修学旅行 その3 ー五者五様ー
タイトル通りです。
修学旅行の三話目になります。
「六番の人たちいますかー?」
肝試しのスタート地点にいる生徒がそう声をあげた。
「お、ついに俺たちの番だな。行こうか、青葉。」
「・・・」
「・・・よし。はいはーい。俺たちですっ。」
翔は一人声を上げて意気揚々とスタート地点に赴き、小町は重たい足取りでそのあとに続いた。
二人の対照的な姿は傍目から見ても一種異様な雰囲気だった。
翔と小町は初めのチェックポイントを通過した。けれども、その間に話しかけたのは翔の方からだけ。小町からは特には何も話しかけてはこなかった。また、当然というべきなのか翔の問いかけにも適当に相槌を打つだけという感じだった。傍目から見ても酷い光景だったのはいうまでもないだろう。
そして、しばらく歩き乙女の像までもう少しというところで翔が業を煮やしたのか軽くため息をついて小町の方に向き直った。
「なぁ、青葉。何があったんだ?」
「・・・別に。」
「何もないならもっと昔みたいに接してくれよ。これじゃみんなシンドイだろう?」
「・・・」
「まぁさ。俺にはわからないことがたくさんあるんだろうけれどさ。何も言わなきゃ何も伝わらないと思うぞ?誰に対して腹を立てているのか。それとも俺たち全員に対してムカついているのか。俺にはわからないけれどさ。」
「うるさいな。さっさと行こうよ。」
「あぁ。そうだな。でも、これだけは言わせてもらうぞ。今の青葉の状態は最低だ。八つ当たりをしたって事態は解決なんてしないからな。今の俺が言ったことでムカついたならはっきり言ってくれ。そのくらいは大丈夫だろう?」
「あぁ、ムカつくね。」
「だろうな。ムカつくのは図星だからだ。人はな、正論をぶつけられて、それが妥当と感じてしまった時に腹が立つもんなんだ。俺もそうだからな。」
「・・・」
「なぁ。茜や夕人と何があったのかは知らないけれど、ちゃんと話してみろよ。あいつらってそんなに頼りない奴らだったか?」
「・・・さぁ。」
「うん。そうだな。俺から言えるのはこれくらいだ。あとは自分で考えたらいい。でも・・・」
「・・・」
「できることなら、昔みたいに楽しくやりたいもんだ。」
翔はそれだけ言って前を向いて一人歩き始めた。
小町は俯いたまま翔の後をゆっくり歩いていた。
ただ、その表情は少し穏やかなものになっていたように見えたのは月明かりのせいだったのだろうか。
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「最後ー。十八番って・・・もうここにいるのは三人だけだから、お前らなんだろ?」
スタート地点にいた男子生徒がそう夕人たちの顔を見て笑いながら言った。
「あぁ、そうだな。俺たちしかいないもんなぁ。」
夕人も笑いながらそう言葉を返した。
「しっかしさぁ。本当にお前って美味しいところ持っていくよなぁ。」
「美味しいところ?」
「だってそうだろう?小暮と玉置だぞ?」
男子生徒は夕人の耳元で囁くように言った。
「ん?」
夕人はその言葉の真意がつかめず、少しだけ眉をひそめて男子生徒の顔を見た。
「だって、お前、俺たちの学年のトップファイブには入る美人二人と肝試しとか、もうこれ、フラグにしか見えないしさ。」
ハァッとため息をつきながらその男子生徒は夕人の両肩に手を乗せた。
「フラグ・・・」
「羨ましいぞ。俺なんか・・・」
「夕人くーん、もういいの?」
茜が少し離れたところから声をかけてくる。隣には環菜もいて、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「あ、おうっ。もういいみたいだよっ。」
夕人が茜にそう声を返した時、男子生徒にさらに肩を強く掴まれた。
「いてて・・・なんだよ?」
「何が『夕人くーん』だよ、ちくしょうめがっ。」
男子生徒は目に涙を浮かべながら夕人の顔を睨みつけてきた。
「な・・・何泣いてんだよ・・・お前・・・」
「俺・・・小暮のこと、好きなんだよ。」
男子生徒は、そう小さな声で夕人に話した。もちろん、近くにやってきていた茜たちには聞こえてはいないだろう。
「そ、そっか・・・それは・・・悪かったな・・・」
夕人は色々と思うところがあったが、とりあえずは無難な返事を選んだのだろう。
「まぁいいさ。どうせ俺には高嶺の花だからさ。で、竹中。できたら写真とかくれないか?小暮の。」
「・・・自分で頼め。」
「冷てーな、お前っ。」
男子生徒は笑いながらそう言った。
「夕人くん?どうしたの?」
そう声をかけてきたのは環菜だった。
「ん?なんでもないさ。色々と中の様子を聞いてただけ。さ、行こっか?茜、環菜。」
夕人は少しだけワザとらしく二人の美少女の名前を呼んだ。
「・・・行ってこいよ・・・あぁ、そうそう。お前らは最後の出発組だからさ、一応、落し物とかないか見ておいてくれな。俺たちも後で確認はするけれど、竹中はそういうの得意だろう?」
男子生徒は恨めしそうな目線を夕人に向けながら、仕返しとばかりにそう言った。
「あー、別に夕人くんはそういうのが得意とかじゃないよ?そういうことができる人ってことなんだから。」
夕人が答えるよりも先に茜がそう答え、隣に立っている環菜が『そうそう。』と言って頷いている。
「いや・・・それはどうなのかな?なんかそういう役回りが多いからそう思われてるだけだと思うんだけど・・・」
夕人は右手で軽く頭を掻きながら二人の言葉を軽く否定しようとした。
「はいはい。とにかく頼んだぞ、竹中。」
「りょーかい・・・」
「それじゃ、肝試しとか楽しくなくなっちゃうじゃない・・・」
茜が口を尖らせながら小声で文句を言い、それを聞いた男子生徒はジトッとした目で夕人の顔を見たのだった。
「ははは・・・」
夕人にはただ笑うしか選択肢がなかった。
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一方で翔、小町ペアはどうなっているのか。
彼らはもうすぐゴール地点に到達しそうなところまで歩いてきていたようだ。
「なぁ、杉田。」
ゴールまであと少しというところで小町が翔に声をかけた。
「ん?なんだ?」
翔は歩きながらそう言葉を返した。
「そのさ・・・色々あったんだよ・・・」
「んー、ま、そりゃそうなんだろうな。」
翔は小町の顔を見ることなく答えた。
ただし、歩くペースは少しだけ落としているようだった。
「うん。そうなんだ。」
「何があったんだ?」
「・・・夕人がさ・・・」
「夕人?」
「あ、じゃない。竹中がさっ。」
小町は必死になって言い直したが後の祭りだった。けれど、翔はそれ以上は何も言わない。
「うん。どうした?」
「・・・椎名と付き合ってるって・・・」
「あぁ・・・」
翔は小町の言葉にただそう答えた。
「・・・うまくいってるんでしょ?」
「うーん、俺はそれ、初耳だけどな。」
翔は今の言葉だけで全てを察したのだろうが、あえて言葉にしなかったように見えた。彼はそういう男だ。
「え?初耳?竹中ってお前にもなにも言ってないのか?」
小町は驚いたよう表情を浮かべて顔を上げる。
「あいつら、付き合ってんのか?」
今度は翔が小町に問いかけた。
「だって・・・」
「青葉がそう言うのなら・・・そうなんかもしれんなぁ。けれど、俺は知らない。」
「・・・」
小町は再び黙り込んでしまった。何かを考え込むかのように。
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再び夕人たち三人の様子を見てみよう。
「あー、そこになんか落ちてない?」
夕人くんが道の隅っこに落ちているものを指差してそう言った。
もう、そんなにあっちこっち見てないでもっと私・・・たちのことを見てくれないかなぁ。なーんて。無理だよね。夕人くんってそういう人じゃないもんね。
「あ、本当。何かな?あ、お財布・・・」
もう、環菜ももうちょっと、ほら、ね?なんかあるんじゃないの?全く二人とも真面目なんだから・・・
「え?財布?それは・・・困ってるだろうなぁ。」
夕人くんってば本当に困ったような表情浮かべちゃって。やっぱり、いい人だよね。優しくて、うん。あはは、なんかちょっと嬉しい。こうやって一緒にいれるって言うだけでも楽しいや。
「そうだねぇ。誰のお財布かなぁ。」
夕人くんと環菜が二人で頭を突き合わせて、手に持ったお財布を見つめてる。あれ?二人ってあんな感じだったっけ?なんか、もう少し距離があったように思ったんだけれど。なんだろう。やっぱり、私よりも二人の方が一緒にいた時間が長いから?二人の行動がすごく自然に見える。お互いがお互いの行動をわかっているって言うか。うまく言えないけど・・・気のせい?
「それは俺にもわからん。とりあえず持って行こうか。ゴール地点で先生に渡しとこうよ。」
「うん、そうだね。じゃ、私が持っとくよ。小さなカバン持ってきてるし。」
「あぁ、頼むよ、環菜。」
「うん。」
「じゃなくってっ。これって肝試しなんだよ?もうちょっとなんか、楽しくやろうよ。」
思わず二人の邪魔をしたくなった。だって、すごく仲が良さそうに見えるんだもん。それはちょっと悔しいもん。
「あ、そっか。そうだね、うん。そうだよ夕人くん。もうちょっと本来の目的の行動をしよう。」
環菜が思い出したかのように私の言葉に追随した。
「あ・・・うん・・・そうだな。よし、わかったっ。そうしようっ。」
夕人くんは少しだけ考えを巡らすように腕を組んで考え、そして笑顔を浮かべてそう言った。
「じゃ、私は夕人くんのこっち側の腕借りるねっ。」
そう言って私は夕人くんの右腕をグイッと掴んだ。それはささやかだけれど環菜への対抗心もあったのかもしれない。でも、一番の思いは私を忘れて欲しくないっていう思いだったと思うんだ。
「あはは、茜、すっごく積極的っ。じゃ、私もー。」
環菜がそう言って夕人くんの左腕に腕を絡めた。
「あ、おいおい・・・それじゃ歩きにくい・・・」
夕人くんがヨタヨタしながらそう言った。
「いいのっ、こんな時くらいいいでしょ?」
「そうよ、我慢しなさいよ。」
私と環菜が交互に夕人くんに文句を言う。なんだか面白い。今までとは少し違う感じだけれどこれはこれで楽しいって思える。どうしちゃったんだろう、私。
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「さっきのって昼間に見た乙女の像?」
茜がそう聞いたのもよくわかるよ。なんていうか暗いところで見ると銅像って怖いのよね、表情とかポーズとかが妙に生々しいっていうか。
「そうそう、なんか違う像みたいだったよね。ちょっと不気味。」
だから私も茜と同じ感想を口にしたのよ。
「だよなぁ。でもさ、俺はあれが乙女っていうのが納得いかなかったぞ?なんていうか・・・少し大人っぽくなかったか?あの像の顔つきとか、体つきっていうか。」
「あーわかるわかるっ。私もそう思ったよっ。」
「うん、そうだねぇ。ちょっとあれだったよねぇ。」
あれ?夕人くん、私たちのことを見てる?え?なにそれ?え?
「あー、夕人くん。ちょっと想像してる?」
茜がニヤッと笑みを浮かべて夕人くんの顔を見て言った。
「いや、してない。」
「そう?環菜って結構あれなんだよ?おっぱいとか・・・むぐ。」
「わー、何言おうとしてるのよっ、茜っ。」
びっくりして急いで茜の口を塞いだんだけど・・・ちょっと遅かったかも。
「あぁ・・・」
あぁ、もう、夕人くんがおかしなリアクションしてるじゃないっ。茜はもう・・・何考えてるのよ。そう思って茜の顔をキッと睨みつけた。
「あのね、夕人くん。このタイミングで言うのもどうかと思うんだけれど・・・」
私の目線に気がつかなかったのか、茜が急に話を変えた。それにしてもどうしたんだろう。あまりにも雰囲気が変わったけれど。
「あ、え?なに?」
そりゃ驚くよ。急に真面目な感じで話し始めるんだから。
「ほらっ、こんなポーズをしたらちょっとあの像と似てる?」
茜が私の正面に立ち、自分の左手で私の左手をとってあの像と同じようなポーズを取らせた。
「うえっ?な、何するのよ、茜っ。」
確かにあの像のポーズもそんな感じだったけれど、それって今やること?もう、何考えてるのよ。
「うーん、そうだなぁ。ポーズは似てるけれどさ、やっぱ二人の方が綺麗だし、可愛いよなぁ。あの像は俺にとって乙女って感じじゃないわ・・・あ、これって言っちゃヤバイかな?」
夕人くんは腕を組みながらまじまじと私たちを見てそう言ったんだけれど、なんかちょっと恥ずかしい。
「あの像が作られたのは今から五十年くらいも昔だからねぇ。色々と違うんだよ。ほら、でも今、夕人くんだけの乙女の像がここにいるよ?」
茜のセリフっていつも挑発的ではあるけれど、何なのよ、それっ。あぁ、もう。私はどうしたらいいよ。
「あはは、茜は面白いなぁ。そうだなぁ。そう言う意味では俺は幸せものってことだよなぁ。だってさ、二人はうちの学校の美女代表みたいなもんだからなっ。」
夕人くんがそう言って笑い出した。
「写真を撮れないのが、残念だなぁ。」
そして、そう付け加えた。
「私は、いつだって夕人くんになら撮られてもいいよ?」
ちょ・・・茜・・・何?何?
「ん?」
夕人くんの表情から少しだけ笑顔が消える。
「わ、私もっ。」
勢い任せに言っちゃったけれど、何なのこの展開は。それに、こんな感じは私のキャラじゃないんだけれど?
「ふふ、環菜もこう言ってるよ?どうする?夕人くん。」
茜はさらにそう言って、夕人くんに詰め寄る。
「い、いや、どうするって言われてもさ。」
夕人くんはチラッと私の目を見てきた。私に何かもを求めてるの?ううん、きっと違う。ただ、茜があんなこと言ってるから私の顔を見てきただけ。多分、そう。
「私と環菜。どっちが可愛かった?」
「は?」
そう声をあげたのは夕人くんじゃなくて私だった。
「あー、いや、それってどう言うつもりで聞いてんの?茜。」
夕人くんは不思議と冷静。私はこんなにドキドキしてるのに。それに茜、何でそんな言葉を簡単に口に出せるの?
「どう言うつもりって、もちろんそのままの意味。」
茜も冷静・・・なのかな?声だけはいつもと変わらない気がするけれど。
「そっか。そのままの意味かぁ。そいつは困ったな・・・なら、なんて答えたらいいんだろうなぁ・・・」
あれ?夕人くんが本気で考え込んでる?茜と私なんて比べたら明らかに茜の方が可愛いのに?でも、そんなことを何で私もいるところで聞くの?そう言うのって、ほら、誰もいないところとか、男子同士でする話なんじゃないの?
「思った通りに。」
「う〜ん。そうだなぁ。どっちがって言うのは難しいなぁ。二人とも可愛らしいところあるし。うん、そう言うことだな。」
夕人くんは一人頷いている。そんな彼の言葉を聞いて安心した自分と、少しだけがっかりした自分がいたことに気がついて、私は少し驚いた。
「そう言うと思ったよ、夕人くんならね。よかった。今までと何も変わってないね。」
茜は笑顔を浮かべて私と夕人くんの顔を交互に見た。
「茜ってたまにこういうこと言うよなぁ。それも、何かあった時に。何か話があるのか?」
私にはわからない二人の会話。私とは違う繋がりを持っている二人。そんな二人が羨ましくもあり、そして、少しだけ妬ましかった。
ふと空を見上げると綺麗な月が見える。
星もたくさん見えた。
なのに綺麗だとは思えなかったのはきっと私の心が汚れているからなんだ。そう思うと余計に悲しくなってきた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
環菜と茜の微妙な心理描写をしてみたつもりです。
お互いが同じようなことを考えているみたいですね。
あたり前のことですけれど、人間には他人の気持ちまで正確にはわかりません。
いえ、わからないからこそ、色々と考えて、考えて、考えるんですよね。
そうじゃなかったら、つまらないし、恐いと思いませんか?




