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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第41章 おわりのはじまり
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学校祭編、開始!

本編は少し時間が進みました。

10月です。


北海道の10月は一気に寒くなってくる季節です。

心も体も温かいものが恋しくなってくる季節ですねぇ。

 学校祭開幕まであと四日となり、俺は本当に忙しい毎日を送っていた。


「夕人ー、開会式の確認をしたいって言ってなっちゃんが会いに来てるぞ。」

「おぅ、わかったっ。でもさ、ちょっと待ってもらってくれないかな。今は二日目のあのイベントの打ち合わせ中なんだ。」


 用件を俺に伝えるために会議室に飛び込んできた翔に顔を向けることなくそう答えた。


「あらあら。忙しいみたいね、竹中くん。」

「はい・・・なんだか、てんてこ舞いって感じなんです。」


 俺は目の前に座っている中年の女性に苦笑いを浮かべた。

 この人は茜のお母さんで名前は由美さん。芸能事務所ではあかりさんと茜のマネージャーをしている。俺と由美さんが何の話していたのかって?それはもちろん学校祭のサプライズイベントへの出演に関しての打ち合わせに決まっているだろう。

 そう、畔上グレーシアさんこと小暮あかりさんがスペシャルゲストとして学校祭に参加してくれるんだ。凄いだろう?グレーシアさんは最近メディアでも取り上げられることが多くなった人気急上昇中のタレントさんだ。まさか、本当に来てくれるとは思っていなかったから嬉しくてたまらないんだよ。


「忙しいっていうのは幸せなことでもあるからね。頑張って。」


 そう言って由美さんが椅子から立ち上がった。


「あ、本日はお忙しい最中、来て頂いてありがとうございます。その・・・大したお礼もできないのに・・・」

「いいのよ。これはあかりの希望でもあるし、それに私もちょうどいいイベントだと思っているの。」


 優しい笑みを浮かべている。仕事の出来そうな感じの大人の女性の笑顔。ちょっと今までは見たことがない感じの人だ。そう思っていた。だからといって冷たい感じや厳しい感じはしない。やっぱり、あのあかりさんや茜のお母さんなんだなって、勝手だけれどそんなふうに考えたりしていた。

 それで、こんな言い方は良くないかもしれないけれど、今回の出演っていうのは利害が一致したってことなのかな?


「はぁ・・・そうなんですか?」

「そう。あの子達にはセクシー路線だけで生きるようなタレントにはなって欲しくはないの。」


 セクシー路線というのがどういうものを意味しているのかはっきりとはわからない。なんていうのかな、俺のイメージとしてはグラビアとか?そういう見た目の勝負的な?そういうものを意味しているんだろうとは考えている。けれども、それは二人の母親としての偽りない気持ちなんだろうって思う。俺にだって茜にセクシー路線には進んでは欲しくないしさ。

 でも、すごく素晴らしいボディラインを持っているのは同級生では俺だけが知ってるのかもしれない。


「そうですね、僕もそう思います。でも、大丈夫ですっ。」


 俺は意味もない自信の言葉を由美さんに向けた。よくわからないけれどそう断言できた。


「ふふっ、そうね。竹中くんみたいな子にそう言われるとちょっと自信になるわ。それじゃ、あの件だけはよろしくね。」

「はい、先生たちからはきちんと許可をもらっていますので安心してください。」


 あの件というのはきちんとした控室を用意するという条件。さすがに体育館で生徒と同席というわけにはいかないからね。このあたりは体育館ステージ横にある、体育教員室を控室に当てることになっていた。あそこならステージを見渡せるし、人目につかずに体育館と外を出入りできる入口もあるんだ。


「ありがとう。それじゃ、当日にまた会いましょう。」


 由美さんは軽く右手をあげて会議室から出ていった。俺はその姿を起立して頭を下げて見送った。そして、一気に疲労が襲いかかってくるように感じて椅子に腰を下ろした。

 ふぅ・・・さて、次はっと・・・俺は手帳に書かれている予定を確認する。


「この後は・・・イベントに参加する部活の部長たちとの打ち合わせか。なっちゃんはどうしたらいいんだ?打ち合わせの前にちょっと時間がとれるよな。よし・・・先にそっちを片付けるか。」


 だいたい毎日こんな感じだ。いや、今日は特に忙しい。由美さんっていう訪問客もいたわけだしな。とにかく残り時間がない中でやれることを全て片付けていかなければならないわけだから、効率よく進めていくことが大切だった。しんどいけれどな。


 でも、今夜は久しぶりにローザに会うことができる。昨日の夜に本当に久しぶりに電話がかかってきて会う場所と時間を指定されたんだ。だから、それを励みに今日を頑張ろうっていう気持ちになる。

 実はローザとは一ヶ月くらい会えていなかった。あの事件でローザのお父さんが逮捕されるという事になってしまったことも原因なんだろうと思う。お父さんの詳しい罪状までは知らないし、知りたくなかった。だからローザにどんな事が起こっていたのか、あれから何があったのかは全然知らない。ただ、漠然と大変だったんだろうなってことくらいしか考えていなかったんだ。


「よし、なっちゃんの相談っていうのを聞きに行くか。」


 勢いよく椅子から立ち上がり、少しだけ気合を入れて会議室を出た。すると、すぐ出入り口の横になっちゃんが壁により掛かるようにして俺のことを待っていてくれた。そして、俺に気が付くと同時に壁から勢いよく離れて俺の正面に回り込んできた。


「忙しいのにごめんね。照明とかのことで相談したいの。」


 申し訳無さそうな表情を浮かべているなっちゃんだったが、そんなことを気にする必要はない。だって、はっきり言えば俺が無理を言って色々と難しいことをやってもらっているんだから。おそらく、今回最も難しい仕事の一つ、照明とアナウンス。それを彼女に任せっきりになっていた。


「いや、こっちこそきちんとした時間が取れてなくて申し訳ない。とりあえず、タイムズケジュールとかそういった資料は生徒会室にあるんだ。だからそれを見ながら打ち合わせをしない?」

「うん、あのね?照明はなんとかなると思うの。どっちかっていうとアナウンスの文章がこれでいいのかって。そういう相談もしたいって思ったんだけれど。時間は大丈夫?」

「あぁ、あんまり長い時間は難しいけれど。それでも大丈夫?」


 俺はなっちゃんを安心させるように笑みを浮かべて頷いた。実際のところはかつかつのスケジュールなんだけれど、まぁ、なんとかなるだろう。次の予定までは二十分位時間があるし。


「なんだか、本当に忙しそう。体とか大丈夫?」


 そう言って顔を覗き込んで心配してくれる。なんていうか、その一言だけで嬉しい気持ちになった。


「大丈夫さ。さ、行こっか。」


 俺の言葉を聞いてちょっとだけ渋い表情を浮かべているなっちゃんに心配をかけまいとして妙に明るい声を出したのだった。


 廊下では学校祭でのクラス発表に向けて様々な準備をしている生徒たちで溢れている。それぞれがみんな忙しく、目まぐるしく動いている。そんな感じだった。

 そんな姿を横目で見ながら、俺たちは生徒会室に移動することにした。



 もう十月。今回の学校祭は俺達生徒会役員にとっての最後のイベントだ。

 ところが、開校三十周年イベントでもある今回の学校祭はつい先月まで開催が危ぶまれる事態に陥っていたんだ。その原因っていうのは・・・何度も言いたくはないけれど、例のあの事件だ。うちの先生を含めて、数十人が逮捕されるという大捕物。俺がわかっているだけでの人数だから、実際のところはもっと逮捕者が多いのかもしれない。とにかく、それが原因であることは間違いない。

 何人かの先生が、『例の事件が生徒に及ぼす影響をうんたらかんたら』とか言って学校祭の中止を提言していたらしい。俺には全く意味がわからないんだけれど、確かに、家の中学校は全国でも有名な中学校になってしまった。もちろん、というか残念ながらいい意味ではない。

 校長先生の進退問題まで浮上していたみたいだけれど、俺たちにはあまり関係のないこと。楽しみにしているイベントが無くなってしまうことだけは避けて欲しいというのが生徒の大多数の意見だったと思う。それを知ってか知らずか、校長先生の鶴の一声で開催されることになったという話だ。ただ、校長先生の本音といえば本来予定されているイベントを中止してしまうと、今年度の予算を消費しきれなくなり来年度の運営予算が減らされてしまうからなんていう大人の事情も絡んでいたようだった。それに、今年は修学旅行での不祥事もあるわけで色々と頭が痛いところなんだろう。と、聞いた。俺は詳しくなんて知らない。翔の受け売りだ。

 とにかく俺が言いたいことは、俺たち生徒はあの事件のことなんて忘れたくて必死だったというわけ。まぁ・・・忘れろって言われても無理なんだけれどさ。


***********************************


 その日の放課後。

 ローザとの待ち合わせ場所は学校のすぐ向かいにある月寒公園。

 そこにある池の近くのベンチで七時に。

 彼女には電話口でそう言われていた。あまり明るい声じゃなかったような気がしていたから少し心配ではあったけれども、とにかく会ってみてからじゃなければ何もわからない。だから俺は、待ち合わせ場所に急いでいた。


「まずいな・・・少し遅れた。」


 時間は七時を十分ほど過ぎたところ。待ち合わせの時間に大きく遅れたって言うわけじゃないけれど遅刻であることには代わりない。だからダッシュで待ち合わせ場所に向かっていた。

 実はこの月寒公園、野球場が二面くらいのスペースを取ることができる広場がある。他にもアスレチック的な遊びができる場所や池もあるわけだから、その広さはどれほどのものなのか想像できるよな?つまりは詳しい面積なんて知らないけれど、めちゃくちゃ広いってこと。


 おそらく待ち合わせ場所であろうベンチが見えてきたけれども、そこにローザの姿は見えない。俺のほうが早かったのか?そう思いながら走っていたペースを少しだけ落として呼吸を整えようとした。


「ローザ?」


 俺はあまり大きくない声でもしかしたらいるのかもしれない彼女に呼びかける。近くにいたのならば聞こえるであろうと思われる程度の大きさの声で。しかし、誰からも返事はない。

 一人でハァッと息を漏らして腕時計に目を向ける。時計は七時二十五分を指している。かなり遅れてしまったから、もしかして怒って帰っちゃったのか?そんなことを考えながら近くにある他のベンチにローザがいないか探して歩いたけれど、やっぱりローザはいなかった。


「帰っちゃったのかな・・・」


 あのローザに限ってそんなことは考えられないけれど、待ち合わせに遅れてしまっている俺には、それまでの時間にここで何が起こっていたのかだなんて知るすべはない。だからというわけではないけれど、仕方がなく近くにあったベンチに腰を下ろした。

 十分に秋の気配を感じられる空気を感じながら、秋の虫の声が聞えることに気がついた。


「コオロギかな?もう、すっかり秋ってことだな・・・」


 そんな独り言を口にしながらも走ってきたせいで汗が止まらない。右手で胸元を扇ぎながら少しでも涼もうとしていた。


「ハンカチ、貸したげよっか?」


 少しボーッとしていた俺はその声に驚いた。しかも、声をかけてきたのはローザだと思ったのに、別人だったことに二重に驚いた。


「村雨先輩?どうして?」


 俺はよっぽど驚いた表情を浮かべていたのだろうか、村雨先輩は目を丸くしている。


「えっとね、家に帰る途中だよ。」


 苦笑いを浮かべて俺にハンカチを手渡してきた。


「あ・・・大丈夫ですよ、一応持ってるんで。」


 俺は右の尻ポケットから自分のハンカチを取り出してそう言った。


「なーんだ、持ってたんだったら初めからハンカチで汗拭きなよ。」


 そう言いながら、『隣、座ってもいい?』と聞いてきた。


「えぇ、構いませんけれど。」

「はぁ、学校が遠いと通うのがしんどくてね、辞めたくなるわ。」


 隣に腰を下ろしながら冗談だろうと思われる言葉を口にした。


「そんなに遠いんですか?」


 遠いとは聞いていたけれど、俺自身が実際に行ったことがあるわけじゃない。どのくらい遠いのかだなんて知りようがない。


「まぁねー、南区の山の上にある学校だからさぁ。専用のバスはあるけれど、それを乗り過ごすと大変なんだよ。」


 専用のバスで通学か。なんだか本気で遠いんだなっていう感じがしてくる。


「夕人くんはうちを受ける?とは言っても私と同じとこじゃないよね、一応、特進っていうクラスとかあるけれど。」


 私立高校の入試か。そのあたりも考えなきゃいけないんだよなぁ。

 確かに村雨先輩が通う高校は候補には入っている。でも、遠いって聞いちゃうとなぁ。正直に言えば決めきれていないっていうか、公立高校に行きたいっていう気持ちが強いからなぁ。


「思案中です。」

「うーん、無難な返事。」


 そう言って村雨先輩は『あはは』と笑いだした。そんなにおかしな返事をしたつもりはないんだけれどな?俺は。


「はぁ・・・すみません。」

「別に謝ることはないけれどさ。あ、そうそう。ローザを待ってるのかな?」


 俺の顔を覗き込むようにしてそう尋ねてきた。

 それにしても・・・この人に隠し事ができる気がしないよ。まぁ、こんなところにいたら先輩が言うように思われてもおかしくはないのかもしれないけれど。


「はい・・・でも、来ないのかなぁって。」


 そう言った後で、俺は今の状態の説明をした。自分も遅れてしまったけれど、ローザも待ち合わせ場所に来ていないことを。


「うーん、もうすぐ来るんじゃない?あの子もほら・・・色々大変だから。でもね、君が気にすることじゃないと思うよ。いつも通りに元気に可愛らしくしてればいいと思うな。」


 村雨先輩はベンチの背もたれにもたれかかり、そしてとても不思議な言葉を口にした。


「か、かわいらしく?俺がですか?」


 だからだよ、思わず自分の顔に自分の人差し指を向けて問い返したんだ。


「そそ、夕人くんは結構可愛いよ。何ていうか一生懸命に空回りするところとか、何ていうか、そうだね・・・うまく言葉には出来ないけれど、色々とね。」


 そう言ってベンチから立ち上がった。そうして、そのままくるっと振り返って笑顔を向けてきた。


「じゃ、私は帰るね。こんなところをローザに見られたら要らぬ誤解を与えてしまうからね。」


 そして『バイバーイ』と言いながら手を振って帰っていった。

 相変わらずあの人のテンポには一歩遅れてしまう。というか、話術で勝てる気がしない。


「それにしたって、一生懸命に空回りって・・・どういうことだよ。」


 村雨先輩に言われた言葉を頭の中で繰り返し唱えてみても何も答えは出てこない。そのせいもあって一気に疲労したような気がする。それに、なんとなくだけれどあの人と話をすると疲れちゃう自分がいる。それは緊張とかそういうものもあるのかもしれない。でも、何か他のものが原因だろうな。理由はわからないけれどなんとなくそう思う。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、待ち人が来ないベンチに一人で腰を下ろしたまま空を見上げてみる。葉がかなり落ちてしまった木々の合間から少しだけ雲がかかった秋の星空が見える。


「・・・秋と言ってもまだ夏の大三角形は見えるんだよな。」


 独り言を口にしてしばらくボーッとローザが来るのを待つことにした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


久しぶりにローザと夕人の辛味がみられるのかと思いきや、という感じでしょうか。

次回はきちんとローザが登場するはずです。


ローザの置かれている現状がよくわかってしまうはず・・・です。

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