怒り、そして決意
腹立たしい展開が続いていまいます。
茜は母親が迎えに来たということで仕事に向かってしまった。飛行機の時間が差し迫っているということだったから仕方がない。何度も謝りながらここを去らなければいけない茜は、どれくらいツライのだろうか。
とにかく俺たちにとって最も信頼できる仲間がいなくなった。これは俺たちにとって本当に大きな痛手だ。
「小町、お前が信頼できるのは誰だ?」
「夕人、それに茜。」
小町は間髪おかずにそう答えた。
「それはわかる。俺を信じてくれたことは嬉しい。でも、残念だけれど茜は来週いっぱいはこっちに戻ってこれないって言っていた。そして・・・オレ一人じゃ悔しいけれど力不足なんだ。だから、小町が信じられる奴に助けを頼みたいんだ。」
悔しかった。俺がなんとかしてやりたい。そう考えていた。
でも、無理だ。俺だけじゃ何もできない。悔しくて悔しくて、思い切り拳を握りしめていた。
「夕人が信頼できる人になら・・・話してもいい。」
俺が信じられる人間。そんなやつは翔だけだ。
いや、信じたいけれど俺自身も疑心暗鬼になっているんだ。だって、もしかしたらクラスの女子が自分は望まないことに巻き込まれていて、犯罪の片棒を担がされているかもしれない。でも、それを誰にも悟られることなくやってのけている。そう思うとイマイチ信じることができない。
「小町・・・俺には・・・翔しかいない。アイツは俺が心から信頼している。でも、アイツは男だ。これ以上は小町のこんな姿を写真とはいえ、誰かに見せたくなんかない。」
本音だった。俺の本心だった。
「ありがとう、夕人。」
「いいんだ・・・むしろ申し訳ない。俺に力があれば・・・」
誰を頼ったらいいんだ。事件の内容を話さなくても協力してくれる女子。とても頼りになる女子・・・
「なぁ、砂川さんと環菜。それからなっちゃん。俺が信じられると思えるのはこの三人なんだ。」
砂川さんは不正行為を絶対に見逃さない。それにこう言ったものには絶対に屈しない強さをもっている。それに、優しさも持ち合わせている。それは東山さんのことからもよくわかっていた。
それから環菜。彼女は精神的に少し脆い部分もあるけれど、裏表のない子だと思う。それにあの冷静さはとても頼りになる。
最後になっちゃん。彼女は放送委員。こう言った撮影技術に関して俺よりもずっと詳しい。彼女の知識は間違いなく武器になる。
「夕人がそう思うなら、それでいい。」
「でも・・・」
俺の中では決心がつかない。本当に俺の考えだけで動いてもいいのか。
「ねぇ、夕人。覚えてる?私を助けてくれた時のこと。」
何でそんな話をするんだ?しかも、今、このタイミングで。
「覚えてるさ。」
「あの時、本当に嬉しかったよ。そのおかげで今の私があるの。本当に夕人に出会わなかったら、私はずっと楽しくない中学校生活を送ることになると思ってた。」
あの時の小町は前髪で顔を隠していた。自分に自信がなかったんだろう。背が小さいことをいじられて、男子たちにからかわれていた。
「それはどうかな。きっと小町ならなんとかできたさ。」
「そうかな・・・私はね。今でも不思議に思うよ。人と人との出会いについて。そして、どうして人は他人を求めるのかなって。」
それは俺も不思議に思う。でも、待ってくれ。今はそんなことじゃない話をしたい。
「小町、今はそんな話じゃなくて・・・」
「お願い、聞いて。」
小町がグッと俺の方に身を寄せてきてそう言った。
「わかったよ・・・」
「私ね、田中にキスされた。」
驚いた。もしかしたら茜も知らないんじゃないのか?
「キス?された?」
「そう、無理やり。いきなり。」
あの野郎。本気でぶん殴ってやりたい。
「ダメだよ?夕人が殴ったりしたら夕人が悪人になる。手を出したら負け。それに、もう私が殴ったから。」
さすがは小町・・・と言いたいところだけれど、そうは言えない。いや、思いたくもない。小町がどんな気持ちでいるのか、そう思ったら心の底から怒りが湧いてくる。
「けどさっ。そんなのって・・・」
「うん。悔しい。初めては好きな人としたかったし。」
「田中のことは無視してろ。って言う訳にはいかないのか?」
恐る恐る小町に尋ねた。小町の顔は俺のすぐ近くまで寄ってきている。
「うん・・・スゴイこと言われたし。」
「スゴイこと?」
スゴイと言っても良いことじゃないっていうのはすぐにわかった。
「抱かせろって。写真をバラ撒かれたくなかったらお前の初めてを喰わせろって・・・」
そんな馬鹿なことがあるかよ。
俺は自分の鼓動が早くなっていくのがわかった。
もう限界だ。田中を見かけたらぶん殴ってでも全て吐かせてやる。
それによって俺がどうなるかだなんて関係ない。このまま放ってなんておけるかよ。
「小町、俺はもう限界だ。田中を許せない。」
俺の言葉に対して小町は恐ろしく冷静だった。不思議だ、そう思った。
「私もね、許せない。腹が立って腹が立って仕方がなかった。それにすごく恐い。学校へ行くのも、ジムに行くのも。すごく恐い。」
目の前にある小町の顔が少しずつ泣き顔に変わる。
「そう・・・だよな、小町。でも、俺はいつだってお前の味方だ。安心して全部話してくれよ。」
「うん。」
そう言って涙を両目に湛えたまま小町が微笑んだ。可愛らしい表情だった。泣き顔でなければもっと可愛い子なんだ。俺はそのことをよく知っている。
「さっきの三人以外に協力を頼めそうな人がいるんだ。」
「ローザ先輩?」
俺の言葉を先読みしたかのように小町がその名を挙げたのには驚きだった。
「そうだけど・・・何でわかった?」
「それはわかるよ。私はね、夕人のこと、いっぱい知ってるから。」
そう言って小町がもう半歩近付いてきた。
「お、おう・・・」
「夕人が信じられるっていうならローザ先輩にも話していいよ。でも・・・今はその名前、ちょっと聞きたくない。」
小町の吐息が俺の顔にかかってくる。
なんだかすごく甘い匂いがするように思うのは気のせいだろうか。
「そうなのか?」
「うん・・・ねぇ、ローザ先輩とはキス、した?」
いきなりだった。俺は首をただ横に降った。
「茜とは?」
俺は一瞬だけ固まった。そしてそれが全ての答えになっていた。
小町の顔が俺のすぐ目の前にある。俺は無意識のうちに小町の口元に目線を向けてしまった。
「私、嫌な感触がずっと唇にあるの。無理やりされたキスの感触。すごく嫌なの。気持ち悪いの。」
何を言われているのか理解が追いつかない。きっと俺は、冷静じゃなかったんだ。だって、そうじゃなかったら何を言いたいのかわかったはずだから。
「そう・・・なのか?」
「そう。消したいの。嫌な記憶。だからお願い。」
小町は甘い吐息とともに俺の唇に唇を重ねてきた。俺は拒むことができたはずなんだ。でも、できなかった。
「小町・・・」
唇が離れた時、俺はそう名前を呼んだ。
「ごめんね、夕人。こんなことをさせて。でも、あの感触だけは消したいと思ったの。」
小町がどんな思いでそう言っているのか。俺には正しく分かることはできないと思うけれど、そう思いたいっていう気持ちだけは理解できたんだ。でも・・・
「俺で・・・良かったのか?」
自分でも不思議なくらいに冷静じゃなかった。こんな時なのにどうしてこんな気持ちになるんだろう。それがわからなかった。
「うん。」
小町はそう言って指で自分の唇に軽く触れ、そしてその指を俺の唇に当ててきた。
「私、田中になんて抱かれたくない。そうなるくらいなら・・・」
「変なことは言うなよ。俺は許さないからな。」
小町が言おうとしたことは絶対に聞きたくない言葉だった。
「俺に任せろよ。なんとかしてみせる。」
自信なんてない。でも、オレの心に強い気持ちが湧いてきたんだ。
「ありがとう。」
「お前の悪夢、俺が終わらせてやる。」
俺の言葉に小町は笑顔を浮かべた。
「もう一回・・・ダメ?」
「ダメだ。」
「お願い。もう一回だけ。まだ、あのときの感触が消えないの。」
ここまで読んでくださっておありがとうございます。
ムカつく話の続いた中でのいきなりのキスシーン。
やれやれ・・・小町もなかなかやりますね。
と、それはともかく。
夕人がここまで感情を露わにしたことが過去にあったでしょうか。
それも自分のことではなく他人のことで。
少しずつ人間らしくなってきていますね、夕人も。
さて、どうやって解決に向かっていくのでしょうか。




