ていた。


***************************************


「ずっとここで?」


 夕人ったら、肩で大きく息をしながらも私のことを気遣ってくれるんだ。


「うん。他に待っていられる場所、ないからね。」

「ごめん・・・本当はもっと早く終われる予定だったんだ。でも、イベントが思った以上に好評でさ。」


 嫌味を言ったつもりはないの。本当に場所がないから、このあたりには、ね。


「そっかぁ。いや、でもね?実際スゴかったよ?中学校ってあんなことできるんだ?って。思わずそう思ったもん。夕人ってすごいね。あんなスゴいイベントを企画しちゃうなんてさ。」


 これは本気でそう思ったよ。ステージに立っている夕人を見たのは初めてじゃないし、去年も劇の主役をやっているところを見たもん。でも、今回は本当にすごかった。主役じゃないけれど夕人がいなかったら全てが始まらなかったんじゃないかって思う。あの人が言っていたように。


「いや・・・あれは俺が企画したってわけじゃなくってさ。声をかけたらトントン拍子に進んじゃったっていうか。色々根回しとかしてくれたのは翔だったりするし。それに他の人達も頑張ってくれたから。」


 うん、恥ずかしがりながらもこういう言い方をするのが夕人って感じ。いつも他人のことをちゃんと考えているんだなって思う。だから、きっと私のことも考えてくれているんだろうって思う。だから・・・私は言わなくちゃいけない。本当は絶対に言いたくない『あの言葉』を。夕人を解き放ってあげないといけない。優しいから。夕人は優しすぎるから。私に精一杯の愛情を注いでくれると思う。今までみたいに一緒にいても楽しく、そして幸せに過ごせると思う。

 でも、それはあくまでも『私だけ』の話だ。夕人にとっては幸せな状態だとはいえない。でも、それを言いたくないって思う私がいるの。


「そっか。そうなんだね。」


 私の言葉に夕人の笑顔が少しだけ曇った。何か言い方、悪かったかな。色々と考えてみるけれど、すぐには答えが出てこない。私、緊張してるんだ。


「ローザの服、可愛いね。」

「え、あ・・・ありがと・・・」


 この服は夕人とデートの時に着ようと思って買っておいた服。全然出番がなくってお披露目はかなり遅くなっちゃったけれど、その言葉だけで十分に報われたような気がするよ。


「ローザはミニスカート好きなんだよね。しかもちょっとタイトなやつ。すごく似合ってると思うよ。」


 照れ隠しなのかな?目を逸らしながらも褒めてくれてる。できればちゃんとこっちを見ていって欲しいけれど、それって贅沢かな?


「あ、うん。そうなんだ。それに、ほら・・・前にマネキンを見た夕人が言ってじゃない。『あー、こんな格好の女子って可愛いかも。』って。だから・・・」


 自分で言ってて恥ずかしくなってきちゃった。完全に夕人の好きそうな服を着てきたってバレちゃったよ。


「え・・・っと。あはは、そう言えばそんなこと言った気がするよ。でも、ローザが着てたらもっといいよ。うん、すっごく可愛い。」

「あ、ありがと・・・」


 顔がどんどん火照ってくるのが自分でもわかるよ。あんな言葉をパッと言えちゃう夕人の将来が心配だよ。なーんて、嬉しいからいいんだけれど。でも、本心から心が晴れるなんてことはない。だって、私は大好きな夕人と別れようとしてるんだから。


「あのさ、待っててもらったのに悪いんだけれど、実はあんまり時間がないんだ。ローザにも関係のあることなんだけれど。」


 夕人が話を切り替えてきた。

 時間があまりない?どういうことかな?たしかに私にもあんまり時間はないんだけれど。それに、私にも関係あることって?


「そ、そっか・・・実はさ、私もあんまり時間ないんだ。」


 今日は無理?でも、それならそれでもいい。だって、もう少しだけ夕人と彼氏彼女としての関係でいられるんだから。


「え?そうなの?ごめん、俺が遅くなったからだね。」


 謝ってくる夕人が可愛らしいし、愛おしい。抱きしめたいと思うし、ずっと一緒にいられたらって思う。せめて今日くらいは一緒にいたいって。でも、それは無理。私は自分の言葉は曲げたくないから。


「あ、あのねっ。」

「なに?」


 私の言葉に驚いたようにして顔を見てくる。そのくらい私の声が大きかったのかもしれない。


「大事な話がね・・・あるの。」


 さっきとは打って変わって小さな声になっちゃった。


「うーん、大事な話?でも、それはまたにしない?俺さ、これからローザと行きたいところがあるんだ。だから、お母さんに許可をもらわないといけないんだ。」


 どういうこと?行きたいところ?お母さんに許可をもらう?全然わからないよ?


「えと・・・?」

「あぁ、そうだよね。ローザは知らないからね。ごめん、ちゃんと説明するよ。ほら、今日ゲストで来てくれたグレーシアさん。あの人のステージの打ち上げパーティが今夜あるんだ。その招待状を貰っててさ。」


 意気揚々と話している夕人を見ていると急にイライラしてくる。あの人のパーティ?そんなに行きたいの?行けばいいじゃない。私と話してる時間、ないんでしょう?


「いってらっしゃい。いいよ。行ってきなよ。」


 だからだと思う。必要以上に感情を消そうとしておかしな言い方になってしまったのは。


「いや、俺だけじゃなくってさ。ローザにも来てくれって。本人がそう言ってたよ。」


 本人?あの人がそう言ったの?なんなのよ、あの人。

 そう思いながらも少しだけ考えてみると、夕人がここに来たっていう事はあの人は私からの伝言をキチンと伝えてくれたということだ。夕人との約束も守って私を控室にまで入れてくれた。初対面の私を信じてくれた。それに、夕人が信用している人なんだろうと思うと悪い人ではないのかもしれない。

 あの時だって、本当は何かを言いたくてあんな話をしたのかもしれない。でも、でもっ。急にあんな話をしてくるなんて普通じゃないと思う。もっと仲良くなってから・・・って、そんな機会ある?私があの人にもう一度会う機会なんてある?後輩のお姉さんとは言え芸能人のあの人と。


「それって・・・遅くなるよね・・・」


 もう一度会って、話をしてみたい。そう思ったけれども、無理。私、家が遠いもの。


「たぶん。だからさ。家に行ってお母さんと話して、そして許可貰おうよ。俺からもお願いしてみるからさ。」


 夕人は知らないんだ。私の家が、もうあそこにはないってこと。でも、それは当たり前だよ。私が彼に何も言ってないんだから。笑顔で私の顔を覗き込んでいる夕人がいる。そうか・・・まずはこのことから話さなきゃいけなかったんだね。


「ありがとう。夕人の気持ちは嬉しいんだけれどね、私の家、もうないんだ。」

「え?」


 私の言葉に夕人の顔が強張る。彼にとって全く予想もしていなかった言葉が帰ってきたからなのは私にだってすぐにわかった。


「引っ越ししたんだ、今朝。」


 暗い話にならないようにできるだけ明るい声をだしてみた。


「ほら、前にも言ってたじゃない?近いうちに引っ越すんだって。それが今朝だったってわけ。だからさ、ちょっと無理かなーって。」

「遠いの?」

「・・・うん、遠い・・・よ。」

「どのくらい?」

「・・・」

「市内じゃないの?」

「違う。」

「転校は?」

「今のとこはしないけど・・・春からは違う高校に行くかも。」


 頭がいい夕人なら今の会話だけで私が少し離れたところに引っ越したってわかるはず。


「どこ?」

「隣町の広島町。」

「近くは・・・ないね。」

「うん。」


 私と夕人の間に少しだけ沈黙の時間が流れる。そんな沈黙に私は耐えられなかった。


「だからさ、行くのは無理かなって。」

「ローザ、家に電話してよ。話ししてみてよ。行くにしても行かないにしたってもうこんな時間だ。きっと心配してる。」


 夕人が私の両肩をガシッと掴んだ。夕人の体温が布越しに伝わってきたような気がして、私の体が一気に熱くなるのを感じた。


「あ、うん・・・そうだね。そうする。」


 これで今日の夕人とのお話は終わりかな。また改めて彼に会うことができるのだろうか。


「そうしてよ。お願いだ。」


 私は夕人の言葉にただ頷き、あたりを見回して公衆電話を探した。


「あっちにあるから、電話。」


 夕人は私の腕を引っ張るようにして電話のマークがついている案内板の方に引っ張っていった。


「わ、わかったって。ちゃんと電話するから。そんなに引っ張らないで。」


 夕人は聞こえないふりをしてるのかな。私の腕を引っ張ったままズンズン歩いて行った。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


刻一刻と終わりへ向かっていく感じがしますが、あくまでもローザの心の中だけの話です。

夕人はまったくもって何も感づいてはいません。例のごとくに。

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