修学旅行 その9 ー大人の発言ー
小町の回想を経て現実に戻ります。
少しは事態が改善すると良いんですけれどね。
「やっぱり温泉っていいねぇ。」
茜ってば・・・そんなに堂々として。露天風呂に浸かっている茜を見てハァッとため息をついた。
「・・・早く上がった方がいいように思うけど。」
「まぁまぁ。せっかく入ったんだから、怒られるにしたってゆっくり入ってからの方がいいじゃない。」
茜はそんなことを言って笑い出した。さすがと言うか、スゴいよね、茜って。羨ましい。
「ま、いっかぁ。さっきは混んでたし、のんびりはできなかったもんね。」
私も肝が座ってきたっていうか、なんというか。だって、温泉って気持ちいいもんね。それに、もうここまで来たら何を言ったっておんなじだしね。たまにはこんなのもいいかもしれない。
「ほらほら、環菜もこう言ってるんだから小町ちゃんものんびりしちゃおう。」
「うん・・・」
なんだか小町ちゃんの頑なさも少しほぐれてきてるような?これも温泉の効果なの?ってまさかね。
「はぁ、温泉っていうのは何度入ってもいいものよね。」
茜のその言葉、なんだかおばさんっぽい気がするけれど、今はその意見に大賛成よ。
「そうだね、気持ちいいね。」
そう言ってから小町ちゃんの方にも目を向けると、ただ黙って温泉に浸かっていた。
「それにしても・・・」
そう言って茜が突然立ち上がった。その自慢のスタイルを見せつけるかのように。
「ぷっ・・・何するのさっ。お湯が顔にかかったじゃないのさっ。」
小町ちゃんがそう言って立ち上がりながら文句を口にした。
「ちょっと・・・二人とも急に立ち上がらないでよ。」
私の文句なんて二人には聞こえてないんだろうけどね。それに・・・少しくらいは隠そうよ、本当に。女の子同士だって言っても、色々とあるじゃない、ね?
「ふふーん。あれあれ?少し成長した?」
茜が小町ちゃんに歩み寄って全身をマジマジと眺める。
「な・・・嫌味?自慢にも何にもならないけどね。何も変わってないわよ?」
小町ちゃんが両手を腰に当てて妙に自慢げに答えたけれど、それ、本当に自慢にならないよ・・・
「ほほぅ、じゃ、環菜はどう?」
「へ?私?」
急に話を振られて慌てふためいた。来るかな?とは思っていたけれど、全然うまく言葉が出てこない。苦手なんだよねぇ、こういうアドリブ的なのは。
「そうよ。環菜こそどうなのよ。」
茜と小町ちゃんの二人が私に迫ってくる。もちろん全裸で。
「え、えぇっと・・・」
「答えなさいよ。ちなみに私はカップが一つ大きくなったわね。」
茜が両腕で胸を挟むようにして見せつけてくる。女の子だったら誰でもうらやましがるプロポーションの茜が。
「く・・・実を言えば私も・・・す、少しは成長してるのよ。」
小町ちゃんは体操をしているせいか引き締まったカッコイイ体つき。
「で、環菜はどうなのよ?」
「そうよ、どうなのよ。」
久しぶりの感覚・・・茜と小町ちゃんの二人に攻め寄られるだなんて。
「ちょっとだけ・・・」
「「ほほぅ。」」
なんで息をぴったり揃えてニヤニヤしてるのよ。
「ふふ・・・」
「何よ。そりゃ、茜に比べたら全然ちっちゃいけれど、それでもちょっとは立派になってきたんだからねっ。」
そうよ、一年生の時と比べたら大きくなったんだからねっ。まだまだ成長途中なんだからっ。
「いやぁ、そうじゃなくって。この感じは久しぶりだなぁって。」
そう言って茜は隣になっている小町ちゃんの顔を見た。
「・・・そ、そうね・・・」
そういって小町ちゃんがそのまま座り込んで湯に浸かり始めた。
「・・・その・・・」
「ん?」
立ったままの茜に小町ちゃんがそっぽを向きながら声をかけた。
「悪かったわよ・・・色々と。」
「んー、よく聞こえない。」
茜はわざとらしく聞こえないふりしている。それは私にとってちょっと笑みがこぼれるような、懐かしい光景だった。
「悪かったって言ってるのっ。」
今度は大声で私にもはっきりと聞こえるように言った。あれだけ意地っぱりな小町ちゃんが謝ったのだから、よほど思うことがあったに違いない。
「うんうん、私はそれでいいよ。でもね、小町ちゃん。他の人にはちゃんと謝らないとダメだと思うなぁ。特に・・・あの日の女子会に来てたメンバーには。」
茜は頷きながら小町ちゃんを見下ろしている。それにしても茜の胸は・・・大きいんだからっ。ちょっと腹立たしいわね。お湯に浮くって・・・どういう状況よ。
「わかってるわよ。でも、まずは二人に言わないとって思ったから・・・」
「そっか。」
茜がそう言って左手でグリグリと小町ちゃんの頭を押さえつけた。
「グリグリすんなー。」
「あはは、なんか嬉しくってさ。」
茜は涙をごまかしているのか右手で目をこすっている。私にもわかるよ、その気持ち。
「小町ちゃん。」
「何よ、環菜。」
グリグリされたまま小町ちゃんが私の顔を恨めしそうに見てきた。
「おかえり。」
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その後、私たちは入浴しにきた先生に見つかってかなり激しく怒られた。でも、そんなことよりもこれまでの小町ちゃんが戻ってきたことが私には嬉しくて、ううん、茜にとってもそうだったんだと思う。露天風呂で三人揃って怒られながらも横目でちらりと見た茜の表情はどこか晴れやかだった。そしてこってりと絞られて部屋に三人で戻ったのだった。
「遅いっ、どこに行ってたっ、この不良娘どもっ。」
部屋に入るなりなっちゃんに大声で怒鳴りつけられた。
「あー、ごめんごめん。ちょっとお風呂に入ってた。」
茜がそう明るく答えて、それに続くように小町ちゃんが話し始めた。
「ごめん、私のせいなんだ。私が部屋で一人ぼーっとして、しかもお風呂にも入らずにいたもんだから、茜が気を利かせてくれて・・・それで・・・あと、ごめん。二人にも色々と嫌な思いをさせて。」
小町ちゃんは今回のことと、これまでのことを一気に謝った。なっちゃんとむっちゃんは驚いたように二人で顔を見合わせ、そして言った。
「んー、そう簡単には許してあげられないなぁ。」
そう言ったのはむっちゃん。
「だねぇ。世の中、そう簡単にはいかないねぇ。」
こう言ったのはなっちゃんだった。
「どうしたら・・・許してもらえる?」
小町ちゃんが困ったような表情を浮かべて二人の顔を見た。
「そうだねぇ・・・田中の話を聞かせてもらおうか。」
なっちゃんはまるで有名なプロレス選手のように顎を突き出し、変顔を作りながら笑ってそう言った。でも、どうしてそんな変な顔をしたの?
「え・・・田中の?」
今度は驚いたような表情に変わり、そして今度は少し目を泳がせた。
「ふふーん、興味ある話だからねぇ。」
どうやら今夜の話のネタは決まったみたい。でも、一時はどうなるかと思ったけれど、小町ちゃんが無事に戻ってきてくれてよかった。これも翔くんのおかげなのかな?
「あ、そうそう。お願いがあるんだけれど。」
小町ちゃんが私たちの顔を見て言った。
「何?小町ちゃん。」
茜がそう聞き返した。
「小町ちゃんって呼ぶのはやめて。それだけは・・・お願い。」
小町のお願いに私たちは大笑いをし始め、小町は私たちの顔を見て顔を真っ赤にして怒っていた。これでこそ、以前までの私たちって感じだよね。
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消灯後のパジャマパーティ。話題となるのは修学旅行の定番、好きな男子の話。そして今日のメインディッシュは小町。えーと、私にとっては小町ちゃんから『ちゃん』をとっちゃうのはまだ違和感があるけれど、慣れなきゃだよね。
「さて・・・消灯時間になりましたけれど、時間はまだ十一時だよ。十二分に話ができそうだよね。」
なっちゃんの宣言でパジャマパーティスタート。さぁ、初めに口火を切るのは誰なのかな?
「じゃ、早速だけど小町の話を聞こうかな。」
口火を切ったのはむっちゃんだった。彼女はある意味で今回受けるダメージが一番少ないはず。いや、もしかしたら誰かの爆弾発言で炎上するかもしれないし、むっちゃんからの口撃があるかもしれないけれどね。
「え、いきなり?」
「そうよ。田中の話を聞きたいよ。」
むっちゃんがここまで小町のことに興味を示すとは思ってなかったからちょっと意外。でも、一人だけ興味がない素ぶりをされるのも悲しいから安心したとも言えるかも。
「うーん、何が聞きたいの?」
小町が腕を組んで考え込むような仕草をした。何から話すべきか、とか考えてるのかな?
「そうだね、私としてはまずは二人の関係。付き合ってんの?それとも?ってなところからかなぁ。」
むっちゃんがグイグイと迫っていく。これだと私は聞き手でいいのかな。環菜はかなり早い段階から聞き手に徹しているし。
「え?ないない。付き合ってなんかないよ。」
小町は両手を顔の前で振って必死になって否定している。そんなに否定したら餌食になっちゃうよ?
「ふーん、その慌てぶり、怪しいよねぇ。」
なっちゃんがしっかりと食いついてきた。ほらね、だから言ったのに。って口にはしてないけれどね。
「そうそう、付き合ってはいないけれど、いい感じだとか。」
むっちゃんもなっちゃんと一緒になって小町に迫っていく。積極的ですなぁ。ふむふむ。
「・・・」
おや、そこで黙り込んでしまっては肯定しているってことになっちゃうよ?いいの?それで。
「ほぉほぉ、それはつまり・・・いい感じってことでいいのかな?」
なっちゃんは他人のことになるとツッコミが激しいなぁ。
「ん・・・告白された。」
ありゃりゃ?これって私が想像していたのとはちょっと違ってまさかの展開?小町ってば知らないうちに田中といい感じになってたってこと?そう思いながら環菜の表情を伺って見たけれど、特に表情も変えずに話を聞いている。
「いやぁーん、告白されたとか、超羨ましいっ。」
むっちゃんが体をクネクネさせながら歓喜の声を上げている。
「で?で?なんて告白されたのよ。」
「え・・・普通かな。ただ、好きだって言われた。」
なっちゃんの問いかけに淡々と答える姿がなんとなく不思議。それって本当にどうでもいい相手に告白されたからってことなんじゃないの?
「へぇー、で、なんて?」
なっちゃんとむっちゃんから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。こんな勢いで聞かれたら私だったら思わず変なことを口走っちゃいそう。
「別に・・・特に何も・・・」
「何もってこたぁないでしょうに。何か言ったんじゃないの?」
「・・・うーん・・・」
「え?だからさぁ。『ちょっと時間が欲しい』とか、『とりあえずはお友達から』とか、なんかそんな感じの答えとかしたんじゃないの?」
お友達からっていうのは小町らしくないと思う。だって、あれほど夕人くんのことしか見えてない子なのに、そんなこと言うわけないよ。
「なんて答えたらいいのかなって・・・ずっと考えてるんだけど。」
「はぁ?なんで?」
思わず口を挟んじゃった。しかも結構大きな声で。
「え?」
驚いたように私の顔を見てくるけれど、なんて言おう。なんて言ったらいいんだろう?
「そりゃ考えるよねぇ。断るにしろ受けるにしろ。」
うまい具合になっちゃんがフォロー?なのかな?とにかく横槍を入れてくれたおかげで助かったよ。夕人くんの話はまだ早いと思うし、その話をするとなんとなーくこの場が嫌な空気になりそうだから。
「とにかくさ、小町的にはどうなん?受ける気あるの?」
「・・・それなんだよね。」
ウソォ。私としてはそっちの方が驚きだよ。受ける可能性があるってこと?そりゃ、なんであっても可能性がゼロってことはないけれど。でも・・・えぇ?まじでぇ?
「ありゃりゃ?なんか悩んでるってこと?それはやっぱり、夕人くんのことだね?」
来た。しかも思っていたよりも早い。でも、それはそうかも。だってなっちゃんがいるもんね。ある意味で話は全部筒抜けだし。
「うん・・・でも、どうなのかな・・・」
小町が表情を曇らせたことに私は気がついた。そしてきっと、環菜も。
「うーん。私が言うのもなんだけどさ。いや・・・いっかぁ。今は彼、ここにいないんだし。」
むっちゃんが爆弾投下の準備が完了したと言っているみたい。さて、私は早々と避難しておきますか。
「彼ってさ、はっきりしないじゃない。一年生の時のことは知らないけれど、二年生になってから、って言うか、二学期の末くらいは明らかに茜に興味あったよね。でも、ほら、三学期になってからはまた違う感じっていうか。うーん、何考えてるの?っていう感じじゃない?どう思う?茜?」
い、意外に鋭い。って私がここで口を挟むと面倒なことになりそうだから、環菜、あんたに任せていい?そう思って環菜の顔を見ると目が合った。
そして環菜の表情が消えている?
菩薩のような無表情・・・ではなくて、目が死んでいるっていうか、それ、もしかしてヤバイやつ?
「夕人くん、今、彼女いるんだって。」
はーい、環菜から爆弾が投下されました。私は逃げ遅れました。直撃です。即死です。ここにいるメンバー全員が即死です。さぁ、どうなるの?今日のパジャマパーティ。
「え?そうなの?うそ?相手は誰?もしかして、環菜?」
それもまた大きすぎる爆弾だよ。爆弾落とした本人にも命の危険があると思うよ?その質問は。生きて帰還してね、むっちゃん。
「私なわけないじゃない。」
わーい、おしまいだね。今日はおしまいだよ。閉店です。環菜がキレかけてるよぉ。私には止められないからね。
「え?じゃ、だれ?だって小町じゃないでしょう?」
「ちなみに私でもないよ。」
むっちゃんの言葉になっちゃんが答えてるけれど、無言の小町も怖いよ。
「それは知ってるってば。ってことは、私の知らない人ってことかぁ。」
「ううん、知ってる人だよ。」
環菜ちゃーん。そろそろこっちの世界に帰ってきて、お願い。表情を作ってぇ。
「椎名先輩だね?」
小町のクリティカルヒット、キター。もうね、何も言いたくないよ。それにしてもこんなに一杯一杯になってるのは私だけ?
「そう。やっぱり小町も分かってた?」
環菜の無表情の顔つきが怖い。諦めるとか言ってたのに、それってまだ諦めてません宣言してるよね、絶対に。
「なんとなく。あの時見かけたときからそうなのかなって思ってたから。」
「実はね、最近みたいだよ、付き合い始めたのは。」
環菜、それは言いすぎだよ。夕人くんがどういうつもりで私達に話してくれたのかも考えないと。私たちにだから話してくれたのかもしれないってことも考えられないの?こういうときの環菜っていつもの環菜とは違って暴走しちゃうから困っちゃうのよね。
「それってマジ?」
なっちゃんが目を丸くしている。むっちゃんも似たような感じだ。そりゃそうだよね。一体それをいつ、どこで、誰から聞いたって思っちゃうよねぇ。
「うん、さっき聞いたから。」
さっきとか言っちゃダメェ。私たちは『さっき』はお風呂に行ってたじゃない。いつ話したのってなるよ。それって本当に厄介なことになっちゃうかもしれないよ?
「茜は知ってたの?」
ついに来た。小町からのその質問。どうしよう。今更とぼけるのもおかしい気がするけれど、なんて言ったらいいの?
「茜も知ってるよ。一緒に聞いたから。夕人くん本人から。」
私が答える前に答えないで・・・しかも、間髪おかずにって。あぁ、こうやって秘密は拡散していくものなのね・・・
「ってことは何?ついさっき聞いたってこと?」
「はい・・・」
私にはその質問に正直に答えるっていう選択肢しか残されていないじゃないの。もうダメだ・・・これで今日は修羅場になる・・・なっちゃんの言動次第で。
「そうかぁ。そう来たんだ。夕人くんも意外なところから攻めて行ったんだね。でも、わたし的にはちょっと納得かも。」
「どうして?」
なっちゃんの言葉に環菜が驚きの表情を浮かべて問いかける。小町は何かを考えているみたいで真剣な表情のままだよ。でも、私もなっちゃんの話の続きが聞きたい。どうして納得なのか。
「え?だって簡単なことじゃない。夕人くんは椎名先輩を選んだ。そういうことでしょう?あの先輩って結構いろんな噂があったでしょう?ヤンキーだとか、不良だとか。」
それはどちらもおんなじ噂のような気がするけれど?
「そうね。」
「でもね、こんな話も聞いたよ。私の後輩にバレー部の子がいたんだけれど、あ、委員会の後輩ね?その後輩もなかなかにヤンチャな子なんだけれど、すごくいい先輩だって。後輩の面倒見が良くって優しいんだって。そしてね、時折天然っぽいところ見せるんだって。そして、それがすっごく可愛らしいんだとか。私が見たわけじゃないからどんな感じなのかまでは知らないけれどね。」
私が見た椎名先輩はたくましくて、可愛らしくて、キレイな先輩って感じだった。学校で見ている先輩とは大違いで、確かになっちゃんの言っていることは正しいと思う。
え?つまり、夕人くんはそういう女の子が好きってことなの?やさしくて、可愛らしい女の子が。
「そうなんだ・・・。」
小町が何か思いついたのか口を開いた。またも、嵐の予感がしてくるね・・・
「さぁ、それは実際に見たことがある人しかわからないんじゃない?でも、目の前に居る三人でもダメで、まぁ、私はとりあえず置いとく。なんか全然橋にも棒にもかかりそうにないだろうから。んで、とにかく、茜、環菜、小町っていう美女揃いで落とせないってことはこの三人が持っていない何かが夕人くんを落とすには必要ってことで・・・あぁ。自分で言っててすごく虚しくなってくるわ。」
なっちゃんが大きなため息を漏らした。
でもね、それは私も一緒だよ。なんだろうね、どうしたらいいんだろう。
「ねぇ、素朴な疑問なんだけど、いい?」
むっちゃんが再び嵐を巻き起こすのかなぁ。もう、こうなったらヤケだね、とことん付き合ってあげる。
「なんでっしょ?」
だから私はすごく軽い感じで答えたんだけれど、まずかったのかなぁ。
「あいつは本当に椎名先輩のことが好きなのかな?」
それをここで聞いても答えられる人はいないけれど、でも、言われてみるとあの時の夕人くんの表情が晴れやかな感じじゃなかったのが気になっちゃう。あれって、私達のことを思ってっていうよりも・・・ダメだ、私にはわかんないよ。
「そんなの、私達にはわからないって。」
私の気持ちを読んだわけじゃないと思う。でも環菜がそう言った。
「うん、だよね。でもさ、よくわからないってのがあいつでしょ?」
むっちゃんはさらに焚き付けてくる。もう、私にもわからない。とことん付き合うって言ったばっかりなのに、もう付き合えなくなってきちゃったよ。
「そうだね、わかんないよ。夕人のこと。でもね、私はやっぱり夕人のこと好きなんだなって。今はっきりわかった。だって、田中に告白された時、そりゃ嬉しいっていう気持ちがなかったわけじゃないよ。でも、これが夕人に言われてたらってすぐに考えた自分がいたもん。それをはっきりと思い出せた。だから、私はそれでいい。チャンスがあるのかとか、そういうのは関係ないの。そういう関係になれるタイミングがあるかとか、そういうのも関係ないの。私、夕人のことが好き。」
はっきりとわかった。小町の夕人くんを好きっていう気持ち、私の好きって言う気持ちとは違うんだ。きっと私の好きなんて言葉よりもずっと重たい、深い意味での好きなんだ。
「だからね。夕人が椎名先輩と付き合うって言うならそれでいい。私はそれでも夕人のことを思い続ける。いつか気がついてくれるその日まで。っていうのはちょっとだけ格好つけ過ぎだね。」
小町が泣き笑いなような表情を浮かべてそう言った。
「すごいっ、小町すごすぎっ。私、今まで小町のことチビで子供っぽいやつって思ってたけど、スゴイね。絶対に私はそんなこと言えないよっ。」
なっちゃんのその言い方はともかく置いておいて。
でも、本当だね。私も脱帽だよ。環菜はどう思ってるのかな。私は小町より環菜の方がそういう考え方なのかって思ってた。でも、彼女は諦めるかなって一度は口にしちゃってた。それは、過去のアレが原因かもしれないけれど・・・私にそのことを聞く勇気なんて無い。
「え?そうかな?なんとなく、自分で言っててバカだなぁ、私って。そう思ってたんだけど。」
「うん、バカだね。でもさ、バカはバカでも大馬鹿って感じ。私、応援したくなった。」
なっちゃんの気持ちはよく分かるよ。私もそう思ったもの。
「大馬鹿っていうか・・・ある意味で純情っていうか・・・あきれちゃうよ。あいつのどこにそこまで思えるのか、私にはわかんないね。」
むっちゃんの考え方が普通だと思うよ。でも、私もまだ諦めきれてはいないんだなぁって話を聞いてると思うんだ。でも、この先、夕人くんよりもいい人が現れたら・・・その時は、私も前に進めるようになるのかもしれない。
「私ね、思うんだ。」
環菜がゆっくりと口を開く。このメンバーでは一番夕人くんのことを知っている環菜が。
「ん?何を思うの?」
なっちゃんが上手く話の流れをコントロールしてくれている。小町は複雑な表情で環菜の顔を見ていた。
「夕人くんって・・・間が悪い人なんだと思う。私も人のことは言えないんだけれどね、色々考え込む人だと思うの。そうして、いっぱい考えて、考えて、考えた上に行動するの。それはね?自分のことだけじゃなくて、他人のことも考えてるから、それはそれは本当に大変なんだと思うの。そしてね、いろんなことがズレてるの。」
うーん、難しいこと言ってるよね。でも確かに夕人くんにはそういうところがありそう。
「あー、わかるかも。でも、芯は強いんだよね。頑固っていうかさ。こうと決めたら一本気っていうか、でも、そこに至るまでは時間がかかるみたいな。色仕掛け、全然通用しないし。」
それは私の胸にも突き刺さる言葉っ。痛いわっ。
「色仕掛けって、あんた・・・」
むっちゃんは顔をしかめている。
「あー、私ね、実は色仕掛けしたんだ。去年だけどね。ほら、みんなも覚えてるでしょ?足草が色々やってくれたアレ。ま、アレで私の芽は完全に潰れちゃったんだけれど。」
なっちゃんは笑いながら話しているけれど、ちょっとすごい話よね。私は夕人くんから聞いてたから驚きはしないけれど。
「それは・・・私も悪かったと思うよ。ごめん。」
むっちゃんがあのときのことを思い出しているのか、頭を下げて謝っていた。
「いいの。もうそのことはいいんだ。どっちにしても無理だったと思うから。だからね、せめてエッチなことでもして既成事実を作っちゃおうって思ったんだけど、それもダメだった。」
そうだね。夕人くんはそういうのでは落とせないよね。
って、考えてみたら私ってなっちゃん以上に体で迫ってたりしない?うっわぁ、よくよく考えてみると、私って変態かも。だってほら、なっちゃんの真似してみたり、いきなりキスしてみたり、シャワルームでは・・・あぁ、なんか酷いわ、私。
「ん?どうしたの茜?」
「なんでも・・・ないでふ。」
なっちゃんに声をかけられて、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「いやぁ、抱かれたら勝ちかなぁって。」
笑いながら超絶に大人の発言。この場でそれを言えるなっちゃんってスゴイっていうか何ていうか。さすがに私もそこまでは言えない・・・かな?どうだろう?
「勝ちは勝ちだけれど、なんか違うんじゃない?」
むっちゃんがそう言って厳しい目つきでなっちゃんを見る。
「うん、今ならわかるけど、あの時はそれしか無いって。夕人くんが止めてくれてよかったって思ってる。」
そっかぁ。みんないろいろと思うところがあるんだね。
「私・・・それでもいい。」
環菜がびっくりするようなことを言い放った。ちょっと待って?それって環菜のキャラじゃないよね?も、もちろん私のキャラでもない・・・と思うけど。
「環菜、落ち着いて。それはきっと後悔するよ。環菜も夕人も。だからダメ。」
小町が一番冷静なことに私は今更ながらに驚いた。あの小町がそんなことを言うなんて、今までは想像もできなかったから。
「でも・・・」
「それはさ、大人が言う『都合のいい女』だよ。そんなのでいいの?」
小町の言葉になっちゃんも、むっちゃんもしきりに頷いている。もちろん私もそう思う。でも、それで繋がりを持てるなら・・・って思っている私は・・・頷くことができなかった。
「わからない。今は、分からないの・・・」
環菜の言葉で全員が静まり返る。きっと、みんなが頭の中で色々なことを考えているに違いない。
「ねぇ、人ってどうして恋をするのかな。」
小町が言った言葉に答えられる人は残念ながらここにはいなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
いつの時代もこの年頃の女の子たちは男の子たちよりも大人です。
特に夕人は意外に子供ですから。
それにしても環菜の想いは少し怖いものがあります。
陽の茜、陰の環菜という図式なんでしょうけれど、もう少し明るくなって欲しいです、環菜には。
小町がグッと成長した気がします。
この数ヶ月の葛藤は無駄ではなかったということだとは思いますけれど、私としては周りの友達の心が広いなぁっと感心していました。
許してもらえなくても仕方がないようなことをしてますからね。
さぁ、修学旅行編も終盤です。
これからどうなっていくのでしょうか。




