表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、俺のライラックは虹色に咲く。  作者: 蛍石光
第32章 胸の奥の小さな痛み
165/235

修学旅行 その12 ーまた、以前のようにー

修学旅行編もまさしく佳境です。

いろいろとゴタゴタしていた話は一応の解決を見た形ですかね。

 夕人は怒ってないって言ってる。でも、それは嘘だ。きっと本当はすごく怒ってる。私が今言ってしまったことにも。どうして私はこうも考えが足りないんだろう。自分のことが嫌になってくる。


「その・・・私ね・・・」

「ん?」


 私は椎名先輩のことが好きじゃない。

 でも夕人は椎名先輩のことが好き。

 こんなに悲しいことはないけれど、私が何かを言っても仕方がないことだと思うから。


「ごめんなさい。夕人。本当に、勝手に、一人で・・・」


 申し訳がなくて夕人の顔を見られない。


「なぁ、青葉。そのさ・・・昔みたいに、小町って呼んでもいいかな?なんか・・・呼びにくくてさ・・・」


 そう言われて驚きながら夕人の顔を見上げた。右手の人差し指で軽く頬を掻きながら目線が落ち着かない夕人がそこにいた。


「え・・・う、うん。もちろん・・・いいよ。」


 また、前みたいに夕人と話ができると思うとすごく嬉しい。あんなにひどいことをした夕人に許してもらえたのかな、私。だとしたら、うれしいなぁ。


「えっと・・・じゃぁ、小町・・・」

「なに?夕人?」


 こうやって話せるのって、やっぱりいいな。思わず笑顔になっちゃう。でも、それと同時に悲しくもなる。その理由はわかってるけれど、今の夕人に言っちゃいけないのは私にだってわかってる。


「体操って難しいのか?」

「へ?」


 なんで体操の話?今までそんな話したことなかったよね。


「いや・・・一度も小町の体操を見たことがなかったなって思ったんだ。小町からそんな話も聞かなかったし。体操部に入ったって聞いたからさ。」

「体操部?確かに籍だけは置いたけれど、自由参加っていう特権での入部だから幽霊部員だよ?」


 そう、幽霊部員。まだ一、二回しか顔も出してないし。


「そっか、そうか。へぇ・・・えっと、あのさ、その・・・体操部ってさ・・・」


 夕人が今までに見たことがないくらいにしどろもどろになっているのはどうして?


「は?」

「あ、いや、そのさ、なんで入部したのかなぁ・・・って・・・」

「田中に頼まれたからだよ。他に理由なんてないし。」


 私は嘘なんかついてない。だって、やっぱり今の体操部では設備もないし練習もできない。


「そっかぁ。それならいいんだ。」


 急に安心したような表情を浮かべた夕人。何が聞きたかったのかな?


「え、そうなの?」

「うん。あのさ、小町。また、前みたいに楽しくやれるよな?」


 夕人は笑顔を浮かべてそう聞いてきた。


「うん、もちろんっ・・・あ・・・その、本当にごめん。」


 これで本当に元通り?ううん、元通りになんて戻らない。それはわかってる。過ぎてしまった時間はもとに戻らないし、それに・・・


「あぁ、またこれからもよろしくな。」


 そう言った夕人が右手を小町の頭にポンと乗せてくる。他の男子がこれをやったのならば不機嫌さを全開にする小町なのだが、夕人が相手ならば話は別だ。


「うん・・・」


 小町は軽く目を瞑ってそう頷いた。


「一つだけ、いい?」


 夕人の手は既に小町の頭から離れていたが、小町はそのままの姿勢でそう聞いた。


「なんだ?」

「隣・・・いいかな・・・」


 夕人には見えてはいなかったが、俯いていた小町の顔は真っ赤だった。


「え?べ、別にいいけど・・・」


 夕人は驚きながらそう答えて、思っていた以上にドキッとした自分自身にも驚いていた。


「ありがと・・・夕人。」


 そういった小町は夕人の隣にちょこんと座り込んだ。夕人は気恥ずかしくなったのか、窓の外から流れていく景色に目を向けた。


「ね、聞かせてもらってもいい?椎名先輩とのこと。」


 隣りに座っている小町がそう切り出してきた。


「ローザのことか?」


 夕人は景色を眺めたままそう答えたから、小町がその言葉をどういった気持ちで発したのか、まったく気が付かなかった。


「そう、ローザ先輩のこと。私はあんまり良く知らないから。きっと誤解していたところがあると思うんだ。だって、そうじゃなかったら、夕人が好きになるわけがないもんね。」


 小町は夕人の横に座りながらも目線はただ前に向け、ギュッと拳を握りしめた。


「どんな人、ね・・・強さと優しさを持った人、なのかな。」

「そうなんだね。キレイな人、だしね。」


 そう言って笑顔を浮かべ、夕人の顔を覗き込むようにみた。


「なんだよ?」

「付き合ってるんだって?」


 小町の言葉を聞いて、夕人はハァッとため息を漏らした。


「聞いたんだよな、茜・・・じゃないな、環菜かな?」

「どっちでもいいと思うけど。」


 夕人は軽く二、三度頷いて小町の顔をジッと見つめた。他のクラスメートよりも若干幼い顔つきをした少女も夕人と同じように見つめていた。


「そうだな、その通りだ。うん、付き合ってる。」

「いつから?」

「つい最近。一週間くらい前かな。」

「どっちから?」

「ローザから。」


 二人は表情を変えず、互いに目を見つめ合ったまま淡々と話をしていた。


「なんて言われたの?」

「なんて?そうだな・・・確か・・・君といるとすごく楽しい。君もそうだと嬉しい、とかなんとか。」

「よく、わからない。」

「ん・・・それで、これからも一緒に楽しみたいって。そう言われた。」

「そう、それでオッケーしたの?」

「いや、すごく悩んだんだ。答えを出すのに二週間くらい考えたよ。」


 そこまで話したところで夕人は目を瞑った。


「どうして目を瞑るの?」

「さぁ、なんでかな。わからない。」


 小町は軽く首を傾げて、口元に笑みを浮かべた。


「ねぇ、夕人。私たちは友達だよね?」

「あぁ、もちろんさ。俺の大切な友達だよ。」


 夕人は目を開け、小町の顔を見た。


「うん。私にとっても大切な友達。私を変えてくれた大切な友達だよ。」


 笑顔のまま小町はそう言った。


「変えた?小町を?俺が?」

「うん、そうだよ。茜や環菜と同じ。私も夕人に出会えて変われた。覚えてる?初めてであったときのこと。」


 小町はその時のことを思い出しているのか、軽く目を閉じた。


「あぁ、一年の時の夏だったな。あの時の翔は傑作だった。」

「そうだね。でも、まさかあの時はこんなに仲が良くなるなんて思わなかったよ。」


 小町は軽く前後に体を動かしながら目を開け、笑顔を浮かべて言った。


「そうだな、それに、まさかいじめられっ子だとも思わなかったしな。」

「あはは、そうだね。私はさ、ほら、背が低いし顔も幼いから。それでずっといじめられてたんだよ。」

「くだらないよな。小町はこんなに可愛らしいのに。それに気が付かないやつがいるんだよな。」

「そう言ってくれるのは夕人だけ。」


 そう言って小町はクスクスと笑いだした。


「そ、そんなことは・・・なぁ、田中とは付き合ってるのか?」


 夕人は急に真面目な表情を浮かべてそう問いかけた。その問いに小町は驚いた様子も見せずに夕人の顔を見つめ返した。


「なんでそんなこと聞くの?気になる?」

「ん・・・気にならないってことはないさ。あんまりいい話を聞かないやつだし。」


 夕人は目線だけ小町から外し、そして、車両の出入り口の方に向けた。


「うん、付き合ってる。」

「え?」


 小町の言葉を聞いて夕人は小町の顔を覗き込むようにみた。その目は驚きのあまり、大きく見開かれていた。


「うそ。嘘だよ。私は誰とも付き合ってないよ。」


 夕人のあまりに激しい動揺っぷりに小町のほうが驚いたようだった。だからだったのだろうか、夕人の手を掴んでしっかりと自分の言葉を否定したのだった。


「そ、そっか・・・なんだよ、びっくりさせやがって。」

「夕人の方こそ私たちみんなを驚かせたじゃない。まさかローザ先輩と付き合ってるなんてさ。誰も知らなかったんじゃないの?」


 小町は気丈に笑顔を浮かべ続けていた。だか、夕人にはそんな小町の想いはわからない。ただ、小町が笑顔を浮かべている、そう考えていたに違いない。


「そうだよな・・・誰にも言ってなかったし。」

「杉田にも?」

「あぁ、翔にも言ってなかった。」

「どうして?」


 どうして夕人がそんな行動を取ったのか、小町はそれが不思議でならなかった。


「さぁ・・・わからない。」


 夕人の行動には当たり前のことだがなんらかの理由があるのだろう。ただ、それを言葉にしないところに彼の本心が隠れているのかもしれない。


「ふーん、夕人にもそういうこと、あるんだね。」


 少し納得がいかないような表情の小町だった。


「そりゃ、あるさ。」

「なーんか夕人ってさ。難しく考えてるよね、いろいろと。」


 そう言って掴みっぱなしだった夕人の手を離した。

 小町にとって夕人は特別な存在だった。

 一年生の時に入学式早々にやらかした男子がいるという噂は小町の耳に届いていた。彼女は今でこそ、みんなとワイワイやっていることが多いけれど、その頃は今とはまるで別人だった。今ほどの明るさもなかったし、友達もそう多い方ではなかった。

 夕人のおかげ。彼女はそう考えていた。


「考えてなきゃバカだろう?」

「たまにはバカになってもいいと思うけれどね。私を助けてくれたあの時、そんなにいろんなこと考えてた?」


 彼女の言いたいことは単純だ。もっと、直感に従って行動してもいいのではないかということだ。


「そんな昔のこと、覚えてない。」


 照れくさいのか、また、車窓から風景を眺める。そして、それとほぼ同時に車内アナウンスでまもなく弘前に到着することが伝えられた。


「もう、着いちゃうんだね。ねぇ、二人でこうやってのんびり話したのって初めてかな?」

「そんなこと、ないだろ?学校祭の準備のときも話したし、生徒会の選挙のときも話したさ。」

「でも、それは何か理由があってってことじゃない。」

「今日だって・・・そうじゃないのか?」


 小町が言いたいこと、夕人が言いたいこと。ほんの少しだけのズレ。けれども、そのズレは少しずつ無くなってきているようにみえるのは気のせいだろうか。


「そうだけれど・・・でも、こんな風に話したのは・・・」

「そうかも、な。」


 電車が減速をはじめた。もうすぐ二人の時間も終わりになる。


「ねぇ、また、話そうね。」

「もちろんさ。俺さ、小町があんな感じだった時・・・」

「おーい、二人共そろそろ弘前に到着するぞー、寝てないだろうな?」


 夕人の言葉を遮るように車両で入口の扉が開き、翔が声をかけてきた。茜も一緒に覗き込んできている。


「あ、わかってるよっ。」

「あれれ?なんか二人で並んで座ってる?」


 茜がパタパタと夕人たちの元に駆け寄ってきた。


「いいでしょ?そのほうが話しやすかったんだから。」


 プイッと顔を背ける仕草。いつもどおりの小町がそこにいた。


「よし、降りる準備しようか、小町。」


 夕人はそう言って立ち上がり、そう声をかけた。


「ちゃんと仲直りしたんだね、えらいえらい。」

「また子供扱いしてぇ・・・」


 小町はそう言いながらも満面の笑みを浮かべていた。


「もう着いちゃうよっ。」


 環菜の声が夕人の耳に届いてくる。


「はいはーい、今二人連れてくからね。」


 茜が元気よく返事をする。


「さ、降りようか。」


 夕人の言葉に押されるように三人は出口に向かって歩き出した。そして、茜が小町に小声で話しかける。


「ちゃんと話、できたんだね。」

「うん、でも、一番最後のいいところで邪魔が入ったんだけど。」


 小町がちょっとだけ顔をしかめて茜を見る。


「え?いいところ?ちょっと・・・何の話したのよ。」

「ナイショ。」

「えー、また?ふーん、いいよーだ、今夜問い詰めちゃうんだから。」

「おしえないもーん。」


 二人は楽しそうにしながら夕人の後に続いて電車から降りたのだった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


みんなうまく仲直りできたようです。

きっと実花ちゃんだけがやきもきしてるんでしょうね。

携帯電話がないこの時代では連絡の取りようがないですから。


そう考えると、今と昔、どちらが他人同士の繋がりが強かったのでしょう?

繋がろうと思わなければつながれなかった昔と否が応でもつながってしまう今。


私にはわかりません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ