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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第38章 『行動開始!』なのであります
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手が打てない・・・上策はないのか?

今回も長めの話になります。


手に入れた情報を集約してこれからの作戦を練るという感じです。

 あのあと、俺達は翔の家に集まっていた。

 今日ここに全員が集まれたのはとてもありがたいことだと思う。思っていた以上に深刻な事態を解決するためには少しでも多くの人の協力が必要だと思うんだ。


「お、夕人。ちゃんと来るなんて感心感心。」


 ローザが明るい声で話しかけてきたけれど、俺には同じような声で返事をすることができなかった。


「そりゃ、俺が呼びかけたんだから。来ない訳にはいかないだろう?」

「ローザは空気を読むのが苦手だからね。許してあげようよ、竹中くん。」


 村雨先輩がローザの肩をポンと叩きながらそう言った。


「別に空気がよめないわけじゃないよ。暗い顔をした夕人を見てても楽しくないんだもん。」

「それって空気が読めないってことじゃないの。」

「えー、そうかなぁ。暗い表情をしている時っていうのは全てにおいて悪い方向に進んじゃうものなんだよ。だから、どんな時でもうつむいちゃダメ。暗い顔もダメ。かならずあるはずの解決のための光を見逃しちゃうんだから。」


 そっか。ローザは俺を励まそうとしているんだな。そう考えるとローザの明るい声はたしかに俺の力になる。いや、そう信じたい。


「ありがとう。ローザの言う通りだね。俺が暗くなってても仕方がないよな。」

「そうそう。君はね、このメンバーのリーダーなんだから。常にみんなを引っ張っていく人間っていうのはみんなの前で弱さを見せちゃダメだよ。」


 みんなの前で弱さを見せちゃダメか。ローザは厳しいな。俺にそんなことができるのかな。

 彼女のリーダー哲学。見習わなくちゃいけないと思う。


「まぁまぁ。竹中くんだって頑張ってるんだし、彼には彼なりのまとめ方っていうのがあるんだから。あんたみたいな『気合で乗り切れー』みたいな訳にはいかないでしょうに。」


 村雨先輩は呆れたように首を横に振っていた。


「あの・・・今回は私のためにありがとうございます。」


 そう声をかけて頭を下げていたのは小町だった。二日くらい会わなかっただけだけれど、少しやつれたようにみえるな。きちんと寝られているんだろうか。


「いいっていいって。これは私たちもやり残した仕事って言う感じもあるし。それに夕人の大切な友達がヒドイ目にあっているって聞いたら黙っちゃいられないってね。」

「そうよ。私たちが居るうちに気がついてたらこんな目には合わせなかったんだからね。」


 ローザと村雨先輩がとても心強い言葉を言ってくれたには本当に嬉しい。


「ありがとうございます。夕人も・・・本当にありがとう。」


 いつもの小町からは信じられないくらいに弱々しい小町の姿を見るのは辛かった。


「俺はさ、こんなことをするやつが許せないんだ。」


 そう言って小町の姿を見るのを止めた。なんだか見ていられなかったから。


「そうだね。夕人の言うとおりだ。私たちでできるところまでやってみよう。お父さんからもちょっとした情報を手に入れたし、きっとなんとかできるって。」


 ローザが小町の頭を軽く撫でた。それは俺が知っている優しくて強いローザの姿だなと思ったんだ。



「さて、今日はお集まりいただき嬉しく思います。いや、嬉しい事態なんて何一つ起こっちゃいないんだけれどな。でも、俺達の学校の生徒を助けようとこんなに有志が集まってくれたことは心強い。椎名先輩に村雨先輩。卒業されているにも関わらず、俺達のために来てくださってありがとうございます。ここはみんなを代表してお礼を言わせてください。」


 翔の挨拶と言うか、こんな言葉から俺たちの会議は始まったんだ。なんでこんな堅苦しい挨拶をするのかはわからないけれど、引き締まるような、それでいて呆気にとられて気が抜けると言うか・・・わけのわからない感じだ。


「じゃ、まずはみんなが手に入れてきた情報を整理して共有しよう。それぞれが得てきた情報を話してくれないか。」


 稚内くんが前髪をかきあげながらクールに言った。相変わらずキザな振る舞いが似合っているな。


「ね、あの子っていつもあんな感じなの?」


 俺の隣りに座っていたローザがそう聞いてきたので、俺は軽く笑みだけ浮かべて頷いておいた。


「じゃ、誰から話すんだ?」

「あぁ、じゃあさ、私から話すよ。今は一番外部に居る私からの情報。私のお父さんの情報もあるんだけれどね。」


 ローザがパッと手を上げて翔の言葉に答えた。


「では椎名先輩。お願いできますか?」


 稚内くんは相変わらずキザな身振りで話を促している。


「うん、それじゃ・・・ちょっと長いから適当にメモでも取ってね。」


 そう覚悟を試すように言って俺たち全員の顔を見回した。


「うん、じゃ、始めるね。まず、今回はうちの後輩の上野瞳って言う子。直接会って話を聞き出してきたよ。この子もそこの小町ちゃんと同じような被害にあってるみたいだね。時期は二ヶ月前くらいかな。まぁ・・・夏休み前ってことだね。幸いにして、写真で脅されてるだけで、それ以上のことは起こってないって聞いてるけれど。これだけで十分にムカつく話だけれどさ。んでもって、脅してきたのは田中っていうやつだ。今回の件にも絡んでるっていう話だったよな。このあたりも今回の件とおんなじってこった。それで、これだけじゃつまんねぇなってことで、窓花に頼んでもうちょっとだけ広く情報を集めてみたんだ。そうしたら、うちの学校以外にも似たような被害者が居そうって話を聞いたんだ。中学校だけに留まらず高校にも。単純に言えば田中みたいなやつが何人かいるっていうマジでムカついてくる話だ。」


 ローザは話しながらイライラしてきたのか、口調が段々と悪くなってきた。これは・・・そうキテるな。


「でな?それはどうも日之出が丘中を中心に広がってるって感じなんだよな。これがどういうことか。元締めみたいなやつがこの近くにいるってことじゃないかってアタシは踏んでんだけど、どうなんだい?」


 マジで、ヤンキー一歩手前みたいな言葉遣いだなぁ。俺といる時には可愛らしい感じなのに。これが本性だとは思いたくはないな。とまぁ、それはともかくとして・・・なるほどな。俺が思っていた以上に被害は広がっているってことか。


「そして最後に親父の話。」


 あぁ・・・遂に呼び方がお父さんから親父になったか。相当に怒り心頭だな、これは。


「どうやら、中学生や高校生を使ったアダルトビデオみたいなものが出回っているらしい。もちろん正規のルートでこんなもんが出るはずがない。つまり、裏ってことだ。明らかに中学生のガキが仕切れるようなもんじゃねぇってこった。」


 ローザのヒートアップは止まらない。時折舌打ちも交えて話を進めるもんだから、日高さんなんかは萎縮しちゃっている。


「んでな?うちの親父のコネで一本だけ手に入れた。これは警察に上げる証拠にするためだ。だから中身は見せない、絶対にな。でも、酷いもんさ。チラッと見てみたけれど・・・いわゆるアレもありなヤツだからな。クソみたいなもんだった。こんなことがアタシたちの周りで起こってると思うとマジで反吐が出んなっ。」

「ローザ・・・押さえて。気持ちはわかるけれど、恐いよ。」


 村雨先輩が小声でローザを諭した。


「あぁ?そ・・・そうだな。悪かった。ちょっとな、手に入れたビデオに知り合いが写ってたもんだからさ。」


 ローザの知り合いにまで手が及んでいるってことか。なおさらマズイ事態だな。既に何人も被害者がいるってことか・・・しかも、その人達からの被害届は出ていないってことか?どういうことなんだろう。


「わかりました。すごく貴重な情報です。正直に言えば僕たちが対応できる内容を既に上回っていると言っても過言ではない気がするけれど。」

 稚内くんが腕を組んだまま眉間にシワを寄せている。他のみんなも動揺にして厳しい顔付きだ。


「あ、ちょっといいかな。」


 俺は疑問に思ったことをローザに聞いてみた。


「なにかな。」


 おっと・・・不機嫌だな・・・でも、仕方がないか。俺が同じ立場だったら・・・なんてことは考えたくもない。


「えっとさ・・・その子からは被害届とか出ていないのかなって。ほら、証拠もあるんだし。直ぐに警察が動こうと思ったら動けるだろう?」


 俺の問いに答えたのはローザではなく稚内くんだった。


「竹中くん。警察の調査ではかなり詳しいことを聞かれるんだ。それこそトラウマを根掘り葉掘り。そうでもしないと調書は作れないらしい。だから、被害を受けた人がその内容を話すのは相当に勇気がいることだって・・・俺の父親が言っていたよ。」


 稚内くんの言葉に俺は口をつぐむしかなかった。悔しいけれど・・・気持ちはわからないでもないから。


「それじゃ・・・次は栗林さん、お願いできる?」

「あ、うん・・・ちょっと・・・その動揺してて。うまく話せなかったらごめん。」


 みんなが首を横に振る。動揺しているのは実花ちゃんだけじゃない。


「えっと・・・うちの学校には一年生に三人、二年生には二人、三年生も一人ここ数ヶ月で急に休みだした女子がいるの。それもみんな突然。そして、その子達は全員体育系の部活に入っていた。椎名先輩たちの前では言いにくいんですけれど、その・・・バレー部の子が多いんです。」


 実花ちゃんの言葉を聞いてローザは大きくため息を付いた。


「どういうことなのかね。うちの子たちが狙われる理由ってのがあるのかよ。」

「わかりません、私には。そして、ごめんなさい。これくらいしか話せることはないの・・・」


 実花ちゃんは悔しそうに顔を伏せた。


「そんなことはない。これはとても大事な話だ。そうだろう?杉田くん。」


 稚内くんの言葉に翔は無言で頷いた。


「そうだな。じゃ、次は俺だ。自分で言うのもなんだけれど親衛隊っていう子達から聞いた話。なんでも福島先生が妙に小野寺先生と仲が良いって話らしいんだ。」


 福島先生は放送委員の顧問で一年生の担任。小野寺先生は二年生の担任をしている。ちなみに福島先生は男の先生だ。


「あれ?小野寺先生って酒田先生といい感じじゃなかった?」


 実花ちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。


「そうなの?全然知らなかったんだけど。」


 ローザも驚いたように食いついている。


「ローザ、今はそのことはいいんじゃないの?問題はどうして急に福島先生が小野寺先生と仲が良くなっているのかってことでしょう?」

「そう。俺が話を聞いた子もそう言ってました。なにせ福島先生は中年のおっさん。しかもあんまり生徒からの評判は良くない。」

「そうなのよ。あの先生、女子のことをエロい目で見るんだよねぇ。気持ち悪いったらありゃしない。」


 実花ちゃんが全身で気持ち悪いアピールをしていた。なっちゃんは苦笑いを浮かべていた。福島先生は放送委員会だからな・・・


「まぁ、そうだな。男子生徒たちもそういう認識だから。で、だ。肝心なことはあの小野寺先生が、っていうところだ。」


 翔の話にみんなが『うーん。』と唸りだす。村雨先輩は右手を顎に当て、何かを考えているかのように目を瞑っている。


「よし、じゃ次は・・・」

「小野寺先生の話に関してだったら私が。」


 そう言ってなっちゃんが手を挙げる。


「よろしく。」


 稚内くんはそう言って力強く頷いた。


「私は砂川さんと一緒に小野寺先生を訪ねたの。いつもと変わった様子はなかったわ。それに、小町の名前を出しても顔色ひとつ変えなかった。」

「ふーむ・・・」


 そう言ったのはローザだった。


「そしてね、夕人くんの指示通りに物置部屋の備品、あ、放送委員会の備品なんだけれど、それを確認に行ったの。三人でね。そうしたら・・・殆どの物がなくなっていたの。残っていたカメラも、昔のビデオテープも、デッキも。昨日はね、いくつかは残っていたの。そして、そのうちのカメラの一つが小野寺先生の机の下にあった・・・」

「そんなっ。あの人に限ってそんなことをするわけがないっ。きっと、何か理由があるんだっ。」


 ローザが大きな声をあげてなっちゃんの言葉を否定する。


「でも・・・」

「ローザ。今はまず話を聞きましょう。それから考えるの。情報が揃わないことには答えは出せないわよ。これはね、行き当たりばったりでどうにかなるような事件じゃないんだから。」


 村雨先輩の顔色も良くはない。きっと動揺しているに違いないんだ。それでも、自分の意志で黙り込んで話を聞いている。すごい人だなって思った。


「・・・ごめん。話を続けてくれ。」

「あ、いえ。これで終わりなんです。」


 なっちゃんはバツが悪そうにそう言った。

 けれど、なっちゃんが悪いわけではない。ただ、俺が言ったように情報を集めてくれたんだ。


「それじゃ、最後は竹中と玉置のコンビだね。きっとすごい話があるんだろう。」


 稚内くんが無駄に盛り上げてくれる。でも、俺が得た情報ですべてが繋がるのか?まだピースが足りないと思うのだけれど・・・


「夕人くん?私から話そうか?」


 俺がすぐに話し始めなかったせいか、環菜が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「いや・・・大丈夫だ。俺から話すよ。俺しか聞いていない話もあるし。」


 そう言って俺は田中を見張って居る途中に現れた意外な人物の話、そしてそいつらが話していた事をみんなに伝えたのだった。もちろん意外な人物っていうのは川井さん・・・いや、もう『さん』付けはやめよう。ただのクソ野郎だ。本当に川井と田中の話は、反吐が出そうな話だった。


「にゃろう・・・やっぱり関わってやがったか、あのクソ川井っ。」


 話の途中でローザが立ち上がって床を悔しそうに踏み鳴らしたのが印象的だった。



 俺の話が強烈だったのか。

 それとも全てを整理しきれなくなると踏んだのか。とにかく稚内くんが『少し休憩しよう』と提案したところで、みんなが思い思いに行動を始めた。


「アイツはどこまで夕人に関わってきやがるんだ。もちろん、いい意味じゃないのはわかるよな。夕人。」


 翔は目に押さえきれない怒りを湛えながら、庭で一人寝転んでいた俺のところにやってきた。

 俺は翔がまるで自分のことのように怒ってくれることが、こんな時にも関わらずすごく嬉しかった。


「わかってるさ。でも、今回は俺のことは別にいいんだ。小町のことさえなんとかできれば。少なくとも俺はそう思ってんだ。」

「夕人。それは椎名先輩のいないところで言えよ?」

「あ?」

「いや、なんでもない。お前は案外と馬鹿だからな。」


 なんだ?別におかしなことを言ったつもりはないんだけれどな。


「それよりも、これからどうすべきだと思う?」


 俺は翔に意見を求めた。いつだって何かが動き出すきっかけは翔の一言からだった。


「さぁ。俺には既に手に負えない。今回のことに関して言うと、俺もお前も冷静には考えられない。だから稚内くんと石井さんの二人には何もさせなかったんだろう?あの二人に冷静に判断してもらうために。」


 翔には何も言わなくてもわかってもらえる。それがとても居心地がいいことだって改めて知った。


「良くわかったな。」


 俺はニヤッと笑みを浮かべながらそういった。


「俺はお前の親友だぞ?そのくらいわからないわけがないだろう。」


 翔も笑みを浮かべて俺を見ていた。


「どちらにしても、俺達だけで全てをどうにかできるとは思えない。それに、まだいろいろな情報が足りないと思う。」

「あー、そのあたりは俺も親父に話してある。もうすぐ浦河さんと北見さんが何か情報を持ってくるはずだ。」

「え?あの人たちも動いてくれているのか?」


 俺は驚いて飛び起きながら翔にそう尋ねた。


「あぁ。警察にちょっとな。情報提供を求めに行ったらしい。」


 警察か。味方に出来ればありがたいけれど、その使い所がな。下手をすると俺たちもダメージを受けかねない。


「なるほど・・・」


 俺は情報を整理しようとして考え込んだ。


********************************


「さて・・・今までの話を整理しようか。まず、今回の一連の話は川井という人間から始まっているみたいだ。そしてどんな方法で田中と繋がったのかはわからないけれど、この田中が女子たちを何らかのネタで脅して、件のビデオに出演させる。そういう流れのようだね。」


 稚内くんから少しだけクールさが消えている。彼も苛立ちが隠せないみたいだ。


「追加ー。脅してる方法は女子の写真とかね。」


 ローザが腕を組みながら憎々しげにそう言った。


「そうだった。現時点でわかっていることはこんな感じだろう。」

「他にもあるって。小野寺先生や福島先生のこと。はっきりとはわからないけれど、何か関係があるのかもしれない。」


 実花ちゃんが更に追加情報を口にする。おいおい稚内くん。情報が抜けまくっているけれど大丈夫なのか?


「・・・確定じゃない情報だろう?今は置いておきたいと思うのだけれど。」


 稚内くんが眼鏡のツルを右掌で持ち上げている。


「ま、いいけど。頭の片隅に入れといてよね。」

「で、どうするのさ。竹中。」


 むっちゃんが大きく溜息を付きながら聞いてきたけれど、俺にだって何か策があるわけじゃない。みんなが俺に期待をするような目線を向けて来るのがツライ。


「・・・考えられる手段はいくつかあると思う。」


 俺は自分の考えを整理しながら話し始めた。


「一つ目。気乗りはしないけれど、田中をこちらに引き入れること。これだと最低限、小町の写真の在り処や、他の関係者の情報を手に入れられる。でも、正直に言えば難しいだろうとは思う。」

「それは無理でしょう。夕人にしてはパッとしない考えね。」


 ローザが呆れたように肩をすくめてそういった。


「だろうね。俺もそう思うさ。だから二つ目。田中以外の犯人を見つける。でもこれも無謀。と言うか時間が足りない。」


 俺の言葉に皆が無言になる。

 つまりは俺が八方塞がりだと言っているようなものだからかもしれない。


「でも・・・夕人なら。何かいい考えがあるんでしょ?」


 小町が今にも泣き出しそうな表情で見てきたけれど、俺には返す言葉を見つけられないでいた。


「夕人・・・」

「待って。夕人くんだけじゃなくってみんなも考えようよっ。昔の人は三人集まれば文殊の知恵って言ったよ?ここには何人いるのよ。十人もいるのよ?もっといい考えがいっぱい浮かぶはずじゃないっ。」


 環菜がみんなの顔を見回しながら大きな声でそう言った。


「これはこれは。さすがは環菜さんというところでしょうか。」


 いいタイミングで現れたのは浦河さんと北見さんだった。こんなタイミングの登場にみんな驚いたのか、呆気にとられたように二人の方を呆然と見るしかなかった。



「翔様からのご依頼の件、滞りなく進んでおります。」

「そっか。じゃ、その報告をお願いしよっかな。」


 翔は浦河さんの言葉にさも当然のように返事をして、北見さんは何かの資料の準備を始めた。


「ちょっと夕人。あの人達は誰?」


 ローザが俺に尋ねてくるのも当然だろう。彼女自身は初対面でもあったし、それに、いきなり現れたしな。


「あの人は・・・翔のお父さんの会社の人たちだよ。」

「会社の?何ていうか執事みたいだよね。まぁ、執事なんて見たことはないけれどさ。」


 たしかにスーツ姿の浦河さんはそう見えないこともないけれど、北見さんは秘書って感じだよな。すっごく仕事ができそうな人って感じがするし。


「それでは、僭越ながらご説明させていただきます。」


 北見さんは紙の資料を俺たちに配りはじめ、浦河さんが話し始めた。


「まずは翔様からご依頼のありました件です。」

「うん、頼むね。」

「はい。警察が掴んでいる情報に関してです。これは私の想像以上に捜査の手が入っているようでありました。詳細は教えて頂けませんでしたが断片的に知り得た情報からです。まず、今回の件にはある組織が絡んでいるようです。」

「その組織っていうのはもしかして?」


 実花ちゃんが浦河さんに苦笑いをしながら尋ねると、浦河さんは静かに頷いた。


「やっぱりね・・・」


 翔が溜息とともに頷いたが、ここにいた全員が同じ思いだっただろう。


「どうやら資金源の一部になっているようですね。完全に違法でありますし関わっている組織が組織ですから、証拠が揃い次第近々、大規模な捜査が入ることは間違いないようです。しかし、その時期はまだ未定とのことです。」

「そっか・・・最悪のことまで考えてお願いしたんだけれど、どうやら本格的にマズイ事態だね。」


 翔が腕を組みながら『うーん』と唸り声をあげた。


「はい。しかし、当局も詳細までは話してくれませんので・・・それから当局は被害の範囲も完全には特定できていないようです。」

「あぁ、それに関しては大まかにだけれど俺たちにも情報があるから。あとで話すけれど。親父はなんて言っていた?」

「はい。社長は警察に働きかけるべきだとおっしゃっておりましたが・・・如何せんなかなか難しいのが現状のようです。」


 浦河さんは申し訳なさそうに頭を下げたけれど、あの人に悪いことなんて何一つ無いよな。


「えっと・・・警察だったらうちのお父さんに言ってあるよ?そんなに大したことはできないかもしれないけれど。」


 むっちゃんがおずおずと自分の意見を口にした。


「え?石井さんのお父さんって警察官なの?」


 なっちゃんが驚いたように彼女の顔を見た。なっちゃんが知らないくらいだから俺達が知らないもの当然だというものだ。


「うん、まぁ・・・そんなに偉いとは思えないけれど・・・」


 それでも、心強いことには変わりない。


「そうだね、お願いしよう。ね、みんなはどう思う?」


 俺はみんなの顔を見回して意見を求めた。


「良いんじゃないかな。」


 稚内くんが首を縦に振り、それに続くようにみんなも頷いた。


「僕の父は訴訟にすべきだと言っていたね。ただ・・・裁判で証言を求められるし、例の写真も証拠として提出したりといろいろと大変なことはあるみたいだ。」

「その件に関して私からもよろしいですか?」


 北見さんが俺たちの顔を見ながら話し始めた。


「今回の件の被害者は一人ではありません。集団訴訟という方法もあります。ですが、まずはどのようにしてそこにいる小町さんを守るかということと、田中という少年から写真を取り返すのか、という点を議論するべきではないですか?」


 たしかに北見さんの言うとおり。警察やら裁判やらとなると解決には時間がかかる。それに、学内でどのようにしてこんな事件が起こったのかが全くわかっていないんだよな。


「その・・・私はどうしたら・・・」


 小町が暗い表情を浮かべたままそうみんなに問いかけた。


「小町は今まで通りで良いんだ。何も悪いことはしていないんだしな。俺たちに任せてろよ。絶対になんとかしてやるから。」

「そうそう。夕人の言う通り。小町ちゃんは私達に任せておけばいいの。それに大人たちも動いてくれるから。警察も弁護士もいるんだから、ある意味で最強よっ。」


 ローザがまるで自分のことのように自慢気に話し、小町の頭を撫でた。


「ありがとうございます。でも・・・私にもできることがあるんじゃないかって思うんです。」


 小町は気丈にもそう言って少しだけ笑みを浮かべた。


「でも・・・」


 環菜が心配そうに小町を見つめ、ローザも同じようにしていた。


「小町。お前の出番はまだだ。でも、最終的には小町の力を借りなきゃいけない。それはきっと屈辱的なことだろうけれど・・・でも、小町にしかできないことなんだ。」


 俺は絞り出すように小町にそう言ったけれど、できるならば・・・


「夕人がそう言うなら・・・私は頑張れるよ。」


 小町は俺の目をジッと見ていた。彼女の気持ちが痛いほど伝わってきて、それが逆に心苦しかった。


「夕人、どういうことなんだ?何かいい考えでも?」


 翔が笑顔で俺に話しかけてきた。


「あぁ。でも、確認したいことがあるんだ。まずはローザと村雨先輩に聞きたいんだけれど。」


 俺は二人の顔を交互に見た。それは俺の中での起死回生の考えの一つだったように思った。


「なに?今更遠慮はいらないよ。」

「そうそう。何のために私たちがここに居るのかって言うことよね。」


 二人の力強い言葉が本当に嬉しい。本当に信頼できる先輩たちだ。


「うん、ありがとう。それじゃ聞かせてほしいんだけれど・・・福島先生は川井とつながりはあったんだろうか。」


 俺の言葉に二人の先輩は顔を見合わせて考え込み、砂川さんが何かを思い出したかのような表情を浮かべた。


「んー、ごめん。私にはわからない。」


 ローザがそう口にした。村雨先輩はまだ何かを考えているようだった。


「つながり・・・とまではいかないかもしれないけれど、福島先生は私たちが入学した時は三年生の副担任だったよね。」

「そうだっ、あの先生っ、思い出したっ。」


 村雨先輩が大きな声をあげて立ち上がった。


「一体何ですか?」


 砂川さんが驚きながらもそう口にした。


「あの先生・・・川井が高校に行けるように口を利いた人のはず。それに・・・」

「それに?」


 むっちゃんが話の続きを促すように言い、村雨先輩が頷いた。


「本当に小さな噂だったの。一瞬だけ流れた話。だから忘れていたけれど・・・あの人の奥さん、スゴく若いらしいの。なんでも教え子だったとか。それで、ロリコンなんじゃないかって。」


 有り得そうな話だと思った。でも、なんとなくあの先生の女子を見る目つきを思い出すと納得できるような気もした。


「あー、あったあった。たしかにそんな話、ありましたー。」


 情報通の実花ちゃんが強く頷いている。俺は聞いたことがなかったけれど、どうやらその噂だけは本当みたいだな。実際のところはわからないけれど。


「でも、それが何の関係があるのだろうか。」


 稚内くんが外した眼鏡を手で弄びながら村雨先輩と実花ちゃんに尋ねた。


「あ・・・それはわからないけれど。」


 珍しく村雨先輩が困ったような表情を浮かべた。


「いや、繋がるのかもしれない。あくまでも仮定の話だけれど・・・川井にもその話が耳に入っていて、それで何かのきっかけで福島先生と利害が一致したとしたら・・・」

「それって、あの変態ビデオのことか?」


 ローザの言葉に俺はただ頷いた。


「仮定の話だから確信なんて何もないけれどね。それに、福島先生は映像系の知識に明るい。」

「それって、田中が持っていたあの写真も福島先生が撮ったってこと?」


 なっちゃんは『信じられない。』と言いながら俺に問いかける。


「いや、多分それはない。あの写真を撮ったのが誰なのかはわからないけれども、女の人が撮ったってことは確かだ。それも、疑いもしないような相手。俺で言えば翔みたいな。」

「おいおい。そんな時の名前の挙げられ方は嬉しくないな。でも、夕人の言いたいことはわかる。」


 苦笑いを浮かべながら俺に軽いツッコミを入れる。


「そうよ。今の言い方だとダーリンが盗撮しているみたいじゃない。しかも男子の。」

「需要はなさそうだな。」


 翔が肩をすくめる。


「いやいや。ショタコンって言う言葉を知ってるかい?俺達は微妙に外れつつあるけれど、それでも一部の男女に人気はあるらしいな。男子更衣室は。」


 稚内くんが弄んでいた眼鏡をかけながら言った。まさしく擬音は『スチャッ』って言う言葉が似合っているだろう。


「うーん・・・話がそれてるけれど、確かにそんなのもあるね。」


 なっちゃんが『あはは』と笑いながら呆れている。


「とにかく、俺が言いたいのは福島先生と川井、福島先生と小野寺先生。この繋がりがあって初めて田中にたどり着くと思うんだ。」

「待ってよ。夕人くんの中ではきちんと整理できているのかもしれないけれど、私にはわからない。ちゃんと説明してくれる?」


 環菜が右手で額を抑えながら首を軽く左右に振っている。


「そうだな。俺の仮定をきちんと整理するとだな。福島先生と川井は何らかの形でつながりがある。もちろん、教師と生徒なんて言うものではない何かだ。そして、おそらく小野寺先生は福島先生に弱みを握られている。それが何なのかはわからない。簡単なことでは脅しには屈しなそうな小野寺先生のことだ。何か余程のことなんだろうと思う。そして、小野寺先生はもっとも与し易いバレー部の子たちの盗撮を行い、それが福島先生に流れる。小町は個人的に狙われたのではなく、バレー部の子たちと一緒にいたことがあるんじゃないか?そう・・・去年の学校祭での劇の練習の時だと思う。放課後にも練習しただろう?その時、小町は着替えに行ったのを俺は覚えている。」


 俺の話をみんな黙って聞いていた。正しいのかはわからない。少ない情報の中からもっとも辻褄が合うように話を組み立てただけにすぎないのだから。


「そして田中。アイツがどう関わってくるのかってことだよな?これは浦河さんから聞いてくれ。きっと俺が頼んでいたことが役に立つと思う。」


 翔が俺の言葉に続けて、俺の仮説の穴を埋めようとしてくれていた。


「はい、私どもが得た情報ですが・・・田中という少年の家庭はかなり貧しいようです。母子二人で生きていくのが精一杯のようですね。そんな中、彼の母親はあまりよろしくないところから金を工面したことがあったようです。恐らくは仕事の関係上の行きがかりもあったのだとは思いますが。そこが今回の話に上がっている川井がいる事務所と関係しているようです。表面上、明らかな繋がりはないように装ってはいますが。」

「それって、夜の仕事とヤクザ的な?」


 ローザは真面目な表情で浦河さんに質問した。


「はい。その通りです。ですが、詳しくは言えません。母親は今回の件に関わりがないようにも思えますので。川井というのはあちらの世界ではそれなりに優秀なようですね。まだ若いにも関わらず、事務所と店舗を繋ぐ仕事をしているようです。こちらはまだ調査中ですが。とにかく、こう言ったところから川井と田中がつながっているのでしょう。田中という少年は小遣い稼ぎのつもりだったのでしょうが・・・とんでもない事をしでかしていますね。」

「小遣い稼ぎ?そんなことで小町を脅したって?あんな写真を使ってかよっ。」


 俺は腹が立って仕方がなかった。だってそうだろう?俺達の・・・いや、俺の大切な友達なんだよ。そんな小町があんなクソ野郎のせいでこんなヒドイ目に合わされるっていうのかよ。


「夕人さん。納得できないとは思いますが、世の中のゴミというのはこういうものの集まりです。もちろん、私も許せません。私も娘がいますので。彼には社会的な制裁が必要でしょう。しかし、彼は十六歳未満。法律の壁があります。」

「少年法・・・」


 稚内くんの言葉に浦河さんが頷く。


「その通りです。刑事処分にはならないでしょう。おそらくは家庭裁判所で更生のための処置が下されることになると思います。納得はいかないでしょうが・・・やむを得ません。」


 浦河さんは怒りを押し殺したようにそう言ったけれど、納得しろって言う方が無理だ。


「けれど、家庭裁判所から検察に逆送致ってこともありますよね。」


 稚内くんが持っている知識を惜しげもなく披露してくれる。翔ならともかく、俺にはこんな知識はない。


「逆・・・装置?なにそれ?」


 実花ちゃんが首を傾げている。俺だってそうだ。ただ、わかったようなふりをしているだけだ。


「逆送致とは家庭裁判所が検察から送致された少年を調査した結果、刑事処分を相当として検察に送致することを言うんだ。はっきり言ってあんまりないのだけれど。それこそ、人でも殺さない限りは・・・」


 稚内くんが恐ろしいことを淡々と口にする。


「つまり・・・田中はあまり痛い目に遭わない。そういうこと?」

「いえ、そんなことはありません。十分に社会的制裁は受けます。一生付いて回ることになるでしょうから。家裁送りと言うものは。」


 みんな無言だった。確かに小町が受けている被害は大変なものだ。けれど、法律的には恐喝。これしかないんだ。


「でも・・・これで全てが繋がった・・・んだよね?」


 環菜が悔しさからなのか涙目になりながら俺に聞いてきた。


「仮定・・・だけれど。」

「あのさっ、今の話だと小野寺先生も犯人の一人ってことなの?」


 ローザが信じたくないと言った表情で俺の肩をガシッと掴んでくる。


「俺の仮定だと・・・そうなってしまう。」

「そんなことあるわけがない。夕人の考えは間違ってるっ。」


 ローザは立ち上がって部屋から出ていってしまった。よく考えてみたら当然だ。ローザや村雨先輩にとっては恩師なんだ、小野寺先生は。


「ごめんね、夕人くん。申し訳ないけれど私にも信じられない。あの先生がそんなことをするだなんて信じたくない。」


 村雨先輩はそう言い残してローザの後を追っていってしまった。


「夕人・・・いいのか?」


 翔は俺のことを心配してくれているのだろう。


「いいんだ。自分が言ったことだ。違ったならむしろそれで良いんだ。なぜなら小野寺先生をこちら側に引き込めるんだから。」


 俺は自分が口にした言葉に責任を持たなければいけない。だからこそ、簡単にはこの考えを引っ込めることはできなかった。


「そうか・・・どちらにしてもツライことになるかもしれないな、お前にとって。」


 翔がどういう意味でそう言ったのか。その時の俺には理解できていなかった。


「明日は学校で女子バレー部の練習があったはずだよな。だから、当たってみようと思う。直接。俺が・・・やらなきゃいけないと思うから。」

「私が行く。」


 小町が小さな声であったけれど、そんなことを言い出すとは思ってもいなかった。それは誰も予期していなかった言葉だった。


「ダメだ。」

「そうよ。だめよ。」

「でも・・・」


 俺と環菜に立て続けに反対されたことで少し凹んだみたいだ。


「私も賛成できません。そもそも夕人さんの提案も少々時期尚早と思われます。夕人さんの仮説が正しいのであれば、その小野寺先生という方も簡単には身動きは取れませんし、逆に情報が漏れる可能性も否定できません。ですから、もう少し外堀を埋める必要があるのではないでしょうか。」

「けれど・・・どうしたらいいんだよ。」


 浦河さんの言う事はわかる。でも、何かをやらなければ何も変わらないんだ。


「私に一計がございます。」


 浦河さんは表情を変えずに俺達の顔を見回して言った。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


かなりおぞましい内容の話になっています。

現実に自分たちの身の回りでこんな事件が起こっていると考えると・・・苛立ちと歯がゆさ、怒りが湧いてきます。

それに、明らかに夕人たちのような子供には手に負えない話になってきています。


中学生がいろいろな出来事を解決していく痛快ストーリーっていう感じのお話もどこかで見たことがありますけれど、現実には不可能でしょうね。

だから、夕人たちは途方に暮れているのです。


それでも何かできることはないのか。

足掻きにも似ている彼らの苦悩はもう少し続くことになりそうです。

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