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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第42章 バンド、やります!
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予期しない出来事

ちょっとだけ時間が進みました。

学校祭の一日目になります。

 あっという間に時間は過ぎていく。これだけがどんな人にも平等なものだろう。


 今日はもう学校祭の初日だ。

 うちの学校祭は二日間行われるんだけれど、初日から二日間かけて体育館のステージ上でそれぞれのクラスの出し物を披露してもらう。演劇だったり合唱だったり様々だ。でも、一クラス十五分だから三年生までやっても四時間半で終わる計算。学校祭自体の開会式っていうの?そういうのは十時から。そして二十分位開会式に使うことになっている。だから実際のところは出し物の発表は十時二十分から始まる。まずは一年生の六クラスに発表してもらって、午前中は終了。予定では十二時位に終わるはず。そして、昼ご飯の時間を挟んで十三時半から再開して、今度は二年生の発表。三時くらいに終了。初日はこんな感じ。あ、放課後は十六時まで自由時間になっているけれど、帰宅もOKってことになってる。


 二日目の午前中は三年生の発表だ。開始時間は前日と同じで十時。そして昼休憩を挟んで十四時からは三十周年記念イベント。グレーシアさんが来るってことは生徒たちには内緒にしてある。実を言うと、知っているのは先生と生徒会メンバー、あとは委員長たちだけだ。実は今回の学校祭、色々とあったせいで実行委員の募集をかける時間がなかったんだ。だから、かなり少ない人数で運営している。俺たち生徒会の六人と各委員長たち。しかも、委員長たちはそれぞれの委員会での仕事もあるからこちらの仕事にかかりきりって訳にはいかない。三十周年イベントの会場設営は殆どが俺たちでやらなきゃいけない。厳しいことこの上ないんだけれど、やるしかないわけだ。



 初日は大きな問題は起こらず終了した。予定時間からの遅れもほとんどなかったし、わりとスムーズに進行できたと思う。これもなっちゃんの素晴らしい放送技術とか、その他の委員長たちみんなの協力があってこそだと思う。

 いや、それだけじゃないよな。俺たち生徒会役員たちはクラスのイベントに参加する時間がないから、クラスメートには迷惑をかけてる。特にうちのクラスからは俺と翔、それに委員長たちの茜や小町、それになっちゃんとむっちゃんの計六人が抜けているからかなり大変だろうと思う。それにも関わらず文句一つ言わずに俺たちを快く送り出してくれたクラスのみんなにも感謝しないといけないな。


 ただ・・・さしあたっての問題は明日の舞台だよなぁ。なっちゃんは照明と音響関係での協力を約束してくれてる。でも、正直に言えばぶっつけ本番に近いものになるんだ。できることならば一度くらいここで練習したい。俺は生徒たちがいなくなった体育館の中でボウっとしながら見つめていた。


「夕人くん、どうしたの?」


 俺の肩を軽く叩きながら茜が声をかけてきた。

 今日は茜にもかなり助けられたなぁ。ステージでのイベント発表中にちょっとだけアクシデントが発生した。表面上は何も起こっていないように見えていたんだけれど、それも茜の機転で乗り切れたっていうところもある。詳しい話はまたいつかそんな話になった時にしよう。


「茜か、今日はありがとうな。助かったよ。」

「大したことじゃないって。それより、一日目が無事に終わってよかったね。」


 笑顔を浮かべてそう言ってもらえると頑張った甲斐があるってもんだ。


「うん、とりあえずはね。でも、問題は明日だと思うんだ。」


 明日というのはもちろん午後からの三十周年イベントのこと。俺達のバンドとシークレットゲスト、茜のお姉さんのグレーシアさんの登場。まずはゲストの安全の確保も必要だし、いや、このあたりは正直言って翔の力を借りた。いや、借りざるを得なかった。俺達だけじゃ無理もあるしさ。シークレットサービスなんてレベルじゃないとは思うけれど、要人警護ができる警備会社に委託してある。これで大きな問題にはならないはずだ。


「そうだねぇ。ねぇ、今更なんだけれどね、私、ヴォーカルから外れてもいいかな?」

「え?」


 それこそ今更だよ。小町とは話をしたのか?茜と一緒だったらやってもいいって言ってたんだぞ?


「それは困る。小町になんて言うんだよ。」

「うーん、そのね?メインを小町にしたいの。私はギターもあるし。そっちに集中しないと失敗するかもしれないから。コーラスって感じで歌うよ。それじゃダメかな?」


 こんな土壇場に来ての変更?うまくいくのか?


「あ、あとね?環菜ちゃんもコーラスって感じで歌うの。もちろん実花ちゃんもね。女の子たち四人でうまく持ち回りをしたいなって。でも、メインヴォーカルは小町にお願いしようかなっていうのが私たちの提案なの。」


 この言い方は女の子たちの中では話がついているってことなのかな?だとしたら別に構わないけれど・・・いや、やっぱり試してみたいよなぁ。


「悪いけれど俺だけじゃ決められないよ。照明を担当してくれているなっちゃんにも話を通さなきゃいけないし、みんなで相談しなきゃ。」


 腕を組みながらシュミレートしてみる。はっきり言えばマイクの本数が増える。それをうまく調整できるだろうか。スタンドの本数は足りていると思う。小町はメインだからスタンドがなくてもいい。キーボード担当の環菜はどうだ?なんとかなるか?


「うん、実はね、なっちゃんには相談してみたの。そしたら、見てみないとなんとも言えないって言われちゃった。」


 茜がぺろっと舌を出して片目を閉じた。


「そりゃ・・・そうかもしれないな。」

「ということで一度やってみない?」

「今からか?」

「そう。みんなには声かけたから、もう少ししたら集まると思う。それに生徒たちには校内放送で帰宅指示を出すって翔くんが言ってたから大丈夫だよ。お姉ちゃんも見たいって言ってたし。」


 実は今夜の十九時にグレーシアさんが来てくれてリハをやることになってる。でも今は十六時。かなり前倒しで進めるということか?


「それは・・・大丈夫なのか?俺達の方はなんとかなるとして、お姉さんの方は。」


 こちらは先方の都合に合わせなければいけない立場だ。グレーシアさんが早い時間がいいと言うならばそれに合わせざるを得ない。


「えっとね、グレーシアとしてじゃなくって、お姉ちゃんとして見たいんだって。それにアドバイスもできると思うって言ってたよ。」


 ふーん、どういうことかわからないけれど、茜のお姉さんとして来るらしい。つまりはOGとか先輩としてっていう建前でくるのかなぁ。でも、どちらにしてもグレーシアさんが来るってことなら、なおのこと生徒は帰らせなきゃいけないなぁ。


「生徒がいなくなったら・・・始めようか。俺達は会場の準備でもして待っていよう。」

「そうだね。」


 そう言って俺達はステージ上に準備に向かった。


***********************************


「曲のことなんだけれど、あの選曲って誰がしたものなの?」


 すっかり準備が終わったステージの上に俺たちは集まっていた。ドラムセットやシンセサイザー、思ったよりも準備に時間が必要だった。明日もこれをやると思うと結構しんどいなぁ。


「え?そりゃ・・・夕人と私だけれど・・・」


 茜の問いかけに小町が少しだけバツが悪そうに答えた。その理由を俺は知るわけもない。


「ふーん、学園天国は夕人くんだよね。何となく分かるよ。『Can't take my eyes off you』は?小町ってこと?じゃ、他の二曲は?」


 茜が少しだけ口を尖らせながら聞いてきた。何でそんなことを今になって聞くのか。それも俺にはわからない。


「環菜と私。『想い出の九十九里浜』は環菜だよ。新しい曲もあったほうがいいって。それで、『Diamonds』は私。なんとなく茜に歌って欲しいなって思ったから。」


 小町が茜の顔を見ながら笑顔でそう言った。


「そっか、なるほどねぇ。うん、よくわかったよ。」


 笑顔で頷いている茜に対して少しだけ目をそらしている環菜。小町は笑顔のままだ。


「なぁなぁ。それよりもさ、俺は大丈夫かな?」


 翔が今まで付き合ってきて初めてと思えるくらいに弱気だ。それもそのはず、アイツは未だにうまくドラムを叩けていない。まぁ、そんなに簡単なものじゃないっていうのは俺も数日前の練習でよくわかったから、ミスのない程度に簡略化したバージョンを環菜にアレンジしてもらっている。でも、それでも、上手く行かないのは翔の絶望的な運動神経のプッツンさがなせるものなのだろうか。


「夕人くんに代わってもらう?で、あんたがベース。」


 実花ちゃんがとんでもない提案をしてくるが・・・ある意味でありかもしれない。


「ほう。いや、ちょっと何言ってるのかわからない。」

「わからないってことはないでしょ?アンタがあまりにもヘタレなことを言うから代替案をだしてんのわかんない?」


 実花ちゃんが遂にブチ切れた。今までも何度か危ない場面はあった。けれど、環菜や茜のお陰でギリギリのところで耐えていたんだろう。でも、この期に及んでの弱気発言に遂に爆発ってところだな。その気持ちは分からないでもない。


「なぁ、エアドラムっていうか、俺達の演奏を全て録音して、当日は『フリ』をするっていう手もあるぞ?某アイドルローラースケーターみたいにさ。」


 俺が実花ちゃんをなだめようとして一つの案を出してみた。


「ダメだよ、夕人。ここじゃ録音できないもの。きちんとした設備がないと無理よ。」


 環菜が首を横に振りながら厳しい表情を浮かべる。


「そういうもんか・・・」

「そんなこと言ってても仕方がないでしょう?とりあえず、一回やってみようよ。」


 茜の言葉に全員が頷き、それぞれのポジションに向かう。


 俺達が披露するのは四曲。

 一曲目は『学園天国』。これはみんなで少しずつヴォーカルを担当することになる。正直に言えば歌うのは好きじゃないけれど仕方がない。俺は与えられた仕事をこなすだけだ。

 二曲目は『Diamonds』でメインは茜。この時はギターのメインも実花ちゃんに変更になる。小町はコーラスを担当することになるらしい。

 そして、三曲目に『想い出の九十九里浜』となって少しだけしっとりした感じにするのが目的らしい。この曲のメインは環菜が務める。つまりは弾き語りみたいなことになるのかな?ここもコーラスと言うか、ハモリの部分を小町が担当するってことになっている。

 それで最後は『Can't take my eyes off you』だ。これは小町が一人でヴォーカルを担当する。なんとなく小町の負担が大きいような気もするけれど大丈夫なのかな?



「思ったよりもちゃんとできたじゃない。」


 実花ちゃんが翔の顔を見ながらお褒めの言葉を投げかけた。


「お、おう・・・夕人の演奏を見てかなり練習したんだよ。」


 翔だってちゃんと努力してんだってことだ。それにしても、数日前とは見違えるほどにうまくなっていた。相当な努力をしたんだろうな。


「翔さ、あんた、初めて努力ってやつをしたんじゃない?いっつも運動とか、音楽とか、そういうのはすぐに諦めちゃってたじゃない。」


 実花ちゃんが横目で翔を睨みつける。


「初めてってことではないけれど・・・相当頑張ってみたのは確かだなぁ。ほら、夕人が一度やって見せてくれただろう?アレの真似をしようと頑張ってみた。」


 翔は両腕を組んでしきりに頷いていた。


「俺の真似?」

「あー、夕人が急にドラムやってみるって言ったときのアレ?まぁ、私もこのまま夕人がドラムの方がいいんじゃないかって思ったもんね。」


 俺の隣りに座っていた小町が翔に意地悪なことを言う。でも、俺にはアレが限界だった。なんとか失敗しないで環菜がアレンジしてくれたスコアを追っていく。はっきり言って周りを見ている余裕なんてなかったからな。


「そうそう、翔なんかさ、話にならないなって感じだったもんね。」


 悪乗りしてくる実花ちゃんだったけれど、翔が上手にドラムを叩くのを見て一番満足そうにしていたのを俺は知っている。


「何にしても・・・やっとなんとかなったって感じだね。」


 環菜は安心したのか涙目になっている。わかるよ、環菜のその気持ち。


「泣くことないじゃない。本番は明日だよ?」


 そう言いながらも茜の目にも涙が浮かんでいる。


「演奏の時間、短いんじゃないかな・・・私の話だけじゃ繋げないし・・・」


 小町が驚きの一言を口に出す。それって今さら曲の追加を考えるってことか?みんなが唖然とした表情を浮かべているのは当然のことだ。これ以上新しい曲を練習する時間なんてとてもじゃないけれどない。それなのにそんなことを言うなんてって思っていたに違いない。


「どうして?四曲あったら二十分近く時間を使うんだよ?お姉ちゃんの時間は四十分位。充分な時間じゃないの?」


 茜が首を傾げながら小町の真意を探ろうとした。


「やー、なかなかにいい演奏だねぇ。よかったよぉ。」


 体育館の入り口の方から女性の声が聞こえた。そしてそのままゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「あ、お姉ちゃん。」


 茜がそう言うまでもなく、俺はグレーシアさんが来たということはわかっていた。なんていうか、見えてたんだよね。ステージからだとよく見えるからさ。グレーシアさんはテレビで見るようなキレイな衣装というよりは普段着と言った感じ。Tシャツにジーンズという本当に普通の格好。でも、何ていうのかな。オーラっていうかそんな物があるように見えた。


「うんうん、良かったよ。中学生のコピーバントとしては充分なんじゃない?」


 実際、俺達はプロを目指して頑張っている集団なんかじゃない。だからそのレベルは決して高いものとはいえないのは当たり前だった。ただ、良かったと言われてすごく嬉しい気持ちになった。


「そう思う?」


 茜がグレーシアさんに嬉しそうにそう聞き返した。


「うんうん、いいと思うよ。でもさ、もうちょっと盛り上がる曲のほうが良かったんじゃない?ほら、テンションの高い曲とかさ。ロックな感じの曲?」


 その考えはわからないでもないけれど、俺達の技量的に妥協したのがこの選曲っていうところもある。小町も不安そうにしていたけれど、これが限界なんだ。


「でも、お姉ちゃん。もう明日が本番なんだよ?プロの人達ならともかく、私たちじゃ無理だよ。」


 茜が俺たちの意見を代弁したようにそう答えた。


「そうだね、そうかもしれない。でもあと一曲くらいならいけない?」


 そう言って何かの紙をチラチラとさせている。その紙、俺たちに見せたいっていうことなのか?


「そりゃ・・・みんなに聞いてみないとわからないけれど。その手に持ってるのは何?」


 茜の言葉に環菜も頷いている。環菜は何曲増えても大丈夫だろう。環菜は鍵盤楽器に関しては天才なんじゃないかって、勝手に俺個人としては思っているからな。


「実はね、これ私のデビュー曲のスコアなの。せっかくだし、ここで発表していいかなって思ってたんだけれど、無理かな?」


 とんでもないことをにこやかな笑顔で俺たちに提案してきた。そんな大切な舞台をこんなチンケなところで?いや、チンケっていうか、マスコミ関係もいないところでやっちゃうの?しかもデビュー曲でしょう?マズイよ、俺達には荷が重い。


「それは・・・」


 環菜が口に出そうとした言葉を飲み込んだように見えた。環菜が無理だと言えば全員が納得するだろう。今回のバンドの実質的リーダーは明らかに環菜だったからだ。


「ん?なにかなぁ?環菜ちゃん。言いたいことはちゃんと言わないと体に毒だよぉ?」


 グレーシアさんは意地悪なことを笑顔で言ってのけた。


「・・・曲を聞いてみないとなんとも言えませんし・・・私たちの力では満足できる演奏をできる保証はありませんから。」


 環菜は一言一言をじっくりと考えながら口にしていたようだ。でも、環菜としては『やってみたい。』と、そう思っていたに違いない。


「うん、その通り。だから、そこまで全部は期待してないよ。ごめんね、君たちの気持ちを確かめてみたかったんだ。実を言うとバンドのメンバーは連れてきてるの。でね?君たちにも参加して欲しいんだ。そしてPVの一部に使いたいと思ってるの。まぁ、君たちの姿は殆ど映らないかもしれないし、音は全部プロの人達に変わっちゃうかもしれない。でもね、私は自分の母校でこんな風に舞台を持たせてもらえることが嬉しいんだ。はっきり言うとね、私なんてまだまだひよっこのタレントなんだよね。でも、君たちはそんな私を呼んでくれた。開校三十周年記念というスゴいイベントに。これって私にとってすごく嬉しいことだったの?少なくとも私は本当に嬉しかったんだ。ありがとうね、夕人くん。話を聞いた時は本当に嬉しかったよ。」


 グレーシアさんの突然の話にはっきりと言えばついていけなかった。たぶん、俺以外のみんなも同じ思いだったんだろうと思う。


「ちょっと待ってくださいっ、どういうことですか?全然わからないんですけれどっ。」


 だから、環菜が俺たちを代表してグレーシアさんに質問をぶつけても誰も何もいわなかったんだと思う。いや、もしかしたら翔だけは知っていたのかもしれない。


「今回、私が貰えた時間は四十分位。これってスゴイ時間だよね。私の初めてのソロイベントなんだよ。そして地元で、母校で。こんなにすごいタイミングって私のこれからの人生の中でもないと思うんだ。しかも、可愛い後輩たちと舞台をともにするなんてことはね。」


 グレーシアさんは本気でそう思っているみたいだった。だって、そう言いながら徐々にステージに近づいてきた時、彼女は本当に嬉しそうな表情を浮かべていたんだから。


「新曲の発表で何かのイベントを開きたかったの。本当はね。でも、大人の都合っていうのもあって場所やタイミング、そういうのがなかなか開催に持っていけなかったの。本当はね、もう少し早い時期に発表するつもりだったけれど、ズルズルと先延ばしになってたんだ。そんな時に彼から、夕人くんから連絡があったの。すぐに社長に話したわ。うん、もちろん色々あったけれど、許可は貰えた。専門のスタッフも来るし、機材も揃ってる。」

「あー、すまん。俺があらかじめ言うべきだったんだよな。実は学校には連絡が来ていたらしいんだ。でもな、校長がイメージアップだとかなんとか言ってさ、独断で決めちゃったんだよ。だからさ、事後報告っていうか・・・言い出すタイミングもなくてさ、すまない。」


 翔が申し訳無さそうな表情を浮かべて俺たちに謝っていた。いや、そんなことはどうでもいいんだ。翔にだって悪気があったわけじゃないことくらいはわかるから。


「で、でもさ。私たちは何をしたらいいの?急にそんなこと言われたって・・・私はヴォーカルだから楽器だってないよ?」


 小町が両手を大きく広げてみんなに問いかけてきたけれど、それには誰も答えることはできない。ただ一人の人間を除いては。


「よっと・・・」


 そう言ってグレーシアさんがステージに登ってきた。階段でも何でもないところから・・・


「まぁまぁ。そんなに焦ることはないの。私の新曲の二曲をここでみんなと披露したいの。小町ちゃんよね?君には私と一緒に歌ってもらおうかな。あ、あと、もちろん茜もね。その時はギターは・・・えーっと、確か実花ちゃん?よね?」


「はい、そうです。」


 よく俺たちの名前を覚えてるもんだと感心してしまった。だって、俺達は二、三回しか会ったことがないんだぞ?いや・・・一回だけか?


「大丈夫、エアー状態で大丈夫だから。隣にプロのギタリストが立ってくれるから。それを見ながらそれっぽくやってくれたらいいの。で、ベースは夕人くんよね、君も実花ちゃんとおんなじ事をお願いするわ。そして、翔くんには申し訳ないけれど・・・」

「自分の能力はわかってるつもりですから。」


 翔は笑いながらそういった。


「いやいや、そうじゃなくってね。さすがにドラムの準備はできてないんだ。だからそれを使わせて欲しいなって。だから君はアドリブでプロの隣で何かやってほしいんだ。じっくり見ているだけでもいいよ?そして環菜ちゃん。あなたには実際に参加してもらおうかなって思ってる。実はね、シンセはいないんだ、本来はね。だから、作曲や編曲の人に頼んで、今回だけのアレンジバージョンを作ってもらってるの。そこに参加してくれないかな?君だったら一日あれば充分でしょう?そこまで難しい曲じゃないし。」


 環菜も目を丸くしている。たしかに環菜の腕前なら・・・とは思うけれど。

 それにしたってウソだろ?俺はここまで大きなことになるだなんて思ってなかったぞ?それがどうだ。あっという間に一つのライブが出来上がってしまいそうなことになってしまってるじゃないか。


「あとは・・・照明とかの子よね。その子達には全面協力を頼まなくちゃいけないのよね。プロの人達もいるけれど、それだけじゃ無理だからね。」


 なんだろう、恐いけれどドキドキする。なんだかスゴイことになりそうだ。


「どうかなぁ・・・急で申し訳ない話なんだけれど。無理だっていうならそれで構わないよ。この場を借りて簡易コンサートって感じになっちゃうだけだし。でも、君たちが一緒にやってくれたらすごく盛り上がるし、私も嬉しいんだ。」


 そう言ってすごくきれいな、そして可愛らしい笑顔を浮かべた。グレーシアさんは彼女なりに俺たちの学校祭を盛り上げようとしてくれたんだ。きっと、あの事件のことだって知っている。事務所から今回の件の許可をもらうことだって、さっき言ったほど簡単なことじゃなかったはずだ。なんといっても今のうちの学校は全国で最低のイメージを持たれていると言っても過言ではないからな。

 そんなところで彼女にとって人生に分岐点になるかもしれない大きなイベントを開いてくれる。嬉しいことだけれど、俺達なんかが関わってもいいことなのだろうか。

 そして、翔をはじめとしたみんなが俺に視線を集めている。俺に決めろとでも言いたいのか?


「ど・・・どうしたらいいんだろうか。俺にはその判断がつかない。いや、つけられない。グレーシアさんの言葉は嬉しいと思うし、そんな大切な舞台にここを選んでくれたことも嬉しく思います。ただ、やっぱりプロの人たちに依頼したほうが素晴らしい演奏になると思います。いえ、絶対にそうなります。」


 俺はここで一旦言葉を切った。

 自分の気持ちはどうなんだ?

 それに、みんなはどう思ってる?


 環菜は音楽の世界に進みたいって言っていた。この一歩はすごく大きな一歩じゃないか?もしかしたら、こういう世界とのつながりを持つチャンスでもある。


 それに、茜だってチャンスだ。今はまだ、学内でさえ茜が芸能活動をしていることを知っている生徒はほとんどいない。知っているのは俺たちくらいだ。それをアピールするチャンスでもある。


 それになっちゃんにとってもそうだ。あの子は芸能人ではなく、芸能界で仕事をすることに憧れていたはずだ。


 小町は?どうなんだ?わからない。でも・・・小町は俺の顔をジッと見ている。その目からは『夕人が決めたならそれに付いていくよ。』という言葉が聞こえたような気がする。


 実花ちゃんの顔を見た。彼女は翔の顔を見ながら俺がどんな判断をしてもいいよと言いたげに肩をすくめている。


「夕人。みんなはきっとお前の考えについていくさ。俺だってそうだ。このステージをはじめに企画したのは夕人、お前なんだからさ。」


 そう言って右手の親指を立てて笑顔を向けてくる。


「だ、そうだよ?つまりは、夕人くん次第だね。」


 グレーシアさんが畳み掛けるように俺の肩を軽く叩いてくる。


「大丈夫、君たちならできると思ったんだ。そうじゃなかったら私だって中学生の君達にこんなことは急には頼まないよ。」


 笑顔で頷く。でも、やっぱり俺には決められない。


「夕人が決めて。」


 小町が優しく声をかけてきた。

 なんだろう、急に気持ちが楽になる。みんなが俺を信じてくれている。小町だけじゃない。環菜も茜も実花ちゃんも。そしてグレーシアさんも。なっちゃんはなんて言うだろう。いや、きっと苦笑いを浮かべて『仕方がないなぁ』って言ってくれる。そんな気がした。


「分かりました・・・どこまでできるかわかりませんけれど・・・」

「そうそうっ、そう来なくっちゃねっ。」


 グレーシアさんは飛び跳ねながら俺にハグしてくる。


「え?いや、あの・・・」


 驚いてしまって言葉が出てこない。ただ、グレーシアさんって茜とは違う大人の匂いがするなって、そんなことを感じていた。


「じゃ、みんな入ってきてくれる?」


 グレーシアさんが俺に抱きついたまま振り返って、体育館入り口の方に向かって大きな声をかけた。と、それと同時に何人かの男性が入ってきたようだった。そのなかにはなっちゃんの姿も見えた。


「あの人達が明日のステージを支えてくれる人たちよ。でも、メインは君たち。彼らはあくまで最低限の舞台を整えるために来てくれた人たちだからね。音響スタッフに照明のスタッフ。演奏を務めてくれるバックバンドの人達。それからPV作成の監督さんだよ。」


「うわっ、マジでプロの人達?あたしたちに何ができるっていうのよ。」


 実花ちゃんが驚くのも無理はない。三十人くらいがいろんな機材を持ってワラワラと入ってきたんだから。俺だって驚いているんだ。ずっといい匂いもしてるし。


「はっはっは、いやぁグレーシアちゃんが面白いことを考えるもんだからさ。私もつい力が入っちゃってね。」


 若い男性が俺たちにステージの下から声をかけてきた。


「この人が監督さんよ。今回の立場で言えば夕人くんと一緒。」


 グレーシアさんが耳元で囁いて教えてくれた。


「あ・・・はじめまして、竹中夕人です。今回はありがとうございます。」


 緊張してしまって何を言っているのかわからなかった。ただ挨拶しなきゃと思ってそういったんだけれど、グレーシアさんが抱きついていたもんだからうまくお辞儀もできなかった。


「いやいや。私は安藤って言うんだ。君たちの学校祭を使わせてもらえるって聞いてね。すごくオモシロイと思ったんだ。よくわからない大学なんかの学校祭じゃなく、母校での学校祭。すごくいいじゃないか。しかも後輩との共演、妹との共演。すごくドラマチックだと思うよ。心配しなくてもいい、暗くてよく見えないだろうけれど、ここに来ているのはみんなプロフェッショナルばかりだからね。でも、君たちの協力なしじゃとてもじゃないけれど成功させられない。何と言っても六百人も観衆がいるんだからね。」


 そうだ。すっかり忘れていたけれど本番は生徒たちの行動をコントロールしなくちゃいけないんだ。できるのか?俺達なんかに。


「なんとかしてあげるわよ。」


 いつの間にやってきたのか砂川さんが呆れたような表情を浮かべてステージに立っていた。


「会長も副会長も舞台に出ちゃうなんてホントにバカよねぇ。まぁ、任せなさいな。私がなんとかしてみせるから。それに、さっきグレーシアさんの警備っていう人たちとも話をしたから大丈夫よ。」


 そう言って最後は笑みを浮かべてくれた。


「砂川さん・・・」

「なによ、私じゃ役不足だって言いたいの?そりゃ、そこの産廃や竹中くんに比べたら私の力なんてしれてるわ。でも、大丈夫。生徒会役員の一人なんだからね。他の役員たちとともに役割を果たしてみせるから。」


 力強い言葉だった。俺一人じゃ何にもできないけれど、みんなの力を借りられれば。


「俺って未だに産廃扱いかよ・・・」


 翔が口を尖らせながら愚痴を言っているのが聞こえた。


「あんたはカリスマはあるけれどねぇ。細かいところは全部竹中くんに投げてたじゃないの。知ってるのよ?今回の立役者は竹中くんだって。でもね、あんたはその馬に乗ってればいいの。それがあんたの仕事。いい?」


 口調は厳しいけれど、全く、よく見てるよなぁ。さすがは砂川さんってところか。


「まぁ、何にしてもさすがは竹中くんってことよね。もちろん、こんなことになるとは思っていなかったとは思うけれど、結果としてこんなにたくさんの人が動く舞台を作ったんだから。」


 砂川さんがそう言っている間、グレーシアさんは相変わらず俺にくっついたままだった。


「イヤイヤ全くだよ。私もこんなにワクワクするような仕事は久しぶりだ。」


 監督の安藤さんは大きな声で笑っている。


「あの・・・そろそろ夕人から離れてもらってもいいですか?」


 小町は笑顔を浮かべながらがグレーシアさんの腕を軽く掴みながら言った。


「あ、そうね。ごめんごめん。なんだか楽しくなっちゃってね。じゃ、もうちょっと色々と打ち合わせしましょうか、監督さん二人・・を交えてね。」


 グレーシアさんは笑みを浮かべたまま俺から離れて、ステージから監督のもとに駆け寄っていった。


「なんか・・・想像以上にスゴイことになっちゃったね、夕人。」

「あぁ・・・でも、きっと盛り上がるんじゃないかな?」


 俺の横に立っている小町に自分の本心を伝える。今までの張り詰めていた気持ちが一気に開放されていくのがわかる。


「夕人っ、大丈夫っ?」


 あれ?小町の声だ。

 大丈夫、聞こえてる。そう返事をしたつもりだった。でも、声が出ない。

 みんなが驚いたように俺のもとに駆け寄って来る。それはわかる、見えてるよ。

 でも、おかしいな・・・体が動かないぞ?

ここまで読んでくださってありがとうございます。


彼らなりにイベントを成功させようと頑張っているみたいです。

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