見えない尻尾を掴むために
今回の話は長めになっています。
話が良い方向に進んでほしいものです。
翌日の夕方。
俺達は全員とはいかなかったけれど翔の家に集まっている。
ここは応接間っていうのか、客間っていうのか。とにかくまだ俺の知らない他の部屋があったのかとそう思わせた。
「さーて、じゃ、それぞれの成果から発表していきましょうか。」
まずは実花ちゃんが元気よく切り出してきた。
「じゃ、実花から頼むよ。」
今日ここに集まれたのは俺に実花ちゃん、そしてなっちゃんと環菜。
砂川さんは『会長と副会長の二人が同時にいないときに、私までいなくなったら大変でしょう』と言って留守番というか、生徒会の運営の方に専念してくれている。しかも、自分が手に入れた情報をまとめて俺にあらかじめ渡してくれていた。
「おっけーよ、えっとね。田中がよく現れるゲーセンがわかったよ。大通とススキノの間くらいにあるゲーセンみたい。名前まではわからないけれど大通にある丸井の近くって言ってたから、近くまで行ったらわかるんじゃないかな?そんでね、情報をくれた子が言うには見かけたのは土曜日なんだって。ちょうど明日だよね。行ってみる?」
なるほど。この近辺のゲーセンには出入りしていないかもしれないのか。街中っていうのはちょっとやっかいだよな。危ないやつも多くなるかもしれないしさ。あ、でも、そういうところだから出入りしたりするのか。
「行くか行かないかはこのあとで考えよう。ただ、俺達がいくとちょっと問題があるかもしれないな。顔が割れているし、誰か頼める人とかいないもんかね。」
確かに、翔の言うように俺たちのうちの誰かが行くと顔バレしてしまって警戒されてしまうかもしれない。明日までに何か手段を考えないといけないな。
ふーむと独り言のように唸っていたところで環菜が次に話し始めた。
「じゃ、次は私ね。小野寺先生と藤田先生の事をそれとなく探ってみたの。とはいっても、堂々とできるようことじゃないからテンプレート的なことしか調べられなかったけれど。小野寺先生はうちの学校に来て四年目。以前はもうちょっとガラの悪い学校に赴任していたみたいね。そして、以前の学校でもバレーボール部の顧問をやっていたみたい。これは本人に聞いたから間違いないよ。藤田先生の方はこの学校に来て五年目。もしかしたらそろそろ移動かもって話は聞いたことあるけれど、どうなのかな?とりあえずはこんな感じ。」
環菜が先生のことを調べてくれた。これは今後どうやって取り込んでいくかっていう計画が練る時の参考になるはずだ。ただ、とりあえずは優先度の高い情報ではなさそうだ。
「なるほどな。どちらの先生を味方に取り込むべきなのか、そのあたりを考えていかなきゃいけないな。」
翔が頷きながら俺に同意を求めてくる。俺は軽く頷いてはおいたものの、この情報だけでは判断できないだろうなと考えていた。
そう考えながらチラッと環菜の顔を見た。彼女は少し小さめのため息を漏らしていた。
「それじゃ、次は俺かな。俺は生徒会持っているの資料の中から田中について調べてみた。田中は母子家庭の一人っ子。田中が幼い頃に両親が離婚していて、そして母親が親権を得たみたいだな。普通は金銭的に安定している親が親権を得ることが多いらしいから・・・これは一体どういうことなんだろうな。そこまでの事ははっきり言えばわからない。で、その田中の人柄と言うか、小学生の頃の話だ。どうやら、おとなしくてあんまり目立つような子じゃなかったらしい。まぁ、今も目立つ方じゃないよな。はっきり言えば俺や夕人のほうがよっぽど知名度も高いし目立ってるだろうから。」
そう言いながら翔は肩をすくめてみせた。
「あー、翔の場合は悪名も馳せちゃってるからねぇ。」
実花ちゃんが眉をひそめてそう言い、環菜がクスッと笑った。
「ん、誰か笑ったな?ま、笑われても事実だから仕方がないけれどさ。そんで、友人関係については全然わからなかった。それというのも学内ではそんなに親しくしている友人はいないみたいだな。ただ、アイツも体操部の部長だからさ。そのあたりとの付き合いくらいはあるだろう。すまん、こんなところだ。」
翔のやつ。生徒会の持っている資料って言っていたけれど、そんな個人情報をどうやって手に入れたんだ?俺が知っているような資料にはなかったぞ?
それぞれが話してくれた情報を頭の中で反芻し始めようかとしたところでなっちゃんが口を開いた。
「じゃ、私も。えっと、杉田くんと一緒に放送委員会管轄の機材のチェックをしてみたの。そうしたら、残念ながら幾つかの機材が見当たらなかった。これは放送委員会の管理がズサンだったっていうのもあるかもしれないの。もちろん、放送室にあるものはそう簡単に持ち出せるワケがないの。だから、現役のっていうか、今メインで使っている機材は基本的には無事だった。それでね、物置みたいな部屋があるの知ってる?いろんな委員会が共同で使ってる荷物置き場的な部屋なんだけれど。そこにあったちょっと古めの機材の一部が無くなってたの。無くなっていたのはそう新しい物ではないけれど一眼レフのカメラ、それから八ミリのビデオカメラ。それから三脚と遠隔シャッタースイッチ。ほら、よくカメラマンの人が使うあの紐みたいなやつのことね。最初にも言ったけれど、私達の管理が雑だったっていうのもあって・・・ある程度誰でも持ち出せたとは思うの。だから、今回の件と関係があるのかまではわからないの。ごめんね。」
なっちゃんが機材について調べてくれたおかげでさらに情報を得られた。行方不明の放送委員会の一眼レフカメラを探せば何かがわかるかもしれないんだ。とは言ってもいつなくなったのかもわからないとなると・・・まるで雲をつかむような話だけれど。
「あ、一つ聞いてもいいかな?」
俺はなっちゃんの報告に追加の情報を求めようとした。
「うん、もちろん。」
「聞きたいことは二つ。無くなったのはいつかってことと最後に機材のチェックをしたのはいつか。これがわかれば無くなった時期が特定できるかもしれない。まぁ、あまり意味がないかもしれないけれど、今回の件と関係があるのかどうかを判断する一つの材料になると思うんだ。」
俺の言葉に翔は『なるほどな。」と言って頷いていた。
「えーっと・・・基本的には放送室内の機材のチェックは毎月末にするの。でもね、備品室のチェックは半年ごとくらいだから・・・前回のチェックは三月かな。半年近くも前だね・・・」
なっちゃんが申し訳なさそうに俺の質問に答えていたけれど、なっちゃん自身には何の落ち度もないはずだ。
「いや、ありがとう。ということはどの機材も比較的最近に失われたってことになるよね。まだわからないけれど、今回の件と関わりがある可能性は捨てきれないってことだ。」
なっちゃんは『そうだね。」と少し落ち込んだ感じで返事をしていた。俺の言い方がきつかったのかもしれない。
「じゃ、最後は夕人だな。」
翔に促されてまずは砂川さんから預かった情報を話していく。
「砂川さんからの話なんだけれど。生徒会自体には今回みたいな被害の情報はなにもないっていうこと。それから・・・何々?保健室カメラはなかった?えーっとそういうことらしい。」
なるほど、保健室ね。ここもある意味狙われやすそうな場所ではあるな。無防備になりがちな場所だから。それに生徒会に被害情報が上がっていたなら俺の耳にも入るはずだけれどな。
「砂川さんは女子からの意見や要望を受け付ける係になっているからな。俺や夕人が知らない話を知っている可能性があったんだけれど・・・」
翔の言葉でやっと納得がいった。そういうことか。だから、敢えて『生徒会には』という言い方をしたわけか。
「なるほどな・・・なっちゃんが調べてくれた場所と砂川さんが調べてくれた場所。これで、盗撮なんていうふざけた行為が行われそうな場所はチェックできたってことになるのかな。」
「ま、俺たちには出来ないからな。」
翔がフゥッと息を吐きながらなっちゃんの表情を伺っている。彼女も納得しているようで頷いていた。
「それじゃ、次は俺の話だな。」
そう言って俺は昨日の夜の話を始めた。
ローザと村雨先輩、それにローザのお父さんが協力してくれるっていう話。それから俺達はかなり危ない橋を渡ろうとしているかもしれないっていう話だ。
前半部分はみんな、すごく好意的に受け入れてくれた。念願の大人の協力者を得られたということに。
そして後半の話は翔以外の全員がハッとっした表情を浮かべて聞いていた。俺も予め話はしたけれど、予想が甘かったかもしれないのだ。
そして、翔がやれやれとでも言いたげな表情を浮かべて言ったのだった。
「まぁ、俺は初めから分かっていたけれどな。でも、確かに危険だろうな。俺の親父も似たようなことを言っていたよ。」
そう、翔が言うように危険かもしれないんだ。もしかしたらあの、川井さんよりも厄介な相手かもしれないんだからな、田中っていうやつは。
「で、夕人はどうすんの?やめるの?」
実花ちゃんが真面目な表情を浮かべて聞いてきた。
「馬鹿いうなよ。やめるわけ無いだろう?でも・・・女の子たちには少し距離をとってほしいなと思ってる。だって、同じような被害に合うかもしれないんだぞ?」
そう、俺があえて触れないようにしていた部分。もしかしたら既に写真を取られているかもしれないっていうこと。
「それは私も考えたよ。でも、今のところ何もないわけだし。それにこの話を聞いていたおかげで注意深く行動できるようになったから、私はそれでいいのかなって思ってるけれど。」
実花ちゃんの代わりというわけではないんだろうけれど、環菜がそう答えた。
「私は学校内の女子更衣室を一通り調べたの。それから一応、女子トイレもね。でも、残念ながらっていうかありがたいことにというか空振りだったの。盗撮カメラなんて設置されてなかった。」
なっちゃんの言葉に俺は何か引っかかるものを感じた。けれども、それが何なのかわからない。ここまで出かけているのに・・・一体何に違和感を覚えたんだ?
なっちゃんのことだから、俺たちなら見落としそうな小型カメラのことも調べているのだろう。それなのに、何かが足りないというよりも何かがおかしいという思いが俺の心の中に湧き上がってくる。
「どうした?夕人。何か気がついたことでもあったのか?」
「いや・・・なっちゃんの話を聞いて何か腑に落ちないっていうか、そう思ったんだ。」
俺は頭を掻きながら渋い表情を浮かべてそう言った。
「え、もしかして私の調べ方が甘いんじゃないかとか、そういうやつかな?」
なっちゃんが申し訳なさそうに言ったが、そうじゃない。そういうことじゃないんだ。
「いや、そうじゃない。俺なんかよりもずっとカメラのことに詳しいなっちゃんにそういう思いを抱いたわけじゃないよ。そういう事じゃなくってさ・・・なぁ、なっちゃん。なっちゃんは放送委員として色々な場面で写真や動画を撮ったりするよな。そのときって何に気をつけたりしてるんだろう?」
俺はモヤモヤした気持ちを振り払えるかもと考えて、漠然とだけれど疑問を投げかけてみた。もしかしたら、なにかのヒントになるかもしれない。
「え?そうだねぇ。私はみんなの邪魔にならないようにするよ。あと、自分が写り込まないようにとか。」
違う、撮影の時のテクニックとか、そういうことじゃないんだよな。もっと根本的な・・・あ、そうか。わかったぞっ。
「わかったっ。俺の感じた違和感の正体が。」
俺は思わず大声を出してしまった。どうしてかすごく大切なことのような気がしてならない。
「教えて、夕人くん。」
環菜に先を促され、頷いて話を始めた。
「あのさ、なっちゃんは撮影のときに腕章とかしてるよね、放送委員って書いたやつ。」
「うん、してるよ。」
「それってみんなに存在を知らせるためだよね?でも、よく考えてみてよ。そんなものがなくてもすぐに分かるんだよ、撮影クルーってさ。」
俺の言葉に翔が『なるほど、そういうことか。』と呟いた。
「そうさ。翔は気がついたよな?俺達みたいな一般人は撮影クルーのような立派なカメラやビデオなんて持ってないんだよ。持っているだけで周りの人間に気が付かれるんだから。」
俺は自慢げに自分のひらめきを口にした。
「でも、それがなんだっていうの?そんなの当たり前のことでしょう?」
実花ちゃんは首を傾げながら俺の目を見ている。
「いいか?なっちゃんがカメラなんかを持っていても普通だって思うのは、それはイベントのときだからさ。そして、さらに言えば俺達は彼女が放送委員だって事を知っているからさ。でも、よく考えてみてくれよ。普段の学内でそんな目立つような感じで大きめのカメラを持っているやつを見たらどう思う?何でアイツそんなものを持ってるんだ?ってならないかってことだよ。」
そう。言うなればとても目立つ格好をすることになるわけだ。それにも関わらずに何の疑問を抱かれずに写真を撮ったりすることができる人間。それは誰だ?ってことになってくるはずだ。
「あっ、そっか。全然気が付かなかった。どうしてそこに気が付かなかったんだろう。」
環菜が手を打って俺の考えに同意してくれる。そして、頷きながら翔が俺の考えについて補足していく。
「夕人の言う通りだよな。俺も気がついてなかった。つまり、こういうことだよな?写真を撮った実行犯、いや実行犯かどうかはこの際、一旦置いておこう。とにかく、カメラを仕掛けた人間は学内でそういったものを持っていても疑問に思う人が少ない人間ってことになるわけだよな?」
そう、俺が言いたかったことは正にそのことだ。
「だからさ。そうなると必然的に絞りこめるんじゃないか?なっちゃんには申し訳ないけれど、放送委員の奴らとか。」
「当然そうなるよね。仕方がないと思うよ。」
俺の言葉になっちゃんが目を伏せる。責めているわけじゃない。ただ可能性の話をしているだけなんだ。
「夕人、そう言うなよ。確かに可能性はゼロじゃない。でも、決めつけるのは駄目だろう?」
翔が俺の方を軽く叩いて俺の勇み足を止めてくれた。
「その通りだ。ごめん、なっちゃん。言い方が悪かった。」
「ううん、いいんだよ。きちんと可能性を上げていかないといろんなことが有耶無耶になっちゃうから。」
なっちゃんは笑顔で俺の失態を許してくれた。俺、かなり焦ってるのかもしれないな。
「待って待って、今の夕人くんの話だと他にも可能性のある人がいるよね?」
何かの可能性に思い当たったのか環菜が苦しげな表情を浮かべてそう言った。
「他にも?」
実花ちゃんは腕を組んだまま考え込んでいる。
「そうさ、さすがは環菜。」
翔が強く頷いた。俺は大きくため息を吐き、環菜の問いかけに答えることにした。
「先生・・・だろ?」
俺としてはこの可能性だけは考えたくなかった。でも、なっちゃんの話で感じた違和。それはきっとここにも繋がっていたんだ。
「待ってよ、先生?それって、よく写真を撮ったりしている先生ってこと?」
「あぁ・・・そうだよ。」
俺もこんなことを言うのは心苦しい。そして可能性だけの話だけれど、少しずつ答えに近付いているような気がいた。それにも関わらず、どんどん悪い話になって行く気もする。
「夕人、誰のことを考えていた?」
翔が厳しい目つきで俺の顔を覗き込んで尋ねた。
「小野寺先生だ・・・」
「そうなってしまうよな。しかも小野寺先生は女性だ。女子更衣室に入ることだって全く難しいことじゃない。」
翔が大きくため息を吐いた。それははっきりと俺と同じ考えを持ったという証拠だったのかもしれない。
小野寺先生は何かのイベント時には率先して写真撮影係をしていた記憶がある。俺たちの学年の担任や副担任でもない先生なのにもかかわらず、俺には写真をよく撮っている小野寺先生の記憶がある。
つまり・・・小野寺先生がカメラを持って歩いていたとしても、生徒たちは全く疑問に思わない可能性が高いっていうことになる。
「小野寺先生は体育委員会の顧問だよ・・・」
環菜の一言で更にこの場の空気が重たくなる。
「あぁ、女子バレー部の顧問で体育委員会の顧問。そして女性。あまりにも条件が揃いすぎだ。」
俺は自分でそう言ってから本当にそう思った。
条件が揃いすぎている。あまりに俺たちにとって都合が良すぎるんじゃないか?
けれども、小野寺先生と田中との関係性が全くといっていいほど見えてこない。俺たちにはわからない接点があるってことなのか?それとも、俺たちの考えが間違っているのか。
その判断をつけるには情報が足りていないように思わざるを得ない。
「ちょっとちょっと、何を勝手に納得してんのよ?確かにその可能性はあるよ?でも、まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」
実花ちゃんは俺達の考えを否定したわけではない。ただ、慎重に考えろといっているんだ。
「そうだな。あくまで仮定の話だしな。下手な先入観は自分の目を曇らせる結果になりかねない。実花の言う通りだ。」
翔は天井を仰ぎ見るようにしながらそう言っていたが、もう既に決着が付いてしまったような、そんな気すらしてくる。これが翔るの言う『目を曇らせる』っていうことなのかもしれないけれど。
「確かに小野寺先生はイベント事で写真を撮ったりしているけれど、それは若い先生だからって言うことじゃないの?ほら、他の先生だって写真は撮ったりしているじゃない。」
なっちゃんが小野寺先生のフォローに回っているけれど、今の俺達の考えを覆すほどのものじゃなかった。
「そうかもしれないけれど、可能性の一つとして考えなきゃいけないと思う。」
翔の一言で決まってしまった。
みんなどこかでそうではあって欲しくはないと思っているのは確かだ。だから、しっかりと調べないといけない。それが今の俺たちにできる唯一のことなのだから。
「突然で悪いんだけれど・・・ローザ先輩のお父さんって、どんな仕事をしている人なのかな?」
いきなり環菜が俺に尋ねてきた。大きく話を変えるような質問だ。そうは思うけれど環菜のことだ。何の意味もなく話を変えてくるはずがない。
ただ、俺だって詳しく知っているわけじゃないんだ。ローザから聞いた話くらいしか知るわけがない。
「車屋さんって聞いた。車の修理とか中古車の販売とか。そういった感じらしい。」
「へぇ、そうなんだね。」
環菜の質問にどんな意味があったんだろう。何か意図のある質問だったはずなのに、それ以上のことは聞いてこない。当の環菜は俺の言葉を聞いて少しだけ考え込むような素振りをしている。
「どういうことさ?」
「ううん。ちょっと気になっただけ。何かなぁ・・・よくわからないけれど・・・うーん・・・」
そう言ってまた考え込み始めた。俺には何に対してそこまで気になっているのかくらい教えて欲しいところだったのだけれど、話を先に進めるほうが大切だろうと思った。だから、この時はその程度にしか気に留めなかった。
「さて・・・これからどうするべきだろう?」
みんなの顔を見渡すようにして尋ねたのだけれど、みんな俺の顔を見ているだけだった。
「・・・俺はまず、田中の交友関係を調べるべきだと思うんだ。誰と接触するのか、それがわからないと対策を立てようもない。」
そんな俺の言葉に翔が頷いた。
「そうだな。夕人の言うとおりだとは思う。けれども、小町のことはどうする?まさか、このまま放っておくわけにもいかないだろ?」
「放っておくつもりは毛頭ない。でも、できることからやらなきゃ駄目だろ?」
そんなことを翔に言われなくたってわかってる。俺がなんとかしてやるって約束したんだからな。
「ま、それはわかってるって。翔だってわかってて聞いてるのよ。夕人くんがどうしたいのかって事をね。」
実花ちゃんがわかっていることをイチイチ言い直してくる。そんな必要もないのに。
「そうだな。とりあえずは明日、俺がゲーセンに顔を出してくる。悔しいけれど今日はもう塾に行かなきゃいけない時間だし、俺の代わりに行ってもらう人も今からじゃ見つけられないしさ。」
時間は既に十八時を過ぎている。少し急がないといけない。
「夕人くんが一人で行くの?夕人くんだって田中に顔を知られているじゃない。」
なっちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
確かにその通りなんだけれど、俺の代わりにそんなところに行ってもらえる人間に心当たりがない。信頼できる上に田中に知られていない人間なんていないんだ。
「あぁ、一人のほうが身軽だし。目立ちにくいだろう?それに、さっきも言ったけれど、適役がいないように思うんだよ。」
一人ならなんとでもなる。いざとなれば走って逃げればいいしな。ゾロゾロと何人かで言ったほうが怪しまれると思ったんだ。
「それなら俺も行くさ。夕人一人で何かがあったらどう対処するんだよ。」
「翔くん・・・それはいい考えだと思う。でも、ムリだよ。翔くんじゃ夕人くんの足手まといになるかもしれないから。」
環菜が翔の提案を静かな声で却下した。そのあまりに冷静な言い方になっちゃんがとても驚いていた。
「何でだよ。俺なら夕人の考えを読んで行動することだってできる。夕人だって動きやすいはずだろ?」
「翔・・・あんた、環菜の言っていることがわからないの?あんたはさ、運動神経ゼロじゃん。いや、すっごい勢いでマイナスかも。もし厄介な事態になったときに走ったりできないでしょうが?」
実花ちゃんが呆れたような表情を浮かべて溜息をこぼした。おそらく、環菜が言いたかったこともそのことなんだろうけれども、実花ちゃんがいうとすごく厳しい言い方だな。それにも関わらず何一つ文句を言わない翔は、やっぱり自覚しているんだろうなぁ・・・
「あ・・・そういうことか・・・すまん夕人。俺は足手まといなんだそうな。」
翔は大げさに嘆きながら俺の両肩をガシッと掴んだ。まぁ、足手まといとは言わないけれどさ。翔の頭脳はいつだって当てにしているから。ただ、こういった手段を選んだ以上、翔の能力を活かしきれない可能性が高いよな。
「ん、いや・・・まぁ、そうかもな・・・」
「お前までそう思ってたのか?俺は・・・悲しいぞ。」
全く大げさだなぁ。お前は家で作戦でも練っていてくれたらいいんだ。
「違うさ。お前の頭脳を当てにさせてくれ。行動係は俺だけで十分だ。」
俺が翔にそう言ったのとほぼ同時に他のこの声が聞こえた。
「私が一緒に行くよ。」
その声にみんなが驚いた。ゲーセンなんて場所に最も似合わなそうな環菜がそう言ったからだった。
「環菜が?大丈夫なの?」
なっちゃんが心配そうに環菜の顔を見ている。目が大きく見開かれているのは相当の驚きもあったからに違いない。
「大丈夫よ。私は運動神経もそう悪くはないし。まぁ、小町やローザ先輩なんかと比べられちゃうと困るんだけれど。それに、何かの時に連絡を取れるように二人でいたほうがいいでしょう?」
確かにその通りだ。もう一人いてくれたほうが心強いことは確かだ。それに環菜がいてくれたならば心強い。環菜は冷静な判断をしてくれそうな気もするし、なんと言っても信じられる。
でも、女の子をゲーセンなんてところに連れて行っても大丈夫なんだろうか。万が一、何かあった時にきちんと対処できる自信がない。
「いいでしょ?夕人くん。」
環菜が俺の顔を見つめてくるが、簡単に答えを出せない俺は翔に助言を求めるように視線を送った。
「ん・・・環菜だったら・・・大丈夫なのかな?どう思う?」
翔も困ったようにして、さらに実花ちゃんにアドバイスを求める。
「え?それをあたしに聞く?」
俺と翔は同時に無言で頷いていた。
「ん〜、あたしとしての考えだよ?だから、これが正解なんて思わないでほしいんだけれど・・・」
そう言いながら俺と環菜の顔を交互に見つめて、ハァッと軽く息を吐いた。
「夕人くんとローザ先輩に行ってもらうのがいいかなって思ってたよ。あの人だったらいざっていう時にいろいろと頼りになると思うし、何ていうか、そういう場所とかにも詳しそうな気がするの。でも、ローザ先輩は部活とかで忙しいだろうから急にこんな話をしてもムリだと思うのよね。それに、こういうことをする時ってお互いの相性っていうものがあると思うのよね。ほら、翔と夕人くんみたいに以心伝心的なところがある人同士じゃないとね。だから、夕人くんがどうしても行くって言うなら・・・環菜か・・・なっちゃんがいいとは思うの。」
実花ちゃんはうーんと唸りながら、更に腕を組んで考え込んでいる。最良の手ではないけれど、二番手三番手を考えてみた、と言いたげにしている。
「私はいいよ。夕人くんが来て欲しいって言うなら。」
なっちゃんは実花ちゃんの言葉を聞きながら考えていたのだろう。そう言ってくれた。
「いや、なっちゃんには別のことをやってもらいたいんだ。砂川さんと協力して小野寺先生の事を調べて欲しい。彼女となら先生と接触しても何も疑われないし。もし・・・小野寺先生が関わっているなら、カメラもあの人の近くにあるかもしれない。だから、学校祭の打ち合わせと称して接触してほしいんだ。そしてこう小野寺先生に言うんだ。『学校祭のことでお願いがあったんだけれど、委員長の青葉さんが休んでいるので先生に相談に来ました。』って。そう言えば断れるわけがないし、砂川さんと一緒に先生のところに訪ねても問題はない。あと、小町の名前を出してどう反応するかを二人の目から見てほしいんだ。そして・・・考えすぎだとは思うけれど・・・」
そうさ・・・考えすぎであって欲しいんだ。できることならば。
「なに?」
なっちゃんは真面目な表情で俺を見つめている。
「他の先生の言動にも目を配って欲しいんだ。」
「どういうこと?」
なっちゃんは俺が意図したことをはっきりとは理解できていないみたいだ。ここにいる仲間の中では翔だけが小さなため息を漏らしていた。つまり、翔だけが俺の言いたいことを理解してくれた、そういうことなのかもしれない。
「つまり、こういうことさ。夕人が言いたい事は小野寺先生にカマをかけるだけじゃなく、他の先生にも同時にトラップを仕掛けるってこと。で、そのトラップについては・・・考えてあるのか?」
翔はそう言って俺に話の続きを促してきた。なっちゃんは『なるほどね・・・』と小さく口にしていた。
「うん、考えてある。というより考えた。良策ではないように思うんだけれど・・・」
思いつきで二人に行動させる訳にはいかない。きちんと考えなければいけないのだけれど、俺にはこのくらいの策しか浮かんでこなかった。
「話してみてくれよ、夕人。」
翔が腕を組んで軽く頷いた。なっちゃんも同じように頷いていた。
「うん、じゃ、聞いてくれよ。俺の作戦は、『放送委員は人数が少なめだから、手伝ってもらえないか。』っていうことだ。実際、小町を含めて体育委員は身軽なやつが多いからな。意外とそういうことに向いているじゃないか、とか言って納得させるんだ。こう言えば小野寺先生だって二人の提案を邪険にはできないだろうし。簡単に申し出を断るわけがないと思うんだ。そして次の段階だ。二人で小野寺先生に放送機材が置いてある物置部屋へ一緒に行こうと言う。そこで放送機材がなくなっていることを知っていれば、何らかのリアクションをするかもしれない。もし何もリアクションがなかったとしたら・・・その時は『機材がいくつかなくなっている。』とでも言ってなっちゃんが小野寺先生に伝えたらいい。それだけで十分な牽制になる。」
「はぁ・・・どうして?それに、なんだか回りくどいように思うけれど。」
なっちゃんは眉間にシワを寄せながら俺に聞いてきた。
もちろん、回りくどいとは思う。けれど、直接的に責めることが出来ないのならば誘導していくしかないわけだ。
「いいかな?大事な点は二つなんだ。まず一点目。もしも、無くなった機材であの写真が撮られたと仮定した場合だ。そうして撮影者が小野寺先生なら驚いてみせるはずだ。なぜなら、今までノーチェックだった備品室のカメラを突然チェックし始めたからだ。そして、実際には盗難事件のようなことにもなるわけだから、職員会議で取り上げざるを得ない。さらに言うなれば、今回は小町の名前も挙がっているからなおさらさ。」
ここで、一旦言葉を切る。俺の言っていることに間違いはないはずだ。でも、この考えには大きな穴があると言わざるを得ない。
「でも、相手が一枚上手なら、もしくは逆にあまりにも間抜けなら・・・何の反応もないってことになる。」
そう。大きな穴というのは小野寺先生がどんな反応を見せたとしても、今回の件に関わっているという決定的な証拠には全くならないということだ。
「そうだな。自分が使ったカメラが放送委員会のものだと知らない。または、知っていてとぼけた場合。だよな。」
翔がわかりやすく説明し直してくれた。俺は無言で頷き、話を続けた。
「そしてもう一つ。今の話を職員室でこの会話をすることで盗難事件の発生を知らせることもできる上に事実の隠蔽もできなくなるんだ。そして、もしも、他の先生たちのうちの誰かがこの事件に関わっていたなら、おいそれとは放送委員会の機材を使うことはできなくなる。つまりは、これ以上の被害を食い止めることができるかもしれない。それどころか、持ち出した誰かがスキを見て元の場所に機材を戻そうと画策するかもしれない。」
だいたいこれでいいはずだ。どちらにしてもカマをかけてみて、それに釣られるような事があればラッキーと言うような考えだけれども、やらないよりはマシなはずだ。
「なるほどっ。よくそんなことを考えつくね。」
なっちゃんの表情がパァッと明るくなる。理解してくれて嬉しいけれども、素直に喜べない。これは先生たちの中に犯人がいるっていう可能性を踏まえての考えなのだから。
本当のところは、この作戦を行わなくてはいけないという時点で最低の状況なんだ。
「夕人くんって・・・こういうことを考えるのが得意なのかな?」
実花ちゃんもしきりに感心している。
「そんなことは無いさ。ただ、思いついただけだ。そして、翔に実花ちゃん。二人にも頼みがあるんだ。」
二人の顔を見ながら俺は別の提案をぶつけた。
「二人には日高さんと協力して学内の他の被害者の情報を掴んでほしい。実花ちゃんは得意の情報収集スキルを活かして。翔はイヤかもしれないけれど例の親衛隊。あのあたりを上手く使ってみてほしいんだ。時間がないし、俺達には人手も目も・・・何もかもが足りていない。」
俺の提案に翔と実花ちゃんは力強く頷いてくれた。
「わかったよ。なんとかしてみる。翔の方もきっと大丈夫よ。」
「そうだな。やれるかどうかはわからないけれどなんとかしてみる。」
そんな様子を環菜はジッと見ていて、そしてこう切り出してきた。
「むっちゃんと稚内くんには何をお願いするの?」
「あの二人には集まった情報を冷静に考えてもらおうと思うんだ。あくまで中立の目で。だから、どこかの現場には顔を出さないほうがいいと思う。ほら、人間って言うのはどうしても自分が見たものを信じちゃうからさ。稚内くんは俺達には気が付かないようなことに目を向けてもらいたいし、むっちゃんには・・・最終兵器になってもらおうと思ってるから。」
俺の言葉にみんなが一様に驚く。
「最終兵器?稚内くんのことはわかるけれど、むっちゃんが?」
なっちゃんが自分の親友のことをそう呼ばれて驚いている。最終兵器彼女。ん、なんか面白い響きだけれど、兵器なんて言ったらむっちゃんは怒るだろうな。
「そうさ。この中では俺とむっちゃんの距離が一番遠いと思うんだ。むっちゃんが何かの行動をしたところで、簡単には俺が関わっているとは思われないだろうし。それに、何と言っても彼女はすごく冷静に、そして客観的に物事を見る力があると思うから。」
この言葉には根拠があったわけじゃない。けれどもそう感じた。
本当なら俺たちを頭脳派と行動派に分けることが出来て、そして参謀になれるような指揮官みたいな人がいてくれたら一番いいんだ。
ただ、今のメンバーには頭脳派が多すぎる。小町がいてくれたら俺と一緒に行動派に加わってもらうのだけれど今回ばかりはそうもいかない。
オールマイティの環菜に頑張ってもらう。そういうシナリオを描こうとしていたのだった。
「よし、夕人が考えた作戦ならきっと大丈夫だろう。それぞれが明日から行動して、また土曜日に打ち合わせをしよう。夕方に俺んちに集合だ。いいかな?」
翔がその言葉で今日の会議は終了となった。
でも、俺には未だに一抹の不安があった。
どうしても何かを見逃している気がしてならなかったんだ。
小野寺先生はたしかに怪しい。
けれども、田中との接点が見当たらない。あの熱血先生が田中なんかに協力する理由がわからない。
あの二人をつなげる点。これが全く見つからないことが不安の原因なんだと思う。
いや、焦っても仕方がない。できることからやっていくしか無いんだ。
そう言い聞かせてみたところで心の中の問題は何も解決しない。
それに、みんなは俺の呼びかけに応じて動いてくれている。
一人では不可能なくらいに情報も集まったし、対策を打てている。
そうさ、少しずつ追い詰めていっているはずなんだ。
小町が言っていた期限は来週の週末。
それまでにまだ見えてこない田中の尻尾を掴まないといけない。
だから、焦るなという方がムリなんだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
参戦会議を御覧頂いた形になります。
夕人が参謀で、指揮官で、実行部隊と言った感じですね。
翔は副参謀?そんな立場あるのかはわかりませんけれど。
夕人が環菜のことをオールマイティと言っていましたね。
確かにその傾向はあるかもしれないです。
環菜は夕人に似ているところがあるので。
ただ、夕人と環菜の見ている世界は少しですけれど違うものです。
だからこそ、環菜は夕人に意見が出来たり、何かに気がついたりできるんだと思います。
さて、次回は今回の作戦会議を受けての作戦行動中を描くことになると思いますので、またよろしくおねがいします。
ご意見、ご感想をお待ちしています。




