番外編4 ロマンスの神様
歴史には『もし・・・ならば』なんて言葉はない。そう言われる。でも、もしあの時、あんなことをしていなかったならば、結果は違ったかもしれないのに。そんな風に思うこと、誰しも経験があるはず。
絶対に有り得ない世界。
でも、『もし』があったならば。
そんな話です。
あくまで『もしかしたら』の話になるので本編とはつながらない話です。
茜と小町が街でお買い物をしていた時、夕人とローザのデートを目撃。そしてちょっとした言い合いになって別行動になってしまいました。でも、それはかなり低い確率での偶然からの出来事です。
夕人たちの行動パターンが少しだけ変わっていたら。
茜たちの行動パターンが少し違っていたら。
今回はそんなお話です。
「ね、これからどこに行こっか。」
私としては四プラとスポーツ用品店に行って、そのあとテレビ塔から景色を見る。そんな展開が良いんだけれど、夕人くんはどうしたいのかな?
「ん・・・そうだなぁ。あ、そうだ、ローザってさ、バレーボールやってるじゃない?」
「あ、うん、やってはいるけれど。それが何かあったの?」
夕人くんが何を言いたいのかわからないけれど、ちゃんと答えとかないと。
「いや、俺ってバスケやってたけどさ。バレーっていまいち上手くできないんだよね。あのトスとかレシーブっていうのは、まぁ、なんとかなるんだよ。でもさ、アタックっていうの?あれが全然上手くいかない。中垣内とか大林とか吉原とか。なんかすごい選手いるじゃないか。」
それはまぁ、あんな人たちと比べられるとしんどいけれど。確かにアタッカーもやることはあるけれど、基本はセッターだから。どっちかっていうと私、中田久美さんです。
「うーん、そうだねぇ。あれってもちろん練習しないとできるわけがないんだけれど、天性のものもあるっていうか。」
「そりゃそっか。あのレベルに到達できる人なんて、ほんの一握りだもんね。」
「うんうん、その通りだよ。きっとバスケもそうだよね?」
「だね、なんていうか既に体格がものを言うところもあるし。ほら、バレーもバスケもある程度身長がものを言うところがあるじゃない。」
「そうだね、身長が全てなんて言わないけれど。大きな要因なのは間違いないよね。」
夕人くんとスポーツの話題。これも結構楽しいかも。
「だよなぁ。俺ってあんまり背が高くないじゃない?」
「うーん、普通にしている分には十分だと思うけれど。」
夕人くんの身長って170センチくらいかな?もうちょっと大きいかな?私、162センチだけれど、ちょっと目線を上に向けなきゃいけないくらい。
「まぁね、でも、バスケをするには小さいよ。」
確かにそうかもしれない。私もバレーを続けていくにはこの身長じゃキビシイもの。
二人はそんな話をしながらスポーツ用品店に足を向けていた。
その後、二人はスポーツ用品店でバスケとバレーの靴やユニフォームの形状の違いなど、様々なことについて話し合いながら四プラで買い物をした。そして、今はテレビ塔の展望台にやってきていた。
時間は夕方。奇しくもあの時と同じような時間帯だった。ただ、季節が違うこともあって、あの時よりは少し暗い。そんな思いを夕人は持っていた。
「この時間って、綺麗だよね。夕日も見えるし。」
展望フロアは地上90メートル程度。西に伸びる大通公園が一望でき、南には天気さえ良ければ恵庭岳や支笏湖畔が見える。流石に、この時間になると見えないのだが。
「そうだね。」
夕人くんは私の隣で一緒に景色を眺めている。楽しい。嬉しい。自然に笑みがこぼれてくる。
私たちの出会いは最悪だった。
全部私が悪い。よく調べもしないであんな行動に出ちゃったんだから。
けれど、今日の私は一つだけ目標があったの。大したことじゃないよ。私、夕人くんのことが好き。だから、これからも、卒業した後も会って欲しいって。そんなことを思ってたの。
私って今まで好きだって思った男の子はいなかった。そりゃ普通に仲の良い男の子はいたよ?でも、それだけだった。なんていうかあんまり興味もなかったし、変に勘違いするような子もいっぱいいたから自然に距離をとるようになってたんだと思う。それに、なんか男の子って汚らしいし。胸とかをじっと見られるのがイヤだった。窓花と違って自信を持てるような大きさじゃないし。って、それはどうでもいいんだけどね。
とにかく、今日はここに来たかった。デートするならここに来たいって思ってたんだ。
本当は東京タワーに行きたかったけれど、東京なんて無理だしね。
「ね、ね、あっちの方からも見てみよ?」
ローザは夕人の手をとって別の方向の展望ステージに引っ張っていった。
「そんなに焦らなくたって景色は逃げないって。」
「そんなことないよ。この時間は、今だけなんだからっ。」
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『ローザの言った言葉、すごく大切なことのような気がする。』
夕人はローザに手を引かれながらそんなことを考えていた。
彼は今まで随分と背伸びをして来たように見える。実年齢以上に大人に見せようと、大人のように振舞おうとしてきた。それは中学生にとって普通のことなのだが、彼はそのことが原因で色々と踏み出せない一歩があったことも否めない。
二年生になり友人たちに恵まれたこともあって、少しずつ精神的に成長してきた。自分の思いを他人に話すことができるようになってきた。けれども、彼はまだ子供。本当の成長はこれからだ。
「なぁ、ローザ。」
「ん?なに?夕人。」
ローザはいつも俺のことを真正面から見てくれていたように思う。今にして思えば初めの出会いこそ最低だったけれど、こうして仲良くなっていくと相手の良いところっていうのがたくさん見えてくるように思う。
「いや、なんでもないよ。」
「何よ、わざわざ声をかけておいて何も言うことがないっていうの?」
プゥッと頬を膨らませて抗議の声を上げているけれど、怒っているというわけではないのだろうな。
「はは、ローザは面白いな。」
「なによー、なんで笑ってるのよー。」
夕人の横には口を尖らせて『むぅ』と文句を言っているローザがいた。
「いや、なんかさ。色々考えちゃっただけだよ。」
そう、俺はこの場所が嫌いだった。
でも、よく考えるとこの場所が嫌いってことじゃないんだ。この場所から始まった一連の出来事が嫌な思い出だったんだ。そうさ、そんなことを考えても仕方がないんだよ。あれは・・・あのことは俺の思い出。忘れることなんかできないけれど、だからって今、ここでそれを引きずることなんかないんだよな。
「なにを考えていたのかな?」
ローザが俺の顔を笑顔で覗き込んできた。
この笑顔はなんだか色々な嫌なことを忘れさせてくれる、そんな気がした。
「ちょっとね。大したことじゃないよ。」
「ふーん、本当かな?」
「本当さ。全然大したことじゃないよ。」
嘘だった。
けれども、そんなことはどうでもいいんだ。大切なのは今であって過去じゃない。いや、過去が大事じゃないなんてことはない。それはわかってる。でも、だからってネガティブになってちゃいけないんだろうな。
環菜のことも、東山さんのこともいい思い出だった。そう思うことが大切なんだと思った。
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「そ?ならいいよ。それよりも、夕人に話があるんだ。」
ローザは展望デッキの手すりにもたれかかるようにして振り返り、そう言った。
その背には西に連なる山が見え、少しずつ夕日が沈んでいくのがはっきり見えている。でも、その逆光のせいで夕人にはローザの表情がはっきりとは読み取れなかった。
「うん。」
私の顔をじっと見てる。私からは夕人くんの表情がよく見える。
なんだろう?不思議なんだけど、ここに来る前の夕人とは別人のように見えるよ。
「あのね?私、今日はここに来るのが一番の目的だったんだ。」
そう。私の一番の目的。
君の一番近しい女の子になること。
でもね、わかってる。それは難しいってことも。
・・・だって私と君はこんなに近くにいるけれど、まだ本当の意味では遠い距離にいるんだよね。
「そっか。そうなんだね。」
「うん。」
それに、君は気がついていないのかもしれないけれど、本当は好きな子がいる。いつも君が仲良く話しているあの可愛い子でしょ?
でもね、私、そんなに簡単には白旗はあげない。どんな試合だって諦めなきゃ勝機はあるものなのよ。『あきらめたらそこで試合終了ですよ』って。これ、バレーの話じゃないけどね。
「ん?」
「え?なに?」
夕人くんが少しだけ困惑したような表情を浮かべている。あ、そっか。私、話があるって言ったんだっけ。
「えっと・・・ほら、話があるって。」
そう、大事な話だよ。こんな場所の力を借りないと、私一人の力じゃ無理だから。ちょっとズルいけど、でも、不戦敗なんて一番カッコ悪いもん。
「うん。」
でも、いざとなると言葉が出てこないものなんだね。ちょっとびっくり、なんだか膝まで震えてきちゃうよ。
何から話したらいいんだろう。ちゃんと考えてきたつもりだったんだけどなぁ。
「もうすぐ、夕日が沈んじゃうね。」
そう言って一歩だけ私に近づいてきた。夕人くんとの距離は2メートルもないかも。やだ、胸がドキドキする。こんなに緊張したことなんてないよ。自然に右手が胸を軽く押さえる。そうでもしないと夕人くんにもこの音が聞こえちゃうんじゃないかって思うくらいに大きな音。
「ん、そっかぁ。」
そう言ってから大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。それが私の緊張をほぐす方法。でも、今日はダメみたい。深呼吸したのに、どんどん呼吸が速くなっていくよ。
「景色、見ないの?」
そうだよね。でも、それどころじゃないの。
徐々に私の影が長くなり、そして、薄くなっていく。本当にもう沈んじゃう。
「うん、ねぇ。お願いがあるの。」
言わなきゃ。今を逃しちゃったら、いつ言えるの?
「なに?」
大丈夫。夕人くんからなんて言われても、大丈夫。覚悟はしてる。
「私の横で・・・一緒の景色を見て欲しいの。」
これが精一杯なの?もっとはっきりと・・・
「ローザの横で?」
「うん。お願い・・・します。」
やっぱり恥ずかしい。すっごく恥ずかしい。それに怖いよ。
「いいよ。」
夕人くんはそう言ってまた一歩私に近づいて来る。
きっと文字通りに私の言葉を受け取ったはず。だって、それが普通だよ。私の言った言葉じゃ、私の気持ちは伝わらない。
「ほら、ローザ。太陽が完全に隠れちゃうよ。」
そう言って私の肩を軽く掴んで振り返らせ、景色を見せてくる。
「ほんとだ。綺麗。」
すぐ近くに夕人くんの息づかいを感じる。私のすぐ後ろから。
「うん、綺麗だね。」
今はこれで精一杯かな?ううん、もうちょっと頑張らなきゃ。今日一番の目的も達成できてないよ。
「ねぇ、ローザ。」
え?なに?せっかく決心したところなのに。
「ん?」
でも、私はそんな気持ちをおくびにも出さずに夕人くんの顔を見上げた。すごく近いよ。そして、微笑んでる?何よ、もう。そんな笑顔、反則じゃない。
「卒業しても、俺と会ってくれるかな?」
え・・・えぇ?それって私が、私が言おうと思ってた言葉なのにっ。なんで?どうして?わけがわからないよ。
「ダメかな?」
夕人くんの笑顔がかすかに曇る。私、もしかして変な表情浮かべちゃってる?夕人くんに誤解させるような表情、しちゃってる?
私はただ顔を左右に振って無言で夕人の言葉を否定した。
でも、そうじゃなくって。ちゃんと口にして言わないと。
「そう?よかった。」
夕人くんは再び笑顔に戻って私の顔を見ている。
「あの・・・ね?」
「なに?」
今度こそ。きちんと言うんだ。
「私、夕人が・・・好き。」
って、そうじゃなくって〜〜。うわ〜ん、言っちゃったよぉ。
「・・・ありがとう。」
それってどう言うこと?私はそれをどう受け止めたらいいの?お願いよ、きちんと聞かせて、君の気持ちを。
「そうじゃなくって・・・君の気持ちが・・・聞きたいよ・・・」
恥ずかしいっ。夕人くんの顔を見ていられない。私は思わず俯いた。
「俺の気持ち・・・」
君はどんな表情をしているの?笑顔なの?それとも・・・
「うん。聞かせて。」
わかってる。うまくいきっこないって事は。でも、さっきの君の言葉・・・期待しちゃうよ、少しだけだけれど。
「俺・・・ローザと一緒にいると楽しい。すごく楽しい。その・・・なんて言ったらいいんだろう。ちゃんと見てくれてるって感じがするんだ。」
私は俯いたまま目をつぶった。だって、怖い・・・から。
「一年くらい前なんだけど、すごく好きな子がいたんだ。」
「そう・・・」
それって、今でもその子のことが好きって事?でも、過去形だったよね?
「うん、でも、ローザのおかげでわかった。それは思い出にするべきなんだって。いつまでも過去に縛られてちゃいけないんだって。」
だから・・・どういう事?早くその先を聞かせてよ。
「・・・」
言葉が出てこないよ。何を言ったらいいのかわからないもん。
「だから・・・」
「だから?」
一瞬だけ間があって、夕人が口を開いた。
「恋っていうのを・・・もう一度、教えて欲しいんだ。」
私は思わず夕人くんの顔を見た。
笑顔を浮かべている君がそこにいる。
うん、それだけで十分。
「私に・・・恋してくれる?」
「うん。」
笑顔のままの君。
笑顔の君が大好きだよ。
「一から・・・始めよ?お姉さんに任せてよ。絶対に恋させてあげるから。」
今までの人生の中で、きっと一番の笑顔を浮かべられた。
私は、素直にそう思った。
君と一緒に居られる幸せ。
それを感じながら、私は夕人の手を優しく握りしめた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
なんだか妙にしっくりとくる話になってしまいました。
ある意味でこれが最終回で良いのではないか。そんな考えまで浮かんできてしまいました。
夕人の心の整理。
ローザのアピール。
書いていて楽しい話でした。
あの日、あの時、あの場所。
この三つが揃った場合、こういった展開も考えられた。そういう話です。
ローザも言っていたように、他の何かの力が働いた結果、そう考えるべきなんだと思います。
さて、予想もしない胸キュン展開でしたが、最終回ではありません。
次回の更新からは、波乱の三年生編が開幕しますので、よろしくお願いします。
ご意見、ご感想、お待ちしております。




