表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第39章 『反撃開始!!』なのであります
188/235

暴走・・・そして・・・

嫌なタイトルですね。

 翔の家から少し離れたところで俺は一人考えていた。


 まずはどうする?田中の家に押しかけるか?

 今からできることと言えばそれくらいだ。アイツの家の場所はわかってる。今から向かえば五時までには着けるだろう。


「よし。まずは行ってみるしかないか。」


 独り言を口にして田中の家に向かって歩き始めた。


*****************************


「ちょっと翔。どうすんのよ。」

「どうしようかなっと考えてた。」


 慌てふためく実花ちゃんに対して全く笑みを浮かべずにそう口にした翔。

 残されたチーム夕人の面々は困惑していた。まさか夕人があんな感じに暴走してしまうとは思っていなかったのだろう。


「彼ってあんなに熱くなる人だったんだね。意外と言えば意外だった。」


 稚内くんは右手で眼鏡のツルを持ち上げながら窓の外を眺めている。


「そうだね。せっかく情報を集めたけれど、もう私たちじゃどうしようもないもの。」


 なっちゃんも溜息混じりに諦めの言葉を口にした。


「夕人くんは・・・手段を選ばないかもしれない。」


 一人離れたところに立っていた環菜が、絞り出すように言った。


「環菜、それってどういうこと?」


 実花ちゃんが翔の横で顔をしかめる。


「手段を選ばないって言う言葉の意味のことかい?」


 環菜の代わりに稚内くんが答えた。


「言葉の意味通りなのでは?」


 稚内くんの表情は変わらない。


「マズイよな・・・」


 翔が実花ちゃんの顔を見てそう言った時、環菜は部屋を飛び出していった。


*****************************


 夕人は悩んでいた。

 本当のところを言えばどうしたらいいのかわからないでいたのだ。


「どうしたら写真を取り戻せる?力づくか?」


 一人歩きながら物騒な事を口にした。

 夕人がこんな言葉を口にするのは珍しい。いや、逆に言えばそれほど追い詰められているということに他ならないのだろう。

 腕を組み、必死に状況を頭の中で整理しながら歩いていた。夏の夕方の時間帯。程よく涼しくなってきた風が夕人の脇をすり抜けていった。




『夕人くん、早まっちゃダメ。』


 環菜は夕人を追いかけた。心の中で呟きながら。環菜も田中の家の場所は知っている。夕人が辿ったであろう道を走っていった。


****************************


「さて。俺たちにできることはなんだろう。」


 翔がこの場に残った三人に声をかけた。


「警察に通報する?」


 実花ちゃんがあっさりと一つの案を提案する。


「それも一つだけれど、即効性はないよな。」


 翔が『うーん』と唸りながら他の意見を求める。


「もう少し情報を探る?福島先生の事とか・・・」


 なっちゃんが少しだけ表情を曇らせながら言った。


「それも大事だよな。徹底的に叩き潰すためには。」

「それよりも杉田くん。竹中くんはいいのかい?」


 稚内くんがメガネを拭きながら尋ねてきた。


「そうだよ。こんなことしてる場合じゃないでしょう?みんなで夕人くんを止めにいかないと。」


 なっちゃんも稚内くんの言葉に賛同する。


「いやー、大丈夫でしょう。環菜が追いかけたんだから。あたしたちはあたしたちのできることをやればいいんじゃない?」


 実花ちゃんが呑気な言葉を口にする。


「それって、無責任じゃない。夕人くんだけが必死ってわけ?」

「無責任ってわけじゃないよ。環菜だったら夕人くんのことを任せても大丈夫だって思うから、あたしたちにしかできないことをやるべきだってこと。」


 少し興奮気味のなっちゃんに対して、落ち着いた様子で実花ちゃんが声をかける。


「実花の言う通りさ。夕人だって稚内くんが言ったようにバカじゃない。環菜と話せたらきっと考え直すって。だから・・・俺たちにできることをやろう。」


 翔がなっちゃんの肩を軽く叩き、それから電話を手に取り何処かに電話をかけ始めた。


*****************************


 田中の家の近くまで来ておいて、俺は悩んでいた。

 力づくで取り返すと言っても、それが簡単じゃないことくらいはわかっている。


 田中の家はお世辞にも立派とはいえないアパートで、部屋はそこの二階だった。

 恐らくは母親が家にいるはずだった。でも、そんなことは関係ない。最悪でもアイツの家にあるだろう小町に関するものは全て手に入れなければならない。

 どうやって?いきなり家を訪ねたところで写真を渡してもらえるとは思えない。

 

 一人で頭を捻って考え込んでいると家から田中が出てきた。ムカつくことに呑気に鼻歌なんかを歌っていやがる。

 そんな田中の姿を見かけた時、俺の頭の中はついに真っ白になった。

 そう、正にその表現がぴったりだった。


「田中・・・」


 俺の声に驚いた様子で田中は振り返った。


「竹中?どうしたんだよ。何か用か?」


 田中はあくまでも冷静に、俺が全てを知っているとは知らずにそう答えた。


「何か用だと?ふざけるな。」

「な・・・なんだよ、急に。」


 俺の言葉に田中は思わず一歩後ずさりをして身構えた。それは明らかに動揺が見える行動だった。


「俺がここに来た理由。それがわからないほどにお前はバカなのか?」


 俺はできるだけ怒りを押さえ込みながら冷静に話そうと努力していた。でも・・・これ以上は難しい。田中の出方次第だ。


「はぁ?意味がわかんねぇよ。」

「へぇ・・・あくまでシラを切るつもりか?だったら・・・思い出させるしかないよな?」


 俺は右手の拳を握りしめ、一歩ずつ田中に近付いていった。


「な、なんだよ?俺が何かしたってのか?お前には何もした覚えはないぞ?」

「俺に?そうか。お前、まだそんなことを考えてるのか?『俺に』じゃない。お前は・・・いや、お前たちは『俺たち』に喧嘩を売ったんだろ?その自覚もないのかよ。」


 俺はそう言いながら徐々に田中との距離を詰めている。


「ちょっと待てっ、な?待ってくれって。喧嘩なんか売った覚えはないぞ?」


 田中は両方の手のひらを俺に見せるようにしながら弁解の言葉を口にする。


「まだ・・・それを言うのか?」


 もう田中まで数歩というところまで近付いていた。


「違うっ、聞いてくれっ、話を聞いてくれって。」

「俺が今日までどれだけ我慢していたか・・・お前をぶん殴りたいのをどれだけ我慢していたか。わからせてやろうか?」


 俺は田中の胸ぐらを左手で掴み、いつもに比べて明らかに低い声を出した。それは脅しなんかではなく、本当に痛い目に遭わせてやろう。そう思っていたからだ。


「ダメ、夕人っ。殴っちゃダメっ。」


 俺の腕は大きく振りかぶられ、今にも殴りかかりそうなところで取り押さえられた。


「うるさい。離せ。」


 俺は怒りに身を任せて右腕を押さえつけてきた誰かを振り払った。

 その時、長くて黒い髪が一瞬だけ視界に入った。


「あうっ。」


 取り押さえていた誰かはあっけなく吹っ飛んでいった。

 腕を掴んだのが誰だったのか。そんな事はどうでもいいことだった。


「さぁ、田中。やっとお前の番だ。小町の恨み。俺が代わりに晴らしてやる。」


 この時の俺は完全に怒りに支配されていた。そう言っても良かったんだろう。だから、俺の腕を掴んだのが環菜だったなんて気がついてすらいなかった。


「小町?青葉のことか?」


 田中は顔をひきつらせながら、そして、俺の左手を振り払おうとしながら言った。


「そうだよ。お前が小町にやったこと、俺は絶対に許さない。お前が泣こうが叫ぼうが写真とネガを回収するまでは手を止めない。覚悟しろよ。」

「ダメだってっ。夕人っ。」


 さっきよりもずっと強い重さが右腕にかかる。そのあまりにも強い力に鬱陶しく思いながら、力が加わった元を見るために首をそちらに向けた。


「お願いっ、止めて、夕人っ。そんなことしても小町は喜ばないからっ。」


 そこには必死の形相で俺を押さえ込もうとする環菜の姿があった。


「か、環菜?どうして止めるんだよ。こうでもしないとコイツは・・・このクソをどうにもできねぇだろうがっ。」


 俺は徐々に語気を荒げいく。

 もちろん、田中の襟元を掴んだ左手を離すつもりなど毛頭ない。腕が使えないなら足があるんだから。


「や、やめてくれぇ・・・」


 田中が情けない声を上げる。


「やめてくれだと?てめぇ、自分がしたことを棚に上げて・・・そんな言葉を吐くのかっ。」


 そう言って田中の顔を見る。そこにはすでに涙と鼻水を垂らした情けない男の顔があった。


「泣けば許される、そんな馬鹿な話はないよなぁ。あ?」

「もうダメっ、夕人、お願いっ。お願いだから・・・そんな言葉を口にしないで・・・」


 俺の右腕にしがみついている環菜からも泣き声が聞こえる。


「悪かった・・・全部話すし、写真も返すっ、だから・・・殴らないでくれっ。」


 こんなに情けない男なのか?これが何人もの女子を脅していたやつなのか?涙と鼻水だけでは飽き足らず、ヨダレまでを垂らすこのカスが?


「全部話すだと?どういうことだ。」


 俺は薄汚れたゴミを見るような目つきで田中に問いかけた。

 右手からは自然と力が抜けていき、俺に持ち上げられるような形になっていた環菜は地面にズルリと落ちるような形になった。


「あ、あぁ、全部話すっ。何を聞きたいのかわからないけれど、知っていることは全部話すからっ。」


 呆れてきた。こんなヘタレに何ができるよ。コイツがクソ野郎であることは変わらない。ただ、黒幕ではないだろうし今回の件にどこまで関わっているのかわかりゃしない。それくらい小物のセリフだと思った。


「全部だと?」

「あぁ、全部だっ、なんなら警察で話してもいいっ。」


 田中は俺につばを飛ばしながら懇願してきた。


「夕人・・・もう、いいの。話を聞こう?ね?」


 地面から立ち上がって俺の右手を優しく両手で覆い、環菜がそういった。


「けど環菜っ。」

「おねがいだから・・・夕人の代わりなら私がやるから。夕人は殴っちゃダメ。」


 そういうのと同時に環菜の右手が俺の手から離れ、一気に田中の左頬に飛んでいった。


 パンッ


 それは殴ったというよりは叩いたという感じだったけれど、確かに俺の代わりに環菜が殴った。環菜の頬には涙がつたっていた。


「あ・・・」


 田中は情けない声を上げて腰を抜かしたかのようにその場にへたり込む。


「おい・・・へたり込んでんじゃねぇぞ。今は・・・今だけは環菜に免じてぶん殴るのだけは勘弁してやる。いいかっ、あくまで今だけだ。」

「は・・・はい・・・」


 田中は全て観念したのかへたり込んだままおとなしくなった。


「夕人。」


 環菜も緊張の糸が解けたのかその場にヘナヘナと崩れ落ちる。


「あ、おい環菜・・・大丈夫か?」

「うん・・・ちょっと疲れちゃった・・・」


 環菜は肩で息をしながらも少し笑みを浮かべた。


「田中ぁ。今からお前の家に行こうか。そして、小町に関わるものを全て俺に渡せ。言っておくけれど隠しても無駄だからな。ある程度証拠は揃っている。近いうちに警察に事情聴取されることになるからな。」


 これは俺のハッタリだった。浦河さんの情報は確かだろうけれども、その時期まではわからなかったから。


「け、警察?」


 田中は未だに自分が犯した罪の重さをわかっていないのだろうか。


「あぁ、脅迫に盗撮。どうせ叩けばホコリの出る体なんだろう?お前は。」


 俺は精一杯の感情を込めて田中を脅したつもりだった。


「違う、俺はやってないっ。」


 田中はグチャグチャになった顔で更に否定した。


「俺じゃ・・・ないんだよ・・・」

「ねぇ夕人。一旦話を聞かない?なんとなくだけれど・・・本当のことかも?」


 環菜がいい出した言葉を俺は信じられなかった。


「何を言ってるんだよ。コイツがやったことは十分に犯罪行為だろうが。小町にやったこと、これからやろうとしていたこと、俺はさ、絶対に許さねぇからな。話なんて聞く必要はない。こいつから小町の写真を取り返して終わりだ。警察に突き出しゃいいんだよ。」


 俺は怒りのせいなのか体の震えが止まらなかった。


「青葉の写真は・・・たまたま取れてたものを俺が・・・」

「たまたまだと?」


 どういうことだ?

 俺達の予想では田中、川井、福島先生の三人が黒幕の一部だと考えていた。田中は実際に写真を使って生徒を脅す役。そう考えていた。そして小町もその被害者の一人。違うのか?


「本当だっ。あれはバレー部をターゲットにしていたものだったんだ。でもたまたまそこに青葉がやってきたらしくて、その時の一枚だ。俺は・・・本気だったんだ。青葉のことだけは。」

「ふざけるなよ。小町のことはたまたまかもしれない。けれど、他の子にやったことは事実だろうが。」


 あまりにもふざけたことばかりを口にする田中に、俺は・・・もう一度殴ってやりたいと思った。


「田中、あなたは最低よ。これからみんなの前で説明してもらうから。」


 怒りと呆れから何も言えなくなっていた俺に代わって環菜がそう言ってくれた。


「みんな?どういうことだよ。」

「私達には力強い仲間がいるの。夕人を中心としたね。あなたはそこで全てを話してもらう。」

「あ、ありがとう。助けてくれるのか?」

「勘違いしないで。これからどうするのか。それを決めるの。私が夕人を止めたのはね、あんたのためじゃない。夕人の手が汚れるからよ。夕人の手はね、みんなを守るためにあるの。みんなを導くためにあるの。あんたなんかを殴るための手じゃないんだから。」


 環菜は本気で怒っている。この馬鹿な男に対して。でも夕人が手を出してしまった場合、それも罪になってしまう。だからこそ夕人を止め、代わりに自分がやったのだろう。


「・・・」

「環菜も言ったが俺たちには心強い味方がいる。言っておくけれど俺たち子供だけじゃないからな。覚悟はしておけ。」


 俺は右手で田中の胸ぐらを再び掴み、その場に無理やり立たせた。


「夕人・・・」

「ありがとう、環菜。お陰で道を間違わないで済んだ。」


 俺は素直に環菜に頭を下げた。


「いいの。夕人が怒る気持ちは私も一緒だから。」


 その時、俺達の目の前に一台の車がやってきた。

 黒塗りの車。一見すると危なそうな人物が乗っていそうな、そんな立派な車だ。そして、運転席の扉が開き、そこから降りてきた人物を見て俺は、いやきっと環菜もだろう。すごく驚いたんだ。


「浦河さん?」


 いつものスーツ姿の浦河さんが降りてきたのだ。


「間に合いましたか?」


 あまりにもいつもと同じ落ち着いた口調で話してくるものだから思い切り毒気を抜かれた。


「え・・・と?」

「翔さまから連絡がありまして、万が一のときは・・・と。」

「翔が?」

「はい。」


 浦河さんは笑顔で俺の問に答えた。そして、スグに俺の横に立っている田中を見て次に環菜の顔を見た。


「田中隆聖くんですね。」

「はい・・・命だけは・・・」


 田中はこれから起こることを勝手に勘違いしているようだ。

 どうやら浦河さんをその筋の人と勘違いしているようだ。そんな人間とばかり付き合っているから、そんなアホな想像しかできなくなるんだよ。


「そんなことはしませんよ。私たちは話を聞かせてもらいたいだけですから。もちろん、それであなたの罪が軽くなんていう事は考えないように。いいですか?あなたがやったことは重大な犯罪です。あぁ、私たちとは言いましたが、それはこの方の答えの代弁です。」


 浦河さんがそういうのと同時に車の助手席と後部座席から少しいかつい男性が三人降りてきた。


「こちらの方は警察の方です。たまたま・・・・お話をさせて頂いていた最中でしたので、そのままここにお連れしました。」



 俺はあまりの急激な展開に呆気にとられるしかなかった。


「お前が田中か。」


 三人の中で一番若そうな男性が近づいてきて田中に尋ねた。


「はい・・・」

「この界隈で起きている事件に関して聞きたいことがある。任意で同行してもらえるかな。」


 冷静で、それでいて迫力のある声。俺だったら拒否できる気がしない。そしてドラマなんかでしか見たことがない警察手帳?そんな感じのものを田中に見せていた。


「はい・・・わかりました。」


 その会話の途中にもう二人の男性が俺と環菜のもとに歩いてきた。


「君は竹中夕人くんだね?」


 二人の男性のうち、俺の父親と同い年くらいの男性が尋ねてきた。


「はい、そうです。」

「私は石井むつみの父親だ。むつみから話を聞いてこちらも動いていたんだ。私たちも捜査はしていたんだ。けれどもどうにも尻尾がつかめなくてね。そんな折に君たちの話を娘から聞いてね、あぁ、もちろん、そこの浦河さんからも詳しい話を聞いている。それから椎名さんという方からも情報や証拠を貰っている。どちらも君の知り合いなんだろう?」


 むっちゃんの父親と名乗った男性が笑顔でそういった。


「あの・・・はい。そうです・・・」

「君たちのお陰で細かい点が線で繋がってきたんだ。たいしたものだよ。」


 もう一人の初老の男性が俺の肩をバシッと叩いてそういった。


「どういうことなのかわからないですけれど・・・」


 環菜が俺の手を握りながら問いかける。


「ん?あぁ、そうか。君たちにも説明しないといけないな。だが、ここで話す訳にはいかない。もちろん、様々な手は打ってある。かなりの大捕り物になるだろう。」

「豊田さん、とりあえずは田中を連行しましょう。他も動いているはずですから。」


 むっちゃんのお父さんはそう言ってから俺たちに笑顔を向けた。


「君たちのお陰でもあるからね。でも、今はこの事は黙っていてくれないか。言いにくいことだけれど・・・」

「僕たちの学校にも関係者がいるから・・・ですね。」


 俺の言葉に二人の男性は顔を見合わせて驚いたような表情を浮かべた。


「だったら・・・わかってくれるだろう?」


 初老の男性、いや豊田さんが真剣な表情でそういった。


「はい。わかります。でも・・・仲間には伝えたいんですけれど。その・・・警察の方が動いてくれたってことだけは・・・」


 俺は助けてくれたみんなや、小町を安心させたい。そう思って聞いたんだ。


「うーん・・・仲間内だけにしてくれよ?話が漏れると大変だからな。」

「はい、僕の仲間は信頼できます。少なくとも僕はそう思ってます。」


 俺の言葉を聞いて豊田さんは笑みを浮かべる。


「竹中くん。君はいい仲間をもったんだな。でも、他人・・・いや、こう言うべきかな。大人が全員信用できるとは限らない。いいかい?君たち若い子にはわからないこともあると思うが。大人には汚い奴もたくさんいるんだ。簡単に大人を信用しちゃいけない。」


 豊田さんの顔付きはどんどん真剣なものに変化していく。


「君にとって、いや、君たちにとってしばらくはツライことが続くと思うが、頑張ってくれ。そしてな、さっきはあんなことを言ったが、いい大人っていうのもいる。そういう大人を信じなさい。いいね。」


 そういって豊田さんは二人の警察官に指示を出して浦河さんのもとに歩いていった。


「どういうこと・・・?夕人。」


 俺の隣でずっと一緒に話を聞いていた環菜が疑問を口にする。


「俺にもわからない。どういうことだろう?言葉通りの意味だと『大人を簡単に信じるな。』ってことだと思うけれど・・・それは警察官の人が言うことじゃないよな。」


 俺にだってわからない。いや、わからないことばかりだ。


「それでは夕人くんに環菜さん。まもなく北見がここに到着します。どうかその車で一度翔さまのところにお戻りください。」


 浦河さんが俺たちのところに小走りでやってきてそれだけを口にし、すぐに車に戻っていった。

 田中はがっくりと項垂れ、豊田さんとむっちゃんのお父さんに挟まれるようにして車の後部座席に乗り込んでいった。


「これで・・・解決?」

「なのかな、わからないけれど。」


 浦河さんが運転する車はゆっくりと動き出し、そして行ってしまった。


********************************


 取り残された形になった俺達は、浦河さんが言ったようにこの場で北見さんを待つことにした。


「環菜。さっきも言ったけれど来てくれてありがとう。」

「ううん、いいの。少しでも夕人くんの役に立ちたかったの。」


 俺と環菜は近くにあった適当な石に並んで腰を下ろして話している。


「あれでよかったのかな・・・」

「良かったんだよ。」

「でもさ、豊田さんが言っていたこと、気になるよな。」

「うん。どういうことなんだろうね。」

「それにさ、田中が言っていたことも気になる。」

「そうだね・・・」


 どちらにしてもここでその話をする訳にはいかない。さっきの騒ぎで少しばかり人が集まってきていたからだ。


「北見さん、まだかな。」

「そうだね。今日は塾もあるし、早めに帰らないと。」

「そうだっ、すっかり忘れてたっ。」


 俺は慌てて腕時計で時間を確認すると六時半だった。授業は七時半からだから、結構マズイ時間だ。


「やばいっ、どうしよう?」

「ふふっ、夕人くん、面白い。」


 環菜が小さな声で笑い始める。


「なんだよ、だってマズイだろ?間に合わなくなるじゃないか。」


 俺は環菜の顔を見て本気でそう言った。


「だって、さっきまでは時間のことなんて何も考えてなかったじゃない。それにね、みんなのところから飛び出していった夕人くん、結構かっこよかった。なんだっけ?『何もしないってわけにはいかない。俺が終わらせてやる。』だっけ?」


 環菜は笑顔を浮かべながらも少しだけ茶化すような口調でそう言った。


「そんなこと言ったかぁ?覚えてないな。あ、それよりも環菜さ、俺のこと夕人って呼び捨てにしただろう?」

「あ、バレてた?なんかあの時は必死でね。」


 環菜が軽く下を出して片目を閉じた。


「なんかちょっとびっくりした。環菜にそう呼ばれたことなかったし。一瞬だけ、小町が来たのかと思ったもんなぁ。」

「そうだね、小町は夕人の事を呼び捨てだもんね。」


 そう言って今度は唇をちょっとだけ尖らせた。整った形の環菜の唇が少し歪んだが、それでも可愛らしいことには変わりがなかった。


「まぁなぁ・・・アイツは昔っからあんな感じだ。」

「そうだね、ずっとそんな感じだね。ねぇ・・・私も夕人って呼んでもいい?」

「え?もうそう呼んでるじゃないかよ。いつも。」


 環菜がおかしなことを言い始める。俺には何のことを言われているのかよくわかってなかった。


「ちがうよ、いつもは夕人『くん』って呼んでるの。でも、夕人って呼びたいなって。」

「はぁ?大した変わらないじゃないかよ。」

「違うよ、だって呼び捨てで呼んだら小町かと思ったって言ってたじゃない。」


 確かにそう言ったな、俺は確かにそう言った。


「まぁ・・・そうだなぁ。別にいいけどさぁ。なーんか不思議な感じだ。」


 俺は空を見ながら軽く笑った。


「どう、不思議な感じ?」


 環菜も俺と一緒に空を見上げた。


「んー、そうだなぁ。親に呼ばれてるみたいだ。」

「えー、そうなの?じゃ、小町に呼ばれてる時もそう思ってる?」

「思ってない。」

「じゃ、どうして私が呼ぶとそうなるの?」


 環菜は少しだけ顔を近づけてきて聞いてきた。


「さぁ・・・なんでかな。あ、もしかしたら環菜っておばさんっぽいんじゃないの?」


 俺の軽口に環菜がちょっとだけ怒り出した。


「あー、それってヒドイと思うなぁ。」

「あはは、ヒドくないって、正直に言っただけだから。」

「もっとヒドイよっ。」


 環菜がそう言いながら俺の肩を軽く叩いてくる。全然痛くない。なんだか久しぶりに笑ったような気もするし、気分も良かった。


「あ、車が来た。北見さんじゃない?」


 ちょうどいいタイミングでやってきた車をみた。そして、その車は俺達の前に停車し、窓を開けて北見さんが顔を覗かせた。


「おまたせ。ごめんね、遅くなっちゃって。」


 いつもよりも明るく、少しだけ砕けたような感じに見えたのは浦河さんがいないからだろうか、なんてことを考えながら北見さんの顔を見ていた。


「いえ、全然待ってませんよ。」


 環菜がそう答えて笑顔を向けた。


「そう?じゃ、すぐ後ろに乗ってくれる?」


 俺達は二人で北見さんの運転する車の後部座席に乗り込んだのだった。



 警察が動いてくれた。

 きっとこれで終わりだ。

 たくさんの疑問は残っているけれども、俺たちができるところはここまでっていうことだ。


 それにしても・・・翔のやつ。どこまで用意周到なんだよ・・・


 後部座席で笑みを浮かべた夕人を見て、環菜もホッとしたようにため息を漏らした。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


田中のヘタレ具合と、翔の用意周到さがよく分かる話でした。

これで解決なのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ