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それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第35章 『夏にはなにかが起こる』なのであります
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夏の終わり

今回は二本立てです。

あえて、二本立てです。

 夏休みもあと二日。私はジムで一生懸命に練習していた。


「青葉っ、いい感じになってきたねっ。」


 木下コーチの言葉に嬉しくなる。秋にある大会までもう少ししか時間がなかったから一安心。


「ありがとうございますっ。」


 私も大きな声で答えた。だって、本当に嬉しかったから。


「春先はなんだか演技にキレもなかったし何か迷いがあるように見えたけれど、それはきちんと片付けられたんだな。」


 コーチは本当によく見ている。

 たしかに春先は色々と悩んでいたけれども、今は違う。完全に吹っ切れたとかそういうのじゃないけれども、考え方を変えることができたから。今は体操に集中する。そして、自分の演技にもっともっと磨きをかけて、そして、自分にもっと自信を持てるようになった時、その時こそ・・・そう決めたんだ。それがいつになるのか、そんなことはわからないけれど。


「そうですね。なんだか気持ちに一段落つけられたので。」

「そうなの。それは良かった。うん、じゃ、もう一度最初から途中のところまでやってみましょうか。」


 コーチに言われて床のスタート地点に移動する。今度の大会で種目は床。今度の大会は自分で出場種目を選べない。大会側からの指定種目でのみ出場できる。得意種目だから誰にも負けたくない。そう思う。


「はいっ。」


 右手を上げて深く深呼吸する。目を瞑り、頭のなかに演技のイメージを浮かべる。大丈夫。できる。私にはできるっ。強い気持ちを持って私は目を開けた。その時、目に入ったのは田中の姿だった。



「青葉はスゴいなぁ。」


 ジムでの練習が終わってシャワーを浴び、着替えた後。更衣室から出たら田中がいた。


「そうかな?」

「うん、なんか鬼気迫るっていうか、今までとは何かが違うよ。」


 そっか、田中でもわかるくらい違うものなんだ。


「いろいろとね。夏休みまでに色々あったから。」


 そう、色々あった。でも、私はまだ夕人に気持ちを伝えられていない。そのことに関しても自分の中で一つの答えが出たっていう感じだし。今は忘れる。違うね、忘れるんじゃない。封印する。こっちのほうが正しいと思う。


「青葉。俺が前に行ったこと、覚えてるか?」

「前に言ったこと?」


 なんのことだろう。そう思って私は右手を口元に持っていきながら思い出そうとしてみた。


「ははは・・・そこまでしないと思い出せないか。」

「えーっと、ごめん。なんだっけ?」


 そう言って右手で頭を軽く掻きながら田中の顔を見た。そこにはすごく真面目な表情を浮かべた田中の顔があった。


「えっ?」

「青葉・・・」


 田中はそう言ってそのまま顔を近づけてきた。


「んっ。」


 なに?なになに?嫌だ、何この感じっ。イヤだ、やめてよっ。

 私は思い切り田中を突き飛ばした。そう、生まれて初めて男の子を突き飛ばした。その私の力は思った以上に強かったんだと思う。だって、田中が無様に吹っ飛んでいったんだから。


「いったいなぁ・・・何するんだよ。」


 田中が起き上がりながら言ったけれど、それは私のセリフっ。


「何するのさっ。」


 さっきのあの感触、あれはキスだ。絶対にそうだ。だって、唇に温かい何かが触れたもん。イヤだ、信じられない。初めては好きな人とって、そう思ってたのに。誰とってことじゃない。好きな人としたかった。それなのに、不意打ちみたいな感じでこんな・・・好きでもないやつにキスされるなんてっ。

 私は悔しくて右手で思いっきり口を拭った。でも、悔しくて涙が出てきた。


「なんだよ、泣くことはないだろ?キスくらいのことで。」


 な・・・どういうつもりで言ってるの?キスくらい?コイツにとってキスってそんな軽いものなの?


「バカなんじゃないの?ふざけんなっ。」


 私は腹が立って田中のもとに歩み寄ってそして思いっきり殴った。

 一発だけ。

 これでもかっていう一発。


「殴ったってキスをしたっていう事実は消えないさ。それにその反応、初めてだったみたいだな。」


 なんなの?コイツ。

 今までの田中と全然違う。学校やジムで見ていた田中とはぜんぜん違う。夕人が言ったとおりだった。いい話を聞かないって言ってたのに。私は・・・


「ま、こうやって良い奴って言う雰囲気を出しておくと女って油断するんだよな。そして、既成事実を作っちゃえばさ。もう簡単なんだよ。あとは俺が思っているとおりになる。お前もそうだろ?このことをみんなに言われたくないだろ?」


 信じられない。こんな奴がいるだなんて。女をなんだと思ってるのよ。


「バカなんじゃないの?そんなばかみたいな脅しが通用するとでも思ってんの?」

「それが通用するんだよな。だって、証拠まである。」


 そう言って田中は右手に持った使い捨てカメラを見せびらかしてきた。


「それって・・・」

「そう、さっきのを写真に撮ったんだよ。」


 そう言って信じられないくらいに最低な表情を浮かべた。


「そんなの、別にどうってことないし。」


 どうでもいいってことはないけれど、今は田中の勝ち誇ったような表情と言葉に怒りの感情しか浮かんでこない。


「今までこの手で落ちなかった女はいないんだよ。ま、他の女はこれ以上にヤバイ写真で脅してたんだけどな。」


 そう言っていやらしい笑い声を上げた。


「どういうことよ・・・」


 私のその言葉に田中は歪んだ笑みを浮かべた。

 それは私が恐怖を覚えるには十分な笑みだった。


「これだよ。」


 そう言って田中は一枚の写真を見せてきた。

 それは誰かのあられもない姿が写った写真。私には誰なのかわからないけれど、見る人が見たら絶対にすぐに誰なのか分かっちゃう。だって、顔まではっきりと写っちゃってるし、その・・・胸やそれ以上のところも・・・


「最低っ。」


 私にはそれしか言えなかった。


「あー、言っておくけれど、お前のもあるぞ?」

「は?」


 嘘だ。そんな写真を取られた記憶はない。っていうか、どこで?


「女子更衣室って聖域だと思ってるよなぁ。誰もが安心して服を脱ぐ。簡単だよなぁ。」


 田中はクックックと笑いだした。心から不快にさせる笑い声。


「嘘をつくなよ。そんなことできるわけ無いだろ。」


 そう言って自分を奮い立たせるしかなかった。だって、だってっ。そんなの・・・


「仕方ない。見せてやるよ。」


 そう言ってポケットからもう一枚の写真を取り出して私に見せつけてきた。


「嘘だ・・・」


 それは確かに私の写真。更衣室での着替えている姿。顔も胸もはっきりと写ってしまっていた。私は思わずその写真を破った。


「小さい胸っていうのも可愛らしくていいよな。揉んだらどんな感触なんだろうなぁ。」


 私の耳には田中の言葉は耳に入ってこなかった。


「あー、言っておくけどそれを破いたってネガはこっちにあるんだ。何枚でも現像できるんだからな。それに、もっとちゃんと写ってるのもあるんだ。わかったか?わかったら素直に言うことを聞けよ。いいな?青葉。」


 急に目の前が真っ暗になったような気がした。力が抜けて床にへたり込んでしまった。


「ま、今日のところはここまでにしておいてやるよ。お前、生理みたいだしな。来週、覚悟しておけよ。お前の初めてを喰ってやるよ。」


 耳元でそう呟き、舌で自分の唇を舐めながら田中はジムから笑いながら出ていった。

 どうしよう・・・どうしたらいいんだろう・・・悔しくて涙が出てきた。こんなこと、誰に話せるっていうのよ。


 その時、私の頭に浮かんだのはやっぱり夕人の顔だった。


******************************


「茜とこうやって外ごはんって久しぶりだね。」


 今日は夏休みの最終日。生憎の曇り空だったけれど流石に八月。ちょっと暑い。


「そうだねぇ。ま、外ごはんって言っても西友だけれどね。」


 茜はそう言って『あはは』と笑っていた。


「そうだね。でも、このくらいが気楽でいいよね。」

「うんうん。」


 茜とここで会っているのは待ち合わせとかじゃないの。たまたま買い物に来ていたら茜を見かけて、そして声をかけたって感じだった。本当に偶然。


「ね、夕人くんと会った?」

「いんやぁ?全然会ってないけれど、どうしたの?何かあった?」


 茜は表情を何一つ変えないで言った。


「私ね、塾変えたんだ。」

「へぇ・・・って、まさか?」


 さすが茜。察しが良いっ。


「そ、夕人くんと同じとこにしたの。」

「うっそぉ。あそこって結構レベル高いんでしょう?いや、塾がってことじゃなくって、夕人くんのクラスがってことだけれど。」

「うん、すっごく大変だった。入塾試験っていうのがあって、そこで四五〇点以上取らないとダメなの。」


 本当に頑張ったんだ。今までで一番勉強したかもっていうくらい。でも、それでも実際のところはギリギリの点数だったから塾からはひとつ下のクラスにしたらって止められたんだけれど、それじゃ意味が無いからって言って説得したの。塾の人はやる気がある生徒だって思ったでしょうね。でも、本当は違うのかもしれないけれどね。


「いやぁ・・・私にはそんな点数取れないわ。」


 茜が驚いたようにして背もたれに体を預けた。


「うーん、でも、茜もすごく点数伸びたじゃない?」

「いやいや、私なんか三五〇点くらいだと思うよ。ま、伸びたのは確かだけれどね。」


 そう言って自慢げにしてる茜を見ると私のほうが点数を取れていないような気がしてくるから不思議よね。


「なに?環菜。積極的だね。」

「うん、私はもうちょっと頑張ってみようって思った。」

「そっかぁ。私はね、そういうのは止めたんだ。もう無理だなっていうか、やっぱり私は違うって思った。」


 茜が手に持っていたかき氷のカップをテーブルにおいた。


「違う?」


 どういうつもりなのか全然理解できない。違うってどういうことなんだろう。


「そう。違うの。私と夕人くんは住む世界が違うんだって。そう思った。」


 それって芸能界のことを言っているのかな?


「ん・・・と?」

「えっとね。夕人くんはきっと将来にすごい人になると思うの。翔くんとかとはまた違う、みんなの生き方に影響を与える人っていうのかな。そういう人になると思うの。」

「夕人くんは先生になりたいって言ってた。だから・・・たしかにそうなのかも。」


 茜は私の言葉に無言で頷いて、そして言葉を続けた。


「彼はね、他人のことはよく見えてるのよ、きっと。でもね、女心と自分の心にはすっごく鈍感なの。でも、それは少しずつ変わってきてるんだと思う。ローザ先輩との話を聞いてたらね、そう思った。」


 茜の表情は話し始めたときと全く変わらない。それってどういうことなのか、私にはまだわかってなかった。


「うん。そうかもしれない。」

「私はね、この一年半くらい夕人くんを見てきてよくわかったことがあるんだ。今の夕人くんを作ってしまったのは間違いなく環菜。アンタが原因。」


 そう言われてドキッとした。私もそれとなくそう思っていたし、あの夜に言われた言葉を覚えているから。


「・・・やっぱり・・・」

「そ、あの恋愛に臆病な感じっていうか、頑なに彼女を作ろうとしなかったところや好きな人を作れなかったのは間違いなく環菜と・・・」

「東山さん?」

「だね。そうだと思う。悔しいけれど私はダメ。確かに夕人くんの気持ちがほんの少しだけ私の方を向いてくれたことがあったと思う。自慢だよ?これ。」


 そう言って茜は笑った。なんだか茜が大人に見えるのはどうして?やっぱり、大人の人と一緒にお仕事とかしてるからかな?


「そっか。でも、それを言うなら私だってそうなんだから。」

「あはは、そうだね。そういう意味では環菜が一番だけれど。でもね、とにかく彼はそれですごく落ち込んだと思うし、一歩を踏み出したくなくなったんだと思う。いや、そうなんだって。そう言ってたよ。今の関係を変えたくないんだって。そうも言ってた。」


 それは私にもなんとなくは分かってた。だからこそ、私は夕人くんに贖罪をしないといけないって。そうも思っていた。でも、そんなの夕人くんは喜ばない。ううん、喜ばないと思う。


「そっか。茜はそう言われたんだ。」

「そ。そう言われた。でも、諦められないってそうも思った。それで、さっきの話。私は夕人くんの隣りにいるには相応しくない子なんだ。そう思うようになった。もっとずっと相応しい子がいるんだってね。悲しいけれど、きっとそうなの。」


 茜はどんな気持ちでそう言っているんだろう。笑顔で話している茜の本心は私には見えてこないけれど、こんな感じに思えるようになるまでいっぱい考えたんだろうなって思う。


「そうなのかなぁ・・・私はね、茜が一番にお似合いだと思ってたから。」

「あら?そうなの?だったら私の考えって間違ってたのかなぁ?」


 茜は目を丸くして私の顔を見た。


「わかんないけど・・・」

「なーんかね。ローザ先輩との付き合い始めた時の話、あれを聞いちゃったら私にはできなかったって。そう思ったんだ。」

「それは、私もそう思ったよ。」


 夕人とローザ先輩が付き合うことになったきっかけ。

 一回の出来事がどうこうってことじゃなくて、その積み重ねっていうことだと思うけれど。スゴいなって思ったのは確かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ね、夕人。」

「ん?なに?ローザ。」


 私の声に夕人が振り向いて後ろを歩いていた私の顔を見た。


「えへへ・・・名前を呼べるのって嬉しいね。」


 私は素直にそう思った。

 ゴールデンウイーク直前の土曜日の夕方。久しぶりのデート。と言っても私から誘ったんだけれどね。部活が急遽休みになってポッカリと空いた休日。雪も溶けてしまって一緒に行った雪まつりなんて跡形もなくなっていた。


「なんだよ、それ。」

「えー、そう思わない?」

「んー、どうなのかなぁ。」


 夕人は本気で考え込んでいるみたいだった。そんなに考え込まなくたっていいのにさ。


「むーむー。そういう時は適当でも話を合わせておいていいと思うなー。」


 ちょっとだけ口を尖らせて文句を言ってみる。夕人は私がこうすると大抵慌てるんだよね。なんだか可愛い。


「い、いや・・・そういうものなの?」


 ほら。私の思った通り。夕人ってすごくしっかりした男の子だと思う。何ていうかすごくいろいろなことを考えていると思うしすごく優しい。一緒にいて楽しい。

 でも、他人のことを気にしすぎてると思う。自分がこう言ったら相手はどう思うんだろう。そればかり気にしてる。

 確かに他人の自分に対する評価って気になるものだよ。だけどね、夕人は気にしすぎ過ぎなんだ。もっと自分を正直に出さないとダメ。そうしないと誰とも本当の意味での友達にだってなれないよ。

 あ、もちろん相手は選ばないといけないけれどね。誰でもっていうのは問題ありまくり。


「うーん、どうかなぁ。正直なのがいい時と、そうじゃない時があると思う。でね、夕人はちょっとだけズレてる。」

「そうなのか?」


 私の言葉に夕人が驚いた。そりゃそうだよね。いきなりこんなこと言われたら誰だって驚いちゃうよね。私なら・・・驚く前にキレるかも。あはは。


「うん。間違いないね。」


 もうちょっとだけ意地悪を続けてみよう。なんだか楽しいし。


「・・・それって問題だよな?」

「問題だねぇ。」

「どうしたらいいのかな?」


 真面目な表情を浮かべて私を見つめてくる。その目は少しだけ曇っているようにみえる。不安で仕方がないっていうところかな。


「どうしたらいいのかって?そんなのは言葉にする前に少しだけ考えればいいの。でも、考え過ぎはダメ。自分が言われたらどう思うか、とか。こう言ったら相手がどう思うか、とかじゃなくってね。うーん、あれ?上手く言えないぞ?」

「あはは、さすがローザ。頭のなかで整理しきれてないね。」


 夕人はそう言って笑ってる。確かに整理はできてなかったけれど、そんなに笑うことはないんじゃないかな。


「もー、茶化さないの。とにかくね?難しく考えるんじゃなくって、ちょっとだけ考えればいいんだよ。夕人は考えすぎなんだ。絶対にね。」

「考えすぎかぁ。」

「うん、それにね。もっと自分を信じてみたら?」


 私はそう思う。夕人はなんとなく言葉が足りてない。頭のなかで色々と考えていて、その中で取捨選択されてる。でもって、その選択は最良とは思えない感じ。私はそう感じてた。少なくとも去年の夏くらいまではね。今はだいぶ良くなったように思えるけれど・・・何があったのかまではわからない。


「信じるって言っても何を信じたらいいんだよ?」


 そう、それだよね。私はバレーボールのうまさにはそれなりの自信を持ってる。それは努力したから。一番にはなれてないけれど、かなり上の方までイケてるという自負がある。夕人には何があるんだろう。


「勉強とか。すごくできるでしょう?」

「翔には及ばないよ。」


 そっか。なるほどね。夕人の表情を見て一つわかったような気がする。


「でも、運動もできる。」

「それこそローザほどじゃない。」


 うーん、私は運動神経の塊みたいな生き物だけれど、神がかってるわけじゃないしなぁ。そっかそっか。必ず誰かと比較してしまうってことね。


「オールマイティなところとか?」

「それって聞こえはいいけれど、器用貧乏ってことじゃないか。」


 あー、なるほど。そういう考え方なわけだ。なるほどね。勝てている場所が欲しいってことなのかな。わかるけれど、それじゃダメだね。そこを認めてからどう考えるか、だからね。誰にでもなんでも勝てる。そんな人間がいたらそれはきっと人間じゃない。神様とかそういう存在だよ。


「わかった、じゃ、こういうのはどう?友達。」

「友達?」

「そう。友だちに恵まれてる。」


 私の言葉に夕人はなんとも言えない不思議な表情を浮かべた。


「でも、多くはないな。友達。」

「多ければいいってもんじゃないよ。信頼できる人間の数。それが大事なんだ。」


 そう言って夕人の肩をポンと叩く。そう、夕人の周りにはいい友達がたくさんいるように思う。私には窓花しかいないけれど、夕人はそうじゃない。そう思うんだ。


「そうかなぁ・・・」

「そりゃ本当のところは私にもわからない。でもさ、少なくとも翔くん。彼は信じられる友達だと思う。」

「あぁ、翔はな。親友だ。心の友と言ってもいい。」

「ジャイアンか、あんたは。」


 夕人の言葉に思わず吹き出してしまった。

 でも、そういう関係なんだろうな。一年のときのあの状況からの友達。なかなかできることじゃないしな、あの翔ってやつの行動は。後輩とは思えないよ。


「ジャイアンはひどい。俺はガキ大将じゃないぞ?」


 そう言いながらも夕人には笑顔が見える。


「うん、でもそういう人間は大切にしようよ。」

「そうだな。その通りだね。」

「そう。そして、その友達っていうのには私も入ってる?」


 ちょっと聞いてみたくなった。なんて答えてくれるのか。今までの話をちゃんと聞いていて、実行しようと思ってくれてるなら・・・なんて答えてくれるのかな。


「当たり前じゃないか。」


 思っていた以上に即答。びっくり。


「えっと・・・即答・・・だったけれど?」


 これには私のほうがびっくりしちゃったよ。夕人の言葉をどう受け取ったらいいんだろう。


「そりゃそうさ。ローザみたいにはっきり言ってくれる人はいないし、それに・・・」


 んもう。どうしてそこで口ごもるのかなぁ。その先が聞きたいんじゃないの。


「それに?」

「ローザと話していると時間が経つのを忘れる。」


 ドキッとした。夕人のこの天然なところ。これが女の子キラーなんだよ。私、完全にノックアウトだよ。ん、今に始まったことじゃないんだけどさ・・・って、それはいいのっ。


「え、そっかなぁ・・・」


 そう言って思わず右手で頭を掻いた。


「うん、あ、そうだ。あそこに行こう。」


 そう言って夕人は急に私の手を取って走り始めた。


「え?なに?どこ?」

「いいから。ついてきてくれよ。」



 夕人が連れてきてくれたところはテレビ塔の展望台。前に私が行きたかったって言ったところ。今日はあえて行かなかったし、言わなかったけれど覚えていてくれたんだ。


「すっかり忘れちゃうところだった。ローザがあんな話を始めるから。」


 そっか、だから急いでくれてたんだ。ちょうど夕焼けの頃合い。一番きれいな景色が見える時間。


「覚えててくれた・・・」


 すごく嬉しくなってきた。ここに一緒に来た、ただそれだけのことなのに泣けてきそうになる。


「夕焼けが見えると思う。今ならまだ間に合うからね。」


 私はこれだけで十分。そう思えるくらいに嬉しい。何気なく話したこと、しかもあんな事件があった日の事なのにも関わらず。そういうところも夕人のいいとこ。また一つ見つけちゃったよ。


「うん、一緒に見られて嬉しい。」

「俺も。」


 今、俺もって言った?もう・・・すごく嬉しい。


「もうちょっと窓の方に行こうよ。」


 私はそう言って夕人の手を掴んだ。彼の手はほんの少しだけ汗ばんでる。それってどうして?緊張?もしかして、私のほうが汗ばんでたの?


「あぁ。そうしよう。」


 そう言って夕人が私の肩を軽く抱いてきた。え?なんか積極的?どうしよう・・・ドキドキが止まらなくなるよ。



 目の前には大通公園が縦に伸びている。そして、正面奥に連なる山々に太陽が少しずつ沈んていく。綺麗な景色。

 好きな人と見る夕焼け。今のこの時間だけは特別な時間。きっといろいろな人が見ているであろう夕焼けだけれど、この、私が見ている夕焼けが一番きれい。絶対に綺麗だよ。


「ね、夕人。何考えてるの?」


 私の肩を抱いたままの夕人にそう声をかけてみた。ロマンチックな言葉を期待なんかしてない。ただ、聞いてみたかっただけだから。


「綺麗だなって。そう・・・考えてたよ。」


 本当にそう?そう思っていてくれたなら嬉しい。でも、少しだけ引っかかる。何か、なんてことはわからない。ただ私の直感がそう思わせたの。


「ねぇ、私がどうしてここに行きたいって思ったかわかる?」

「わからないけど・・・綺麗だから?」

「そう。綺麗だから。一緒に見てみたいって思ったんだ。きれいな夕焼け。」


 夕焼けなんてどこでも見れるじゃないか。そう言われるかなって思ってた。でも、違った。


「そうだね。誰かと見る夕焼けっていうのは違うもんだよね。」


 そっか。そういうことか。


「夕人くんはここで見たことあったのかな。夕焼けを。」


 我ながらちょっと意地悪だったと思う。余裕ないのかな、私。少しだけ呼吸が早くなってきた気がするし。


「・・・答えなきゃダメかな?」

「うん。」

「あるよ。」

「そっか。」

「うん。」

「その時と、どっちが綺麗?」

「・・・今だよ。」

「そっか。」


 二人とも夕焼けを見たまま無言だった。


「ねぇ、君は好きな子はいないって前は言ってたね。」

「うん。」

「私は、君が好きだって言ったの、覚えてる?」

「うん。」

「もしかしてだけれど・・・恋の仕方、忘れた?」


 私、なんてこと聞いてるんだろう。それになんて聞き方したんだろう。


「・・・たぶん、忘れた。でも、思い出そうとしてる、今。」

「そう・・・」

「うん。」

「思い出させてあげる、私が。」

「・・・」

「少しずつでいいの。君は私を見ていてくれたらいい。そしてたまに私のことを考えてくれたらいい。私が君に思い出させてあげる。」

「俺、一緒にここに来れてよかったよ。」


 それはどういうつもりで言ってくれた言葉なんだろう。


「私も、本当に良かったと思う。」


 私は左肩にある夕人の手を右手でそっと包んだ。ほんのりと暖かさが伝わってくる。


「過去のことっていうのはさ・・・きっと、自分が成長するために大切な出来事のことなんだよな。」


 夕人が言いたいことの半分もわからないとは思うけれど、私もそうだと思ったから。


「そうだよ。いつかは今日っていう日のことも過去になるの。でもね、その時の気持ちっていうのは永遠なんだ。ずっと続くってことじゃないよ。ただ、ずっと忘れない。そういうことなの。」

「そうだね。」

「だからね、私は正直に生きるの。自分の気持ちに。」

「そっか・・・」

「私と一緒に歩いていこう。少しずつでいい。一歩ずつ。君の心の傷が癒えるまで。」

「ローザ。でも・・・それは・・・」

「いいの。君は少しずつ私に恋をしてくれたら。それでいいの。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「敵わないよね。」

「ほんと。」


 そう言って茜と環菜は深い溜め息を漏らすのだった。

 夏もそろそろ終わる。

 けれど、これから始まる怒涛の毎日のことを誰も予期していなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


前半の小町編と後半の茜&環菜編でした。

いや、後半は夕人&ローザ編だったのかもしれませんが。


前半には以前登場した田中隆聖が再登場しました。

クソを絵に描いたような男です。小町を汚したクソ男です。

ここからどうやって乗り越えていくことになるのか。物語の鍵になりそうです。


後半では夕人とローザが付き合うことになったキッカケ。

あの合宿で話した時の出来事でしょう。

けれど、ここで描かれたのはローザ目線での話。

合宿内で夕人が話した内容とは少し異なっているでしょう。

ただ、概ね同様の事実が伝わっているものと思われます。


以前、番外編で書いたローザとのハッピーエンドとは少し違う内容の会話でした。

その違いが何だったのかを思い返していただけたら、また面白いことになるのかもしれません。

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