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少し長めの章になりますが、一気に進めていきます。
茜、小町、ローザの三者三様の様子をご覧ください。
そして、夕人の想い。
今更ですけれど彼の気持ちが少しは見えてきてほしいところです。
茜以外の俺たち三人はそれぞれが簡単な事情聴取をされて帰宅しろと言うことになった。
俺自身は警察官たちに勇気を褒められたものの、やっぱりと言うか当然と言うか怒られた。理由はローザと一緒、無謀すぎるということだった。
茜はどうだったんだろう。茜を待つって話をして待っていたけれど、未だに事情聴取は終わっていないみたいだ。
「あの子、大丈夫かな。」
ローザが心配そうな表情を浮かべて俺の右の袖を引っ張る。
「ねぇ、茜は何を話してるのかなぁ。」
小町が俺の左袖を引っ張る。
「ん、あぁ。大丈夫だと思うよ。茜は強い子だからさ。でも・・・」
「だよね。これってトラウマになるよ、本当に。」
ローザは舌打ちをして『あのクソどもが。』なんて口の悪いことを言っている。おいおい、ここは交番なんだから、もっと行儀よくしてろよ?
「もしかすると似顔絵とか、被害届とか、調書とか・・・そういうので時間かかってんのかも。俺もよくわかんないけれどさ。」
今度は小町の問いに答える。
「そういえば、あいつら捕まったのかな。」
ローザが俺に聞いてくる。
「そうだよ、ねぇ、どうなの?夕人。」
小町も俺に聞いてくる。
「わからん。俺は捕まえたって話は聞いていなけれどな。」
「ふーん、悔しいね・・・」
「そっか。夕人が捕まえちゃえばよかったのに。」
ローザと小町が俺の両サイドから別々に違う言葉を同時に投げかけてくる。
「あのさ・・・同時に話しかけてこられても答えられないんだけど?」
ハァッと息を吐きながら二人にそう言った。
「あぁ、ごめんな。」
「ふん、バカ夕人なら同時に聞いて答えられるでしょ?」
勘弁してくれよ・・・仮に同時に話を聞けたとして、どうやって同時に答えるんだよ。
「ねぇ、あなた、青葉さんよね?竹中くんのクラスメートの。」
ローザが年上らしく小町に話しかけた。
どうして俺を挟んだまま会話をしようとするのかはわからないけれどな。それに、小町の苗字を知っていることも。
「そうですけど。」
小町は明後日の方向を向きながら適当に答えていた。
「さっきの子、茜ちゃんって言うの?お友達なんでしょう?」
「そうですけど。」
おいおーい、小町さん?さっきの質問に対する答えと全く一緒ですよ?
「心配よね・・・あの子、可愛い子だったし。」
「そうですね。」
お、少し変わったな、答えが。でも、妙に刺々しい感じだなぁ。
「なぁ、小町。」
「なにさ。」
おお、すごい目つきで睨んでくるな・・・なんなんだよ。
「もうちょっと普通に話してくれよ。」
「普通ですけど、何か。」
全然普通じゃねぇよ。こんなの俺が知ってる小町じゃねぇよ。
「ねぇ、夕人。これからどうしようか。」
ローザが俺に尋ねてきた。もちろん、この後のデートをどうするってことではなく、茜のことをどうするかっていうことを聞いてるはずだ。そんなことは俺にだってすぐわかるさ。
「このまま一人で帰すってわけにもいかないだろう?」
「今、夕人って呼んだ?」
小町がローザの言葉に少し遅れて反応を示した。
「うん、そうだね。私もそう思うよ。できることなら一緒にいてあげたいとも思うけれど・・・明日は月曜日だし。まぁ家に帰れば大丈夫だよね。」
ローザは軽く笑顔を浮かべながらも、どこか辛そうな表情をしている。
「よく知りもしないでそういうことを言うの、やめてもらえます?先輩。」
「え?どう言うこと?」
そっか。ローザは知らないんだ、茜はほとんど一人暮らしのような生活をしているってことを。
「茜はね、家に帰っても今日は一人なのよ。」
「っ・・・そうなんだ・・・」
ローザは一気にシュンと暗くなる。
「おい小町。そんな言い方はないだろう?ローザは知らないんだから仕方がないだろう?」
小町の方を見ながら大きく息を吐いてそう言った。
「二人って・・・仲よさそうだよね。どうしたのかな。」
小町さーん。俺の言葉は耳に届いていないんですかねぇ。話が全然かみ合っていないんですけれどねぇ。
「え?そっかな・・・普通でしょ?」
ローザが突然の言葉に驚いたような声を上げる。
「普通・・・そうですね。バカ夕人なら普通かもしれないですね。ローザ先輩。」
あぁ、そういうことか。俺たちが名前で呼び合ってるとこに引っかかってるのかぁ。あまりにもローザとの会話が普通だったものだからなんの違和感もなく話していたけれど、小町にとっては違和感がありまくりってことだったのか。
「いや、本当に友達だよ。それ以上なんてことはないから。」
珍しくローザが焦っているみたいだった。
「そうですか。だったら私と一緒ですね。ね、竹中くん。」
「あぁ・・・そうだな、小町。」
竹中くんって・・・なんだよ、急に。
「馴れ馴れしく呼ばないでよ。」
なんでこんなに怒ってんだ?やれやれ・・・そして俺はため息をついた。
「ごめん・・・竹中。」
ローザが小さな声で一人つぶやいた。
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「あれ?みんな、待っててくれたの?」
茜がいいタイミングで戻ってきてくれた。本当に助かったぞ。針のむしろとはこのことなんだろうからな。
「お、大丈夫か?茜。」
俺は張り詰めた恐ろしい空気の呪縛から逃れるために勢いよく立ち上がって茜のもとに駆け寄った。
「うん、おかげさまで。」
「お友達のみんな、ちょっと話があるからこっちにきてもらえる?」
婦警さんが俺たちに集合するように促してきた。そして、みんなが集まるのと同時に話を始めた。
「あのね、本当は木暮さんの親御さんに迎えにきて欲しいところなんだけれど、今は大阪にいるらしいのよ。それで、今から戻ってくることはできないっておっしゃってたのよ。だから、家まで送っていってもらえるかな。」
「それはもちろんですよ。」
小町が元気よく答える。うーむ、さっきまでとは打って変わって明るい声を出してるな、小町のやつ。
「僕もかまいませんけど・・・」
そう答えてからチラッとローザに目線を向ける。
「あ、もちろん私も大丈夫よ。」
ローザはいつもの笑顔でそう言って頷いた。
「それじゃ、お願いしますね。一応、木暮さんの家の近くには警察官が見回りするように付近の交番のお巡りさんに伝えてあるから。何かあったらすぐに110番してね、木暮さん。」
「はい。」
茜はそう一言だけ言った。やっぱり、あの時の恐怖が残ってるんだろうな。
「それじゃ、遅くならないうちにお帰りなさいな。」
婦警さんの一言で全員がお辞儀をして交番を後にした。そして、数歩だけ歩いたところで茜が足を止めた。
「みんな、どうもありがとう。本当に、ありがとう。椎名先輩。私のためにあんな危険なことをしてくださって、ありがとうございます。夕人くんも、また助けてくれてありがとう。そして小町ちゃん。ありがとう。あの男たちに声をかけられた時、小町ちゃんの姿が見えなくてすっごく怖かった。でも、そのすぐ後に小町ちゃんの姿を見つけてすごく嬉しかった。だから、ありがとう。」
そう言って深々と頭を下げた。
「いいって、もう気にしなくてもさ。」
ローザがそう言って頭を下げ続けている茜の背中を軽く叩いた。
「うん、良かったよ。ほんと・・・」
小町はそう言って茜に飛びついて行った。
「小町ちゃん。」
二人で抱き合って泣き始めてしまった。よっぽど怖かったんだろうな。
「ねぇ、夕人・・・」
「ん?」
「なんでもない。また、後で・・・」
「あぁ、わかった。」
俺はローザの言いたいことは全くわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
「なぁ、茜。お前、今日一人なんだろう?どうする?また、うちに来るか?」
前回のこともあるし、大丈夫だとは思うけれどな。
「ちょっとバカ夕人。今の言葉、聞き捨てならないよ。」
小町が泣き顔のまま俺を睨みつけてくる。
「そうね・・・今のはどういう意味かしらね。」
ローザも冷たい声をぶつけてきた。
「いや、深い意味はないよ。一人にしたくないなって。そう思っただけだ。」
「だったら、そういえばいいじゃない?なんで『うちに来るか?』ってなるわけ?なにそれ。」
「そうそう。しかも、『また』って。」
ローザと小町のダブル攻撃っ。俺は精神に四百ポイントのダメージを受けた。
ってそんなくだらないことはどうでも良くて。さっきまで刺々しい雰囲気だったのに息がぴったりだな、お二人さん。
「えっと・・・夕人くん、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ?ほら、うちにはセコムがあるからね。」
茜が笑ってそう返してくれたおかげで、その場はなんとか収まった。
「収まってないわよ、全然。」
小町が俺の心の声を見透かしたように言った。
「まぁまぁ、小町ちゃん。もういいじゃない。そういうの、やめよう?ね?」
ダメだよ、今の小町にはなにを言っても聞こえやしないって、と思ったんだけれど。
「うん・・・そうだね。」
あっさりと小町は俺の喉元に突きつけていた刃を鞘に戻した。これには少し驚きだった。
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今日一日って一体なんだったんだろう。家に帰って一人で私は考えていた。お昼ちょっと前に小町ちゃんと待ち合わせをして、一緒に街でお買い物。楽しいお買い物のはずだったのに。
テレビ塔での出来事を思い出して身震いする。
怖かった。本当に怖かった。あの時に誰も助けてくれなかったらどうなっていたのか。そう考えると今でも足が震えてくる。こうして一人で家にいるとなおさら不安で押しつぶされそうになる。
イヤだ・・・一人はイヤだ。
怖いよ。
寂しいよ。
お姉ちゃん・・・
茜は一人膝を抱き、ソファーで泣いた。
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「小町・・・また、明日な。」
茜を家に送り届けてから一言も話さない小町にそう声をかけた。
「うん。」
小町はそれだけ言って家に走っていった。
「ねぇ、夕人。大丈夫?」
ローザが俺を気遣ってくれたのか、優しい声をかけてくれる。
「大丈夫さ。俺は全然平気だよ。体だってどこも怪我なんてしていないし、それにみんな無事だったわけだしさ。」
今日の唯一の収穫は茜を守ってあげられたことなんだろうか。いや、違う。そのことはもちろん良かったと思うし、いいタイミングで出会えたと思っている。それは良かった。本当に良かった。
「あのね、歩きながらでいいから、話、しない?」
ローザが少し小さな声で話しかけてきた。
「もちろんだよ。なんでそんなこと聞くのさ?」
「なんとなく。気持ち的に話している気分じゃないかなぁって思ってね。」
ローザは俺のことを気遣ってくれているんだろう。でも、今日の俺にとって、主役・・・いや、主賓?なんだ?よくわからないけれど、とにかくローザとのデートだった。
「あのね、行きたいところがあったんだ。今日じゃなくてもよかったんだけれどね。」
ローザの言葉で今日一日の会話を思い出す。確かに、テレビ塔に行きたいって言っていた。正直に言えば、俺はあそこにいい思い出はない。だからあんまり乗り気ではなかったけれど、ローザが行きたいっていうなら、って思っていたんだった。
「テレビ塔か・・・」
「うん。あそこから見た大通公園は綺麗なんだよ。夕方だったら夕焼けも見えるし、街がよく見えるの。夜になったら街の灯りが綺麗だしね。」
それは知っている。かつて同じように思った記憶がある。
「そっか。」
「そう。でも仕方がないよね。あんなことになっちゃったら。それどころじゃないもんね。」
ローザは笑顔を浮かべずにサラリと言った。
「そうだね。」
「・・・」
いつもは元気のいいローザだったけれど、今日はイマイチ元気がない時がある。
「どうかしたの?」
俺はローザの表情を見ようと思い、正面から顔を覗き込んだ。
「え?うん、ちょっとね。考え事していた。」
「考え事?何を考えてたの?」
口元にだけ笑みを浮かべたローザの表情は少しだけ寂しそうだったけれど、俺にはその理由まではわからない。ちゃんと話を聞きたい。そう思っていた。
「それじゃ、少し時間ちょうだい。まだそんなに遅い時間じゃないし、大丈夫よね?」
今は十八時半くらい。時間としてはギリギリってところだけれど、そうも言ってはいられないか。
「いいよ。でも、話をする場所がなぁ・・・」
雪のない時期なら、いろんなところがあるんだけれどな。雪もあるし、しかもその雪も少し溶けてきていて足元も悪いしな。
「歩きながらでもいいけどね。」
「そ、そう?」
ローザは歩く速度を変えることなく、淡々と歩いていく。
「うん、いい。それで。」
なんだろう。空気が重たいような気がする。それに、どうしてか重要な話のような気がしてならない。
「あ、あのさ。聞きたいことあるんだけれど、今日のあの子たち、えっと小暮さん?それから青葉さんなんだけど。あの子たちってクラスメートだよね。」
ローザがすでにわかりきっているであろうことを聞いてくる。ってことはこれはあくまで前置きってこと、なんだよな・・・
「そうだよ。二年生になってからの、だけれどね。」
俺たちは家に向かってゆっくりと歩きながら会話をしていた。
雪は降っていないけれど、まだまだ夜は寒い。三月といってもまだ一日。北海道の春はまだまだ遠いのだ。
「そうだよね。」
ローザは大きく肩で息をした。その仕草が少し気になりはしたけれど、俺は何も言わなかった。
「えっと・・・それでさ、今日はありがとうね。楽しかったよ。」
「あ、それはこちらのセリフだよ。俺も楽しかった。」
俺は笑顔でそう返事をしたけれど、ローザの顔に笑顔がなかった。
「また、遊びに行けるかな。」
ローザが足元を気にしながらそう言った。いや、足元を気にしていたのか、それとも俯いていたのか。それは彼女にしかわからないことだ。
「そりゃ行けるよ。タイミングさえ合えば。」
「そう、だね。タイミング・・・かぁ。」
ローザは再び大きく息を吐き、そして空を見上げて立ち止まった。
「ん?どうした?」
「その、タイミング・・・なんだよね。なんでも、さ。」
ローザは空を見上げたままそう言って笑みを浮かべた。しかし、その笑みは夕人には見えていなかった。
「なんでも?どういうことだよ、さっきからよくわからないことを言ってるけれど。」
俺はローザの真意がまるで掴めずに困惑していた。彼女の言葉のどこからも何も読み取ることができなかったんだ。こんなことは初めてだ、そう思った。
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「つまりさ。私はタイミングが良くなかったってこと。テレビ塔に行けなかったよね。あそこで、本当はいろんな話をしようって決めてたんだ。」
そして、今日の目標、夕人くんと仲良くなって、私が高校生になっても会ってもらえるような関係になる。そして、もし、タイミングさえ合えば・・・でも、そのタイミングはなかった。今日はその日じゃないってこと。仕方がないよね、夕人くんは不器用だし、それに鈍感。すっごく鈍感。はっきり言って腹が立つくらいに君は鈍感だよ。
私の想い、わかってるの?
ううん、そうじゃない。違うの。夕人くんが悪いんじゃない。はっきりとした態度を取らない私が悪いのよね。自分の気持ちを伝えるわけでもなく、こうして君を引っ張り回している私。
でも、君もズルいよ。決して自分の気持ちは口にしないで、そうやってみんなに優しくして。それじゃぁ、世の中はうまく回らないのよ。
他人の気持ちを慮る(おもんばかる)っていう言葉はあるけれど、口にしなければ伝わらないことだって世の中にはいっぱいあるのよ。いいえ、はっきりといえば口にしなければ伝わらないことばっかりだよ。
「そっか・・・それって今からじゃ無理なのかな?」
君ならきっとそういうと思ってた。だから、帰り道でもいい。きちんと話をしてみよう。
「ねぇ、君は・・・」
今までこんなに緊張したことはないよ。初めて試合に出た時も、キャプテンに任命された時も。そして、推薦入試の時だって。でも、きっとそんなものなんだよね。
「なに?俺がなんだって?」
君はいつだってそうやってとぼけたように聞いてくる。けど、そんなところも好きだけれどね。
「フゥ・・・」
私は大きく息を吐いて気持ちを落ち着けようとした。いつもやってきた私なりの緊張をほぐす方法。他の人はこれじゃ無理って言っていたけど、私はこれで十分。
「あのね、君には好きな子って・・・いるの?」
どうして小さな声になっちゃうのかなぁ。緊張なんてしていないって思ったのに。
「好きな子?」
そう言われて驚かない男子なんていないよね。私だってそう聞かれたらびっくりしちゃうもの。でも、君の答えはわかってる。きっとね、こう言うよ。
『今は・・・いないかな。』
ってね。それは残念だけど、私もそう思われていないってことになる。わかってる。だから早く答えて。
「俺さ、最近考えたんだ、色々とさ。聞いてくれる?俺の話。あんまり長くならないように話したいんだけれど。」
予想していた言葉とは違うけれど。でも、答えだけはわかったような気がする。
「うん。聞かせて。」
「こんな話、女の子にしたことはないんだけれどさ。俺、一年生の時に好きな子がいたんだ。その子も俺のことを好きでいてくれた。いや、これを知ったのはずっと後のことなんだけれどさ。とにかく、その子は何も言わずにいきなり転校しちゃったんだ。今でもその子とは手紙くらいのやり取りはしているけれど、正直に言えば俺はまだ、その子のことを追いかけているんだと思う。」
なんて残酷な答えなの。
それって、誰にも勝ち目なんてないじゃない。その転校しちゃったっていう女の子ですら自分自身には勝てないよ。だって、そんなのは君の記憶の中の女の子。君の中で美化された、最高の女子なんだよ。そんなの・・・
「そう・・・なんだね。」
「うん、でもさ、その前に話さなきゃいけないってこともあった。俺さ、その子のことを好きになる前に別の女の子のことがちょっと気になった時期があったんだ。仲は良かったよ。でもさ、自分の気持ちがわからなくて、そして、すごく仲良くなって・・・フラれた。」
その別の子っていうのは、きっと私が知っている女の子なんだろう。けれど、私には夕人くんの言いたいことがよくわからない。自分の恋愛歴を話してくれているってこと?でも、それがどういうことなの?
「そっか・・・」
「だからさ、実は恋愛に対して臆病になっていたんだ。フラれるのも怖い。今までの関係が壊れるのも怖い。だから、誰とも付き合ったりはしない。そう考えた時期もあった。そしてさ、その転校してしまった女の子。彼女のことが好きなんじゃなくて、あの子みたいな女の子が好きなんだってさ。ようやくわかった。でも、そう考えた時、よくわからなくなったんだ。」
それはわかるけれど、私に話してもどうしようもないことだよ。
そして、そんな言葉を聞くのはちょっとツライよ。
「・・・」
「だから、もっとフラットに考えてみようって。おかしな言い方かもしれないけれど、ちゃんと女の子のことを見てみようって。そう決めた。」
フラット?どういうこと?つまり、君は何を言いたいの?
「それで・・・私の質問の答えは?」
「うん・・・それなんだけれどさ。」
そう言って夕人は苦笑いを浮かべながら右手で頭を掻いた。
「なんとなくわかったよ。」
君の言葉を聞かなくたって・・・そこまで言われちゃったら、こう思うしかない・・・じゃない。
「え?」
夕人が目を大きく見開き驚いたような表情でローザの顔をじっと見てくる。
「つまり、今は好きな子はいない。そう言うことでしょう?」
呆れた。その一言を言うためにあんなに長々と話したわけ?
「うん・・・まぁ平たく言っちゃえばそう言うことになるのかなぁ。」
その言葉を聞いて安心したような気もする。だって、そう言うことなら私にもチャンスがあるってことじゃない?
「そっかぁ。」
「ごめん・・・その、ローザのこと・・・」
「あのね?私のこと、好きじゃないってこと?」
勢いに任せてなんてことを聞いてしまったんだろう。頬が熱くなってくるのがわかるよ。
「そういうことじゃなくて・・・いい子・・・いや、いい人だなって思うし、一緒にいても楽しい。だから、嫌いとかそう言うのじゃないよ。」
嫌いじゃない、か。
そうね。今はそれで十分。でも、本当は気がついちゃってる私がいる。今の君には好きな子がいるって。そして、その子はきっとあの子。今日、誰よりも傷ついているあの子。そんなの、あの時の態度を見てたらわかっちゃうよ。でもね、夕人くん。私は君が思っているほどに、そんなにいい人なんかじゃないんだよ。だから、それを気が付かせてなんかあげないんだから。
「じゃぁさ、私、君のこと好きでいてもいいかな。卒業しても君とこうやって会いたい。」
私、簡単には負けを認めないんだから。少しズルいことだってしちゃうんだから。これは私にとってはハンディキャップ戦。しかも、そのハンディはとてつもなく大きいんだから。
「えっと・・・俺さ、なんて言えばいいんだろう。そのさ、はっきりしなくてごめん。」
「本当だよ。君はズルいね。」
ズルいのは私だって一緒だ。でも、そんなことは絶対に言わない。
「ごめん・・・」
「じゃ、こんなのはどう?まずは私と付き合っちゃう。そして、少しずつ私のことを好きになっていくっていうのは。」
そう言って夕人くんの目の前に右手の人差し指を突きつける。こんな言葉に乗ってくるような子だったら、簡単なんだよね。経験はないけれど、なんとなくそんな気がするじゃない。
「俺・・・そういうのはできない。前に言われたんだ。好きじゃない人と付き合ったりしたら絶対にダメ。後悔するって。」
むむぅ、私よりも先に手を打った誰かがいたのか。恨むよー、誰だかわからないけれど。
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「クシュンッ。」
「ちょっとちょっと、グレーシアちゃん?風邪なんか引いてないでしょうねぇ。」
カメラマンの先生がオネエ言葉で話しかけてくる。ここは大阪の写真スタジオ。今日はこれでお仕事が終わり・・・のはず。
「先生が水着ばっかり私に着せるからじゃないですかぁ?」
「あはは、そっかぁ、それじゃ、次はちょっと減らそっか。でも、ファンが悲しむわよ?」
「私のファンはそんなのばっかり求めてるわけじゃないですからねぇ。」
早く仕事を終わらせて、明日は茜のところに行かないと。さっきのお母さんの様子だと、よくないことが起こってるっていうのは間違いない。だから、明日のお仕事なんかキャンセル。映画のお仕事じゃないし。もともと乗り気しないお仕事だったから。二、三日延期させてもらうわよ。
「あらあら、でもそうよねぇ。グレーシアちゃんのファンって男だけじゃないもんねぇ。」
「そういうタレントを目指してますから。」
グレーシアの笑顔は茜ととてもよく似ていた。
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「そっか。そんなこと言った人がいたんだね。うーん、でも、そうだよね。その人の言ったことは正しいね。ごめん、私の言ったことは忘れて。いや、保留にして。またいつか答え聞かせてよ。その時は答えが変わっていることを祈ってるから。」
はぁ、格好つけちゃった。失敗した。もっとグイグイ押すとこだったんじゃないかなぁ。絶対に窓花はため息をついて『やれやれ、これだからお子ちゃまは。』なんて言ってくるよ。窓花だって経験ないくせに。
「いや、それって・・・」
「シャーラップ。それ以上は言わないで。今は聞きたくないから。それより、また、会ってくれる?そのことだけは、今、聞きたい。」
答えてくれる、そう信じてる。
「あのさ、俺、もっとゆっくりとローザのことを知りたいと思う。そんなに急に色々なこと言われても・・・だから、また・・・遊びに行こう。俺なんかでよかったら。」
私が考えていた答えよりも、ずっとずっといい答えだった。うん、今日の私の目標はこれで達成。ちょっと寂しいような気もするけれど、今はこれで最高の結果だよ。
「うん、また、行こうね。」
私は今日初めて本当の笑顔を浮かべられたような気がする。
君のはにかんだような笑顔が私は好きだよ。
空には雲がかかっていたが、その合間から明るい星が二人を見ていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今の所ヒロイン度が最も高いのがローザといった感じでしょうか。
環菜はどこに消えてしまったのか。私も驚きです。




