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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第43章 ひとつの恋のかたち
199/235

サプライズイベント!

少し長い章になっています。

ライブの雰囲気を味わって頂けたら幸いです。

 午後のイベントがもうすぐ始まる。

 私はここ、グレーシアさんの楽屋って言っても良いのかな?とにかく、その部屋の窓からイベント見させてもらうことにした。ここからだとステージがすべて見えるから。

 イベントの時間は約一時間だってグレーシアさんから聞いた。前半の三分の一くらいが夕人たちがバンド演奏を披露するんだって。そして、残りの時間がグレーシアさんの時間。トークとその他諸々だって。一体何なのかな?それに、グレーシアさんが学校にいることは内緒だって言っていたけれど、なんとなく物々しい機材がたくさんあるようにみえるから、生徒たちも何かのサプライズが起こるんだろうということを期待しているように見えた。

 私はステージを見渡せる場所にいるから幕が上がる前の夕人たちを見ることができる。これはある意味で特権だと思う。でも、だからこそ・・・見えちゃうんだ。夕人の心が。

 体育館にブザーが鳴り響いてアナウンスが流れ始めた。


 うん、ここからは私も・・・一人の観客として見たいと思う。素直な気持ちで。


*****************************************


「これから午後のイベント、開校三十周年記念イベントを開始します。まずは有志によるバンド演奏です。皆さん拍手をお願いします。」


 まるで緊張感を感じさせないスムーズなアナウンスが流れる。

 アナウンスをしているのはなっちゃんだった。彼女は今回の学校祭で一つの才能を発揮させつつあった。

 そして、体育館内に生徒たちの拍手が響き渡り幕が上がる。夕人たちの最初で最後の大舞台が始まった。


 ステージの幕が上がり、夕人たちの姿が生徒たちに見えるようになっていく。

 位置取りはセンターのポジションに小町。観客側から見て右手前に実花が立ち、その後ろ側に環菜のシンセサイザーが置かれている。左手前には茜。その少し後ろに夕人。中央左側のやや後方にドラムスの翔といった感じだ。ちなみに衣装なんてものはなく、全員がいつもの制服姿だ。


「みんなー、楽しんでくれてるかな?」


 翔の声に生徒たちはワァっと盛り上がる。いや、盛り上がったのは女子たちだろうか?妙に黄色い歓声がたくさん混じっている。


「うんうん、盛り上がってくれてすごく嬉しいよっ。これから俺たち六人、いや、今回のステージを作るために協力してくれたみんなでステージを行うぜっ。」


 またもや歓声が上がる。

 翔の言葉は目立たない裏方に立ってくれた人たちへの感謝が含まれていたからこその歓声だったに違いない。今回の学校祭では全てのクラスが何らかの出し物を披露した。けれども、それは全員に脚光が浴びせられたわけではない。だから、みんなが共感できるのだ。


「それじゃ、一曲目っ。『学園天国』行ってみようっ。みんなも合いの手を入れてくれよっ。」


 そう言って翔はスティックをカンカンと鳴らしリズムを取り始め、実花と茜のギター、そして夕人のベースの演奏が始まった。上々の滑り出しだ。誰もがそう思った。


「アー・ユー・レディ?」


 小町の元気のいい声が体育館全体に響き渡る。


「「「「イェーイッ」」」」


 小町以外の五人の声が綺麗に揃った。そして翔のドラムもミス無く演奏されていく。徐々に会場の雰囲気も否応なく盛り上がっていく。

 この曲は誰もが共感できる曲。学校生活の日常的な部分を切り取ったような歌詞。そして、バンド演奏者全員で代わる代わる歌うところ。メインは小町ではあるけれど、バンドメンバーだけじゃない生徒たちが一体になったような。そんな一曲目。


 そして会場はどんどんと盛り上がっていき、合いの手の拍手もいいタイミングで入る。既に最高潮と言ってもいいくらいの状態で一曲目を終わらせることができた。

 割れんばかりの拍手に満足そうな笑みを浮かべる六人。何度も練習をしてきたとは言え、やはり一曲目が終わるまではどこかに硬さがあった。しかし、一つ乗り越えたという達成感と満足感から全員に笑みが溢れたのだった。


「ありがとー。それじゃ、今回のバンドのメンバーを紹介するねっ。」


 ステージに立っていると一際小さく、そして可愛らしく見えるメインヴォーカルの小町が飛び跳ねるようにして最前列に駆け寄ってさらに飛び跳ねた。


「おぉ〜〜。」

「めっちゃ可愛いっ。」

「ちっちゃぁー。」


 などと男子生徒から様々な声が上がった。


「まずギターの栗林実花っ。」


 ステージの真ん中に立っている小町が左腕をくるっと斜め後ろの方に見けて紹介を始める。それと同時に実花が簡単なフレーズを弾いてみせる。『おぉー。』という歓声が沸き、満足そうに実花ちゃんは笑みを浮かべた。


「続いてもギター、そしてボーカルも担当する小暮茜。」


 手に持っているマイクを持ち替えて右手で茜を指し示す。


「はーい、小暮茜だよっ。ギターはあんまり得意じゃないけれど頑張るねっ。」


 茜の言葉に男子生徒から一斉に歓声が上がる。


「やっべー、めっちゃ可愛いっ。」

「マジかっ。アレで得意じゃないとかやばくね?」


 などなど、茜を褒めるような言葉がどんどん聞こえてくる。茜はそれに応えているのではないだろうけれど、両手を振って笑みを浮かべていた。


「じゃ、次。ベースの竹中夕人っ。」


 小町から見てもっとも右のあまり目立たないところに立って演奏していた夕人も環菜に教えてもらった聞こえはいいけれども簡単なフレーズを演奏してみせた。しかし、演奏が地味だったのだろうか歓声はイマイチだった。夕人はショックを受けたようにうなだれている。


「もうっ、みんなもっと歓声と拍手っ。夕人も頑張ってるんだよっ。」


 小町のアドリブに失笑と歓声が起こり、夕人は余計にうなだれる。


「やー、そんなノリはつまんないっ。でも時間がないから次ねっ。」


 小町のMCは夕人が思っていた以上に素晴らしい。会場は大爆笑に包まれた。


「このバンドのキーパーソン、合唱部の部長、玉置環菜っ。シンセと編曲の担当でーっす。」


 環菜はウケが良さそうな流行りのテレビゲームの戦闘音楽をサラッと弾いてみせた。女子の一部は不思議そうな表情を浮かべていたけれど、環菜のテクニックに歓声が上がった。男子の反応に関しては言うまでもない。


「ちょっと、すごくない?」

「編曲もやって演奏も?」


 歓声に混じって驚きの声も聞こえる。確かに環菜は音楽の才能にあふれる少女だろう。本当に将来は音楽で生計を立てるようになるのかもしれない。


「それじゃ次ね。最初に盛り上げてくれた生徒会長でドラムスの杉田翔っ。」


 今までで一番大きな歓声があがる。それも主に女子から。『今日だけは特別よ。』と言いたげに笑顔を浮かべている実花。


「いやぁ、ドラムっていうか演奏すること自体苦手なんだけれど。ナイスな編曲のおかげだよ。」


 翔の言葉に会場が大爆笑の渦に包まれる。これだけでも翔が学内でどれほどの人気者なのかってことがわかる。翔もそれに答えるように右手を上げ、更に歓声が上がる。


「さぁ、メンバー紹介もあと一人。最後は俺から紹介させてもらうよっ。ここまでメンバーを紹介してくれたヴォーカルの青葉小町っ。小さいけれど元気は一番だっ。」

「ちょっとちょっと。小さいは余計でしょう?」


 翔の紹介に笑いながらツッコミを入れる小町。


「でも、ほら。事実だろう?ちっちゃい子に夢を与える的な。そんな存在?」


 翔がドラムを適当に叩きながらボケとも真実ともつかない事を口にした。それにしてもあまりに適当に叩きすぎなのではないだろうか。


「何で疑問形?それにちっちゃい子に夢を与えるって、私はアニメのヒロインとかじゃないよ?と言うかここにちっちゃい子はいないし。」


 小町が飛び跳ねながら不満を口にしたことで、二人の漫才が始まったようだった。それと同時に笑いも起こる。


「うーん、でもなぁ。おっきい子っていうには、俺達はまだちょっと時間が必要な気がするよなぁ。だから、やっぱり、ちっちゃい子でいいんじゃないか?」

「まぁまぁ、ちっちゃい子って言っても身長のことだよね?」


 長身の茜が漫才に加わるかのように話し始めたところで再び笑いが起こる。


「おぉ、そうそう。ちっちゃい子とは言っても年齢じゃなかった。」

「だからっ、それじゃ余計に良くないっていってるんじゃないのさ。」


 小町は大げさなジェスチャーをして見せ、わざと怒ってみせているようだ。


「いやいや、大事だぞ?見た目が可愛らしいっていうのはさ。」


 翔が座っていた椅子から立ち上がってステージの最前列まで走っていきながら観衆に問いかけた。


「そうだぞー。」

「小町ちゃん、かわいー。」


 観客からは翔が望んだのであろう答えが返ってきて、満足そうに大きく頷いた。


「ということらしいけれど?」


 そうして、更にわざとらしく小町の方に振り返って様子をうかがう。茜のポジションのすぐ隣に移動していた小町は再び大げさなジェスチャーで肩を落としてみせる。


「まぁねぇ。小さい子にはモテるかもねぇ。小学生とか。」


 妙に明るい声で答えを返して翔に駆け寄って頭をスパーンと叩いた。会場に笑いが起こるが、漫才には加わっていない夕人たち三人も笑いながらただ見ている。


「いてて・・・いいじゃないか。その特徴を活かして特技を頑張ればいいんだし。」


 翔は頭を抑えながらスゴスゴと自分のポジションに戻っていく。


「そうそう特技。体操とか得意だもんねぇ、小町ちゃん。」


 茜が小町の横に歩いてきて、なんだかよくわからない動きをしている。もしかして体操のつもりだろうか。どう見てもラジオ体操にしか見えないけれど。


「いやぁ、まぁ、それほどでもあるけれど。」


 小町は笑いながら右手で頭を掻いてみせると、『おぉ。』という声があがった。そして、それに続けるかのように実花ちゃんが言葉を発した。それも、かなりわざとらしく。


「あれれー?こんなところにマットが?」


 その言葉が合図だったかのように、黒子に変装した体操部のメンバーと思しき子たちがマットを持ってくる。ところで再びどよめきが起こる。


「あー、これは何かの特技を見せてくれるってこと?」


 茜が両手を広げながら驚いて見せて小町を盛り上げようとし、環菜と夕人が手拍子を始める。


「ちょっと待って、私、スカートだよ?」


 小町が自らのスカートの裾をつまみ上げてスカートを履いていることをアピールし始める。少しだけめくれ上がったスカートから小町の足が覗きみえ、男子たちから歓声が上がる。


「とか言ってぇ。ちゃんと準備してあるのよね?」


 茜が思いっきり小町のスカートを捲りあげると、しっかりと短パンを履いた小町の下半身が丸見えとなった。それと同時に落胆の声が上がる。


「んー?何を期待していたのかな?去年の学校祭みたいなことは起こらないよ?」


 茜がわざとらしく笑顔を浮かべて笑った。二、三年生たちからは笑いが起こる。恐らくは去年の自分が演じたオトキのことを言っているのだろう。服を脱いでいくシーンがあったアレの事を言っているのだ。


「仕方がないなぁ。ちょっとだけだからね?」


 小町はそう言って制服を脱ぎ始めた。


「あらあら?本当に準備万端?」


 茜が場を繋いている間に、小町は素早くTシャツ短パン姿になった。


「じゃ、ローンダートからバック宙って感じで。」


 小町はそう言って右手を上げて、軽い助走から側転からバック転、そしてバック宙につなげた技を披露した。着地もキレイに成功し、会場からは大きな歓声が湧き上がる。


「イェーイ。」


 小町はブイサインを浮かべてその歓声に応えてみせた。


「おおっ、すっごぉーい。」


 茜の言葉と拍手と同時に、会場からも拍手と歓声が上がる。その間にまたもや黒子が登場し、マットを片付けていき、小町も制服に再び着替えた。


「いやー、まるで将来のオリンピック選手の卵、ダイヤの原石を見ているみたいでしたね。それじゃ、このまま次の曲に行ってみましょうっ。ダイアモンドっ。」


 実花のタイミングを見計らったかのような言葉に合わせて翔が再びスティックを叩きリズムを取り始めた。そして、環菜が演奏を始めていく。ギター演奏部分は環菜の編曲でシンセに切り替えられている部分が多い。これは茜の負担を考慮した環菜のアイデアということになっている。


「冷たい泉に素足をひたして・・・」


 茜の歌声が会場に響き渡る。元々は合唱部の茜だ。歌の巧さは折り紙付き。メイン旋律のあまりない難しい歌を楽々と歌いこなしていく。小町のコーラスもうまい具合に機能して一曲目以上に盛り上がる結果になった。




 拍手が鳴り止まない会場に物静かな環菜の声が響き始める。


「元気のいい曲が二曲続きました。そう言えば、今年の夏は思ったよりも暑くなりませんでしたね。暑い季節に強くない、私たち北海道人もわりと快適に過ごせたような、そんな気がしますけれど、みなさんはどうでしたか?」


 突然、雰囲気をガラリと変える環菜の語り。思わず静まり返っていく会場。


「な~にを言ってるのよ、環菜は。夏は暑くないとダメでしょう?」


 今回もメインのマイクパフォーマンスにも小町がきちんと関わっている。あくまで今回のバンドのメインは小町というスタンスがきっちりと現れているようだ。


「そうそう。俺なんか群馬出身だからさ、北海道の夏は寒く感じるよ。」


 翔の言葉に会場からブーイングが湧きはじめる。


「な、何でブーイング?素直な感想を言っただけなのにっ。」

「だっかっらっ。なんでも素直に言えばいいってもんじゃないのよ。ちゃんとTPOをわきまえたことを言わないと。あんた生徒会長でしょう?」


 実花がいつも二人で会話をしているかのようなノリで翔にツッコミを入れ、会場内に失笑の輪が広がる。


「何を?割と考えてるぞ?気温が上がらないと作物が育たないとかそういった深刻な問題がだな・・・」

「あー、そういう話、今は無しの方向で。」


 実花がピシャリと翔の話を打ち切ろうとする。


「まぁまぁ。夏の話を切り出したのは私だからね?喧嘩はやめて?」

「そうよ、環菜が悪いのよ。」

「そうだな、環菜が悪いな。」


 環菜の言葉に実花ちゃんと翔が息を合わせてツッコミを入れる。


「ちょっとちょっと、夏の話くらいで喧嘩するだなんて、もう。わかった。じゃ、これから来る冬の話でもしようか?どうせ季節っていうのは移り変わっていくものなんだから。」


 小町の言葉にザワザワとしはじめていた会場が少し静かになっていく。次は何をしてくれるのかという期待をひしひしと感じられる。そんな雰囲気になってきていた。


「そう、季節というものは移り変わっていくものよね。そして、それは季節だけじゃない。私たち人間の心もそう。どんどん移り変わっていくもの。春があって夏になり、ゆっくりと秋が来て、やがて冬になっていく。」


 環菜の静かな声が再び会場を包み、不思議と静まり返る会場内。


「でもね、そんなこともやがては思い出になっていく。そうじゃない?」


 環菜の問いかけに翔と実花が大きく頷き、その様子を見ていた小町と茜もしっかりと頷く。


「そしてそれは、人との出会いも同じ。春の新生活で新たな人たちに出会い、次の春にはまた、別れがやってくる。これもいつかは思い出になっていく。」


 いつの間にか会場の生徒たちは環菜の言葉にじっと聞き入っていた。


「だから、色々な想いがあって、いろいろな人達がいて。全てが思い出になっていくの。恋も一緒よね?いつかは想い出になっていく。それが、どんなに切なかった恋でも。それでは聞いてください。三曲目、『想い出の九十九里浜』。」


 恒例になりつつある翔のリズム合わせのスティックが鳴り、環菜が演奏を始めた。

 そして、静かな会場内に少しだけどよめきが起こる。その理由は環菜の弾き語りにあったことは簡単に想像できる。きれいな歌声と演奏。ギターやベース、ドラムは最小限にしか音を出していない。茜と小町のハモリもキレイに決まり、素晴らしい演奏になった。環菜の独壇場とも言える舞台に華を添えるような形になった。

 もちろん、演奏後に大きな拍手が送られたことは言うまでもなかった。




「あー、さっきは恋の話とかになってたよな?」


 拍手の途中でこの舞台中では夕人が初めて口を開いた。


「うんうん、恋の話だったねぇ。ちょっと切ない話になりそうだったけれど。」


 実花が夕人の言葉に応えるように言葉を拾っていく。


「でもさ?恋って切ないものばかりじゃないよな?」


 夕人が肩をすくめるようにして茜に問いかける。


「そうだねぇ。何ていうか『あぁ、私、恋をしてるんだなぁ』って思いながら好きな人を見つめる瞬間。あれって中々いいもんなんだよ?」


 そう茜は夕人の顔を見つめるようにして言い、更に言葉を続ける。


「ね?女の子だったらそういう瞬間ってあるよね?」


 今度は会場にいる女子たちに向かって声をかける。何人かの女子は軽く頷いているようだが、男子は苦笑いのような表情を浮かべている。


「いやいや、女子だけじゃないぞ?男子だってな、恋ってものをするからなぁ。思わず気になる子を目で追ってしまったり、ちょっとした仕草を真似してしまったり。なぁ?そういうときってあるよな?」


 翔が茜の言葉を否定するわけではなく、男女のどちらにもあるってことだというを口にして会場内に呼びかけた。すると、男子だけではなく多くの女子が大きく頷いた。


「そうそう。恋をしていたら男子も女子も関係ないのよね。好きなのかなって思うと、もう相手の目を見るだけでドキドキしちゃうの。それって私たち女子だけじゃなくって男子にもあるんじゃない?ね?夕人くん?」

「え?」


 夕人が驚いて自分を指差しながらあたりを見回した。この夕人の行動に会場にいた多くの生徒が笑いの声を上げたのだったけれど、実はステージにいた環菜以外の五人は驚いていた。なぜなら、打ち合わせとは違うネタフリを環菜が行ったからだった。


「あらら?男子もドキドキしちゃったりするものなの?」


 夕人の窮地を救うために上手に手を差し伸べたのは茜だった。


「うーん、そういうことがないと言えばウソになるかな。」


 この一瞬の間のお陰で夕人はなんとか持ち直すことができた。そして、本来の話の流れに戻ろうとして小町に話を振った。


「どうなんだ?小町にもそういうことってあるのか?」


 実はここのくだりは、環菜が『男子にもあるのかも、ね、どう思う?小町?』となるはずだったのだ。そうして、『そうだね、目が離せないっていうときもあるはず。』と続くはずだった。しかし、環菜の思わぬ行動に驚いていた小町はとんでもないことを口走ってしまう。


「あ、あるに決まってるじゃない。好きな人のことを見ていたいっていう気持ちは、私にだってあるよっ。」


 夕人をじっと見つめたままそう言ってしまったのだった。この小町の言葉に会場が異常な盛り上がりを見せた。


「マジかー、ここで告白?」

「そりゃないでしょー。」

「えぇ、超大胆っ。」


 様々な言葉がステージに届いてきた。固まってしまいそうなステージを救ったのはまたもや茜の一言だった。


「うんうん、あるよねぇ。私も好きな人のことは一挙手一投足のすべてを見ていたいって思う時があるよぉ。」


 そしてこの言葉に実花も同意する言葉を続ける。


「まぁ、見たくないところを見ちゃうこともあるけれど、そういうものだよねぇ。」

「そんな気持ち、みんなにもあるだろう?」


 最後に翔が会場全体に問いかけることで、ここまでの流れがあたかも予定調和であるかのように感じられた。茜から始まったファインプレーだといえるだろう。


「あるぞー。」

「うん、あるある。」


 会場から言葉が返ってくる。茜が小町に小さな声で何かを呟いたけれど、それはステージ立っている他のメンバーにも聞こえないくらいの小さな声だった。


「だよねー、だから、最後に演奏する曲はそんな気持ちを歌にしたもの。『Can't take my eyes off you』。日本語訳は『君の瞳に恋してる』だよっ。」


 うまく持ち直した小町の言葉に合わせるように再び翔がスティックを打ち鳴らすと環菜の演奏が始まり、実花と夕人もそれに続く。茜が小町のそばに駆け寄っていき、肩を組みながら一緒にステージの最前面まで歩いて行った。そして、ヴォーカルの歌い出し直前に組んでいた肩をはずし、最初に自分が立っていたポジションに戻っていく。

 小町はマイクを両手で握り、ステージから観客たちの方をじっくり見つめて歌い始めた。


 小町が英語歌詞の歌を一生懸命練習したということがよく分かる、素晴らしい歌唱だった。その証拠は、小町が歌い終わった直後だった。一瞬の静寂の後の今までで大きな拍手と歓声。これがすべてを物語っていた。


「アンコール、アンコール。」


 そして、アンコールの合唱が始まった。しかし、彼らが準備していた曲はこれで全部。アンコール用の曲など用意していなかった。


「ありがとう。すっごく嬉しい。でもな、物事にはいつだって始まりと終わりってものがある。俺達の出番はここまでなんだっ。」


 笑顔を浮かべた翔がマイクをもって小町の隣に歩いていった。


「そう、私たちのライブはこれで終わりっ。最後まで聞いてくれてありがとうっ。」


 翔と同じように笑顔を浮かべた小町の言葉で会場に動揺が広がる。それもそのはず、生徒たちに配布されているタイムスケジュールには、三十周年イベントは一時間と記されている。それにも関わらず、まだ二十分程度しか立っていなかったのだから。


「でもっ、実はここからが本番だっ。俺達はただの前座さ。だって、時間はまだ、たっぷりと残っているだろう?きっとみんなはそのことに気がついているよな?」


 一斉にザワザワとし始める生徒たち。彼らには何かが起こりそうだという予感はあっただろう。なにせ、生徒会長はあの翔だ。イベントの度になにか面白いことをやってくれるんじゃないか。いつだってそんな期待があったはずだ。確かにこれまでの幾つかのイベントでは今までとは違う手法で生徒たちにサプライズを与えては来たが、学校祭でならもっとやってくれるだろう。そんな思いがあったに違いない。ところが蓋を開けてみるとそこまでのサプライズ感はなかった。むしろ、学校祭前の事件の衝撃に、生徒会長のまさかの停学。ある意味ではこちらのサプライズの感が強かった。

 そして、学校祭も終盤に差し掛かり、開校三十周年イベントが開催される。おそらくはこれがもっともメインのイベントなのだろう。誰もがそう思っていた。確かに翔たちのライブは面白かっただろう、特に三年生たちにとっては。彼らをよく知る生徒たちには最高のイベントだったと思う。でも、他の生徒達はどうだったのだろうか。


「え?私たちがメインなんじゃないの?前座?」


 茜が驚いたように声を上げ、大げさな身振りをし始める。


「まぁな。折角の開校三十周年イベントだぞ?もっとスゴいことをやってみたいって思うじゃないか。」


 翔の言葉を聞いて会場から大きな歓声があがる。何かが始まるんだ。そんな期待感が会場を包み込んでいった。


「確かにねぇ。それで、何をするつもりなの?」


 今度は大きく頷きながら小町が会場の声を代弁した。更に騒がしくなってくる会場。


「うん、そうだな。勿体つけるのはこのくらいにして本番を始めよっかっ。」


 わぁーッと歓声が上がる。しかし、ゲストが登壇したらもっとスゴいことになるのだろう。


「それじゃ、本日のメインイベント。開校三十周年記念イベントのスペシャルゲストを紹介するぞっ。」


 翔は右手を大きく振り上げて、そのまま横に広げた。


「畔上グレーシアさんだーっ。」


 翔の紹介と同時にグレーシアさんがステージに駆け上ってくる。彼女の服装はアイドルのような可愛らしい服装ではなく、黒い無地のポロシャツにジーンズ、そして左手にワイアレスマイクを持つという軽装姿で現れた。それもあってか会場内は呆気にとられたように一瞬だけ静まり返った。


「みんなー、元気かなぁ?畔上グレーシアでーす。」


 しかし、グレーシアの言葉で会場は割れんばかりの歓声に包まれる。生徒たちには先の翔の言葉が聞こえていなかったわけではない。ただ、信じられなかっただけなのだろう。本当に、本物の芸能人、しかも、今人気急上昇中の女性タレントが自分の学校のステージに来るだなんて誰も予想していなかった。だから、一瞬静まり返ってしまい、そして、グレーシアが登壇した時に信じられないほどの大歓声が上がったのだろう。これは夕人たちの企画が本当に秘密裏に勧められてきたという証拠でもあり、グレーシアの人気を裏付けるものだった。


「いやぁ、みんな、びっくりするくらいに元気だねぇ。驚いたよ。」


 目を丸くしながら会場を見回して驚いてみせた。そして、何人かの生徒が立ち上がり、ステージ最前列に駆け寄ろうとしてきた。


「あー、みんながグレーシアさんのことを最前列で見たいって言う気持はよく分かるよ。俺もそうだからさ。でもでも、みんなが押し寄せてきちゃうと本当に危険なんだ。わかるかな?下手をしたらこのステージ自体を終了しなきゃいけないって言うことにもなりかねない。」


 翔がグレーシアの前にパッと立ちはだかるようにして生徒たちを制しようとする。


「うーん、みんながそんなに私を見たいって思ってくれて嬉しいな。でも、ここは会長さんの言う通りにして欲しいなぁ。」


 グレーシアは翔の右肩から前を覗き込むようにして笑顔を振りまいた。

 実はこうした事態を予測していた夕人と翔は、警備会社にステージ前の人壁を作るように依頼をしていた。しかし、これはどうしてもお金がかかること。残念ながら中学校の学校祭には潤沢な予算はない。だから、ちょっとした細工があった。翔のお父さんの力である。正直に言えば夕人にとっては苦しいお願いだったのだけれど、二つ返事で請け負ってくれた。

 そして、その代わりにというわけではないだろうけれど、ちょっとした広告を打って欲しいという依頼があった。それは映画の告知である。グレーシアも出演している映画のパンフレットの配布と、サイン用色紙の販売だった。販売と言っても一枚十円(ただし、一人一枚限定販売で先着二百枚限定)という価格だから広告というよりもほとんど提供という形だった。もちろん、この色紙はグレーシアの即席サイン会用だ。色紙購入者限定のサイン会。これはもちろんグレーシアサイドの協力もあってのことだったのは言うまでもない。全て売り上げても二千円という、明らかな赤字となるにも関わらず快く請け負ってくれたことに夕人は心より感謝したのだった。

 グレーシアの言葉と人壁のおかげなのか、押し寄せてきた生徒たちの波は止まった。


「ありがとう。それじゃ・・・初めにみんなに言っておきたいことがあるんだよね。聞いてくれるかな?」


 会場全体を見回しながらの言葉に皆が一斉に静まり返った。満足そうに笑顔で頷き、言葉を続けた。


「まずは・・・みんな、私のことを知っていてくれてありがとうっ。」


 右手を大きく振った。ステージ上にいた夕人たちを含め、会場の全員が歓声と拍手を送った。しかし、グレーシアの言葉はこれだけじゃ終わらない。


「実はね?今回の私の訪問にはとある人のお仕事がすっごく大きな役割を果たしたの。うん、こう言っちゃうと語弊があるかも。もちろんたった一人で何かをしたってことはないよ?でもね、この人が動いてくれなかったら今日って言う日は絶対に訪れなかったのよ?これはね、私がはっきりと断言する。だから、この場を借りて初めにお礼を言いたいの。みんな拍手してくれる?いい?」


 グレーシアの言葉を静かに聞いていた生徒たちからどよめきとともに拍手が沸き上がってくる。


「うん、じゃ、紹介するよ。今日の舞台の立役者、生徒会副会長の竹中夕人くんっ。」


 グレーシアがステージ上で振り返り、夕人のもとに駆け寄ってきて手を取った。そして、再びステージ前面の中央に戻る。夕人は突然のことに驚きすぎてなされるがままといった具合だったが、一緒にステージに立っていた翔たちは笑みを浮かべたまま拍手をしている。すべての事情を知っている彼らにとってはグレーシアの言葉は当然のこととしてすんなり受け入れられる言葉だった。

 ただ、会場の生徒たちには意外だったようだ。その証拠に拍手が徐々に小さくなっていく。この場で紹介されるのが生徒会長の杉田翔だと思いこんでいたからだった。

 実際のところ、いろいろなことの表舞台に立つのは全て翔の仕事。そして裏からそれを支えていたのが夕人なのだ。ところが、生徒会の仕事に直接的に関わっていない生徒たちにはそのことを知らない。


「おやおや?どうしてこんな反応なんだろう?変だねぇ。私は本当のことを言っているんだよ?私に学校祭に来て欲しいって依頼してきたのも竹中くん。この舞台の企画をしたのも竹中くん。さっきの素晴らしいバンドを企画したのも竹中くんだって聞いてるよ?」


 グレーシアの言葉には夕人のほうが面食らってしまった。グレーシアのステージに関しては全てそちらサイドに任せているところがあったのだけれども、前日のリハのときにもこんな内容はなかったからだ。

 これはグレーシアからの感謝の気持ちであり、夕人へのお礼のつもりだった。ただ、夕人にはちょっと重すぎるお礼だったのかもしれない。


「あー、グレーシアさんのステージで俺がでしゃばるのはどうかと思うんですけれど、一言だけよろしいですか?」


 静かになってしまった不思議な会場の空気に対して少し苛立ったような表情を浮かべて翔がマイクパフォーマンスを始めた。


「もっちろん。どうぞどうぞ。この舞台は君たちと私の舞台、なんだからねっ。」


 グレーシアは笑顔で翔にMCを譲ったのだった。


「ありがとうございます。それじゃちょっとだけ。俺にはみんながどうしてそんなリアクションをするのか全然わからない。もしかして、俺が全部企画して実行しているって思っていたのかな?だとしたら、それは大きな勘違いだよ。俺がこれまでの約一年間、生徒会長として自由にやってこれた一番の理由、それは夕人がいたからなんだ。覚えてないかな?選挙の時に俺が言った言葉。本当なら夕人が生徒会長に相応しいって。でも、そんな彼が俺を推してくれたから決意したんだって。本当に彼がいなかったら今回の学校祭も、それこそ俺達が関わった全てのことがなかったかもしれないんだぞ?」


 翔の言葉を唖然とした表情で聞いている生徒たち。ただ、夕人たちのことを知るクラスメートや生徒たちは拍手をしている。そして、その拍手は徐々に会場全体に広がっていくようにみえた。


「いやいや、本当にその通りなんだよね。私も今はタレントとしていろんなお仕事をさせてもらっているんだけれど。私がたった数分のお仕事をするために、どれくらいの人たちがいろいろなことをしてくれているんだろうっていつも考えて、そして感謝しているの。うん、これ以上ここでそんなことを言う必要はないよね?もう、みんなもよくわかったよね?」


 グレーシアの呼びかけに呼応するかのように大きな歓声と拍手が上がったのだった。彼女の言葉は、まさしく中学校の学校祭という『学内行事』と呼ぶに相応しい内容だった。


「ありがとうっ。今日のこのイベントはいろんな重大発表もあるから短い時間だけれど一緒に楽しんで盛り上がっていこうねっ。」


 右手を大きく左右に振りながらグレーシアは満面の笑みを浮かべた。その笑顔を間近で見ていた夕人は、グレーシアの凄さを身をもって知ったのだった。




 ステージは順調に進んでいった。あの後はもう少しだけグレーシアの語りがあった。簡単な自己紹介と、学校祭終了後にサイン会を開催するということ。それから、少しだけ申し訳無さそうな笑みを浮かべながら自分が出演している映画の告知だった。

 そして、その後は超サプライズイベント、初公開となる新曲発表だ。新曲でもあり、歌手としてのデビュー曲の発表会。グレーシアの言葉に驚きの声と歓喜の声が同じくらいに響き渡っていた。

 夕人たちは既にステージから退場して、生徒たちから見えないポジションで待機して待っていた。グレーシアの合図に合わせて楽器を持って再登壇。同時にプロの演奏家たちも登場する。新曲発表会というステージで更なる盛り上がりを見せ、無事にサプライズイベントは幕を下ろしたのだった。


***************************************


「ここで、二十分の休憩を挟み、閉会式を行います。」


 なっちゃんの聞くものを安心させるナレーションが入ったところで夕人たちは完全に脱力して座り込んだのだった。

 そんな夕人たちに声をかけてきたのはグレーシアさんと監督の安藤さんだった。


「おつかれさまー。みんな、すっごく良かったよ。」

「全くだよ。君たちのステージもグレーシアちゃんのステージもすごくうまくいったな。」


 二人に同時に褒められたのだったが、慣れないことをしたせいもあって全員の反応はいまいちだった。その中でも、比較的元気にしていたのは夕人だった。いや、実際は疲労困憊だったに違いない。なれない楽器の演奏やイベントの企画、ずっと走り回っていた数日間だったのだから。ただ、責任感が彼を動かしていたのだろうと思う。


「いえ・・・色々とご迷惑をおかけしたと思います。サポートして頂きありがとうございました。本当に、僕が考えていた以上の最高のサプライズイベントを行うことができて嬉しいです。」


 その場に立ち上がり、二人に頭の下げたのだった。その様子を見て、翔も立ち上がり夕人と同じように頭を下げた。


「いやいやぁ、私も楽しかったよ。それじゃ、私は上の控室に一旦戻ってるね。サイン会に備えておかないと。」


 元気そうな様子で両手の拳をギュッと握って笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします。」


 夕人は再び頭を下げたところに安藤さんが近寄ってきてガシッと肩を掴んできた。


「いや、本当に良かったよ。今回のステージはさ。きっと素晴らしいPVが作れると思う。急な申し出だったけれど受けてくれてありがとうな。」

「いえ、こちらこそ。僕たちの方こそ一生に一度しかないような体験をさせてもらえてありがたかったです。ありがとうございます。」


 夕人の言葉に今度は全員が頭を下げる。


「まぁまぁ、色んな話はまたあとで。夜には打ち上げでもやりましょう?だから、その時にゆっくり話はするとして、君たちは閉会式の準備でしょう?」


 グレーシアさんが気を利かせて長くなりそうな話を打ち切った。


「そうだなっ、ホテルに会場を設けてあるから君たちも来てくれると嬉しいなっ。」


 そう言いながらも話し足りなそうな安藤さんの腕を引っ張るようにしてグレーシアさんはこの場から去っていった。


「みんな、本当にありがとう。俺が立てた拙い計画がここまで盛り上がったのもみんなの協力があったからこそだよ。」

「いやいや、それは逆さ。夕人が計画を立てたからこそうまくいったし、俺達も協力できたんだ。」


 翔が夕人にとってこれ以上無いくらい嬉しい言葉をかけたのだった。


「そうだね、私もそう思うよ。でも、今は閉会式の準備が先じゃない?特に杉田。あんたは閉会式で喋らなきゃいけないんじゃない?私らはもう、お役御免って感じだけれど。」


 小町がニヤニヤしながら翔に声をかけた。体力に自信がある小町が疲労するほどのステージだったのだろう。寝っ転がりながらのツッコミだった。


「うむ・・・スギウェイのスタンバイをしなければ・・・」


 翔の言葉はここに居る仲間たちには理解できなかった。もちろん、夕人は理解していた。そして、心の中でこう考えていた。『ここであれを使うのか。』と。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


一気にサプライズイベントを描ききりました。

中学校の学校サイトは思えないくらいの出来栄えだったのではないでしょうか。


ローザはどんな思いで見ていたのでしょうね。

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