新たな手がかりを求めて
田中たちの犯行方法にかんして、いまひとつ確信を得られない夕人たち。
新たな情報を得るために日高さんから得た情報を頼りに後輩の家を訪ねる。
とまぁ、そんな内容です。
今日の天気は曇りで気温は高め。
生憎の空模様とまでは悪くないけれども、せめて晴れていてくれたなら気分も少しは楽になるところなんだけれどなぁ。
俺とローザ、それに村雨先輩と小町の四人は上野さんの家に来ていた。
いや、来ていたと言っても俺は外で待機させられている。
何でこの暑い夏に外で待たされているのかと言えば、もちろん田中の件に他ならない。でも、だからっていきなり知らない男がやって来たら警戒させるって言うんだよ。そんなこんなで一人で道端に捨てられた子猫のようにおとなしく待っているところだ。
まぁ、ローザと村雨先輩はバレー部の先輩だからな。話しやすいだろう。
それにしても・・・かれこれ一時間近く待ってるんだけどな。もしかすると、このまま家の中には呼ばれないかもしれないな。ローザには『もしかしたら夕人にとっては無駄足になるかも。』って言われていたしさ。
もう夏も終わりとは言っても、北海道生まれで北海道育ちの俺には堪えるな、この暑さは。
「はぁ・・・」
半ば上野さんに会うことを諦めつつため息を漏らした時、家からローザが出てきた。しかし、そのローザの表情は明るいものとはとても言えず、俺の姿を見るなり首を左右に振ったのだった。
「ダメ。全然話してくれないの。一応さぁ、私達はバレー部の先輩ってことにはなるんだけれど・・・もう、卒業しちゃってるからかなぁ・・・」
ローザの表情にも落胆の色が見える。
「小町とは話してるのか?上野さんは。」
「ううん、小町ちゃんも話してない。窓花といろいろ話を聞いてみたんだけれどね。田中の話になった途端だんまり。」
ローザにも難しいか。となると俺に出番はないな。
「そっかぁ、残念だけれど仕方がない・・・帰ろうか。無理に話をさせるわけにもいかないし。」
「あ、違う違う。そうじゃないの。あのね、小町ちゃんから夕人を呼んでくるように言われたの。きっと夕人ならなんとかしてくれるって言うんだ。」
ローザや小町にも無理な状況を俺に変えろっていうのか?それは俺のことを買いかぶり過ぎじゃないか?
「小町がそんな事を言ったのか?」
「そうだよ。」
ローザが短い返事をした。ちょっとだけ表情が変化したようだけれど、どういうことだ?
「だったら・・・いいけれど。俺が行くと状況が悪化しないか?」
「わからない。でも、小町ちゃんは夕人だったらなんとかしてくれるって。信頼されてるんだね、小町ちゃんに。」
「まぁ・・・付き合いは長いからね。」
俺はそう言ってローザの顔を見た。いつもの可愛い笑顔がそこに見ることができて少しだけ安心した。
「そうね・・・さ、付いてきてよ。」
ローザはクルッと俺に背を向けて再び家の中に入っていった。
俺が部屋に入っていくのときに、ローザに声をかけられた。
「私達は外で待ってるから。」
これも小町の提案なんだろうか。俺はこの子に合うのは初めてなんだぞ?大丈夫なのか?
ローザの言葉に不安を感じながらも頷いて、扉を締めた。
「上野さん、この人が竹中くん。私の友達でこの事件を解決してくれる人たちのリーダーなの。」
部屋には小町と、上野さんと思われる二人がいて、小町が俺のことを紹介してくれた。
「竹中です。解決しようと動いているのは確かだよ。」
上野さんはベッドに座ったまま、少し怯えたような表情で俺のことを見ている。無理もない。彼女にとって俺は全くの他人なんだから。
「青葉先輩から話は聞きました。とても頼りになる人だって。でも・・・」
そう言ってから表情を暗くする。
「信じられません。」
「それはあなたが一人で抱え込んでいたからだよ。私も一人だったら絶対に無理だから。でもね、この人なら大丈夫。本当に信頼できる人なの。知ってるでしょう?竹中くんのことは。副会長だよ、生徒会のね。」
上野さんの言葉に、小町が少しだけ明るい表情で話しかけた。
「青葉先輩って・・・竹中先輩の応援演説をしてました?」
「あ、うん。」
小町が少しだけ照れくさそうに返事をした。
「そっか・・・二人ってそういう仲なんですか?」
「違うよ。ローザ先輩が竹中くんの彼女さん。私はただの友達。」
小町はその問いかけに笑顔ですぐに答えた。
「ただの友達なのに、どうしてそう言い切れるんですか?」
上野さんの矢継ぎ早な質問に小町は臆することなく答えていった。
「竹中くんはね、そういう人なの。困っている人を見捨てたりはしない。そういう人なの。」
「小町、あんまりおかしな感じに持ち上げるなよ。俺はそんな聖人みたいなやつじゃないぞ?」
俺はくすぐったい感じがしてそう言うしかなかった。
「青葉先輩は竹中先輩を信じているんですね。」
「そうよ。私が一番信じられる人なの。だから私は話したの。そして、今、必死に動いてくれているの。彼の呼びかけで信じられる人たちが集まってくれてる。あなたは欠けている最後のピースになるかも知れないの。」
小町はそう言って頭を下げた。俺もつられるように頭を下げた。
「竹中先輩、二人でお話させて欲しいんですけれどいいですか?」
「わかったよ。じゃ、俺は外に出てる。」
俺はそう言って部屋から出ていこうとした。
「あ、違います。竹中先輩と話がしたいんです。」
上野さんの言葉を聞いて俺は小町の顔を見た。小町は少しだけ驚いた表情を浮かべていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「わかったわ。私、外で待ってる。」
小町はそう言って立ち上がった。
「あ、おい・・・小町。」
俺は小町の肩を掴み、この場に留まらせようとした。けれど、小町は俺の手を軽く掴み、そして言った。
「夕人にしかできないこと、あると思うから。話を聞いてあげて。彼女はすごく心細いの。誰も信じられなくて。だから、お願い。」
小さな声だった。俺にだけ聞こえるような。小町だって苦しんでいるのに、こんな言葉を口に出せるなんて思わなかった。いや、以前の小町ならこんな言い方はしなかったんじゃないだろうか。
「わかった・・・」
俺の言葉に小町は軽く頷いて部屋を出ていった。
「えっと・・・俺は何を話したらいいんだい?」
俺は二人っきりになった部屋の中で上野さんに声をかけた。
「先輩はどこまで知っているんですか?」
「どこまで、と言うのは今回のことかな?」
「はい。」
俺が知っていることを答えるしか無い。そう思った。この子から話を聞くためにはそれしか無いと。
「田中が関わっていること。さらに卒業生も関わっていること。複数の被害者がいそうだということ。それから・・・」
「私が撮られた写真、どんなのか知ってますか?」
俺の言葉を遮るようにして上野さんがさらに質問をしてきた。
「いや、知らない。そもそも写真で脅されていたって言うことも知らなかった。」
「青葉さんと同じです。ここまでは青葉さんには話をしました。でも、それ以上のことは話せなかったんです。」
どうして俺には話せる?それがわからない。俺に話せるのならばローザたちにだって話せただろう。それに、同じ境遇にある小町ならば特に。
「どうして?話せない理由でもあるのか?」
「女の人が信じられないからです。」
彼女は目を閉じた。そして、覚悟したように目を開いて俺の顔を見た。
「女の人が信じられない?どうしてだよ。こんな時だったら同性の人のほうが信じられるだろう。それこそ、俺みたいな初めてあった人間を信用できるのか?」
彼女の言うことに理解ができない。小町のことも信用出来ないっていうのか?
「先輩のことを信じたわけじゃないです。誰も信じられないんです。」
何が彼女をここまで言わせるのだろうか。俺には全くわからなかった。
「誰も信じられないなら、どうして俺だけに話をしようと思ったんだ?」
「みんなが信じられるって言った人と話してみたかったから。」
ローザや小町のことか?あの二人がそう言っていたのか?
「俺は・・・そんなにできた人間なんかじゃないんだ。はっきり言うよ。俺は小町を助けたい。こんな言い方は最低かもしれないけれど、小町を助けるためには君の話を聞く必要があるって思ったんだ。それで、こんなことをしているんだ。」
俺は自嘲気味にそう言った。もしかしたらこの言葉のせいで彼女の協力は得られないかもしれない。でも、無理矢理に話を聞いてもダメだと思ったんだ。
「なるほど・・・そうですよね。いい人なんていないんです。」
「あぁ・・・いや、そんなことはない。少なくとも、いまここに来てくれた人は、ローザや小町はいいやつだ。」
良い人がいないなんてことはないと思いたい。悪い奴はいる。それは確かだけれど。
「いいんです。よくわかりました。竹中先輩の気持ちが。青葉先輩のことを助けたいって言った言葉は嘘じゃなさそう。私にもそんな友だちがいればよかったのに。」
「いるさ。日高さんが心配してたよ。彼女も俺の友達だ。」
俺はそう言って上野さんの事を知った経緯を話した。彼女は黙って俺の話を聞いていた。
「そう・・・ですか。」
「そうさ。そうじゃなかったら俺達が君に簡単にたどり着けるわけがないんだ。だから、これはみんなの力でなんとかしないといけない。でも・・・無理にとは言わない。もし、その気になったら・・・ローザにでも電話してくれ。彼女ならきっと話を聞いてくれるから。」
俺はゆっくりと立ち上がり、彼女に背を向けて部屋から出ようとした。
「待ってください。話します、全部・・・でも、内緒にしてほしいこともあるんです。日高さんやみなさんには・・・」
彼女の顔には苦悶の表情が浮かんでいる。どうしても聞かれたくない事情がありそうだ。
「わかった・・・でも、さっき話した通りに俺は小町を助けたい。そのためには君の話を利用することになる。ただ、聞いた話は俺がうまくみんなに伝える。全部は話さない。どうしても話したくないことはその都度教えてくれよ。」
自分で口にしたほどの自信がなかった。
けれども、彼女の話はこの事態を前進させる話のような気がするんだ。
でも、その内容は仲間に話せないかもしれない。
そんなことを勝手に約束してもいいのか?
上野さんにも小町にも、自信を持って言えるのだろうか。
口にしてしまってから心のなかで葛藤していた。
「無理ですよね・・・そんな都合のいい話。」
彼女は肩を落とし泣き始めた。理由がわからない以上、俺からは何も言えないし、励ますような言葉も出てこない。
「すまない。でも・・・俺も努力する。できるだけ秘密は話さない。だた、どうしても必要な時は・・・」
「はい・・・」
泣き声ではあった。けれど彼女はそう言って頷き、ゆっくりと話し始めた。
「私には付き合っている人がいました。すごく優しくて、ちょっぴりエッチなところもあって。それで、ある時・・・去年の冬です。その・・・学校でエッチをしたんです。」
彼女の口から出た言葉は衝撃的な話だった。
まさか、学校でか。正直そう思った。
それに・・・そんな感じの子にも見えなかったし。
「お、おう・・・」
「いいんです。呆れますよね。私だってそんなつもりはなかったんです。でも、なんかそんな雰囲気になっちゃって、それで更衣室で・・・」
更衣室?
そんな誰かが来そうなところで?いや、学校に誰も来ない場所なんて無いけれど、それにしたって無謀なんじゃないか?その・・・そんなことをするにはさ。
「そうか・・・でも、それは今のことと関係があるの?」
俺の言葉に上野さんは頷いた。
まだ、少しだけ泣いているみたいだった。
「その時の写真なんです。田中先輩が見せてきた写真は。」
どういうことだ?それって、彼氏が関係しているってことか?
「その・・・最中の?」
「・・・はい。」
消え入りそうな声で彼女は返事をした。
「彼氏っていうのは・・・その、同級生?」
「私は・・・女の人が好きなんです。」
「ん?」
さらに衝撃的な話だった。
いわゆる同性愛っていうやつだと思う。言葉では知っていたけれど、頭で状況を整理するのは少しだけ時間が必要だった。
「混乱するのは無理もないですよ。きっとみんなそうなんです。だから誰にも言えなかったんです。」
それはそうだろう。そんな時の写真、しかも自分の隠しておきたい性癖までバレてしまうんだから。
「その、言いにくいかもしれないけれど、その時の相手っていうのは・・・」
「女の人です。」
聞いておいてあれなんだけれど、まぁ、当然そうなるわな。
でも、そうなるとその相手も田中に脅されてるんじゃないか?だってさ、その相手っていうのも女の子だって言うことなんだろうからさ。
「その時の相手はどうなってる?」
「わかりません。今は連絡を取ってないので・・・」
「でも、その人も君や小町と同じ被害にあっているのかもしれない。」
俺の言葉を聞いて上野さんが顔を上げた。
「それは・・・ない・・・かもです。」
どうしてそう言えるんだろう。その理由がが全くわからない。
「・・・えーと、どうして?」
「その写真は私たちがふざけながら撮った写真なんです。それに、脱いでいたのは私だけだから・・・」
なるほど・・・だから相手の方は問題ないだろうっていう考えになるわけか。
でも、それはマズイことにもなっていないか?
というよりも、どこから写真が流れるってことになる?
どう考えても、その相手の彼氏に・・・まぁ、今回は女の子みたいだけれど、とにかくその子に裏切られたということになるんじゃないのか?
「そうか・・・だから女の人が信じられないってことなのか。つらいな、それは・・・」
ため息混じりに彼女に同情の言葉をかけた。
「はい・・・」
彼女は再び俯いた。
これは思っていた以上に深刻な事態だ。既にそういった感じで・・・いや、こういうタイプのことは多くはないだろうけれど、それでもあの一味の中に女子がいるとなると状況はより複雑だと言わざるをえない。
「相手の名前を教えてくれないかな。」
「言えません。」
どうしてここで名前を教えてくれないんだろう。ここまで話してくれたのに。
「竹中先輩。私の質問に答えてくれたら相手の名前を教えます。」
彼女は俺の目をジッと見てそう言った。
「質問?なんだろう。俺に答えられることならいいけれど。」
そう言った俺の顔を見て上野さんは少しだけ笑みを浮かべた。
「竹中先輩にとって青葉先輩はどんな存在なんですか?」
「友達だ。大切な友達。」
俺はその問いにすぐに答えた。
「じゃ、椎名先輩は?」
「俺の・・・彼女だ。」
この問いにもすぐに答えた。
「もう一つ聞きます。青葉先輩は竹中先輩のなんですか?今度は嘘をつかないでください。」
「嘘はついていない。小町は俺の大切な友達だ。」
そう、嘘なんか一つもついていない。だから、何も後ろめたいことはない。
「・・・そうですか。」
上野さんがため息を漏らした。
「そうさ。」
「ここまで本気で思ってくれる友達が私にも欲しかったです。」
「・・・これからできるさ、きっと。」
俺の言葉に上野さんは軽く頷いた。
「先輩の答えは私にとってちょっと不満です。でもいいです。相手の名前、教えます。」
「不満なのか?」
「はい、すごく。」
どうしてだ。素直に答えたのに。
わけがわからない。
「それは悪かったけれど・・・でも答えたぞ。」
「でも先輩、このことを聞いたら・・・もう、後戻りできなくなりますよ。」
彼女の言葉で悪い予感が頭をよぎる。
「それ・・・もしかして・・・」
「小野寺先生です。」
そうなるのか・・・やっぱり。どうつながっているのかわからなかった田中と小野寺先生の関係。まだはっきりとはしないけれど、何かの形でつながっていることがハッキリしたわけだ。
「・・・なるほど・・・」
「でも、わからないんです。どうしてこんなことになったのか。だって、あんな写真が広まったら私だけじゃなくて・・・」
「わかるよ、君の言いたいことは。でも、その前にもう一つ聞かせてくれよ。田中に告白されたっていう話を聞いたんだ。その、石井さんから。少し嬉しそうにしていたって言っていたけれど・・・」
俺はこの前聞いた話を思い出してそう問いかけた。
「はい・・・本当です。嬉しかったっていうか、それはなんとなく・・・告白されたのは初めてだったので・・・」
上野さんの表情がどんどん曇っていく。
「そして・・・」
「はい、写真を見せられました。バラされたくなかったら言うことを聞けって。」
「それはいつ?」
「六月です。」
修学旅行の頃か。あのころは小町にも迫っていた頃じゃないのか?あの野郎、本気で男の風上にも置けないやつだ。
「その写真は・・・見たんだよね?」
「はい。」
「二人、写っていたのか?」
「いえ、私だけです。」
「相手は写ってない?」
「はい。」
おかしい。
どうしてその写真を選んだ?二人の関係についても触れていったほうが、より成功率が上がるんじゃないのか?
・・・俺の考えは最低だけれどな。
「ごめん、言いにくいと思うけれど聞かせてくれ。その写真って、どこまで写ってた?」
俺の質問に上野さんは目を丸くする。
「大事なことなんだ。実は小町はもうひとりの写真を見せられたって言っていた。誰なのかはわからなかったって言っていたし、たぶん、君じゃないんだと思う。小町は何も言わなかったし。」
どこかの写真屋に頼むって訳にはいかないだろう、こんな写真。ってことは、自分で現像しているってことか?一体どこで?そんな設備、普通の家になんかないよな?
「いや・・・ごめん。答えたくないよな・・・忘れてくれていいよ。」
「全部・・・」
「そ・・・か。」
大きな溜め息が漏れた。
酷いことをするもんだ、教師なのに。いや、待て。おかしいじゃないか。そんな写真をどうやって小野寺先生が現像するっていうんだよ。
「小野寺先生って写真とか詳しいのか?」
「え・・・わからないけど・・・」
「だってその時に写真撮ったって。」
「ポラロイドだったから。」
「ポラロイドだって?どうしてそれを隠してた?」
俺は思い切り上野さんの両肩を掴んだ。
「え・・・だって、写真って青葉さんもそうだったんじゃないんですか?」
「違うんだよ・・・小町の時は普通に現像された写真だった。田中が見せてきたのは普通の写真だった。ネガもあるって言っていたみたいだし。」
どういうことだ?繋がりかけた糸がプツンと切れてしまったような気がした。
「・・・そう言えば・・・あの人が持ってきた写真も普通の写真・・・だったかも。」
「あの人っていうのは、田中か?」
「はい・・・でも、どういうことなんですか?」
俺は必死に頭の中を整理してみる。いたるところにバラ撒かれている事実の点を拾い集めて、一本の線につなげようと。
「君たちがふざけ半分に撮った写真はポラロイドだった。でも田中が持っていた写真はそうじゃない普通の写真。でも、写っていたのは同じ内容?おかしいよね、それって。」
あまりに冷静に言い過ぎただろうか。上野さんの顔色が変わる。
「それって・・・他にも誰かがいたとか?」
「それはわからない。でも、一つ大切な話が聞けた。俺はその人に接触してみる。一人で行くから安心してくれ。他の人には言わないと約束する。」
俺の言葉を聞いて上野さんがフッと笑みを浮かべた。
「なんとなくですけれどわかったような気がします。」
「なんのこと?」
「青葉先輩が言っていた言葉です。『夕人は信じられる。』って言ってました。何度も。」
そうなのか。あいつ、そんな恥ずかしいことを後輩に何度も言っていたのかよ。
「先輩のその一生懸命に考えてくれる姿を見て、私も少し頑張ろうって思いました。でも・・・やっぱり外に出るのは恐いです。」
「無理はしなくていい。近いうちに俺が・・・いや、俺達がこの事件を解決してみせる。そうしたら、君も外に出られるようになるさ。」
俺は立ち上がりながらそう言った。そうであって欲しいと思いながら。
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上野さんの家を跡にした俺達はこれからどうするべきか話していた。
「夕人は何か話を聞けたの?」
ローザが俺の隣から話しかけてきた。
「聞けたよ。でも、誰にも話さないっていう条件でだった。」
「はぁ?それじゃ私たちにも言えないってこと?」
ローザが明らかな不満を俺にぶつけてきたが、無理も無いことだと思う。
「言えない。」
「納得できないっ。私たちだってなんとかしたいって思ってるのにさ。情報を共有できないんじゃ協力のしようがないじゃないっ。」
ローザの気持ちはわかるけれど、上野さんの想いを無視する訳にはいかないんだ。だから言う訳にはいかないんだ。
「ごめん。でもムリなものはムリなんだ。約束なんだ。」
俺はローザの目をジッと見てそう言った。ローザならわかってくれると思って。
「信じられない。行こっ、窓花。」
ローザはそう言って村雨先輩の腕を取って行ってしまった。村雨先輩はローザに手を引かれながら振り向いて『ごめん』と口だけで言っていた。
「夕人、ごめんね。私のせいだね。」
左側から小さな声が聞こえた。
「違うさ。小町は何も悪くなんか無い。悪いのは全部あいつらだ。」
まだ情報は足りない。でも俺達が集められる情報っていうのはこのくらいだろうか。
それにしても、ローザがわかってくれないなんて思わなかった。
「でも・・・私がこんなことに巻き込まれさえしなかったら・・・」
「いいんだ。俺は元気な小町に戻って欲しいんだ。そのためだったらやれるんだ、俺は。」
俺の左手を小町が軽く掴んできた。
「ありがとう。でも、どうやって?私にはもう・・・昨日の浦河さんがくれたアドバイス通りにやってみたけれど、やっぱり最後は夕人に頼っちゃう。」
握っている手の力が徐々に強くなっていく。小町だってツライんだ。これ以上何も求めないさ。
「気にするな。それよりも俺はこれから学校に行く。確かめないといけないことができたんだ。」
「え?」
小町が驚いたように俺の顔を見る。
「だから、小町を家に送っていく。途中で何かあったら嫌だから。」
「大丈夫だよ。一人で帰れる。」
小町が掴んでいた俺の手を放してそう言った。
「ダメだ。」
「大丈夫だって。」
「俺がダメなんだ。小町に何かあったら俺・・・」
「・・・」
二人は黙り込んでしまった。セミの鳴き声はもう聞こえてこない。北海道の季節の移り変わりは早いのだ。
「心配なんだよ。これ以上何かが起こらないって保証もないんだから。それに・・・」
「それに?」
「田中がいたらどうするんだ。俺は田中なんかに小町を渡したくないんだよ。」
「ありがとう、夕人。でも大丈夫。私は絶対に田中の元になんか行かないから。何があっても、絶対に。」
小町は夕人の言葉に満足そうな笑みを浮かべた。
「でも、家までは送っていく。」
「うん、ありがとう。それじゃ、お願いしようかな。」
小町は再び俺の手をとって歩き始めた。
小町の顔を見ながら俺は改めて誓ったんだ。絶対に助けるって。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
また一つ情報が得られました。
けれど今回得られた情報は夕人の頭の中に永遠に封印されるのでしょう。
それにしても、学校に行くって言ってましたけれど、何をしに行くつもりなのでしょう。




