表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第43章 ひとつの恋のかたち
197/235

夕人の告白

紛らわしいタイトルです。

ただ、その意味は読んでいただけるとわかります。

 時間は少しだけ遡る。

 これからの話は昨日の出来事だ。



「夕人くん、ちょっといい?」


 夕人が倒れたことで一時は大騒ぎになりったりもしたが、無事に復活したということできっちりとリハーサルが行われたあとのことだった。


「はい?」

「もう体調は大丈夫なの?」


 グレーシアは心配そうに夕人の顔を見ながらそう尋ねた。睡眠不足と疲労で倒れた夕人は少し恥ずかしそうに右手で頭を掻いていた。


「はい、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしてすみません。」

「いいのよ、大したことがなくってよかった。」


 グレーシアは安堵の表情を浮かべ夕人に笑顔を向けた。

 グレーシアは茜が夕人にどんな感情を抱いているのか知っている。単純な好意ではないことも。けれど、それは姉である自分が口出しをすることではないと思っていたから妹に対して自らアドバイスをしたことはなかった。


「実はちょっと相談があったんですけれど、お時間ありますか?」


 この言葉にグレーシアは驚いた。夕人に相談を持ちかけられたこともそうだけれど、何よりもその落ち着きのない様子に驚いた。なんとなく、夕人はいつも落ち着いている子というイメージがあったからかもしれない。


「いいよ?どうしたの、そんなにソワソワして。」

「え、そうですか?そんなことは・・・いや、ちょっとあるかもしれないです。」


 これは何かあるな。

 彼女は直感的にそう思った。ここで話さないほうが良いのかな?なんて余計なことも考えたりしていたようだ。


「じゃ、ちょっと場所変えよっか。君のお友達には言いにくいことなんでしょう?」


 グレーシアはパチっと片目を閉じ夕人に合図を送る。少し小さめの声でそう告げたのも夕人への配慮だろうか。


「えっと・・・はい、できれば。」


 これは本当に夕人にとっては珍しいことだった。ただ、グレーシアはそう数多く夕人と接したわけではない。あくまで『茜から聞いている夕人像』と『数回見た夕人のイメージ』だけだ。ただ、悪い子じゃないってことはよくわかっている。


「分かった、じゃ、そうだなぁ・・・どこがいいかな?うーん、あ、そこの機材の影でいいかな。」

「はい、大丈夫です。」


 夕人の言葉に軽く頷き、目的の場所を軽く指で示しながら歩き始めた。夕人もその後に続いて歩いていった。その姿を環菜がジッと目で追っていた。


*****************************************


「さて。話って何かな?重大な秘密の暴露とか?」


 私だって二十歳の女の子だよ?いろんなことに興味もあるし、年下の男の子からの相談事なんて嬉しいじゃない。頼れるお姉様を演じなきゃいけないわよね。


「えっと、別に秘密ってわけじゃないんですけれど。話は二つあるんです。いいですか?」


 照れ隠しのつもりなのかな?右手で頭を軽く掻いてるけれど。それともただのクセなのかな?うん、それはなんでも良いんだけれど、何かな二つって。


「いいよー、お姉様になんでも話してごらんなさいな。」


 そう言って右手の拳で胸をドンと叩いてみせる。う・・・ちょっと力を入れすぎたかな、痛かったよ。


「すみません、ありがとうございます。」

「良いから良いから。あんまり時間取れるわけじゃないからね。ちゃっちゃと行きましょう。」


 このあとは監督の安藤さんとの打ち合わせもあるし、もう一度通して練習したいっていうのもあるからね。


「はい・・・では早速一つ目からなんですけれど。えっと・・・明日なんですけれど僕の友達が来るんんです、たぶん。」


 何でそんなに俯きながら話すのかな。それも私に言っても仕方のないようなことを。

 ん?友達?中学校の学校祭って外部の人って入れたっけ?


「お友達ねぇ。私は別にいいと思うけれど、入れるの?外部の人は。」

「友達って言っても去年卒業した先輩なんです。だから、入れないってこともないかもしれないんですけれど。ただ、ほら・・・グレーシアさんの舞台とかもあるので入れちゃマズイかなって思ったんです。」


 そっかぁ、そういうことかぁ。ふむふむ。どうなんだろう。夕人くんの友達かぁ。友達?友達ねぇ。なーんか引っかかるなぁ。


「私としては構わないよ。でも・・・いっかぁ。隠すことなんてなにもないし、明日ここで発表したら遅かれ早かれ世間には広まるだろうし。うん、いいよ。学校の方で問題がないってことなら。」

「そこなんです。実は親とかも入っちゃダメなんですよ。学内行事ってことになってるんで。それでですね?お願いなんです。もし、うまく中に入り込めたらグレーシアさんのスタッフの方々がいる場所で見させてあげたいなぁって思うんです。」


 はっはーん。

 わかったよ。これはアレだね?友達っていうかアレだよね?女の子のお友達だね?なーんとなくわかる。うんうん、そういうのあるよねぇ。

 ってちょっと待って?女の子?しかも先輩?それってさ、茜にとっては大問題じゃないの?知ってんのかな?茜は。


「うーーーん。安藤さんに聞いてみないとなんとも言えないところなんだけれど。君がこれからする私の質問に正直に答えるのなら、なんとかしましょう?約束するよ。」


 私の言葉にどう答えるのか。その答え次第では協力はするけれども更に質問が増えることになるでしょうね。


「分かりました。正直に答えます。」


 うん、まっすぐに私の顔を見てきたか。ということは後ろめたい何かってことはないってことね。それは感心。


「じゃ聞くね。そのお友達って女の子でしょう?」

「はい。」


 おっと、間髪入れずに答えたね。結構結構。素直なのはよろしい。


「更に質問。その子は彼女?」

「はい。そうです。」


 うっわー、茜、どうすんの?最近夕人くんの話しをしないなぁってうっすらとは感じていたけれども、こういうことだったわけか。うーん、茜を上回る子ってことか・・・こりゃ手強い。


「ふーん、そっか。君は彼女がいるのか。」


 だから少し探りを入れてみたくなったのよね。好奇心とかそういうのがなかったわけじゃないけれど、ね?わかるでしょう?


「・・・はい。」

「・・・ほぉ。」


 右手を口元に持っていき、少しだけ考えてみる。ほら、姉としては妹の思いを遂げさせてあげたいなって、そういう気持ちはあるわけじゃない?だからって強制はできないけれどさ。ここが難しいところなんだよねぇ。

 おっと、ちょっと間が空いたもんだから夕人くんの表情が怪訝そうになった。マズイマズイ。


「あの・・・」

「いやいや、その子に関してどうこう言うつもりはないんだよ。ただ、茜のお姉さんとしてはその話を聞くのは複雑な気持ちだよ。はっきり聞いてもいいかな。」

「はい・・・」


 私が知っている夕人くんとは違って元気が無いというか、なんて言うべきなのかな。困っているような感じ?うーん、複雑な表情をしてるなぁ・・・これは、意外に根深い問題があると見た。


「茜は知ってるの?その、君の彼女さんのこと。」

「知ってます。」


 こりゃまた、まいったね。茜が知っていて何も言わないってことなら、私から何かを言うのは反則だよ。でもねぇ、私は反則でもいいのよね。だって、恋愛に関して言えばフェアプレイが正しいとは限らないんだからね。


「君は・・・うーんとねぇ・・・そうだなぁ。君は茜のことをどう思ってるの?」


 これは意地悪だったかな。それに結構エグい質問だよね。だって、明らかに『茜は君のことが好きなんだよ?それを知っていて姉の私にそれを言うっていうのは良い根性だよね?』って言ってるように思われても仕方がない言い方だもんね。


「茜のことですか?」

「そ、正直に答えて。そういう約束だよね。」


 これも我ながら最低だと思う。確かにそういう条件をつけたことは事実だけれど、これは答えにくいでしょう。いや、私なら答えられないと思う。


「そうですね・・・約束しました。」


 考えている。真剣に考えているんだろう。いや、答えは決まってるはずなんだよ。だからなんて言うべきなのか、それを真剣に考えているんだろうね。ヒドイことを言ったと思う。でも、譲らないよ。キチンと答えを聞かなければね。


 時間にしてどのくらいだろう。十秒?三十秒?一分?わからないけれど、それなりに待ったように思う。そして、一度軽く目を瞑ったあと私の顔をジッと見て話し始めた。


「あの、茜には言わないでください。それだけは・・・お願いします。」

「ふぅ・・・約束はできない。って言ったらどうする?」


 真剣に考えている中学三年生に対してなんて大人げない。自分でもそうは思うけれど綺麗事だけじゃ生きていけないってことを知るべきだよ、君は。


「そうですね・・・その通りです。わかりました。自分の都合だけを通そうだなんて虫が良い話だと思います。話します。全部。でも、もし茜にも話をするって言うなら・・・話す内容はあかりさんが調節してください。」


 真剣な眼差しだった。私のゲスな気持ちなんて全てかき消されるくらいに真っ直ぐな眼差し。私はいまだかつてこんな真剣な眼差しを見たことがない。本当にそう思った。

 それに、『グレーシア』じゃなくって『あかり』ときたか。つまり、芸能人である私に話すのではなく、茜の姉である私に話すってことね。わかった、私も覚悟を決めて聞きましょう。受け止めましょう、君の思っていることを。そして考えよう。どうしたらいいのか。


「わかったよ。」


 だから、これしか言えなかった。彼の気持ちを考えるとその言葉以外には出てこなかった。




 それから夕人くんはしっかりと自分の思いを私に話した。

 その内容はとてもじゃないけれど茜には言えない。いや、もちろん全部ではないんだろうと思う。きっと茜や他の女の子のことには極力触れないように、自分のことは話せる。けれども、他人のことを自分の口からは言えない。そういう決意をしっかりと感じた。だから、私も応えなくちゃいけない、君の気持ちに。でもね、やっぱり幾つか聞きたいことはあるよ。


「君は茜のことが好きなの?」

「好き・・・だったと思います。はい、好きでした。でも、その時期にはお互いに色々あって、なんだかうまくいかなかったんです。茜にかまってもらえないっていうか、何を言っても上の空というか。それで・・・そのうちに諦めました。そんな感じだったと思います。」


 悲しいすれ違いっていうやつなのかな。

 その時っていうのがどの時でいつのことなのかはわからないけれども。彼には彼なりの意見があって、茜には茜の意見があるんだろうけれどね。

 ただ、残念だなって思う。私はこの子のことを結構気に入っていたし、茜もそうだってはっきりと分かっていた。なんとなく茜のことを幸せにしてくれそうな気はしてた。でも・・・そっか。そういうことか。茜が芸能界に行くって決めたってことも彼に一歩引かせてしまう原因になったのかもしれない。確かにこの世界で生きていくには・・・色んな方法があるけれど、恋人がいるとなると・・・難しくなるのも事実。


「それは茜が私と同じ世界で生きるって決めたことも関係ある?」

「・・・わかりません。でも、無いとは言い切れないです。僕にはそこまでの自信はありませんでした。」


 この子は本当に正直な子だ。もしかしたら懺悔的な気持ちも後押ししているのかもしれないけれど、それでもこの子はすごい子だと思った。だからこそ残念でならない。次はそのことも聞いてみよう。


「そう・・・それは私からはなんとも言えないことだわ。確かに離れ離れで気持ちはいつも一緒だなんて、そんな都合のいいことは言えないと思う。お互いに若い、いや若すぎるからね。だから、このことは私の胸にしまっておくことにする。いつか、茜とはこのことを話す機会があったら、その時はきちんと話しをしてあげて。あの子の気持ちにも整理をつけさせてあげるために・・・」


 私はこんなことを言ったけれど、きっと彼は言わない。誰にも言うことはないのだろう。だからいつか、茜の心が落ち着いた時に私から言うべきなのかもしれないと思った。もちろん、彼から直接聞いたということは伏せて。私が感じたかのように。それが姉としての私にできる精一杯なのかもしれない。そう考えた。


「・・・言えません。正直に言えば好きだったっていう気持ちがはっきりとわかった・・・いや、思い出してきたのが最近のことなんです。」

「え?どういうこと?」

「僕は好きっていう気持ちがわからなくなってたんです。過去に色々あって・・・いい子だなって思うことはあってもそれが好きっていう気持ちなのか、それとも他の何かなのか。それが全然わからない時期があったんです。」


 よくわからないけれど、トラウマってこと?好きっていう感情に対しての。

 だとしたら・・・それってすごくツライことだよ。君は喜怒哀楽とは違う、人間の持つべき大切な感情を失っていたってことになるわけで、それは片方の肺がないまま呼吸をしているみたいなものだったんじゃないの?

 なんて・・・かわいそうな子なんだろう。


「私にはわからないけれど、色々あったんだね。」


 私はそう言って夕人くんを軽く抱きしめた。それは愛おしいと思う気持ちからではなく、哀れみや同情と言ったものからでもなく、母親が悪いことをしてしまった我が子を抱きしめるような。そんなものだったんだと思う。


「あの・・・」

「あ、ごめんね。つい、こうしてあげないといけないような、そんな気がしたの。君は何かその心に大きな傷を負ったんだよね。そして、それをずっと癒せずにいた。それは茜には癒せなかった傷。だから私には絶対に癒やしてあげることはできない。茜が君を想う気持ちは私のそれとは比べ物にならないくらい大きいのよ。だから、私はただアドバイスをすることしかできない。そして、それは君の心の傷をえぐるようなことかもしれない。」


 彼を優しく抱きしめながら耳元で囁き、そして彼を解放した。


「・・・」

「私が以前に言ったことを覚えているかしら。」


 これが私からのアドバイス。あの子の傷を再び痛めつけるような言葉。それにあの子が耐えられるならば、きっと強い子になれるはず。


「・・・いろいろと助言は頂いてます。ただ・・・この場合はきっと、『好きではない人と付き合ってはいけない。』なんだろうと思います。」


 この子は強い。

 そして優しい。

 きっと茜に対しても私のこの言葉が最大の足枷になってあの結論に至ったに違いない。

 そして、恐らくは彼女だと言っていた子に対しても・・・


「そう。ちゃんと覚えていたんだね。だったら、今の彼女とはどうして?」


 なんて残酷なんだろう、私は。これ以上はこの子の傷をえぐる必要なんてないし、その資格もない。私は茜の姉ではあるけれど、この子の肉親でもなんでもないのだから。


「彼女はこう言ってくれたんです。『一緒に歩いていこう。少しずつでいい。一歩ずつ。君の心の傷が癒えるまで。』って。僕はその言葉に甘えて・・・」


 私の口から思わず大きな溜め息が漏れてしまった。

 でも、それは呆れたとかそういう感情じゃない。そんな言葉を言えた女の子の気持ちが痛いくらいにわかるから。

 自分の思いを押し殺しながら、それでいて彼に対する溢れ出んばかりの愛情を押さえきれなくて、だからこそ言えた言葉。

 そして、それは決して彼を繋ぎ止めておくことができる言葉じゃないってわかっていて口に出した言葉。さらに言えば、きっとその子は彼の思いが本当の意味で自分には届いてこないってことを何処かで悟っている。そんな子なんだ。なんてすごい女の子なんだろう。そう思うしかなかった。私が同じ立場だったならば絶対に言えないもの。

 きっと夕人くんがすごく良い人で、優しい人で。だからこそこんなに人が集まってきて。もちろんそれには異性として惹かれる女の子もいて。けれども彼にはそれに応えられる感情を上手くコントロールができなくて。そうしてここまで来てしまったんだろう。


 私が知っている中学生の男の子っていうのは日替わり定食のように好きな女の子が変わっていたように思う。その一方で女子は違う。一人の男の子をずっと好きでいられたりする。でもそれだって、いろいろな経験をするからこそなんだ。


 もしかすると、私が彼に言った言葉が彼の心の成長を、いや修復をさせないようにしてしまっていたのかもしれない。


 私はなんて浅はかだったんだろう。


「夕人くん、ごめん。君はやっと好きだっていう感情を思い出せてきたんだね。私のちょっとしたアドバイスのつもりで言ったこと、あれは冗談や嘘で言ったわけじゃないよ。でも、君にとっては重荷となってしまったのかもしれない。だってね、良くも悪くも思春期のこの時期、いろいろな経験をすることで人間として成長できるのよ。今更こんなことを言ってもどうしようもないんだけれど・・・それでも言わせて。ごめんなさい。」


 私にはもう、この言葉しか言えない。だから、それだけを言って頭を下げることしかできない。茜とのことにしても他の子とのことにしても私の言葉が何らかの影を落としたことは間違いないのだから。こんなにも他人の言葉をきちんと受け止め、そしてきちんと考えている子なら。


「いえ、その・・・なんて言うべきかよくわからないんですけれど・・・でも、はっきり言えることはあかりさんの言葉は僕にとってすごく大切な言葉でした。だからこそ今の自分がいると思うんです。なんか偉そうなことを言ってるように思いますが。」


 はにかみながらそんな言葉を口にした彼はすごく大人に見えた。まるで自分よりも年上の男性が目の前にいるような、そんな錯覚すら覚えるくらいだった。


 だからこそ、今はっきりとわかった。茜がこの子のことを好きなわけが。


「君は・・・もっとズルくならなきゃダメだよ。世の中は正直者が生きていけるほど優しい世界じゃないよ・・・」


 それは私の経験から出た言葉。

 他人の言葉なんて残念だけれど信用出来ないってことを知ってしまった大人の言葉。

 けれども現実。悲しいけれどそれが現実なの。

 だから、と思う。彼にはいつまでも今の気持ち、考えを捨ててほしくはない、と。そして、それは難しい事だとわかっていながら。


「え?僕はそんなに正直なやつじゃないですよ。」


 困ったような表情を浮かべながら体の前で両手を振って私の言葉を否定している彼を見ると、この世界に入って、大人になって、仕事をして汚くズルくなってしまった自分が恥ずかしくなってくる。


「そうなのかな。でも、君は罪作りな男でもあるね。」

「う・・・なんかそう言われると辛いです・・・」


 一転して表情が落ち込んだものに変わる。この表情の豊かさも周囲の女子をキュンとさせるのかもしれない。


「ふふ、そうね、ごめん。君のことを責める気持ちはさらさらないから。さーて、そろそろ時間もなくなってきたから、最後の質問をして、もう一つの話に行こうかな。えっと、彼女さんの名前と特徴は?」


 こんなに話し込むつもりはなかったけれど、彼と話しているともっと話をしていたいと思ってしまうから不思議よね。


「えっと、名前は椎名ローザです。特徴・・・色白で割と背が低くて細いけれどでもしっかりした感じっていうか、その・・・運動してるので。あ、肩よりちょっと長い黒髪で。あとは他には・・・」

「分かった分かった。それだけ聞けば十分だよ。なんとなくイメージはできたから。」


 その椎名ローザっていう子。できるなら会ってみたい。あんなことを言える子はなかなかいないよ。きっといい子なんだろうなって勝手に想像を膨らませてしまう。


「そうですか?でも、どうしてそんなことを聞いたんですか?」


 私の言葉を理解できないといった表情でこちらを見ている。なんだかぽや~んという表現がぴったりな表情だ。

 やだ、なんか、可愛い。


「名前とか聞いておかないともし出会っても気が付かないじゃないの。」

「あっ、そうですよね。」


 納得してくれたみたい。なんだろう。チョッピリ抜けたようなところがあるっていうのも魅力の一つなのかしら?


「そそ。それで、ほら、もう一つの話は?」


 少し急がないと。もう時間的余裕はないんじゃないかな。周囲の様子が少し慌ただしくなってきた。私はあたりを軽く見回してそう思ったんだけれど・・・不審な人影を見たような気がした。その影は私の視線に気がつくとサッと消えてしまったから誰なのかまではわからなかったけれど。


「実は、もう一つの話はあかりさんに話しちゃいました。その・・・自分の思いというか考えというか。それを聞いて欲しかったんです。大人の人のしかも女性の話を聞ける機会なんてありませんから・・・」


 そっか。だからか。なるほどね。でも、きっと話すつもりはなかったことまで話させちゃったんだよね。そう思うと本当に悪いことをしたなって思っちゃう。


「ふーん、そっか。このグレーシアさんを人生相談に選んだってことね?なるほどなるほど。」


 したり顔をして頷いてみせる。彼の反応を見たくてわざとらしく。


「いえ、すみません。急にこんな話をしてしまって。」

「ううん、いいんだよ。私も何ていうか勉強になった気がする。もし、ドラマとかでお仕事をもらえたらすっごく役に立ちそうだと思った。」


 これは本当。ウソじゃなかった。とはいえ、私はまだそんなお仕事をもらえるほど売れっ子ではないのですが。


「まさか。それはないですよ。」


 遠慮がちに笑顔を浮かべて謙遜している姿は実年齢と同じくらいにあどけなく見えた。


「ま、それは置いておいて。そろそろ戻ろうか。もう一度通しでやってみたいし。みんなも待ちくたびれてるっていうか、私たちがどこに行ったのかって思ってるよ?きっと。」


 笑みを浮かべて両腕を組み、口をへの字に結んでわざとらしく頷いてみせた。


「あ・・・そうですね。すみません。ありがとうございます。」

「いいよ。楽しかった・・・って言い方はダメか。うん、ごめん。でも、やっぱり楽しかったように思うから。さっ、君は先にみんなのところに戻ってて。私は安藤さんと少し話しをしてくるから。」


 右手を上げて軽く手を振り、安藤さんがいるであろうところに小走りで向かった。彼は軽く頭を下げてみんなのところに戻っていったようだった。


******************************************


 そして時間は再び学校祭二日目。

 ローザがグレーシアを見かけたところに戻る。


「あ、椎名さん?椎名ローザさんでしょう?」


 え?

 は?

 何?

 私の名前を呼んだ?

 どうして?

 何で私の名前知ってるの?

 きっと目を丸くするっていうのはこういう時に使うんだろうなって思ったけれど、そんなことはどうでもいい。ただただ驚いた。


「は、はい・・・」

「よかったー。いいタイミング。ささ、こっちに来て。私と一緒に中に入ろっ。」


 畔上グレーシアが私の名前を知っていて、しかも手招きしている?なに?これって何かのドッキリ?というか、何でグレーシアがここにいるわけ?もう、ほんとにわけわかんないんだけれどっ。


「えっと、はい?冗談ですよね?」


 そう、冗談に決まってるじゃない。どうして私が芸能人の人と一緒に学校に入ることになるの?ちょっと、誰か教えてよっ。


「冗談なわけないじゃない。冗談で人の名前なんて呼ばないわよ。ほら、早くこっちに来てよ。そうしないと入れないよ?学校祭を見に来たんでしょう?」

「そうですけれど。」


 美しい顔に可愛らしい笑み。反則だよ、芸能人って。私はどう考えてもあんな美人になれないや・・・


「はぁ、わかった。ちゃんと説明するから。とりあえずこっちに来てよ。」


 溜息混じりに『おいでおいで』と手招きしているけれど全く状況が理解できないよ。ちょっと夕人・・・どういうことなのよ。

 そう思いながらも芸能人の人と話してみたいっていう興味が不安に打ち勝ったということも会ってゆっくりとグレーシアさんのもとに歩を進める。


「あぁ、もう。じれったいわね。」


 そういうのと同時にグレーシアは私のもとに走ってやってきて、強引に腕を掴んであ歩きだした。


「あ・・・えっと?」

「夕人くんに聞いたの。君のことをね。」


 夕人くん・・

 はい?

 どういうこと?

 夕人と知り合いなの?

 わっけわからないんですけれど?


「あの・・・よくわからないんですけれど。」

「詳しい説明は後で。早くしないと午前の部が終わっちゃうのよ。終わらないうちにこっそりと中にはいらないとサプライズにならないでしょう?」


 少し苛ついているようにもみえるけれど、楽しそうにもみえるのはどうしてなんだろう。私はわけわからなくて頭の整理が追いつかないだけじゃなく、ドキドキまでしてるってのに。


「はぁ・・・すみません・・・」

「いいから、とにかく、君は椎名ローザさんなんだよね?」

「はい。」

「だったらいいの。いくよ。」


 私の手を強引に引っ張り母校の校舎に一緒に入ることになった。

 いやいや、それにしても久しぶりの母校への訪問が芸能人と一緒だなんて誰が想像しましたか。

 もちろん、私は想像してませんよ。当たり前でしょ。

 あー、もう。わけがわかんないっ。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


グレーシアの目線からの物語とローザの目線からの物語が描かれています。


基本的に現実の世界もそれぞれの人達の物語の集合体だと思います。

それが複雑に絡み合い、そして、お互いに肝炎に理解し合うのは難しい。

そんな物語の集まり。

お互いの物語を重ね合わせていくのは本当に難しいことだって思うんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ