食べ放題では食べ過ぎると死ぬほど辛いことになる
お互いに一言が足りない小町と夕人。
それを見かねた友人達がどんな行動を取っていくのか。
旅先ならではのいつもとは違う物語をお楽しみください。
そのあとのことはよく覚えていない。
浅草寺からホテルまでどうやって戻ってきたのかさえ覚えていない。ただ、ホテルのエントランスで茜を見つけた時、思わず走り出して抱きついたことは覚えてる。
「どうしたの?小町ちゃん?」
いつもの優しい声で茜が私を抱きしめてくれる。大人ぶるな、なんて茜に言っておきながら私ってどれだけ酷い子なんだろう。
「さ、夜ご飯は七時だから、それまで部屋で待機かな。」
杉田が何か言っているけれど、今の私は食欲もなかったし、本当にどうでもよかった。
「はーい。で、私の部屋ってどこなの?」
茜が私の頭を撫でながら杉田に聞いている。
「私と一緒・・・」
そう言って茜から少しだけ離れて、そして茜の手を取ってフロントに連れて行った。部屋の鍵はカードキー。フロントで受け取ってすぐにでも部屋に行きたかった。いや、この場に居たくなかった。
「あ、じゃあさ、夜は上の会のレストランだから、そこで待ち合わせなー。」
そう声をかけてきた杉田に茜は『了解ですっ。』って返事をしていた。なんか、やっぱり茜って大人っぽい。
「さて・・・俺たちも部屋に行こっか。」
ダーリンが夕人くんやあたしの顔を見てそう言ったけれど、いいの?それで。本当にそれでいいの?私はすっごく不安。だって、今までこんなこと、なかったよ?そりゃさ、夕人くんと小町ちゃんが喧嘩することなんてある意味で日常茶飯事って感じだったけれどさぁ。今回のはなんかヤバイよ。なんか、このままじゃ終わらないような気がする。
「翔・・・ちょっと。」
私は指でダーリンを呼びつけた。いや、いつもこんな感じなんじゃないよ?あまりにもダーリンが適当な感じだからよ?
「ん?どした?実花。」
私の様子を見て、環菜は気を利かせてくれたのか夕人くんを少しだけ遠くに連れて行ってくれた。まぁ、あの二人はあの二人で問題ありって感じなんだけれどねぇ。
「どした?じゃないわよ。いいの?あのままで。夕人くんと小町ちゃん。あのままっていうのはまずいんじゃないの?」
私は思いの丈をぶつけてみた。だって、ダーリンなら何かいい考えが浮かぶんじゃないかなってさぁ。そう、思いたいじゃない?
「あぁ、そのことか。あれってさ、俺たちがどうこうできることじゃないんじゃないか?きちんと二人で話をしないとさ。下手な口出しをするとかえってこじれそうだろ。」
う〜ん、ダーリンのいうことも一理あるとは思うんだけれどねぇ。だからって放っておくわけにもいかないし、このまま嫌な空気になるのも嫌だよ。せっかくこんなところまで来たのにさぁ。
「でもさぁ〜、なんとかしなきゃって思うでしょ?」
ダーリンにそう言ってみたけれどあんまりいい返事はもらえなかった。ま、それならそれで仕方がない。あたしが勝手に動きますかね。
「翔、あんたって薄情なのか信頼ってやつなのか、たまぁ〜に微妙な感じの時あるのよねぇ、夕人くんに対して。」
「ん?薄情だなんて、そんなことはないさ。今はあいつもいろいろ悩んでんだよ。だから、ちょっと見守ってやるべきなのかなって思うんだよ。」
あんたは夕人くんの親父さんか兄貴か。思わずそう思っちゃう言葉が出てきてびっくりした。
「でもさぁ、小町ちゃん、相当おかしなことになってるよ?それに、夕人くん、小町ちゃんのこと、青葉って呼んだじゃない。あれにはあたし、ドキッとしちゃったよ。」
「なんだ?夕人にドキッとさせられたってことか?」
「あ〜、なんかそれに答えるのはめんどくさいからそういうことでいいわ。とりあえず、あの二人はちょっと気をつけてみていてあげないと。あんたは同室なんだからちゃんとみててあげなさいよ?」
思わず説教モードみたいな話し方になっちゃったけれど、これがダーリンとのいつもの感じ。そんなにみんなが思っているほどイチャイチャなんてしてないよ?いや、ほんとに。
「おぅ、わかってるよ。流石は俺の彼女だな。いい女だ。」
こういう歯の浮くようなセリフ、言われて悪い気はしないんだけれどねぇ。今じゃねぇっつうの。
「はいはい。わかりましたよ。じゃ、そういうことでよろしくね。あたしは環菜と話してみるよ。」
さてさて、あたしたちの東京旅行の一日目。いきなり波乱から始まるって感じ?もうちょっと楽しい旅行にしたいんだけれどなぁ〜。
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「ね、夕人くん、ちょっといい?」
実花ちゃんが翔くんと話をしたいみたいだから、私は夕人くんを少しだけ引き止めておこうかな。さっきの感じも気になるし。
夕人くんが小町ちゃんの手を取って走り出した。そして、私たちが合流した時は、もう、おかしな空気になっていた。それは私にもわかった。でも、一体何があったんだろう。
「ん?別に、いいけど・・・」
やっぱり夕人くんも、変。何がっていうのも難しいけれど、疲れたような表情に見えるねぇ。
「どうかしたの?小町ちゃんと。」
私はあえて本題をいきなり切り出してみた。夕人くんとお話しする時はいつも遠回りしちゃうけれど、それってあまり良くないように思うから。でも、今はちょっと遠回しに言った方が良かったのかもしれないけれど。
「別に。」
夕人くんは目をそらして天井の方に目を向けている。
「何か、あったんだね?」
夕人くんの話し方がぶっきらぼうになる時は必ず何かがあった時。こうやって冷静になって夕人くんをみていると、結構わかりやすい人なのかなぁって思うけれど、実際はどうなのかしら。
「どうでもいいだろう?」
それでも私の顔を見ようとはしない。それは別に平気。誰だって機嫌が悪い時はそんな感じだしね。
「そうかな?せっかくみんなで旅行に来たのに、そんな態度じゃみんなが楽しくなくなると思うよ。」
夕人くんに一番効果的な言葉。それは彼自身のことを問い詰めるような言葉じゃなくて、誰かに迷惑がかかるってことを伝える言葉。それが一番彼を冷静にさせる言葉だって、私はよく知っているよ。
「・・・そうだな。悪かったよ・・・」
ほらね。夕人くんはどんな時でも他人のことを思いやれる人だから。何かきっかけさえあれば大丈夫な人なんだよね。
「ううん、今までのことはもう、いいんだよ。でもね、どうしたの?三月になってからだよね?小町ちゃんとうまくいかなくなったのって。」
私の記憶の中の二人をしっかりと思い出してみる。もちろん全部を覚えているわけじゃないし、分かるわけじゃないけれど、あの二人は私からみても仲の良い二人だったと思うもの。羨ましいくらいにね。だから、そんな二人の異変なんて、私じゃなくたってすぐに気がつくと思うの。
「・・・あぁ、そうだな。」
吐き捨てるように夕人くんがそう言ったのは、きっと思い出したくないからなんだろうなって、なんとなく気がついたけれど、それに関して問いただしていいものか。それは今の私には判断できないところだった。
「何か、あったのね。私は知らないけれど。」
「まぁ・・・何かはあったんだろうさ。けどさ、俺にも分かんねぇ。」
そっか。私にはわからないけれど、何かはあった。夕人くんはそのことは認めているんだね。だったら、それを思い出していけば原因がわかると思うんだけれどね。それは私が言うことじゃないのかもしれない。きっと、私よりも茜に言われた方が二人とも素直に言葉を聞くと思うし。
「そう。夕人くん、本当は見当がついているんだね。でも、どうしてこうなっているのかって言うきちんとした理由がわからない。きっとそう言うことなんだね。」
私の言葉を聞いて夕人くんは驚いたように私の顔を見てきた。
「相変わらず・・・環菜ってすごいやつだなぁ。」
ハァッとため息を吐きながら顔をしかめている。これって・・・褒められたの?
「すごくはないよ、全然ね。ただ、なんとなく、そう思っただけ。私から言えることなんて何もないけれど、夕人くんが後悔しないようにしてね。そして、お願いだから今回の旅行を壊すようなことはしないでね。みんな、楽しみにしていたんだから。」
「わかってる。そうだな。その通りだ。」
夕人くんは目を瞑って大きく息を吸って、そして吐いた。そして目を開けた時、そこにはいつもの夕人くんの顔があった。
「うん、それでいいと思うよ。」
私は笑顔を浮かべてそう言った。
「あぁ、ありがとう、環菜。」
久しぶりに夕人くんの言葉を聞いたような気がする。なんだかとても懐かしい気持ち。
「いいよ、全然。何か話したいことあったら、話、聞くからね。」
「あぁ、その時は頼むよ。」
夕人くんの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。そして、その笑顔と言葉を聞くと胸がチクっと痛い。きっと、夕人くんが私に相談するようなことはないだろうっていう思いと、もし相談されたとしたら、それは私にとってはすごく辛い内容なんだろうってことがわかるから。でも、それは仕方がないことだから。
「あ、翔くんたちも話が終わったみたいだね。じゃ、私も実花ちゃんと部屋に行くから。また晩御飯の時にね。」
私は、ほんの少しだけ無理に笑顔を作って彼の顔を見た。
「あぁ、またな。」
夕人くん、小町ちゃんの気持ちが本当にわからないの?彼のいつも通りの笑顔を見ながら私はそう思っていた。
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とても豪華な夕食。ビュッフェっていうのか?とにかくすごかった。ローストビーフやお刺身なんかもたくさんあって、正直に言えば食べきれない。そんな感想しかなかった。俺と翔はなかなかに善戦した方だとは思うんだけれど、女の子たちはやっぱり無理だよなぁ。あんまりたくさん食べれていなかったみたいだった。
しかも、夜景なんかも見えるレストランで、子供なんて俺たちくらいしかいないんだよ。そんな雰囲気のせいもあって、のんびりとはできなかったっていうのは事実だったよなぁ。あ、もちろん美味しかったぞ?でもさ、俺たちには比較する対象っていうのもないんだよな、あんまりさ。だから、正直に言えば、俺たちには勿体無いくらいの素晴らしいレストランだった、としか言えない。俺はそんな感想だった。
「夕人くん、ちょっと話せる?」
茜は食事が終わったのを見計らったかのように話しかけてきた。
「ん?もちろん、どしたの?」
俺は満腹すぎて苦しかったけれど、それと茜が話しかけてきたことには全く関係がない。
「明日のことで相談があるんだ。」
「明日?俺に?」
一体なんの相談だろう?今俺の体は食べ物の消化のために、ほぼ全ての力が胃に向かっている。頭まで血が回っていないんだろうな、全く思考が働かない。
「うん、十時に一階のロビーに来てくれる?」
「ロビー?」
あのだだっ広いフロアのことだよな。椅子、いやソファがあったあの場所。
「うん。お願い。」
両手を合わせてお願いのポーズをされたら断れないよな。
「わかったよ。翔も連れてくか?」
「ううん、夕人くんだけで。二人っきりで話したいんだ。」
二人っきりねぇ。いいんだけれどさ。そんなことよりも気になるのは、一体なんの相談なのかってことだよな。
「ん、わかった。」
「ありがと。じゃ、よろしくね。」
茜はそう言って、女子たちの会話の輪に再び戻っていった。
「夕人・・・俺、食い過ぎた・・・」
翔が俺の隣で腹を抑えながら目を白黒させている。やれやれ・・・俺も人のことは言えないけれど、コイツほどは食い過ぎてないぞ。
「大丈夫か?お前、本当にアホみたいに食ってたもんなぁ。」
翔は俺の二倍くらいは食っている。誰がなんと言おうと食い過ぎ以外の何物でもない。
「いや・・・結構やばい・・・部屋に・・・」
「戻るか?」
「戻しに戻る・・・」
何を言っているんだよ。うまいこと言ったつもりか?
「一人で行けるか?」
「行けないこともない・・・」
「わかったよ、俺も行くよ。」
食事後のおしゃべり中の女子たちに適当な理由を伝えて翔とともに部屋に戻ろうとした時だった。
「夕人・・・」
今、俺を呼んだのは誰だ?小さい声で呼ばれたような気がするけれど。俺はそう思って目線だけ声の方に向けた。
「ねぇ、夕人。」
声の方には小町がいる。やっぱり、今の声って小町か?
「ん?どした?青葉。」
俺はいつも通りに答えたつもりだった。そう、あくまでつもり、だ。環菜にあれほど言われたにも関わらず。
「ううん、ごめん。なんでもない。」
「そか?ま、なんでもないならいいさ。今は翔を部屋に連れてかなきゃ行けないからさ。話があるなら、また後で。」
俺は翔の様子を見ながらそう小町に返事をした。けれど、小町の顔は見ていない。きっと、この時に小町の顔をきちんと見ることができていたならば、なんの問題も起こらなかったんだろう。でも、そのことがわかるのはずっと先のことだった。
「ううん、いい。」
それだけ言って小町はまた女子たちと話を始めたみたいだった。俺は一度も振り返ることなく、翔とともにレストランを後にした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
夕人は夕人で一杯一杯なんでしょうね。
小町のことまで気が回らない。いや、回さないようにしていたのでしょうか。
致命的なダメージを受ける前に修復できると良いのですが。




