ムムム、これはまずいぞ。
北田さんとのお話がメインになってきましたね。
このまま彼女も竹中グループに加わりそうな勢いです。
でも足草はいらないですねー。
翌日。
俺は幸いにして風邪はひかなかった。
いつものように何事もない日々が始まろうとしていた。
「よぉ、夕人。今日は早いな。」
「早くはねぇよ。杉田。今何時だと思ってるんだ?」
まだ寝ぼけているのか?
「ん?・・・八時半だな・・・早くはねぇな。あれ?」
「どした?杉田。」
「竹中くん、昨日のコレ。ありがとう。風邪ひかなかった?」
そう言って、現れたのは北田さん。昨日の傘を返しに来たようだ。
「大丈夫だよ。ちょっと濡れただけだって。」
「そう?」
「あぁ、俺んち近いからな。平気だよ。」
実際は結構濡れてしまった。制服を乾かすのに母親が四苦八苦してたみたいだ。
なんだか、せっかくだから制服を洗っちゃおうって言ってたからなぁ。
それにも関わらず、朝起きたらいつも通りの制服があるのを見て、母親のすごさを再認識した。ありがとう、お母さん。
「なんだ?何あったんだよ、昨日。」
なんとなくわかってるくせに。わざと聞いてきてるのか?
「ま、いろいろあったんだよ。大したことじゃないって。」
足草のことを思い出すと腹立たしいので考えないことにしたい。
「いろいろってなんだよ。気になるなぁ。」
杉田がニヤニヤしながら・・・と思ったんだけど、あれ?ニヤニヤしてない?
「気にすることじゃないよ。ただ、仕事を手伝っただけだって。」
「傘もか?」
今日の杉田はなんだかおかしい。
「あ、それは、私が昨日貸してもらったの。」
まったく、余計なことを・・・
「ホゥ。夕人くんは紳士であらせられますなぁ。」
「バカ、別にそういうのじゃないって。女の子だけ雨に濡れさせるわけにはいかないだろう?お前だったらどうするよ?」
いつもの杉田の回答をイメージしてみる。
『当然よ!俺はいつだってジェントルマンだからな!傘をスッと渡して家までエスコートだな。』
なんて感じになりそうな気がする。
「俺だったら?」
杉田が怪訝そうな表情をしている。あれ?なんか予想と違うな。
「そう、お前だったら。」
とりあえず、流れのまま続けてみる。
杉田は考え込むように胸の前で腕を組んで、頭を振っている。
「そうだなぁ。傘を貸さずに濡れて帰るか。」
「なんだか、杉田くんらしいね。その答え。」
俺にはそうは思えない。杉田なら絶対に俺と同じ行動をとったはずだ。
「そうかねぇ。」
いつもの杉田らしくない対応に、かなりの違和感を覚える俺だった。
「まぁ、その話は置いといて。」
これ以上突っ込まれても面倒だから話題を変えてしまおう。
「置いとくなよ。盛り上がるところだろ?」
お、このノリはいつもの杉田かな?
「今日も、編集やるよね?」
杉田のことはちょっとだけ放っておいて北田さんに声をかける。
「うん、早く終わらせちゃいたいから。」
「なら、今日もやろうか。手伝えるかわからないけど、手伝うよ。杉田も一緒にどうだ?」
俺の何気ない一言のはずだったが、杉田の動きが一瞬硬直したような気がした。
「あ、いや、俺は今日用事があるんだわりいな。」
「じゃ、今日の放課後もよろしくね。」
「わかったよ。」
話がひと段落するのを見計らったように教室に竹原先生が入ってきた。
「よ~~し、日直、朝の挨拶っ」
*************************
昼休み。
体育館の使用は学年ごとに曜日が割り当てられていて、今日は体育館が使えない日だ。だから、バスケができない。
こんな日は杉田と絡んでいるに限る。
「なぁ、夕人。」
「なんだ?」
俺たちは次の授業の準備をするわけでもなく、たわいのない話をしていた。
「俺思うんだけどさ。」
なんだ?こいつがこんなことを言うなんて珍しい。
「なんだよ。」
「液晶電卓ってあるよな。あの青っぽく光るヤツ。」
「あ、あぁ、あるな。それがどうした?」
「あれって、他の色には光らないのかね?」
「さぁ、わからんね。」
「あれって、なんかの薬品が入ってると思うんだよ。前に液晶を潰してみたことがあるんだけど、その時になんか油膜みたいなのができたんだよ。」
こいつ、前も電動チャリとか考えてたな。あれはどうなってるんだろう?
「そうか。油膜ができたんなら油分が含まれてるんだろうな。」
「そう、で、考えたんだよ。」
またか・・・。きっととんでもないことを考えたんだろうな。でも、その話を聞くのは結構面白い。もしかしたら近いうちに実用化されてもおかしくないと思うからだ。
「何考えたんだ?」
「うん、あのな?含まれている薬品の種類を変えるとか、薬品にかける電圧を変えたりしたら、他の色にも光るんじゃないのか?例えば赤とか、黄色とか。」
俺は電卓からそこまで考えることはないな。うん、絶対にない。
「そうかもしれない。」
「テレビで見たんだけどさ。蛍とかの発光の仕組みってよくわかってないらしいじゃないか。でも、あれはルシフェリン?なんかそう言うものが関係してるとかいうんだよ。ほら、ルミノール反応みたいな。」
ルシフェリンとは何だ。ルミノール反応は聞いたことあるな。ヘモグロビンと反応するとかそういうやつ。いや、ヘモグロビンの中の鉄だっけ?まぁいいや。
「そうなのか?で、それと電卓の液晶がどう関係してくるんだ?」
「そこだよ、夕人。あれはどちらも光ってるのに、熱くないじゃないか。白熱球なんか熱くて触れないだろう?光っているときには。」
「確かにそうだなぁ。」
「つまり、あれは熱を発生しない光なんだよ。」
「うん。そういうことだよな。それで?」
「わからないかなぁ。その辺の技術を改良して行ったら、いろんな色に光らせれるんじゃないのか?」
「いや、全然わからんのだが?」
「ホタルイカとかも青く光るみたいだし。」
「そう、だから何を言いたいんだよ。」
こいつと話していると、知識だけがあってもダメだということを痛感する。何というか、組み合わせの発想というのだろうか。日常から何かを生み出すっていうのはこういうことなのかもしれない。
「いろいろな色が作れるとしたらなんだっていうんだよ・・・あ、そうかっ」
「そう、後ろから光を当てたらテレビみたいに映像を作れるってことだよ。」
「なるほどな。今のブラウン管みたいに分厚くない、それこそ、蛍光灯で光らせるテレビが作れるんじゃないか?」
「・・・液晶テレビってことか。それはすごいな。」
「ただ、問題があるんだよな。」
「なんだよ。全然問題がないように感じるんだけど。」
「液晶って、付いたり消えたりするのに時間がかかるじゃないか。それだと、動く画像には向かないんだよなぁ。」
「反応速度の問題ってことか?」
「そう、その辺の問題さえクリアできたら、いけると思うんだよなぁ。」
「杉田・・・お前は一体何者なんだよ?」
その発想、それにも分けてほしいよ。
「え?俺は俺だろ。将来ガンダムを作る男だよ。」
これさえなければ、本当にすごい奴なんだが・・・。まぁ、だから、いいんだけどな。
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放課後。
昨日と同じように放送室で編集作業をしていた。
ただ一点、足草が居ないということを除けば。もう、いないほうが効率がいいからそれでいいや、なんて思っている自分がいるのが不思議だ。
「使う映像と、使わない映像ってどうやって分けるの?」
これは初めから思っていた疑問だ。きっとダビングを行うんだろうけど、全部手作業だろ?俺に手伝えることなんかあるんだろうか。
「この機械を使うとね。ダビングができるの。で、文字なんかを入れたいときはここの機械をこう使って・・・」
なんだか難しいことを言われたが、半分もわからないような気がする。
まぁ、要するにこういうことだと思う。まず必要な部分の映像だけ抽出して、文字だけの映像を作るときはいったん文字だけを撮影して挿入する。さらに、映像に文字を入れたいときは専用の機械を使って映像に上書きして取り込んでいく。言葉にすると簡単なんだが、これが思ったよりも時間がかかる。何といってもコマ単位の操作が必要になるからだ。
「俺の手伝えること、ないみたいだ・・・」
いい感じに時間は過ぎていく。作業開始から約一時間。
「そんなことないよ。この作業は一人だったら本当に滅入るような作業だから。」
「そうだろうなぁ。テレビ局の人は大変だよね。」
「うん、でも、一緒に話しながらできるとそんなにつらいことじゃないよ。」
「そういうものかなぁ。北田さんって将来こういう仕事がしたいの?」
俺はこういう地味な仕事はできないかもしれないなぁ。そう思って聞いてみた。
「う~~ん、どうかなぁ。仕事としては・・・やりたくないかも。」
「そうなの?でも、見てる限り、結構向いてそうな気がするけど?」
黙々と作業をこなす姿は、ちょっとカッコよく見える。
「私は・・・歌手になりたいな。」
「歌手?それはすごいね。俺も歌を歌うのは好きだけど、歌手になるほどではないなぁ。」
「なかなか、難しいと思うけどね。」
そうなんだろうな。歌手を目指す人はたくさんいるんだろうけど、実際にテレビに出て活躍している人たちは数えるほどしかいない。
「それが現実なんだよなぁ。」
なんだか暗い話になりそうだ。
「竹中くんは、将来何になりたいの?」
「俺?俺は・・・なんだろうなぁ。」
杉田みたいに、天才的な頭脳を持っているわけでもないし、イケメンでもない。俺にできるとしたらなんなんだろう。
「夢とか、ないの?」
「夢かぁ。あまり考えたことはないけど、昔、先生になったらいいんじゃないかって言われたことはあるなぁ。教えるのがうまいって。」
東山さんに。なんだか、ちょっと懐かしいな。
「そっかぁ、先生かぁ。」
「あんまり、向いてないと思うんだけどね。」
「なんで?竹中くんは優しいし、他人のことをちゃんと見てる人だから、できるんじゃないかな?」
俺が優しい?それはどうだろうな。結構自己中心的な人間だと思うけど。
「まぁ、そういう話はいいよ。また今度にしようよ。それより、編集頑張ろうっ。俺に手伝えることはない?」
「そうだねぇ。それじゃ・・・ここに一枚絵を入れたいから、そのタイトルとか一緒に考えてほしいな。」
「はいよ。了解です。・・・で、どんな内容になるの?」
そんな感じでその日の作業は進んでいった。
*************************
数日後。宿泊研修のビデオ編集も終了し、ようやく日常が戻ってきた。
「竹中ぁ。今日の音楽の宿題、やってきたか?」
足草だ。朝からコイツに話しかけられるとは俺も運がない。
「音楽の宿題?なんだっけそれ?」
「ほら、楽譜を自分のパートだけノートに張ってくるってやつだべ。」
そう言えばそんな宿題があったような気がする。そんな思い出し方をするような奴が、きちんと宿題をやっているとは到底考えられない。まぁ、平たく言うとすっかり忘れていたわけだ。
「やべぇ、やってねぇわ。」
「だろ?そうする?一時間目だぞ?音楽は。」
「今からやれば間に合うだろう糊とハサミさえあれば。」
「俺は持ってないぞ。」
そりゃそうだ。普通の男子は持ってるもんじゃない。
小学校の時は『お道具箱』なんていうシャレたものがあって、その中にいろいろなものが入っていたもんだが、中学生にはそんなシステム(?)はないからなぁ。
「環菜ぁ。糊とハサミ持ってない?」
俺が思わず声をかけたのは玉置さんだった。
「え?糊とハサミ?糊しか持ってないよ。なんで?」
クソッ、環菜ですら持ってないのか。こうなるとなかなか持ってることを期待できるやつはいないぞ?
「いや、音楽の宿題のあれだよ。まぁ、いいや。小町っ、お前は?」
「は?私?いや、どっちも持ってないわ。ごめん。」
ムムム、これはまずいぞ。
職員室に行って借りるか。職員室には音楽の藤原先生もいるんだぞ?俺が宿題をやってこなかったのバレる。ダメだ、それは。他のクラスに行って手当たり次第に女子に聞いて回るか?バカな。そもそも、なんと言って借りるんだ?もっと他のものなら借りられるかもしれないが、たかが糊とハサミだぞ?とすると、クラス全員の女子に聞いて回るほうがいいか。無理だ。もう時間もないし、そもそも両方を持っている可能性なんか低いぞ?いや、行けるか。一人くらいハサミを持っているだろう。しかし、結構大きな声で聴いたが返事がなかった。なら、いっそ玉砕覚悟で宿題をやることをあきらめてしまうか?ありえない。糊とハサミを諦めるなんて自殺行為だ。もう時間がない。どうする、どうする?俺?
「はい、ノリとハサミ。貸してあげる。」
何?バカな。糊とハサミだと?ここは乗るしかない。
「あぁ、誰かは知らないが助かった。ちょっと借りるぞ。」
俺は大急ぎで宿題を仕上げていく。結局、糊とハサミさえあれば、単純な作業だからすぐに終わる。
「ふぅ、終わった。助かったぁ。あ、糊とハサミかしてくれたの、誰?ありがとう。」
そう言って席から立つと、道具を貸してくれたのは北田さんだったみたいだ。
「ありがとう。助かったよ。」
「どういたしまして。それにしても、竹中くんでも宿題忘れることがあるんだね。」
「そりゃ、あるさ。どこかの足草ほどではないけどな。」
足草は隣でまだ宿題をしている。俺と同じようなタイミングで始めたのに、なんであいつは終わらないんだ?
「あ、ごめん。糊とハサミ、足草と一緒に使ってたんだ。あいつがまだ終わってないからもう少し待ってくれる?」
「あー、北田、助かってるわぁ。」
「うん、役に立ってよかったよ。」
足草に声をかけられて良かったと思ったのはこれが初めてだったかもしれない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回の更新も長めになってしまいました。
途中の竹中の心情、糊とハサミで慌てすぎですね。
敵に囲まれた○○ーシュみたいです。
もちろんこの時代には、ナイトメアなんて言うロボットはいません。
ご安心ください。
日本も健在です。
イレブンって何?




