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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第42章 バンド、やります!
195/235

二人の想い

前回からの続きになります

「夕人?」


 名前を呼ばれて目が覚める。

 一体、何があったんだろう。

 目の前には小町の泣き顔、それから茜に環菜の顔も見える。


「どうした?というか、ここは?」


 よくわからないけれどここは保健室のようだった。


「覚えてないの?夕人くん。」


 茜がそう聞いてくるけれど、何を言っているのかわからない。


「何を?」


 少しボーっとする頭を手で軽く押さえながら半身だけ起き上がろうとする。


「いきなり倒れたんだよ?大騒ぎだったんだから。」


 環菜がホッとしたような表情を浮かべているけれど、俺が倒れた?何のことだ?


「私は、夕人くんが目覚めたことを伝えてくるね。」


 茜はそう言って立ち上がり、保健室から出ていった。必然的に環菜と小町が俺の側に取り残される形になる。


「えっと・・・何があった?っていうか、ほら、準備とかしないとっ。」

「夕人、倒れたんだよ?急に。びっくりしたんだから。」


 そう言って小町が俺に抱きついてきた。


「え?倒れた?俺が?」


 抱きついてきている小町の頭を軽くなでながら環菜に質問した。こういう時に一番わかりやすく話してくれるのは環菜だろうと思ったからだ。


「夕人はね、急に倒れたの。グレーシアさんや監督さんと話をしようってなった時に。ステージの上でね。みんなびっくりして・・・様子を見て救急車を呼ぼうかって話になっていたところ。」

「倒れた?どのくらい?」


 全く覚えていない。いや、あの時か?声が出ないなって思った、あの時なのか?


「十分位だよ。ここに運んでくれたのは監督の安藤さん。あとでお礼を言ったほうがいいかもね。」


 環菜が冷静に静かな声でそう言った。


「あぁ・・・そうだね。でも、大丈夫。もう目も覚めたし元気になったよ。」


 俺はそう言って右腕に力こぶを作ってみせる。あれ、そう言えばYシャツを着てないな。肌着のシャツ姿になってるや。まぁ、別にいいけれどな。


「病院に行ったほうがいいと思うよ。」


 環菜はあくまでも冷静だった。


「大丈夫だよ、きっと。それよりもさ、明日の準備と打ち合わせをしなきゃ。」

「夕人。本当に大丈夫なの?」


 小町は相変わらずベッドの上に乗っかったまま俺にしがみついている。


「大丈夫。」

「ダメよ。倒れるなんて普通じゃないよ。ちゃんと検査しないと、大変なことになってたらどうするの?」


 俺の言葉を遮って環菜が大声を出した。


「え・・・いや、でもさ。明日は本番だし。どうせ検査したって明日までに結果なんて出ないさ。だったら、明日行っても同じだろ?それに、疲れてただけだって。昨日もほとんど徹夜で色々やってたからさ。」


 実際のところ最近の睡眠時間は三時間位だった。だから睡眠不足で急に倒れたんだろうと思うけれど・・・情けないよなぁ。


「だったら、今日はもう休んで。家に帰って。」


 環菜が強い口調でそう言ってくる。もちろん、俺のことを思っていってくれているんだろうとは思う。けれど、明日の本番に備えてやらなきゃいけないことはたくさんあるだろう。急にステージの内容が変わったんだからさ。


「大丈夫さ。睡眠不足だっただけだ。今夜はちゃんと寝るから。」


 未だにがっしりと抱きついてる小町の頭をポンと軽く叩いて離れるように促し、俺はベッドから立ち上がった。


「な?大丈夫。打ち合わせと練習をしようぜ?終わったらちゃんと帰って寝る。」


 そう環菜と小町に言って笑顔を見せた。


「でも・・・」


 環菜は納得してくれないけれど、俺が環菜の立場だったなら同じことを言ったのかもしれない。


「明日が終わったら行くよ。」


 たぶんな。その言葉は口にしなかった。


「夕人、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫さ。心配症だなぁ、二人とも。それに、泣くことはないだろ?小町よ。」


 俺がそんな軽口を叩いたのも二人を安心させたいという気持ちからだった。


「それは心配するよ。目の前で急に倒れたんだから。当たり前でしょう?」

「そうだよ。誰だって心配するよ。」


 二人がマジな表情を浮かべながらそう言ったのは、俺の言い方が悪かったせいだ。


「・・・ごめん、心配かけた。でも、もう大丈夫だ。ありがとう。」


 俺はさっきとは違い、本気で二人に頭を下げた。


「わかれば・・・いいのよ。」


 小町はプイッと横を向いた。口が尖っているように見えたのは納得していないからかもしれない。


「無理はしないでね。夕人くんがいないと、うまくいかないけれど・・・」


 環菜が俺の手をギュッと握りしめてきた。


「いや、俺がいなくても今回に限ってはなんとか・・・ならないのか。いや、プロの人達もいるし・・・」


 この際だから俺の代わりにベースをやってもらうっていうのもありか?そんなことを考えながら空いている手で軽く顎をさすった。


「「夕人っ。」」


 二人の美少女に同時に名前を呼ばれて夕人は我に返る。

 そして、怖い顔で睨んでいる二人の表情を見て血の気を失いそうになった。それほどに二人は鋭い目つきで夕人を見ていた。


「はいっ。」

「そういう考えは良くない。」

「そうよ、良くないよ。」

「みんなで頑張ってきたんだから。」

「そうよ。」

「最後までみんなで頑張らなきゃ駄目よ。」

「そうよ、環菜の言うとおりだよ。」


 環菜と小町の息の合った連携プレイに夕人はタジタジだった。だからだろう、半歩後ろに後ずさったのだった。


「お、おう。わかった・・・」

「分かったならよろしい。」

「そ、分かったならいいの。」


 なんだろう。未だかつてこの二人にこんな勢いで何かを言われたことはなかったな。夕人は心の中でそんなことを考えながら自分の馬鹿な考えを打ち消すように首を軽く左右に振った。


「さ、じゃ、みんなが待ってるから行こう。」


 環菜は俺の手を引っ張り保健室の出口に向かって歩こうとする。


「ちょ・・・俺のシャツは?」

「私が持ってる。」


 小町が笑顔で俺の横に立ってYシャツを見せてきた。


「待て待て・・・それを着させてくれよ。おれ、肌着なんだぞ?」


 そう言って小町の手にあるシャツをぶんどった。


「「あぁ・・・そう。」」


 二人は思い出したかのように声を揃えたのだった。


「そうって・・・そんなに違和感ないか?この格好は。」


 夕人は苦笑いを浮かべながら二人の顔を交互に見た。


「「ないね。」」


 またもや二人の声が揃う。そして互いに目だけを動かしてお互いの顔を見ている。


「ん・・・そっか。まぁ、二人とも去年の絵の具だらけの俺とかも見てるしな。今さらってところもあるか。」

「いや・・・」

「それもあるけれど・・・」


 シャツのボタンを止めながら夕人は環菜の顔を見て、続いて小町の顔を見た。


「それ肌着っていうか・・・」

「そう、普通のTシャツだなって思ったから。」

「ねぇ?」

「うん。」


 なるほど、夕人が着ていたのは少し地厚な感じのただの白無地Tシャツだった。


「・・・そう言われてみたら・・・そうだなぁ。」


 夕人は納得した様子で頷いた。そして、三人で笑いだした。


「さぁ、Yシャツを着たら早く行こう?みんな待ってるよ。」

「そうだよ、夕人がいないと色々と始まらないんだから。」

「いや、俺がいなくても二人がやっててくれたら良かったんじゃないか?」


 夕人の言葉に二人の表情が一変する。まるで三つの顔を持つ阿修羅のように・・・いや、この言い方では彼女たちに失礼か。笑顔が一転、怒りの顔付きに変化した。


「夕人のことが心配だったからじゃないっ。」


 まずは小町が夕人に激しい罵声を浴びせた。


「お、おぅ・・・」


 夕人は自分よりも頭一つ小さい小町に圧倒されて少しだけのけぞった。


「そうよっ、いきなり倒れる夕人が悪いんじゃないのっ。」


 環菜は背中まで伸びる長い髪を逆立てるような勢いで睨みを効かせてきた。


「ご、ごめん・・・」


 その目は今にも真っ赤に光りそうに見えた。


「行こうっ、小町。」

「そだね、先に行ってよっ。」


 そう言って二人は保健室から出ていったのだが、後ろ手に締めた扉は壊れそうなほどに凄まじい音を立てたのだった。


「・・・失敗だったなぁ・・・」


 取り残された夕人は、一人右手で頭を掻いていた。


****************************************


「ところで環菜・・・」

「なに?」


 保健室を出てしばらく歩いたところで立ち止まり、小町は何かを考え込むような表情を浮かべた。


「気になってたことがあるんだけどね?」

「ん?」


 環菜は不思議そうな表情を浮かべたまま、小町をまじまじと見つめていた。小町が何を話そうとしているのかなんてことは全く見当もつかない様子だ。


「・・・んー。」


 小町もどうしてか歯切れが悪い。なんと言って話し始めたら良いのかを考えあぐねているように見えるけれど、実のところはそこまで難しいことを考えていたわけではない。


「どうしたの?」


 環菜の瞬きが少しだけ多くなった。


「夕人って呼んでるよねぇ。」

「うん。」


 環菜は表情を一つも変えることなく頷いた。いつかは小町か茜にはそのことを聞かれるだろうと予期していたのかもしれない。そう思わせるくらいに自然に返事をしたのだった。


「はぁ・・・環菜に唯一勝ててるところだと思ってたんだけれどねぇ。」


 両肩を竦めながらも笑顔で環菜の目をジッと見ていてそう言ったのは環菜にとっては意外だったに違いない。なぜ?今までの小町だったらもっと色々と環菜に対して文句のようなことを言っていたはずだから。

 小町の心の中では、夕人にとっての環菜という存在は特別な存在のように思っていたからこその言葉だったに違いない。


「勝てるところ?」


 だからこそ、環菜の自信に溢れたような表情が一瞬だけ揺らいだ。


「そ。夕人との距離。環菜よりはずっと近いと思ってたんだけれど。違った?」


 それはある意味での先制口撃。いや、宣戦布告とも言えるものだったのかもしれない。その証拠に小町の目はもう笑ってはいない。


「距離?近い?」


 環菜にとって予想外だったのは、このタイミングでこの話をされたことだったに違いない。彼女は常にいろいろなことを考えている。それはある意味で計算高く見える時もあり、そして、非常に用意周到ともいえる。けれど、相手が人間だった時は違う。思った通りに事が運ぶことなんてない。そこが彼女の欠点でもあり、逆に長所でもあった。


「そう。私はね、そこだけは負けないって思う。」


 強い目線で自分を見上げてくる小町を見て、自分とは違う夕人との関係を築いている彼女のことを羨ましく思った。


「・・・そ・・・」


 だからだろう。はっきりとそう言われた時に返す言葉がすぐに出てこなかったのは。


「この前は環菜にも助けられたってことはわかってる。」


 ここでも環菜の短所が露骨に現れてしまう。それはアドリブ力の無さ。想定外の事態に対応できない弱さ。なんでもできるという環菜の存在は事前の準備あってこそなのだった。

 それに対して小町や茜は違う。その時その時の状況に応じて必要だと思う言動をすることができる。その差が、この場に現れているように見えた。


「それは・・・その・・・私だってなんとかしたいって思ったから。」

「うん。ありがとう。本当に嬉しかった。友達がいてよかったって、本当に心からそう思ったよ。」


 笑顔を浮かべて頭を下げた。環菜にとっては今までの話の流れからは想像もできない展開だったに違いない。


「あ、うん。それは良いんだけれど・・・」


 その証拠に目線は落ち着きなくアチラコチラを彷徨い、自身の両腕をギュッと抱きしめていた。


「だから、本当に感謝してもしきれない。もし環菜に何かあったら、私も助ける。絶対にね。」


 そう言いながら笑顔を向けた。

 しかし、その笑顔は一瞬で真顔に変わり少しだけ語気を強めて話を続けた。


「でも、それはそれ。環菜の気持ちはわかってるつもり。だからって私はそのことは譲らないよ。夕人が好きだっていう気持ちは。」


 驚いた。環菜は正直に驚いた。小町は確かに成長した。数ヶ月の暴走から立ち直ったあとの小町は本当に一気に大人のようになったと言う感じがしていた。でも、それでもどこかで小町には負けていないと思いこんでいた自分自身の考えにも二重に驚いたのだった。


「え・・・」

「ずっと前はね、側にいられればいいだなんて思ったこともあったけれど今は違う。いや、同じだけれど、あの時よりもずっと強い思いなの。だからね、環菜には負けない。」


 そこまで言っておいて急に小町の顔に笑顔が戻る。見るものを安心させるような笑みを小町が浮かべた。


「なんてね。本当は今言うようなことじゃないよね。ごめん。環菜のことを責めてるとかそういうことはないの。修学旅行のときにも話したもんね、ほんとうにたくさん。いっぱい。」


「あ・・・うん・・・」


 環菜はただただ頷く。その様子を見ながら小町が口元をキュッと結び、軽くため息を漏らす。


「まっ、そんなことを言っても私も環菜も、茜もかな?椎名先輩に負けちゃってるんだけれどね。」


 両腕を頭の後ろに回して何もない地面を蹴るその姿はふてくされているかのように見える。


「負け・・・かぁ。」


 環菜は目線をスッと床におろして小町と同じようにハァーっと息を吐いた。


「負けだよ、今のところはね。なーんて。偉そうなこと言ったって選ぶのは夕人だからね。私らが負けたとか勝ったとか、そんなこと言っても何も始まらないっていうかね。そう思うんだけれどさぁ。はぁ・・・好きになっちゃったら仕方ないもんね。」


 ペロッと舌を出して笑みを浮かべる。同年代の子達と比べて少し幼くみえる小町がよりいっそう幼く見えた。これが小町が悩み抜いた末に導き出した答えなのかもしれない。


「・・・」


 ある意味で割り切ったような言い方をした小町の言葉に環菜は素直に頷くことができない。心の何処かで最後は自分のところに来てくれるという何の根拠もない漠然とした思いがあったからだ。それは過去に唯一夕人から告白されたという自負。それがたったひとつの環菜が頼っている感情だったのかもしれない。けれど、環菜は忘れていた。そのたった一度の事柄が環菜と夕人の二人の間に未だに埋めることのできない溝を作ってしまっているということを。


「とにかく、そういうこと。私は夕人が好き。」


 笑顔でそう宣言した小町を複雑な気持ちで見るしかなかった環菜だった。


「私は・・・」


 小さく独り言のように呟く。ただ、その後に続く言葉を口にできなかったのは小町の笑顔の眩しさのせいだったことを環菜自身も気がついていなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


まさか寝不足で倒れるとは。

少しだけ安心してしまったのでしょうか。リハが無事に済んだことや、初日を滞りなく執り行えたことで。


小町と環菜の気持ち。

よくわかって頂けたのかな、と。


夕人は幸せものです。

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